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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
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第36話  ~タルナダとクラウド~



「あいよ! みんなお疲れさん!」


 闘技場近くの大きな酒場で、一人の大男を中心に集まった男達が、親分の乾杯宣言とともにジョッキを高らかに上げる。十数人の逞しい男達の中に、今日は2人ほど華が混ざっている都合もあって、はじめからみんな機嫌がいい。


「凄かったなぁ、お前。いつかお前が、タルナダの親分に挑戦する日が楽しみだ」


「その前に俺と戦う日が来そうだがな。こりゃあ俺も、うかうかしてられねえよ」


 闘技場で日々を過ごす闘士達の集まり。そんな酒の席に招かれたクラウドは、二人の男に挟まれて、今日の勝利を讃えられている。右のふとっちょの男は今日クラウドと対戦したホゼで、左の細身の男は、先日クラウドが酔っ払いに絡まれた時、その酔っ払いを諌めていた人物だ。彼の名はヴィントというらしい。


「この間はすまなかったな。今日は絡んだりしねえよう、なるべく気をつけるから安心しろ」


「なるべくですか?」


「こいつ酒癖悪いからなぁ。酔わなきゃいい奴なんだが」


「安心しろ、今日ばっかりは俺達がしっかり止めるからよ」


 クラウドに謝っているのは、先日クラウドに絡んでいた中肉中背の酔っ払いその人で、名をトルボーというそうだ。トルボーの酒癖の悪さは、彼と親しいヴィントやホゼも周知の事実。それを聞かされるクラウドも、今日は勘弁して下さいよという顔色だが、一方、酒癖が悪いことを承知で付き合う友人がいるということは、酔わない限りはそれなりの人柄たるトルボーということなのだろう。クラウドとホゼの闘いを、タルナダとクラウドの闘いを裁いてくれたのもトルボーだったが、適切かつ適正なジャッジを下してくれた人物であったのは、クラウド目線でも確かな事実である。


「トルボーさんやヴィントさんも、ランクは持ってるんですか?」


「俺やトルボーはAランクだよ。ホゼも早くランク上げろっつってんのに、中々ここまで来ねぇのが惜しい」


「今日のクラウドへの負けが痛かったな~。あと5連勝できればAランク昇格っていう話もあったんだが」


 クラウドと同席する形で、この場に混ざったサニーも、積極的に話の輪を広げに行く。隣のファインは少し緊張しているのか静かなものだが、場の雰囲気自体は楽しんでいるようだ。自分をAランクだと主張したヴィントや、彼と同じランクを持つトルボーを交互に見て、この人達も強いんだという無邪気な目をしている。


「俺に勝った以上はガンガン昇り詰めていってくれよ? お前も今後は、恐らくBランク相手の試合が続くと思うし、勝ち続けられるなら昇格も夢じゃねえからよ」


「はい、頑張ります」


 ホゼの出世を遅らせる形になったクラウドだが、それが勝負の世界というものだ。悪びれないクラウドも、自分を負かしたクラウドを激励するホゼも正しい。今の会話の後、次に戦う時は負けねぇぞと、ずいぶん年下のクラウドに意地めいた言葉を放つホゼのハングリー精神も、今後の彼を伸ばしていく鋭気に繋がっていくはずだ。活きのいい新人がいると、古参も活気を得て全体が向上するという好例である。


「おう、楽しんでるか?」


「あっ、はい。おかげ様で」


「親分さま~! ご馳走様です!」


 先日の酒場の3対3のメンツ、しかし今日は和気藹々と語らう6人のもとへ、のっしりと近付いてくる人物。期待の新人クラウドの歓迎会をしようと、この席を作ってくれたタルナダは、十数人の参加者達の場代を一斉に奢る約束まで果たしている。彼の登場に会釈するクラウドやファイン、屈託ない態度ながら敬意込めて大きく手を振るサニーの態度は、彼の気風のよさに対する普通の反応だ。


 闘技場のチャンピオンとも言えるタルナダは、闘士間においての一番の稼ぎ頭だが、彼の金の使い方は殆どこんな感じらしい。勝ち得た賞金で周囲に酒を振る舞い、日夜鍛錬して闘技場での成功を目指す者達をねぎらう、そんな彼だからこそ、親分と呼ばれて愛されるのだろう。強さだけなら憧れや畏怖の眼差しを受けるだけだが、そうしたタルナダの人格もまた敬意を集める一因であり、トルボーやヴィントやホゼも、タルナダのことは強く敬っているようだ。


「期待の大物新人が出たもんだ。今日の闘いぶり、見事なもんだったぜ」


「可愛いチアガールが二人もいたら、やっぱり気合も入るもんかね?」


「や、別にそういうわけじゃ……」


「えっ、クラウド? 私達の応援、全然パワーにならなかった?」


「違っ……ああもう、サニーめんどくさいな」


 クラウドを讃えるタルナダ、からかうホゼ、しどろもどろするクラウドに絡むサニー。めんどくさいと言われ、ひどい言い草ねと笑うサニーも相まって、軽口を交換する場が弾む。先日にはタルナダを除いた6人で、殺伐とした空気であったことも、今となっては何かの間違いだったと思えるほど、空気が温かい。


「この調子でいけばお前、Aランクもそう遠くないはずだぜ。そしたら立派な稼ぎ頭だ」


「闘技場のお偉いさんも、強い奴には愛想いいからな。この勢いで、上り詰められるよう頑張れよ」


「かはは、有望な新人が現れると楽しいぜ。そろそろ俺を倒してくれる奴が現れてくれなきゃ、闘技場も盛り上がらねえからよ」


「あはは……精進します」


「クラウドってば控えめねー。もっとそこはこう、強気にやってみせますぜって言えないの?」


 やや寡黙めなトルボーを除き、タルナダやサニー、ヴィントやホゼに背中を叩かれるクラウド。あくまで掴んだ勝利は今日の一回だけ、それでも将来を期待されるだけの勝ちっぷりは見せられたのだ。きっと観客の多くにも、クラウドの有望性を見出した者はいただろう。まだまだ気を抜いちゃいけないという自覚はありつつも、こうして明るい未来に向けて囃し立ててくれる人がいるのは、やっぱりクラウドにとっては嬉しいことだ。16年の生涯の中、こうして温かく自分を囲んでくれる人になんて、なかなか巡り会えなかったから。


 いい出会いにも恵まれた、闘技場生活の始まり。タルナダ達と笑顔を交換する少年は、希望に満ちたこれからの日々を前にして、心から今の日々を楽しんでいた。そんな彼を笑顔で見守る一人の少女が、密かにその胸を痛めていたことなんて、彼には知る由もないことだ。











「――ちょっと、風に当たってくるね」


「ん? ファイン、酔った?」


 酔うわけない。ファインもサニーもクラウドも、酒なんか飲んでないんだから。サニーが酔ったかと尋ねたのは、あくまでこの席の空気に則った冗談でしかない。そんなわけないでしょ、とサニーに笑顔だけ返したファインは、酒場の外へ歩いていく。


「大丈夫なのか?」


「平気よ、あの子って私達が思う以上にしっかりしてるから」


 開宴からやや時間も過ぎ、月も昇って沈み始めた深夜帯、彼女を一人で外に行かせるのは心配になったクラウドだが、サニーがこう言うのなら大丈夫なのだろう。クラウドはまだ見たことのないファインの姿というものがあるのだが、サニーだけが知るファインの強さは、夜道を一人で歩いても大丈夫だと思えるほどのものらしい。


「まあ、頃合いを見たらちょっと様子見に行くけどね。たまにはあの子も、一人にしてあげても……」


「なあ嬢ちゃん、今日はいい空気だし……」


「あっ、またスイッチ入った! もー、触らせませんよ!」


 いつだかと同じく、酒が入るとスケベ親父と化すホゼに、サニーは席を立って構える。いいじゃねえかよと手をわきわきさせる変態構えのホゼと、徹底抗戦モードのサニーが立ち合う形だ。いいぞやれやれー、と、喧嘩好きな周囲が煽り、乙女の貞操の危機を煽るなとサニーも周りを叱り飛ばす。平和なことで。


「仲いいなー、あいつら」


「サニーって、誰とでも仲がよくなっちゃうタイプなんでしょうね」


 サニーとホゼのやりとりを見守るタルナダも、クラウドの言葉には共感できた。お触りは絶対に嫌だとはっきり表明したサニーだが、触らせない範疇であれば、ああして付き合いよくホゼとの絡みにも乗る。手を伸ばしてくるホゼの手を、ぺちんぺちんとはじき返しながらも、実害に至らないうちはサニーも案外楽しそうにやっている。ホゼ情けねぇぞもっとやれ、いいぞ嬢ちゃんBランクを撃退しろ、と、周りの無責任な野次に対しても、うるさい、とか、人の身にもなれ、とか、苦笑しながらちゃんと応じている。楽しむ場の空気に対して、一線を超えさせない範囲でなら本当に付き合いがいいものだ。無理してそうしているのではなく、自分から周りを楽しませることを楽しいとする彼女だから、周囲も心から楽しめる。


 ああいう子が一人いたら、どんな集団でも笑顔が絶えないものだ。たまたまの縁で巡り会った友人だったけど、素敵な人物に出会えた幸運だったんだろうなと、クラウドも思い始めている。


「そう言えばお前」


 微笑ましくサニーの姿を眺めていたクラウドの横から、酒瓶を口から離したタルナダが小声で語りかけてくる。普段の豪快な語り口とは違う彼の態度には、クラウドもタルナダの目を見るようにして振り向く。


古き血を流す者ブラッディ・エンシェント、って知ってるか?」


 騒がしい周りには聞き取れないような声で語りかけてきたタルナダ。そうした態度の真意が何か、クラウドもすぐに察することが出来た。その言葉の意味するところを、クラウドはよく知っている。


「……そうですよ」


「お前もか」


「タルナダさんも?」


 古き血を流す者ブラッディ・エンシェントと呼ばれる者が、少数ながらこの時代にも生き残っている。自分もその一人だと白状したクラウドの問いかけに、タルナダは無言で小さくうなずいた。タルナダもその一人であることは、闘技場内では周知の事実なのだが、あまり大声でひけらかして面白い話ではないようだ。


「俺は"スラッカー"と呼ばれた部族の末裔らしい。お前は?」


「……俺、わかんないんですよ。人とは違う身体能力には恵まれてるから、"エンシェント"の一人であるのはわかるんですけど」


 エンシェント、というのは、古き血を流す者ブラッディ・エンシェントの略称だ。そして、エンシェントにはそれぞれその体の特徴に併せて"部族名"なるものがあるはずなのだが、クラウドは自分のそれが何なのかを知らない。明らかに周囲を卓越した身体能力から、自分がそうだとは理解していても、その"血"に眠る真髄の何たるかを知るには、今までにきっかけがなかったのだ。


「まあ、それはそれでいい。そのうちわかる日もくるだろう」


「あんまり、知りたいとも思ってないですけどね」


「そうか。まあ、自分が何の血を引き継いだ者かなんて、たいした問題じゃねえわな」


 酒を飲み干すタルナダは、ぷはぁと喉越しを吐く息に表して、豪快にではなく小さく笑った。周囲を同じ笑顔に満たすサニーのそれとは違い、頼もしくてそばにいるだけで安心できる、強き父親のような笑顔だ。


「もっと強くなれ。そんでそのうち、俺をぶっ倒して、俺に挑戦者としての楽しみを思い出させてくれや」


「頑張ります」


 今や闘技場の頂点に立ったタルナダは、上を目指して苦心したかつての楽しみを味わえない立場だ。勿論、今も自らの向上のために修練を積み重ねてはいるものの、下との差は広がる一方で、孤高の最強の王者として君臨し続けている。きっと、これからもそうだろう。飽くなき強さを求めるならば、自分よりも強い者との遭遇が一番の刺激になる。闘技場という武人集まりし場に、それを求めて訪れた遥か昔の高揚感は、今のタルナダにはもたらされない。王者として挑戦者を退け、安定した賞金を稼げる現在は幸せなものだけど、それはタルナダにとっては満たされない日々でもある。贅沢だと言われる、思わせるから、タルナダは表立ってそういうことを口にしてこなかった。


 そんなタルナダにとってのクラウドは、満たされぬ日々の打破を夢見させてくれる存在なのだろう。自分を超えてくれるかもしれない器の来訪に、タルナダが心躍らせる微笑みは、ここ数年誰も見てこられなかったものだ。それほど深い意味が込められていることはクラウドにもわからなかったが、歯を見せて笑いかけるタルナダの表情は、自分に込められた期待の意を感じ取るには充分なもの。


 一度助けて貰った恩義のみならず、クラウドはタルナダのことを敬うに値する人物だと認識している。自分が強くなっていくことで、彼に報いることが出来るなら――と、口にしない決意を固められそうな気もしてきた。漠然と強くなることを目指すより、何が為に力を得るのか己を知る者の方が、揺るがず我が道を邁進できるものだ。

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