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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
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第35話  ~王者への挑戦~



 この闘技場の闘士に与えられるランクは、A~Gだったんじゃないんですかと。Sランクって何ですかとクラウドがジャッジに問いかけると、それはこの闘技場で最強とされる者だけに与えられる、最も栄誉なる称号とのこと。そういうのは、そんなタルナダとの勝負を引き受ける前のクラウドにも、ちゃんと知らせてあげるべき情報なのだけど。


 驚きはしつつもクラウドが物怖じしなかったのは、元より肩書きを抜きにして、タルナダから感じる強者の風格は意識していたからだ。決して喧嘩好きというわけではないクラウドだが、やはり闘う男の一人として、高みの強さを手にする誰かと、こうした場で戦ってみたい興味はある。Sランク闘士という、闘技場の一等星と呼べる男との一戦を目の前にしたクラウドは、ふぅと息をついて高鳴りそうな胸を鎮めようとしていた。そんな彼の態度を間近で見るジャッジも、肝の据わった奴だと改めて感じている。


 クラウドの体が影でぬうっと覆われ、驚いて振り向いたクラウドの目の前には巨漢がいる。ごつごつした筋肉の鎧を全身に纏い、一枚の黒い前開きのジャケットを羽織ったタルナダは、腹を斜めに横断する傷も相まってすごい威圧感。それでもクラウドが重い畏怖を感じなかったのは、白髪がかったよれよれの髪を携えた、初老の豪傑の表情は、あの日出会った時と同じで気風のよい笑顔に満ちていたからだ。


「そう気負い過ぎるな。俺もお前の力量を見てみたいだけで、怪我をさせようってつもりじゃねえからよ」


 あくまでもエキシビジョンマッチ、本気で痛めつけ合う戦いではないと笑うタルナダだが、それはある意味、クラウドに敗北することを一抹も視野に入れていない余裕の表れでもあろう。大き過ぎるタルナダからすれば子供のような背丈、そんなクラウドの頭にぽんと手を置き、顔を近付けにしっと笑うタルナダ。人の頭を容易に握り潰せそうにさえ思える、ごつくてでかい掌だ。


「全力で来いよ? そうでなきゃ意味がないからな」


「……はいっ」


「おし。いい目といい声だ」


 クラウドから離れ、開戦前の距離感ちょうどまで後ずさるタルナダ。手首を慣らすかのように軽く振り、握って開いての掌を演じたことが、彼なりの準備運動を表す行動なのだろうか。その仕草を数度やった後、片足引いて構えたタルナダに合わせ、クラウドも自分なりの構えを作る。


「ジャッジは俺が務める。闘技場の都合もあるし、制限時間は1分前後としよう。両者、それでいいか?」


「おう、頼むわ」


「……よろしくお願いします!」


 概ねの試合は10分前後の制限時間が設けられている。実際には、それより早く試合が終わるのが殆どだから、それぐらいが適切なのだ。1分間と、非常に短く設定されたこの試合の制限時間は、あくまでこれが特別に組まれた試合であるため、後の予定に響かないよう定められたものだろう。そして、二人の実力を鑑みたジャッジの男からすれば、それだけでも充分な見せ場を作れるだろうと見越しての数字でもある。


「タルナダさん、強そうだね……見た目だけじゃなく、なんか……」


「ええ、絶対に強いわ。気質が単なる大男のそれじゃないもの」


 はらはらして見届けるファインと、これはいいものが見られそうだと目を細めるサニー。そしてタルナダの名と実力を知る周囲の観客は、思わぬ形で一足先に見られる、王者タルナダの試合に期待を抑えられない。まして相手も、昇り竜まっしぐらの期待の新人クラウドとなれば、好試合を期待せずにはいられぬというもの。


 舞台は整った。片足引いて構え合う二人を交互に見比べ、少し離れたアナウンサーは息を吸う。彼も闘技場に日々生きる身、客より近くで好カードを見届けられる立場として、胸が躍って仕方ない。


「それでは、始めましょう! エキシビジョンマッチ、タルナダ対クラウド……試合っ、開始いっ!!」


 開戦宣言とほぼ同時、地を蹴ったクラウドが一気にタルナダに迫った。まずはどう来るか、構えたまま動かぬタルナダの眼前、あと一歩でタルナダまで手が届くという距離感で、クラウドが地面を蹴る力を殊更強くした。


 クラウドの第一撃は、タルナダも予想外のもの。自分よりも背が高いタルナダに対し、地を蹴ると同時の低い跳躍と併せ、足先でタルナダの顎を蹴り上げる一撃だ。その場で宙返りすると同時に回転する足先を武器にした、観る側にもダイナミックな大技だろう。落ち着いて一歩退がると同時に、顔を引いたタルナダがそれを回避するのは容易かったが、クラウドが意味もなく、こんな大味な初撃を繰り出すはずがない。


 一回転して着地した瞬間、その足を踏み切って一気にタルナダへと弾丸のように突進するクラウドは、重心が後ろに下がった直後のタルナダへ、一気にタックルする心積もりだ。近い距離から発射されたクラウドの体が、我がボディに激突して崩しにかかろうとする姿には、今さら回避できないタルナダも小さく笑ってしまう。見た目の派手さに、したたかな計画性を併せ持つ実力者との一戦、心躍らなければ王者の器ではない。


 後ろに引いていた方の脚を、クラウドの動きを見てから振り上げたタルナダは、飛来するクラウドを蹴り上げる形にする。金棒のような太い脚が、後手から追いつき凄まじい速度で激突してきた衝撃に、咄嗟に腕を交差させて防いだクラウドも歯をくいしばった。上向きベクトルの力をぶちかまされたクラウドは、前方に進む速度との合力により、タルナダの後方上空へと飛ばされる形になる。


 自分だから腕も折れずに済んだものの、一般人が金槌を振り抜いたような威力のタルナダの蹴りは、さしものクラウドも空中で顔を歪めずにいられない。怪我をさせようってつもりじゃねえからよ、っていう開戦前の宣言は何だったんだと。空中で身を翻し、なんとか足を下にして地上へと向かう形を作ったクラウドだが、落下予測地点に向けて駆け出しているタルナダの姿からは、逃げ場無きクラウドへの追い討ち狙いが明らかだ。


「その程度じゃお前は壊れねえだろ?」


 着地寸前、空中のクラウドに向けてタルナダが放つ回し蹴り。空を蹴れるサニーでもない限りこれをかわすのは不可能、さらには衝撃を逃がす方向に体を流すことも出来ない。クラウドが取る手段は一つしかなく、それは普通の者が取れる妙手ですらない。空中に身を置いたまま、ぐるんと身をひねってタルナダの蹴り足に体を向けると、縮めた右足裏と交差させた腕で、寸分互いなき二点でタルナダの蹴りを受けるのだ。さらに、接触した瞬間に押し出す腕と足で、自らを蹴飛ばすタルナダの攻撃力を受けきる。クラウドの体を破壊するはずだったエネルギーが、彼を吹っ飛ばすための力に逃げるから、ダメージは僅かでも抑えられる。


 そのぶん凄まじい勢いで吹っ飛ばされ、地面に体が触れた瞬間に相応の衝撃が発生するが、地面に半身が接触した瞬間に、振りかぶった片腕全体で地面を叩いて受け身。体が跳ねる、また逆の半身で地面に叩きつけられれば、今度も同じように受け身。がつ、がつと3度地表で跳ねて飛ばされたのち、3度目の受け身で体勢を整えたクラウドは胸を下にして、右の掌と左の足裏、右のつま先で地面を削りながら地表を滑っていく。砂煙を上げて減速していくクラウドは、地に接した手と足でブレーキをかけた後、体を止めて遠方のタルナダを睨む目を持ち上げている。


「すっげぇ痛いって思ったの久々ですよ……!」


「今のをくらって立てる奴は久々だ……!」


 片や苦悶の表情に、片や驚きの表情に、双方好敵手との相対に輝く目。両者の間に飛び交う火花は、はじける闘志の波紋のように観客席にまで伝わり、迫力あるぶつかり合いも併せて歓声を呼び起こす。出来の良い演劇上の戦いも美しいが、やはり生の決闘が持つ迫力は、サニーの鳥肌を立てたまま静まらせない。手に汗握ってまばたき一つ出来ないファインと同じ人の姿が、この観客席にはいくつもある。


 ただ一人冷静にこの戦いを見届けるジャッジの眼前を、巨体に見合わぬ速度でタルナダが駆け抜ける。引いた拳でクラウドを上から殴りつける一撃は、身をひねったクラウドによって回避されるが、そのまま地面まで拳を打ち抜くタルナダは、地に着く寸前で拳を開いて掌に変えている。


 身を逃がしたクラウドの反撃の蹴りを、片手軸にして前方に宙返りしたタルナダが、勢いを殺さず前に進む形で回避。さらにクラウドから僅かに距離を取った地点に着地したタルナダは、背後から急速接近して追撃にかかるクラウドに、振り向きもしないまま後方へと、左の裏拳を振るってくる。不意をつくには充分な一撃にも、冷静に身を沈めて対応したクラウドだが、裏拳の振り抜きと同時に体を自らに向けたタルナダが、下から引っかくように振り上げた掌が迫る光景にはぞっとする。


 がっちり固めたごつい指先で、顎を殴られただけでも意識が飛びかねない。咄嗟に手刀を打ち返す刃のように振り降ろし、タルナダの手首に激突させるクラウド。怪力同士の衝突は、両者ともに眉間にしわを寄せずにいられない痛みを生む。しかし、力のぶつかり合いで止められたタルナダの手首に、そのまま逆の手で掴みかかるクラウドの方が早い。この展開を作った方、強いられた方、立ち直りが早いのは、想定が先を行っている前者に決まっている。


 一気にタルナダの腕を引き込むと同時、体をひねってその背を敵の懐に潜らせたクラウドは、振り上げた足でタルナダの太い脚を跳ね上げ、一本背負いの形で巨漢を投げおおす。大柄なタルナダが、足先が弧を描く形でその体を投げ飛ばされた光景には、観客の多くがまさかの大番狂わせを予感しただろう。


 投げられながらにして、我が腕に巻きつくクラウドの両手の力に抗い、その前腕の横を鎌のようにクラウドの喉に刺したタルナダの一撃を、誰が視認できただろうか。敵を投げるさなかに生じた、息も詰まるような衝撃に際し、クラウドが目を白黒させるのも当然のこと。一方で、投げられる形自体は完成させられていたタルナダも、右手を使えぬ形で背中から地面に叩きつけられ、左腕いっぱいと足裏で受け身を取る形。タルナダとて痛くないわけではない。


 しかし怯んだクラウドから、捕まえられていたはずの右腕を振り払うのは容易。投げられ背中で地面に接した形から、素早くその身を転がして、ひねった体の勢いでクラウドの手から逃れて距離を取る。すぐさま中腰に立ち上がり、クラウドよりも低い目線から、離れて敵を見上げるタルナダ。その眼前には、片目つぶって咳き込みながらも、隙なく構えたクラウドの姿がある。


「――そこまで! 試合終了!!」


 沸き立つ観客、睨み合った二人、闘技場全体の空気に反し、ここでジャッジが高らかに宣言だ。何だと、と鋭い目つきをジャッジに返すタルナダからは、これからじゃねえのかという不満が露骨に溢れている。闘技場最強の男の眼力は、それだけで並の者なら怯ませる強さを持つものだが、確たる意志で試合の中断を宣言したジャッジは毅然とした態度。


「時間切れだ。何より、あんた達が決着までやり合えば怪我人が出る。たかだか余興の特別試合で、そこまでやるのはやり過ぎだろう」


 むう、と残念そうな顔をするタルナダだが、不本意ながらその理念は理解できたはず。ジャッジの言うことは、クラウドにも理解できる。この戦いがすべてではなく、明日以降も闘いの日々が続く二人なのに、ここで怪我するまで戦い続けるのは得策ではない。何より二人とも、互いの実力を肌で僅かながら感じる中、決着つけようとすればどちらかが相当に痛い目を見るであろうことが、すでに確信できている。


「残念だが、そういうことらしい。続きは、いつか迎える公式戦でやり合うことにしよう」


「……はい。ありがとうございました!」


 試合が熱を帯びてきて、さらに激化しそうなところでお預けくらった観客は、ある意味ノリよくブーイングを飛ばしている。これも一種の、短時間で二人の闘いを評し、続きを見せろというポジティブな反応だ。とはいえ、アナウンサーがメガホン越しに中断の意図を説明しているし、理屈はわかってもらえるだろう。クラウドとタルナダが握手を交わして、バトルフィールドを退出していくが、次の試合が始まれば客の興味もそちらに向くだろうし、この反発が鎮まるのも時間の問題だ。


 かくして、クラウドが初めての公式戦、プラスアルファは幕を閉じた。舞台を降りて、観客から見えない位置に辿り着き、ほうとクラウドは息をつく。勝てたのは嬉しかった。それによる稼ぎが入るのも朗報だが、何よりファインやサニーも喜んでくれたかなと思うと、二人に会いに行くのが楽しみだった。

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