表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
36/300

第34話  ~Bランク対Cランク~



 ファーストアタックはやはり武器を持ち、長い射程距離を持つホゼの方だ。右手のトンファーの先端が、クラウドの胸部を的確に薙ぐ軌道を描く、距離感抜群の初手。黙って何もせずに受ければ、二の腕をへし折る強烈な一撃だろう。


 減速せずにかがんで直進、ホゼのすぐ脇を通過するとほぼ同時、裏拳を振りぬいて腹部めがけての一撃を繰り出すクラウドを、ホゼは体をひねって逃がすことで回避。真っ向から直進し合った交錯の一瞬だけで、上級闘士と挑戦者の攻防があったことを、客の何人が視認出来ただろう。戦いの心得無き者には、ホゼの初手を鮮やかにクラウドが切り抜けただけにしか見えなかったはずだ。ホゼの高等な体さばきによる回避劇は、目の肥えた客にだけ伝わる、ふとっちょの見た目に似合わぬホゼの身軽さを物語るもの。


 反撃をはずしたクラウドが素早く振り向いた先からは、すでにホゼが矢のようにクラウドに迫っている。両手に握るトンファーによる連続攻撃を放ってくる素早さは、なるほど確かに高ランク闘士のそれだと客席のサニーも納得。薙ぎ払い、突き、足を崩しにかかる振り抜き、交互に迫らせるトンファーにより、実に1秒間に3発は攻撃を繰り出すホゼには、クラウドもかがみ、退がり、回避の繰り返しだ。クラウドの手足が届かない位置から堅実な攻撃を繰り返すホゼに、クラウドも容易に反撃できない図式である。


 恐らくクラウドが、単純にホゼの攻撃をかわすと同時、距離を詰めてのカウンターに踏み込んでも、逆の手のトンファーがカウンター返しを放ってくるだろう。得物二つを持つ敵は、攻撃の手数が増えるだけでなく、どちらの手でも攻守叶えられるから、攻め込むのも容易ではない。計10発のホゼから浴びせられる攻撃の数々を回避したクラウドは、その3秒余りの時間で結論を纏めている。思考と理論ではなく、養ってきた戦闘勘で打破策を導き出す。


 自らの右側頭部を殴り飛ばしにかかってくるトンファーの先端を、その場で回転したクラウドが左の裏拳で叩き上げる。一瞬自らに背を向けたクラウドが、左手に握る武器をはじき上げてきたことにより、ホゼの体も上ずる。しかしさらに、体の一回転とともにホゼに近付いたクラウドは、その回転するままに振るった右の裏拳を、ホゼのボディに差し向けている。敵の攻撃の排斥と、ほぼ完全同時に放ったこの一撃は、見てから反応して凌げるものではない。


 それがホゼを捉えられなかったのもまた、熟練闘士の勘が冴えたからだろう。見慣れぬクラウドの動きに危機感を感じたホゼは、武器をはじき上げられて上ずる体をそのまま逸らし、地を蹴って後方に跳んで逃れた。ふとっちょの体格が身軽に後方宙返りする姿は、観客の歓声やファイン達の驚く表情を引き出し、敵対するクラウドでさえ、意外な動きに目を瞠りそうになる。


 それでもホゼが着地したその瞬間には、拳を伸ばせば届く距離までクラウドが迫っているのは、ひとえに好機を逃さぬクラウドの意志力と瞬発力の賜物。脅威であったホゼの連続攻撃が途絶えた瞬間に、一気に攻勢に移ろうとするクラウドは、着地直後のホゼの懐へと飛び込んでいく。不安定な体勢ながらも、充分に反撃を返せたはずのホゼがそうしなかったのは、殴り返せばそれを凌がれ、生じた隙に致命的な一撃を浴びせられる予感が拭えなかったから。ほんの一瞬の時間に、二人の闘士は一瞬後の展開を無意識下で読み合っている。


 自信満々に自分との距離をゼロにしようとしてくるクラウドを、懐に入れれば終わりだという直感。拒むホゼは、交差させた腕を一気に振り払う形で、クラウドを二本のトンファーで挟み込むような形で描く。頑丈な鉄の塊で勢いよく挟み込むこの一撃は、当たれば致命傷は間違いあるまい。クラウドも一気に沈み込み、胴を圧砕しにかかってきたホゼの攻撃をかわしきる。


 至近距離で体勢を低くしたクラウドが、このまま行けば足元へのタックルで自分を地に倒そうとするのは目に見えている。トンファーを振り抜くと同時に跳躍し、クラウドを跳び越えながら前方へ飛び込んだホゼの動きは、展開を読みきった上での計算されたものだ。眼前からホゼが消え、駆けていた足を急停止して振り向くクラウドの眼前からは、空中で着地直前にクラウドめがけてホゼが放つ、トンファーの一本が飛来している。


 振り向いた瞬間には、既に目と鼻の先にトンファーの先端があるのだ。どんな反射神経でも、今から腕を振り上げて対応できるものだろうか。少なくとも、クラウドは無理だと一瞬で断じた。だからこそその場で、クラウドが自らの背を一気に地面に落として倒れたことにより、彼の眼前をトンファーが風切り音とともに通過していく。


 思わぬ回避に会場が、ホゼが驚嘆する中でも、次へと移るクラウドの行動は早い。両の二の腕で地面を叩いて受け身を取る、縮めた体を一瞬で伸ばす、受け身を取った反発力で跳ね起きる、着地の瞬間には既に重心を前に傾け、額はホゼに向ける。自ら倒れて地面に両の肩口を接し、直後跳ね起き前傾姿勢をクラウドが完成させるまでに、あっという間。1秒前後の時間がかかった事実があっても、あまりに流麗にそれを叶えられた者は、魅了されたかのようにそこに流れる時間を見失う。


 地を蹴り弾丸のように急速接近したクラウドに、全くホゼが反応出来なかったのはそのせいでもあるだろう。しまった、と青ざめたその瞬間、それでも残ったトンファーを振り抜いたホゼの反応力も、長く養ってきた力の賜物だ。しかし苦し紛れのその一撃を、フルスイングした裏拳で勢いよく撃退したクラウドは、ホゼに残された最後の武器を、手から離れさせて吹っ飛ばす。勝負を決めるための決定打、怪力少年の全力の一撃は、熟練闘士の握力を打ち負かした。


 自らの胴を横から薙ぐ一撃を、裏拳の振り抜きで撃退すれば、体が回ってホゼに半身が向く。それでいい。そのまま回転するままに、振り上げた踵でホゼのボディに回し蹴りを放ったクラウドの勝負手は、為すすべ無きホゼの体を貫いた。のちのホゼが、あれは雄牛の突進でも食らったかと思ったと語るほどの重き一撃は、直撃の瞬間に後方へ地を蹴って衝撃を逃がしても不足。あれだけ重そうなふとっちょが、人間の蹴りによってあんなに吹っ飛ぶかと思えるほど、ホゼの体は勢いよく後方へと飛んでいく。


 骨の何本かがいってしまった実感のせいで気こそ失わなかったが、飛びかけた意識の中で地面に体がぶつかる瞬間、なんとかホゼも両腕で受け身を取っていた。それでも吹っ飛ばされた勢いを殺しきれずに、後転するように転がっていき、2回転半したのち腹を下にしてホゼが倒れた。それに際し、伸ばした脚を寝かせる形で、膝が砕けることを回避したあたりは、ホゼも流石だったと言えるだろう。一般客にはその細かい器用さは伝わっていないが、戦闘慣れした観客席のサニーの目には、そうしたホゼの隠れた実力もよく見えた。


「――勝者、クラウド!」


 だが、雌雄は既に決したと言っていいだろう。観客の多くの予想を裏切った結末は、ジャッジの一声をきっかけにして、観客席から壮大な歓声と悲鳴を引き出した。前者は純粋に大番狂わせに興奮する者達の声、後者はホゼの勝利に賭けていた博徒達の声である。


 ホゼに戦意の確認もせぬまま、クラウドの勝利を宣言したジャッジの判断は、客観的に見て早計ではない。武器を失い立てぬホゼ、無傷のままにして構えを解かないクラウド、続けたところでホゼの怪我が増えるだけだ。公正なジャッジの声が勝敗を定めてなお、大歓声に満ちた闘技場のバトルフィールドで動く者は一人もいない。あまりの展開に言葉を失っていたアナウンサーでさえもがだ。


「こ……っ、これは恐れ入りましたあっ! 誰もが期待しつつも、叶うか否かを信じられなかった大番狂わせ! CランクがBランクを相手に――闘士クラウドがやってのけましたあっ!!」


 汗で滲んだ手でメガホンを握り締めたアナウンサーが、見惚れていた自分を覚醒させ、天高くまで届く大声で吠える。目の前で起こったクラウドの勝利を、夢ではない現実の出来事だと強調するその宣言は、さらにもう一波の大歓声を観客席からまき起こす。


「やったやった! クラウドさん、やっぱり凄かったあっ!」


「おじさんクラウドに賭けてたでしょ! あれ私の友達っ!」


「おおっ、そうかそうか! ありがとよって伝えておいてくれや!」


 自分のことのように喜びはしゃぐファインと、誇らしい友人の勝利を隣の賭博師と分かち合うサニー。このスキンヘッドのおっちゃんは、昨日のクラウドの入門試験で一度目にしている。ちゃんとこの試合を最前列の席で見届け、クラウドの勝利にガッツポーズして吠えていた姿からも、傍目のサニーにも"勝った"のがよくわかったものだ。


 ギャンブルは時に情報戦。表面的には、やはり期待の新人とはいえ、Cランク闘士がBランク闘士を相手に大番狂わせは、夢が過ぎると思われた部分も多かったが、入門試験のクラウドの破竹ぶりを見ていれば、こっちに賭けて然るべき。事前のリサーチが実り、高いオッズを大当てしたおっちゃんと、友人の勝利を喜ぶサニーのハイタッチは、ベクトルは違えど同じ結果を喜びを分かち合うものである。


「おーい、ホゼ。大丈夫か?」


「あの……」


「あ、ああ、結構だ……強かったなぁ、お前」


 沸き立つ闘技場の真ん中でよろりと立ち上がるホゼだが、ボディの奥が相当やられたのは間違いなく、屈強な体を立たせるのも億劫そうだ。それでも力なく笑い、クラウドに握手を求めるかのように手を伸ばす姿は、負けてなお相手の実力を認めた闘士の姿を体現したものだろう。試合が終われば一時的な敵対意識も薄れたクラウドが、案じながらも握手に応じ、自分から頭を下げるに値する行為だ。自分の力を認めてくれた大人に対し、勝ったぞどうだと上から見下ろす目線を、クラウドの性格は持ち合わせていない。


 肩を貸そうかと尋ねるジャッジ。友人の言葉にも、自分で歩けると苦笑いして去っていくホゼの背中は、敗者の姿には違いない。下位ランクの闘士に負けたホゼの去る姿を、惨めと見ずに拍手で見送る観客も、それは奮戦した彼の姿に一時でも魅せられたからだ。決して、強者と弱者の戦いではなかった。お金を払って観戦に訪れた人々が満足するのは、やはりこうした戦いなのだろう。


「やるな、お前。俺もいつか、お前と戦うのが楽しみになってきた」


「……その時は」


「ああ、心行くまでやり合おうぜ」


 仕草なく、言葉と男同士の眼差しで語り合う二人のやりとりは、観客席にはその真が届かない。思わぬ所で交わされた約束が、クラウドに今後を楽しみにさせたのは、きっと誰も知り得ぬまま進んでいくのだろう。


 ジャッジの男に目線で一礼し、クラウドがバトルフィールドを去ろうとする。自らがくぐってきた入場ゲートへと歩きだすクラウドを、観客が拍手とともに見送ろうとした、ちょうどそんな時だ。


「おーい」


 ホゼが一足先に去って行った先、クラウドの後方から野太い声が呼びかけてきた。この時点では、謎の声が自分を呼び止めたものだともわからなかったクラウドだが、突然の声に何気なく振り向いた。立ち止まり、声の主の正体を目にしたクラウドだが、その視界内には、同じくその声の主に振り返り、驚く表情を隠せないジャッジとアナウンサーの姿もある。


「た、タルナダさん!? あなたの試合はまだ……」


「おう、知ってる知ってる。ここまで巻き進行すぎて、そろそろインターバル時間作れねえかなと思ってな」


 ざわざわとどよめき始める観客の声に、ファインもサニーもこの騒ぎはなんだろうと周囲を見渡す。タルナダの登場による観客の反応だとは察せるが、場違い者の推参にざわつく反応ではなく、思わぬ名優の突然の来訪に喜ぶような反応は、客がタルナダを拒否せず歓迎していることを物語っている。


「今、時間は余ってるよな?」


「え、ええ……長くは取れませんが……」


「そこの坊主と一戦やらせちゃくれねえか。今の戦いぶりで興味が沸いた」


 闘技場の進行を任せられたアナウンサーに、タルナダが小声で持ちかけた提案は、まだ会場全体には行き届いていない。近場でそれを耳にした、アナウンサーともどもジャッジが驚いた表情とやや離れた場所、クラウドもかすかに聞こえたその言葉に目を丸くする。


 闘技場、午後の部が始まってしばらく経つが、ここまで概ねの試合が予定よりも早く決着する傾向が強く、クラウド達の次の試合の開始予定時間まで、10分ほど余す形になってしまっている。ここまでは、参戦する闘士達の準備が早かった都合もあり、巻き進行にもついていける形でスムーズに進んでいたが、そろそろ早すぎる進みぶりになり始めていた。そんな中、現れたタルナダの申し出を耳にしたアナウンサーは、戸惑う表情のままクラウドに駆け寄ってくる。


「タルナダ氏が、あなたと戦ってみたいと言っています。どうでしょう……?」


 タルナダがこの闘技場でどういう立場の者かは知らないが、彼の提案を思わぬ僥倖と認識し、問うようでいてクラウドのうなずきを期待するアナウンサーの目。引き受けてくれれば嬉しい、と、隠せぬ表情に表れているアナウンサーの前、クラウドも自身の興味と合わせて答えは決まっている。


「……いいですよ」


 先日世話になった、タルナダからの申し出を断りたくなかった面もある。しかし、見るからに実力者の気配がするタルナダとの手合わせは、クラウドにとっても興味深く感じられた。そんなクラウドの返答を受け、無邪気に喜ぶ子供のようにジャッジを見返すアナウンサーは、引き続きのジャッジを彼に頼まんとする態度。そんな顔で求められて断れるかと、ジャッジも苦笑してうなずくのみ。


「――ご来場の皆様! ただいまより、特別試合を行います! 今しがた目覚ましい活躍を見せた闘士クラウド、そして対するは、我らが闘技場の絶対王者、Sランク闘士のタルナダです!」


 その新たな決定が高らかに掲げられ、観客がそれを理解するのに一瞬の間を要した。しかし、理解した観客が思わぬ見世物を頭で理解した瞬間には、再び、クラウドが勝利した時と同じほどの歓声が沸き起こった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ