表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
33/300

第31話  ~入門試験~



 タクスの都の闘技場で行なわれる試合の構成は、だいたい決まっている。午前の部と午後の部に分かれており、午前の部は高ランクの闘士がぶつかり合う試合は少なめ。客を呼ぶため、午前の部の最後の方にはいいカードが組まれたりもするが、やはり見所が多いのは午後の部。おやつ時に午後の部をスタートし、日がちょうど沈んだ頃合いまで徐々に盛り上げていき、メインイベントで締め、という構成が殆どだ。


 午前の部が終わってから、客も昼食時を迎えるだろうし、3時間ほどの休憩時間がある。クラウドは、その時間を使って闘技場の舞台に上げてもらい、その力量を試す試験試合を受ける形だ。クラウドがどれほどの実力を持つのかを試すには、一戦だけでは計りきれない部分も多いので、何人かの相手に連戦する可能性もある模様。今日はちょうど、入門希望者がクラウド一人しかいないこともあって、休憩時間いっぱいを使ってその力量を試してもらえる状況が揃っている。


 控え室で、舞台に呼ばれるのを待つ立場のクラウドは、武具一式を装備して胸の高鳴りを鎮めることに集中していた。準備運動も済ませたし、体の調子も悪くない。用意万端で、やれる限りのことはやれるはずだ。ちなみに、準備運動できるぐらいの時間を余すほど、呼ばれた時間より早めに闘技場に来たクラウドは、受付の中年男に、律儀な奴だと微笑みかけられていた。闘技場、荒っぽい奴が多そうなイメージがあるが、時間にルーズな大雑把野郎もけっこういるということだろうか。


 試合時間の10分前に会場入りする奴が殆どだぜ、と言われたのだが、そうでなく時間にルーズでないクラウドが闘士の仲間入りを果たしたことに、受付の男も嬉しかったのだろう。あまり関係のない話だが、新しい職場でやっていくにあたって、好印象は持たれているようだ。あとはちゃんと結果を出して、胸を張って闘士だと言える毎日を送っていく下地を見せ付けたいところである。ここまではつまづいていないだけに、尚更。


 改めて、闘技場における戦いのルールが書かれた紙に目を通すクラウド。1つ、激しい戦いは歓迎だが殺しだけはご法度、はずみで間違いを起こさぬよう気をつけること。1つ、戦いにおいて負傷した場合、それに対する医療を施す保証は闘技場側もするが、基本的に責任を負って貰えぬものとして捉えること。1つ、観客席に被害を及ぼすような行為は禁止、また、客に怪我をさせるようなことがあればさらに重く罰則対象。3つ目はクラウドには関係なさげな話だが、派手な魔術を使う闘士には留意すべきことである。


 他にもいくらか要項はあったが、意識すべきなのはこれぐらいだろう。殺生を許容する闘技場ではない一方で、命を奪われぬ形で大怪我をする可能性はあり、それに対する覚悟は決めておかねばならないということだ。クラウド目線で受け取るぶんには、そのぐらいの認識でいい。


 クラウドの入門試験も、闘技場の本番試合と同じルール上で行なわれることになる。つまり、試験も言わば実戦前の演習に近いものだ。試す側にも試される側にもわかりやすくていい。試験で通用するなら同じように実戦でもやれるし、駄目なら実戦でも同じだろう。この試験の結果を受けて、クラウドの闘技場内におけるランクを定めるのだから、それぐらいわかりやすい方がいい。


「――クラウド様、そろそろ出番です。準備は出来ていますか?」


「あ……はい」


 控え室をノックして入ってくる、小麦色の肌をした少女。この闘技場で働く、雑用を任されがちの女の子であろう。身なりも綺麗ではなく、ぼろっちい布の服に身を纏い、着飾れば可愛らしいであろう顔立ちも、ちょっと勿体ない風貌だ。


 ファインが一度、この闘技場に奴隷として売ってやると脅されたこともあるらしいが、この子ももしかしてそうだったのだろうか。そう思うと、気持ちよく働ける職場だろうかと疑問符も上がるのだが、今はそんなことを意識している場合ではない。自分と同い年くらいの少女に導かれるようにして、控え室を後にしたクラウドは、戦いの舞台へ向かう道を歩いていく。


 雑念捨て去り結果を出すべし。ファインやサニーも応援しに来てくれている。自身の未来を拓くための結果を出す、つまりそれは、親しき友人達の前で恥ずかしくない結果を出すことでもある。クラウドの胸中は、それを強固に決意する想いに溢れていた。











「お客さん、意外といるなぁ。休憩時間なんじゃないの?」


「新人がどれほど出来るか、先に見ておきたい人もいるんでしょうね」


 大きな闘技場の観客席に座るファインとサニーだが、公式試合のない休憩時間ゆえに、観客席もまばらである。だから極めてスムーズに最前列の席に座れたのだが、それでも客席全体には、酒やつまみを片手にした客がぽつぽつ座っている。大半の客は新規参入者の試験試合になど興味がなく、この時間になると昼食を取りに会場外に向かい、闘技場周辺の飯場はどこも大盛況になるものだが。


「ほら、こういう場では試合を賭けの種にする人もいるじゃない」


「青田買い?」


「んー、青田刈りって言った方が適切かも」


 何事も、勝負事は賭博のいい材料になる。どっちが勝つかを予想して、銭を張り、稼ごうとする類のギャンブルだが、それを見定めようとすれば判断材料も要る。なので、そういう趣味がある人は、デビュー前の闘士の力量計りにも熱心なのだ。特に、新人が始めて本番の舞台に上がるデビュー戦は、新人がどれほどの力量を持っているかの認知度が低い。この辺り、あらかじめ情報を握っておけば、少数派の勝敗的中者になれる可能性も上がり、稼ぎも期待できる。


 公営ギャンブルっていうのは、100人が敗者側賭けで1人が勝者側賭けの場合、その一人は100倍儲かる。逆に100人が勝者側で1人が敗者側の場合、一人は1人ぶんの損しかしないが、百人の方は0.01倍の儲けしかないのである。胴元ありし賭博の配当っていうのはそういうもの。だから、少数派の勝者側になれる見込みのあるギャンブルは"美味しい"と呼ばれる。だから、多くの人が情報を握っていない新人のデビュー戦は、研究熱心な者には美味しいチャンスなのだ。


「あっ、ほらほらファイン、来たわよ」


 さて、今日の新人は出来る奴だろうかと、勝負師達が目を光らせる中、闘技場の舞台に現れた少年。力自慢の大柄な男達がひしめく闘技場文化において、ちょっと頼りない風貌だ。ここで大柄な男でも現れようものなら、期待できそうな奴が来たと勝負師達も盛り上がるのだが、こりゃあハズレかなと早くも興味を失いかけている人も多い。


「クラウドさん!」


 テンションが上がっているのはファインとサニーぐらいだろう。最前列で身を乗り出して手を振り、ここで観てますよと呼びかけるファインに、クラウドは向き直って拳を突き出す。言葉なく、いいとこ見せてやると、彼なりの意気込みを表現した仕草だ。観客席の他のおっちゃん達は、若い奴が連れにいいとこ見せたくて頑張ろうとしてんのかな、と、ちょっと微笑ましい気分になっていたり。


「おーい、坊主! 頑張れよ!」


「怪我しねぇうちにギブアップしてもいいんだぜ!」


「可愛い連れがいんじゃねえかよ! 羨ましいから負けちまえ!」


 さすが休憩時間にも闘技場に居座るようなおっちゃん達、悪意なく口が悪い。それでも二十歳に満たないのが明らかのクラウドに、心からの罵言雑言を投げるような人達ではないようで、乱暴な言葉を投げつけながらもいい笑顔だ。クラウドは、こういう空気は嫌いじゃない。地人として育ち、下町で暮らすことも多かった身として、ああいうおっちゃんとの付き合いは多かったから。


 声をかけてくれた観客席のおっちゃん達に向け、乱暴に拳を振り抜いてアピールするクラウド。うるさいから黙ってて下さい、まあ頑張りますよ、という表明だ。表情が柔らかいことからも、野次に不快感を覚えての行動ではないのが明らかで、応えられた観客も笑って手を叩く。案外クラウド、人前に出るのは苦手でなく、こうしたパフォーマンスを見せるだけの器もあるから、闘技場でやっていくには向いた方なのかもしれない。


「さあー、期待の新人クラウドがどこまでやれるのか! 闘技場は若者にも容赦ないぞ!」


 休憩時間中でも、舞台の端に立つ盛り上げ役、試合開始の宣言者の口はお元気なものだ。メガホン片手に大声を張り上げた声量はたいしたもので、その声をきっかけに、クラウドが入場してきた方とは逆の位置から、一人の闘士が入場してくる。


「対するは、いきなりEランク闘士だあっ! ちょーっと少年闘士には荷が重いんじゃないか!? 闘技場側の容赦のなさには、私も少々心配になる想いを禁じ得ないっ!」


 なるほど、確かに一筋縄ではいかない闘技場だと思えた。クラウドと対峙する闘士は、細身に見えてがっちりした肉体であり、露出した上半身を、両の肩口から腰元へ交差する、ベルトのような皮鎧で身を包んでいる。その手に握る大きな棍棒も、見ただけで相当に重いものだとすぐわかるし、あんなものを戦いの場で用いる時点で、それを自在に操る筋力があるということだ。年はカラザと同じで20代半ばぐらいに見えるものだが、文化人のカラザとは対極、荒くれの町で育ってきたと思える顔つきはいかつい。アナウンサーも言っていたが、確かに16歳の少年をいきなりこれと戦わせるというのは、普通の感性ではやっちゃいけないことだろう。


 しかし、闘技場のランク付けはA~G。Eランクと言えば、中間ポジションよりも少し下ということだ。つまり、それなりに出来るであろうと見えるあれでも、闘技場全体のレベルで言えば、中の下あたりという評価しか貰えていないということ。あれでEランクか……と思ったら、Aランクの闘士ってどんな強敵なんだろうと、クラウドも想像力を働かせずにはいられない。


 新しい環境下に置かれた時、目先のことから集中力を失わせる、新鮮さというノイズはつきものだ。目の前、少し離れた位置で棍棒を構える闘士を目にして、ふうっと息をつくクラウド。向こうも既に臨戦態勢、余計なことを考えていては真っ当な勝負にもなるまい。胸の前で、手甲を装備した拳を打ち鳴らし、敵を睨みつけるクラウドの目に、もはや雑念はない。客席の、ファイン達のことさえ頭から締め出している。


「よろしくお願いします……!」


「かかって来い!」


「若き少年の門出の一戦です! テストマッチ一回戦……っ、試合、開始いっ!!」


 溜めを作った渾身の開戦宣言。開始の一声が耳に届いた瞬間、クラウドが地を蹴り、第一関門となる闘士へ一気に距離を詰めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ