表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
32/300

第30話  ~素顔の名優~



「あの、本当にいいんですか?」


「気にしないでくれ、口止め料だからね」


「いただきまーす!」


 闘技場近くの、少し大きめの料理店で、隅のテーブルに座る4人。その席でも隅に座り、周囲の人々に顔を見られにくい位置取りを選んだカラザは、こんな高そうなお店を奢ってもらって恐縮するファインに、気風のよい笑顔を返していた。旅人目線では高いお店だが、ちゃんと固定収入を得られる立場の者からすればそんなに高くない。向こうもそう言ってくれてるし、あんまり気兼ねしない方がいいと踏んだサニーは、礼は先に述べているのでさっさと食べ始めている。


「びっくりしました、こんな人にいきなり会うなんて」


「気付かれたのは久しぶりだよ。少々、メイクも考え直さなきゃいけないな」


 有名人たるカラザとの巡り会いを、驚きであると形容するクラウドに、カラザも落ち着いた返答だ。名役者として名を馳せた今となっては、街中で誰かに見つかれば、人が集まってくるのがカラザの境遇。普段街を歩く時は、ある程度本人だとわかりにくいよう、自前で顔を作っているとのことだ。確かに先日の舞台上で見たカラザは、歴史上の英雄、戦人を演じる都合もあってか彫りの深い顔立ちだったが、今目の前にいるカラザは、実年齢とは思えぬほど若作りだ。二十代半ばにしか見えない顔立ちだが、見た目どおりの年齢とキャリアで、地人のカラザが天人様から舞台の主役を頂けるほどの地位を築けるとは思えない。


「今のカラザさんの顔も、言葉は悪いけど作りもの?」


「塗りで少し肌の色を変えているが、ほぼこれが素顔かな。人前に出る時は舞台仕様が殆どだから、私の素顔を知っている者は、業界の外には一握りだ」


「あら、それはそれでイケメン」


「ありがとう」


 すっぴんに近い形でこの男前なら、役者として有名でなくても人が寄ってくるだろうと思う。とはいえ、カラザからすれば素顔こそ周知されていないので、お忍び気味に街中を歩くなら、素顔に近い方が身柄を隠しやすいということなのだろう。持って生まれた素敵な顔立ちのおかげで、贅沢とも言えそうなジレンマを抱えた形である。


「自前でメイクって凄いですね。そういうのは、専門の職人様が役者さんに付くものだと聞いてましたけど」


「職人様はいるよ。ただ、私は自分の役柄に応じた顔の作りを自分でこなしたくてね。基本的には、常に自分でやるようにしているんだ」


「今となっては変装能力に近いものに?」


「ははは、そんな高尚なものじゃない。現に今日は、この子に見抜かれているわけだしね」


 隣に座ったファインの頭を撫でるカラザと、見抜いたこと自体がちょっと悪いことをしたような気分になって顔を伏せるファイン。初対面の大人にまで、ごくごく自然に頭を撫でられてしまうあたり、やっぱりファインって客観的に見て子供っぽく見られるんだな、とクラウドも再認識。


「自分で化粧が出来れば、メイク職人様を雇うお金も浮くからね」


「へー、収入がありそうなカラザ様でも、そういう節制はしてるんですね」


「今は安定して仕事を貰える立場だが、若い頃は苦しかったからなぁ。節約は不可欠だった」


 役者やっているだけあって表情作りには長けているであろうカラザだが、舞台を降りてからも表情豊かなものだ。サニーの問いかけに対し、銭を浮かせる自前の技術を口にする時は得意げだが、貧しかった過去を口にするに際しては、少し笑って懐かしむ顔。顔立ち抜きにして、話をしていて楽しいタイプの人物だと言えそうだ。


「ファインもお化粧して貰ったら? 達人にメイクアップしてもらうとか、なかなか出来ない経験よ?」


「カラザさんの承諾も得る前に進めるのかよ」


「今の発言には、カラザさんにお願いする意図も含まれておりますです」


「わ、私はいいよぉ……お化粧なんて私には……」


「ふむ、残念だ。私としては、可愛らしい君の顔をもっと魅力的にしてみたい気分なんだが」


「あ、はいどうぞカラザさん。私が許可します」


 隣のクラウドが呆れるほどの、遊び心と語り口を同時に発揮するサニーだが、カラザも案外乗り気になってくれたのが意外。どうだろう、と隣のファインに問いかけるカラザに対し、お化粧なんてしたことのないファインはおろおろしている。何をされるのか今のところはわからないんだから、その反応もうなずける。


「軽い手ほどきしか出来ないが――少し、目を閉じてくれるかな」


 顔に手を伸ばしてきたカラザの行動に、縮こまってきゅっと目を閉じるファイン。目の前が暗闇の中で、カラザの指先が自分の睫毛(まつげ)を指先で撫ぜていることだけがわかる。それを外から見る立場のクラウドやサニーも、何をするつもりだろうと興味を引かれる。


「まだ動かないでくれよ。もう少しで終わるから」


 何度かファインの睫毛を指先でくりくりとするカラザは、しばらくそうし続けたのち、ふうと息をついて手を離す。もういいよ、と言われて、おずおずと目を開けたファインには、正面のカラザと、テーブルの対面から顔を乗り出して上機嫌のサニーの表情がある。


「簡単に出来る範囲なら、これぐらいかな」


「すごいすごい、これだけでこんなに変わるものなんだ!」


 カラザがやってみせたのは、ちょっとファインの睫毛を丸めた程度のものだ。しかしそれだけで、ファインの可愛らしい瞳がよりよく外目から見え、見栄えも随分変わるものだとサニーも驚嘆。ファインだって元の顔は綺麗なんだから、本来ある魅力をより引き立てることを、カラザが形にしたというところだろう。


「え、えぇと……クラウドさん、どうですか……?」


「いや、なんていうか……もともと可愛いのが、もっとよくわかるようになった感じ、かな?」


 案外クラウドも、飾らない言葉で状況を適切に説明する能力には欠いていないのだ。それに、おずおずと尋ねてくるファインの表情も乙女のそれであり、こんな顔を見せてくれるファインの姿ゆえに尚更だろう。本当ですか、と嬉しそうに笑い、顔を真っ赤にして片手で口元を隠すファインは、自覚できるほどふにゃけた今の顔が恥ずかしいのだと思う。


「ご馳走様でした!」


「ん、もういいのかい?」


「そっちじゃないです、こっちこっち」


 食べ終わらないうちにゴチを口にしたサニーだが、奢ってもらったお料理のことではないらしい。寵愛するファインの、素敵な顔を見せてくれたカラザへ向けた、親馬鹿ならぬ友バカ発言である。





 それからしばらくお喋りを挟み、やがて4人ともが食べ終えて会計に向かう少し前。話がひと区切りついた辺りで、そろそろ行こうかという流れになりそうだ。


「君はあんまり食べなかったね。意外と小食なのかな?」


「これから闘技場で、入門試験を受けるんです。食べ過ぎたら、調子が狂うかもしれないので」


「……サニーもサニーで、太るの嫌だって言う割には食べすぎじゃない?」


「三食はがっつり食べるわよ? 正しい生活リズム上でならオッケーなの」


 買い食いしまくっていたファインがここで小食なのは当たり前だが、サニーは男でもお腹いっぱいになりそうなほどの量を食いきって、腹八分目という顔。食べても太らないファインが羨ましいみたいなことを言っていたが、クラウドから見たサニーも、近いものは持っているような気がしなくもない。


「闘技場か。まあ、身なりからしてただの町民か旅人でない気はしていたが」


 食事中の今こそはずしてはいるものの、手甲や肘当て、膝当てを携えたクラウドの姿に、カラザがクラウドをただの少年と見ていなかったのは自然な推察だろう。そこに闘技場という言葉が重なれば、腕に覚えがあるであろう、クラウドの立ち位置もひとつの解答として理解できる。


「まあ、ほどほどに稼いだら、引き際を見極めて退くべき職場だと思うがな」


「そうかもしれませんね。年とったら、体も動かなくなるかもしれませんし」


 老いた後のことよりも、今日明日に結果を出していくことが重要なクラウドは、数年後のことなんかあまり考えてこなかったものだ。それでもカラザに言われた言葉から、そういう意図なんだろうなと推測を立て、返事を紡いだクラウドは、頭の回転が速いということなのだろう。


「そういう側面もあるにはあるが、あの闘技場は特にな……」


 そこまで言って、思わせぶりに言葉を途切れさせるカラザ。何か思うところでもあるんですかと、3人の目線がカラザに集まる。続きを言うのを憚るかのような間を挟むが、鼻でふうと息を吐くと、半ばにして言わなかった続きを口にする。


「あくまで眉唾だが、黒い噂も絶えない場所だからな。君のように、自ら闘士として参入を表明する者もいるが、参加者のすべてがそうではないという話も聞く」


「どういうことですか?」


「……人買い?」


「忌憚なく言えばそういうことだ」


 クラウドより前を行く発想力で、気持ちのよくない単語を口にしたサニーに、カラザが重くうなずいた。その言葉が意味するのは、例の闘技場は人の身柄を売り買いし、闘士としての日々を望まないはずの者も見世物として戦わせている、ということだ。わかりやすい例で言えば、奴隷をこき使うような概念で。


 実際のところファインも、タクスの都の闘技場に売り払ってやると、たちの悪い天人に捕えられた時に脅されたことがある。カラザの言うことはあくまでゴシップの範疇でしかないようだが、ファインが少し前にそういう立場にいたことを知る3人にとっては、余計に真実味のある話と思える。夢を片手に闘技場に踏み込もうとしていたクラウドには、少し先行きが暗くなるような話だ。


「腕に覚えがあるようなら、出来るところまでやるのはいい。ただ、当の職場も綺麗なものではない気配が強いようだから、悪事に巻き込まれるより先に、どこかで見切りをつけて去った方が得策だろうな」


 仮にそういう事実があろうとなかろうと、クラウド自身が悪行に関わるかどうかは別。しかし、所属する組織が悪事に手を染めた時、その煽りを受ける立場になるのは往々にしてあることだ。カラザが言う、巻き込まれるという言葉は、そうしたニュアンスも内包している。


「すまないね、これからだという時に惑わしてしまうような話をして」


「いいえ、覚えておきます。お気遣い、ありがとうございました」


「そう言ってくれると、私としても気が楽になるよ」


 申し訳なさげに笑うカラザだが、案じてくれたことがわかるだけに、クラウドも感謝する想いしか沸かない。ちょっとしたきっかけからご飯を奢ってもらったばかりか、先行き向けてのアドバイスまでくれる好青年に返すクラウドの表情が、敬意に近いものを含んでいるのは自然な反応だ。


 席を立ち、会計の場へと進んでいくカラザと、一足先に敢えて外に出る3人。退店してきたカラザを迎え、改めてご馳走様でしたと口を揃える3人に、カラザも楽しい時間だったよと笑い返す。名優として名を馳せる前は旅人暮らしも多く、こうして出会い頭の誰かと食事することも多かったそうだが、今となってはそれも出来なくなってしまったそうだ。賑やかな都の街中、落ち着き楽しい朝食の時間を過ごせたことが嬉しかったと、カラザは口にしてまで伝えてくれた。


「それでは。次に出会う縁があれば、もっとゆっくりと話をしよう」


「はい……! ありがとうございました!」


 去っていくカラザに、相手に見えなくても大きく手を振って見送るファイン。これから闘技場に踏み込み、友人の勇姿を見届ける少し前、いい思い出がひとつ増えたことを表す行動だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ