第29話 ~甘党は巡り会う~
「クラウドさんもどうでふか?」
「いや、俺はいいよ。あんまり食べると試験の時に困るかもしれないし」
「この子、食い気は結構なんだけど周りに振り撒くのが困りものよね」
宿を出て闘技場に向かうファインは、道中に見かけた出店で買い食いすることが多く、今も串団子を食べながら歩いている。本当幸せそうな顔で甘味ものを口にするものだから、桃色、白、若草色の三色団子も、見た目以上に美味しそうに見える。太るのを回避するため買い食いを控えているサニーにしてみれば、買い食いハッピーなファインの姿は、誘惑きつくて目の毒だ。
「サニーも食べようよ」
「闘技場の近くで朝食取ろうって決めてるでしょ。私、決めた時間の食事以外は極力避けたいの」
「美味しいのに……」
サニーが体重に対して神経質なのは知っているファインだが、それ以上に美味しいものなど、幸せを親友と共有したい想いが強いということらしい。友達目線では嬉しい心遣いではあるが、同時にちょっとありがた迷惑なところでもある。親しい仲とはいえ、布教活動はほどほどに。
「それにしても凄いなぁ。どこ見ても、人がいっぱいですね」
「この地方一帯じゃ一番大きな都だからな。俺達が出会った町なんて、小さい方だし」
「ファイン、あんまりはしゃいで人にぶつかったりしないでよ?」
「わかってるよ、もう。サニーって私のこと、年の差以上に子供扱いするんだから」
ひとつ年上なだけの友人に、子供扱いされると面白くないのか口を尖らせるファイン。敢えては突っ込まないが、言われても仕方ないんじゃないのとはクラウドも思っているのだけど。童顔なのはさておいても、さっきから都会の風景を物珍しがるかのようにきょろきょろ見上げ、目を輝かせて足早にうろちょろするファインの姿は、子供のそれと殆ど変わらないんだから。
「おじさん、2つ下さい!」
「おぉ、可愛らしいお嬢ちゃんだ。ちょっと待ってろよ、すぐに出来るから」
クレープを焼く甘い匂いに、蜜蜂のようにまんまと引き寄せられたファイン。出店の主人がクレープを完成させる手を待つ間、周りを見回し暇を潰すファインを少し遠目に眺める二人は、敢えて彼女から距離を取っている。
「なんていうか、俺が言うのもなんだけど……」
「あー、うん、わかるわよ。田舎者オーラ丸出し過ぎなのよね、あの子」
幼く見える風貌でも、あれはちゃんと同い年なのだ。別に実際田舎育ちだし、仮に自分が田舎者呼ばわりされても、まぁそうだなって思えるクラウドなのだが、今のファインと横並びになるのは、なんだかちょっと。少し前、サニーに子供扱いされて面白くない顔をしていたファインだが、周囲の通行人が無邪気なファインを目にして、くすくす笑う姿にも、気付かず上機嫌でクレープの完成待ち。そりゃサニーも妹を見守るような目でファインを見るよ、とクラウドも感じている。
「あれでも都会のクライメントシティ育ちなんだけどな」
「……童心を忘れてない、って言えばいいのかな?」
「あんた優しいわねぇ、オブラートに包んでさ」
言葉を選ばず言うならば、ファインって子供っぽいなあと。昨晩、聖母のようなファインの優しい眼差しと向き合ったクラウド目線、今朝の彼女と昨夜の彼女が同一人物に見えないから困る。
出店の主人からクレープを2つ受け取ったファインが、ぱたぱたクラウド達のもとへ駆け戻ってくる。サニーに甘味布教するのは諦めたようだが、気が変わったらクラウドとも分けっこ出来るように、ちゃんと2つ確保する辺りが手際よい。
「クラウドさん、いりません?」
「いいよ、俺は」
「じゃあ2つとも私が食べちゃいますよ?」
お好きにどうぞ。闘技場向かいの道を歩き、一つ目のクレープをじっくり味わって食べるファインは、まだ二つ目がある幸せに終始にっこにこ。人間、美味しいものを食べてる時が一番幸せ、という言葉もあるにはあるが、クレープ2つでここまで幸せいっぱいの顔になれるんだから、別の意味でお幸せなものである。
「あんたそれで太らないのが羨ましいわ」
「ちゃんと運動してるもん。サニーも食べたって大丈夫だって」
「油断してたら危ないんだってば。もう、いつか泣いても知らないわよ?」
二つ目のクレープも食べ終わらないうちから、きょろきょろ周りを見渡しているファイン。これは次の甘味を探し求めている目だと、サニーは付き合いから知っている。まだ食べ足りないのか、というクラウドの目線が、こんなファインを見慣れたサニーには懐かしいものだ。やがて次なるターゲットを見つけたファインが、棒つきのキャンディを取り扱っている出店へと駆け寄っていく。
「おばさん、苺キャンディひとつ……」
「失礼、葡萄飴をひとつ……」
元気良く出店のご婦人に声をかけるファインと、商品を眺めていて買うものを決めた、もう一人の客の声がぴったり重なる。まったく同時のご注文に、出店のおばさんも両人を交互に見て、くすっと笑う。完全完璧にタイミングが一緒だったので、なんだか可笑しくなったようだ。
「あっ、すみません……そちらがお先に……」
「いいや、構わないよ。ご婦人、こちらの子へ先に」
「あはは、レディファーストかな? いい男だ」
ぼろの目立つ深緑のマントを纏ったその男は、顔を隠したフードの端を下げ、ファインに一礼する。出店の婦人からはあまりよく顔が見えないが、笑った口元は端正な顔立ちを予感させるものであり、鼻より下だけ見ていい男だと言ったおばさんの見解も間違ってはいまい。苺味の棒つきキャンディを手にした婦人は、先を譲ってもらって戸惑うファインに、それを手渡す。
「すみません、ありがとうございます」
「礼儀の出来た子だ。気にしなくていい、買えなくなるわけじゃないんだから」
背の低いファインには、フードの下で笑う彼の顔が、影つきでもちゃんと見えている。優しく笑う、二十代半ばほどの顔立ちの彼は、美男子という言葉がよく似合う整い具合だ。ファインも目にした瞬間には見惚れそうになるほど美しく、微笑む彼の珊瑚色の唇と白い歯は、日の当たらぬ角度であるのに宝石のように輝いて見えた。
かっこいい人だな、とファインが第一印象を抱いたのは普通のこと。だが、その顔を2秒見つめるファインの目が、別の印象をふと思い浮かべる。下から彼の顔を見上げるファインの、優しい男性に礼を述べる表情が、徐々に目を細めて首をかしげる姿へ変わっていく。
「……どうしたのかな?」
「あの……もしかして、カ……」
ファインの言葉が半ばにして止まったのは、彼の指先が素早くファインの唇に触れたからだ。突然のことに驚くファインだが、危ういところでファインの言葉を止めた彼は、もう片方の手でフードの前をつまみ、くいっと顔を深く隠す。
「どうしたんだい?」
「いえ、何でもありません。それより、私の飴を」
「あぁ、すまないね」
鼻より上をフードの陰に隠した男性は、注文していた葡萄味の棒つき飴を受け取ると、お金を払って包み紙をほどく。端正な顔立ちの男が、掌の上に小さく乗るような飴を口に含めば、頬が少しぽっこり。彼の顔を下から見上げるファインから見て、男前がちょっと崩れる一方子供っぽくて可愛くも見える。
「じゃあ、行こうか」
ファインの背中に手を当てて、そそくさと一緒に出店の前を離れる男性。急に同じ方向に並んで歩く形を強いられたファインだが、戸惑えど同じ方向に歩いていく。
「すまないな、急に乱暴な手段に出てしまって。だが、あまり私はそれを知られたくないんだ」
「……じゃあ、やっぱり?」
「上手く隠していたつもりだったんだがな」
苦笑する男と、思わぬ人物と間近でばったり会ったことに驚くファイン。見知らぬ男と並んで出店から離れ、こちらに歩いてくるファインの姿に、何だろうとあれとばかりにサニーも小走りで近付いてくる。クラウドも、マイペースに歩いてサニーの後ろを追う形。
「あらファイン、ナンパでもされたの?」
「違うよっ」
言い返すファインの隣には、つまんだフードを下げて顔を隠した男がいる。参ったな、連れまでいたかと呟いた彼をサニーが見やる中、男性はもう片方の手の指を口の前に立て、サニーと向き合った。この顔を見ても騒がないでくれよ、という表情を添えてだ。
「……あっ」
「騒がないでくれ」
気付いたサニーも、思わず相手の名を口にしそうになる。一手早く制止の言葉を口にした彼により、その名が街中に響くことはなかった。やめてくれ、という彼の態度がなかったら、驚きのあまりサニーも、その名を口にしていたかもしれない。
クラウドには、すぐにはわからなかった。舞台上にいた時の彼は、演劇仕様に化粧を塗り、天地大戦の英雄たる男の、やや年経た顔立ちに作られていたからだ。特に、申し訳なさそうにファインやサニーに秘匿をお願いする彼の顔は、華やかな演劇上で見た渋い表情とは別物だから、同一人物だとは見えにくかった。
「ちょっと、近場でご馳走させて貰うよ。口止め料代わりにね」
気付いてからクラウドも驚いたものだ。今では誰もがその名を知るような、高名なる舞台役者カラザ。その人物が、飴を片手に自分達の前にいたのだから。




