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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
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第28話  ~あなたが私の勇者様~



「かはは、いい気分だぜ。こんな可愛らしい嬢ちゃんに酌して貰えるなんてよ」


「嬉しい! 可愛いって言ってもらえた!」


 一色触発の空気であったのも、もはや数分前のこと。酒場の空気もすっかり浄化され、周囲も賑やかに楽しい酒を楽しむ声に満ち溢れている。つい先ほど3人に絡んでいた酔っ払いと、その連れである二人も、今はもう別の酒場に移って飲み直している。


 危うかったクラウド達のもとに現れた、タルナダの親分と呼ばれる人物。大柄なだけでも充分な迫力のある人物だが、人相にも修羅場を潜り抜けてきた風格が深々と刻まれており、彼が推参した途端、あれだけ怒り狂っていた酔っ払いもおとなしくなった。酒に酔えばたいていの人間、普段より強気になるものだ。そんな気の強い酔っ払いでさえ、タルナダを前にして騒ぐのをやめるんだから、きっと彼はこの町でも名の知れた、逆らってはいけないとされる人物なのだろう。


 事情を聞き受けたタルナダが上手く仲裁してくれたおかげで、あわやの喧嘩へ発展する流れは断たれた。言葉じゃ解決できない問題が発生した時、権威持つ者一人がいれば、それによってひとまず場を収められ得るという凡例だろう。天人の優位を不満に思う者も絶えないこのご時勢、それが優位にひっくり返らないのも天界人の権威があるからで、それを通じても推して知るべき真理か。


「こいつ、私のこと全っ然可愛いとか言ってくれないんですよー。見る目ないと思いません?」


「可愛くないとは言ってないってば。もうちょっとお淑やかにしてれば、もっと可愛いのにとは言うけどさ」


「なるほど、一理あるかもな。そこの花のような嬢ちゃんと足して2で割れば、丁度よさそうだ」


「えー、タルナダさんまでそんなぁ」


「可愛くないわけじゃねえんだって。否定してるわけじゃねえぞ?」


 ともかくそうして、場を収めてくれたタルナダへの感謝の意として、一杯ご馳走させて貰っている形である。3人の少年少女が囲んでいた卓に大男が加わった絵姿は、シルエットが倍加したような風景だ。花のような、と可愛らしさを褒められたファインは、照れてうつむき恐縮そうに肩を狭めるから、対面するタルナダと比較すると余計にちっこく見える。


「聞いた限りだと、お前さんも闘技場に来るんだな。しかも明日が入門試験ときたか」


「俺"も"、っていうことは、タルナダさんもそうなんですか?」


「おう。ま、この風体からして、概ね初対面でも察されることが多いがな」


 修羅めいた強さを予感させる風格と匂いを、クラウドの鼻にぷんぷん感じさせていたタルナダだが、初見で抱いた印象どおり、彼もまた闘技場で腕を為す人物のようだ。体格もそうだが、どこかそれだけでない強さを感じさせる何かがある。闘技場の参戦者にはランク付けなるものがされているようだが、タルナダがその番付の上位に位置する者であることを、クラウドは何故だか確信に近く感じ取れていた。今日初めて会ったばかりの者を相手に、そう思えるのは稀有なことだ。


「ぶん殴って下さい、って場を収めようとした根性は認めるが、体は大事にしろよ? 闘士は体が資本だ。若さに任せた無鉄砲は、思わぬ形で後悔に繋がることも多いんだからな」


「はい、すみません。それと改めて、助けてくれて本当にありがとうございます」


「いいってことよ。俺も若いうちは無茶をしたもんだからな」


 親子ほど年の差がありそうな、クラウドとタルナダ。とうに両親は他界したクラウドにとって、強き父というものがこの世にあるなら、こんな人のことなんだろうなと感じる。初対面で、自分に敬意めいた眼差しを惜しみなく注ぎ、深々と礼を尽くすクラウドを目の前にしていると、タルナダも気分がいいだろう。


「それじゃあ、行くわ。俺も連れと飲んでた立場だったもんでな」


「あら、お付き合いさせちゃ、お連れさんに悪かったですか?」


「なぁに、いい土産話が出来たさ。身内を羨ましがらせる華々しいネタがな」


 すなわち、可愛い女の子にお酌して貰えたという少し前の思い出。暗喩されたリップサービスを受け取って、サニーもお上手ですねと笑う。席を立つタルナダに合わせ、ほぼ同時に席を立つファインの行動は、別れ間際にもう一度礼を告げるための行動だ。


「タルナダさん、本当にありがとうございました」


「助かりました、すみません」


「またお会い出来たら、もっとお話しましょうね!」


「おう、それじゃあな」


 あらゆる脅威から身内を守れそうな、強い男の大きな背中を見せて去っていくタルナダを、三人はしばらく目で追いかけていたものだ。旅の魅力はここにある。無数の出会いを経験していく旅路の中で、魅力的な誰かと語らえた日々は、それだけで、後の生涯まで響くほどの思い出に変わり得る。


 誰かと向き合うたび、その人との時間を大事にすることが出来るなら、それは旅人向きの才覚だ。ファインもクラウドもサニーも、そんな感性を持ち合わせているからこそ、今の関係を築けたと言えるかもしれない。











「……寝るわ、おやすみ」


「サニー、あんまり気にしないでね。すごく頑張ってくれてるのは、見ててわかったよ?」


「ああ、大丈夫……寝て覚めたら元気になってるから……」


 タルナダと別れて間もなく、そろそろいい時間だなと、酒場を切り上げた3人。宿を見つけて一室借りた3人は、そのままひとっ風呂浴びて床につく形だが、酒場を離れてから寝るまでの時間、ずーっとサニーは沈み込んでいた。なんとか対話で荒れ場を鎮めようと頑張っていた彼女だが、上手くいかなかったどころか空気を悪化させてしまった失敗を、すごく気にしているようだ。人生を幸せに生きるために一番大切なもの、に"対話"を掲げるサニーにとって、それをすべったことは相当にダメージが大きいらしい。


「なあ、サニー大丈夫なのか?」


「明日になったら元気になってると思いますよ。へこんだ時のサニーって、一睡してとりあえず気持ちを切り替えることが多いですから」


 旅の連れとして一週間を共にしてきたクラウドだが、落ち込むサニーの姿なんて初めて見るから、後悔で溶けて眠りについたようなサニーの背中を見ると心配になる。布団にくるまった背中の寂しそうなこと。サニーとの付き合いが長いファインがこう言うのであれば、多分明日は大丈夫なんだろうなとも思うが。


「クラウドさんも、早く寝ないと明日に響きますよ?」


「あー、うん……わかってるんだけど、眠れなくてさ」


 下町の安値の宿の一室を借りた3人は、ベッドなんて無い、本来なら二人向けの部屋で布団を敷く形。川の字並びの真ん中ファインと、端のクラウドが枕に片耳を預け、向き合う形だ。いつも寝る前、ファインにべったりのサニーが今晩はおとなしいから、今宵は静かなものである。


「クラウドさん、それだけ強くても緊張したりするんですね」


 ファインは、クラウドの戦う姿をあまり見ていない。ただ、彼女とサニーを抱えて高く跳躍したり、風のように駆けた姿から、彼が並外れた身体能力を持っていることは知っている。それに、地下牢に捕えられた自分を助けに来てくれた上に、無傷であったクラウドの姿からも、並居る敵を薙ぎ倒してきたであろう実績は想像できている。別に、根拠無く持ち上げているわけではない。


「強いっていうか……俺、ちょっと周りより体が丈夫で力があるだけだし、本場の闘技場に行けばどうなるかはわかんないよ」


 人並みはずれた身体能力には確かに自信のあるクラウド。体の使い方も知っている。だけど、戦いでは単純な体の強さだけで勝負が決まるわけではない。まだ見ぬ敵を想像だけで補って、勝てる勝てると空想的な自信を抱えられるほど、クラウドの知っている現実は甘くないのだ。近い例で言えば、体の作りは普通の女の子より少し強い程度のサニーが、魔術を駆使して天界上級魔術師に一泡吹かせたばかり。勝負事とは常にだが、何が勝因で何が敗因になるか、蓋を開けてみるまでわからない。


「明日はやっぱり、つまづきたくないからさ」


 入門試験で好成績を残せて、高いランクを獲得できるなら、稼げる試合も組んでもらえるようになるし、闘技場で生計を立てていく未来も明るくなる。逆にすべって、低ランクの烙印を押されてしまったら、今後の人生をどうするか見つめ直していくべきだ。それでも諦めずに闘技場人生を続けるか、別の人生を探すかの、岐路に差しかかることになるだろう。


 ちょっと腕試しに、でここまで来たわけではないのだ。新しい職場、自分のこれからの人生の止まり木となる世界を求めて来たクラウドにとっては、明日がまさしくターニングポイント。実力が、結果がすべてとわかりきっている世界に踏み込む少年が、ナーバスになるのは仕方あるまい。たとえ、人生を幸せに生きるために最も大事なものを、"自信"と言い表したクラウドであってもだ。


「クラウドさん」


 布団に身を包んだままのファインが、体をずらしてクラウドに近付く。天井から見下ろせば、繋がった二枚の掛け布団で体を隠した二人の間、ファインが手探りでクラウドの胸元へ手を伸ばす。いきなりファインの小さな手で胸を撫ぜられ、クラウドも思わずどきりとしたが、クラウドの手を探し当てたファインは、彼の右手を両手で優しく包み込む。


「私にとって、世界一頼もしくてかっこいい人は、ずっとサニーでした。きっと、これからも変わりません。だけど、地下牢に閉じ込められた私を助けに来てくれたあなたは、あの時私にとって初めての、サニーと同じぐらいかっこよくて、頼もしい人でした」


 彼女の後ろで眠るサニーが、今のファインの言葉を聞いたらどれほど喜ぶだろう。思わずそんな横道に考えが寄り道してしまうほどには、優しくて真っ直ぐな眼差しで、そう言ってくれるファインの姿が眩しい。これから寝ようっていう暗い部屋で、人を眩しいと感じられるなんて本当に稀な経験だろう。


「あの日あなたは本当に、私の勇者様だったんです。きっと、明日もかっこいい姿を見せてくれるって信じてます。私の見てきたクラウドさんは、それだけの力があるだけの人に、思えてなりません」


 夢見がちなだけで、人に何かを期待するだけなら誰にでも簡単に出来る。だけど、口にするなら話は別。どんな言葉も口にするなら必ず言霊が宿り、耳にした者の心に何かをもたらし得る。自分の発した言葉により、対人一人の小規模でも世界に何かを及ぼすなら、思っていただけの少し前とは、話が全く違うのだ。自分の言葉に責任を持つ、という概念の真髄は、枝を伸ばした先にこうした小事さえも内包している。


 きっと、やれるはず。それだけの言葉で贈れるはずのエールを、言葉多くしてファインが強く訴えるのは何故か。それだけ、ファインはクラウドを信じ、明るい未来を予示したいのだ。同じ年頃の女の子に手を握られ、胸が脈打つクラウドの戸惑う表情。それを明日への不安視の顔と誤解したファインは、怖がることなんてありませんよ、とばかりの、柔らかな笑顔を向けてくれる。


「明日は、頑張って下さいね。クラウドさんなら、大丈夫ですよ」


 きっと大丈夫、という言い回しもせず、はっきりと断言してくれるファイン。ここまで言われちゃ負けられない、とプレッシャーになるだろうか。いや、ならない。応援してくれる人の想いを後ろ向きに捉え、余計に縮こまるようなクラウドだったら、"一番大切なものは自信"なんて発想自体が思いつきもしないだろう。揺るがない瞳でクラウドの不安を溶かしてくれる、ファインの温かな手を握り返し、クラウドも強張りが解けた笑顔を返すことが出来た。


「……ありがとう。なんか、気が楽になった」


「ふふ、よかった」


 童顔で、同い年の女の子達と比較しても幼く見えるはずのファインの笑顔が、強く優しい母のそれのように見えたのは気のせいだろうか。出会って数日、サニーという頼もしい親友に守られる立場という印象が強かったファインだが、彼女もまた心の弱い人間ではないはず。当たり前だ。混血児という運命を背負い、それを知られれば白い目で見られる宿命を歩んでなお、誰かを案じて心遣える心概を持つ者が、弱いはずがない。


 いつかファインは、人生を幸せに生きるために最も大切なものを、"友達"と言っていた。そんなファインと友達になれた今の時点で、自分は幸せなんだろうなってクラウドも感じられたものだ。幸せとは主に、後から気付くもの。今が既に幸福の中に在りしと気付けることは、普通の幸福以上に貴いことだ。

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