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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第20章  好天【Utopia】
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第276話  ~飲んで遊んでその後は~



「あいよ、今日はとりあえずみんなお疲れさん!」


 タルナダの簡潔な開宴合図をきっかけに、各々がジョッキやグラスを掲げての乾杯だ。タクスの都の小さな酒場、その一角を陣取って、ファイン達の知己が集まる小宴会が行なわれていた。タルナダやヴィント、トルボーやホゼを含めた縁ある闘士達をはじめ、レインとリュビアも勿論参加している。普段と少し風変わりなのは、闘技場のオーナーであるルネイドも混ざっていることで、マラキアがいるのも少々意外な印象か。ザームも勿論いる。


「ねえねえみんなー! ファインとクラウド、もう恋人同士になってるから、祝福してあげてねー!」


「ふぶ、っ……!?」


「っ、く……!? けはっ……!」


 乾杯後の一口をグラスから口内に注いでいたクラウドとファインが、開宴そうそうに大声で叫んだサニーの言葉に飲み物を噴き出しそうになる。二人ともそうはならず、かろうじて飲み込む方へと流し込んだが、ファインはそれが上手にできなかったのか、けほけほ咳き込んでむせている。


「ちょ、ちょとっ、サニー……わわわっ!?」


「だーっ! 飲み物がこぼれるっ!」


 サニーが発表した瞬間には、驚いて一瞬静かになった闘士達だが、こぞってファインとクラウドを取り囲み、ぎゃあぎゃあ騒いで祝福してくれる。ファインは女の子なのでお触りなしに、めでたいめでたいと騒がれるだけだが、男のクラウドはそうじゃない、独り身の男連中にもみくちゃにされる。羨ましいぞこの野郎、と、露骨な嫉妬を笑いながらの声に乗せ、べちべち殴ってくる奴までいる始末。荒くれ連中の祝福は体が痛い。


「ふぁ、ファインさん……わあぁ~……」


「カップルだ~! お姉ちゃん、おめでとうっ!」


「え、えとえとえと……あ、ありがとぅございますぅ……」


 恩人でもある友達二人が、再会したら恋人同士になってました。リュビアは頬を赤らめて、口元を隠して祝福混じりの驚愕顔。レインはめでたい話を聞いて、テンションうなぎ上りにファインに満面の笑みを向ける。わぁファインさんもうそんな……と頬を赤らめているリュビアだが、突然明かされたことにファインの顔が、火のように真っ赤であることは言うまでもない。


「いやぁ、ザーム。思わぬ形で食われたな」


「俺なんか主賓にしてくれなくていいっすよ、調子狂うし。あいつら二人が主役でいいっしょ」


 元々この宴会は、今日の闘技場の興行のトリを大盛り上がりで締め括ってくれた、ゲスト二人をもてなす名目で催されたものだ。クラウドとザームのことである。今のサニーの発表により、話題はクラウドとファインの二人に移ってしまい、しばらくは若い二人の恋愛成就を祝う宴会に変わるだろう。

 ザームとしては、それでいいのである。元より年上のタルナダ達に、主賓と称して名目上でももてなされるのは逆に気が引けるし、どうせ実際には普通に飲んで騒いでするだけでも、クラウドやファインを祝う名目で開く宴会の方が楽しい。酒の席では、特別な待遇よりも普通に接してくれる方がやりやすいのである。


「よっしゃ、お前ら芸ひとつずつ見せてけ見せてけ! 誰か最初にやる奴ぁいるか!」


「あいよー! シラフのうちにいっときますわー!」


 タルナダが煽れば、真っ先に手を上げるのはホゼである。得意技は腹踊り。タンクトップ一枚着ていた上を脱いだら、既に間抜けな顔を小太りの腹に描いてあって、準備万端といった風体である。


 騒ぐ名目をとにかく見つけて、大声出して、好き放題に楽しむ。荒っぽい酒場の男達の楽しみ方である。性根が文化人寄りのファインやクラウド、サニーにとっては新鮮なぐらいの大人達の姿で、ただただこの空気を楽しめばいいだけだ。顔を真っ赤にして苦笑いするクラウドとファインだが、ホゼの上手な腹踊りを見ていると、その苦笑いも普通の笑いにいつの間にか変わっていく。


「よし、トルボー来い来い! 演奏頼むわ!」


「しゃーねえなぁ」


 ホゼの腹踊りが終われば、ヴィントが親友のトルボーに声をかけ、トルボーも用意してあったリュートを持つ。彼が指先で弦をはじき、音を奏で始めればそれをバックグラウンドミュージックに、ヴィントが陽気な歌を歌い始める。意外に上手でびっくり。

 張りのあるお腹を打楽器代わりに掌で叩くホゼが、間抜けな音を効果音に混ぜてきて、ヴィントの美声に水を差したりと。歌が一番と二番に分かれていて、一番はヴィントの上手な歌を単に楽しみ、二番ではホゼの効果音が歌に楽しさを上乗せする形で、同じメロディでも二度楽しめる構成である。


 文化人とは少し程遠い、小汚いなりが似合うような闘士達だが、人を楽しませる芸を身につけたりもしながら、毎日を楽しく生きるすべを探し求めて生きているのだ。決して、戦うことしか出来ない大人なんかじゃない。そんな男達の一芸によって幕を開けた宴会は、滑り出しから笑顔に包まれるものだったのもうなずける話である。











「いやー、クラウドに彼女が出来るとはなぁ」


「俺は戦場でこいつらと何度か対峙してんですけど、とっくに付き合ってるもんだと思ってましたよ。めちゃくちゃ息合ってるし、カラダも繋がってんじゃねえかなって」


「はいはい、もうその話終わり。ナチュラルに俺のことイジりすぎ」


 ある程度場が落ち着いて、各々が好きな相手と喋る空気になった中で、クラウドはタルナダとザームが座る席で三人でお話していた。トルボーらを含む他の闘士らは、各々好きなように馬鹿騒ぎしているが、店の雰囲気も手伝ってあまり気にはならない。別の席、全く関係ない席でも馬鹿騒ぎしている他の客はいるし。


「でもな~、彼女さんは大事にしろよ。これはマジで言っとくぞ」


「わかってますよ。ザームさんが言うと、実感こもってますしね」


「ん……おいザーム。もしかしてあの話、クラウドにはしてあんのか?」


「ああ、ちょっときっかけありましてね」


 ザームには、あまり他人に話したがらない過去があり、今の話の流れにはタルナダも少し驚いた。へえ、あの話をするぐらいには、ザームはクラウドのことを人間的にも認めているんだなと。


「ザームさんの彼女さん、天人だったって話ですよね」


「ああ、すっげぇいい奴だった。あいつにゃ色んなもん貰ったよ」


 昔、ここタクスの都で闘士をやっていた頃のザームは、かなりモテていたそうだ。顔立ちも端正、体つきもいい、おまけに強くて闘技場においてはトップスターで稼ぎ頭。ついでに言うと、古き血を流す者ブラッディ・エンシェント蟻種(オルミーガ)の彼は、異性を惹き付けるフェロモンというか何というか、そういうものが常人よりにじみ出やすい体質だったりもする。そんなこんなでモテ要素満載の彼は、現役闘士だった頃には女に不自由しない世界に身を置いていた。


 だったら遊んでいたのかと言えば、案外そうでもない。色んな女性と遊びに行く優雅な日々はしばらく送っていたのだが、一人の女性と見初め合い、恋人同士となってからは女遊びもぱたりとやめていたのである。それがクラウドの言う、ザームにとっては忘れられない彼女、天人の女性である。


「元より天人と地人の付き合いっつーことで、天人どもの目は厳しかったんだがな。俺が孕ませちまったことで、完全に話がこじれちまったんだよ。ああ、この話は前にもしたっけ?」


「聞きました。ザームさんじゃなくって、彼女さんがひどい目に遭ったんですよね」


「強ぇザームが彼氏だからって、天人どもはなかなか手を出せずにいたくせに、ガキが出来たらもう我慢しねえとばかりに、寄ってたかってあらゆる所でイジメだぜ? あの頃の天人どもの陰湿さと来たら、胸糞悪ぃったらなかったよ」


 闘技場の稼ぎ頭、つまり小金持ちで男前のザームには、何人もの女が寄ってきたものだ。みんな、明日も頑張ってねだとか、闘士ザームを応援する。そんな中で、ザームのことを本気で好きになってしまった気の弱い天人の少女――例えで言えば、ファインみたいな子だとでも想像すればいいだろうか。

 彼女は、あなたが怪我して歩けなくなったりするのは怖いから、本音を言えば闘士をやめて欲しいとザームに言ってきた唯一の女の子だったのだ。それが、地人であり天人と関係を持つのは向こうにまずいかなとさえ思っていたザームが、それすら振り切って寄り添いたいと思った最大の要因らしい。


 ここまで聞くだけなら金色の思い出で済むのだが、地人のザームの子供を彼女が身ごもってしまったのが状況を悪くした。その子供とは、つまり混血児だ。そのことを知った天人達の感情がどうなるかは、もはや説明不要だろう。当時はそういう世相だったのだ。


「まあ、その後色々あって別れちまったわけでな。別に、俺は当時まだあいつのこと好きだったし、多分あいつもそうだったんだろうとはわかってたんだけどよ。……それでも、上手くいかなくなったんでね」


 いくらザームと彼女の愛が続いていても、攻撃的な世間は許してくれなかった。ザームの家に、出所不明の小火騒ぎがあったこともある。恐らく、彼女に手を出せばザームに叩き潰されてしまうから、先にザームを始末しようとしたような輩がいたということだろう。その一件が致命的となり、彼女の方から、もうザームのそばにはいられないと、いつしか離れていったのである。戦う力を持たない少女が、ザームを守るために泣く泣く身を引いた、そんな寂しい過去があったのだ。


「俺はもう、そういう時代は嫌だってなっちまって、革命軍に行きましたよって話。俺のような、好きになった女とも添い遂げられない奴が、後の世に続いていくのを想像するのも嫌だったしな」


「…………」


「ンな顔すんなっての。別に、お前のためにやったとかじゃねーんだぞ?」


 そうはクラウドに言うものの、結果的にザームの果たそうとした革命というのは、クラウドやファインのような若者のためのものであるという見方も出来てしまう。混血児のファインと、それと手を繋ぐクラウドは、革命為されぬ時代がこの後も続いていたら、きっと周りの天人から卑しい目で見られて、嫌な扱いを受けただろう。革命成就はザームの望んだ世界を叶え、それはクラウドにとっても良い世界なのだ。


「親分には世話んなりましたわ。俺が革命軍に入ることも、薄々わかってて黙っててくれたっしょ?」


「まあな。止められるかよ、お前の事情知ってて」


 ザームは誰にも言わずに、ある日急に闘技場から消えてしまったと表向きには伝えられているが、世話になったタルナダには前夜挨拶に来たらしい。多くを、あるいは先のことを語り合ったわけではないが、薄々タルナダにもザームの決意は読み取れたものだ。それでも待ったをかけず、やりたいようにやれとばかりに、無言で見送ってくれたタルナダだから、ザームは彼への敬意を今でも忘れていない。


「ただ、クライメントシティ騒乱でオメーにハメられるとは思わなかったがな」


「あー何も聞こえません。忘れました」


 一応こういう蒸し返しを挟んでおく。辞めた時の話はもういいが、それとは別にお前俺にはけっこうな借りがあるんだぞ、忘れんなよと。笑い合う二人の姿に、しんみりしかけた空気も軽くほぐされる。しんみりしているのはクラウドだけだったので、むしろクラウドを配慮しての冗談口だったとも言える。


「ま、そんなわけでだクラウド。今後はすぐにとはいかねーが、普通の恋愛が誰とでも出来る世界になっていくはずだからよ。俺の言いたいこと、わかるよな?」


「……はいっ」


 彼女さんを大事にしろって、その言葉から始まった話だ。普通、ファインとの関係をいじられたら、照れるばかりのクラウドが、ザームの過去を聞いた直後であるせいもあって、真顔で返事することが出来た。こうして誓いをあっさり口にさせてくれる先人が、クラウドのファインへの想いをより更に強固にする手助けをする。かつては戦った二人だが、今はもう年が少々離れた程度の若者同士、実にいい関係になったものである。


「ってなわけで、シュッ」


「っぷ……!? な、なんですか!?」


 ザームの話に聞き入っていたクラウドに、いきなりザームが懐から小さなスプレーを取り出して、顔に霧を吹きかけてきた。不意打ちだったので、びっくりしたクラウドが腕で顔の下半分を隠す。


「香水だよ。これからはあんな可愛いおにゃのこの彼氏になんだから、オメーも並んで恥ずかしくない身だしなみを心がけなきゃいけねーの」


「香水って……俺、どう考えてもそんな柄じゃないでしょ」


「男でもたまにはこういうのふっかけてみていいもんだぜ? お前はどうせ肉体労働系だろ? 女とやることやる時に、汗くせぇと空気ぶち壊しかねねえぞ」


「……今からそんな心配して貰わなくて結構です」


「おぼこいな~、お前。こういう話にゃクソ弱ぇのな」


「うるさいです」


 赤らめた頬を指先でかりかりかいて、顔を逸らすクラウドの露骨な弱点を見つけて、ザームも何だか小気味良い。正直ザームから見たクラウドは戦場での姿が殆どで、戦闘においては完全無欠に近いクラウドが、こういう面では弱い姿を見るのはそれなりに面白いのだ。


「タルナダさんならわかるでしょ、香水なんてっていう俺の気持ち」


「そうか? 俺も今の女房と付き合い始めた頃は、ちょっと香水使ってみたり気を遣ったりしたんだぜ?」


「……えっ? タルナダさんって、お嫁さんいたんですか?」


「あん? オメーまさか、俺を女と縁のないキャラだとでも思ってやがったのか?」


「あっ、いや、そうじゃな……いててて、ごめんなさいっ!」


 これは失言。お前を叱るいい口実が出来た、と悪い笑いを浮かべるタルナダが、クラウドの二の腕をつねってきた。いい具合に酔っていらっしゃる。


「おいザーム、こいつ押さえてろ。拳骨ぶちかましてやる」


「あいよっ」


「ちょ、勘弁っ……! タルナダさんのは絶対……!」


「なーに、お前なら俺が本気で殴っても大丈夫だろ」


「本気で来るんですかあっ!? 無理無理、マジで無理っ!」


「逃がすかっつーの。悪いが俺も、力自慢のエンシェントなんだぜぇ?」


 密かにクラウドやドラウトに匹敵する剛腕無双のザームがクラウドを羽交い絞めにし、クラウドの目の前には大きな握り拳に、はぁ~っと熱い息を吐きかけるタルナダ。クラウドは脱出しようとするが、逃げられない。そりゃあ全力で血の力を解放すれば逃げられるが、こんな場所で使う能力じゃない。

 びっくりするほど鈍い音が響いて、頭を押さえて悶絶するクラウドの姿がこの後史上初公開された。頑丈なクラウドでも、痛覚は凡人と一緒である。豪傑の重い一撃に涙目になる程度には、クラウドだって男の子である。


 そう、男の子。これが大事。そんな思春期の年頃の少年に、ザームが吹きかけた香水らしき何かが、この後ちょっとだけ大変な事態を引き起こすきっかけになる。






「それにしてもちょっとびっくりしたなぁ。マラキアさんがこの闘技場で働いてるなんてさ」


「私もお前に関してはもっと驚いているよ。まさかあの時の少女が、後に天界王にまで上り詰めるような大物だとは夢にも思わなかったんだからな」


 ある程度場が落ち着いて、各々が好きな相手と喋る空気になった中で、サニーとファインはマラキアとお喋りしていた。一度は激しくやり合った関係だが、最後は後腐れないように話を纏めたこともあって、今となっては互いに何のわだかまりもなく話せる相手である。ファインとサニーは昔のことなんか気にしない割り切りの良さがあるし、マラキアも、天人である自分の立場を気遣って話を進めようとしてくれた二人に対しては、人間的にはむしろ好感に近い感情を持っている。


「マラキアさんって、思いっきりステレオタイプの天人だと思ったけどなぁ。こういう言い方はなんだけど、地人と一緒に働く環境なんて、思い返せば思い返すほど無さそうなキャラなんだけどな」


「こいつ、初めて来おった時は随分と不遜な態度じゃったがな。舐めとったじゃろ」


「いやはや、お恥ずかしい。井の中の蛙だと、すぐさま思い知らされましたよ」


 同じ席に座る闘技場オーナー、ルネイドに肩を殴られながら笑われ、マラキアも過去を恥じるような笑みを浮かべる。宴会の席に参入するこのお偉い様は、新人マラキアとも良い関係を既に築いているようだ。


 イクリムの町を離れた後、マラキアは貯えを活かして気ままな旅を休暇気分で楽しみ、やがてこのタクスの都に立ち寄った。その際、闘技場に目をつけて、ちょっと腕試しをしようと思ったのだ。元より地人を無条件で見下す彼であったから、負ける自分は想像していなかったのだろう。イクリムの町では町長の用心棒として、無敵の術士として幅を利かせていただけあり、自信はあったのだ。


 辛辣に言えばお山の大将、入門試験はあっさりクリアしてそこそこのランクを頂いたものの、公式戦になってみれば苦戦もする。名誉のために言えば、少ない日数でCランクを獲得しているだけあって、マラキアも世間一般で言えば充分に強い方なのだが、ホゼやトルボーのようなBランクの闘士には敵わない。地人なんかに負けるはずがないと、そう思って闘技場の門を叩いたマラキアにとって、彼らに負けるのは相当な屈辱で、挫折だっただろう。


 一方で、その敗北が彼の反骨精神に火をつけたのか、己の腕を高める職場にこの闘技場に籍を置くことに決めたのだ。元より術士としての向上心は持ち合わせているマラキアであり、現時点で自分より強い者が沢山いるこの闘技場は、修行の場としてうってつけである。この向上心は、かつてイクリムの町で悪事に手を染めていた頃の彼からは想像しづらい、彼が本来持つ人間的な魅力の一つである。闘技場からすれば、こういう奴が参入してくれるのは大歓迎だし、ルネイドもマラキアを期待の新人として認識しているようだ。


「そういえば、あの町の町長さんどうしてるんですかねぇ……マラキアさんがいなくなると、なんだか色々とまずい立場になってそうな気もしますけど……」


「知らんな。興味もないから、私も情報を集めていないんだよ」


「あら意外。マラキアさん、あのバカ町長とは悪くない関係だと思ってたけど」


「まさか。あんなに無能で態度だけでかい奴そうそういないぞ。好きになる方がどうかしている」


 金持ちで権力者の町長だったから、その下で遣えて旨い汁をすする立場にいただけであって、その利害の一致を除けば何の思い入れもないのである。

 マラキアという用心棒を後ろ盾に威張り散らしていた、イクリムの町の町長カルムだが、マラキアに対しても案外でかい態度で接していたらしい。マラキアからすれば当時から既に、誰のおかげでそんなでかいツラが出来ていると思っているんだという気分。おまけにミス一つせず何年も汚れ仕事を務め上げてきたというのに、サニーらに敗れた一事だけを以ってあっさり見限ってきて。最後にはぞんざいな仕事を押し付けてきたようなカルムに、今さらマラキアも良い感情は一切残っていないのである。


「町長っつーのは、イクリムの町のカルムのことか? あいつなら今、クーデター寸前の空気に怯えまくっとって、家に引き篭もってガタガタ震えとるっちゅー話じゃが」


「ルネイドさん、情報持ってますねぇ。今そんなことになってんだ?」


「おぉ、革命が成就して世間の空気が変わったじゃろ。天人優勢が約束されとった空気が徐々に薄まってきて、イクリムの町では今までの町長の振る舞いに我慢しとった民衆が、カルムのことを随分ときつい目で睨む毎日になっとるらしい」


「あーそっか、そうなるわよね。今の時勢じゃ尚更に。まあ仕方ないね」


「マラキアに代わってボディガードも雇っとるらしいが、それでも敵が多すぎて、安心して町を歩くことも出来ん心境になっとるそうじゃな。ま、過去にあいつのやってきたことは知っとるし、自業自得じゃて」


「ふん、ざまあみろだ」


「あはは……マラキアさん、本当にあの町長さんのことお嫌いだったんですね……」


 革命成就によって一番きつい立場に追い込まれたのは、天人という立場を利用して、下々の者達をいじめ続けてきたカルムのような人間である。鞭を振るって人々を痛めつけたり、そんなことを何年も続けてきた彼を恨む者は、あの町には山ほどいるわけだ。それが、強い用心棒のマラキアはいなくなるし、世相は今までと違い、無条件に天人優勢の空気が徐々に薄れていくというんだから、今のカルムは大ピンチ。彼は親から町長の立場を受け継いだだけなので、あの町以外で上手に生きていけるタイプでもなく、逃げ場もないのがよりきつい。


 調子に乗って、恨まれるようなことをし続けていれば、状況が変わった途端にどん底まで叩き落とされるという好例だろう。まあ、随分気の小さくなってしまったカルムを見て、すっきりする心地の町民も少なくないようで、おとなしくしていれば肩身は狭くても長生きしていくことは出来るだろう。あとは恐怖心と、心の病気と頑張って戦って下さいねという話である。


「あんな馬鹿に仕えるよりは、ここの闘技場のオーナーに仕えていた方がよっぽどいい気分だ。少々慣れん環境ではあるが、居心地も悪くない」


「お前さんは見るからに育ちも良さそうじゃし、育ちの悪い奴らが集まるこの闘技場は肌に合わんのではないかと思うておったんじゃがな。やはり、多少は気になっとったんじゃな」


「先輩方にあまりこういうことを言うものではないですが、みんなあまり教養がありませんしね。酒場もなかなかうるさいし、今までに私が見てきた世界とは違い過ぎます」


「そうそう、悪いけど私もそう思ったから、マラキアさんがここで働いてるの知って意外だったのよ」


「住めば都さ、そのうち慣れる。よそ者の、それも天人の私を快く受け入れてくれる先輩も多かったしな。私だけがそんなわがままを言っても仕方あるまい」


 昔のマラキアを知っていると、なんだか随分イメージが変わったなとはサニーも思うが、彼も独り立ちした社会人であり、元からこういう一面はあったのである。あんな町長に色々我慢して付き合い続けてきただけあって。


「よかったです、マラキアさん。楽しくやっていらっしゃるそうで」


「……そう思うか?」


「…………? ヘンですか?」


「……いや、別に。嬉しいな、祝福されるというのは」


 何気に昔、ファインにひどいことをした自覚のあるマラキアだから、そんなにいい印象を自分に持ってはいまいと少し思ってもいたのだ。そんなファインが、新しい職場で明るい今後を過ごしているマラキアを見て、自分のことのように嬉しそうに微笑む表情は、マラキアにしてみれば意外ですらあった。ファインはこれが素なんだから、疑問視されても首をかしげるだけなのだが。


「私も、お前にいい彼氏が出来たようでよかったと思うよ」


「あ……えへへ、ありがとうございます……♪」


 嬉しい祝福には、祝福の言葉を返礼に。天人が、混血児にだ。革命が起こって世相が変わったから、こうだというわけではない。敵対したマラキアであっても、その立場を慮ったファインの過去が、現在においてのマラキアとの関係を悪くないものにしているだけだ。


 昔は混血児だけだと言うだけで、無視され、迫害されてきたファイン。荒れた時期だってあったのだ。それを改め、腐らないよう、人の気持ちを考えるように努め、他者を憂いさせず、幸せにすることが出来るようになろうと意図的に努めてきたのがファインである。彼女は変わろうとして変わってきたのであり、今では変わった後の振る舞いが自然体。それが現在の彼女を、彼女自身が幸せになれる世界に置いている。


 世界を変えることはファインには出来なかった。自分を変えることは出来た、それによって彼女を取り巻く世界も変わったのだ。革命は、世界規模で起こすものとは限らない。


「リュビアさーん! お酌ばかりしてないでこっち来てよー! お話しよ!」


「あ、はーい」


 マラキアの後ろ暗い話が終わったところで、サニーは周りの闘士達にお酌しながらお喋りしていたリュビアを招く。彼女の後ろをとてとてついて回っていたレインもセットである。リュビアが去っていく後ろ姿を見て、くそう取られちまったと苦笑いする闘士がいることからも、リュビアは同僚の闘士達に愛される可愛い女の子として人気を博しているようだ。これもまた、彼女の人柄が作り上げた、幸せな今の彼女を取り巻く世界のひと欠片。


 マラキアとルネイドも含め、ファインとサニー、リュビアとレインが楽しくお喋りする時間が始まる。友達がいっぱい出来たファインの笑顔を見るだけで、彼女の過去をよく知るサニーも、とりわけ幸せいっぱいだった。よかったね、ファイン、って。











「はー、楽しかったねー! みんな元気にやってるみたいで、気持ちいい話ばっかりだったし!」


「そうだね~。また、いつか遊びに来たいな」


 宴会が幕を降ろし、夜の都を歩くファインとサニーは、楽しい思い出に終始にっこにこ。クラウドは、二人ほどはわかりやすくそういう顔をしないが、微笑むような笑顔を張り付けたままの顔からは、二人の言葉に共感するのが言わずもがなに悟れるほどである。


「そういや宿、探してなかったな。今みたいな時間になってから探して、どっか空いてるのかな」


「ああ、安心して。もう予約取ってるから」


「仕事早いな~、お前」


「ふふふ、任せなさい。元天界王ですよ? 仕事が出来る女ですよ?」


 豪胆な一面があるゆえ、それに伴い大雑把なイメージを抱かれやすいサニーだが、その実何をするにも準備がよく周到だ。元天界王と言うよりは、それを叶えるまでの革命児時代のキャリアの方が、その例え話には適切かと。


「すいませーん、夜遅くですがー」


 そうしてやがて、宿に着く。思ったより大きくて立派な宿であり、ファインとクラウドもちょっとびっくり。宿のご主人も若々しく、予約を取っていたサニーを快く迎えてくれて、三人は疲れた体で取ってあった部屋に向かっていく。


「なんか、随分高級感ある宿にしたんだなぁ」


「たまには、ね」


 廊下も絨毯敷き、隅まで掃除が行き届いている、そんな立派な宿である。率直な感想を述べるクラウドへの返事も簡潔に、二人を導くようにサニーが一番前。やがて辿り着いたのは、桐の扉のこれまたご立派な室内が想像できそうな部屋。


「はいクラウド、カギ」


「……ん?」


「それじゃお二人とも、仲良くね?」


「……えっ、サニーは?」


 その部屋の鍵を渡し、ばちんとウインクしたサニーが去っていこうとするので、ファインも目をぱちくりさせて真意を問う。サニーも一緒に、三人で一室に泊まるんじゃないのかと。


「あんた達、もうそういう関係なんでしょ? 二人きりの夜を邪魔する無粋なサニーさんではありませんことよ?」


「え、お前今夜どうするつもりなんだ?」


「別の宿で予約取ってま~す」


 振り返ったサニーは、にやけた口元に手を当てて、露骨に何か企んでいるかのような顔。どうやら、クラウドとファインに二人きりの夜をプレゼントしたかったらしい。先ほど片鱗を見せた周到さよろしく、自分は自分で別の宿を予約済みという周到ぶりである。


「ま、そんなわけだからお二人さん、今夜は二人きりで仲良くね♪」


「サニー、あなたねぇ……」


「ちなみにこの宿、隣部屋への防音対策けっこうバッチリだから、多少は騒いでも恥ずかしくないはずよとだけ」


 めちゃくちゃ下世話なことを考えていらっしゃるのが見え見えで、ファインも呆れ気味。なんだかあれなことを連想させられたものだが、こういう流れでそういう空気を醸し出されても、私達そういうのはまだだよって気分が勝つ。付き合い始めてからまだ3日経ってないんだし。


「じゃ、おやすみ。良い夜を♪」


 手をひらひら振って、サニーは立ち去っていた。残される形になったクラウドとファインだが、妙な形で二人きりの夜を強いられた割には、あんまりそういう意識はない。


「あいつ絶対、俺らを何とかしようとしてるよな」


「ねぇ」


 流石に二人とも16歳、そういうあれこれがわからないほど子供じゃない。その上で、貞操観念はしっかりしているから、ここまで露骨なお膳立てをされると、かえって苦笑いしか出てこなかったりもする。お前の思い通りになんかそう簡単にはならないぞ、という、ちょっとした意地も生じたりする。


「まあ、気にするほどのことでもないよな」


「そうですね」


 ドアの鍵穴に鍵を刺し、桐の扉を開くクラウド。言葉に応じるファインも、彼と同じで特に何も意識しない態度を一貫していた。


 そう、ここまでは。


「…………」


「……あのやろう」


 こんな部屋借りますか。ベッドが一つしかない、それも二人で寝られる大きさの奴が一つ、でかでかと。二人で別々の布団を敷き、いつもどおりに就寝するイメージしかなかった二人にとって、これはいきなりインパクトがあった。


 要するにクラウドとファインは、今夜一つのベッドで一緒に寝るわけである。男と女が。そこまで想像が至ってなお、何にも意識しないのであれば、そいつは僧侶の才能がある。


「……ま、まあ、別になんも意識する必要はないよな。寝るだけだし」


「そ、そうですね……あははは……」


 そんなこと言ってる時点でもう、サニーの掌の上なのである。並んで入室する二人だが、ちょっと手を横に広げれば触れ合える距離に恋人がいて、この環境はかなり刺激が強い。恋の心地よくも息苦しい心臓の高鳴りとは別物、想像上の世界でしかなかった世界に足を踏み入れる胸の早鐘が、二人の体の中心点で共振する。


 いつしかファインとクラウドは、互いを直視できなくなり、部屋の入り口の鍵を二人で閉めていた。この行為が二人別個にまったく同時であり、鍵のつまみをつまむ際に手が触れ合った瞬間、クラウドとファインの心音が一度跳ね上がったのも、これから始まる夜を予兆する鐘の音に過ぎない。


 二人にとって、忘れられなくなる夜。事件はいつだって、何の前触れもなく唐突に起こる。

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