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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第20章  好天【Utopia】
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第275話  ~クリーンファイトの時代~



 アボハワ地方にて楽しい時間を過ごしたファイン達は、ロカ地方に帰ってきていた。クライメントシティを含む地方である。

 しかし、今後クライメントシティで暮らしていくことが決まっているファインとクラウドではあるが、その帰路につくのはまだ早い。思い出いっぱいの三人旅行を締め括るには、まだ一つ絶対に行っておかなくてはならない場所がある。


「はー、やっぱクラウドに任せると速いわねぇ。予定よりもだいぶ早く着いちゃったわ」


「予定って、そんなのあったんだ?」


「一応、今日の夕過ぎぐらいに着きますよーって手紙はあらかじめ出してたのよ」


「あー、じゃあ全然早いね」


「いいじゃんいいじゃん、ちょっと早くに顔出してのサプライズにもなるかもしんないし」


 はるばるアボハワ地方から、巨獣化したクラウドの背に跨るファインとサニーという形で、三人はここタクスの都の関所前へ昼前に到着。サニーの見立てよりも随分お早い到着となり、意気揚々と関所をくぐっていく。もう、今から楽しみで仕方ない。タクスの都の名物施設、タクスの闘技場には何人も、特に二人、ファイン達にとっては並々ならない間柄の人物がいる。


 三人とも、揚々とした会話が止まらない。闘技場への道のりを歩く中で、親しんだ相手との再会に備え、色々な思い出話を蒸し返す三人の談笑は、止まることを知らなかった。











「やほー」


「サニーさんっ! ファインさん、クラウドさんっ!」


「お姉ちゃん! お兄ちゃんっ!」


 クラウドが以前、闘技場に闘士として登録していた経緯もあって、闘技場内に入るにあたっての手続きは、一般人よりも円滑に進んだ。特に、三人が一番会いたい人が待つ場所への案内も、手が空いていた闘技場の働き手が務めてくれて、待ち焦がれた再会への時間も短く済む。あらかじめサニーが、この日ここに来ますよと手紙を出していたこともあって、気のいい闘技場職員が手早く気を利かせやすいよう、準備してくれてもいたようだ。


 今はこの闘技場で働くようになった姉妹、リュビアとレイン。サニーを先頭に、この二人が休憩していた個室の扉を開いた途端、姉のリュビアは席を立って表情をきらめかせ、レインは表情の輝きようと行動が全く同時に、ファインに駆け寄り抱きついて来た。


「へ~、リュビアさん今そんな格好で働いてるんだ。いいねいいねぇ」


「あっ……そ、それはあんまり触れないで……恥ずかしいので……」


「恥ずかしがることないよ~。クラウドとか、見ててもうたまんないでしょ」


「たまんないかどうかは知らねぇけど、めちゃくちゃ似合ってて可愛いとは思う」


「あ、あははは……恐縮です……」


 過去にファイン達の手で悪漢どもから救われ、守られ、旅を共にし、やがてクライメントシティで別れて以降この闘技場で働くようになったリュビア。サニーやクラウドが褒めるとおり、どうやらこの闘技場で働く中で彼女が身に纏っているらしきメイド服は、彼女の人柄と併せてもよく似合っている。

 献身的で、気遣いが出来る上、料理もこなせるリュビアは、この闘技場で食堂のお手伝いをしたり、掃除に精を出す形で職場に貢献しているのだ。元々レインと二人暮らしの頃から、母代わりに妹のレインを支えて暮らしていただけあって、生活能力とそのために用いるスキルは、こうした職場で活用しても全く恥ずかしくないレベルである。


「で、その子がレインちゃん……ね」


「待て」


「なによ」


「待て」


「サニーさん、目がちょっと……」


 さて、サニーは今日、初めてレインを見る。ファインから、旅の中でレインっていう子と仲良くなったことや、それがリュビアの妹であることはもう聞いている。その中で、何度もファインが言っていたことがある。レインちゃんはとっても可愛いよと。


 うむ、確かに可愛い。ちっこくて、笑顔が綺麗で、髪もさらっさら。芸術品級のお人形さんが動き出したかと思えるような可愛らしさは、まさしくファインから聞いていたとおりだ。そんなレインを見るや否や、目がらんらんとし始めたサニーの肩を、クラウドがぐぐっと握って制止している。こいつ放っておいたら絶対、レインに飛びついてめちゃくちゃに撫で回しそうだ。


「ちょっとぐらい……」


「だーめだ。レインは臆病なんだぞ、お前が愛でたら絶対に怖がる」


「先っちょだけ! ね、先っちょだけ!」


「何の先っちょなんだよ」


「あのポニーテールの先っちょだけ!」


「サニーさん、自重して下さい……」


「いいなぁファイン~! 私とそこ代わって~!」


 きゅうっと抱きしめてくるレインを両手で包み込みながら、ファインは苦笑いしながらサニーの方を見て首を振る。今のあなたにこの子は渡せない、おもちゃにはさせないよって。レインは大好きなお姉ちゃんにしがみついて、頭の上からハートマークをほわほわ浮かせてご満悦であり、後方からの変態赤毛の視線には気付かない。


 可愛い可愛いレインを抱く権利を持つファインが羨ましくて、クラウドに引き止められながら地団駄踏むサニー。そんなだから、レインを触らせてすらもらえないのである。可愛いものを見たら、飛びついていじくり回してくんかくんかするプチ変態であることを、ちょっとは隠す努力をすべきである。


「そういえばレイン、お前のランクってどうなってるんだ?」


「えへへっ、Bランクだよ! 凄いでしょ!」


 新たな話題をクラウドが振ってみたところ、13歳の女の子が背負うとは思えない高ランク看板の返答。ファインとクラウドからすれば全然驚くような話ではないが、サニーはちょっと驚いた顔でクラウドの方を向く。


「Bランクって言ったら、ホゼさんやヴィントさんと一緒ってことじゃないの? あの子、そんな強いの?」


「俺はBランクどころかAランクだと思ったけどなぁ」


「そういえばサニーにはまだ言ってなかったっけ。レインちゃんって、ザームさんと一騎打ちして勝ってるよ」


「ドラウトさんや、ミスティって子にも勝ってるよな」


「お? おおお?」


 レインの強さを物語る指標を聞き、サニーもまだ愛玩対象としてしか見ていなかったレインに対する目つきが変わる。へえこんな子がそんなに、と言うよりも、そんなに強いなんてそう簡単には信じられないって顔。

 レインが破ったザームというのは手負いだし、ドラウトに勝った時というのもファインの力添えがあってこそ。ミスティに勝ったのも状況と幸運あってこその賜物だし、一度勝ってるからってその三人よりレインの方が上とは言えない。それでも、生半可な実力で勝ちを拾える相手では絶対にないのだ。


 はっきり言って、Bランクというのも、闘士になってから日が浅いからであって、ほっといてもそのうちすぐAランクまで上がるだろう。むしろ、闘士デビューしてたった数日でBランクというのは、入門試験でばりっばりの実力を見せ、デビュー当日から破格のCランクを与えられていたことの裏打ちでもある。

 要するにクラウドと同じ扱いということ。そうでなきゃ、デビューからたった数日でBランクには上がらない仕組みであるはずなので。


「まあなんだ。舐めていたずらしようとしたら、お前でも痛い目見るかもしれねーぞとは忠告しとく」


「ん~、そっかぁ。じゃあ機嫌損ねないように揉んだげる方法を考えなきゃねぇ」


「ダメだこいつ、ほんとどうしようもねえな」


 諦めたように溜め息ついた仕草も、策を尽くす手間が増えたなぁ程度のもの。非常にタチがよろしくない。かつて革命を叶えんとするため、出来得る限りの知略を尽くした革命児が、トゲのある薔薇を愛でたい、愛撫したいがゆえのみに、作戦を練り始めているのである。その知恵を、もっと生産的なことの方に活かして欲しい。


「レインちゃんは、今日も戦うんですか?」


「うん! 今日は私、初めてAランクの人と戦うんだよ! 絶対勝つから、お姉ちゃんも見ててね!」


 早く到着したことで、この日いきなりレインの檜舞台を見られる機会にも立ち会える形になった。レインの頭を撫でて微笑むファインも嬉しそうだ。殺し合いの戦場を駆け抜けたあの頃と違い、負けても命を取られることのない闘技場試合。そこへ前向きに臨むレインの姿は、独り立ちした妹のそれのようで、長らくレインの二人目のお姉ちゃんとして過ごしたファインにとっても実に微笑ましい。


「あ、そういえばクラウドさん。もしも闘技場に着いたら、タルナダさんが会いたいって言ってましたよ。ちょっと面白い話があるから、絶対に来てくれって言ってました」


「俺? なんだろ」


 普通に会いたい相手でもあるが、面白い話という響きが興味を引く。対戦要求でもされるのかな、いやでも俺は今もう闘士じゃないしな、と、仮説と否定を短い間にしてしまったりも。とにかく、なんだかわくわくする。ああいう常識人が、面白い話があると言ってくれるとそういう気分になる。


「ねえねえレインちゃん、はじめまして。私、サニーっていうの。ファインのお友達」


「あっ、はじめまして」


「レインちゃん、握手してあげて? とってもいい人ですよ」


 サニーが話しかけたことにより振り向いたレインに、サニーを立てる言葉を向け、手を差し出すようファインが言う。サニーからすれば嬉しい、レインに初めて触れられる。小さな手にきゅっと握られて、可愛いもの大好きなサニーの笑顔は三倍綻んでしまう。

 案外こういう時、つまり真面目に初対面のご挨拶をする時などは、サニーもその困ったちゃんぶりも一切覗かせず、誠実な表情を演じず浮かべられるのだ。ファインもそういうサニーを知っているから、レインを撫でたい愛でたいとエゴ丸出しな彼女を見た後でも、いい人なんですよとレインに推せる。


「あなた、強いんだってね。でも、せっかく可愛いお顔なんだから、ケガには気をつけるようにね」


「うん! ありがとう、サニーさん!」


 中腰になってレインに目線を近付け、頭を撫でてあげるサニーだが、決してレインを篭絡していつか――という打算による優しさではない。今はもう、これが彼女の自然体だ。昔々はファインを手篭めにするため、優しい人格を作り努めていた時期もあったが、それでいつしかファインと本当の親友になった過去が、とっくに彼女を偽善者から人格者に変えている。誰かに優しくすることは誰かを幸せに出来る、それがどれだけ貴いことか、ファインと過ごす日々で学んだサニーからすれば肌に染み付いて知っているのだ。

 始めは努めてのことであっても、徳を積むことはやがて人を変える。そんな達観めいた心訓は信憑性を疑われやすいものが、サニーはそんなを証明する一人と言えるかもしれない。


「ファイン~♪」


「うふふ、わかるよ。レインちゃん、可愛いよね」


 ファインはサニーの、困った性分も知っている。やっぱりちょっと変態なところあるし。それでもサニーの人格を疑うことなく、レインに紹介するぐらいには、サニーのいい所をより多く知っているのである。











「あちゃ~、ダメか~。惜しかったな~」


「楽しんでるねぇ、サニー」


 さて、時を移して夕方の少し前の時間帯。闘技場の観客席、最前列席にちょこんとおしとやかに座るファインの隣では、サニーがバトルフィールドの試合模様を見ていちいち騒がしい。時が進むに連れて、次々と試合が行なわれていくのだが、二人とも楽しんでいるようだ。そんな二人の隣に座るリュビアも、楽しそうなファインとサニーの姿を見るのが、試合を見るより楽しくてずっと笑顔である。


「にしても驚いたなぁ。あの人もこの闘技場に来てたんだ?」


「荒削りだけど、有望株の天人闘士だってオーナーも評価してましたよ。この闘技場に闘士として参戦する天人はそんなに多くないし、頑張って欲しいとも」


「言っちゃ悪いけどあの人がああいう戦い方してるの見るの、なんだか新鮮よね? ファイン」


「あー、まあ、そうだね」


「マラキアさんのこと知ってるんですか?」


「昔、ちょっとね。たいしたことじゃないけど」


 昼休み以降の後半の部、いくつか試合を見てきたファインとサニーだが、その中に思わぬ見知り顔がいたのである。その人物とは、ファインとサニーがクラウドに初めて出会ったイクリムの町にて、色々あって一戦交えたことのある相手、マラキアであった。あの日の悶着の末、彼は町長仕えをやめて町を旅立ったそうだが、まさかこんな場所で闘士を営んでいたとは少しびっくりである。


 ちなみにマラキアの試合というのは、Cランクの彼がBランクのヴィントと対戦するというもので、結果はヴィントの勝利。ランクで言えば下のマラキアが、勝敗予想ギャンブルではそこそこの低オッズ、つまり観客にも下克上をそれなりに期待されていたということであり、前日までの彼の戦いぶりも、それを期待させるほどになかなかのものだったいうことだろう。

 結果的に上ランク食いは叶わず、マラキアの勝利を期待していた賭博師達の野次に晒され、すごすごと退場していった形だが、試合内容はファインとサニーが見る限り決して悪くなかった。あわや勝つかという場面も一つか二つはあったのだ。ファインとサニーは、はっきり言ってこの闘技場に参戦したら、クラウド以外には絶対に負けない強者。その二人の目がそう判断しているのだから、マラキアも負けて強しの内容を残せる闘士であるのは間違いない話である。


 マラキアとは殺し合いの域で戦ったサニーだが、あの頃の非道なるマラキアの過去を、リュビアに教えるようなことはしない。新天地で新しい人生を送っている人の、後ろ暗い過去をわざわざひけらかすのは、他人の人生に影を落とし得る、やっちゃいけないことである。たいしたことじゃないけど、と言えるような過去ではなかろう一方で、たいしたことじゃないよと真実味を帯びた笑いを含めて誤魔化すサニーの真意はそういうことだ。

 正直、あのマラキアが、ルールに則ったクリーンファイトをしているのは凄く新鮮。そうした真意を笑い合うだけの隠喩に隠すファインとサニーは、マラキアの過去をリュビアには伏せた上で、思い出を馳せているのである。


「にしてもレインちゃんが戦ってる時、リュビアさんわたわたし過ぎじゃない? まあ確かに相手も強いし、はらはらする気持ちはわかるけどさ」


「見てると緊張するんですよぉ……」


 マラキアの試合の少し後に、レインの試合もあった。Bランクのレインが、Aランク闘士のトルボーと戦うというもので、下克上試合の中では最もランクの高い目玉カードである。

 この闘技場において、最高峰に位置するSランクは、チャンピオンのタルナダ一人だけであり、タルナダが試合する時は、必ず相手が下ランクのチャレンジマッチ。これは概ね特別枠の試合になるので、最終試合、メインイベントになるのが殆どだ。これを除けば、王者タルナダを除く最高級位のAランクに、Bランクの闘士が挑戦する試合というのが、下克上試合の最上位級となるのである。


 トルボーと言えば、クライメントシティ騒乱においては天人の兵を軒並み打ち倒し、クラウドとの一騎打ちに敗れてようやく止まった、流石Aランクの看板を背負うだけあるお強い闘士である。その時ですら、クラウドの不意を突き、彼に痛手を負わせた実績を残している強者であり、レインの相手がトルボーと知った時は、正直ファインとサニーも大丈夫なのかなとは思ったものだ。


 結果は先述のとおり、危なげなくレインが勝利したので杞憂で済んだのだが、試合そのものは熱戦となり、観客席も大盛り上がりだった模様。レインの攻撃力と素早さはトルボーの予想を上回っており、しかし大きな盾を持つトルボーの守りも固く、レインの見せる僅かな隙を狙うトルボーの反撃も上質、見所満載の攻防戦だったのだ。

 馬鹿みたいに強いファインとサニーの戦場観察眼を以ってすれば、まあまあレインの勝利を確信できる試合展開であったというだけで、一般人にはそうは思えないほどの激闘だったということ。おかげで妹の大一番を見守るリュビアは、終始胸の前に手を握ってはらはらしていたものである。


 日々を闘技場の戦いに費やす闘士達の人生を腐すわけではないが、やっぱり命懸けの戦場であらゆる超強敵を薙ぎ倒してきたレインっていうのは、そんじょそこらの者が敵う相手ではないのだ。普段着はファイン達に買ってもらった可愛い服を着ていたレインだが、闘技場のバトルフィールドでは、萌黄色の上下一体の袖と丈の短い薄手の服を纏い、下はスパッツ一枚。綺麗な生脚には、相手の武器と脚をぶつけても打ち合えるための防具、帯状の厚手革の特性装具を何枚か巻いてある完全武装。なんだかもう、その強さも相まって、小さい体でありながら、すでに歴戦の女戦士の風格である。その姿には、向こう数十年この闘技場で最強枠にあり続けられる未来を予感した観客も少なくない。

 13歳で既にこれである。そのうちすぐにAランクに昇格するであろうが、そんな現実味のある未来予想よりもさらに夢が見られるレベルだろう。老いてタルナダが隠居する頃まで彼女が現役闘士でいたら、その時にはタルナダに代わって、闘技場初の女性チャンピオン闘士になっているかもしれない、と。


「そういえば、クラウドさんどこ行ったんだろ。レインちゃんの試合が終わってから、行っちゃったけど」


「タルナダさんに面白い話があるって言われてたらしいけど、やっぱあれ対戦要求だったとかじゃない? 前にもクラウド、タルナダさんと引き分けの好試合してるし、案外マジであるかもよ?」


「クラウドさん、そんなに凄い人だったんですね……」


 クラウドとタルナダがエキシビジョンマッチを繰り広げた時というのは、まだリュビアが三人と出会う前の話であり、残念ながらリュビアはあれを見ていない。リュビアはこの闘技場で働くようになってから、タルナダの試合は何度か見ているため、タルナダの圧倒的な強さはもう知っている。それと引き分けるなんて、リュビアの価値観で言えば、クラウドさんどんだけであろう。


 もっとも、リュビアはクラウドが戦っているところを見たことがないから、彼が本気で戦っているところを見たら腰を抜かすかもしれない。クライメントシティ騒乱でタルナダがクラウドに敗れたという話も、聞いたには聞いたが実感が沸かないし、ニンバス達を撃破したクラウドの姿も、彼女は隠れていたので見ていない。

 それらよりも何倍も強い相手、カラザやアストラに勝ったクラウドの姿をリュビアさんが見てたら、果たしてどんな顔してたかなぁとサニーも考えるばかりである。そもそもクラウドがファインと共に破った相手の一人、サニーもリュビアの想像以上の化け物であって、リュビアは友達三人がどれだけやばい実力者なのか、案外まだわかってない。実は相当に凄い奴らといつの間にか友達になっているのにね、っていう話。


「次が最終試合でしょ? ほら出てくるぞ、クラウド出てくるぞ~」


「まさかねぇ……」


 もう闘技場の闘士としての登録は抹消しているため、ちょっとそれは考えにくい話である。サニーがいたずらな声で煽るのは、そうあって欲しいという願望からであって、本気でそう思っているわけではない。ファインが言っている、まさか無いでしょ、でももしかしたら……? というのが、正味の予想というところ。


「あ、始まりますよ。ありますかね?」


「う~ん、クラウドが見たいっ! よろしくお願いしますっ!」


 試合を眺める時よりもわくわくして、サニーも期待を込めて祈ってみる。叶う可能性は低いとあっても、あるかもあるかもと思い込んだ方が楽しいのだ。勝ち目が薄くても、ギャンブルで高配当に張ってみるおっさんのロマン心に通じるものがある。


「――ご来場の皆様。これより、メインイベント、5分一本勝負を行ないます」


 闘技場の真ん中に歩み出た、メガホン片手のアナウンサーの一言に、会場がどよめいた。最終試合のカードはこの日未発表だったのだが、その試合時間が短すぎる。5分一本勝負というのは、5分で勝負がつかなかった場合、引き分けとするルールである。つまり試合展開にもよるが、引き分けになる可能性が随分高めである。

 普通はメインイベント、その日の最終戦というのは、30分一本勝負とか時間無制限にして、決着がつきやすくするものである。勝敗にちゃんと白黒ついた方が観客は楽しい、引き分けは煮え切らないことが多い。観客がお腹いっぱいになって帰るための最終試合が、こんな引き分けの可能性が高いルールで行なわれるのは、かなり異例のことである。


「申し上げましょう! この試合は、オーナーが特例を設けて成立した、極めて特殊な試合です! 試合時間も我々、意図あってこうさせて頂きましたが、お客様を満足させられる試合になると確信しております! どうか決して、席をお立ちになることなく、二度と見られぬかもしれぬこの一戦を見逃されないよう願います!」


 常識はずれの試合時間に反し、この売り文句。大丈夫か? と観客も思いかけていた矢先、これほどまでに自信満々に好試合を謳うアナウンサーの態度には、首をかしげながらも観客席が熱を帯びてくる。


 一方で、ファインとサニーは顔を見合わせた。これは来た。マジで来たかもしれないと。


「ご来場の皆様はご記憶ございますでしょうか? ほんの少し前、この闘技場の門を叩き、鮮烈なるデビューを果たしながらも、風のように消えていった少年闘士のことを。あの無敗のチャンピオン、タルナダとの短いエキシビジョンマッチという形でありながらも、王者に肉薄するかと思える戦いの末、引き分けを獲得した若獅子と言えば、察しの良いお客様は気付くのではないでしょうか」


「ファインっ!」


 嬉しくなってファインの肩をべしんと叩いたサニーに、痛さを覚えながらも気にならずこくこくうなずくファイン。この二人の態度を見れば、リュビアにも確信が持てただろう。彼が来る。


「皆様……! ご存知の方は勿論、知らぬ方も最大級の歓声と拍手でお迎え下さい! たった数日の参戦だけで、未来の王者となる姿すら予感させた16歳の最強少年ッ! クラウドの登場だあっ!」


 びびった。この時起こった、大歓声のあまりの大きさに、ファインもサニーもリュビアもだ。クラウドの名前が公開された瞬間に、こんなに大きな歓声が上がるだなんて、正直アナウンサーも予想外。三人や、闘技場関係者の予想を遥かに上回り、クラウドにはこの闘技場に参戦したあの短期間だけで、それだけのファンがついていたらしい。


 まあ確かに、センセーショナルな活躍ではあったけど。いきなり現れて、デビュー当日から負け知らず、それも素人が見てもちょっと次元が違ぇわってレベルの強さで大暴れしておきながら、まるでその数日間は夢だったのかと思えるぐらい、ある日突然ふっと消えてしまったクラウドである。鮮烈なる登場から、唐突な失踪までの数日間が、まるで何だか伝説的な感じで、観客の記憶にはかえって深く刻まれていたのかもしれない。そこで、サプライズ気味にその参戦が発表されるんだから、そんなに大昔でもない記憶を残す観客からすれば、倍盛り上がるというもので。


「あ~、懐かしいなぁ、このカンジ」


「クラウドさーん! 頑張って下さーい!」


「負けたら説教よー! あんた私にも勝ってるんだからさー!」


 大歓迎の歓声を一身に受けて入場してくるクラウドも、いい具合に心が昂ぶる。歓声にかき消されそうになりながら、最前席から大声を発してくれる二人の応援も、最高の発奮材料だ。本気の戦いの前にしかやらない、手甲で包んだ拳をがつんと打ち鳴らす仕草を見せる時点で、クラウドも相当に気が乗っている証拠である。


「さあ、お客様……! このクラウドの相手が誰か、想像できますか!?」


 観客席からまばらにだが、野太い声で、タルナダの名が呼ばれる。そりゃあ以前、タルナダと1分間のエキシビジョンマッチで引き分けたクラウドだから、今度は時間を延ばしてやろうという話だと想像できる。それにメインイベントだし、タルナダが出てくる場面としても舞台は整っている。ファインとサニーもそうだと思っている。


「お客様の予想を裏切りながらも、期待を超える試合を我々は常に目指しております。この試合はもしかしたら、二度と実現しないかもしれません。なぜなら二人とも既にこの闘技場に籍は無く、二人が再びこの闘技場に参戦登録してくれるという奇跡が重ならねば、実現しないことだからです」


 また観客席がどよめく。クラウドと、その対戦相手が、この闘技場に籍が無いということは、対戦相手がタルナダではないということだ。その上で、タルナダVSクラウドという予想を裏切った上で、期待を上回る試合を見せようという闘技場の魂胆は、誰にも予想がつかなくなる。


「――皆様は、もうご存知ないかもしれません。その昔、若くしてこの闘技場の門を叩き、僅か一週間でAランクに上り詰めた伝説的な闘士のことを。絶対王者タルナダとの、30分一本勝負と銘打ちながらの試合において、時間切れ引き分けを導いた彼と言えば、古くからこの闘技場を知る方なら想像がつくでしょうか」


 一週間でAランクに上り詰めるというのがどれだけ凄いのかはわかりにくいが、それを聞いて観客席がどよめきを通り越し、ざわめき始めるのだから相当に凄いのだろう。それは、レインも果たせていない快挙だとでも言えば多少は伝わるだろうか。さらには、タルナダと30分も戦い続けて引き分けという実績が、その人物の名も顔も知らない観客が、そんな奴いるのかよと目を見開くレベルのもの。


「若き幻の若武者の相手に相応しきは、時を超えて蘇った伝説の闘士をおいて他に無いっ! この日限りの二度と無かろう邂逅の瞬間に立ち会えたことを、私は強く感謝致します! クラウドに対するは、現役時代174勝無敗、ザームです!」


 そのコールの直後一瞬だけ、観客席が静寂に包まれた。次の瞬間、嵐のように湧き上がった歓声は、クラウドの対戦相手が持つ連勝記録に対する期待の叫びと、彼の現役時代を知る古参観客の絶叫だ。クラウドと同じように、そしてより長期間に渡って無敗であり続けた彼は、闘技場を去ってから数年が経つ今になっても、根強いファンが山ほどいたらしい。


「あ、あらぁ~……これ、ヤバいわぁ……」


「あははは……すんごいことになりそう……」


「? 二人とも、知ってるんですか?」


 知ってるも何も、ファインもサニーもザームと戦ったことがある。何度かクラウド達に撃破されているから、もしかしたらその強さは忘れられがちかもしれないが、彼がクラウド達に負けた二回っていうのは、クラウドとレインの二人がかりにやられた時と、天界兵との連戦で負った深手を負ったままレインに敗れた二回だけ。

 はっきり言って、つい最近まで現役バリバリで革命戦争の最前線を突っ走っていた彼は、恐らくこの闘技場に属している全ての闘士より強い。タルナダも含めてだ。実際、カラザ主導のクラウドを追う陣営に混ざっていた時は、多数の闘士達の援護射撃を受けながら、それを凌いだ上でタルナダとの戦いに敗れず最後まで立ち残っている。


 最近、ファインだとかクラウドだとかレインだとか、ちょっとぶっ飛んだ実力者ばかりが相手で、革命戦争時には勝ち味から遠かったザームだが、ファインとサニーをしても、本気の一騎打ちはしたくない相手であろう。それがクラウドとは逆の入場口から現れ、バトルフィールドにおいてクラウドと向き合って立った瞬間に、二人が交わした小さな笑みは、全力で戦っても問題ない強敵を前にした闘士のそれである。


「もしかして、俺達って一対一するの初めてですかね?」


「何気にそうだな。一度、心おきなくマジでやってみてぇとは思ってたんだがね」


 得物の大型シャベルを軽々と肩に担いで、ザームはやや謙虚めに笑う。あくまで自分が挑戦者の側だと認識し、驕りなくこれから戦う者の表情だ。確かに何度か煮え湯を飲まされている相手だし、その認識は正しいのだが、クラウドも決して自分が王者側だとは思っていない。


 知ってるもの。この人めちゃくちゃ強いって。単なる殴り合いだけならまだ分があるかもしれないが、ザームは強力な術を駆使して戦う心得もあり、絡め手にも秀でる。パワーで自分に匹敵する上に、サブウェポンにも不足の無いザームというのは、たとえばドラウトよりも戦いづらい難敵だ。ここで会うなら別にいいが、戦場ではクラウドも、正直二度と見たくなかった顔だったのである。


「ま、いいや。前置きはこの辺にして、そろそろ始めようや。客も期待してくれてるようだしよ」


「そうですね……正直、こんなに歓迎されるとは思ってませんでしたけど」


「かはは、そうだな。俺なんて、もうとっくに忘れられたものだと思ってたよ」


 そう言って、顔見知りの古参のアナウンサーに握手を求めるザームに、相手も快い笑顔と手で応えてくれた。古巣の匂い、空気、この懐かしさ。一日限りの復帰だが、悪くない。やってみてよかったとは、これだけでも思えた。


 頼んます、とアナウンサーに一言述べ、クラウドとの距離を取った位置にザームは構えた。クラウドも構える。アナウンサーは一目散に、かなり遠くまで逃げておいた。この二人の戦いは、そうしないと危ないと予感したから。

 この二人の戦いをジャッジするよう頼まれた、現在の闘技場ナンバー2である老獪なAランク闘士も、とんでもない大仕事を任されたなぁと苦笑い。俺、油断してたら巻き込まれてケガすんだろうなと。彼も闘技場時代のザームを知っている古参だから、すごい試合になることは容易に想像できるのだ。その当時よりザームは強くなっているのだけど。


「皆様、大変お待たせ致しました……! これより、5分一本勝負を行ないます!」


 待ちきれない観客の前、いよいよという時には前置きを短く。開始前から空気が震えかけている闘技場の全容を見越して、渾身の声を発するアナウンサーは、もう一段階会場の熱を上げる。


 ファインとサニーは、変な意味でわくわくしていた。二人の試合も楽しみだが、これを見た観客がどんな顔をするのかなって。試合よりも、リュビアを見ていた方が楽しいかもしれない。


「参りましょう……! 試合……っ、開始ぃっ!!」






 5分間の試合内容の詳細は割愛するとして、それはそれはもう、最終試合でよかったねとしか言えない内容。試合開始の合図の瞬間に地を蹴った二人の鉄拳とシャベルが激突した余波は、観客席の最後列にまでびりびりと響くほどであって、その衝撃と金属音だけで掴みは完璧。あとは常人の目ではとても追えないような、化け物二人の連続攻撃と防御の錯綜が何度も繰り返され、大歓声がまばらになったぐらいである。大興奮するおっさんどもの歓声が半分ぶん残り、あとの半分は理解を超えた攻防にぽかーん状態だったので。もしもこの試合がメインイベントじゃなくて、この次にもう一試合控えていようものなら、そっちが見劣りして気の毒な空気になっていたとしか。


 この二人の戦いで、たかだか5分で決着がつくはずもなく、最終的には時間切れ引き分けに終わってしまった。本来なら不完全燃焼であろうはずの終戦にも、観客は満足したようで盛大な歓声と拍手が最後には贈られた。正直、この戦いを見ての感想を細かく語れる観客はいないだろう。二人ともくそつえぇとしか形容しようがなかったんだもの。一般人代表、リュビアはクラウドとザームの高次元すぎる戦いを目にして、終始お口が開きっぱなしであった。


 確かに二度と見られぬかもしれぬ激戦、観客の賞賛はその歓声に表れていた。満場一致のその総意に混じり、たった二人だけ、それとは全く違う感想を抱いていた少女が二人いる。

 あれほど命を懸けて戦い合ってきたクラウドとザームが、互いの力比べを純粋な目的に、なんと楽しそうに戦っていたことか。ファインとサニーが、決着を迎えた二人に無言で拍手していたのは、見事な戦いぶりへの賞賛のみの意味ではない。この戦いを恭しい笑顔で見届けた二人の心では、極めてクリーンな戦いの舞台で互いの力量を確かめ合うクラウドとザームの、過去とは異なる今への喜びが勝っている。


 レインもそう、マラキアもそう。平和な世界で、戦う力を、生業のための純然たる手段とし、舞台に立っている。死にたくないから戦うしかなかった、大切な人にいなくなって欲しくないから戦っていたレインじゃない。誰かを傷つける悪行に加担し、それによって私腹を肥やしていたマラキアとも異なっている。養ってきた強さを両手に、殺意も敵意もなくただ意地をぶつけ合うクラウドとザーム、その男同士の腕による語り合いは、少女二人の心にもその情熱を伝え、魂を揺さぶってくれる。


 血でまみれた戦場と比較すれば安心して見られるだとか、そんな単純な話じゃない。ここには、"本気"がある。そして泰平の世であるからこそ、"非日常"としてその本気を楽しめる。

 死ぬ気で戦わねば明日を勝ち取れない、そんな苛烈な時代は終わったのだ。大衆娯楽に昇華された闘技場の演目に興奮する客の後方に、ファインとサニーはそれを実感するばかりだった。

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