第274話 ~ファインとクラウド~
「おい、ファインがクラウドにキスしたぞ」
「ゑっ!? なんで!?」
ファインが人生最大級の重大局面を迎えているちょうどその頃、そんな彼女の姿を遠くから眺めている人物がいた。ファインらから非常に遠く離れた場所に立つ、一本の木。どれぐらい離れているかと言えば、一般的な大人が全力で一分間走って丁度ぐらいの距離である。その樹上にて太い枝の根元に立ち、左手を幹に添え、右手で筒を作って片目開きの右目に当てたカラザが、視点を絞ってファインとクラウドの姿を視認しているのだ。
カラザは恐ろしく目が良い。仮に遠く離れたクラウド達が、ふとこちらを振り向いたとしても、カラザの姿を確かめることは出来ないだろう。それぐらいの距離があるのに、カラザからはファインとクラウドの表情まで確認できるのだ。蛇はあまり目がいい方の動物ではないので、恐らく彼が原種・蛇族であることとは無関係に、彼の個性かつ長所なのだろう。
「よっ、と。もう告白したんですか?」
「いやー、二人の表情をうかがうに、まだそんな素振りは無かったがなぁ」
「え、じゃあもしかしてファイン、告りもせずにいきなりキスしにいったの?」
「まあそういうことになるが……普通はなかなか無い話だが、あの子に限って言えば……」
カラザのそばにはサニーもミスティもいる。太い枝に膝の裏を鉄棒のように引っかけ、逆さコウモリのようにぶら下がっていたミスティは、ぐいっと上体を起こして枝に座るような体勢に。カラザのすぐ隣を、木の幹とミスティが占拠してしまっているので、少し離れた枝の上に立つサニーは、ちょっと大きな声でカラザに話しかける形になる。なお、いくら大声を出したところで、遠すぎてクラウド達に気付かれる心配はない。
サニーもミスティも、ファインとクラウドのことがどうなるのか、気になって気になって仕方なく、カラザを連れ出してこういう形で覗きしているのであった。これぐらいの距離を作らないと覗いているのがバレかねないし、それってとんでもなく無粋な邪魔をすることでもある。そういうわけで、目のいいカラザにこの距離から様子を見て貰い、実況して貰うような形で、現地の二人の様子を知ろうとしているわけだ。
「告白は、確かにまだだったんですよね?」
「うーむ、私も読唇術が上手いわけじゃないからなぁ。ただ、ファインはともかくクラウドはそういう顔色ではなかったから、やはりまだ告白はしていなかったと思うぞ」
「あーそっか。クラウドああ見えて純なとこあるし、ファインに告られたら顔にも出そうなもんだわね」
「まあ実際ファインに口づけされて、固まって……あ、流石に顔色変わってきたな。うん、やっぱり告白なしでファインの奴思い切ったんだろうな」
「きゃー、ファインちゃん大胆だねぇ」
「大胆っつーか、大事なステップいくつもすっ飛ばし過ぎでしょ。相当テンパったんだろうなぁ」
流石に二人の会話をこの距離で聞き取ることは出来ないし、口の動きから発言を推察するにも限度がある。特にあの状況、ファインの口なんて何を言うにもごにょごにょしていて、その動きから読唇術で発言を読み取るのは相当に難易度が高い。カラザも二人の顔色や表情、挙動から、どういう会話の流れが成立しているのかを想像力で補うしかないのである。
観察対象があの二人である以上、顔や挙動は現地の会話を聞かずしても充分、二人の心情を読み取れる要素にはなるけれど。ファインもクラウドも素直な子だし、感情はすぐ表情や手振りに出るんだから、人生経験の豊富なカラザにとっては、現地の空気を読み取るのもそう難しい話ではない。
「積極的な唇で以って、告白自体は成立したという話になるんだろうが、果たしてどうかな。クラウドはどう返事するだろうな」
「あーあー絶対大丈夫。意識してかせずかは知らないけど、クラウドも絶対ファインのことは好きだから」
「なーんかファインちゃん達との付き合いがあまり無かった私でもそう思うなぁ。ファインちゃんに告白されて、ごめん無理って言うクラウドさんっていうのは全然想像できないねぇ」
「ま、そうだな」
カラザだってそう思っている。ファインを守るためにカラザに立ち向かった時のクラウドの姿も、真正面から見ているのだ。世界一大切な人を守るために、命すら捨てていい覚悟で戦い抜いた男が、その大切な人に告白されてノーなんて言うようなら訳がわからんの一言に尽きる。恋の神様サボりすぎ。
「あとは、オッケーされた時のファインがどういう顔をするか、ぐらいかねぇ。今から想像して選択肢があるのは」
「ないない、選択肢とかない。ファインは嬉し泣き一択」
「一択なの?」
「ぜ~ったいそれしか無いから。あの子はそういう子だから」
「断言するなよ。予想する楽しみが減るだろう」
「だぁって私からすれば全部読めてるもん。ファインが告る、クラウドがめちゃくちゃうろたえながらオッケーする、ファイン泣く、クラウドが慌てる、二人でたどたどしく手を繋いで宿に帰ってくる、ここまで鉄板」
「サニーさんはほんと、ファインちゃんとクラウドさんのことには詳しいんだねぇ」
「好きになり過ぎたわ。あいつらずるいわよ、二人揃って人が良すぎるんだもん」
趣味のよろしくない覗きを楽しみ、下世話な予想まで交えて笑い合う三人は、正直あまり行儀のいいものではない。ただ、こうして楽しく二人を話題に盛り上がれるのも、幸せな結末を迎えるファインとクラウドを確信しているからでもある。そうじゃなかったら、こんな風になんの懸念もなく楽しんだり出来まい。心配を膨らませ、先々のことまで思い至らせて世話を焼こうとしたくなるであろうほどには、三人ともあの二人に情が移っている。ミスティはまだともかく、カラザも、特にサニーは尚更である。
「カラザ、どう? クラウド、なんか返事した?」
「固まってるなぁ」
「早く返事してあげないと、ファインちゃんの心臓壊れちゃうよ。クラウドさん頑張れ~♪」
まあ、そうやって好意的な解釈をするにしたって、あんまりよくない楽しみ方をしているのは否定できないけど。大人も子供も、やっぱり他人の色恋沙汰は見ていて楽しい。それが親しい者同士で、上手くいくのがわかっていれば余計にだ。
さて、肝心の現地のご様子。二人とも、全く動かなくなってしまった。肩を縮めて目線を下向きにして、猫の手にした両手で口元を隠したファインは、まばたき一つせずに硬直状態だ。動いているのはばくばく弾んでいる胸の内側だけで、興奮状態を表す荒い鼻息が指を温めても、ファインの意識はそんなの全く気にできない。
クラウドも不動。ファインに優しく唇を押し付けられた時、少し後方に押されて引いた頭の位置が戻せず、両目を見開いたまま片手で口元を隠してしまう。遠方から眺めるカラザからすれば、お前は乙女かと突っ込んでやりたくもなるが、16歳がいきなり最愛の人に唇を奪われたら、まあまあ反応がこうでもおかしくない。あまりに衝撃的過ぎたので。
二人に共通していることは、その顔が元の肌色を完全に失い、耳まで炎上する勢いで赤すぎることぐらい。絶句してファインを見下ろすクラウドと、顔を上げられないファインの世界は、完全に止まっている。
どうしよう、やってしまった。ファインはだいたいそうなのだが、やってしまってから自分の行動を後から思い返し、なんで私あんなことやっちゃったんだろうということが多い。告白の言葉がどうしても出なかったからって、必要な段取りも全部すっ飛ばしてこれは、自分で考えてもとんでもないことをやらかしたと思う。
その一方で、大事に大事にしていた自分の初めてを、無二の最愛の人に捧げたことへの、悔いなき喪失感も胸の内に渦巻いている。ファーストキスを捧げるなら、この人しかいないって、ずっと前から心には決めていたのだ。今のファインはキスに関しては、捧げたことばかりに頭いっぱいで、奪ったことは忘れている。余裕が無さ過ぎる精神状態なのでまあしょうがない。
クラウドさんは、いったいどんな顔をしているんだろう。そう思い至った瞬間に、すぐに顔を上げるのは怖い。向こう見ず過ぎる体当たりを果たした自分に呆れられているビジョンしかないのである。それでも、ここまできたらもう引き返せまい。びくびくする想いを必死で封じ込め、ファインは恐る恐るその顔を上げる。
「く……クラウド、さん……」
細く潤んだ上目遣いで、想い人を見上げるファインの口元から溢れる声は、消えてしまいそうなほど細かった。自分の口元を隠して眼を見開いたままのクラウドを見て、色々逃げ出したくなるような衝動に駆られたファインは、右足が一歩後ろに退がりそうになる。耐えて、半握りの猫の手をぎゅっと握り締める。
「わ、私の……本音です……あなたが、大好きです……」
順序が逆すぎて、今さら言わなくてももうわかっているようなことだが、ちゃんと口にしたことには意義はあったはずだ。殆ど完全に思考停止していたクラウドの意識に、ファインの言葉は確たるメッセージとして突き刺さり、覚醒したかのようにクラウドの心臓がばくりと高く打つ。
「お、お返事を……聞かせて、下さい……」
口にするより先に眼を伏せて、耳だけでクラウドの言葉を待つ構えにファインが入った。もう、これ以上クラウドを直視するのは耐えられなかったらしい。やるだけのことはやった、やり過ぎたとも言うが。燃え上がった恋心に決着をつけるために必要な行動は、この日すべてクラウドの前で起こした。なるようになれ、与えられた言葉に従うまでだ。
手で隠されたクラウドの口元から、大きく息を吸う音が溢れるが、それすら今のファインには何倍にも大きな音に聞こえる。
余裕が無いのはクラウドだってそう。ファインの言葉を何度も何度も反芻し、三度の深呼吸を経ても胸の高鳴りは収まらない。開いたままの目が閉じないのと同じで、開けっ放しの感情は真っ赤な顔色から溢れたまま。告白を受け、返答する側も、すぐに答えを出せと言われては簡単ではない。
かたかた震えるファインの目の前、五度目の深呼吸を経てクラウドがようやく、その口元を隠していた手をはずした。顔を上げないファインにその姿は視認できていない。やっとクラウドが最後の息を吸い、返答の第一声を発する直前動作に入ったのも、今の彼女には見て確かめることが出来なかった。
「……………………ごめん」
ばき、とファインの胸の奥で、何か壊れたような音がした。不意打ちでこの三文字は、告白失敗を彼女に想起させるには充分だったのだ。絶望とかそういう感情が生じるより先に、頭の中から胸の奥まで全部真っ白からっぽになったファインは、ひくりと頭を跳ねさせて硬直してしまった。
「俺も、その……ずっとファインのこと、好きで……ええぇぇと……」
やっぱり私なんかじゃ駄目だったんだ。混血児だからとか全然関係ない、迷惑ばっかりかけて馬鹿なところばかり見せて、呆れられるのが当たり前で、クラウドさんは優しいから付き合ってくれてただけで、恋人同士だなんておこがましいこと私が言うべきじゃ――などなど、よくもまあここまで自虐的になれるもんだと言えそうなぐらい、ファインの脳裏には悔恨の感情が超高速で渦巻き始める。ファインはこの辺りがダメである。
「ず、ずっとさ、俺も自分の気持ちがわかんなくって……ああぁ、いや、その……ぜ、全部言い訳なんだけど……」
駄目駄目、泣くな私、クラウドさんは私の無謀な告白を断っただけなんだから。泣いたらきっとクラウドさんは優しいから、気を遣わせてしまう。ここは泣かずに顔を上げて、困らせてすみませんでしたと謝るべきだ。もう駄目だそれ以上何も考えられない、悲しいきつい失恋ってつらい。頭の中ぐっちゃんこ、回転速度だけは間違った方向に超高速。
とまあ、ぜ~んぜんクラウドの話を聞いていないぐらい、最初のごめんの一言で相当なダメージがあったらしい。あれで完全に振られたと思う方向に針を振り切って、全てを投げ出し涙を堪えようとしているファインの目の前、色々思うところがあるのか言葉を選び、よろしくお願いしますの返答をするクラウドまで空回る始末。ここまで来るともはや茶番である。
「だ、だからっ、ファインっ!」
「……ふぇっ?」
おもむろにファインの両肩に手を置いたクラウドが、思いっきり真下を向いて顔を伏せ、ファインの名前を大きく呼ぶ。ちょうど同時、遅れてクラウドの言葉が耳から頭まで届いたファインは、あれ、よくよく聞いてみれば私が考えていることと、クラウドさんの返答が噛み合ってないような……と気付きかけて、ファインも耐えられていない涙目をそのまま持ち上げる。
「お、俺も、お前のこと好きだから……ありがとう、って……」
ぱち、ぱちぱちぱち、とまぶたを早すぎる閉じ開きをするファインには、クラウドさんの言葉が一回だけでは届いていない。俺もお前のことが好き、誰が誰のことを何? 俺ってどこ、お前っていつ、好きってどちら様? 5歳の子供でもわかる単純な文章が、今のファインにはすぐに理解できない。
地面だけがクラウドの、絶対誰にも見せられない顔を覗き込んでいた。顔を真っ赤にして、唇を震わせて、初めての告白に動揺しまくった目。これは、ファインを守りきった時に見せてしまった涙より、よっぽど人には見せられない。今のクラウドは絶対に顔を上げられない。
「ごめん、ファイン……俺の方から、言うべきだった……」
最初に謝ったのはこういうことだ。薄々ながら、自分がファインに恋心を抱いているという確信こそ持てなかったものの、ファインという女の子に異性として惹かれていた自覚はあったのに。もっと早くに自分の気持ちに気付いていたファインが、先に動いてしまったという事情はあるとはいえ、自分もファインのことが好きならば、自分の方から言うべきだったとクラウドは考えてしまう。
怖がりな彼女が、こんなにも勇気を出して告白に踏み込んでくれたのだ。好きだと言われた今ならば、どうしてファインの挙動が今日ずっとおかしかったのかも全部合点がいく。ファインはめちゃくちゃ頑張った、クラウドが自分から告白していれば、ファインがこんなに体を震わせ、涙目ながらの挑戦に踏み込む必要はなかったのだ。他ならぬクラウド自身が、己をそう責めずにはいられない。
まあ客観的な話をしてしまえば、誰が悪いだの言う話では全くもってないのだけど。ファインもクラウドも、人に気を遣いすぎ、何か良くないことがあったら自分のせいだと考え過ぎなのである。
ぐっ、と頭を一度深く下げ、クラウドはゆっくりとその顔を上げた。口元がひくひくと震えたままの、なかなか人に見せない頼りない顔をしたクラウドと、呆然さながら棒立ちのファインが近くで向き合う。どちらもあんまり、頭は回っていない。また止まるのか。
「く、クラウドさんも、私のこと……」
「す……好きだよ……うん……女の子と、して……」
いつぞや野良演劇でくさい台詞を吐いた時より、何千倍も恥ずかしい想いを堪えての発言だ。ああ、恋心の告白ってこんなにきついのか。クラウドが告白後輩として、数秒前のファインの苦しみを共感する。
ここで耐えられぬ想いに負けて顔を逸らしたりせず、真正面からファインを見つめたまま動かないだけでも、クラウドも彼なりによく頑張っているが。少なくとも、遠くで眺めているカラザはそう評価している。
「だ、だからさ……こ、これからもよろし……ただの、その、友達としてじゃなく……」
限界寸前、頭の中で太い血管がぷっつり逝って倒れそう。後から思い返したら悶絶間違いなし、そんな言葉を紡ぎ込む。ただただ無心で、ファインの言葉を受け入れたことを表明するための、思いつきの言葉をはっきり述べ返す。
「こ、恋人、同士でさ……よろしく、お願いします……」
まあなんて律儀にはっきりと返事する少年だろう。今時告白されて、そんな返事をする16歳がいるだろうか。喧嘩は強い、生活能力も実は高い、社会的な常識もたくさん学びきったよく出来た少年にして、そのぶんなのか恋愛に関してはからっきし耐性なし。すべてを兼ね備えた人間なんてのはいないし、今のクラウドもその好例だが、それにしたって極端なぐらいである。働け戦えそうして生きろの無骨な半生だったので、仕方ないっちゃ仕方ないけれど。
さて、次はファインに大異変。あるいは、いつもどおりというか。完全に夢潰えたと思い込んだ矢先、現実はその逆、クラウドから最も嬉しい回答を得られたファインがどうなるかなんて、サニーが予想したとおりになるに決まっている。
ファインは泣き虫とよく言われるが、それも広義では正しいけど、厳密には幸せに慣れていないと形容すべき。苦痛を受けるより、悲しみを抱くより、身に余る幸せの方が、ファインの両目には凄まじいインパクトをもたらす。
「……ぅ…………」
「ふぁ、ファイン……」
大粒の涙が一度零れ落ちたら、もうそれは源泉から全部流しきるまで、自分では止められなくなる。クラウドがあたふたする、泣かせたのは自分だとしか思えない。嬉し涙であることがその本質であっても、それを見るクラウドの目には、この日あれこれ頑張ってきた末、緊張の糸が切れた想いの表れとしか思えないのだ。
「ごめん、ごめんなファイン……! 俺が、もっと……」
「う~っ……うぅ~っ……」
クラウドと出会ってからこれまでの間に、何度かファインが泣くことはあったが、彼女を泣かせた回数が一番多いのは多分ミスティ。その次は誰だろう。スノウを亡き者にしたカラザだろうか。ファインを突き放したサニーだろうか。
実はミスティの次に、ファインを涙目にさせた回数が多いのは、優しさを以ってファインを接してきたクラウドである。もしも厳密に数えたら、ミスティがファインを泣かせた回数を上回るかもしれないぐらいに。イクリムの町で無神経に泣かせたこともあったが、あれはノーカウントでもいい。
謝る理由も改めて説明できず、何度もごめんを繰り返すクラウドに、ファインは涙をぐずぐず拭いながら首を振り続けていた。幸せなだけだって、謝ってもらう理由なんてどこにもないって。涙声は形にならず、泣き声だけが溢れるファインにはそれが説明できない。
感極まる想いを抑えられず、ファインがクラウドに抱きついたことで、うろたえきっていたクラウドの芯にも一本筋が通った。ぎゅうっと自分に抱きついて、鼻をすすって体を震わせるファインを、クラウドは強く、優しく抱き返す。それ以外にすべき返答はなかったんだから、ここでも意図せずファインがクラウドをリードした形か。ごめん、と繰り返すクラウドの言葉はようやく途絶え、ただただ互いが自分のことを最愛視してくれる、元親友のぬくもりを確かめ合う。
細身に見えて、触れればがっしりとしていることが伝わるクラウドの体。か弱く柔らかく、抱きしめれば抱きしめるほどに守ってやりたくなる、愛しい愛しいファインの体。男女の体ははっきりと違うのだ。その一方で、二人が互いを求め合ってきたのは性の差ゆえではなく、知り合う互いの頼もしさと愛おしさに端を発し、今ようやく異性として互いを、唯一のパートナーとして認め合う形に至った。ほんの一年前には、自分に恋人が出来ることなど想像もしていなかった二人は、今、過去のことも未来のことも意識になく、世界一大切な人と体を重ねる現在の中にいる。
幸せとは、何気ない日常の中に散らばり、後から思い返して気付くものだとよく言われる。今にして既に、これ以上の幸せはないとさえ思える幸福の中にあることは、きっと究極の幸せだ。
二人とも、初恋だった。それが成就されたのだ。長旅の末に辿り着いた、16歳の二人の一つの終着点である。
「ん、以上。間違いなく告白成立、結果は言わずもがなだ」
右手で作っていた筒の形を開き、両目を開いたことで、野暮覗きは終了とカラザが締め括った。抱き合うファインとクラウドの姿を見れば、どういう結末に至ったのかは、二人の会話の内容が不明でも答えが明らかであろう。
「はぁ~あ~……私のファインがぁ……」
「サニーさんのファインちゃんだったんだ?」
「そ~よぉ……いつでも私の後ろをついてくる、可愛い可愛いファインだったんだぞぉ……」
言葉ほどの独占欲はないのだが、なんだかサニーとしてはちょっと寂しい気分である。始まりは打算のみで関わりを持った混血児では確かにあったけど、そのうち情が移ってきて、ちょっとしたきっかけを経て完全に友達同士になって。年の差一つ、サニーのことを姉のように慕うファインは、その実まさしく甘えん坊で、ずっとサニーにべったりだったのである。
最近でも、過剰なスキンシップは回避するようになっただけで、本質的なそういう部分は実はそんなに変わっていない。事あるごとに、サニーサニーサニー。それで実際、殺されたって全然構わない覚悟で天界まで乗り込んでくるファインだし。
なんだかお姉ちゃん意識もいつしか芽生えてきて、この子の前では常にしっかりしてなきゃなって思っていたのも懐かしい。別にクラウドと恋人同士になったからって、ファインとサニーの関係が変わることはないだろうけど、あの子の一番はもう自分ではなくなってしまったのだ。はっきりと。あぁ何だろう、筋違いと言われようがなんだろうが、寂しいもんは寂しい。
「こうなることはわかってたんじゃないの~?」
「わかってました~……は~あぁ……」
「祝福してやれよ? まあ、言われなくてもお前はそうするだろうが」
「あいつらの結婚式どうしよ。私泣くわ、絶対泣くわ」
「あなたはファインちゃんの親か何か?」
「姉です。血の繋がりとか全然ありませんけど」
「親友でしょ?」
「そだね」
サニーの返事が全部適当すぎて、ミスティも変な笑いが出る。カラザは慣れたもので、特にいちいち拾わない。彼女を7歳まで育ててきたのはカラザである。一度好きになった相手には、世話を焼きすぎるわ、情を移しすぎるわのサニーの性分は知っているし、離れてからの十年ほどでもそれは変わらず、むしろその傾向を増していることに、カラザは懐かしみさえ覚えている。
三つ子の魂百まで死なず。それを拡大して解釈するなら、きっとサニーのファインに対する、親友としての愛情も生涯変わらないだろう。勿論、逆も然り。本当に紆余曲折あった革命戦争の中、三人がみな生き残る形で世界が泰平に向けて動き出した昨今の時勢こそ、最大の幸福の起点そのものであったと後にカラザは回想することになる。
ミスティも含め、ひたむきに生きてきた少年少女は、今もこうして笑って過ごせる世界の中にいる。見守る大人がそれを見て、幸せな想いに浸れるのもまた、若き魂が分け与えてくれる幸福の欠片。つくづくこの世界は、たった一人では本当の幸せを得ることは出来ないよう、よく出来ているものである。
「さあ、撤退するか。帰りついでに、あいつらに祝いのケーキでも買ってやるかね」
「ご主人様持ちですか?」
「別にそれでも構わんが、お前達も払いたいだろう?」
「えへへ~、わかってらっしゃる~♪」
「でっかいの買うわよ~! ファインを幸せ太りさせてやる~!」
友達の幸せは自分の幸せ、可愛い若者の幸せは己の幸せ。そう感じられる感性こそが、その者を最も幸福にする。ファインも、クラウドも、サニーも、ミスティも、カラザも、だから今幸せだ。




