第265話 ~最終決戦~
人生初めての空中戦。それも異質な空間での宙空戦に、驚くほどクラウドは順応していた。踏みしめる土のない真っ暗な空間の中、好きな所を好きなように蹴り、空間座標上を駆け抜ける彼の速度は、地上でよく見せた快速を全く色褪せさせていない。あるいはそれ以上か。
素早く背後に回りこんだクラウドの放つ、延髄狙いの蹴りの振り降ろしを、サニーは首の後ろに構えた握り拳二つで受け止める。如実に二人が戸惑うのは、この空間の独特な浮遊感のせい。
蹴り落とされる形で下方へと落下するサニーの速度も凄まじいが、蹴ったクラウドの側も反動からくる反発力があまりに大きく、サニーから離れる方向へと一気に飛ぶ。無重力空間とさえ形容できようこの世界で、何かと何かが接触した時、及ぼし合う力はそのまま反発力となり、接点を設ける時間を全く作らない。
「天地魔術、雷火の行進!」
「天地魔術、宙界の旋者達!」
赤き翼を開いてサニーが宙空で静止したのと、やや離れた位置を滑空したファインが、そしてサニーが術の名を発したすべてが全くの同時。生じてすぐに火花を散らす真っ赤な炎が、広げたファインの両手から次々と発生するや否や、多種多様の弧を描いてサニーへと襲いかかる。対するサニーも胸の前に交差させていた腕を広げると同時、自分の周囲に無数の岩石を作り上げ、それらがサニーを中心とした乱軌道で回転し始める。
人の胴ほどもある岩石の数々はサニーを中心に高速旋回し、その旋回軌道で以ってファインの火球を轢き殺す。さらには旋回の径を一気に広げ、数を増やし、まるでサニーを親星とする衛星のように宙空を舞う。あわやそれは滑空するファインすらも殴り飛ばしかねず、慌てて首を引いて身を沈めたファインの髪を、当たれば全身粉砕確実の岩石がかすめていく。
「さあ、ここからよ……!」
空中点を蹴って一気にファインへと迫ったサニーは、既に拳を握り締めていた。宙空を舞い続ける岩石衛星に翻弄されるファインへ、あっという間に距離を詰めたサニーは、隕石のような勢いで拳を突き出してくる。
きりもみ回転してその突撃を回避したファインだが、彼女からそう離れぬ場所で空中座標を蹴り、軌道を折って即座に迫るサニーからは逃げられない。ファインもわかっている、足裏方向から再接近するサニーにぐるりと体全体で振り向き、両手を構えてサニーに対峙する姿勢。サニーの突き出してきた拳を両手で受けると同時、頭を思いっきり後方に引いて回転力を得る。
一秒あたり数回転の速度で全身回りながら吹っ飛ばされるファインだが、体に受けるダメージを回転力に変えて受け流すことに成功している。翼を開いて全身の回転にブレーキをかけながら両手を開くファインが、掌のそばに生み出した光球から、サニーめがけていくつもの光弾を発射。長さのない、弾丸雨あられのような光弾を、ファインを殴った反動で乱れた姿勢を整えながらサニーも回避する。
「早いわねぇ、っ……!」
一度大きく離れたはずのクラウドが再接近して、サニーに裏拳を振り抜いてくるのが想定以上に早い。顔面狙いの一撃を上に叩き上げて防ぐと、サニーの体は下方へ、クラウドの体は上方へ。それで二人の間に距離が出来るかと思ったら、自分の進む先に掌を突き出し、空中点を押し出したクラウドがその反動で、サニーの方向への推進力を取り戻す。
「っらあっ!!」
頭を叩き割るような踵を振り下ろすクラウドの一撃に、サニーも頭上に交差して構えた腕で防御するしかない。当たる、重い、生身の体で受けたら確実に、腕全部がぶっ壊れている。流星のような勢いでクラウドのパワーに叩き落とされるサニーは、翼を開くと同時に両手を開き、振るう勢いで全身を回転させにかかる。
両手に掴んだ火球を回転するまま手放して、ファインとクラウドに一球ずつ投げつける狙いがあまりにも正確だ。漆黒空間でよく目立つそれは虚を突くほどの速度で両者に迫り、サニーを蹴った勢いで自分の体も回っていたクラウドが、火球方向に背を向けた瞬間ぴったり迫っている。やばいと感じたクラウドが裏拳を振るって打ち払い、しかし殴った反動で体勢が崩れてサニーへの追撃ができなくなる。
「っく……! 天魔、双拡散熱光線!」
サニーの火球をかわしてすぐに、両手のそばに生み出してあった光球から無数の熱光線を発射したファインだが、回避に費やした一瞬の遅れが、既に熱光線の間を駆け抜けるサニーの立て直しを叶えさせている。攻勢に移りかけたファインへ、カウンターの一撃を放つために迫るサニーは、服と髪に熱閃をかすらせながら、蜂のような速度でもうファインのすぐそばにいる。
「っ、地術! 四双岩足!」
「むが、っ!?」
ファインの背から生じた蜘蛛足のような八本の岩石が、関節部を持つように折れて彼女の胸の前に先端を集束、その集中点でサニーの拳を迎え撃つ。身体能力を強化したサニーではあれ、重い岩石の束ねられた盾への衝突は、自分の拳が腫れそうだ。突き放されるファインの岩石も砕けたが、体をくるりと一回転させて翼を広げるファインの前方、はじき返されたサニーも手首を振らずにいられない。
「天魔……っ!?」
「よしっ……!」
サニーを中心とした衛星のように、宙空を旋回する岩石は今も飛び交っている。遠方から見れば無数の大きな岩石が飛び交う危険な宙域、その危険物質の一つがファインに迫ったのだ。サニーを大技で狙撃しようとしていた矢先、側面視界外から急接近したそれに気付いたファインが、体ごと振り返ってサニーの方に突き出そうとしていた掌でそれを受けるしかない。
防御の魔力を展開したとはいえ、痛烈な岩石の体当たりに殴り飛ばされたファインへと、一気に宙点を蹴ってサニーが接近する。迎撃姿勢を作れないファインに触れることは必殺を意味する局面、この好機を挫くのが一気に迫ったクラウドである。それも、宙空を舞う岩石にぶつかられかけながら、それを両手で受け止めたばかりか掴み、フルスイングする全身の勢いでサニーにそれを投げつけて。
苦い顔でそれを蹴り上げたサニーだが、蹴った反動で身体が下方へ沈み、ファインに直接迫れない。一回転してすぐに宙座標を蹴り、ファインに迫る軌道を取り戻したサニーだが、体勢を立て直すことに間に合ったファインに接近しても手遅れだ。滑空する身、しかも推進力を得るために縮めた両足で宙を蹴り、さらなる加速を得たファインの残影をサニーが通過する結果になるだけ。
「天魔! 黒鳶の群雲!」
「地術、焼き落つ枝……!」
推進力のままに滑空し続けるファインの周囲に黒い雲が無数に生じたのと、翼を開いて宙空にブレーキをかけたサニーが自分の上方に、人を串刺しに出来る太い枝を無数放り投げたのがほぼ同時。帯電する黒い雲がファインの意図するままサニーに迫り始めたのと、宙に浮いた多数の枝が発火して、ファインやクラウドの宙域に降り注ぎ始めたのも同時である。
隙間無きほどに絶え間なく降り注ぐ、突き刺す燃え枝の間隙を縫って滑空するファインも、同じものを宙を駆けかわすクラウドも、あらゆる方向から迫る帯電雲を自在に駆け抜けてかわすサニーも、周囲が赤い炎と爆炎だらけで視界が良くない。逃げるファインと迫ってくるクラウド、両者とつかず離れずなサニーの周囲を旋回する岩石衛星も二人を別角度から襲う。極限まで高められた集中力で以ってようやく、三人とも被弾せず真っ暗な天上界の宙を駆け抜けている。
「お母さん、お願い……!」
分の悪さを悟ったサニーが、早くも賭けの一手に踏み出した。迫り来る雷雲の軍勢をかわしながら、それらが衝突して生じる爆音に耳を刺されながら、胸の前に構えた両手の上に小さな輝く何かを生み出す。サニーの降らせる燃える枝の隙間からそれを見た二人には、直感的にその小輝の正体もわかっただろう。
「は……!?」
サニーの手を離れたそれは、黒雲や衛星岩石といった障害物を全く無視し、真っ直ぐファインに直進した。確かに黒雲にも触れた、それで黒雲も爆裂した、それでも止まらない。サニーの手を離れたアトモスの魂は、あらゆる邪魔者を貫通してまっすぐファインに迫っている。
「くああぁ゛、っ!?」
「ファインっ!?」
ファインとの距離を詰めたアトモスの魂が、びかりと光って宙域広くに炸裂する電撃を発生させた。その大きな攻撃範囲内に含められたファインの全身がびしばしと打ち据えられ、悲鳴をあげたファインの体がぐらりと傾く。ファインの名を叫ぶクラウドの声を振り払うかの如く、よろめいた滑空を為すファインへサニーが一気に駆け迫った。
「くっ、うっ……!」
「ぜえやあっ!!」
ファインに届くまさに寸前、顎を引いて前方に一回転したサニーの踵が、ファインの頭を叩き割る勢いで振り下ろされた。辛うじてそれに掌を向けて受け応えたファインだが、気合を乗せての全力のサニーの一撃を、封じきるには至らない。叩き落とされて一気にサニーから離れるファインだが、今の一撃は短時間ファインの両手を使い物にならなくするには充分だ。
「やばい……!」
サニーに迫ろうとしていた進行方向を、ファインの方向へと駆け折ったクラウドは正しい。宙に浮いたアトモスの魂がぐわっと光り、ファインに向けて大技を放とうとするまさにその瞬間だったからだ。サニーの降らせる火の雨もかわさず、脳天を突き刺しにかかってきたそれを拳で叩き払いながら、ファインにもう片方の手を伸ばすクラウドが目標に到達するまであと少し。
クラウドの腕がファインの体を捕まえた瞬間、アトモスの魂が上方からとんでもない太さの熱光線を発射した。民家一つを上から呑み込むほどの太さのそれを、ファインを捕まえた瞬間に宙空を蹴ったクラウドがさらなる加速を得、なんとかぎりぎり太い攻撃範囲内から逃れるに至る。クラウドがファインを横逃がしに救出しなければ、ファインが全身まるごと消し炭にされていただろう。
「クラウドさ……」
「駄目だ、離れる……! なんとか、凌げえっ!」
恐ろしいのはアトモスの魂が、そんな光柱のような熱光線を発射したまま、放射方向をぐるりと回したことにより、本当に光の柱が振り回されるような光景を作ること。それが逃げたクラウド達を追うようにスイングされ、ファインを上空へ投げ飛ばしたクラウドが、逆方向に自身を蹴り出し離れると、二人の中点を凄まじい熱量を持つ熱光線が切り裂いていく。
「貰うわ、ファイン……!」
「はぐあ、っ!?」
動きを見受けたサニーが素早くファインへと迫り、体勢の不安定なファインの腹部に、肩を突き刺す突撃を叶えた。これだけでもファインに対しては、意識が白むほど痛烈な一撃だ。
しかもそれどころか、激突の瞬間にぐっとファインの体を両腕で掴んだサニーは、足元を蹴って回転させた体の勢いに任せて腕を離した。放り投げる形でだ。真っ暗な空間の真ん中に放り投げられたファインが前後不覚の中、彼女が吹っ飛ばされた方向には、サニーの味方が素早く回り込んでいる。
「っ……天、魔……! 光魔の斥……!」
ファインを迎える位置から、前方広範囲に拡散する業火を放ったアトモスの魂。それにファインは、背中の後ろに光の魔力を一瞬で集結させ、それがはじけるように膨れたと同時に生み出す斥力で、自分の体の軌道をへし折った。ファインの軌道がくの字に折れ、広範囲を焼くアトモスの炎から彼女を逃れさせ、一気にそれから離れたファインが体を一回転させてからまた翼を開く。
「っ、けはあっ! はっ、かっ……!」
「しぶとい……!」
「させるかあ、っ!」
「んぁ……!?」
ファインに迫ったサニーに横殴りの形で接近したクラウドが、腕を振り抜いて肘の内側でサニーの胴を殴り飛ばしにかかる。すぐに振り向き交差させた腕で受けるサニーだが、尋常ではないそのパワーに吹き飛ばされ、腕もみしみし砕けそう。手元に残したオゾンの魂による力を借りての、闇の魔力で以ってしての身体能力強化がなければ、一撃だって耐えられない破壊力だ。
ばしゅばしゅと自分の周囲に岩石の槍を生み出したアトモスの魂が、それをクラウドに差し向ける形で、彼によるサニーへの接近を許さない。それを蹴り、殴って凌ぐクラウドの離れた位置で、腹と背中に強い力を受けて咳き込むファインが、なんとか体勢を整えてサニーを見上げる。
苦しい表情だ。しかしその目は死んでいない。
「天地魔術、引斥球……!」
胸の前で掌を鳴らし、開いた瞬間にぶわりと膨らませた、白と黒がいびつに絡み合う不可解な球体を生み出したファインが、頭を後ろに引いて回転させた自身のまま、振り上げた足で白黒球を蹴り上げる。彼女を離れた白黒球は、さらに膨らみ人相当の大きさになると、凄まじい引力で周囲のあらゆるものを引き寄せ始めた。
アトモスの魂による岩石の雨あられも、サニーの周囲を旋回する岩石衛星も、クラウドの体も、そしてファインとサニーの両方をも。ファインとサニーの等距離点にあったそれは、二人の少女を同時に手元へ引き寄せて、目を合わせた二人に接触の瞬間を一秒後にもたらす。
「っ、らあっ!」
「はああっ!」
自分の力でない力に動かされたサニーも、ファインを射程距離内に含めた瞬間、体を回しての蹴りを放っている。自分の力で推進力を得て、距離を詰めたファインの動きはそれに勝る。サニーの蹴りを首を引いて頭上にかすめ、さらに回った体で振り下ろす足先で、サニーの腰を打ち据える振り降ろしを叶えている。
体をひねってかわしたサニーの動きはやはり一枚上手で、二人は触れ合う結果にならなかった。だが、両者の至近距離にあった白黒球が直後にばちんとはじけ、ファインとサニーに強い斥力を与えた。突然の強風に押し出されるようなもの、そうであって確かな強い力。その方向に胸を向け、両腕で顔を守っていたファインに比べ、不安定な体勢で背後にその力を得たサニーは、めしりと背中を押される力に目を見開き、けはっと息を吐いて吹き飛ばされる。
クラウドもまた、今の炸裂に斥力で押し出されていながらも、すぐに宙を蹴って軌道を折り、サニーの方向へと直進しているのだ。我が子を狙う刺客にアトモスの魂が氷結弾丸を発する、クラウドはさらに加速してそれをかわす、体を回した不安定な体勢のサニーが目の前。振り抜かれたクラウドの脚を、サニーが翼を広げて自身の体を上方に押し出し、回避したのは流石というところ。
「くぬぁ、っ……!」
すぐに追うように迫るクラウドの動きは、ファインに迫る時のサニーの怖さをそのまま突き返すほど速い。逃れきれないクラウドの突き上げ拳を両掌で受けるのが精一杯、それに殴り飛ばされて手も痛める、肘まで軋む。何度までこの重さにこの体はもってくれるだろう。
「がぐっ、か……!」
離れた位置から一気にクラウドに迫ったアトモスの魂が、彼の至近距離で爆裂するような勢いで電撃を放った。凝縮された雷雲の重心に捕えられたのような凄まじい電撃がクラウドを貫き、びきりと全身を引き攣らせたクラウドの様相からも、それは凄まじいダメージをもたらしたはず。
直後にクラウドを救ったのは、彼自身の意志とは独立して動いた翼、スノウの魂がもたらす力。ばさりと大きくはためいたそれが、クラウドの体を大きく逃がし、ばちばちと放電するアトモスの殺戮範囲内からクラウドの体を逃がしたのだ。あと2秒電流を流され続けていたら心臓が止まっていたであろうクラウドが、どすりと自分の胸を殴って顎を引く中、アトモスの魂はぐいっと急加速してクラウドに迫る。
逃げなきゃとクラウドが思うより早く、スノウの翼ははためきクラウドに推進力を与える。急下降したクラウドが大きくアトモスの魂から離れ、それによって追うことの無意味さを悟ったアトモスの魂が静止、代わって自身から四方八方に輝く弾丸を発射する。クラウドもファインも狙いに含めた、多すぎるほどの光の弾丸が、真っ暗な宙空でいくつも飛ぶ。
「クラウド……!」
「ぐぅあ……っ!」
かわすことを強いられる二人の時間が、体勢を立て直すサニーを許し、そうした彼女はまた二人に迫る。狙いはクラウド、スノウの翼を頼りに高速弾丸を回避するクラウドの頭上から迫り、今までのお返しだと言わんばかりの踵落としを叩き込んできた。頭上に構えた両手甲で受けはするものの、電撃に痛めつけられた体にはあまりにも重い一撃、耐えられぬ苦悶を声に表して叩き落とされるクラウドは、サニーへの再接近をすぐに叶えられない位置へと真っ逆さま。
「サニーっ!!」
「くっ、ぐ……!」
今まで接近戦を得意としてこなかったファインが、ここでサニーに蹴りを突き刺してくるという展開が、つくづくサニーの虚を突いてくる。サニーに接近、接触直前に首を引いて体を半回転、そして伸ばす脚の突き蹴りを刺すこの体の使い方は、妹のようにファインに親しんだ誰かの得意技によく似ている。何度もそれを見てきたファインの過去が、今確かに彼女を支えている。
「天地魔術! 炎林に注ぐ災!!」
「嘘、っ……!?」
引き上げた膝でファインの蹴りを受け、吹き飛ばされたサニーの目を疑わせたのは、サニーの上空へと燃える枝を生成して多数放ったファインの行動だ。サニーが先ほど見せた、焼き落つ枝の初動と全く酷似し、その後の展開も同じ。サニーの上方から燃える枝が降り注ぎ、当たれば体を貫かれた上で焼かれる危険な雨による急襲だ。
「地術、巨獣の岩殻……!」
一撃受けた後で痛む膝を耐え、宙を蹴ってそれらを回避するサニーだが、膝を抱えて体を縮めたファインの全身周囲を、急速発声した岩石の塊が包み込む光景を見てぞっとする。ファインを狙い撃つアトモスの魂による光弾も、岩石が遮断して中身のファインまで届かせず、さらに彼女を擁した巨大岩石は一気にサニーへと発射されたのだ。
高速回転して急接近する、自分の数倍もある岩石、あるいは隕石の突撃をかわすすべなく、サニーは体を縮めて両腕を交差させた。流石にこの時はサニーも直撃直前に目を閉じ、激突した瞬間の凄まじい衝撃には、もはや悲鳴も漏れなかった。
常人を轢き殺す巨大岩石に殴り飛ばされたサニーが吹き飛ばされる中、かろうじて翼を広げて宙空に踏み留まる前方には、ばこんと自身を包む岩殻を爆裂させたファインが、既にサニーへ両掌を向けている。超回転して迫った岩殻の中、目だって回ってふらつくであろう意識の中、はっきりと彼女はサニーから目を離さない。
「天魔! 過重熱閃!!」
「天魔……! 電光大閃!!」
勝負手とも言える熱光線を放つファインの一撃は、アトモスの魂が見せた特大の熱光線放射と同じだけ太く、大きい。ぎりと歯をくいしばったサニーもまた、両掌を相手に向け、同じだけの大砲撃で迎撃する。大きく離されてから、再び戦場に戻ってきたところのクラウドの見上げる先では、二人の体が一気に縮んだかと思えるほど、相対的に大き過ぎる巨大熱閃がぶつかり合う光景がある。
特大光線の激突点が耐えられたのも僅か3秒、余りある破壊のエネルギーは限界を迎え、かつてカラザが生じさせた大魔術の爆撃にすら匹敵するほどの大爆発に繋がる。耳が破れるのではないかというほどの爆音と共に、術者二人が爆心地から、体勢作りもままならぬ姿勢で吹き飛ばされる。
ファインを抱き受けたのがクラウド、サニーを背後から魔力で支えて止めたのがアトモスの魂。熾烈な戦場下、光溢れて誰もの目がくらむ中、支えるべき友や愛娘を守る為に動いた二つは、息を乱す二人の少女を決して見失わない。
「く、クラウド、さんっ……!」
「負けんな……! あいつの目、覚まさせてやるんだろ!?」
「はぁ……はぁ……! お母さん……!」
己を支える最も頼もしい誰かの名を呼ぶ二人の少女は、離れた位置で再び目を合わせる。年上が見下ろし、年下が見上げてだ。
やっぱり強い、一人じゃ勝てない、そんなサニーと向き合うファインの目が、それでも負けたくない想いに染まっている。視界の真ん中にそれを捉えるサニーはどんな心地だろう。ずっと妹のように可愛がってきて、だけどずっと自分の下だと認識してきた相手に肉薄される者が抱くべき、ちくしょう生意気なという感情は少なくとも無い。
「……強いなぁ、やっぱり」
嬉しかった。これほどまでに、自分のために戦ってくれる人はきっと初めてだ。たとえその力の矛先が自分であってもだ。
執政者であり王、目的のためには非道すら貫かねばならない時がある立ち位置。そんなあなたは嫌だって、胸を張って生きられるあなたでいてと、身を粉にして戦い抜いてくれる親友がいる。それも、二人もだ。母の魂の内在のみを心の拠り所とし、心底では差別的思想に軽蔑感すら抱いていた天人と仲良きを演じていた幼少期の日々、本当の友達なんかいなかった頃からは想像できなかったこと。
見て学んできたことの全てを活かして、魂を振り絞って生み出す魔力に変え、サニーを引き寄せようとしてくれるファイン。そんなファインを支持する形で、命懸けの戦いに踏み出すことも厭わず同じ目的に漕ぎ出してくれるクラウド。リュビアを守るため、無心で命を張った過去を持つ二人は、あの頃から全く変わっていない。
私は変わったのに、あるいは変わろうとしているのに。不変がこんなにまぶしいなんて。
「……ファイン。クラウド」
ずっとこんな"友達"が欲しかった。我が道を貫かんとする、宿命を肯定して突き進むべきだという"自信"も、少しずつだが揺らぎ始めている。今のサニーを支えているのは、革命を為し世を変えていく柱になるために生まれてきたという、ただただ一途に信じてきたアトモスの遺志だけだ。
「…………!」
サニーの口元から溢れた小さな声は、離れたファインには聞こえなかった。だが、わかった。涙ぐむような目で、確かにその言葉を発したサニーの口元は、読唇術が出来ないファインにも、ずっと伝えてきた言葉への返答として同じものだったからだ。
"ありがとう"。それは、逃れられない生き方に縛られたままの少女が、今のあなたは正しくないんだと叱ってくれる親友二人に向けた、哀しき惜別の言葉である。
「――行くぞ! ファイン!」
「はいっ……!」
「負けないよ、私……!」
翼を広げた二人が宙を蹴り、決死の接近を試みる。ぐしっと目を拭って身構えたサニーは、最も雄弁なる"対話"で以って、己の道を問い質すことに全てを懸けている。
かつて三人で笑い合った記憶が、この時三人の脳裏に同時に蘇っていた。あまりに遠く、今となっては儚い記憶。サニーにとってはそうであっても、それは今や手を伸ばせば届く場所にあると、ファインとクラウドは強く強く信じていた。




