第26話 ~ウエイトレスごっこ~
「サニーはともかく、ファインもこういう場は嫌いじゃないんだ?」
「え、どうしてですか?」
「あのー、私はともかくってどういう意味?」
今日のところは明日待ち、暇を余した3人は、ある程度の街巡りを済ませた後、とある酒場にて卓を囲んでいた。酒場というのは旅人に最も愛される場の一つであり、特に3人のように、裕福でなくかつ地人の集まりには、様々な要素で前向きだ。
1つ、高くつかない。旅人歓迎を銘打つ酒場は、客の懐を考えて料理を安価に設定している。稼ぎは主に酒代で取り返す形式なのだが、3人のように節制を重視したいなら、酒でない飲み物だけ頼んでおけばかなり節制できる。会計伝票を見れば一目瞭然のことであるが、酒代って思った以上に会計の比重を占めるのだ。2つ、酒場はおつまみを提供する立場で、料理のレパートリーはなかなか多い。色んな食べ物を舌で楽しむ目的は叶えやすい。
3つ、下町の酒場はやや敢えて汚い。天人様が好き好んで寄ってこないようにするためにだ。ということで、地人には気を使わなければならない天人様との遭遇を気にせず、気兼ねなくお食事と洒落込める事情がある。この店を選んだのはファインであったのだが、なかなかわかったチョイスをするものだと、入店前のクラウドも驚いてた。
「うるさいとか、男臭いとか思わないんだ?」
「こういう雰囲気は大好きですよ。周り、みんな楽しそうじゃないですか」
「ねえねえちょっと、私はともかくってどういうこと?」
淑やかなファインが居酒屋の真ん中で微笑んでいると、店には悪いが泥中の蓮とでも言えそう。実際に綺麗好きな彼女の姿も一度見ているし、小奇麗でない下町酒場というのは、ファインみたいな子にとって居心地悪いのではと思ったクラウドだが、そうでもなかったようだ。むしろ大好きとさえきたもので。
「こういう雰囲気が好きって言うなら、ファインって酒場のウエイトレスとかに向いてるかもな」
「向いてる、でしょうか? どうなんでしょうね……」
「クラウドー、私はともかくって?」
酒場の従業員は、酔っ払いの相手をしなければならないため、向かない人にはとことん向かないだろう。仕事と割り切っても、性根で好きになれないこととは大いにストレスになる。楽しく飲んでいる人のやかましさやわがままを許容し、微笑ましく眺められる感性があるのなら、客商売向きの性格をしていると言える。接客は、客に対して寛容な精神をあらかじめ持っていないと、いざという時に相当きつい。
「一度ファインのそういう姿も見てみたいな。今からやってみる?」
「えっ、今ですか? 急にはちょっと……」
「ねえ、泣くわよ私。あやまって?」
「わかったわかった、悪かったって。決め付けてごめんってば」
クラウドの肩を揺さぶって、今の傷つくから撤回してと懇願するサニーに、貫いていた無視を解いて謝るクラウド。正味サニーみたいな子、こういう騒がしい場が嫌いなタイプに見えないから。それががさつだと聞こえて気になったなら謝るけど、だいたい誰でもサニーには似たような印象を抱くんじゃないのというのが、クラウドの正直な感想である。
「クラウドって私にだけ対してデリカシー無さすぎなんじゃないの? 私も一応女の子なんですけど~」
「その発言が既に可愛らしさに欠けるというか……」
「クラウドさん、手厳しいですねぇ」
「なによぉ、どこからどう見ても華やかな美少女でしょうが。私この赤毛、けっこうチャームポイントだと勝手に思ってるんですけど」
酒も飲まずにジュースしか飲んでないくせに、酔ってんのかお前と言いたくなるような絡み方をしてくるサニー。人間的にはいい奴だとは思うけど、可愛らしい女の子に見えるかと言えば、さて。その赤毛も可愛らしさになる要素はあるけど、所々がつんつん尖ってちゃむしろ活発少女イメージに近いよ、と、クラウドも感じた上で敢えて言ってない。言わないだけだ。そんなこと口にしたらまた絡まれる。
「じゃあ、はい。コレ」
「なに」
「ウエイトレスごっこ。可愛いとこ見せてくれよ」
自分の飲み物をサニーに突き出し、可愛げあるなら見せてくれよと振ってみるクラウド。遊びで、というより、こうやって何かさせてみた方が、めんどくさい絡まれ方が続かなさそうだったので。
いいわよ、ふふん、と自信ありげな表情で席を立ち、少し離れた場所まで歩いていくサニー。中身が半分まで減ったクラウドのグラスを持って、一定の距離で振り向いたサニーは、けっこう自然な笑顔で近付いてくる。ウエイトレスごっこゆえ、クラウドをお客様だと思って営業スマイルを作っている形のようだが、なかなかさまになっているではないか。
「お待たせしました、グレープフルーツジュースです」
「あ、うん。ありがとう」
「こちら、お下げ致しましょうか?」
空いた皿に手を伸ばし、片付けましょうかという提案をするアドリブを入れてくる手慣れぶり。客つまりクラウドとの距離感も良く、元々機転の利きそうな頭してるサニーだけに、こういう仕事も向いてるんじゃないかって、クラウドも自然に感じ取れた。まあ、飲み物差し出してくる時のウインクは余計だったが。それはちょっとあざとい。
「どうだった?」
「いや、意外と可愛かっ……あっ、ごめん」
「すぐ謝るなら許す」
意外と、の一言は余計だったか。まあ、実際に意外ではあったのだけど。何気に抜群の距離感で、笑顔と姿勢のよさを見せてくれたサニーは、思ったよりも可愛らしいものだったのだ。旅向きの道着スタイルのサニーだが、一度おめかししたサニーも見てみたいかもしれない、とクラウドが思う程度には。
「じゃ、今度はファインね」
「う、上手く出来るかな……」
二番手にファインを勧めるのは、クラウドではなくサニー。男であるクラウド以上に、そういうファインの姿を一度見てみたい想いを抑えられないらしい。どれだけファインのことが好きなんだろう。
少し緊張した面持ちで、サニーと同じようにクラウドから受け取った半端グラスを持ったまま、離れた場所へ歩いていくファイン。振り返り、ウエイトレスごっこ仕様の顔を作っているようだが、やっぱりサニーほどは柔らかくない。初めてそういう場所で働き始めた、慣れない女の子の表情をそのまま貼り付けたような顔だ。
「……お待たせしました、グレープフルーツジュースです」
まあ、元が可愛らしい顔立ちのファインだけあって、予想通りの及第点以上。作り笑顔をいきなり作るのが得意でない、うぶな女の子が一生懸命作った営業スマイルは、たどたどしいけど悪印象を抱くようなものではない。なんとかお客さんに不愉快な想いをさせないように、と、努める姿勢を表したような態度で接客され、気分を害する人間はいまい。
「うん、ありがとう」
「…………」
あらまあ、変な顔。サニーみたいに機転の利いたアドリブが出来るタイプのファインではないようで、礼を言われて、にへっと下手糞な笑顔を返すので精一杯。表情筋が上手にはたらいていない自覚は本人もあるようで、自分でやってて恥ずかしくなってしまったのか、ファインはいそいそと元の席に座り込む。
「ど、どうでした?」
「さあクラウド、私とファイン、どっちが可愛かった?」
「えっ、どっちも可愛かったけど」
「くぅ~、無難すぎる回答。まあ、見直してもらえたなら充分かなぁ」
上手さならサニー、頑張っているのがよく見えたのはファイン。甲乙つけるような話ではあるまい。片方を勝者にしたら、もう片方は劣っているように捉えられるのも嫌で、クラウドの答えはどっちつかずになったが、良い落とし所でもあろう。サニーもどうやら、自分も可愛いと言って貰えただけで満足してくれたようだし、ファインも褒めて貰えたことが嬉しくて、クラウドの方を見ずに小さく微笑んでいる。作ったものではなく、自然体の笑顔を溢れさせるファインは数秒前より数倍可愛らしいが、作り笑顔と普段の笑顔が同等に魅力的なサニーも、養ってきた人間力による魅力が光っていたと形容するべきなのだろう。
「せっかくだからクラウドもやってみたら? ウェイターごっこ」
「俺ぇ? やだよ、絶対上手に出来ないし」
「えー、でも私達だってやったんですから、クラウドさんにもやってみて欲しいです」
「言いだしっぺは何らかの責任を負うものよ。ほら、あんたも、はい」
「いやいや、いいって、俺そんなの絶対向いてないから――」
自分のグラスをずいずい突き出し、私達がやったみたいにあんたもやりなさいと勧めてくるサニー。困った表情でファインに、こいつ止めてくれとファインに目で訴えるクラウドだが、一回ぐらいどうですか? とばかりに両手を合わせているファインの姿がある。
2対1。これはやらなきゃいけない空気なのだろうか。だが、クラウドはやりたくない。器用じゃない自分を知っているから、なんとか逃げたい。
「往生際悪いわよ~? なんでもチャレンジ、やらず嫌いはよくないわ」
「やや、そうは言うけど……あっ、ごめんなさい」
身を乗り出して詰め寄るサニーから逃れるように、椅子を後ろに引いて下がったクラウド。その拍子に、ちょうど後ろを通りかかった男に、椅子の背もたれで軽くぶつかったようだ。振り向いて、一礼して謝ったクラウドの前には、ちょっと人相の悪い男が一歩下がって腕を押さえている。
「ったく、気をつけろよ、ガキが……」
「すみません」
ちょっと乱暴な言葉を投げられたが、非があるのはこちらなので、まあ許容すべき。改めて、椅子ごと90度回して男に向き合い、座ったままで頭を下げるクラウドの対応は、百点ではないがトラブルを避けるには充分な行動であっただろう。
痛ぇなあ、とクラウドを見下ろしていた酔っ払いだが、クラウドの姿を見てしばらく静止している。とりあえず上機嫌な目ではないのがわかるものの、もしかしてこれ、絡まれるパターン? クラウドの目の前で片方の眉をひくつかせた男の表情には、少し嫌な予感がする。
「……お前、今日闘技場の受付に来ていたガキだな。明日を控えて女と談笑とは、いいご身分じゃねえか」
変な予感はだいたい悪い方に当たる法則。目に見えて気分を害している男を目の前にして、しまったなと数秒前の失敗を激しく悔いるクラウド。きっかけを作ったのは間違いなく自分だし、この展開が長引くのはかなり雰囲気が悪い。
「なんだなんだ、どうした?」
「お前、よその客に絡むなよ。何があった?」
異変を察した、男の連れらしき男達が、近しい席からこちらに近付いてくる。クラウドに絡み始めた男もそうだが、全員そこそこいい体つきだ。なんかこう、喧嘩を不得意としていないオーラがある。
「こいつ、闘技場参戦者のガキだぜ。新人だ」
男の言葉をきっかけに、3人の男連中の目がクラウドに集まる。なんとなくクラウドにも察せた。この3人、日々を闘技場で稼ぐ闘士達なんだろうなって。そうでもなければ、闘技場デビュー前のクラウドの肩書きに、これほど敏感に反応することはあるまい。
それが目の前に3人集結。穏やかな空気ではない。




