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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第18章  雹【Ordeal】
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第258話  ~生きてこそ~



 まったく、あらざるべき話だったと自分でも思う。


 サニーは確かに、アトモスの夢を叶えるための手段の一つでしかなかった。だけど、何年も彼女を育てていれば情だって移るというものだ。そうなることは初めからわかっていたし、素直で言うこともよく聞いて、自分(ヘイル)の訃報を聞いて泣いてくれたあの子のことは、目に入れても痛くないほど可愛かった。生まれる前から定められていた、母の遺志を継いで動乱に参じるという使命にも逆らわない姿を見て、必ず幸せにしてやるとは確かに決めていたはずなのに。


 ファインを殺す必要はなかった。何度も何度も手間をかけてでも、彼女がサニーの目指す道に逆らわぬよう説得する道もあった。上手くいったかどうかは知らないが、試してみてから次を考えてもよかっただろう。ファインを消し、より政権を磐石にするなどというのは、今にして思えば、すぐに思いつく利だけを追った安直な愚策だ。ましてやファインを殺めれば、彼女の育て親やクラウド以上に、サニーこそ誰よりも悲しむことが明らかだったではないか。


 どうして私は、それでもファインを葬ることを選んだ? サニーがクライメント神殿から去る中で、ミスティを敵の前に置き去りにして帰ってしまったからか? ファインやクラウド、レインの気まぐれひとつ次第では、ミスティが殺されてもおかしくない状況に彼女を残したからか? ファインを殺すなというサニーの頼みを逐一一生懸命叶え、それで瀕死に至りつつもファインを食い止め、オゾンの魂を獲得するサニーへの助力まで果たしていたミスティを、サニーが見捨てたかのように去ってしまったからか?


 今となってはもう、何が私をそうさせたのかもわからない。ファインをこの手にかけることは、不幸な半生を送ってきた彼女に、過去のいつより理不尽に生涯を終わらせることだとわかっていて。気高く彼女を守り続けてきたクラウドの心に、癒えぬ傷を残すと知っていて。その結末はサニーをも悲しませると知っていて。どうしてそれだけ要素が揃っていたのに、最も選ぶべきでない道を選んでしまったのだろう。


 何歳になっても、大人は迷子だ。道を誤り、過ちを犯せば、相応の末路が待っている。人としても、ようやく夢を叶えた革命児を裏切った側近としても、自分で育て上げた少女を泣かせようとした親としても、正しくない道を選んでしまった私に下されるべき罰は、死を以って他にあるまい。


 つくづく、情けない。千年も生きて、それだけの経験と知恵を重ねてきたはずの大人が、このざまだ。


 ああ、だけどクラウドにはせめて礼を言うべきだったのかもしれないな。本気ですべてを駄目にしようとしていた私のことを、純然たる熱意と力で以って、止めてくれたのだから。











「――動くなあっ!!」


 死闘が幕を降ろした後の、静かな平原に響いた突然の声。憔悴しきったクラウドとファインの目が、いきなり動いたミスティを目で追ったザームの目が、声の主に振り向いた。誰もが決着に息を呑み、無言で目を引きつけられていた中で、たった一人飛び出したように動いたミスティが、あらざるべき姿で平原に腰を降ろしていた。


 ミスティの背後地面から生えた縄のように太い(つた)、角度次第ではミスティの体の一部とも見えそうなそれが、ミスティの腕にも捕えられたレインをがんじがらめに捕えている。首にも巻き付いて締め上げる太い蔦は、レインの苦しそうな表情を誘発させ、動けない彼女をレインががっちりと捕まえているのだ。


「ご主人様を手にかけたら、わかるね……!? この子の命は……」


「馬鹿野郎っ! やめろ、ミスティ!」


 そんなミスティに駆け寄って、彼女をレインから引き剥がそうとするのは意外にもザームである。そんなことをしても、何も変えることは出来ないのだ。カラザと戦っていた時のクラウドの速さを見ていたなら尚更である。レインを人質に取ったって、今のクラウドの速度と力なら、ミスティが何かするより早く彼女に一瞬で近付き、首の骨を一瞬でへし折ることは可能なはずだから。


「やめてっ……離してえっ! ザームさぁんっ、どうして……!」


「聞き分けろ! 敗者に我が儘を言う権利なんてねえんだよ! 俺達だって、同じ事を山ほど敵に強いてきたことだろうがよ!」


「いやいやいやあっ! カラザさまが……カラザさまがあっ……!」


 カラザも、ザームも、アトモスの遺志に属した者はみんなそう。敵対陣営である天人達に、自分達の望みに沿って動くよう強制するために、戦争と殺生を手段にして革命を為してきた。いくつもの掛け替えなきものを、他者から奪ってきたのだ。誰かに何かを奪われる立場になったからと言って、それは嫌だと唱える理屈はどうしたって通用しない。それが、力ずくで成功を奪取してきた者達の道理である。


 今より半分の年頃の子供のように、泣きわめいてザームの腕から逃げようとするミスティは、まるでレインに砕かれた痛みも忘れたかのように必死である。思わぬ奇襲で頭を打ち抜かれ、側頭部からどくどくと血を流して片膝立ちのタルナダも、狂気の死神からただの女の子の姿に戻ったミスティを見て言葉も無い。ミスティに一度人質に取られ、今も咳き込んで苦しい息遣いのレインさえもが、今のミスティを見ていると哀れみすら感じてしまうほど。


「……気にするな、クラウド。やりたいように、やれ……」


 憔悴しきったクラウドの表情は、まどろみめいた目といい絶えそうな息遣いといい、遠方のミスティを見て抱いた感情も表に表れていない。あるいは今の体と頭では、状況を把握することも追いつかないのかと思えるような顔色だ。そんなクラウドに声をかけ、目線と意識を自分に引き寄せたのは、天を仰いで倒れたカラザである。


 クラウドは不意に、離れた位置のファインを振り返る。よろりと立ち上がったばかりの彼女は、日の沈んだ平原にぽつんと立つ人影にして、クラウドの視界内に入れば決して見逃されない人物。表情ひとつ変えない、変える体力も気力もないクラウドに、相手に何かの言葉を発する口もはたらかない。


 そんなクラウドから、何か発信されたわけでもないのに。彼が何を言いたいのかを、その表情が物語っていたわけでも決して無いのに。クラウドと同じだけ憔悴しきった顔でありながら、勝利したクラウドと目を合わせたファインが、ただ恭しく微笑んでくれた。


 本当に、たったこれだけのことで千の言葉より雄弁に、互いの思うことを交換し合える二人なのだから、二人の心の繋がりようはたいしたものである。だよな、って頭の中で小さく呟いて、確かに、小さく笑ったクラウドが顔を伏せ、再びカラザに振り返る。やや下を向いた顔は、そのままカラザを見下ろす形に収まった。


 やめてやめてと泣き叫ぶミスティの大声も、クラウドとカラザの間の世界には割って入ることが出来ない。瞳を合わせ、死などとうに覚悟している敗者の力なき微笑みと、無表情にも近いクラウドが向き合っている。


 ぽそ、ぽそ、とクラウドの口が動いた。動かぬ体で、そんな口元を見たカラザの目は、驚いたように僅かに見開かれた。それと同時に放たれていた言葉は、離れたザームやタルナダやミスティは当然のこと、ファインにすら聞こえぬほど小さな声であり、カラザただ一人だけが耳に出来たメッセージだ。


「ぁ……」


 クラウドが、カラザに背を向けて歩き始めた。ファインの方へと向かってだ。あれほどわめいていたミスティが、そんなクラウドの行動を見て蒼ざめ、世界の終わりを目の当たりにしたかのように呆然となる。

 勝利したクラウドがカラザの命を奪うことしか想定していなかった彼女をして、手を下すまでもなくカラザは既に死んでいる、そうとしか見えない光景だったのだ。ザームに捕まえられて暴れていたミスティが、ふっと全身から力が抜けるとともに、ザームが急な重みにふらつきかかるほど彼によりかかる。


 だけど、カラザは死んでいない。クラウドには正直、参った。ここで自分を殺しておかなければ、また同じようにファインをつけ狙うかもしれないのに。それぐらい、16歳のクラウドにだってわかることだろう。あっさりこんなふうに自分に背を向け、不意打ちされ得ることだって考えはしないのかと。それでも、人殺しは嫌か。

 他の誰がクラウドのことを甘いと言っても、カラザにだけはそれを言う資格はなく、一方で彼自身もそもそもそうは思わない。たった一言で、いくつもの想いを口にして、蛇族(ナーガ)から牙を奪っていきやがったクラウドが、計算してのものでないからいっそう、しばしば本気で若者には敵わないと思う。


 大人は汚くて、子供は純粋だ。少年の無垢さが大人の鼻につくことさえあるのは、幼い頃は誰もが同じものを持っていて、失ってきたがゆえにまぶしいからである。それほどの価値が、純然たる潔白な心にはある。


「――クラウド!」


 離れていくクラウドに向け、カラザは大きく一声を放った。生存しているカラザのことを、その声で知ることが出来たミスティがはっとする中、クラウドは足を止めてカラザに振り返る。軋む体は、速やかに振り返ることすら大きな息遣いを要し、カラザもまた、クラウドが振り向いてくれるまで次の言葉を放たない。


 これだけは、告げておきたい。多くを語れぬ口で、短く紡いで全てを乗せる。


「私の、負けだ」


 自分との一騎打ちに勝てば、ファインに手を出すことをやめてやると言ったカラザ。敗北をはっきりと認めたカラザの言葉は、その約束を果たすと宣言したものだ。

 ファインは死なない、カラザやその配下の手によっては。カラザの敗北宣言は、とうに定まった結果を改めて口にするだけのものでありながら、完全なる終戦という大きな意味を持つものだ。


 ああ、ほらやっぱり。その言葉が聞けただけで、安堵して微笑んでくれるクラウドの顔。それが見たかったんだ。許されべからぬ自分達を赦し、命を奪わず去っていく者には、勝者として得るべきものがもたらされるべき。悪夢を思わせる一日を降りかからせた身として、その罪深さへのあがないは決して果たせずとも、それは今のカラザがせめてもの想いで贈れる唯一の意気である。


 戦いは終わったのだ。クラウドの勝利と、カラザの敗北を以って。ファインには生きることの出来る明日がもたらされ、それを勝ち取ったのはクラウドだ。


「――カラザさまあっ!!」


 ザームの腕を振り切って、カラザに向けて走り出したミスティは、支えになっていたザームから離れてすぐつまづいた。膝を打ち、両の掌を痛め、それでも前のめりな体はすぐに立ち上がり、揺れた体のせいで砕けたボディに痛みが走る。えづいて、咳き込み、また転びかけ、だけど今の彼女に出せる最高速で、平原を進むミスティの姿を、ザームはただただ見送るばかりだった。


「カラザさまっ……! カラザさま、カラザさまっ、カラザさまあっ……!」


「ミスティ……」


「ぅあああ~~~~~っ……! あううぅ~~~~~っ……! ううぅ~~~~~っ……!」


 倒れたカラザに抱きついて、どうにもならない感情を泣き声に表すミスティの頭に、カラザはそっと手を添えた。敗れたご主人様の死という耐え難い末路を一度想った彼女をして、クラウドの情がカラザの生存を導いた結末は、まるで死んだ人が生き返ったようなものなのだ。真っ暗な世界から手を引いて救い出してくれた恩人であり、我が子のように育ててくれた大切な人と、明日もまた再会できる当然が、これほど幸せなものだと思えることは二度とあるまい。


「クラウドさん……!」


「…………」


 ゆっくりと歩み寄ってくるクラウドに、迎える形で早足のファインが近付いた。本当は、走ってそうしたかった。ファインの体も決していい状態ではないのだ。それでも早足になるほどには、今のクラウドに対するファインの気持ちは高じている。


 近付き合った二人が立ち止まると、すぐにファインがクラウドの胸元に両掌を当ててきた。そこから目を閉じうつむいたファインが送り込むのは、僅かでも、少しでもクラウドの体を楽にしようとする治癒の魔力である。触れ合う暇さえなかった戦場で、何度も体を打ちつけ、痛め、戦い抜いたクラウドに対して、ファインが真っ先にするのはやはりこれなのだ。


 二人の間に無言が流れる。ファインは魔力を注ぐのに必死、クラウドは何を考えているのかわからないし頭もよく回っていないだろう。その一方で、ファインは魔力を練り上げる一方で、クラウドに言うべき言葉がすぐに出ないジレンマに陥っている。


 大き過ぎる恩を授かった時は、往々にして礼の一言すら僅かに出なかったりするものだ。ありがとう、の一言では表しきれない大きすぎる感謝を、そんな言葉で紡ぎきれようかとなるからだ。

 だけど、迷っている場合じゃない。魔力を送ればそれによって返ってくる反応で、クラウドの体の中身がめちゃくちゃになっているのはわかる。これほどまでになって、カラザから自分を守り通してくれたのだ。ここでお礼の一つも言えないようじゃ、人として駄目だと感じるファインが正しい。


 こんなになってまでやってくれたクラウドに対する、申し訳なさのようなものだってあるぐらいだ。ぎゅっと喉の奥に、クラウドに向けるべき言葉を溜め、一度目を閉じて息を吸ったあと、ファインはクラウドの顔を見上げた。


「っ……クラウド、さん」


 ああ駄目、泣きそう、でも我慢しなきゃ。憔悴しきって息遣いすら聞き落としそうなクラウドの表情を前に、ファインは用意していた礼の言葉すら吐き出しにくくなる。言え、言わなきゃどうするのと、自分に言い聞かせるファインの前で、クラウドの表情は全く動かない。


「ありが……っ、えっ? あっ……?」


 ありがとうございます。短い言葉をようやく発そうとしたファインも、思わず言葉が途中で途切れた。まったく表情を動かさなかったクラウドの目が、じわりと滲んだ光景を目にしたせいだ。

 しかも、そんな彼が倒れかかるかのように、前からぎゅっとファインを抱きしめてくる。これで完全に言葉を失ってしまったファインは、普段ならば顔を真っ赤にしてしまうような事象を受けながら、目をぱちくりさせて顔の横のクラウドに振り向きたい想いになる。


「く、クラウドさん……」


「っ、く……ぅっ……」


 ファインの体を壊さないように優しく、しかしぎゅうっと彼女を抱きしめるクラウドの喉元から溢れる声は、初めてファインの目の前で泣くクラウドが発したものだ。果たして彼は、どれほどの想いで戦い抜いてきたのか。最愛の親友が殺されてしまうと思って、手を引き、逃げ続け、悲しみと恐怖に暮れる彼女を導き、強い自分を丸一日演じ続けて。カラザと対峙し、攻め込まれ、ファインの命を奪われたと思ったあの瞬間すらも経て、その果てついにファインを救うことが出来た彼の想いは、達成感などという言葉で表せるものではない。


 喉を詰まらせ、鼻をすすり、体を震わせてファインの肩の後ろに隠した目から、ぼろぼろと大粒の涙を流し続けるクラウドが勝ち得たものは、きっと彼のここまでの人生の中でも最大のものだ。ファインがクラウドに対する感謝の想いを伝えるのに、ありがとうという言葉で不充分だというのなら、クラウドをしてファインを救えたこの結果は、本当によかったという言葉程度では到底言い表しきれまい。


「あ……っ、あり……ありが……」


 治癒の魔力を送ることすら忘れたファインが、クラウドの脇の下から手を入れて、両腕を上向きにするようにして、ぎゅっとクラウドを抱き返す。強く目を閉じてもまぶたの間から涙が絶えず滲むクラウドと、閉じられない目から溢れ出るそれを抑えられないファインの表情は、ある意味で対照的で心は完全に繋がっている。


「ありがとう……ござい、ますうっ……」


 言葉にできるのもそれが限界。一切の誇張無く、命を懸けて自らに生をもたらさんとしてくれた親友への感謝を、ファインは辛うじて口にすることが出来た。嗚咽混じりの呼吸を繰り返し、何の次なる言葉も発せなくなったファインと、やっと活きたぬくもりをファインから得られる幸せに感無量のクラウドは、そのまましばらく離れられなかった。




「や、あの、元親分、すんません……うちのガキが不手際を……」


「ま~ったくだぜ、あいつマジ容赦ねぇのな……俺じゃなかったら死んでるぞ……」


 ファインとクラウド、カラザとミスティを遠目に見て、あぐら座りに改めたタルナダに近寄った、ザームの顔がばつの悪いこと悪いこと。タルナダは右の頭と耳の周り、その下の右肩まで血でどろっどろである。くいっとタルナダが親指で指し示した先には、人の頭よりちょっと大きな岩石が転がっているが、どうやらあれをぶつけられて頭に割れ傷を作られてしまったようだ。


 カラザがクラウドに殺されてしまうと思ったミスティは、レインを人質にすることを考えて、土の魔術であの岩石を作ってタルナダを狙撃し、不意打ちに失神しかけた彼からレインを奪って引き寄せたそうで。行為自体も相当に汚いし、とりあえずザームがタルナダに詫びを入れる形である。ほんのついさっきまで戦っていた二人ではあるのだが、知らぬ仲ではない上に、色々終わった直後なので接し合い方だって変わるのである。


「改めて言うが久しぶりだな、ザーム。どうよ、元気でやってんのか?」


「まあまあいい上司と部下に恵まれて、心地よくやらせて貰ってますよ。闘技場のおっさんどものことが懐かしく感じることも、無いことは無いっすけどね」


「ハメたくせに」


「あんた達も現役時代にさんざん俺のこといじってたでしょうが。あん時のお礼みたいなもんっすわ」


 憎まれ口を叩きながらも、流石にクライメントシティ侵攻作戦の際にタルナダ達を扇動していた時のことは後ろめたいらしく、ザームは頬をかいてあまりタルナダと目を合わせない。なかなかごめんなさいが言えないのが相変わらずな奴で、タルナダもちょっと笑ってしまった。別に、そういう態度を気にしてはいない。闘技場の奴らなんて結構こういう奴が多いし、タルナダも若い頃はそうだったし。


「革命軍、ねぇ。お前さんとこの上司ども、あんなバケモンばっかかよ」


「あれほどのバケモンはそうそういねえっすよ。まあ、あと数人ぐらいはあんたにも負けなさそうな人がいますけどねぇ」


「お前もえらい組織に入っちまったもんだな。俺にはさんざん噛み付くこともあったお前だが、今のそっちじゃあ逆らえない相手も多そうだな」


「けっこうみんな気さくなんで、俺もそこそこ勝手言わせて貰ってますよ。生意気なのはわかってんですが、どうにも思ったら言っちまうタチでし……てえっ!?」


 なんだか懐かしい会話を弾ませていた二人だが、いきなりザームの側頭部に岩石が飛んできた。すごく痛いやつである。頑丈な体のザームも思わずぐらつき、その着弾によって目まいもする想いで頭を抱え込むと、岩石の飛んできた方向を見る。


 倒れたカラザが掌で地面を二度叩き、人差し指を立ててくいくいと招いている。ザームに、こっちに来いと呼んでいるのだ。こっちは体も動かん中で、ずっとこうしてこっちに来てくれとジェスチャーしてるのに、お前は何を雑談してるんだというオーラをぷんぷんさせてである。これは明らかに怒っていらっしゃる。

 やべっ、ってな気分でザームはタルナダに会釈だけすると、そそくさとカラザの方へと駆けていった。若い頃、闘技場で若き一等星として腕を慣らしていた彼の過去を知るタルナダをして、悪い笑いが出るというか微笑ましいというか。誰にでも食ってかかっていた若獅子ザームも、大人になって随分形無しになったもんだな、って。


「ハイすいません、何でしょう影様」


「あ~……全軍に、撤退命令を発してこい。敵味方ともに血気盛んな連中の多い両軍だが、上手く纏めろよ」


「り、了解っす。影様はどうされます?」


「私のことなどどうでもいい、早く行け」


 あーあ不機嫌。瀕死の重体でも声だけで、早く言われたとおりのことだけやれと強く命令するカラザを前にすれば、ザームだってびびってすごすご引き下がる。

 指示されるまま、カラザのそばから走って離れたザームがタルナダに駆け寄り、ちょっと協力して貰えませんかと頼んでいた。失敗できないので、多少頼みにくい元先輩にも頭を下げざるを得ないのだろう。今度何か奢れよ、と快諾する辺り、タルナダの器も相変わらず彼らしい。


 その後二人は、戦場であった場所に駆けていき、自陣営側に決着を知らせ、あとは撤退させる流れへと動いていった。上手くやってくれるだろう。レインもタルナダに抱かれて去っていったし、安全なはずだ。


「ミスティ」


「ううぅぅ……ひぐうっ……」


「私なら、大丈夫だ。ネブラ達の所に行って、決着を知らせて来い。それだけで、充分に話は纏まるはずだからな」


 カラザが炎天夏(サマーフレア)を発した時点で、遠き場所でその発動が起こったことを見たニンバスやネブラは、戦争が最終局面に入ったことをただそれだけで察していただろう。同時に、自分達の戦いがもう意味を為さないこと、結果に変化をもたらさないことも。

 両将、不要な犠牲を嫌う人物であるだけに、その時点で当戦場を鎮めにかかっていたことはカラザに予想できていたし、実際にそうなっている。今頃とっくにニンバスとネブラの率いた軍勢は休戦に入り、互いに手を貸し合わない睨み合い状態ではあれど、ぶつかり合ってなどいない。


「さあ、行け、ミスティ。ちゃんと仕事をしてくれよ?」


「ぐず、っ……はい゛っ……!」


 涙でくっしゃくしゃになった顔を上げ、目元を拭って立ち上がったミスティは、涙の溜まった目を改めて風の翼を広げた。レインに砕かれた体がたまらなく痛くても、カラザの命令ならば何でも出来るのが彼女である。


 駆け出し、飛び立つ彼女を見送り、カラザは一人空を見上げて息をつく。溜め息にも近い。歴史には未然に用意された正解が無い。いかなる結果も、それが正しかったかどうかを定めるのは後からであり、現在の出来事が正しいものであるかを明確に知るすべは、残念ながら存在しないのだ。


 カラザは片手で目を覆う。自分のしてきたことは、果たして後に肯定されるのか、否定されるのか。現世には関わらぬと古代人なりに長く貫いてきたこと、それをアトモスと出会ってから改めたこと、革命のために多くの殺戮も厭わぬ将となったこと、サニーを王に導いたこと。

 そして、ファインの命を奪わんとしたこと、その末に敗北したこと。私は正しかったのだろうかと迷うのは、大人でも子供でも必ずやることだ。千歳になってこの体たらくとはな、と自虐を想いすら沸くカラザではあるが、先の見えない人生という道を歩む者にして、その迷いこそ失っては一寸先は闇である。


 "カラザさん、お元気で"


 クラウドがカラザに向けて発した言葉であり、カラザ以外の誰も耳に出来なかった、二人の間だけで交わされたメッセージ。無心の中で意図なく発されたクラウドの言葉に、深い意味はなかっただろう。その上で、カラザにとって、永い半生の中でこれほど大きく意味のある言葉はそう多くなかった。


 長生きはするものだ。そして、これからもそうすべきだ。千年生きても見えないのが、千一年後の未来である。あわや殺生を叶えるところを阻まれた、阻んでもらえたカラザは、未来を目にし、その先を紡ぎ、生きていくことの大切さを、深く見直すばかりだった。

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