第257話 ~冬に了う~
接近し合ったクラウドとカラザの戦い。そこでどのような攻防が行なわれているのかを、傍目の者達は目が追いつききらぬほど。自分達を倒した年下の少年クラウドが、随分と遠くに行ってしまったような感覚が、タルナダとザームに共通してあった。それほどまでにカラザと、それに真っ向渡り合うクラウドという二人は、あまりにかけ離れた次元の実力者である。
下から大きく振るった腕を前に出し、扉をノックする動きを何百倍も速くした拳の一撃を放つクラウドに対し、カラザはかがんで回避する。直後クラウドの膝がその顔面めがけて振り上げられ、後退したカラザの鼻先を冷たい膝当てがかすめる。返す刃で杖を振るうカラザの反撃、横殴りの一撃に身をひねったクラウドは、肘をぶつけて打ち払う。
「カアッ!」
「っらあっ!」
大きく口を開いたカラザがそこから放つのは、発射口を出た瞬間に径を膨れ上がらせ、クラウドの上半身を呑み込む太さの火炎砲撃だ。長い魔爪のように指の形をごきりと固めたクラウドが、恐れ知らずにその砲撃を引っかくように手を振り上げれば、海を割る奇跡のように炎が真っ二つに引き裂かれる。クラウドの後方へY字の全体像を呈して去っていく業火は、夜の近付いた夕陽の下で平原に火を残す。
炎などただの視界潰し、砲撃を退けたクラウドの正面視界がクリアになった瞬間、既にカラザはもう目の前。杖を握ったままの手で、肘を突き出しクラウドの鼻っ柱をへし折る突撃を呈しているカラザは速く、それでも咄嗟に両手甲を構えて盾を作ったクラウドが防ぎおおすのだから恐ろしい反射神経だ。
激突は両者を一瞬停止させる、カラザの肘は砕けそうなほど痛む、クラウドも歯を食いしばって重みを食い止める。苦痛が両者に伝わったその瞬間には、既にカラザの蛇なる下半身が既に動いている。上半身すべてを、クラウドの目と防御を引きつける囮にして、長い下半身はすかさずクラウドの胴に巻きついた。
触れた瞬間から全力で締め上げたカラザの蛇腹のパワーが、それだけで屈強なクラウドの肋骨にひびを入れた。樹木も絞め潰す圧迫力を勢いよく胴に受けたクラウドが目と口を大きく開く中、カラザは体をひねり沈んでクラウドの体を引き込んでいく。胸を下にして両手で地に着くように落ちたカラザが下半身を跳ね上げ、クラウドの体が浮いた末、顔を上げるカラザの前方に頭から勢いよく投げ落とされる形になる。
掌と、手から肘までの一本線で地面を強く叩き、衝撃を殺してもクラウドの頭は地面に激突させられた。逆さにされての痛烈な一撃にクラウドも目の前が真っ白になりそう。さらにカラザは振り上げていた下半身を振り下ろす形で、クラウドを捕えた尾の先に力を伝導させると、気を持ち直す暇も与えずすぐさまクラウドを振り上げる。
下半身方向に尾の先を振り下ろす中、カラザは素早く巻き付けた尾をほどいた。全身を地面に叩きつけられる方向に、既にかなりの弧速度を得ていたクラウドの腹に、蛇腹の一部をあてがって。残るのは、カラザの蛇腹がクラウドの腹を押し出して地面に叩きつけ、土と屈強な蛇の肉体がクラウドを挟んで潰す結果である。
ごぶ、とクラウドの喉の奥から溢れた血は、瀕死の彼を象徴するもの。そう、瀕死、これで即死しない奴だからカラザと初めて渡り合えている。口の中に溢れた血を、頬を膨らませてしまいつつも吐き出さないのは、歯を食いしばり続けているからだ。
「んんん゛、っ……!!」
「くっ、グ……!」
頭の上で組んだ両手で、カラザの蛇腹を思いっきり殴りつけてきたクラウドの一撃が、人に例えるなら足に岩石を激突させられた壮絶なダメージを生み出す。巻き付けど、捕まえたままにしなかったのは正解だ。ここがもしも使い物にならなくなったら勝負にならなくなってしまう。
「赤呑……!」
のたうつように下半身を引き寄せ、まだ動くことを確認しつつもカラザは仰向けにした上体を起こし、杖を一振りしてクラウドへと特大の火炎砲撃を放つ。うつろな目になりかけながらも、倒れたクラウドは頭の上で地面を押しながら膝を引き、素早く後転して地に足を着けた瞬間にバックステップだ。この一連の動きが、近い距離から放たれたカラザの火術、広い攻撃範囲を持つそれから、きっちりクラウドの全身を免れさせている。
新しい土に地を着けた瞬間、耐え切れなくなってクラウドがその口から、多すぎる血の塊をがはっと吐き出した。慌てて手で口元を押さえても、溢れたそれは手の横からおびただしく流れるだけ。命の末期を思わせる様相のクラウドに、既に立ち上がったカラザが接近する様はつくづく無慈悲である。
正面から迫ったカラザにより、クラウドの右から迫る杖。クラウドは過剰に体を全回転させるまま突き出す拳で打ち返した。左半身をカラザに晒す無防備な一瞬は確かにある。杖を予想以上にはじかれて、次の行動への移りが僅かに遅れるタイムラグが、ひねる体のままカラザの顎を狙った回し蹴りを放つクラウドの反撃を叶えさせる。
カラザは受けた、構えた腕で。踏み切る、攻めきる、徹底的に。背中を晒したクラウドへ、受けた蹴りによって後方へ押し返された上半身の動きすら利用し、蛇腹の下半身を振り上げる。回る体のまま、杖を殴った瞬間とは逆向きの形で半身を晒したクラウドの腹を、カラザの蛇腹が力強く殴り上げる。
既に砕けている体の中身に、さらに重たくこの追撃。体内の肉に砕けた骨が刺さる、経験したことのないレベルの苦痛に、クラウドの目の光すら絶えかける。殴り上げられた勢いで、クラウドの体がくの字に折れ、僅かに全身ごと浮く時点で次の行動に移れる有り様ではない。
「ぬぁ……!」
それでもクラウドの両腕がカラザの蛇の肉体にしがみつき、勢いよくクラウドが地に足が着いていない中で全身をひねるのだ。蛇腹から繋がるカラザの上半身を引き込み、回転方向に向けて投げ飛ばす。
クラウドから離れた位置で半身のまま落ちるカラザにとっては、今さらこの程度たいしたダメージではない。これだけ打ちのめされた体で、カラザを投げ捨てて地面に落ちたクラウドが、ぎりぎり閉じない目でもう片膝立ちに至っている姿の方が尋常じゃない。
さあ来る、ほら来た、クラウドの真っ直ぐな前進。愚直なほどの勢い任せな正拳突きを、カラザは構えた杖で受けきるしかない。体は一方的な崩壊に向け、それでいてどんどん力が増しているような気がするのは、カラザも消耗させられているからだ。ぎしりと杖を握る腕が軋む実感はどんどん大きくなっていき、闇の魔力で超結合させている不滅であろう肉体が、限界の二文字をカラザに意識させるほど痛めつけられている。
退がって距離を僅かに作った、カラザの振るった尾はクラウドの膝下を狙い、前に体を傾けて前進方向に跳んだクラウドがそれを跳び越えてカラザに迫る。しかも自らの足の下を通過するカラザの蛇腹に片手を当て、その一瞬で押し出す力でさらに加速を得る始末。速すぎてクラウド自身も間合いを誤る急接近は、振り抜く腕でカラザの首元を刈り殴るはずが、腕が追いつかずにカラザとクラウドの右肩同士がぶつかる結果になる。
「っ、かは……うっ……!」
「ぬう、あぁ゛……っ!」
事故めいた衝突交錯は両者の体をはじき飛ばし合うが、地面に落ちて転がってすぐ立ったクラウドより、立ったままで体勢だけすぐに整えたカラザの方が立ち直りが早い。向き直った瞬間のクラウドに跳び迫ったカラザが、両手で杖を握っての、剛腕二本ぶんの力で鎚を振り下ろす形でクラウドの脳天を狙っている。
中腰から跳び上がる勢いも乗せ、右の拳を突き上げてそれを殴り返したクラウドの反撃は、壮絶な下向きの力と上向きの力で爆裂的な衝撃を顕現する。跳ぶはずだったクラウドの体は浮かず、渾身の一撃に重力の力を借りても打ち返されたカラザが、杖を落とさぬよう僅かに退がる。
跳べなかったことは幸いだったか。クラウドは半端に跳躍力を断絶させられ、反動に痛む脚に即座の力を込めている。両脚踏み切って一気に地を蹴るクラウドの前進は、カラザに向けて流星のような一直動線を描き、その右肩がカラザの腹部に突き刺さるタックルを今日二度目の成功へと導いていく。
「ごあ、っ……!」
「ふぐ……っ!?」
地から浮いた二人の体、この一瞬。腹に激烈な肩骨の一撃を受けながら、カラザは半回転する体の勢いに乗るよう下半身を振り上げる。組み付いたクラウドの腕を高速で倒れさせられる中で掴み、振り上げた腰でクラウドの腹を叩き上げたカラザが、自分の上に覆いかぶさってくるはずだったクラウドを後方へと投げ飛ばした。
二人の体が離れたまさにその瞬間、クラウドを一瞬で振りほどくことに両手を要したカラザが、受身ひとつなく背中と後頭部を、あのまま勢いで地面に打ちつけた。腹を打たれ、低く鋭い放物線で頭を下にしたクラウドも、息が詰まる中でも頭から真っ逆さまに落ちる寸前に首を引く。引いた首が中途半端に体を回し、後ろ首の僅か下でごきりと地面に落ちたのだ。
「ぐっ、がはっ……! くっ、が……!」
「ぅ……ああぁっ……!」
カラザは震える手で後頭部に手を当て、必死に体を起こそうとするがすぐには立ち上がれない。クラウドもそう、皮と筋肉を挟んで頚椎を強打したのち、背中から地面に倒れた彼もまた、空の色すら認識できない体で全身に力が入らない。
駄目だ、動け、死んでもすべてが終わってからと、二人の思うところは全く同じ。うつろげに見えるその表情の遥か奥、二人の魂だけが肉体の百倍活きている。
血よ、魂よ、この体に戦える力を、あいつに打ち勝つ力をと、常人ならもう死んでいるはずの体で二人が地面に手をかける。時流冬結の魔力が、羅刹種の血が、双方の肉体を力強く駆け巡り、歯を食いしばった二人が地面を押して体をひねる。勢いよくその動きに合わせて体を起こすと同時、互いが顔を上げて敵を見据えたのも全く同時のこと。
「ぐ、ぬ……っ、おおおおおおっ!」
「ぜっ、はっ……! うぅあ゛あああああっ!!」
カラザの気合が、クラウドの雄叫びが、離れて見守る5人の体が僅かに退くほど平原に響いた。突き進む二人、ぶつかる手甲と杖、跳び退がったクラウドの足の下をかすめるカラザの尾、接近して振り抜いたクラウドの振り抜いた腕をかがんでかわすカラザ。振り返りざまに大振りするカラザの杖と、片足軸に振り向き放つクラウドの回し蹴りが激突し、二人が再び離れ合う。
着地と同時に杖の尻で地面を突いたカラザが、そこを起点に走り出す地走りを放った。地表をめくり上げながら迫るそれはクラウドの体を跳ね上げるための魔術。自ら跳んでその衝撃波を跳び越えるクラウド、目指す着弾点はカラザの顔面、クラウドの飛び膝蹴りに杖を構えて防ぐカラザが、いよいよ耐え切る力を失ってきたか後方へ跳んで衝撃を逃がす。
クラウドの着地寸前、必要以上に遠く離れたはずのカラザが、とんぼ返りに急接近。自分が浮かせたのと結果は同じ、地から足を離したクラウドへ攻め込む一瞬の好機なのだ。高速で迫る中で最速の杖先での突きが、勢いを重みに加え、手甲二枚を前に構えたクラウドの裏拳に直撃する。踏ん張りの利かない空中でそれを受けたクラウドの両手は、握り締めたまま自らの胸に激突し、杖に込められたエネルギーは殆ど死なぬまま、クラウドの拳を介して胸を貫いている。
強く押し出されたクラウドが着地し、砂を巻き上げながら地を擦って止まっていく中、倒れぬようにするためだけにクラウドの全身全霊は注がれている。カラザが決めにかかる、矢のような再加速、クラウドに詰め寄る。前後不覚のクラウドに突き出したもう一度の突きは、見せたばかりの攻撃を放ちはしまいという一般戦論の逆を行く、最も虚を突く選択だ。
その場で勢いよく、過剰に背中から倒れるクラウドが、自分の目と鼻の先に杖先をかすめさせる。振り上げた足が捕えるのはカラザの顎か、それとも杖か。僅か後方位置めがけて倒れたクラウドは、両脚でカラザが真っ直ぐ突き出した杖にしがみつくようにして、受身に使った両の二の腕を地を当てたままにしている。
ぎゅるりとそのまま体をひねったクラウドが、杖をカラザの手元からひったくらんばかりに引っ張った。手放せない局面、杖を握ったままの手のせいで体ごと振り回されようが構わぬと、カラザの全身がクラウドの回転に合わせて大回転。片手で杖を握ったまま、逆の手で地面に手を着いて胸を少し打ちつけながらも、顔を上げたカラザは自分を投げきったクラウドが、少し離れた場所で立ち上がっている姿に向き直る。
すぐさま跳びかかってきたクラウドに、カラザが杖のスイングで迎撃したのも間に合っていた。クラウドはそれが見えても意に介さない。自分の左脇腹を砕きにかかってきた杖を、顔の前から横向きに振り下ろした手甲纏いの裏拳で叩き、むしろそれによる反動を助けにして更に地を蹴った。高く上ずって跳ぶクラウドの体が、カラザの顔のすぐ右横を通過していくはずの軌道を描く。
「グむっ……!?」
「んっ、がっ……!」
カラザの息が詰まったのは、その顔の横に到達したクラウドが、カラザの首に後ろから腕を巻きつけてきたからだ。二の腕をカラザの首の後ろに、手首の下をカラザの喉元にぐっと押し付け、しがみつくようにがっちりロックする。倒れず堪えたカラザに対し、そんな彼の首に食らいついたクラウドは、砕けたボディの内側に鋭く響いた衝撃に涙目になりながら、絶対に今この腕だけは離さない。クラウドの体は今一瞬、地面と殆ど平行だ。
「っ、うぅらああっ!」
その体勢から、自分の両膝で己の額を突くのかというほどの勢いで脚を引いたクラウドが、カラザの首を捕えたまま一気に後方へ回転する。クラウドの背中は凄まじい勢いで地面に、そしてそんな彼の腕に固定されたままのカラザは頭も同様。少年の肉体と、打ち倒すべき敵の頭頂部が、殆ど同時に凄まじい勢いで地面に激突したその瞬間は、あまりにもぞっとする鈍い音が大きく響いた。
「クラウドさぁんっ!!」
「カラザさまあっ!!」
自分から背中を地面に叩きつけたクラウドの腕から力が抜け、頭を地面に突き刺す勢いで打ちつけられたカラザが、抜け飛ぶように全身まるごと跳ねて転がった。僅かな距離を挟んで、頭を向け合うようにして天を仰いだまま立てなくなる二人。首から背骨まで貫く衝撃と共に、頭皮と頭蓋骨越しに脳まで著しいダメージを受けたカラザは、意識が朦朧として定まらない。クラウドも、背中のみならず後頭部まで打ちつけた致命打で、殆ど意識が飛びかけている。
このまま失神し、二度と目覚めぬはずだった二人を救ったのは、とうに泣き腫らした目で叫んだ二つの声だ。あまりにも凄惨な戦いに、レインも、百戦錬磨のザームとタルナダさえも言葉を失っていたというのに、五人のうちで最も傷ついた体の二人が、こだまするほど悲痛な声で叫んでいた。
がくん、がくんと断続的に痙攣するだけのはずだった二人が、全く同時に放たれた二つの声が平原に響いた瞬間、まるでそれに応えるかのように右拳を握り締めた。体は殆ど終わっているのに、血も魔力も枯れかけているのに、心がどうしても死ぬことが出来ない。
ゆっくりと、体を震えさせながら、胸を下にした二人が立ち上がる姿は、何度も何度も負けたくない想いから素早く立ち上がってきた二人と一線を画している。本気の全力を込めてこれなのだ。限界という言葉が、言葉通りの意味として二人の目の前にある。
ぶわりと頭を振り上げて、高い背丈からクラウドを見下ろすカラザ。早くしようとしてもゆっくりしか持ち上げられない顔で、カラザの瞳を見上げるクラウド。苦しそうな表情とやらを超過した、消耗の終着点でしか人が作れない枯れ果てた顔色を、クラウドとカラザが認識し合う。互いの顔を見た途端、その目に強い闘志と光が宿るのだから、負けられない男というのは哀しいほど強い。
「……クラウド」
「…………」
「この世界は、好きか?」
闘志は確かに孕んだまま、だけど我が子に語りかける父のような、敵意とは異なる感情が確かに込められた声で、カラザがクラウドに最後の問いを放つ。漠然とした問い、人によっては考える時間を逆に食い得る問いかけかもしれない。
「ファインがいるなら……!」
「そうだよな……!」
即答と、それを受けた大人の小さな笑み。冷徹に獲物を追い詰めていた時の彼とは違う、微笑みとも言えようその表情に、クラウドも不思議な実感を得ていたことだろう。それは、傍観者であった二人の目にもはっきりと映り、悪い意味で二人の心臓を大きく爆打たせる。
わかっていたはずのことだ。どちらかがこの戦いに勝ち、どちらかがこの戦いに負けて、死ぬ。クラウドか、カラザか。自分にとっての大切な人がそうなることを恐れ、涙しながら見ていることしか出来なかったファインとミスティの胸に、たとえ勝利あろうと敵側が死ぬ現実の重さがさらに増す。
ファインには、"大人"としてのカラザの姿が。
ミスティには、たった一人の少女を守る為に、死をも厭わず立ち向かう少年の気高き姿が。
自分にとっての親友か、ご主人様だけしかここまで見てこなかった二人の目に、それが世を去る結末が勝利だと言う現実が映ったのだ。なのにもう、止まらない。誰にも止められない。
「次で、最後だろう……私にはもう、己の限界が見えた」
「カラザ……」
「お前の限界も、な」
構えたカラザとクラウドが、その体勢を作るだけでも渾身の力を要したのは、誰の目にでも不思議とわかった。決着が、目の前にある。目を見開いて、動悸早まる胸を握り締め、息を荒くするファインとミスティの目には、確実な未来が予見されている。
「行くぞ、クラウド……! 達者でな……!」
「……行きます!」
かつて親しかった頃と同じ口調が、クラウドの口から溢れたのは何故だろう。彼自身も無意識に、それを受け取るカラザにも予想外で、胸がずきりと痛んだ。どちらに結末が転んでも、この気立てのいい少年にはもう、カラザは二度と会えなくなる。
何歳になっても、大人は迷子だ。間違っていたのは自分だと、カラザははっきり解を得た。それでも止まることが出来ないことがあるのだから、大人だって間違いを起こすのだという真理は、未来永劫絶対に覆らない。
やめてと大声で叫んだ二人の少女の声を振り切り、二人は同時に地を蹴った。
クラウドの額を狙うカラザの杖先、カラザの胸元を狙い済まして拳を引くクラウド。二人の体が交錯したのはほんの一瞬、だけどその瞬間は、二人にとっては永遠のように感じられるほど長く、長く、永くって。敵にその攻撃を届かせることが出来たただ一人の男は、勝利の手応えを拳に感じると同時に、えも言われぬ想いでぎゅうっと目をつぶっていた。
カラザの杖を耳元にかすめ、全身全霊の拳をカラザの胸元に突き刺したクラウド。その瞬間、闇の魔術の引力で強引に継戦能力を保っていたカラザの肉体が、ついに限界を迎えた。ぐぶりと血を吐き、クラウドの拳が与える破壊力を胸いっぱいに受け、殆ど吹き飛ばされずに背中から倒れたカラザは、倒れた勢いでがくんと首を後方に倒し、それを地に打ちつけた末ついに動かなくなった。
カラザの手を離れ、渇いた音を立てて転がる杖の音が、何より終戦を示す鐘の音に例えられよう。カラザの胸を打ち抜いた右拳だけを握り締め、それ以外の体の部分の殆どに力の入らないクラウドは、立っているのもやっとの脚でカラザを見下ろしている。地平線に触れ、間もなく今日を去る太陽は、おやすみの前に最後、勝者の姿を燦然と照らすことに間に合っていた。




