第25話 ~闘技場受付~
「あー、最高だった! お金払っただけの価値はあったでしょ?」
「そうだな。舞台や演劇もいいもんだなって思った」
日頃はああいう見世物に足を運ばないクラウドも、出来のいい演劇には満足したようだ。ファインなんか、泣きはらしたように目が真っ赤で、何回あの舞台見て涙腺やられたんだろうっていう顔。サニーもクラウドも舞台上に釘付けだったからファインの顔なんか見てなかったが、多分後半は涙で顔面ぐず濡れだったんだろう。
「はいっ、ファインさん。感想は?」
「や、もう……言葉じゃ言い表せないよぅ」
「あっ、また。ファインって涙もろいなぁ」
「あははは……あんまり見ないで下さい……」
サニーの問いに触発されて、数分前の舞台光景を思い出しただけでまたちょっと目が潤み始めてくるファイン。クラウドにそれを指摘され、赤面しながらも笑えるのは、やっぱり安くないお金を払ってでも見た舞台にちゃんと満足できたから。泣いてる所を見られるのは気恥ずかしくても、感動して流してしまう涙を心から恥じることもあるまい。
「それにしてもカラザ様、凄かったよね。流石地人という立場ながら、天人差し置いて主役を勝ち取るだけのことはあるわ」
「そうだなぁ。ラストシーンなんか――」
劇場で見たものの思い出を語り合いながら、3人の足はこの街の名物、闘技場へと向かっていく。目的地への距離もそこそこあるから、名舞台の余韻はそれまでで充分嗜める。2時間近く楽しんだ演劇、話の種に語れば話題も尽きないし、退屈しない会話を弾ませながら、3人は闘技場へと辿り着くことになる。
さて、劇場では入館に際して武具を一時は預かられたクラウドだが、劇場を出る際には改めて武具一式を装着し、準備万端という風体だ。武装して町中を歩くというのは物騒にも見えかねないが、元よりこれほど大きな都であれば、街の自警兵が巡回する姿も散見するし、商人の付き添いの傭兵もいるから、風景の中ではそこまで浮かない。ましてここは闘技場ありし都、喧嘩慣れしてそうな人物もちらほら見かけられる。闘技場への道のりの中、あれも闘技場を主戦場にする闘士なのかな、と思えるような通行人も、ちらちら視界内には入っていた。
「闘技場の中ってどんななんだろ。私も初めて来るから楽しみだわ」
「ダメだよ、サニー。私達は外で待ってよう?」
大きな闘技場の門前付近まで辿り着いた3人だが、クラウドについて中に入って行こうとするサニーの袖を、くいくい引っ張ってファインが引き止める。立ち止まるファインとサニーを後方に振り返るクラウドも、いきなり何だろうと立ち止まる形だ。
「なんで? 別について来るぐらい……」
「や、あの、闘技場に参加表明する人が女連れで行くのって、向こうにいい印象持たれなくありません?」
そんな発想全くなかった二人に、ファインが指摘した言葉が突き刺さる。それを聞いてもクラウドは疑問符が頭の上から消えきらなかったが、サニーは気付いた顔をして、ファインの顔を凝視する。基本的にファインとサニーの関係は、サニーが日頃先導する形を取っているが、ふとした瞬間ファインの方がサニーの前を行く発想を打ち出してくることも多い。今日もそんな非レアケースだ。
「……そっか。うん、そうね、そうだわ。待ってましょう」
確かにこれから武による職場へ踏み込んでいく時に、女連れで乗り込んでは軟派なイメージを持たれかねない。長い目で見れば些細なことかもしれないが、第一印象に用心深くなっておくのも鉄則か。別に混血児だからというだけが理由ではないが、人の目を気にすることが多いファインだけに、どういう行動がどういう印象で見られ得るかに敏感ということだろう。流石に少し前、敵対する天界人の立場まで推察して、気遣いを見せただけのことはある。
「わかった、行ってくる。待たせちゃうけど、ごめんな?」
「いいえ、気にしないで下さい。頑張ってきて下さいね」
別にそんなこと気にしてくれなくてもいいのに、というのが、クラウドの正味なところ。だけど、良かれと思って言ってくれるのはわかるから、その提言もありがたく受け取れるものだ。わざわざそれに礼を言うほどのことはしないものの、手を振って見送ってくれる二人に返すクラウドの表情も柔らかい。背を向け闘技場に向かって歩いていくクラウドを見送る二人の前、彼女らに見せない角度で、クラウドの表情がより意気込んだのは、そのせいもあるはずだ。
外観からして円形、きっと空から見たら巨大ドーナツみたいな形なんだろうと思える闘技場も、中に入れば普通の石造りの建物だ。地に足着けて巨大建築物の内装を見れば、よほど奇をてらった中身でもない限り、その辺りの建物と変わらない。壁面や柱が砂埃に満ちていて、古くからある建物なんだろうなと察せるぐらいが特徴だろうか。
初めての闘技場内の雰囲気を嗜みながら、目印に従い歩くクラウドは、やがて闘技場参加表明者を募るための受付に到着する。あまりこぞって人が列を作るような受付ではないようで、その席に座る受付の中年男も退屈そうに煙草を吸っている。まあ、闘技場の受付なんて日頃から繁盛するものではあるまい。
「すみません、闘技場参加者の受付はこちらですか?」
「ん? おぉ、参加表明者か。随分と若い兄ちゃんだな」
気のいい笑顔でクラウドを迎え入れる、タンクトップ一枚の筋肉質の男性。二の腕には大きな傷跡もあり、この人も武人としては慣らした人なんだろうなってクラウドにもわかる。多分、彼も闘技場参加者。観客はいくらでも集まりやすい闘技場だが、参加者が増えることを歓迎する表情の男は、同志が増えて嬉しい想いもあるのだろう。
「ふむ、地人か。まあ、喧嘩に自信があるならいい職場ではあるな」
身分証明書――関所をくぐる際に受け取ったそれを見せたクラウドと、それを見て新たなる挑戦者の名前と身柄を確かめる受付の男。地人であることに言及したのは、別に見下してのことではあるまい。闘技場が地人の稼ぎ場として有力であるという事実は、現地にいるこの男にはより見えていることのはずだ。
「腕に自信はあるか?」
「……どこまで通用するかは、わからないですけど」
「悪くない回答だ」
不安もあれど、自信がないわけではないという答え。大事なのはそこなのだ。希望を胸に抱いて参戦してくれる若者というのは、どんな職場でも歓迎されるものである。
「よし、ここからの手続きは進めておこう。明日、昼過ぎにでも飯食ってからまた来てくれ。お前さんの実力がどんなものかを確かめるため、入門試験をさせて貰うからな」
男が言うには、闘技場に参加する者には実力に応じたランクが定められるらしく、それが対戦カードを組む時の指針になるらしい。ランクはAからGまであるらしく、Aに近付けば近付くほど実力者認定。そして闘技場にて行なわれる戦いで、格の差がありすぎる者同士の対戦は組まない。強い方が一方的に弱い方をいたぶる、あるいは瞬殺するような戦いを見せても、多くの観客が喜んでくれないからだ。
ランクの低い者同士の戦いが前座など早い時間に組まれ、高ランク者同士の戦いがメインカードに据えられる構成が概ね。レベルの高い闘いで勝った方がファイトマネーも高い。時々ランクの違う者同士の、大番狂わせあるかの対戦が組まれることもあるそうだが、それはやや少なめ。要するに、稼ぎたいなら実力を試験ないし日々の闘いで証明し、高ランクを獲得し、強者同士の戦いで勝利を収めるのが、最もわかりやすいサクセスロードということだ。
「試験で見せるもの次第では、いきなりAランクを獲得することも夢じゃない。若いお前さんにはそれは高望み過ぎるかもしれんが、最初からDランクあたりを獲得できるなら、有望株と自己評価してもいい。今後を正しく占うためにも、明日は全力で頑張ってみることだ」
「はい」
勝負は明日から。昼食時の観客への箸休めに、新規参入者の入門試験を、闘技場の舞台で行なう手筈のようだ。戦いの腕を見極めるには、やはり実戦での姿を見るのが一番手っ取り早い。明日のクラウドは闘技場の舞台で、何人かの闘士と拳を交える機会があるから、実力を証明するために励めということだ。
一礼して去っていくクラウドの背中を見送る受付の男は、退屈していた少し前とは違い、ちょっと機嫌を良くしてまた一服する。向こう見ずな若者か、それとも期待の新鋭が降臨したのか。明日の入門試験にて、それを見届けるという楽しみが増えたからだ。
「どうなるかなぁ。私目線では、クラウドなら難なく最初の関門はくぐれそうだけど」
「そうは言っても俺だって、今は井の中の蛙状態だしな。本場の闘技場、どんな強者がひしめき合ってるかなんて知らないし、今ちょっとドキドキしてるよ」
受付を済ませ、外に出てきたクラウド。いざ明日のことが決まると、やっぱり希望を胸に訪れたとはいえ、不安もつきものだ。闘技場で生計立てている猛者が集まる舞台に上がって、若い自分がどこまで手をかけられるか。未知の世界に己を妄信して飛び込めるほど、クラウドも現実を楽観視した頭はしていない。ファインやサニー、応援してくれる友人の前で、見てろよと自信満々に言えれば格好いいのかもしれないが、そうした強気を演じられるほど器用なクラウドではないようだ。良くも悪くも素直である。
「人生を幸せに生きるために最も必要なのは"自信"でしょ? 今からそんなんでどうするの」
「お前よく憶えてるなー、そんなこと」
一週間以上前にちらっと話した、クラウドの言葉を引き合いにして炊き付けてくるサニー。流石"対話"を重んじる彼女であって、親しくなった相手との思い出は、印象深い限りきっちり憶えてくれているようだ。あくまで例え話だが、商人にでも向いていそうな頭と口の持ち主である。
「きっと、クラウドさんなら大丈夫ですよ」
「そうそう、天界上級魔術師もぶっ倒した私も保証するわ。自信持ちなさいなって」
根拠あるようなないような、しかしクラウドの強さを見てきた二人が、心強いエールを贈ってくれる姿を前にして、クラウドもうじうじ弱気ではいられまい。頬をかりかりかいて照れる仕草はしたものの、やっぱり嬉しくて、ありがとうという言葉と共に笑顔を返す。いつかは単身でも挑みに来る覚悟であった闘技場だが、こういう時にはクラウドもふと、一人でなくてよかったとも感じるものだ。




