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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第17章  高気圧【Dialogue】
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第249話  ~絶望のロカ平原~



 セシュレスを打ち破ったファイン、自分を打ち負かしたクラウド。この二人を狩るにあたって、一切の油断はあってはならぬ、一片の情けをかけてはならぬというのは、ドラウトの思考内においては心がけるまでもないことだ。人が無意識に呼吸をするのと同じレベルで、機さえあれば見敵必殺でもいい、即時何の余韻すら残さぬ形で討ち取るべきだと、ドラウトは初めから考えずに決めていたはずである。


 そんな彼ですら、一瞬その殺意が鈍るほど、今のファインの姿は脆弱すぎた。ぼろぼろと涙を流し、がたがたと体を震わせ、大樹の根元に押し付けた背中を、より押し付けて逃げようとして動けない、無力な少女のそれそのもの。一度、翼を背にして戦場を舞っていたファインの姿も目にしている、ドラウトのかすかな記憶と照らし合わせただけでも、同一人物のそれとは思えない。


「やだ……やだ、っ……!」


「――さらばだ!」


 躊躇いはほんの3秒の時間だけ。か弱い無力な少女に対し、頭から真っ二つにするための戦斧を振り上げるまで、たったそれだけの時間しか迷わぬのは、まさしく非情なる将のそれであっただろう。単なる戦闘狂人ではない、身内を愛せる人格者でもあるはずのドラウトなのだから、この割り切りようは残酷なれど戦人としては評価せざるを得ない。


「っ、いやああああああああああっ!!」


「ぬぉ……!?」


 その三秒すら致命的であっただなんて、まさか未然に誰も思うまい。もう助からない、一秒後には死ぬ、そうとしか思えなかったファインが両手で頭を抱え、背を丸くして断末魔の絶叫を上げた時、それは起こったのだ。まるで彼女を爆心地としたかのように、ファインの周囲へと突然発された爆風のような大気の流れが、揺るがぬ体芯の持ち主である巨漢ドラウトの体すら後方へと押し返す。

 装備と体重を合わせて、ファインの三倍は体重があろうというドラウトが、前からの強風に思わず尻餅つかん勢いで転ばされそうになるのだ。台風のような風。慌てて数歩も脚を引き、腰を沈めてなんとか倒れずに耐えたドラウトだが、ファインを包囲していた他の者達は、軒並み足並みを崩された。地上の者は吹っ飛ばされ、樹上の者も体を浮かされて、危うく高所から落とされる寸前のところを、幹や枝につかまってなんとか堪えている。


 風はなかなかやまない。ファインの叫ぶ声が絶えても、彼女を発生源としてずっと吹く。僅か十秒の風ではあったものの、重心を前に傾けて踏ん張り、吹き飛ばされまいと耐える時間は、ドラウトにとっても長く感じられた。ようやく風がおさまっても、すぐにはドラウトが顔を上げられぬほど、不意打ちのような今の風はインパクトが強かった。


「せ、聖女スノウの、娘か……!」


「~~~~~~~~~~っ……!」


 自分が風を起こしたことに自覚すらなく、へたりこんだまま頭を抱えて背を丸めていたファインは、今でもぎゅうっと目を閉じて震えている。あれ、私まだ生きてる、と気付く頭すらはたらいていないのだ。その前方では、ファインの奥底に眠る脅威の片鱗を、奇しくも例えで口にしたドラウトが答えを言い当てる形で、ごくりと喉を鳴らしている。


 構うか、やってしまえ、少なくとも顔すら上げていないではないか。これ以上、あれが妙なことをする前に畳み掛けてしまえと、ドラウトはすぐさま切り替えた。大戦斧の柄を握る、一歩踏み出す、ずしんという足音が響く。その音が臆病なファインの意識に横入りし、恐る恐る目を開けたファインが、頭を抱えたままで首を少し上げ、ちらりと前を見た。


「ぁ……」


 さっきと似たような光景が、まるでデジャヴのように目の前。接近したドラウトが斧を振りかぶり、低姿勢のファインを真っ二つにするフルスイングの一秒前の姿があった。視界を前にした瞬間にこれを目にし、今度は頭が一瞬で真っ白になったファインは、目に光を失って力ない声が僅かに口元から溢れたのみだった。


「ぬぐ、あぁ゛……!」


 だが、結果は違う。呆然とした目のファインの前、何から横からドラウトに突撃し、斧による攻撃を為す本当に一瞬前だったドラウトに防御を強いていた。近すぎる場所で、大き過ぎるそれの全容はファインの狭い視界内に入りきらず、何かがとんでもない速度でドラウトの横から激突しにかかり、斧の柄を構えたドラウトがそれとの衝突を食い止めた事実しかわからなかった。


 クラウドだ。巨獣の姿と化した彼は、獅子にも勝る体躯であるくせに、木々のはびこる狭い森の中を突き抜けて、ドラウトに猪突猛進の頭突きをくらわせていた。剛腕ドラウトの構えた柄に、折れない鉄棒に頭から突っ込むような形になったクラウドにも、その重みを腕で受けざるを得ないドラウトにも、相当な苦痛があったはずだ。


「ッ、ガアッ!」


 それでもクラウドのタフネスがもたらす行動が、ドラウトが脚を動かすよりも僅かに早い。前足で横殴りに、そうは言ってもこの巨体をあの速度で駆けさせる筋力がある前足で、ドラウトを殴り飛ばしたのだ。さしもの巨漢ドラウトも、この一撃には踏み止まれず、先ほどクラウドを殴り飛ばした意趣返しを受けるかのように、殴り飛ばされ木の幹に背中を打ちつける。


 んん゛、とうめき声を吐いて、ドラウトが両足で地面を踏みしめるその瞬間には、既にクラウドの意識はドラウトになど向いていない。長い尻尾を操り、何が起こったのかわからず放心状態のファインの体にそれを巻きつけると、乱暴なぐらい即座にファインを自分の背中に放り投げる。へゃ、とファインが裏返った悲鳴をあげたが、今のクラウドにとっては気にしている暇もない。


「ふぁ、ファイン……! つかま゛っ、てろ……!」


「く……クラウド、さあんっ……」


「捕まってろ、よ……!」


 この姿になればがらがら声なのはいつものことだ。それでも今のクラウドが放つ枯れた声は、ドラウトによって与えられたダメージの重さを物語っている。二度、絶対に守って欲しいお願いを口にして、げはっと血混じりの咳を発したクラウドが、しかしすぐさま大きく息を吸う。


 息が苦しく、うつむきがちだった顔をはっきりと上げ、この森林全域を駆け抜けるほどの凄まじい咆哮をクラウドが発した。それは、かつて彼がホウライの都での戦いを終えた後、哀しみと痛みから吠えた声とは違う。苦痛の中にある手負いの獣が、失っていない戦意を魂の叫び声にして発したかと思えるその咆哮は、ファインの風によってうろたえていた追っ手達の肌をびりびりと打つ衝撃波の錯覚を及ぼし、背上のファインですら突然のクラウドの咆哮に目が覚めたほどである。


 近付く奴は全員八つ裂きにしてやる、そう言わんばかりの怪物の大声は、周囲の者達の肝を縮まらせ、ここへと迫っている中の遠方のザームやネブラすら狼狽させかけた。その長い咆哮は、同時に、ファインが自分の背中にしっかりしがみついてくれるまでの時間稼ぎでもあり、その咆哮が絶えた直後のクラウドが、ぜはぅと息を吐き、走るために必要な空気を改めて吸い込んだ。


「ファイン……! 落ちないでくれよ……!」


「はい゛っ……!」


「む、グ……追え……! このまま、逃がすなあっ……!」


 ぐずぐずに泣いているのがわかる声を返答としたファインが、自分の背中にしがみついた実感を得たクラウドは、狭い森の中を駆け始めた。機敏で小回りの利く脚で、ちゃんと自分の巨体が通れるスペースを選んでだ。ドラウトも、すぐに全力疾走は出来ぬはずの体でありながら、気合の一息を吐いて部下に指令を発すると、クラウドを追うための動きを再開する。クラウドの咆哮に心臓をわしづかみにされていた部下達が、そんなドラウトによって目を覚まし、僅かに遅れながらも追っ手としての本分を取り戻す。


 間一髪の危機は免れた。だが、何一つ状況が好転したわけではない。敵が一兵でも減ったわけでもなく、こちらは一人しかいない中でクラウドが傷を負ったという、マイナスしかない現状だ。状況がどんどん悪くなっていることは、クラウドが一番わかっている。体の内側を痛めて、息苦しい体で走る苦痛がそれを嫌でもわからせてくる。


 クラウドにはもう、何も考えられなかった。なんとかなるはずだとも、もう駄目だとさえも、思えない。ただただ背中に実感する、ファインをどこかに連れて行くことだけを考えて、無思考の果て無き旅へと駆け抜けていたばかりである。











 北部にクライメントシティ、中央にタクスの都、南部にイクリムの町などを含む、ロカ地方。この中心には、開拓を進めずに広い平原を残したままの、自然がありありと顕在する広大な場所がある。ある意味では砂漠のように何もなく、しかし緑と風が蔓延るこの平原は、地方の名をそのまま頂いてロカ平原と呼ばれる、この地方の自然の大一角を司る平地である。


 いよいよ日が沈み始め、赤い光がこの平原を照らす様は、地平線から差す射光のきらめきを伴う美しい光景を作り出す。ゆっくりとしたのどかな旅なら、きっとこの景色は何度見ても綺麗だと思えただろう。森を飛び出し、赤々と照らされるロカ平原の一景は、今のクラウドには全てが血の色に見えた。


「あーはははは! まーだ逃げきれるとでも思ってるのかなっ!」


 木々の生い茂る森を出て、平原を駆ける形になったクラウドの上空点に、雲に乗るようにして滑空するミスティが、すぐに追いつきそのポジショニングを確保する。走るクラウドの真上、遥か高所の位置を保ちながら、手を掲げたミスティの掌の上には、強い光を放つ魔力の塊がある。

 術者ミスティ自身も、顔を上げて直視すれば目がやられるほどの強い光を放つそれが、後続の味方と、森を包囲して待っていた友軍の目に、クラウドはここにいると合図を送っている。森の外でクラウド達を待つように、包囲陣形を敷いていたカラザ達にも、クラウドの位置がこれで伝わっただろう。じきにそれらも、クラウド達に追いついてくる。


 ドラウトに殴り飛ばされて、体を痛めたクラウドの速度が落ち始めている。ミスティのシグナルが呼び寄せた友軍は、クラウドの方へと進行方向を多方面から集束させてくる。息を荒げて走り続けるクラウドから、少し離れた左右を、馬群が並走するように駆ける光景には、クラウドも左右を確認したのを後悔するほどだ。心が折れそうになる。


「く、クラウドさ……」


「黙ってろ! 絶対に助ける! 何もっ、心配すんなあっ!」


 いくら駆けても左右を固められたままで、後ろから追う者達の接近もじわじわと感じる今、もはや無数の敵に取り囲まれるのは時間の問題と言ってもいい。もう駄目だ、そういう意識を必死でクラウドは振り払っている。

 絶望したような、ファインの半泣き声なんか聞きたくない。喋らせたら、もう無理ですっていう言葉を突きつけられる予感すらする。無心で走らせて欲しい、もしかしたら、もしかしたら何とかなるかもしれないんだから。今のクラウドにとっては、ファインの声すらノイズであり、それだけ彼も今の状況を絶望視しているのが現状だ。


「ミスティ君!」


「ネブラさん……! もう、いいよね……!?」


「ああ、整った! 仕留めよう!」


 わざと癪に障るような高笑いを演じ、クラウドの精神を揺さぶろうとしていたミスティも、滑空する自らに空にて追いついてきたネブラに返答する際は素の表情。敵を追い詰める方法論と私情は別問題、ファインに対して少なからず思い入れを持つミスティは、早く決着を迎えられるなら、保身を抜きにしてそれが最善と決意している。

 いたずらに苦しめることは本意ではない、苦ばかりの逃亡を長引かせるより、ひと思いに。ファインを滅するという責務をはずせぬ以上、ミスティがより望むのは、絶望の現世から死を以って、ファインを少しでも早く脱出させることしかない。


「行くよ! ネブラさん!」


「ああ!」


「クラウドさあんっ! 空から――」


 魔力の昂ぶりに敏感なファインの意識は上空に、地を駆けるクラウドの意識は左右に。二人が同時に意識したいずれもから舞う飛び道具は、上方と左右からがっちりクラウドを取り囲んだ追っ手による集中砲火である。殆ど同時に放たれた数十の矢、そしてネブラとミスティが撒き散らすように放った幾多もの稲妻。それらは目の粗い格子状と行ってもいいほどの軌跡線を描き、左右と空からクラウドへと一斉に迫った。


 力を振り絞って機敏な脚を駆けさせるクラウドは、矢の数本を跳躍して回避するも、肩口と後ろ足に突き刺さった矢にうめき声をあげ、さらにはミスティの稲妻で背中を撃ち抜かれる。ファインに当たらなかったことだけが唯一の救い、しかし既に軋んでいた肉体にそれは痛烈に響き、着地と同時に前にのめって転びそうになる。意識だって飛ぶ寸前だ。


「おい、当たったはずだよな……!?」


「信じられねえ……! まだ止まらねえのか……!」


 体に矢を刺したまま、焦げた背中に鋭い苦痛を背負いながら、それでもクラウドは走り続ける。正面から彼の顔を見られる者は誰もいない、だからうつろな目で走り続ける巨獣の表情も、人の目には晒されない。明確に傷だらけ、しかも脚をやられた上で、止まらず走り続ける巨獣の後ろ姿には、完全有利の状況で追い続ける面々すら身震いする。


「ネブラさん、もう一回いくよ……!」


「わかっ……むっ!?」


 ネブラが再び魔力を練り上げようとしたその時のことだ。遥か遠方の地平線の彼方から、こちらへと駆けてくるもう一団の姿が見えた。馬に跨る武装した者達の馬群であることがわかり、その先頭を担うのは、翼を背負って素早く滑空する男の姿である。




「ようやく、見つけたぞ……!」




「カラザ氏の軍勢か?」


「いや、違……カラザ様は南西……」


「――ニンバスか!」


 こちらへ迫る軍勢の正体は、その最前上空にて、ようやく見つけたと独り言を発した男の正体を視認出来た時、ネブラとミスティにもはっきりわかった。クラウド達を包囲する、ミスティとネブラが率いる軍勢へ、合流するように接近するニンバスと、鳶の翼の傭兵団。そちらを振り向く余裕もないクラウドが、それを見れば全てを諦め脚を止めかねない光景であり、ネブラにとっては最高の追い討ち要素を歓迎できる軍勢である。




「天魔、黒い捕食者(ブラックプレデターズ)……!」




「勝負ありだな……!」


「…………?」


 接近してくるニンバスが、自分の周囲にいくつもの黒い雲を召喚する。それを引き連れ、地上の部下を導き、クラウドを共に追い詰めんとしてくれる味方の参入に、ネブラが1分後の決着を確信する。怪訝な表情を浮かべ、目を細めているのはミスティの方だ。


 鳶の翼の傭兵団に、誰かが援軍要請をしたのだろうか? 革命が為されたその時から、スノウの死を含め、複雑な心境であったことは想像に難くないニンバスに、これ以上自分たちに協力を願うことはやめようと、セシュレスやカラザと結論付けたのではなかったか。これはネブラは知らず、ミスティだけが把握している事実だった。


「――違う!! ネブラさん、緊急事態!!」


「な……」


 この日最大の声で叫んだミスティの直後、ニンバスが放った黒い雲がミスティらの滑空する空域に届いた。そしてそれらが放つ稲妻は、クラウドではなく、ミスティとネブラへと向かったのだ。一瞬早く現実を悟ったミスティと、その叫び声で認識が止まったネブラが、急襲的な稲妻を、旋回飛行することでなんとか回避した。


 ニンバスが放った黒雲はそれだけではない。地上へといくつもが迫り、クラウドを包囲したまま駆けていた軍勢に、無数の稲妻を落としたのだ。突然の、思わぬ方向からの狙撃に、クラウドに意識を集中させていた者達の数人を稲妻が撃ち抜き、直撃を免れた者も一気に混乱の様相を呈する。


「ニンバス……!? お前……」


遺作照らせし華光スワンソング・スポットライト!」


 戸惑うネブラよりも遥か早く、両手を突き出したミスティがそこから特大の熱光線を放ち、ニンバスを撃ち落とす一撃を発した。く、と危うい声を僅かに漏らし、急上昇して回避したニンバスをミスティの光線が捕えることはなかったが、その結果にミスティも苦い顔である。


「敵だよ、ネブラさん……! 今のあの人は、味方じゃない!」


「なんだと……!?」


 いかにふざけて、狂ったように見せかけても、やはりミスティは冷静だ。彼女が誰よりも早く、現実を見据えて答えを口にしていたのである。






「てめえ、ら……! 気でも、触れやがったかあっ!」


 クラウドを後方から追っていた、ミスティとネブラが率いていた軍勢に、横殴りの形で鳶の翼の傭兵団が襲いかかる。かつてホウライの都に一大決戦を仕掛ける前夜は、同士として酒を酌み交わしたはずの者達が、今は自分達を急襲する現実に、迎え撃つ側も戸惑うのが当然だ。言葉のとおり、気でも触れたかとしか思えない。


「戦人など、気でも触れておらねばやっとれんわい……!」


 隻腕の剣豪が、敵に急接近して振り抜いた刀は、相手の武器をはじき飛ばして丸腰にする。そんな相手に別方面から、棍棒を持った男が迫り、迎え撃つ武器を失ったばかりの敵を殴り飛ばす。鳶の翼の傭兵団において、一番槍を常に務めてきた剣豪ケイモンは、並の敵なら容易に無力化し、殺さず打ち倒す道を叶えてしまう。


「だけど、今は……! 今まででも一番、胸を張って戦えます……!」


 体格の小さな、暗殺者の風貌をした少女は、大柄な男の横を駆け抜けざまに太ももを切りつけ、怯んだその男が別の味方が打ち倒してくれる結果に繋げていく。かつてクラウドと一戦を交えたこともある少女フルトゥナは、既に息を切らしかけており、自らに迫って剣を振り下ろす敵から、逃げるように後退し続け自らの命を繋いでいる。


「俺達は今までで、一番間違っちゃいねえ! 大将が導いてくれた正義の道を、疑わずに突き進むだけだ!」


 手を振るった赤髪の男が発した魔力は、地上に火の海を作り出す。混沌とする戦場に、さらなる混沌を招く火の壁が乱立し、敵の動きを制限するのだ。それによって、自らを攻め込んでいた男とも距離を作れたフルトゥナに近付いた火術士オラージュが、空から自分を狙っていた術士に火球を投げ放つ。直撃させ、撃墜する。


 クラウドを後方から追っていた軍勢の進軍が、これで完全に止まってしまった。後方の異変の気配に戸惑いながらも、走り続けるクラウド達と、どんどん距離が生じてしまう。追っ手の一角が、はたらきを為せなくなる。


「クソが……! なんとか振り払え! こんな奴らに構っ……」


「行かせぬ……!」


 空にてネブラ達から離れたニンバスが、地上に黒い雲を差し向けてくる。鳶の翼の傭兵団との交戦を免れんとし、クラウドを追う動きに移ろうとした集団を、黒雲が放つ稲妻で撃ち抜くのだ。

 クラウドとファインを追い詰めていた一大組織に、ニンバスと、彼が率いる傭兵団が、はっきりと立ち向かう。ニンバスを敵と認識したミスティが、鋭い眼差しで風の刃や稲妻を放ち、ニンバスを撃ち落とそうとするが、それを回避するニンバスの動きを制限してももう遅い。彼が地上にもたらした混乱はやまず、イレギュラーの末にもうクラウドを追い詰めるはたらきを失った地上軍が、ただただ傭兵団との継戦を強いられる。


「ミスティ君、行け! ニンバスは、僕が引き受ける!」


「ネブラさん……!」


「来たな……! ネブラよ……!」


 蜂の羽を背負うネブラが、羽音を最大にしてニンバスへと急接近し、その剣を一振りだ。フランベルジュを構えたニンバスとの間で、剣同士が激突して金属音を鳴らし、二人がはじき合うように距離を取る。双方の体勢が完全でない一瞬の中、ネブラが投げつける数本の毒針がニンバスへと迫る。翼で上方を押し出すようにして、体を下方へ沈めたニンバスが回避し、黒い雲をネブラに接近させてくる。


「はあっ!」


 ニンバスの黒雲が放つ稲妻に対し、ネブラも剣を振るうと同時、放った稲妻で対応する。稲妻同士が真正面からぶつかり合い、激突点でいくつもの爆発を起こす中、舞い上がる黒煙を潜り抜けてネブラに接近するニンバスがいる。ネブラの胴を真っ二つにするフランベルジュの一撃が、剣を構えたネブラの行為により食い止められ、武器同士のぶつかり合いが再び二人をはじき飛ばし合う。


「早く! ザーム君やドラウト氏と共に、奴らを何としても食い止めろ!」


「……絶対に、負けないで!」


「約束する!」


 互いに一度、攻撃と防御を発し合ったネブラとニンバスが、最大の好敵手と認識し合った相手の実力をはっきりと思い出す。双方の意識が互いに向き合う中、ミスティはこの馬をネブラに任せ、駆けるクラウドを追う滑空を再開した。追おうとしたニンバスへ、毒針を投げつけるネブラが、回避を強いて思い通りに空を舞わせない。


「ニンバス……! 君はまた、僕達を裏切るのか……!」


「返す言葉も無い……!」


 ニンバスが指揮する黒い雲がネブラへと迫り、それらが放つ稲妻の間隙を、いびつな8の字を無数に繋げたような軌道でネブラがかわし抜く。そんな中でネブラが放った風の刃を、ニンバスが旋回飛行してかわしたと思えば、急旋回したネブラが迫って剣を振りかぶっている。二人の剣がぶつかり合い、空の名手が眉間に皺を寄せて離れる。


「胸を借りるぞ、ネブラ……!」


「まったく……! 変わらないな、君は……!」


 ネブラやミスティの率いた軍勢と、鳶の翼の傭兵団が激戦を繰り広げる遥か上空。近代天地大戦でも敵対し、革命戦争では肩を並べた二人の天人は、再びこの時立場を違えて激突していた。ニンバスが何を思い、部下を導き、クラウドを追う軍勢へと立ち向かって来たのか、その答えを想像で補えたのは、追っ手達の中でも恐らくネブラだけだろう。


 好敵手だからこそわかる。そして、だからこそ、今もまた負けられない。ネブラもニンバスも、いずれもだ。

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