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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第17章  高気圧【Dialogue】
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第246話  ~その前夜~



「サニーはいるか」


「サニー様でしたら、今は司書室にでも――」


 ある日の朝、遠出から天界へと帰還したカラザが、天界の神殿を練り歩いてサニーを探している。王たるサニーに会いたいなら、本来は謁見の間にでも行けばいいものなのだが、サニーは玉座に座っていることが少ないので、広いこの神殿内で彼女を探すのにも手間がかかる。


「顔を合わせたら、私が探していたと伝えて貰えるか。少々、話が……」


「――あ、カラザ。おかえりなさい」


 幸いにも、気を利かせたのかサニーの方からこちらに来てくれて、時間がかからず落ち合うことが出来た。元々カラザが天界に来る際にも、天界への道を開いてくれているのはサニーなので、彼の帰還についてはサニーもわかっていたようだ。


「サニー、少し話がある。謁見の間に移ろうか」


「ここじゃダメ?」


「長くなる」


 仕事の話をする時などは、要点を纏めて話を短くさせがちのカラザをして、長話を予告するなんていうのは珍しいことだ。ふうん、と意味の深いところまで感じ取ったサニーは、とりあえずカラザの言うまま、二人で謁見の間まで歩いていく。


 そこまで二人で並んで歩く中、カラザは一言も発さなかった。知らぬ仲でもない二人、世間話の一つや二つは挟んできそうなものなのに、一貫してカラザが無言であるのは気にかかるところ。そうして長い道のりを歩き、謁見の間にてサニーが玉座に腰掛けたところで、ようやく二人の会話が始まろうとしている。


「悪いな、ご足労だ」


「いいわよ。それより人払いは済んだ形だけど、何の話がしたかったの?」


 長くなるから謁見の間でじっくり話そう、という言葉尻どおりでなく、二人きりで話がしたかったというカラザの真意を汲み、そうした話の始め方をサニーも選ぶ。わかってくれているなら何よりだ、とばかりにカラザの無表情が僅かに揺れ、しかし感情はそう表に現れない。


「昨日、混血児の少女とやり合ったそうだな」


「ファインのこと? まあ、やり合ったというか、一方的にぶちのめしただけだけど」


「勝ったことはわかっている。負けていたなら、今ここにお前はいないだろうからな」


「あはは、ごもっとも。負けるわけないけどね、私があの子に」


 昨日の圧勝を当然の結果だと、笑って語ることでよりわかりやすく、サニーはカラザに話している。そうした態度の一つ一つさえ、細かくカラザの目は分析し、次の言葉に繋げていく。


「まるで、苦も無く勝ったとでも言いたげな顔だな」


「え? まぁ……言いたげ、っていうか、実際そうだったんだけど」


 伝わらなかったかしら、とばかりにサニーも首をかしげて普通に応えるが、カラザの表情はどうもサニーの勝利を祝うそれではない。わざわざ褒めて欲しいとは思わないにせよ、何か引っ掛かりのある含みがあるようにしか見えないから、サニーも少し怪訝顔になりそうになる。


「それで、当の謀反者はちゃんと始末したのか?」


 あぁ、それでか、とサニーは少しばつの悪い目の色をした。どうにもカラザの表情が浮かないように見えたが、どうやら自分のせいだったんだなとサニーは解釈したようだ。

 カラザのことだから、サニーがファインを最終的にどうしたのかも、ミスティかセシュレス辺りから先に聞き及んでいるだろう。答えを知っていて敢えて聞くのは、批難するための前置きにしか思えない。


「リリースしたわよ。消すまでもないって、私はそう判断したの。甘かった、って思う?」


「本当に、取るに足らぬような相手であったのなら、見逃すことも結構だ。無用な殺生をいたずらに繰り返すような器の持ち主では、長い目で見れば身内からの信用も失いかねんからな」


「じゃあいいじゃん。あの子が仮に、また私に刃向かおうとしたとしても、負けるような相手じゃないってはっきりわかったんだもん。……むしろなんつーか、想定してたよりも下、かな?」


「そうか」


 今のそうかは、納得したイントネーションではない。はいはいそうですか、と言わんばかりの含みを得たカラザの発言に、サニーもちょっと面白くなくなってくる。カラザに関しては、自分に反論したり戒めの言葉を送ってきても反発心を覚えにくいサニーだが、言いたいことがあるならはっきり言ってよとは思う。


「サニー、一つ尋ねたい」


「……なに?」


「かの少女に、お前が完全勝利したということは私も疑っていない。今は(・・)お前達の力の差は歴然だと私も推察するし、圧勝を謳うお前の態度が示すとおり、結末を言えばそうなのだろう」


 お前達が戦った姿は見ていないが、だいたいわかっているつもりだとカラザは前置きする。その上で、次を言う。


「ただ、サニー。本当に、ただの一瞬たりとも、あの少女に遅れを取りそうになった瞬間……いや、そこまで言わなくともいい。一瞬でも、あの少女に、驚かされるか、虚を突かれた瞬間はなかったか?」


「それ、どういう意味?」


「言葉どおりだ。最初から最後まで、一秒たりともお前は余裕顔のまま戦い勝ったのかと、それを聞いている。お前があの少女の上であることはわかっている、その上で確かめたいことがある」


 所々でサニーを立てる言葉を挟んでいる辺り、サニーの勝利や彼女の判断に、いたずらな完璧さを求める意図があるわけではないのは醸し出されている。サニーも少し、考える。せっかくの結果を腐する意味の問いではないと頭で納得し、あの日のことを思い返す。


「別に、危なげな場面なんてなかったわよ。うん、何度思い返してもそう」


「本当か?」


「……なんで信じて貰えないの?」


「お前が妙に、圧勝したことを強調するような語り口をするからだよ。何か、ちょっとプライドに触るような場面が昨日あったのではないかと、邪推かもしれんが考える」


「あぁ……いや、まあ、うん。それはさぁ、私も冷徹に努めるべき執政者とするならば、ファインのことは始末すべきだったんだろうなとは思ってるわけでさ。でも、そうはしたくないわけでさ。その判断を下せたのは、それだけの勝ち方できたからって、あなた達にもちゃんと説明したいじゃない」


 さて、こういう時のサニーだが、どこまで本当のことなのやら。気まずい笑いを浮かべ、辛勝だったのにファインを見逃す自分だったらあなた達も不安になるでしょ、と説明し、だから圧勝ムードを強調してたのよとサニーは説明する。同時に、元は親友であったファインのことを、脅威とならぬなら始末したくないという本心が覗けたことに関して、こちらは本心なのだろうけど。


「私もほら、あなたやセシュレスに頼らなきゃ執政者としては一人でやっていけないわけで、あんまりあなた達に見放されたり、怒られたりするのはヤなの。かえって不安にさせちゃったなら謝るけど、私は私なりにちゃんと判断基準もうけてファインのことリリースしてるから、そこはちょっと信頼して欲しいなあって」


「ふむ」


 17歳で今の地位に就いたばかりで、驕って自信満々になられても後が不安になるだけなので、謙虚でいてくれるのは結構なこと。実際サニーも自分で言うとおり、カラザやセシュレスのような、人生経験の豊富な大人に気後れする部分があるのは事実なのだろう。それでも自分なりには考えてるよ、と主張する若者の言葉を、カラザはこれ以上わざわざ咎めづらい立場である。


 ただ。


「まあ、いい。ちょっとカエリスに用があるから、地上への道をまた開いてくれるか。昼過ぎにはまた戻るから、その時にはまた天界への道を開いて欲しい」


「忙しいのね。今度はどんなご用で?」


「天界都市の市場調査もそうだし、天界王の動向も確認したい。他にも、色々だ」


 仕事は多いが、説明は端折ってかいつまんで。話を短く纏めたがるカラザの態度として、何もおかしい所はない。だからサニーにも、妙に急ぎたがっているカラザの真意が、気付けぬように隠れてしまっている。


「午後にも話がしたい。時間は作れるか」


「まあなんとか。忙しいっちゃ忙しいけど、あなたやセシュレスと話をする時間は、いつでもだいたいのことに優先して作るつもりだから」


「そうか。では、そうしてくれ」


 そう言って去っていくカラザの背を、サニーは正直よくわからないという顔で見送っていた。父ヘイルとはまた違う、古代人カラザ、ひいては執政者の側近という立場の千歳様だから、私には見えないものも見て動いてくれているんだろうなとは信頼できる。たまに、自分の意のままに動いてくれないことがあったとしても、カラザがそうなら人としても執政者としても、サニーは容認できる考え方の持ち主だ。


 それにしたって、今日のカラザはどうも自分に対して反発的だったように思う。そんなにファインを見逃した事が良くなかったのかな、なんて首をかしげながら、サニーは少しへこみ気味に溜め息をつくのだった。











「ファイン、ちゃんと食えよ。そんなたくさん食わなくてもいいけど、何も食べないんじゃ体に良くないからな」


「はい……」


 この日クラウドは、ファインを連れてマナフ山岳を越え、クライメントシティへの帰路を進んでいた。朝になって天界都市の医療所を出発した後も、ファインは殆ど自分から動こうとしない、話そうともしないで、廃人同然の様相からあまり進展がなかった。医療所から出る際にも、まるで脚の悪い老人か何かのように、クラウドが手を引いてあげてやっとだったぐらいである。


 クラウドも、手を尽くしてはみた。天界都市を出てからは、巨獣の姿に変わってみて、ファインに乗れよと言ってみたりした。言うことは聞いてくれるらしく、ふらりと空を舞ってクラウドの背に乗ったファインは、マナフ山岳の山道を風のように走るクラウドの背で、ちゃんと落ちないようにしがみついていてくれた。どうやら、それぐらいの自律能力まで欠けてしまったわけではなく、その辺りは救いである。快速の背に乗せて、風を浴びせれば気も紛れるかなと思ったクラウドの意図には、あまり応えてくれなかったようだけど。

 山越えをあっさり果たして、あとはゆっくりした旅路である。景色を話の種にしたり、世間話を振ったりで、なんとかファインからのレスポンスを得ようとすれば、少しずつながらファインも返事を返してくれて、会話はなんとか成り立った。そういう意味では、心の傷に薬を塗ることは進行できているとは思う。


 そうして道中の宿に、少し早い時間に入って休んでいるのが現在だ。ここはクライメントシティまでそう遠くない村の宿。ほんの少し昔、テフォナスやハルサと一緒に天界へと向かっていた時、泊まったことのある宿である。


「浮かない顔してるな、嬢ちゃん。何かあったのか?」


「……えぇ、まあ」


「事情はよくわからんが、連れの兄ちゃんが言うとおり、食うもんは食っておいた方がいいぜ。腹を膨らませない毎日が続くと、冗談抜きでそれをきっかけに病気することも珍しくねえからな」


 この宿のご主人は、かつてファインと料理対決をしたこともある天人だ。天人というのは往々にして、混血児のファインを毛嫌いするものだが、彼はそういう考えの持ち主ではない。美味しい料理を作れる奴は、食べる人の気持ちを考えられる奴という価値観に則って、ファインのことを悪し様に思わずにいてくれている。せっかく目の前に料理が出てきても、なかなか手をつけようとしないファインに対し、心から案じた言葉を向けてくれるのもその表れだ。


「ほら、大将もそう言ってくれてるだろ。せっかくの料理が冷めちゃうし、さ」


「……いただきます」


「……ん」


 胸の前に手を合わせ、宿のご主人、料理人に小さく笑ってそう言うファインだが、あまりに元気のない笑顔にはご主人の表情も曇りそう。彼女の元気な姿は一度見ているから、こんな暗い子でないはずなのはわかるのだ。よほどつらいことが、嫌なことがあったんだなと想像で補えば、あまり声をかけるのもどうかと退くことも考える。


「まあ、ゆっくりしていけ。食が進まなくて、夜中に腹が減ったなりすりゃ、俺達も寝ずに起きておいてやるから声をかけに来い。夜食ぐらいなら作ってやる」


「すみません、そんな……」


「いいさ、以前なかなかのメシを素人の腕で見せてくれた礼のようなもんだ。あれのおかげで、俺もまだまだ若い奴らにゃ負けられねえなって、久々に思えたんだからよ」


 料理人としての職人かたぎに満ちた店主に礼を言うクラウドの横、ファインも無言で会釈を見せていた。こういう時、すみませんを言うのはファインの口癖なのに、それが口からスムーズに出てこない時点で普通の彼女じゃない。心に深く刻まれた傷は、やはり一日そこらでは癒えないのだ。


 こんなファインが、いつまで続くのだろう。一日でも早く、ファインに元気になって欲しいクラウドにとって、こんな日々はやきもきするばかりである。











「……ファイン、帯が曲がってるぞ」


「え……そう、ですか……?」


「めっちゃくちゃ曲がってるだろが。ほら、こっち来い」


 お風呂上がりで浴衣に着替えたファインだが、何をするにも上の空のファインは、浴衣の帯すらまともに巻いて締められないようだ。何度もファインの浴衣姿を見てきたクラウドだが、今日以前でファインが帯を巻いて、それが曲がっていたことなんて一度だってなかった。ファインはその辺り、母に似ずしっかりしているはずなのに。


 まるで手のかかる娘の帯を着付けてやるかのように、クラウドがファインの後ろに回って、帯を締め直してやる。細かい結びはファインの手に委ねたが、少なくともへその上で帯が斜めに、かつ、たわんでいた先ほどよりは、よっぽど格好のつく様になったはずだ。見せてみろ、と言われて体をこちらに向けたファインの姿に、前から見たクラウドがうんとうなずいて、ようやくこの話は終了である。


「布団も敷いてあるから、今日はもう寝よう。あんまり夜更かしして、明日の朝がしんどいなんてことにはならないようにさ」


「すみません、何から何まで……」


「いいよ、別に。普段はファインの方がやってくれてたことだしさ」


 みんなで一緒の宿に泊まれば、全員ぶんの布団を敷くのはだいたいファインの仕事だった。働きたがりの彼女は、先手先手でそういうのをやっちゃうのである。いつもそうだったので、この日に限ってクラウドがファインのぶんも布団を敷いたりするのは、彼にしてみても普段のお礼未満のものでしかない。


 灯りを消して、近しく並んだ布団に身を預けた二人が、長い夜の眠りへとついていく。寝る前には、夜話に少々の花を咲かせるのが茶飯事だったのに、今日はそれすらも無しだ。細かいところで、日常が形を失わされている。


「――ファイン」


「……はい?」


 ふとそれに気付いたクラウドは、真っ暗闇の中ででも、話しかけずにはいられなかった。毎夜欠かさずやってきた習慣を、たった一日でも抜かせば、明日も明後日も無いような気がしたからだ。どんな些細なことだって、それが消えることで、楽しかったあの日々をどんどん遠のかせるきっかけになり得るなら、クラウドはそれを消したくないという強迫観念に駆られている。


「……………………その……さ」


 声をかけたはいいけれど、話したいことがあったわけでもない、思わず発した話の入り口だったから、クラウドも次の言葉が続かない。闇の向こうで、ファインがクラウドの方に寝返りを打って、布団の中の体ごと顔をこちらに向けてくれた気配だけ、妙に察知することが出来た。言葉が続かず思考だけが鋭く回転するから、そんな些細なことばかりが意識に入るのだ。


「すぐには、無理かもしれないけど……俺は、ファインに、元気でいて欲しいと思うから」


 何か気の利いた言葉を選べないものかと、クラウドだって口にしながら自分で思うほど。思うがままの言葉を飾らず口にするだけのことが、こんなに至らぬもののように感じるのは初めてだ。


「寂しかったら、そばにいてやるし、して欲しいことがあるなら、何だってしてやる。だから――」


 それでもその実、よく考えている方だ。サニーとの離別に傷つけられたファインの心情は、包んで言うなら寂しさと言い換えてもいいし、その言葉の使い方は、悲壮の過去を想起させない言い回しでもある。サニーという無二の親友や、母スノウを失った喪失感を補うために、誰かの存在が必要であるなら、自分がそういう人物になっていこうとする想いが、クラウドには少なからずある。


 自分じゃファインにとっての、サニーやスノウの代わりにはなれないことぐらい、わかっているけれど。落ち込んだ友達がそばにいて、何とかしてやりたい、そばにいてやりたいって思うのは普通のことである。


「何でも、言えよ。俺は、何があっても絶対に、ファインの味方だからさ」


「…………」


 元親友に裏切られたばかりの少女に対して、絶対に裏切らないことを誓ってくれる、新しい友人の言葉がどれほど届いたか。せめて、灯りを消す前に言うべきことだったのかもしれない。あいにく、ファインの今を案じるクラウドの目には、闇の向こうにあるファインの表情が見えないのだ。


「……クラウドさん」


「ん?」


 でも、少しだけ、真っ暗闇の中に光が差したような、ファインの声が聞こえてきた。無気力な、あるいは無感情な返答ばかりしていた今日のすべてとは異なり、確かに柔らかくなった口元から溢れた声色に、クラウドも少しだけ胸がどきりとなる。


「ありがとう、ございます……嬉しいです……」


 簡単な言葉で綴られた想いに、どれほどの強さがあったのかはわかりづらい。一方で、多少なりともほぐれた喉から発された、そんな声色に、クラウドも少しだけ安心することが出来た。つくづく、灯りを消す前にそれを言うファインの顔を見ておけなかったのが残念だが、声だけで変化を感じさせてくれるファインの発声には、クラウドも沈痛な心持ちが僅かに浮く実感を得る。


「……本当に、すみません。ありがとうござい、ます……」


「うん、いいよ。さ、おやすみ」


 謝る、礼を言う、それが他の人より少し多くてこそ、普通のファインである。ありがとうとかすみませんとか、何度も言わなくてもいいよってなクラウドも、この時ばかりは柔らかく受け止め、深い眠りを促した。短絡な考えの一つではあるが、つらいことがあれば、一度寝るのも薬なのだ。お前は独りじゃない、独りになんかさせないって訴えた自分の想いを知ってくれて、その上でまた明日を迎えてくれるなら、今日とはまた違う明日が紡いでいける希望も沸く。


 少しずつでもいい。かつての日々を、あるいはそれと似たものを、取り返したい。失ったものはもう戻ってこないかもしれないけど、新しい日々の中で生まれるものでそれを補い、未来を少しずつ紡いでいきたいのだ。

 幸せだったほんの少し前の日々と同じものを、時間がかかってでも再び作り上げていきたいクラウドは、そんな決意を新たに目を閉じるのだった。




 悪しき運命は、二人を待ってなどくれなかった。ゆっくりと明日を、数日後を、幸せな一年後を築こうとしていた少年の希望すら、摘み取らんと動いた殺意が既に動いていたのである。











「ああ、そういう二人でしたらこの村に来ましたよ。今日の夕暮れ前に、関所を通ったばかりですから」


「出村したという情報は?」


「他の関所から出たか否かは知り及びませんが、恐らくはまだこの村にいるんじゃないですかね。申し上げましたとおり、この村に入ってからもそう長い時間が経ったわけではありませんから」


 クラウド達が早くに眠りについた真夜中、関所の夜警に蛇の目をした青年が声をかけていた。獲物を探す、比喩的な意味のみならず、その気になれば蛇としての肉体すら持ち得る古代人がだ。その人物は、青みがかった銀髪ツインテールの混血児と、迷彩バンダナの少年の二人を探し求め、早くもマナフ山岳を乗り越えて、やや遠い天界都市からここまで降りてきたのである。


「それにしてもこんな夜中に、あれだけの人を率いて来られるとはどういう騒ぎです? ただならぬ事情があるようですし、お咎めすることもしませんが……」


「こんな夜中に騒がしくなっては迷惑だとも思うが、少々こちらも譲れぬものがあってな。それだけ脅威的な二人であるということだ」


「新天界王様のお触れとは、ねぇ……見たところ、そんな恐ろしい二人には見えませんでしたが」


「見た目はそうだろうな。人は見かけによらぬという好例だよ」


 多数の兵を率いてこの村を訪れたカラザに先んじ、彼の率いた兵は既に、村で聞き込みを始めている。この一団の目的は他でもない、今の天界王サニーに刃向かったという少女。ファインを探してここまで来たカラザの、情報の収集能力と行動の早さは、自分達がそういう立場になったとファインらが知るよりもずっと早く、これほどまでの接近を叶える結果を残している。


「ただ、その……その二人を見つけたら、どうするおつもりで?」


「まあ、その場で始末(パチン)だよ。もっとも、向こうも黙ってはいてくれんだろうから、少々荒っぽいことになるのは目に見えているが」


「そうでしょうねぇ……あまりこの村が、戦火でいっぱいになるようなことは避けて頂きたいのですが……」


「善処はする」


「それって、実際にはそうもいかないだろうなっていうお返事でしょ……」


「申し訳ないとは思っているよ。ただ、これも新時代の創世にあたっては不可欠なことだ。近隣住民への被害は免れるよう計らうし、物理的な損害が発生するなら新王からの補償にも話をつけにいく。それで納得してくれ」


「そうですか……まあ、後からちゃんとした処理を頂けるのであれば、私達も結構ですよ」


「――カラザ様!」


 新王への謀反者を追ってきた一団の指揮官、カラザが関所の門番に事務的な前置きをつける中、早くも部下の一人が何かしらの情報を得た声と脚で駆け寄ってくる。夜目が利くカラザには、離れた場所から迅速に駆け寄ってくる若き部下の表情一つで、状況の進展が読み取れている。


「見つけたか?」


「へぇ、酒場の野郎に聞いてみたら、とある宿に入っていったという目撃情報をゲットしました。恐らくは今夜、そこにでも泊まってるんじゃないですかね」


「ご苦労。それでは、兵を集めてその宿を取り囲んでおけ。私もすぐに、駆けつけよう」


「よろしくお願いしやす!」


 カラザが率いる兵というのは、革命組織に属した戦闘要因であり、ファインとクラウドの強さというのも充分に知り及んでいる面々だ。誰も、自分達の手柄優先で、先走って夜襲をかける奴なんかいない。カラザの指示通り、ありったけの兵力を集めて、当の宿を速やかに包囲してくれるだろう。


「あとは――」


 関所のそばに待機させていた兵の一人を捕まえて、それに、近隣の町村への連絡を回すように指示したカラザは、部下の去っていった方へと駆けていく。元より、地を這う魔力で人の流れは把握できるし、こんな夜中にある一点に人の足音が集まる場所が、目的地であるとはわかるのだ。カラザの脚に、迷いは無い。


 ファインとクラウドの確保、そして抹消。新王サニーから新たなる命を受けた、厳密にはそう強引に納得させたこの日のカラザが、安息の日々に向けて体を休めているはずの二人に迫っている。


 間もなくして、カラザがとある宿の前に辿り着く。既にそこは、多数の兵とそれが掲げる無数の松明に囲まれていた。鼠の一匹も逃さぬ完全な包囲網は、村の外まで及び、別働部隊も既にこの村そのものに集まって陣形を構えているだろう。抜かりはない。


「……さて」


 既にカラザは、臨戦態勢の魔力を練り上げていた。部下の誰より強いであろう、ファインとクラウドという粛清対象とのファーストコンタクト役を買って出る指揮官が、宿の扉を強く開いたのがその直後である。

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