第243話 ~対話の果て~
「……………………サニー!」
「ん……」
唐突な大声だった。口にすら戸を立てられきる寸前だったファインが、それだけは嫌だという意志を込めて発した声に、サニーは驚きの態度を表さない。静かな二人での語らいの中、普通これだけ大きな声を急に発されれば、目を丸くするなり多少の驚きがあって当然のはず。
サニーは知っているのだ、いよいよとなった時のファインの行動力を。彼女が何をするために、何を言うためにここへ来たのかも薄々感づいているサニーをして、ファインの声は開戦の鐘の音とも捉えられた。
「ねえ、サニー……!」
「待って、ファイン」
「お願いが、あって……」
「待ちなさい」
サニーもまた、言葉の臨戦態勢に入る。決して強い目をしたわけでもない、声を強く張ったわけでもない。ファインの勢いを挫く、絶妙な間で発したその言葉が、さあ言うぞと決意したばかりのファインをつまづかせる。
「わかってるつもり。あなたが、私に何を望んでるのか」
「サニー、聞……」
「私に、今の地位から退いて欲しいっていうんでしょ?」
ファインが、単に親友との再会だけを望んで来ただけだなんて、サニーだって思っていない。思うわけがない。ファインの性格は、彼女が本人以上に一番よく知っている。見透かすその言葉は、サニーに言葉を遮られても、言ってやるって体を前に傾けていたファインの口を閉ざしてしまう。
「そうでしょう? 違う?」
「うぅ……」
「私、聞きたいのよ。あなたの口から。どうしてなの、ってさ」
読んでいる時点で、ファインがどんな想いでそんなことを言おうとしているのかも、サニーは概ね予想を立てている。それでも問いかける。ファインの口から聞きたいのと、魔法の言葉で追い詰める。
「私は、今の世界のあり方を変えたい。そのためには、天界王フロンに王位から降りてもらうことが必要だった。私はそれを叶えたの。今、やっと私の夢が叶ったのよ」
「…………」
「天人ばかりが私腹を肥やし、地人が冷遇され、狭間が迫害される世界を改めていく時代が、これからやっと始まっていくのよ。たくさんの人を、幸せにしていきたい。今まで得をしてきた立場だからって、今度は天人に泣いてもらおうとも思ってない。極力、可能な限りっていう前提はどうしてもつくけれど、等しくみんなが幸せになり得る世界を、今からやっと作っていけるのよ」
強い声でなく、しかし意志力に満ちた発声。敢えて短く話さず、間を取らず、思いの丈をありったけファインにぶつけるかのような語り口は、相手に語らせぬ時間を長くとる目的を兼ねている。決意の果てに夢を叶え、今さらこの道を誰かに譲るつもりもないというサニーの想いを叩きつけられる中、ファインは急速に呑まれていく。取り戻そうとしたイーブンの空気が、あっという間にサニーの支配する空気に巻き返されている。
「私が幸せにしたい相手っていうのには、あなただって含まれてるのよ。詭弁に聞こえる? 信用できない?」
「そ……それ、は……」
「私は、ファインと一緒にいられて幸せだったわ。あなたから貰ったものも、いっぱいある。恩返しがしたいって思うの。狭間、混血種が差別されない世界を、どんなに時間がかかってでも完成させていきたいの。私の手でよ。誰かに任せるようなことをせず、私の力で叶えたいのは、そういう理由だってあるの」
建前や、舌戦に勝つためにお調子のいいことを言っているのではなく、完全に本音だからファインには効くのだ。確かにサニーは、幼少の頃から大人達の目を欺いてきた、演技力の才に秀でた革命家。しかし、偽ることの上手さを持つ彼女だからこそ、本気で本音を話す時の切実さも、赤裸々な眼差しと仕草と声に表れる。
サニーが付き合いの長さから、ファインのあらゆることを知っているのと同じで、ファインもサニーのことをよく知っている。だからこそ、いかにこの言動に嘘がないのかも、疑えぬようになってしまう。
「だから、聞きたいの。あなたは、私に、やっと辿り着いたこの場所から降りて欲しいと思うの?」
「っ……」
「お願い、答えて。それは、どうしてなの?」
わからないから教えて頂戴、とは厳密には違う。私がこれだけの想いでここに辿り着いたっていうのに、あなたはどうしても喜んでくれない、それが何故なのかはっきり口にしてというサニーの目。自分に反発する者を疎ましく思う眼差しではなく、親友に支持して貰えない寂しさを孕んだ瞳だ。それが、実に本心から生じるものなのだから、ファインがここまで打ちのめされている。
「ファイン……」
「……嫌なの」
椅子に座った膝の上に置いた拳をぎしりと握り、うつむきかけた顔から上目遣いでサニーを見返すファインは、僅かな鋭さをその目に蘇らせていた。心臓が高鳴って仕方がない、大好きな人を、大好きだった人の夢を、今から自分は全力で否定しにかかるのだ。答えを待つサニーの真正面、ファインは息が詰まりそうな喉の奥から、胸の内が言葉に変わるよう必死で声を絞り出す。
「サニーは、これから、世界を変えていくんだよね……」
「うん」
「いつか、必ず、思い通りにいかないことだってあるよね……」
「うん、そう思う」
「……その時、どうするの?」
執政は、民あってのもの。いかにすべての決定権を持つ王、今のサニーが、現在の世界にこうあれと命じても、大衆が必ずしもそれに従ってくれるとは限らない。平等なる世界に近付けていこうと努めれば努めるだけ、これまで得をしてきた天人に、相対的な損を命じることも多くあるだろう。それがたとえ、誤った慣習から苦もなく得ていた利の剥奪であったとしても、一度どっぷり甘い汁の味を覚えた側は、"普通"を強いられると苦行を強要されると捉えるものだ。
世界を変えていこうとするサニーの方針に、天人達の反発が、表面上だろうが水面下だろうが、必ず生じることは目に見えている。いつか、不意に、サニーの言うことを聞けないと唱える天人が現れることもだ。最悪、革命軍が天人陣営に真っ向から立ち向かったように、今度は天人側からの反乱が生じることさえ視野に入ってくる。
「従ってもらうわよ。嫌だ、って言われたからって、はいわかりましたってこっちが言ってちゃ、何も変わっていかないでしょう」
「従わせるって、どうやって……」
「あなたも子供じゃないんだから、わかるでしょう?」
明言こそ避けられたものの、いよいよとなれば武力の行使も厭わぬという新王の返答が、ファインの全身の肌をざわつかせる。新時代を拓かんとする確たる意志の持ち主は、私の言うことがどうしても聞けない奴がいるなら、従うか去るかの二択を強いると言っている。
決して、ただそれだけで圧政ではない。最高位に就く者が、下々のわがままにいちいち振り回されていては、余計に混沌を生み出す愚政者に片足を突っ込んでいる。サニーの姿勢は、王としてそう間違っていないはずだ。
「それが、嫌なの……!」
「あなたが争いや血を好まないのはわかってるわよ。でもね、それは……」
「違うの……そうじゃない……!」
サニーに弁解をさせまいとするファインは、今が正念場だとわかっている。サニーに語らせれば、正論ばかりが飛んでくるのだろう。伝えたいことのすべてが感情論でしかないファインは、自身の正しさを説こうとするサニーの、筋道立てられた理論と戦うことを拒んでいる。だって、意味がない。
「わ、私……サニーに、そんなことして欲しくない……!」
「…………」
「い、言うことを聞かない人を、打ちのめしたり……言うことを聞かせるためにひどいことしたり……それだと……」
「…………」
「っ……ぅ……」
ファインが自分自身の言葉によって、傷をつけられ、言葉を止めてしまう。勢いでファインが口にしようとした言葉の続きは、サニーにもなんとなくわかる。それだと、の次に続いていたはずの言葉は、ひどいことをしてきた天人と一緒だとか、そういう比喩だったのだろう。
ただ、相手を否定するために安易な喩えや引き合いを出すのって、単なる悪口と紙一重なのだ。相手の嫌がるものと、お前は一緒だって突きつけたところで、それは相手とは別人で事情やら何やらも全く違うことが殆どで、本当に同列であることなんて極めて稀なほど。そんな比喩を使わなくたって、相手を諭す言葉なんてのはいくらでも紡げるはずなのに、わざわざそういう言い回しを選ぶのは、もはや相手を傷つけ得る可能性を高めるだけの口喧嘩を仕掛けるのと、ほぼ変わらないのである。
「ねぇ、ファイン」
「ご、ごめん……今のは、忘れて……」
「ううん、いいの。あなたの言いたいことは、私だってわかってるつもりだから」
言いかけたひどい言葉を謝るファインを前に、サニーはそれによって自分が優位に立っているという認識を全く持たない。むしろ、こんな中でも自分を慮ろうとするファインに、親友であった少女に攻め手を緩めかけたほどだ。正直な話、攻撃的に迫ってくる奴なんかより、優しい人間の方が敵に回した時にやりづらい。
「それでも、私は……」
「嫌……!」
「ファイン」
「ぜったい、嫌……!」
「わかってよ……」
「いや……! そんなサニー、見たくない……!」
胸を握り締めて、身を乗り出して、涙目になりかけながらも、想いの丈をぶつけられるこの方が、サニーにとっても胸が痛くなる。例えばの話、慣れない稚拙な論説に勝負を賭け、あれこれ小賢しくサニーを説得してくるファインだったりしたら、その方がサニーにはやりやすかっただろう。論破して終わり、ただそれだけで済む。
「あなたの望む私でい続けることなんて出来ないよ。今の私は……」
「お母さんがいなくなったの! サニーが、今のっ……夢を、叶えるまでにいっ……!」
ほとばしる想いが、大声を発したファインの体の動きに伴い、ついに目尻から雫となって散った。とめどなく流れず、その数滴以降は瞳の周りに留まったが、ぐしっと目を拭ったファインの両目が、既に赤くなり始めている様が、もう退かない彼女の決意をよく表している。
ファインはやはり、感情に生きているのだ。何がどうこうでそうだから、私はこうする、じゃない。思うがまま、自分の気持ちを信じ、それが体を動かす。前のめりな行動に出ることが多いのもそのせいで、それで彼女自身が痛い目を見たって、また何度でも同じ事を繰り返す幼い16歳。そんなことに首を突っ込んだら私が死ぬかも、だとか、そういう本来考えるべきこともすっ飛ばして、誰かを守るために戦場へと飛び込んできたファインの過去も、すべてそんな彼女の生き方に由来するものだ。
それがセシュレスが肯定した"若さ"にありがちな、理屈を抜きにした炎である。それは時に、理論で固められた大人じみた思想の数々を呑み込むほど、強い光と熱を放つこともある。よほど振り切っていればの話だが。ファインのそれは、よほど振り切ることが殆どである。
「……私、クライメント神殿で言ったよね」
「っ……ぐすっ……」
「あなたと私は、敵同士だって」
サニーだってわかっていたのだ。今の地位に就くまでに、革命活動の中で、多くの命が失われてきたことを。サニーの今の成功は、彼女自身の努力以上に、数多き犠牲の上に成り立っているものだ。だからこそサニーも、今さら後には退けないと、無意識の奥底で責任感を抱いている部分もあるだろう。
犠牲者の中には、ファインにとって、誰よりも大切だった人だって含まれている。サニーの夢の成就のために、ファインの母が亡くなったのだ。変革を潔しとしない思想家のスノウが、もしも今の時代に生きていたら、間違いなく最たる不安要素の一つとして、無視できない脅威となっていたはず。
だから、消えてもらった。サニーが直接手を下したわけではないにせよ、カラザがそうしたことを、サニーはよくやってくれたと肯定する立場。サニーは、そんな自分が、もはやファインと相容れない関係になってしまったことを、あの時すでにわかっていたからこそ、ファインは自分の敵だと強調したのである。
「あなたはどうしても、私が執政者であることを、受け入れられないんでしょう?」
「…………」
開かぬ口で、ファインは確かにうなずいた。新世界のためなら何だってする、意に従わぬ者は消すことも厭わぬ、そんなサニーを肯定することの出来るファインじゃない。誰がそんな奴でも、ファインはそいつと友達にはなれない。親友がそんな人間になってしまったことを、受け入れられようはずがない。
「どうしても、なのね」
「…………」
「だったら、あなたが、私を引きずり下ろすしかないのよ」
ファインも覚悟していた言葉の一つが、ついにサニーの口から放たれた。席を立ち、歩き出すサニーの行動を、ファインが伏せたままの目で追わないのは、彼女の脚がどこに向かっているのか予想がつくからだ。
「おいで、ファイン。話をつけましょう」
部屋の出口に立ち、ファインを振り返ったサニーが呼びかけてくる声に、意を決した顔でファインが振り向いた。揃えた人差し指と中指を下から立て、くいくいと二度招く仕草を見せたサニーの目は、もはや親しみを敢えて捨てた執政者のそれに変わっている。続いて席を立つファインが、サニーのあとをついていくように歩き出せば、サニーはそれを導くかのように、先々に進んでいく。
舌戦で済んでいたのはここまでだ。相容れなくなった親友同士の対話は、心だけでなく、体にも痛みを伴うであろう形に移行する。
「あなたにこういう言葉を使うのは、正直あまりしたくなかった。でも、言うわ」
「…………」
「覚悟は、出来てるんでしょうね?」
恫喝に使われるのが主なる一文だが、その意味するところはそんな慣用句としてではなく、言葉どおりのニュアンスの方が強い。王宮の外、だだっ広い平坦な何もないフィールドにて、距離を隔ててファインと対峙するサニーは、両の手首の外側を腰にあてて胸を張っている。
誰に喧嘩を挑まれても、悠然堂々と対峙するサニーのこの姿を、横か後ろで見ることはファインも多々あっただろう。これと真正面から向き合った時、これほど大き過ぎる壁に見えるものだとは、今日初めて見てファインも気付かされたばかりである。想像以上だ。
「……して、るよ」
「なら、いいけど」
脱力したように両手を腰の横にだらりと降ろしただけのファインが、これから始まることに向けて、構えているようには見えないし、実際構えてなどいない。覚悟はしている、と答えてはいるものの、やはりこのような展開は嫌なのだろう。今のサニーの問いに対し、危うく首を振りかねなかったほど、ファインが戦いを本意では望んでいないことが、決意を固めたふりをした表情の裏から浮かび上がっている。これを見抜けずして、元親友は名乗れまい。
「ファイン。私は力ずくで天界王フロンをねじ伏せ、彼が天人達の最大の後ろ盾たる人物であることを否定し、その座を奪い取った。今の私のこの地位は、純然たる力だけで奪い取ったものだと言っていいもの」
「…………」
「私は自分の意志で、この場所を降りるつもりはないわ。そんな私を、私の意志に反してでもこの場所から引きずり下ろしたいなら――」
あるいはサニーも、完全なる決意に至りきれていないファインを、万全のメンタリティに引き上げようとしているかのように、言葉を紡いで間を稼ぐ。それが、今のサニーにとっては大きな意味を持つ。
「誰かが、私を力ずくで打ち倒し、力で以ってこの地位を得た私に、その資格はなしと突きつけるのが最もシンプルなのよ」
獅子の群れには、王の地位を得るには力で以って示すべしという不文律があるという。人間社会にそれを同じく適用することは、あまりに野蛮で褒められたものではないように見える。そうして支配者が力の有無で入れ替わりを起こす社会は、ふとしたきっかけで時代の変化を容易に叶え、その都度大きな混沌を招き、多数の人々を不幸にする。
しかし、歴史の多くはそれを肯定し続けてきたのだ。革命、乱、変、あらゆる時代の移り変わりの中、力こそがその分岐点で最たる要因となってきたのは純然たる事実。天地大戦にて、力を以って勝利者となった天人達が、長く永く支配者側として君臨し続けてきたように。千年の中で、幾度となく起こった地人側の革命を目指す蜂起を、力で以ってねじ伏せてきた天人が、覇権を貫き続けてきたように。そんな歴史の果て、力による勝利で以って大きな変革を成し遂げたサニーもまた、それを物語る実例である。
争いを本来好まないファインですら、その理念は理解することが出来る。意に沿わぬ者を従わせるための、最大の武器は武力であり、わかりやすい結果とは戦争の勝利であり、それは言葉同士の話し合いよりも余程簡潔に結末を導く。サニーが幼い頃から、喧嘩や争いを、最も雄弁な対話と形容してきた姿を見てきたファインだからこそ、過去とは違う地位についた彼女の本質や性格が、変わったわけではないことはわかるのだ。
「私に今の立場をやめさせたいなら、いくら言葉で説得しても駄目。あなたに揺るがぬ意志があるのなら、その力で以って、私を武力で打ち負かす結果を導き出すしかない」
「……うん」
「あなたが、私に勝つしかないのよ。理解、しているわね?」
ルールをはっきり明言するサニーの言葉は、ファインにとって、希望でもあり試練。必要とあらば、他者に血を流させるための差し指を操る執政者となったサニーに、そんなあなたは嫌だと訴えたいなら、ファインはサニーを戦いで以って敗北させるしかない。望む未来を得るための手段があることは、はっきりと希望である。
そして、果たして、それを為せるか。古き血を流す者ブラッディ・エンシェント、天竜種ドラゴンでもあり、紛うことなき最強の天人であった天界王フロンを単身打ち負かした、親友サニーとの一騎打ち。サニーの強さを、一番近くで見てきた数の多いファインが、そんな歴史的事実まで付随した相手に、たった一人で挑まねばならない。これに勝利せねば願いは叶わずという現実は、過去最大の試練に違いない。
隣には誰もいない。誰より頼れるクラウドはおらず、誰より頼れた親友は真正面。これも、自分で望んだことだ。サニーと話をつけるなら、一対一で、自分と相手だけで余人を交えずそうしたかったと思えるほど、ファインにとってのサニーは特別な人なのだから。
「やれるのね?」
「……やる!」
「うん、いい顔になったわ。それじゃあ、始めましょうか」
ついに決意を固めたように、表情が戦う少女のそれになったファインを見て、サニーは満足げに微笑んだ。サニーの笑顔を見て、ちくりと胸が痛む動揺を僅かに眉に表しながらも、決心したファインの表情が解けきらぬ様こそが、サニーの望んだそれである。これから戦い、負けてはならない相手の精神状態が、最良のものとなるのはサニーにとっては良くないことのはずなのに?
「先に言っておくけどさ、ファイン」
「…………」
「私、容赦しないわよ? ちっちゃい頃、あんたと本気で喧嘩してた時だって、今にして思えば本気出してなかった方だって、豪語する自信はあるけれど」
「……うん。サニーはどんなに私と喧嘩しても、私の顔だけは傷つけてこなかったから」
「なんだ……わかってたんだ」
忠告に際し、臨戦態勢のそれに変えていた眼差しを一瞬だけ消し、参ったなと笑うサニーの表情が、よく知る親友のそれでファインにとってはきつい。見せるべきものじゃないと思うから、サニーもすぐに鋭い眼差しを取り戻す。
「悪いけど、ぼっこぼこにさせて貰うわ。二度と、立ち上がれないほどにね。あなたが、一生、私には敵わないと思い知って、二度と私には逆らわない子にしつけてあげるのが、この戦いの意義だと思ってるから」
サニーの狙いはそうなのだ。100パーセント、迷いも無き、全力を発揮できるファインを相手取り、それを完膚無きまでに打ちのめし、力の差を思い知らせること。こうでなければ勝てただとか、形が違えば負けなかっただとか、そんな言い訳を一切許さない形にファインを持っていき、それをぶちのめしてこそ意味がある。そうした結果は、サニーには一生敵わないという呪縛をファインの心に打ち立て、混血児の最強術士の一人に数えられるファインを、自分に逆らえぬ一人の少女に変えることが出来るからだ。
敢えて先にそう宣言することもまた、有言実行の自らを証明するためのもの。叩きのめしてやると予告してくるサニーの言葉は、痛みを恐れる少女の心を震え上がらせるためではなく、勝利した時の自らの優越をより確固たるものとするための布石である。
「もう一度訊くわ。覚悟は、出来てるんでしょうね」
「……何度も聞かないで!」
「何よりよ。さあ、構えなさい」
ひょいっと後ろに跳び退がり、距離を三歩ぶんより大きく取ったファインが片足を引いて構える。真の意味での臨戦態勢だ。
「その距離感で大丈夫?」
「…………」
「ふふ、あなた忘れてるみたいね、私の強さ。後悔しないように、せいぜい気をつけなさい」
もっと大きく距離を作った方がいいんじゃないのと、忠告にもよく似た発言を冷たい声で発するサニーの笑みは、元親友に向けた親しみのこもるそれではない。構えたサニーが笑みを消し、対峙する敵に向ける無感情な瞳を表した時、ファインの背筋を凍らせる悪寒はたとえようもない。
「ファイン」
「……なに」
「私は、知ってる。私がここに辿り着くまでに、私の目の届かない所で、多くの人が傷つき、息絶え、志半ばで世を去っていったことを」
革命戦争、諜報兵、革命の行く末を見届けぬまま天寿を全うした人々。それらの犠牲の上に成り立ったのが、あるいは革命を望みながらも戦うための力を持ち得なかった人々の悲願を背負って上り詰めたのが、天界王に代わる執政者となった革命家サニーである。
だから、サニーは負けられない。その言葉の裏にはそうした真意もある。
「聖女スノウもまた、その犠牲になったことを、あなたにもう一度告げましょう」
「っ……!」
「これが、今の私なの。親友だったあなたの痛みも踏みしめて、私は未来を築いていく」
今のファインに最も利くこの挑発は、心を乱すためのものでは決してない。それは、本来争い事を好まぬはずのファインに、闘争心をより燃え上がらせる結果を導き、彼女をより強いコンディションに導くものですらある。
万全のファインを料理する。サニーの狙いは、そこから揺らがない。
「さあ、始めましょう! あなたも所詮は、私達の夢に服従する一人に過ぎないと、はっきり教えてあげるから!」
ざり、とサニーの引いた足が地面を摺る音と、ファインがぐっと拳を握ったのがほぼ同時。次の瞬間、地を蹴ったサニーの体すべてが、まるで空間を飛び越えたかのようにふっとファインの目の前に現れたのが、覚悟を決めていたはずの少女の心を、一瞬で愕然の一色に染め上げた。
最強の革命家との一騎打ち。それはファインにとって、あまりにも大き過ぎる試練である。




