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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
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第24話  ~劇場~



 さて、タクスの都に訪れたクラウドには明確な目的がある。この街の名物、巨大闘技場の闘士に名を連ね、一山稼ぐという夢があるわけだ。というわけで、都で2日目の朝を迎えたクラウドは、さっそく闘技場の場所を宿の主人に尋ねていた。簡素な手書き地図まで作って貰って、一番重要な情報はこれで確保。


 宿を出る前から手甲と肘当て、膝当ての武具一式を身に付けていたクラウドの姿勢からも、その気概は見て取れるというものだ。ファインもサニーも、宿を出る時点では、頑張ろうねとクラウドに声をかけていた。その時の二人の笑顔は、心から自分の成功を祈ってくれているものだとわかったし、クラウドも嬉しそうにうなずいていたものである。


「あ、そうそう、闘技場に行く前にさ」


 クラウドの新職場に行く道を歩く中、サニーが新しい話題を切り出した。1分前には、闘技場に向けてのクラウドの意気込みをインタビューしたり、話を弾ませていたサニーが、急に話の舵を別方向に切った形だ。


「ちょっと、劇場に寄ってみない? 昨日、宿の入り口の貼り紙を見たんだけどさ」


「ああ、何かやってるみたいだな。"天地大戦・深雪の章"だっけ?」


 天地大戦というのは、千年前に天人達と地人達が争い、天人陣営が覇権を握った大きな戦争のことだ。当時はそれはもう、熾烈な争いであったそうだが、千年も経てば悲劇の数々も神話に変わり、現代を生きる人々の間では幻想世界の出来事のようなものだ。歴史っていうのは、酸いも甘いもだいたいそういうもの。


 天地大戦において起こった出来事の数々は史書にも多く記されており、当時の出来事が演劇の脚本となって描かれることも多い。多くの血を流した戦争をこう形容するのは不謹慎なものだが、喜悲ひしめいた過去の出来事を物語に起こすと、やはり無関係な時代に生きる者達にはいい娯楽になる。天地大戦の出来事を下地に作った演劇舞台は、現代においては非常に人気の高いもので、これは当時の戦争の結果を受けて今は下に見られる立場の地人の中にも、天地大戦題材の演劇を楽しむ者も多いことに証明されている。


「特筆点はカラザ様が出演されている点ね。なかなか見られるものじゃないわ」


「へぇ、俺でもその名前は聞いたことがあるな」


 そしてこの日、劇場にて正午過ぎに行われる演劇の最大の売りはここ。舞台役者としては極めて名高い、カラザの名で知られる名優が主演に抜擢されている点だ。大衆娯楽文化に疎いクラウドでも耳にしたことのある有名人であり、それほど名高い時点で、役者としての手腕に秀でることは半分証明されている。


「ね、一度行ってみようよ。せっかくのこの機会、逃すと勿体ないよ」


「でも劇場って中央繁華街だろ? 俺達地人はふっかけられるし、散財きつくないか?」


「たまには贅沢しましょうよ。均ワリでいいからさ」


 諸々の事情を全部汲み取った上で強く勧めてくるサニーに、そこまで言うならいいかとクラウドも話を呑む。ファインにも確かめてみたところ、行ってみたいですと素直な反応が返ってきたので、迷うこともあるまい。何かと人に気遣うタイプの子ではあるが、あの返事の顔はサニーに合わせてわがままを受け入れた顔ではない。


 3人で中央繁華街に足を踏み入れ、やがて劇場へ。入場する際、身分証明書の提示を求められ、地人であるファインとクラウドの入場料がサニーの1.5倍だったりしたのだが、それはもう何も言うまい。変な世の中だが、二人にとっても慣れきっていることなので。


 サニーが天人1人ぶん払い、ファインとクラウドが天人の1.5倍ずつ払ったので、入場料の支払い総額はサニー4人ぶんだ。この総額の帳尻を合わせるために、ファインとクラウドに小額のお金を渡し、それぞれが払った金額を等しくなるようにする。これが均一割り勘、サニーが"均ワリ"と形容していた言葉の意味だ。











 サニーがこの舞台を推していた根拠のひとつ、名優カラザの主演というものがいかに大きいかは、クラウドもある程度理解できた。端正なお顔立ちであるとか、役者としての演技力に秀でているとか、彼を名優たらしめた基本要素については聞いたこともあるし、それだけなら別にどうっていう話じゃない。ただの名優ならそんなに珍しい存在でもない。


 カラザは地人である。役者世界に至ってさえ、天人と地人の扱いには差があるこの時代、地人のカラザが、天地大戦を脚本に敷いた大舞台で、主演を務めるということがいかに大きいか、という話だ。役者だったら天人にも掃いて捨てるほどいるし、千両役者の頭数にも事欠いていない。普通はそちらを舞台においても優遇し、主役や準主役に据えるのが普通なのだ。そんな天人役者の大物さえも差し置いて、地人であるカラザが主役に抜擢されるということは、彼が役者としていかに優れた存在かを物語るには、充分すぎるほど大きな情報である。


 舞台の観客席に座るのは、天人地人いろいろだ。地人でありながら、若くして大舞台の主役を務めるまで至った成功者の演技たるや、どれほどのものなのだろうと胸を躍らせる地人。地人の分際で主役とは、私達の目を満足させてくれるのだろうなと、ちょっと上から目線の天人。錯綜する想いが観客席にひしめく中、客の最大の興味が舞台主演を務めるカラザであることは共通している。


「そろそろね」


「うん」


 クラウドの隣で二人並び、肩を寄せ合い小声でつぶやくファインとサニー。カラザが主演として演じるのは、現代では天地大戦において、深雪の争乱と名付けられた戦役で地人側の将であった人物。史実から概ねの筋書きを知る客の一部は、そろそろカラザの出番だとわかっている。二人の胸を打つ期待感は、暗い劇場内でクラウドにもなんとなく伝わってくる。こうなってくると、クラウドもちょっと先が楽しみになってくる。友人二人がここまで期待する名優さんって、どんな人なんだろうって。






 深雪の争乱。それは雪の降る冬至の季節、天人達の一大師団が、地人の小部隊を壊滅させた一戦として知られている。何十倍もの兵力を持つ天人達が、少数の地人達を打ち破っただけのその一事なのに、どうしてそんなに名高く語られるのかを描いたのが、この舞台の脚本である。


「空軍部隊はほぼ壊滅……! もう、無理です!」


「…………」


「もはや戦える兵の数は百を切っています……! 撤退命令を!」


「…………」


 舞台上では、当時の地人中隊の慌しい参謀室の風景が演じられている。数千もの敵がすぐそばに迫る中、こちらは五十名と少しの兵力しか残っていないという、絶望的な戦況模様なのだ。どう足掻いても勝ち目のない状況に、部隊長に撤退を促す若い兵達の真ん中で、一人の男が言葉もなくたたずんでいる。


 カラザ演じる、かつてのその戦役における、地人側の英雄だ。言葉もなく、まくし立てるように撤退を望む部下を見やる仕草だけで、その存在感は舞台上で一際輝いている。玄人に言わせれば、喋りもしないうちに仕草だけであれだけの存在感を醸し出せる時点で、役者としては相当なものだと評じられるもの。


「……隊長!!」


 カラザよりも大柄な男が、何も言わない隊長に業を煮やし、胸ぐらを掴む無礼をはたらく脚本も流麗。当時の地人達の焦り、絶望、頼れる隊長が何も言ってくれないことへの怒りが、その流れでよくわかる。部下を演じる役者の手腕も見事だが、胸ぐらを掴まれたカラザが、自分よりも大きな男の手首に手を添え、ふっと笑った表情が、まさにこの場面の見せ場の一つ。


 その時のカラザの表情たるや、本当に演技で作られたものだろうかとクラウドも思う。死を目前にした部下の恐怖、生きて帰れぬ悔しさ、それらをすべて真正面から受け取り、なおも部下に頼もしき上官としての強さを見せ付けた表情だ。胸ぐらを掴んでいた部下が、拳をわなわなと震わせてなお、動じず柔らかな笑顔で手首をさするカラザの行為が、やがて部下が自ら手を離し、非礼を詫びて頭を下げる行動に促すのだ。


 解説なしで進められる舞台、小説とは異なり心理描写は役者の所作や言葉のみで語られる世界。そんな舞台上で、言葉なく仕草だけですべての心理を表現させきろうと脚本の無茶を、カラザは観客の心にはっきりと表現を伝えきる演技力を見せている。卓越した演者の能力とは、かくも言葉いらずの世界を作り上げるものなのか。


「さあ、行こうか」


「隊長……!」


「ははは、しけた面をするな。勝ち戦だぞ?」


 最期の戦いを目の前にし、葉巻を取り出し一服する、在りし日の英雄の立ち姿。周囲の兵も、彼の決意に殉ずる覚悟を決めたのか、歯を食いしばるものもいれば、死に向かう自らの悲運を呪い家具を蹴飛ばす者もいる。セリフを用意されていない脇の演技力も高い。舞台とはこうして完成されていくものだ。


「故郷の女達も、天国の俺達にシャンパンを打ち上げてくれるさ。やろうぜ、モテなかった軍人どもよ」


 劇中は、クライマックスシーンに向けて加速していく。死を覚悟した若き兵が酒場で涙を流す姿。どうしても見えた死に向かうのが恐ろしく、地に頭をこすりつけて隊長に詫び、戦線から離れていく一人の兵の苦悩。年下の隊長に、お前は昔から命知らずだったなと笑いかけながら、お前と一緒に逝くのは悪くない最期だと微笑む老兵。千年前の天地大戦の中、あったのか無かったのかわからない史実風景は、現代の舞台上で再現され、観客を引き込んでいく。天人は地人役を演じることを好まない。地人役者達が演ずる舞台は、観客席の天人の心さえをも掴み、無粋な野次を思いつきもしない境地にまで捕えつける。ファインもクラウドもサニーも、完全に引き込まれている自分を自覚することさえ出来ないまま、舞台上に釘付けだ。


 最終局面、カラザ演じる部隊長最期の瞬間を描いた、深雪の争乱の決着舞台。役者達の怒号と雄叫びが飛び交い、舞台脇の演出家、魔術師達の発生させる光と音が、舞台を彩る。本物の戦いとは違う、舞台上の演舞だが、まるで本物の戦争の世界を眺めているような完成度。闘技場ありしこの町でも、この舞台を最前列で見られたなら、向こうに行くにも勝る満足度を得られよう。


「馬鹿野郎! 誰が努めて死ねと言った! 生きて、生きて、どうしようもない死に捕まるまで戦い抜け!」


 自らの犠牲も厭わぬかのように、最前線まで飛び出した兵の一人を、カラザ演じる部隊長が駆け迫って窮地を救って放つ怒号。仲間達に冷静な語り口で笑いかけていた彼とは別人のような、魂の込められた叫びだ。彼の握る模擬剣に切り捨てられる形で吹っ飛ばされる演技をした若き天人役者も、いい仕事をしている。


「ッ……奴を討て! 頭を叩けば、敵の統制は一気に崩壊……っが!?」


「やらせるかよ畜生どもがあっ! 俺達の希望だ!」


 カラザ演じる部隊長を守るように位置取る部下の動き、隊長への強襲を促した敵を魔術で狙撃する兵、それだけでもこの"主役"たる人物が、過去にいかほど信頼されていたかがわかる。広い舞台を駆け回る演者達の中心、迫り来る敵を切り伏せ、時には援護射撃を頼りに生存する英雄の姿を、主演のカラザは流麗に表現し続ける。あくまで舞台上、本当の命のやりとりではないはずなのに、数日前に殺し合いを経験したばかりのサニーさえもが、はらはらして目を離せない。


 それでも史実と同じくして、やがて地人の部隊は屍の山に変わっていく。同胞の亡骸と、敵軍の血糊に満ちた戦場を表した舞台上、カラザの前には未だ無数の敵兵。たった一人残された兵の、哀しき宿命の行く末はもう、観客の誰もが予感しているだろう。


「……天人軍勢の、旅団相当の撃破を確認」


 ふらつく体を演じていたカラザが、天人の若い兵に胸を槍で貫かれながら言い放った言葉。勿論芝居上での出来事、槍はカラザの脇を、観客視点の陰ですり抜けているだけなのだが、槍を貫いた瞬間にぶしゅっと血糊が噴き出すから、本当に貫通しているように見える。演出家達の職人芸。


「勝った……」


 槍を引き抜かれ、後方に倒れたカラザの姿を最後に、舞台は暗転して終幕を示唆する。同時に流れ始めたモノローグが、この戦役がいかに天人を苦しめたかを物語る。


 数千人の天人軍勢を、百にも満たない地人軍が迎え討ち、千人超の敵を葬ったのだ。この戦役によって敗北したのは地人側。しかし、その勝利の代償は天人側にとってあまりに大きく、この戦役の次に控えていた戦へと踏み込ませることを不可能とさせたのだ。カラザが演じた部隊長の家族、部下の恋人が暮らす、戦場の遥か後方にあった地人達の都。それらは、この勝利を以って天人達の侵攻を逃れた。絶望的な戦いの中、諦めずに戦い抜いた戦人達の犠牲によって、彼らの愛する人達の郷は救われた。それが彼の言う"勝ち戦"の意味であったと、暗転した舞台上で語られるモノローグが伝えてくれる。


 ラストシーン、カラザの演じた部隊長の恋人、いわばヒロインが彼の墓にシャンパンを捧げたのは、史実にあった出来事なのかはわからない。だが、かつての英雄がもたらした、故郷の愛する人への安寧は史実である。それを描ききった脚本は、演じた役者達の魂は、終幕と共に観客の大拍手を僅かに遅らせた。物語が、終わりを迎えた瞬間を感じ取れないほど引き込まれるというのは、完成された物語において往々にあることだ。


 歴史的大戦の幕切れの上に現代あるのは、確かに天人の支配。しかしその歴史の裏側にあった、地人達の強き魂もまた、忘れられずに現代に残されている。描き表された史実にありし過去に、天人達はかつての宿敵に敬意じみたものを一抹抱き、地人達は敗者とて戦い抜いた英雄の姿を目に焼き付けて劇場を去る。ファインやクラウド、サニーが満足して劇場を後にしたのも、言うまでもないことである。

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