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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第16章  低気圧【Truth】
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第239話  ~革命少女と最近の話   1年以内~



 そろそろいいかな、という年まで成長したファインとサニーは、聖女スノウに会いに行くという名目のもと、クライメントシティを旅立って行った。混血児と、それと仲良くする天人が街から去ってくれることは、殆どの天人達にとっては喜ばしいことで、惜しまれる門出などではなく、フェアだけが見送ってくれる少々寂しい光景が出発の日には見られた。アウラや、フェアの店に通っていた常連客など、二人の旅立ちに対して少なからず心配な想いを抱いてくれる人物は、態度に表面化はさせないながら、案外いたりもしたのだけど。


 さて、初めての旅ということながら、当初は不安もつきものであった二人の旅だが、ほどなくしてあっさりと順風満帆の旅路に乗る。何せこの二人、実は何かのエンシェントか何かじゃないのってぐらい強い。

 体術に秀で、大人に劣る身体能力を魔術でカバーするサニーが、荒事に陥れば前を張ればそれだけでも怖いものは少ない。既に術士としての才覚を芽吹かせていた、ファインの支援魔術も備われば、もう十分に穴の無い構えである。十代前半で既にそれっていうのが恐ろしい話だが、当時から二人はもう、野盗数人に囲まれて一斉襲撃されたとしても、二人で危なげもなくそれを撃退することの出来る腕が備わっていた。


 これさえあれば、路銀に困っても、短期雇用の傭兵稼業だって出来るから話が簡単。二人とも見た目も可愛らしい女の子だし、サニーが商人様相手でも口が立つこともあり、雇い主探しにも困らない。やたらめったら料理の上手いファインが、雇い主の機嫌を取ることも出来る。近代天地大戦が終わって間もないこの時期は、終戦後につきものの、野盗に身を落とした者達の出没が常に危惧されるものであり、稼げる環境と腕を揃えた二人にしてみれば、長旅もそう苦ではなかった。


 何気に二人ともしっかり者なので、リスクコントロールも上手な方だし、適度な緊張感は常々強いられたものなれど、旅そのものは順調そのものだった。スノウの行方をなかなか掴めず、ゴールの遠さを実感することこそ多かったものの、のんびり行こ行こ、と二人とも気楽に長旅を続けられたのは、それだけ心身ともに余裕があったからだ。


 まあ、旅そのものはそんな感じで、逆に困った思い出を探すことの方が難しいほど順調。ファインはサニーとの長い旅を心から楽しんでいたし、サニーも、最初は不安もあったけど案外こんなもんか、と肩の力を抜いて、ファインとじゃれ合う毎日を過ごしていたものである。その裏で、革命組織の隠し玉としての顔を隠し、ひっそり革命成就に向けて、青写真を描きつつの毎日に変化はなかった。


 旅に出た日を1として、サニーとファインがマナフ山岳で別れた日を100とする。その期間のうち、1から95ぐらいまではこんなに順調だったのに、まさか96から100の間で、あんなに一気にイレギュラーが降りかかってくるなんて。アトモスの一人娘、革命家サニーはすべてが上手くいっていた数年間の末、夢を目前にいくつもの試練と直面することになるのだった。






 チャプター96、イクリムの町。ファインとサニーが、クラウドと初めて出会った場所である。


 ファインがこの町の町長、カルムに正義感から喧嘩を売るような真似をしてしまい、少々話が揉めたことは大した問題ではない。ファインっていう子は、普段は臆病とも言い換えられるぐらい慎重にものを運ぶタイプのくせに、強い気持ちが勝ると衝動のまま、その後どうすんのって行動をやらかす奴である。付き合いの長いサニーからすれば織り込み済みのことだし、この後ひと苦労したのは事実ながら、サニーの中では大したイレギュラーではなかった。


 問題は、何の因果か知り合ったクラウドが、この後一緒に旅をするようになったことである。彼の助力もあって、ファインの救出を含めて色々とやりやすくなったことは事実だったが、助かったのはそこまで。混血児との旅路を気兼ねしないという、かなり珍しい方の部類に入るクラウドが、タクスの都まで一緒に行こうと提案してきたのが、歯車の狂い始めたきっかけだったのかもしれない。


 内心、旅の連れがいたずらに増えることは避けたいと思っていたサニーだが、クラウドもタクスの都までの同行と言っていたし、この時は甘んじてよしとしたのである。ファインは新しい友達が出来そうな流れに大喜びだったし、断る理由が見つからなかったせいもあるが。

 この時クラウドを突っぱねていれば、この後どうなっていたのかはわからない。クラウドの存在がサニーという革命少女にもたらした影響は、時が経つにつれてどんどん大きくなっていくのだから。良くも、悪くもだ。






 チャプター97、タクスの都。ファインがふとしたきっかけからリュビアを救い、彼女を利用して闘技場の闘士達の、職場に対する不信感を煽ろうとしたニンバスらとぶつかり合った場所である。


 サニーにとって、一番頭が痛かった時の一つがこれである。何せサニー、明確に革命軍に味方する立場でありながら、とっておきの隠し玉であるがゆえ、味方陣営にもその存在が知られていない。ニンバスが革命軍入りしていることは既に知っていたサニーだが、向こうはこちらの事情を知らないのだ。

 自分達の作戦を妨げようとするファインとクラウドとサニーを、ニンバス達が敵視してくるのは当たり前だ。一方サニーは、ニンバスらを自分の味方であると一方通行で知りながら、それと戦う羽目になったのである。


 この時ファインやクラウドの知らないところで、サニーの頭の抱えようったらない。ニンバスを撃退しなければ、そもそも自分が殺される状況になってしまった。それでいて、ニンバスらとの戦いで勝つことを前提の生存ルートも、敵を殺すのは勿論、彼らをお縄につかせる結果に導いても、それはそれで最悪の次にダメ。放置組織にニンバスらが捕らえられては、革命組織にとっての大き過ぎる損失っていう話である。


 人としてのサニーと、革命家としてのサニーで、まず頭が痛い。敵がニンバスのような、客観的に難敵性を説ける相手であることを理由にしてでも、リュビアのことは見捨てようとファインを説得したい、革命家としてのサニーも確かにいたのだ。リュビアとの縁が切れれば、ニンバスと戦う理由は無くなるから。目的達成至上の冷徹を極めるなら、そうするべきだというのも不正解ではない。

 でも、普通に、人として、自分に戦えるだけの力があるなら尚更に、あんな哀れな境遇のリュビアを見捨てて、ニンバスらにリュビアを差し出すことなんてのも難しいのである。あぁどうしよう、本当どうしたらいいんだろうと、綺麗な赤毛が薄くなりそうなほど悩んでいたサニーにとって、旅の連れの二人が、正義感まっしぐらの少年少女であったことは救いだったかもしれない。

 ファインは仮にどんなに説得したとしても、リュビアを守りたいって言っただろうし、クラウドは実際に、そんなファインを読み取って背中を押したぐらい。空気に身を任せ、革命家としては愚策の道を選び、人としての正しい選択を決め込んだサニーは、これにより、結果でものを語るしかなくなったのだった。


 さあ、本当に苦しかったのはここから。いざ戦うことになれば、問題が山積みである。


 前提として敵となるニンバスらは、サニーにとって、"撃退したいが再起不能にはしていけない相手"。普通にぶっ飛ばして勝つだけでは駄目、そうした条件が付くのである。だからフルトゥナに対しては実際に、手間をかけて肩をはずしにかかるという戦略を取り、将来的には戦線に復帰できる程度に戦闘から離脱させたのだ。

 年下の女の子だったからそうしたなどではない。こんな条件付きの戦いでなかったら、命を狙って襲いかかってくる以上、サニーは容赦なく頚椎を粉砕することだって厭わない尖りも持っている。ファインやクラウドのようにサニーは甘くはないのだ。人の命を奪おうとしてくる相手に、なんでこっちだけ優しく、相手の命を慮ってやらなきゃいけないのっていうスタンスを地で持っている。


 本来以上の負担を経て、なんとかフルトゥナを撃退したのはいい。クラウドの助力もあってケイモンやオラージュも戦場から追放できたので、その意味ではクラウドが味方陣営にいたことは、サニーにとっても運びがよい結果に繋がった。問題はその後、ニンバスが待っている。こいつの何が一番厄介って、とにかく強いのである。フルトゥナのように、工夫してなんとか――なんて相手ではない。


 例えばイクリムの町で戦ったマラキアは正直、強いには強い相手だったが、サニーにとっては苦になる相手ではなかった。サニーはそもそも、内に秘めたアトモスの魂の力を借りて、自分本来以上の絶大な魔力を生み出せるという"切り札"があるのだが、マラキアにはそれを使う必要性を感じなかった。サニー自身の地力だけで充分勝てる相手だと簡単に確信できたし、それは結果にも表れている。


 では、ニンバスはどうか。本当に、いよいよ、やばいと思ったら"切り札"があるにせよ、それはサニーにとって最大の秘密を公然の場に晒すことであり、基本的には絶対にやりたくないこと。その上で、先述の条件つきで、強い強いニンバスを撃退しなきゃいけないという状況は、切り札持ちでありながらそれを"使うわけにはいかない"サニーにとっては、倍ほど悩ましいのである。最後まで最大の切り札を抱えたまま、うっかり殺されましたでは、馬鹿すぎて死んでも死にきれまい。

 加えてサニーは自分だけでなく、将来的に利用価値のあるファインのことも守らなきゃいけない。ファインと旅をしていること自体がそもそも、不自然な動機なく聖女スノウを探せる理由付けにすらなっているんだから。


 ニンバスとの戦いは恐らく、彼女のここまでの人生の中で、最も苦しいものだった。ファインがニンバスの稲妻の直撃を受け、地面に落ちて死んでしまったかと思った時には、今までに抱いたことの無い感情が体を突き動かしたこともあった。利用対象でありつつも友達、それが目の前で死に接したあれは、サニーも二度と経験したくない。


 多い課題に加え、胸を引き裂きかねない精神的な痛みを経て、なんとか最良の決着の形に纏め上げられた時は、サニーも心底ほっとした。ファインやクラウドはリュビアを助けられたことに喜び、安堵していたが、いろんな意味で二人以上に胸を撫で下ろしていたのは、他ならぬサニーだったという次第である。






 チャプター98、クライメントシティ。一番多くのことが起こったのは、間違いなくここである。


「もぉ……私がどれだけ悲しんだと思ってるのよぉ……」


「すまなかったとは思ってるよ。泣かせて悪かったな、当時も今も」


「ふふっ、うるさぁいっ……」


 サニーを0歳から7歳まで、彼女がクライメント神殿に引き取られるまで育てていたヘイルという男は、狼に襲われて命を落としたということになっていた。育ての父が亡くなったことに、当時のサニーは大泣きしたのだが、それはあくまでヘイルという名を騙っていたカラザが、ヘイルという人物をこの世から抹消するための芝居に過ぎない。父ヘイルは、カラザという彼本来の名に戻り、今は役者生活を営んでいたのである。


 よくよく考えてみればまあ、サニーに魔術の使い方を教えた師でもあったヘイル(カラザのこと)が、狼なんかに襲われて死ぬはずがないとはわかりそうなものだが、やっぱり当時のサニーは幼いのである。小さい頃の思考のまま、受け止めた現実を事実として育ってきたサニーにとって、カラザとの再会はちょっと泣いてしまうぐらい嬉しかった。タクスの都で一度カラザと会った時も、あれ、もしかして……と感じかけてはいたサニーも、カラザから事の運びの全容と目的をここで聞かされ、数年前の悲しみが至高の幸せに塗り変わる実感を得ていた。


 さて、再会の喜びを分かち合うのもやや短め。二人が一度、じっくり話し合ったのは、カラザが泊まる宿の一室、つまり二人きり。一緒に野良演劇をやろう、と持ちかけて接点を作ったカラザに、脚本の手直しやセリフの確認をするという名目で、サニーが一人で会いに行ってのことである。

 サニーとカラザは共に革命軍の、誰にもその素性を知られぬ隠し玉であり、その二人が接点を作っていることは、誰かに何かを気取られかねない、本来避けたいことである。その上で、野良演劇を一緒にやろうというきっかけまで作って、カラザがサニーとの接点を作ろうとしたのは何故か。話したいことがあるからに決まっている。


「――というわけだ。連中は、よかれと思ってやってくれているようだが、お前にとっては都合が悪かろう」


「あ゛~、またかぁ……こないだもニンバス様と戦ったばっかりだってのにぃ……」


 どうやら近いうち、クライメントシティを、ザームという男が率いる革命軍の一団が襲撃するという話らしい。ニンバスの時と同じで、サニーのことを革命軍の隠し札と知らない連中である。またそんな連中と対立する立場を装わねばならないサニーとしては、早々に頭が痛くなったものである。


 一介の役者としての生活を営んでいたカラザだから、彼自身は直接、現在の革命軍の動きに関与していないのだが、クライメントシティ襲撃軍勢の中には、カラザの忠臣ミスティが混じっている。どうやらそこから情報を得たらしい。話を聞けば、その進軍は現在の革命組織の最高指導者である、セシュレスの命令で行なわれたものではないというのだから、サニーもげんなりである。なんでそんなことになってんの、とサニーが問うてみれば、クライメントシティを襲撃したザームの真意も聞き出すことが出来た。


 この作戦は、セシュレスの側近であり、現在の革命組織のナンバー2であるドラウトが作り上げたものらしい。その目的は、3つある。


 1つは、クライメントシティの要石を破壊すること。クライメント神殿の地底深くに、地底王オゾンが封印されていたこと自体は、意識する人は少ないものの周知の事実である。とうにオゾンは息絶えたであろう現代でも、未だにその封印の要石を、後生大事に保存する天人らの慣習を見て、ドラウトはそれに目をつけたのだ。それらを破壊することによって、天人達に揺さぶりをかけられるのではないかと。結果的にこの行動が、後年サニーがオゾンの魂を獲得するにあたってのサポートになったが、それはあくまで結果論。


 2つ目の目的は、クライメントシティの要石を破壊することによって、クライメントシティ及び天界から派兵され得る天界兵らの意識を、クライメントシティ防衛に向けさせること。クライメントシティ襲撃の後、ホウライの都をセシュレス主導のもと、攻め入ることは予定済みだったのだ。そのホウライ地方に、クライメントシティや天界から、兵力が付け足されることになってしまうと風向きが良くない。

 あくまでセシュレスが攻め入ろうとするホウライ地方が最重要攻略対象であるため、クライメントシティ襲撃もまた、それに向けての布石に過ぎなかったのだ。このクライメントシティ騒乱に加わった、革命軍側の兵力の多くが、ホウライ戦役においては使えないタクスの都の闘士達など、使い捨てで結構の駒を多く含めていたのはそのせいだ。リュビアを使って闘技場の連中の、職場に対する不信感を強く煽ったのは、ザームとドラウトが共に練り上げた策謀である。ザームは昔、タクスの都の闘技場で闘士をやっていた立場なので、事情は色々知っている。


 3つ目の目的は、あとは単純な話で、天人達の有力な都の一つであるクライメントシティに、傷を負わせることである。天界都市カエリス、ホウライ、そしてクライメントシティ。この3つが壊滅に陥れば、ほぼほぼ天人陣営の主たる都は全滅と言っていいのである。最終目標を天界王ありし天界とし、いつかは致命的な壊滅へと導くために、クライメントシティにもダメージを負わせておくことも、ついで程度に狙われていた。


 要点を纏めると、ザーム率いる革命軍は、とりあえず要石を壊しまくって、街に手酷いダメージを与え、だけどこの日にクライメントシティを全壊させるつもりもないから、頃合いを見計らって、兵力が後に残るよう撤退するという作戦。そうして天人陣営の意識を、クライメントシティが危ういという状況に向けさせ、その隙にホウライ地方を完全に叩き潰す、というところまでが作戦の全容である。


「事情はわかったわ。つまり私達が何もしなくても、革命軍は勝手に撤退してくれるんだ?」


「だから、出来ればおとなしくしていて欲しいところだが……まあ、無理なんだろうな。ニンバスらとも戦ったお前達だものな」


「そーなのよぉ……今の友達二人、正義感バリッバリだし絶対黙ってないわ……」


 話を聞くにつれ、無視してやり過ごしてみたい希望にも駆られたサニーだったが、連れの性格を思えば思うほど、そういう選択肢もないんだから困りもの。クライメントシティを荒らす暴徒が現れれば、ファインなんか絶対に黙っちゃいないだろうし、クラウドだってそうだろう。ファイン一人だったら、なんとか口八丁で戦場から遠ざけることも出来そうだが、クラウドがファインを支持するのは見え見えだから、そういう手段も取れまい。


 ニンバスとの戦いでは、クラウドのおかげで随分と上手くことを運ばせて貰えたのだが、やはりこういう状況になってしまうと、根本でクラウドのことが邪魔にもなってくる。ファインとの二人旅であった頃が懐かしい。ファインはサニーの言うことなら何でも聞いてくれるから、二人きりならどうとでも操れるっていうのに。


「……まあ、上手いことやるわ。特にその、ザームって人が指揮官なのね? 傷はつけないようにする」


「どうやらエンシェントのようだし、実力も相当だ。普通に戦ってもそう簡単に勝てるような相手ではないから、そういう意味ではやりやすいかもな。ただ、不覚は取らぬよう気をつけるように」


「ええ、わかってる。我が身の安全第一で戦って、攻め気はほどほどにってとこでしょ」


「それと、もう一つ。私の従者――ミスティという少女がいるのだが、それとは絶対に交戦しないように。あれは正直、百年に一度生まれるかどうかの魔術の天才だ。まともにやり合えば、お前とて勝負がどうなるかわからん。それとお前が潰し合うなどという展開だけは、絶対に避けねばならんからな」


「ミスティ、ね。覚えておくわ、特徴はある?」


「赤白青の服を着ているから、それですぐにわかる。こちらからもミスティにはお前達のことを伝えておくから、万が一直面することがあったとしても、さりげなく離れろ。向こうもそれに合わせてくれるだろう」


「ええ、お願いするわ。……ああ、そうだ。それじゃついでにさ」


 カラザが概ね伝えるべきことを伝え終えたところで、サニーがふと、一つの思いつきを抱く。カラザとミスティ、事情を分かり合える味方が二人いるなら、頼めることもあると閃いたのだ。


「ファイン、ってわかる? 私の友達の、女の子の方」


「あれがそうか。それがどうした?」


「あなたとミスティって子で、ファインだけは保護してくれない? 殺されちゃ、困るのよ」


「混血児の少女か。随分とお前になついているように見えたが、どちらの意味でだ?」


「どっちって?」


「利用できる駒を落としたくないのか、情が移ったのか」


「……両方、かな」


「ふむ……まあ、わかった。ミスティにも伝えておくし、そう計らおう」


「ありがとう」


 ファインだけだ。クラウドも同じようにしてくれとは、この時サニーは言わなかった。




 表面上はどこもかしこも、命を懸けたぶつかり合いのクライメントシティ騒乱だったが、サニーに限っては周りと全く違う思考回路で動いていた。不自然ないよう、ファインやクラウドと共に戦場を駆け、暴徒達をぶちのめして回る。そんな自分の行動が、革命軍の兵力に傷を負わせることになるのはわかっていたが、仕方ない。中途半端にあれもこれも取ろうとして、自分の立ち位置を不審がられるよりはその方がいい。


 地中から巨大植物が生えてきて、ファインをぱっくり食べて地中に潜っていった時は、サニーもしめたと思った。あんなこと出来る人、それも何気に判断力に秀でたファインの隙をついて、彼女を捕えられるような術士なんかカラザしかいないのである。ああしてファインを地中に引きずり込んで、安全圏へと持っていってくれたことに内心ではほっとしつつ、クラウドには迫真の演技で取り乱したふうを見せる。

 なんだかあの辺りの演技力、役者のカラザとは離れて育ったくせに、おかしな所でも育て親の才覚を継承しているものだから不思議なものである。野良演劇でも地味に演技にノリノリだったサニーだし、蛙の子は蛙といったところだろうか。二人とも、蛙と言うより本性が蛇だけど。


 とはいえカラザも、自分の正体をまだファインないし一般人に明かせる立場じゃないし、地底に引きずり込んだファインを拘束することに専念は出来ないだろう。となれば、ファインはそのうち勝手に動き出すだろうし、サニーも地下への道を探してファインと合流するルートを選ぶ。実際ファインは、カラザが一応程度に残しておいた書き置きも無視して動き出していたし、サニーの判断は正しかったわけである。


 地底にてザームと遭遇した時は、ああこいつがザームかってサニーも薄々わかった。指揮官のオーラがあったので。地下にて開戦してしまったが、サニーの望みどおりザームもとっとと地上に逃げてくれたし、あとは地上にて、サニーはザームと一騎打ちの状況を作りにかかった。適度に戦うふりをして、最後にはザームが逃げるように促すだけのお仕事である。思ったよりザームが強かったので、ヘタに手を抜きすぎると自分が危なく、案外な緊張感はあったけど。


 サポートしてくれたのはミスティだ。保護対象と伝えられていたファインに目をつけ、彼女がファインの相手を引き受けてくれた。この時も、しばらく後にクライメント神殿で戦う時もそうなのだが、ミスティはファインをぐうの音も出ないぐらい圧倒している。はっきり言って、その気になれば殺せるタイミングなんかいっくらでもあったものだ。それでも、いずれの時もそうしなかったのは、サニーがカラザを介し、ファインを殺さないように頼んでいたからだ。

 対ファインにおいては、痛めつけていたぶって言葉責めしたりと、性格の悪さを表したような戦いぶりが目立ったミスティだが、それはファインを殺さないように命じられていたからである。それがなければ、ファインは一回目のミスティとの交戦で、とっくに殺されていたかもしれない。残忍さを強調するように、ファインをいじめるようなことばかりしていたミスティの真意とは、結局殺すつもりはないんだという本心を、ファインに悟られないようにするためのものだったのだ。


 ある程度時間を稼いだ後、ミスティがファインを見逃した辺りでもう、サニーもザームとの戦闘芝居を終了済み。クラウドもタルナダを相手に辛勝したようで、表向きはファインとクラウド、サニーの活躍が暴徒達の頭を退け、クライメントシティ侵攻軍勢を撃退したような結末になったのである。何もしなくても勝手に撤退する、そんな侵略軍であったことなど、サニー以外のクライメントシティ陣営にはわからないのだから。






 チャプター99、天界都市への旅。サニーらがクライメントシティを救ったというふうに、世間的には言われるようになったことで、まさかの天界王様からのお呼び出しがかかってしまった。


 困ったのは、テフォナスとハルサまで同行してくるという点。リュビアとは都合よく別れることが出来たが、これ以上旅の連れが増えるのはどうにも。陰の革命家としては、動きづらくて仕方ない。いつかは攻め入ることになるであろう天界に、一度堂々と入って様子を見ておけるというのは悪くない気もしたが、天界兵の二人と旅をし、行動制限がかかるというデメリットには釣り合わない。


「そろそろ、単独行動に移りたいんだけどねぇ……」


「確かにいつまでもあの二人と行動していては、身動きもとりづらいだろうな。何なら私が一策講じて、お前と連れを引き離してやろうか?」


「出来そう?」


「不可能ではないと思うよ」


 クライメントシティから天界都市カエリスへと出発する前、カラザに挨拶に行くと言って彼の宿に向かったサニーは、最後の作戦会議をしていたのである。ぱぱっとカラザが簡単に作り上げてくれた作戦では、天界都市へと向かう中で、カラザとアストラがサニーらを迎え撃つというもの。その過程を経て、サニーをファインらと別行動出来る状況に持っていこうという魂胆である。


「天界都市へ向かう道のりでいいか?」


「いや……せっかくお呼ばれされてるし、天界には一度入っておくわ。天界都市から私達が帰ってきて――あ、違うや、聖女スノウがホウライにいるっていう情報があるから、次はそこに向かう話になってるんだっけ。だからそうね、私達がマナフ山岳を東に進んで、ホウライに向かっているところで襲撃してくれればいいわ」


「では、そうするか。連れはどうする?」


「殺さないで。特にファインだけは、はずみでどうこうっていうのも勘弁して欲しい」


「クラウドという少年は?」


「……どうしても、なら仕方ないわ。でも、出来るだけ殺さないで欲しい」


「ふむ?」


「……なに?」


「いや、別に。では、簡単に思いつく風に話を進めるとだな――」


 革命家のサニーとしては、イレギュラーな旅の連れであるクラウドのことは邪魔者でしかないはず。それを、どうしてもというならと前置きはしつつも、殺すことは避けて欲しいとサニーは言う。サニーはそのおかしさに気付いていなかったようだが、カラザはそんな彼女を見て、単なる冷徹な革命家ではなく、いい友達に恵まれた結果、人なりの性格も育まれているのだなと、内心では微笑ましい気分でもあった。

 なんだかんだで7年間、可愛がって育ててきたサニーなのだ。カラザも彼女に対しての、愛着は沸いている。


 作戦はいたってシンプル。恐らくホウライ行きの旅路では、テフォナスやハルサともお別れした後になるので、ファインとクラウドとサニーの3人をカラザ達が襲撃する想定で作戦草案は纏められた。結論としては、まずは3人をカラザが襲撃し、なんとかクラウドをカラザと一対一の状況に持っていって、サニーとファインだけが東へ。そこへアストラが待ち構え、交戦し、あとはサニーがアストラを道連れにするような形にして作戦完了と。それを以って、サニーはファインやクラウドと離れる結果を導こうとした。


 それを基本とし、ここまで台本は出来ていた。






 チャプター100。ついにファインとの離別となった、マナフ山岳での出来事だ。


 天界王との謁見を終え、ホウライに向かおうという時に、最大のイレギュラーが発生する。テフォナスとハルサの二人が、まだついてくるらしい。サニーは逐一渋ったが、ホウライに向かうよう天界王に命じられた二人が折れてくれるはずもなく、結局サニーは、テフォナスとハルサを含む5人で、マナフ山岳を越えていくことになった。カラザとアストラが待つ、マナフ山岳へだ。


 渋ったのはイレギュラーを嫌ったわけではない。本来、これぐらいのイレギュラーは想定内だ。もしもそういう展開になるようなら、天界兵のテフォナスとハルサなんか殺してくれればいいという話で纏まっていたし、カラザはそれが簡単に叶えられる人物。テフォナスとハルサがいるからって、作戦に支障をきたすようなことは無いのである。


 天界兵なんか消してしまうことに容赦なし、と、カラザとサニーの意見が合致していたのは、出発前の話なのだ。


 天人思想に則って、混血児のファインを冷たい目で見るような二人だったから、別にこいつらがどうなろうとサニーは知ったこっちゃなかった。途中で立ち寄った宿にて、親睦を深めてしまったのが恐らく失敗だったのだろう。

 宿の主人との料理対決をきっかけに、テフォナスとハルサがファインを見直して、普通に接してくれるようになってしまった。それって、何気ない出来事のように見えて、二人の悪くない性格を証明するものですらある。


 だって、テフォナスもハルサも天人で、混血児なんか屑でしかないっていう教育を、幼い頃からみっちり教え込まれてきた二人のはず。それでいて、ファインを見る目を改めて、普通の一人の女の子として接してくれる二人っていうのは、話せばわかる奴ってことなのだ。


 イクリムの町で、司法官のような立場を務めてくれた時のテフォナスが、サニーにとっての彼との初対面であったし、その時も彼への印象は良くなかった。クライメントシティでテフォナスと話した時も、正直サニーはテフォナスのことを好きになれなかった。

 ファインと普通に接してくれるなら、サニーがテフォナスを嫌う理由はなくなる。差別意識を捨てた、あるいはどっぷり浸かっていた過去の価値観すら改めて、歩み寄ろうとしてくれているとも言えるのだから。だからサニーは、テフォナスらがファインと普通に話そうとしてくれるようになってから、えらく機嫌がよかったのだ。案外この人たちのことも、人として好きになれそうだなって思えたからである。


 カラザとアストラが待つ、マナフ山岳に二人がついてくるということは、永遠の別れを伴うということだ。短い間での出来事でだが、二人が殺される結果を避けようとしたサニーの心の変遷は、今までの彼女らしくない行動に僅かに溢れつつも、誰も気付くことなど出来なかったのである。


 作戦は変わった。テフォナスとハルサが自ら名乗り出て、仮面の男として現れたカラザを、二人で仕留めると言い出したのも理由の一つ。クラウドやファインと共に、テフォナスとハルサを蛇籠の中に見捨てて駆け抜けたサニーの心中が複雑であったのは、親しみ慣れたカラザですら知り得なかったことだろう。


 アストラとの交戦を経て、サニーはアストラを道連れに崖の上から飛び降り、ファインらと離れた。ファインのそばで、革命家としての顔を隠し続けた日々はもう終わりだ。きっと次に会う時が、自分の本性をファインにも知られる時。

 それは革命を為した時か、あるいはその過程の中でか。本当の意味でサニーが腹を括ったのは、きっとこの日のことである。











 少々この後に困ったのはカラザである。セシュレスと共に、ホウライ地方を攻め込むことは決まっていたカラザであったが、ファインもホウライ地方に向かう身であるという話。サニーに殺すなと頼まれているファインと、ホウライ戦役でも相対することになったら話がややこしくなる。

 まさか革命軍に、ファインという少女だけは手にかけないでくれと頼むわけにもいくまい。革命軍にとっても乾坤一擲のホウライ戦役で、そんな行動制限を味方にかけるのは愚の骨頂である。


 やむを得ず、ホウライ戦役のみにおいては、カラザもアストラもサニーの意向を反故にした。万が一、もしもホウライ地方でファインやクラウドと戦うことになれば、その時は全力でやろうと。二人とも、マナフ山岳で一度戦っているんだから、ファインとクラウドの強さはわかっているのだ。彼らの命を残すことを最優先にして戦っていては、自分達の命こそ危ない。ましてホウライにはスノウもいるわけで、ファインら含めた3人を相手に、全力でない戦い方なんてしている余裕はなかろう。


 炎天夏(サマーフレア)という、敵も味方もお構いなしに焼き払う焦土作戦用の秘術を武器に参戦するカラザは、一番最後の出撃となった。カラザもアストラもそうなのだが、このお互い以外に、焦土作戦時に並んで戦える仲間っていうのがいないのだ。全力を出すと、必ず生半可な味方を巻き込んでしまうからである。

 そうして一番最後に、カラザとアストラがホウライの都入りを果たした時、ファインもクラウドもまだ継戦しているっていうんだから、二人からすればいよいよ正念場。ドラウト、ザーム、ネブラ、何よりセシュレスとミスティを含む軍勢を相手に、生き延びてきたっていうんだから、殺さず勝つなんて選んでいる余裕のある相手なはずがない。


 カラザもアストラも、ホウライ壊滅というノルマの達成という縛りこそあれど、この時ばかりはサニーとの約束も忘れ、ファイン達を殺すつもりでかかった。それでも勝ったのは少年少女の側。敗北して命を落としたアストラだが、彼の魂を手にして去ったカラザも、友人が死んだ悲しみと、長い生の果てに満足のいく戦いの中で散っていった友人の末路に馳せる想いで、複雑なものだった。


 永遠は半ばを過ぎた。恐らく向こう千年すらも生きられたであろう長寿の原種(ジェネシス)の片方が、ついにこの世を去ったことに、カラザも時の流れを実感するばかりだった。胸の内に脈付いた自分の命の横、親友であった男の魂を擁するカラザの想いは、単純な感情を表す単語では語り尽くせない。長生きし過ぎた古代人の千年の友情は、百歳にも満たぬ人間の言葉で説明することなど不可能だ。











 時は満ちた。ホウライの都は陥落し、もはや領地を保つことに全力を注ぐ他なく、機能不全に陥った。すなわち、仮にクライメントシティが攻撃された際、ホウライからクライメントシティに派兵させる体力が失われたということであり、クライメントシティを侵攻することが以前よりもしやすくなった。


 誰かがクライメント神殿の最奥にまで辿り着き、オゾンの魂を獲得する。それが現実味を帯びてきたのだ。


 ホウライ戦役を終えたカラザは、ただちにサニーとコンタクトを取りに行った。時が満ちるまでマナフ山岳の近辺にて、他者との関わりを最小限に抑えていたサニーと、マナフ山岳の一角にて二人きりでの対面だ。傷が未だに癒えぬままのカラザだが、スノウと再会したファインらがクライメントシティに帰郷することは予想がついていたことだし、急ぐ必要があった。


「そう……」


「気にするな、アストラは満足してくれている。お前が気にかけることはない」


 カラザにとっての親友であったという男、アストラとの面識には欠けるサニーだが、それが一足早く先立った事を聞いたサニーも、えも言われぬ顔を隠せなかった。サニーにだって、ファインという親友がいる。友を喪うことの寂しさは、想像できないわけではない。強力な兵の一人が去ったことを残念がる、そんな想いから出る表情や態度ではない。


「元々アストラは、長寿に興味が無いとさえ言っていた奴なんだ。こうした終わりもまたあるべきことと、私の中で運命を肯定してくれている。あとは生き残った私達が、生の許す限り全力を尽くすことが、亡き者に対する最大の弔いだ」


「……うん、わかった。頑張りましょう」


 両手で自分の頬をぱちんと叩いて、カラザにクライメントシティ侵略作戦の全容を聞く。こちらの有力候補、セシュレスもドラウトもネブラもザームも、ミスティも生存しているのは大きい。ニンバスを含む、鳶の翼の傭兵団は未だ傷が深く、クライメントシティ侵略に関われないのが痛いところだが、それでも何とかなるだろうとはカラザも結論を導いている。


 と言うより、カラザとセシュレスは、ニンバスをクライメントシティの侵略に加担させることをあまり良しとはしていなかったのだが。何故なら彼も、クライメントシティの出身者だからである。使えるものは出汁が出尽くすまで使いきりたいのが参謀心理だが、スノウやファインというクライメントシティ出身者を相手取る可能性がある上で、舞台が故郷という状況はニンバスの心を乱し得る。たとえ彼が割り切っても、彼らの部下も頭領を慮るだろう。鳶の翼の傭兵団の傷が深いことを理由に、クライメントシティ侵略作戦のことをニンバスらに伝えすらせず、参戦を阻んだセシュレスには、ちゃんと意図があったのだ。


 問題ない、それでも勝てるという算段は揺るがなかったのだから。迅速にクライメントシティを攻め落とし、ファインらが帰郷するより先にオゾンの魂を獲得するという目標を胸に、カラザとサニーの作戦会議は終わった。


「ただな、サニー」


「ん?」


「ファインという少女だが、必ずお前と顔を合わせる状況には至ると思う。今までずっと、お前は自分の本当の立ち位置を隠してきただろうが、それをかの少女に明かす覚悟は出来ているか?」


 ファインがクライメントシティに帰郷するより早く、クライメント神殿を占拠できたとしても、それが広く報道されることになれば、スノウもファインも帰郷を急ぐだろう。オゾンの魂の封印を解くのには時間がかかることが想定済み。クライメントシティでサニーがファインと顔を合わせることは、想定して然るべきである。


「……勿論よ。いつかは必ず、そういう日が来るってわかってたもんね」


「そうか。頑張れよ」


 もう、後戻りは出来ない。カラザと別れ、運命の日が訪れるまでの時間は、サニーにとってはいやに長引いて感じられたものである。






 カラザを指導者として、"アトモスの遺志"はクライメントシティを攻め入った。かつてザームの主導のもと、暴徒達に荒らされまくったクライメントシティは復興途上で、戦力の回復も追いついていない。今回の侵略においては、焦土戦法を取る必要の無いカラザも、味方を巻き込むような戦い方がそもそも不要であったため、最強の兵として自由に立ち回ることが出来た。

 ドラウトやザームという強兵を前列に含む地上侵略軍と、ミスティを一番槍に据えつつネブラという支えもいる空中侵略軍が主軸。抜かりの無い布陣である。クライメントシティの制圧、およびクライメント神殿の占拠は危なげなく終えられた。


 この時、サニーとセシュレスはどうしていたか。いよいよ軍勢がクライメント神殿に到達せんと言う時に、天人陣営が最も頼りにしていたのはブリーズである。彼もまた、天人達の間では最強の一角に数えられる術士であった。

 さりとて、混乱を極めたクライメントシティの間隙を縫い、神殿へと到達したサニーとセシュレス。いかにブリーズが有力な術士とは言っても、この二人を相手に勝てるほど化け物ではない。


 親殺しと言うべきか、否か。最後にブリーズを手にかけたのはサニーである。そしてブリーズの魂を、他者の魂を強奪する魔術で獲得したセシュレスにより、ブリーズの魂と彼の魔力は、セシュレスの手元に移ったのだ。


「ここから先は、見るに耐えられるものではない。さあ、神殿の奥へ」


「ええ……わかってる」


 その手にブリーズの喉元を引きちぎった感触が残る中、サニーは心を無にして、クライメントシティの奥へと駆け抜けた。その後方、ブリーズの服と、顔の皮を剥いだセシュレスが、ブリーズの顔と形を乗っ取りなりすます光景が、密かにあった。

 人の顔の皮を仮面のように纏い、その人物になりすますなんて、そんな着せ替え人形のようなことが普通の人間に出来るはずがない。可能なのは、特別な秘術と技術を併せ持つセシュレスだけだ。そんな手腕を持つ彼だからこそ、アトモスが敗れて革命軍が壊滅し、その残党を追う天人達の包囲網からも、数年に渡って逃れ続けてきたのだろう。


 やがてクライメントシティに、天界から派兵されてきた天界兵達が、大挙を上げて攻め入ってくる。オゾンの魂を奪わんとするアトモスの遺志から、クライメント神殿を奪還するためだ。街の侵略時以上に、この迎撃戦争こそが最も熾烈を極め、事実この戦いで、ドラウトも継戦不可能な傷を負っている。ザームも本来、あの後レインと戦えるようなものではないはずの、大きなダメージを負っていた。


 カラザと、ミスティと、ブリーズになりすましたセシュレス。革命軍の切り札はこの3人だ。強い天界兵の数々を軒並み撃墜し、奪還軍を鎮圧してなお、クライメント神殿の最奥にてオゾンの魂を獲得するため汗を流しているサニーを守るため、この3人が神殿の占拠の主軸を担っていた。


 3人は、すべての目的を叶えた。サニーがオゾンの魂を獲得するまで、クラウドを足止めし続けたセシュレス。同じくその時までファインを足止めした上で、彼女を殺さないようにするという命令も完遂したミスティ。やがては革命後の大きな障害となるであろうはずだった、聖女スノウに手をかけたカラザ。クライメント神殿に挑んだファイン達は、やがてサニーにまで接触するところまで結果を導いたが、すべては後の祭りである。


 アトモスの遺志。亡き彼女の望んだ未来を受け継いだサニーは、地底王オゾンの魂を獲得し、自身の才覚に加え、最強の混血種と地人の魂を胸にこの世を発つ。天界へと駒を進め、天人社会の象徴たる王を討つことを最後の目標に、彼女は我が道を邁進する。


 得たものも、失ったものも多かった17年間。長い旅の一つ目のゴールが、すぐ目の前に迫っている。

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