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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第16章  低気圧【Truth】
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第235話  ~ファインとサニーの話  9年前~



 育ちの村を離れ、クライメント神殿に移り住んだサニー。地人だけが住む、貧しい農村に過ごしてきた彼女にとって、天人の聖地と呼ばれるクライメントシティの中枢、神殿にお引越しだというのだから、サニーを取り巻く環境の激変っぷりは凄まじい。


 まず、大司教ブリーズ様を、お父様と呼ぶように言いつけられる。育ての親であるヘイル(カラザのこと)を、そのままヘイルと呼んできたサニーからしてみれば、養父をお父さんと呼ぶのも新鮮な経験に含まれるというのに、そんな高貴な言葉遣いなんて非日常も非日常。

 曲がりなりにもクライメント神殿で重役を務め上げ続けてきたブリーズ、貫禄めいたものも充分に醸し出しており、当時7歳のサニーからしてみれば、こういう人をお父様と呼ぶのはけっこう緊張したものだ。なんだか、童話の中に登場するどこかの国の王様に、本当に話しかけているような気分になるし、ともすれば夢見がちな年頃の女の子にとって、ちょっとわくわくする毎日だったと言ってもいい。


 ただ、サニーにとってクライメント神殿内の暮らしは快適ではなかった。ブリーズの後継者候補として、彼の養子に招かれたのは5人いたのだが、そのうち1人がサニー、他の4人はみんなサニーより年上の天人の男の子。新環境で、いきなり一緒に住めと言われたきょうだいが、性の違う年上ばかりじゃ仲が良くなるまでにも時間がかかる。妹の立場にあたるサニーのことを、4人の新しい兄らもそう邪険にはしなかったが、関心が強かったわけでもなく、いまいちこの家族間においてはサニーは浮き気味だったのが否めない。


 また、ブリーズのすぐそばで過ごすようになったサニーは、徐々にブリーズという人物に対して幻滅していくことになる。もっとも、サニーから見た初対面当時のブリーズは、いかにもお偉い様感満点だったし、当初のサニーは幼心にブリーズを高評価しすぎていたから、彼の本性を知るにつれて評価を下げる際、落差が大きかったという部分もあるのだけど。




 まず、養子を迎え入れてからひと月経たずして、いきなりブリーズが妻を娶った。それも、何人もだ。正室と側室の泥沼抗争を目の当たりにして、女という生き物が信用できなくなったんじゃないんかいと、けっこう多くの人が心中で突っ込んだものである。久しぶりに妻を娶りたくなったんだがいい女はいないか、と、最初ブリーズに相談された彼の側近も、手馴れた旅芸人ばりに美しくずっこけそうになった。


 どうやらブリーズ、後継者候補が5人も出来たことで色々肩の荷が降りたのか、単純に女を抱きたくなったらしい。なにせ、かつて彼にとっての妻との夜の営みは、夫婦間の愉しみではなく、何としても自らの血筋を残さねばならぬという使命と切り離せなかったので、あんまりいい思い出ではなかったのだ。過去の本妻はなかなか子を宿せない体の持ち主だったし、そういう意識も強くなっていったのだろう。

 そう考えると、本妻とのみの夫婦関係であった頃のブリーズって、けっこう自分の立ち位置に対して生真面目な一面を持っていたとも解釈できるかもしれない。実際、その頃の彼がそれで真剣に悩む姿を見て、部下も知人らも心から応援できたし、大司教としての彼の姿に尊敬心だって抱いてきたのだし。


 45歳になってから、ようやく後継者問題が解決に向かったことによって、色々ブリーズも気が楽になったのだろう。失った青春を取り戻したくなったと言いますか、年甲斐も無く、遊びたい想いが膨らんできたらしい。どうなんでしょうねぇとは部下も知人らも思っていたが、長年苦労してきたブリーズのことは知っていたし、少しはその地位を利用して羽目をはずしてもいいんじゃないかなって、甘く出てブリーズの提案を呑んだのである。そもそもブリーズはかなりの権力者だし、たとえ本音では倫理観から反対したかった者がいたにせよ、物申すのは難しい環境でもあったが。


 こうしてブリーズは、大司教様に妾として抱かれることも結構と思える女を数名、自分の周りに侍らせる性活を始めたのだった。過去のお家騒動から教訓を得、妾らとの間に子が生まれても、そこに大司祭の後継権は一切生じないという取り決めは、あらかじめ定めてである。

 股のゆるい女たちからしてみれば、別に自分の子供に地位が約束されないと事前に定められていても、大司教様の妻ともなれば優雅な生活も約束されるし、我が子が生まれるなら、その子もいい家で育つことが出来るってなもん。愛無き体だけの侍女関係でも、大司教様と血縁関係になれるならいい話だ、と食いつく、若さだけが売りの女が多かったのも少々考えものだが。


 なんだかんだでこんな父の姿も、思春期の男の子達、ブリーズの養子らには、いいなぁなんて思われるんだから困ったもんである。性に強い興味を持つ年頃の男子が、ハーレム生活を送る父を間近に見ていれば、三大欲求の中でも一番お盛んな奴が騒ぐのだって無理はない。父ブリーズの、お前達も頑張ればこういう生活が出来るようになるぞ(要約)という教えを受けた4人の養子が、立派な後継者になるよう頑張ろうとする姿って、いいのやら悪いのやら。情操教育上それはどうなのっていう客観的な観点半分、すけべ心きっかけとは言っても自己向上のモチベーションが高くなること自体は悪くない、むしろそれでこそ若者って頑張れるものだしっていう俗な観点半分で、なんとも複雑。


 後年カラザの語りきいわく、若いうちに遊んでおらず、年をとってから遊びに目覚めて嵌まっちゃう人っていうのは、往々にしてこう、道理に欠ける自らに無自覚になってしまいがちらしい。性的な話でも、あるいは賭け事などでもそうだが、世の中にはこんな楽しいものがあるのか、と、年がいってから初めて知ると、若いうちに学ぶべきであった引き際やら一線やらを、自己理性で正しく定められないからそうなるそうだ。

 なのでカラザは、若いうちに遊んでおきたいという若者に対しては、失敗もするかもしれないけど今のうちにいっぱい遊んで人生経験を積んでおけと、むしろ肯定するタイプであったりもする。20歳前後で遊び過ぎて、おいたしてしまう苦い経験も、その者が40歳を迎える頃には教訓として残り、その頃には同じ失敗をしない大人として次代の若者を導く立場になり得る一方、逆に若かりし頃の経験が浅いまま大人になった者が、そんな年でそれをやっちゃいかんでしょうと言われるような大人になり、若者からも呆れられるのは一番駄目という理屈である。


 ブリーズもまさにそれが当てはまる人物であり、若い頃に青春を謳歌する暇もなく、先代大司祭の一人息子として真面目真面目に育ってきたせいで、年をとってからこんな風になってしまった部分もあろう。その辺りも全部汲んで、彼の若い頃からも知る側近らも、だらしないブリーズを苦々しく許容しているわけだが、サニーからしてみれば何なのこの人ってなもんである。

 結婚っていうのは初恋の人と愛を以って結ぶ素敵なもの、という7歳のサニーの夢見がちな発想も少々幼いのかもしれないが、やっぱり一般的な発想に近いのはそっちで普通なのではなかろうか。女を何人も侍らせて、触りたい時に好き放題、女の体を揉みしだくブリーズの姿って言うのは、単純にサニーにとっては生理的に受け付けられなかった。




 そんなことより何よりも、サニーにとっては、何かにつけて地人や混血種を下に見るような、ブリーズと妾らと兄達の発言や態度が面白くなかった。みんな天人である。そういう価値観で当然のように育ってきているのだ。サニーも天人であるが、そもそも彼女は天人優越の思想を根底に育てられていない上、育ちの村では地人の優しい大人達や友人と一緒に暮らしていた立場。

 彼女のこれまでの人生の中で、好きになれた人たちっていうのはみんな地人なのだ。それを、天人じゃないというだけでこき下ろすような言動を繰り返す、ブリーズをはじめとした家族の態度は、目の当たりにするたびサニーも胸がちりちりしたものである。


 天人達はそういう奴だ、きっとお前はそれを見て聞いて嫌な思いをするだろうが、絶対にそれを顔に出したり反対したりはするな、さもなくばお前が革命の使徒であることもばれてしまいかねない。あらかじめ、そうカラザに重ね重ね釘を刺されてから、ここクライメント神殿に引っ越してきたサニーだったから、耐えることも出来たのだ。正直なところ、無垢な子供にとってはこの我慢も相当なストレスであったはずだが、長らく耐え続け、そうなんですねと同意するふりを拙くも継続し続けたサニーなんだから大したものである。


 表面上は天人至高主義の家族に話を合わせ、腹の底ではそんな偏った価値観の天人に呆れながらのクライメント神殿生活。それをサニーはしばらく貫き通した。地人と共に育ったという、ちょっと瑕のある経歴ながらも才女に違いないサニーを養子に導き、幼い思想を天人らしいそれに塗り替えてやるのも一興と思っていたブリーズが、サニーの上っ面にしばらく騙されていたのだから、子供ながらにサニーって既にこの時から、カラザのしたたかさをきっちり受け継いでいたのである。


 正直な話、女に溺れてうつつを抜かしまくっていたブリーズの目が、長い間曇りまくっていたせいもあるのかもしれないけど。人間誰しも、いよいよ道を踏み外す時はあっという間であり、それにすらなかなか気付けないことの方が遥かに多いのだ。間抜けな話にしか聞こえなくとも、例を変えれば誰にでも言えそうな、明日は我が身の話である。











 そんなわけでサニーは、新しい家であるクライメント神殿での暮らしは、裕福でありつつも不快な想いをすることの方が多かった。そんな彼女が、クライメントシティでなんとかやっていけたのは、家にいる時間は気分最悪としても、学校に通っている時間はそんな不快空間からも離れ、楽しく過ごしていられたからだろう。


 何せ大司教ブリーズ様の養子である。あの子とは仲良くしておきなさいと、一般人の子供達も教えられるのだ。一般的な子供達が集まる学校においては、サニーをちやほやしてくれる天人の子供達も少なくなく、サニーはそこそこの人気者に近い立ち位置だった。

 もっとも、元よりサニーは気立てがよく顔立ちも可愛らしかったし、そういう家柄の後ろ盾が無くても同じ結果だった可能性が高かったが。社交的なのは元々だし、たとえば転校したってすぐ、その新天地に馴染んで友達を作っていけるタイプである。


 勉強も出来るし成績もよく、先生達もブリーズ様のご養子ということを抜きにしたって、なかなか秀才な子だと思えたし、出来る子認定されると大人達も優しくしてくれる。友達にも恵まれたし、学校生活はサニーにとっては楽しいものだった。正直、家に帰りたくないなぁと学校で思うことも多々あったぐらいである。


 この頃のサニーは、学校の一つ年下にいる、とある混血児のことなど殆ど知らなかった。なんかそういう子がいるらしいということは知っていたが、やはりサニーだってまだまだ子供、自分の周りの子達と一緒にいる時間の方が大事。自分が過ごす学校の一角とは違う空間で、友達一人にも恵まれずに一人ぼっちだった女の子のことになんて、構っている暇なんかなかったのである。




 その状況を一変させる出来事は、サニーが8歳の時に突然訪れた。それは、安息日で学校が休みであり、サニーがとある公園で友達と遊んでいた時のことである。


「……ん?」


 なんだか、ちょっと遠くが騒がしい。なんだろ、なんて思いながら、友達と一緒にそちらに向かって歩いていく。この時、その行動によってサニーは、計らずして人生の分岐点に立ち会うのだから、子供の好奇心というものは中々に偉大なものである。


「えっ、ちょ……何アレ……?」


 それは、子供の世界で言えば地獄絵図のようなもの。怪我をした子供達が倒れて立ち上がれず、体のどこかが相当に痛むのが明らかなほど泣き叫び、そんな子供が数人だ。男の子も、女の子も、たくさんいる。突然のことに、そんな子供を数えることをその場でしなかったサニーだが、泣き叫ぶ子供の数は5人にも上っていた。


 そしてその輪の真ん中で、泣きながら大暴れする女の子がいたのである。年の近い子供達に、殴られても、蹴られても、止まらず暴れて掴まれても振りほどき、噛みついて、頭をぶつけて、男の子が相手だろうと泣かせて、自由になったら倒れて動けない誰かにも飛びかかる。もはや狂犬のような様相だと言っても過言ではない。


「あ、あれってファインじゃ……」


「ファイン?」


「う、うん……混血児の、私達より一つ年下の……」


 怯える同い年の女の子に身を寄り添われながら、サニーも正直恐怖を感じたものである。子供にしてみれば吠える犬だって怖い。あんなふうに、何人もの子供を、男の子も女の子も問わずにぶちのめして暴れる女の子なんか、自分に敵意が向いていなくたって恐怖を感じるものである。


 やがて大人が駆けつけてきて、ファインを取り押さえる頃には、ファインに関わった子供達の誰一人として、泣いていない者などいなかった。怪我して血を流す子もいれば、倒れた時に変な手のつき方をして、手首をひどくやってしまった子もいる。ファインだって、どういう経緯でこんな大暴れをしたのか知らぬが、大人に押さえられても暴れようとして、大人の手や指に噛み付こうとするのをやめない。わめく声も、流し続ける涙も止まらない。


 初めてサニーがファインのことを見知ったのはこの時である。最悪の第一印象であったのは言うまでもない。






 我が子をファインに怪我させられた親達はたいそうご立腹であった。こうなってしまった経緯を聞かずして、ファインに対してだけ敵意を向けるのも厳密には正しいものではないが、我が子が、しかも混血児に怪我をさせられたという状況に対面し、怒らない天人でいろというのが無理な話である。血筋はともかく、親心っていうものはあるから、この感情的な憎しみ自体は罪深くもない。


「どういうことだい、これは……!」


 話を聞きつけた、ファインの育てのお婆ちゃん、フェアがやがて駆けつける。当時既に還暦近くのフェアだったが、育て子がえらい騒ぎを起こしたと聞き、すぐさま駆けつけてきた辺りは流石人の親である。


「ファインっ!!」


 事情がわからぬまま、ただファインが人様に迷惑をかけたという一事だけを目にしたフェアも、第一声はかなりきつい声でファインに怒鳴ったものだ。経緯はどうあれ、ファインが多くの子供に怪我をさせたのは一目瞭然だ。ファインを叱りつけ、周囲の大人や子供に謝るぐらいのことはしなきゃと、彼女も早くに覚悟を決めていた。


 だけど。


「うっ、えぅっ……! ううぅ~~っ、うう~~~っ……!」


 違う気がした。数年後、つまりファインがちゃんとした子に育った後のフェアは、まるで虫も殺さないような穏やかさを地で纏う老婆だが、実はかなりしつけの厳しいお婆ちゃんなのだ。ファインが悪いことをすれば大変な剣幕で怒るし、後年ファインの友人も知るが、子供をしつける時のお仕置きに頭突きを使うほどのアグレッシブなお人。若い大人でもびびってしまうほどの剣幕で怒鳴るフェアの姿は、ファインが自分にその怒気を向けられると、萎縮してすぐ動かなくなるか、えぐえぐ泣き出すほど凄いのである。


 そんなファインが、やっと来てくれた唯一の味方、混血児の自分を差別しないお婆ちゃんの姿に振り向いて、泣きながら駆け寄ってくるのだ。まず、この時点で普段のファインじゃない。怒鳴ったお婆ちゃんから逃げようとして、座りなさいともう一声怒鳴られて、完全に動けなくなるのが普段のファインである。


「ファイン! これはどう……」


「あうぅ~~~っ……! んっ、くっ……ひぐうぅっ……!」


 おかしいとは思ったけど、我が子を傷つけられた他の親の手前、叱らぬわけにもいくまい。なおも厳しく、何があったのかを追及しようとしたフェアだが、ファインは真正面からフェアに抱きついて、ひたすら泣きじゃくる。顔を上げ、泣き声を漏らし、止まらぬ涙を拭いもせず、背の高くないお婆ちゃんの顔を、もっと低い位置から見上げてくる。


「何があったのか……」


「ううう~~~~っ……! ひううっ……えぐうっ……!」


 話にならない、なんてレベルじゃない。もう、その目から感じ取れてならないのだ。責めないで欲しい、怒らないで欲しい、味方して欲しい、私は悪くないのにって、強く、強く訴える女の子の真意がだ。泣きじゃくるせいで言葉も発せないファインだが、話せる心のコンディションであれば、きっとそんな言葉を発していたに違いない。瞳だけでそれほどの想いを察せるほどなのだから、今のファインの心の傷は尋常なるものではない。


 フェアはもう、その場でファインにこれ以上何かを言うことは出来なかった。しっかりしつけておきます、すみませんでしたと周りの大人に頭を下げ、後日またお詫びに上がりますと告げ、なんとかその場を収めるに至った。腹の虫の治まらない親がいくらも毒舌を叩いたが、フェアもそれは甘んじて受け入れた。

 ただ、少し疑念もあった。一度、ファインにしっかり話を聞いてみよう、それでもしもおかしな事実でも後からわかったら……と、後のことを今から考えていたほどである。フェアは本来そういう性格の持ち主ではないのに、この時ばかりはそれを想い、さらには、何かあったはずだと確信めいたものさえ感じられていた。それほどまでに、ファインの切実さは異様なものだったからだ。


 フェアに抱っこされて家まで帰っていくファインの姿を、サニーも最後まで見送っていた。あれだから混血児は、と友達が言っても、そうなのかな……と相槌を打つ程度であり、サニーの頭はあまり友人の言葉を肯定していなかった。


 そうだね、って返して話を合わせる処世術は、案外子供にも出来るものである。8歳のサニーにだってその選択肢はあった。そう出来ぬほどには、サニーもファインの剣幕に、薄々ながらも迫真を感じ取っていたのである。











「おう、お集まり頂けたようじゃな。少々お尋ねしたいことがあるのですが、答えて下さるかな?」


 さて、事態が変わったのは翌朝である。子供達が学校に向かった後の時間帯、昨日ファインに我が子をやられた大人達を、フェアが呼びつけた。お呼びした、のではない。さあどんな侘びを入れてくれるのか、という気分で集まった大人達の前、えらく据わった目で第一声を発したフェアの態度には、ちょっと大人達も異質な空気を感じ取っていたのだが。


「今朝、ようやくあの子も落ち着いて事情を話してくれてな。あの子がお前さんらの子に浴びせられた、罵声の数々を随分に具体的に教えてくれよったわ。まあ、聞いてくれ」


 杖でかつかつと地面を鳴らす時点で、これは詫びにきた老人の態度ではない。子供を怪我させられたことへの怒りは少々残るも、一日経って冷静さを幾許か取り戻した大人達と対極、フェアの新鮮な怒りは今がピークである。


「"混血児が近寄るな"

 "父さんもいないお前なんか一人ぼっちがお似合いだ"

 "お前の父さんと一緒に、お前なんか消えちまえ"

 ……だそうじゃが、お前さんらの子、本当にそんなことを言うたのか?」


 やばい、と大人達が一斉に思うのも当然である。フェアが怒るのも当たり前だ。はっきり言って、これは可愛い孫代わりの子に暴言を向けられたからとか、それだけの怒りじゃない。


「ちょっと学校に行こうか。ぬしらの子供が本当にそんなことを言ったのか、今すぐ確かめんとの」


「い、今すぐ……?」


「当たり前じゃろ。ほれ、行くぞ」


「いや、今は学校も始まっ……」


「あ?」


 有無を言わせない。フェアは学校のスケジュールがどうなろうが、それが真実なら明かさねばならぬという声で、恫喝に近く大人達を引き連れていく。フェアに平謝りされることしか想定しかしていなかった大人達も、この時ばかりは自分の子がそんなことを言ったのかと、顔色を悪くしていたほどである。


 事実なら、謝って許して貰えたとして幸運というものだ。天人にだって、普通程度に良心はある。






 ファインの母、スノウはアトモスに一年遅れて我が子を生み、その子供を夫に預けてクライメントシティを旅立った。差別対象である混血児の父、ファインの父一人では我が子を育てるのもきつかったであろうところに、協力は惜しまないと言ってくれたフェアの存在は、例えようもなく大きかった。ファインはスノウの実家にて、父とフェアの二人に育てられてきたのである。


 体が元々丈夫でなかったのもあるが、ファインの父は若過ぎる年にして病にかかり、この日の二週間ほど前に亡くなってしまったのだ。この時の葬儀の日ばかりは、ファインの母スノウだって、近代天地大戦終結後のあらゆる事情を放り投げて、クライメントシティに帰ってきていたし、厳密にはこの時に一度だけ、物心ついた後のファインが母に会えてもいるのだが。もっとも、悲しみ以外の感情が無かったファインをして、初めて会うお母さんの顔なんて、心に残る暇が無かったのも事実である。


 問題はそこではない。混血児のファインは元より、差別される対象では確かにあった。学校の教師達も、ファインが周りの子供達にきつく当たられても咎めもしないし、独りぼっちの彼女を気にかける者もいない。有り体に言えば、学校ぐるみで混血児をいじめていたと言っても過言ではないレベルである。


 しかし、いくら差別的に扱うことを容認されている混血児が相手だからと言って、親を失ったばかりの子供に、父親と同じように消えちまえ、要するに死んでしまえと言うのは流石にやり過ぎ。死ねとかくたばれとか、言葉の重みがわからない子供同士では、軽々しく使われてしまうひどい単語も確かにあろう。

 だからってこれは、流石にこの言葉を使った我が子の態度に、親とて、別にいいじゃないですかとは言わない、言えない。言っちゃいけない最後の一線っていうのは、子供同士の世界でもある。それで相手を我慢ならぬようにさせ、怪我させられても文句が言えないレベルの暴言っていうのは確かに存在するのだ。それがわからん大人がいたら、そいつこそ馬鹿である。


 学校に殴り込んだフェアの行為は、正直親としてどうなんでしょうっていうレベルの行為として最初は捉えられたが、時間が進むに連れて、行為そのものを肯定はせずとも、そりゃそうなるなって空気に変わってくる。ファインに叩きのめされた子供のうち、怪我が軽くて今日も学校に通っていた子供達が、お前そんなこと言ったのかと親に聞かれて、うろたえる様ったらない。昨夜は、ちくしょう混血児のあいつにやられてと、自分が何を言ったのかは棚に上げて親と愚痴っていた子供も、昨日と違う剣幕で問い詰める親の変貌ぶりには、やばいと思うのも当たり前。


 嘘をついて逃れようとする子もいたが、長年育ててきた我が子の、拙い嘘に騙される親なんか相当にいないのである。結局、フェアがファインから聞いたことの全ては半ば証明され、昨日ファインに怪我をさせられた子供達は強引に手を引かれるような形で早退扱い。学校から出た所で、親にひっぱたかれるわ怒鳴られるわでけちょんけちょんに叱られた子供達は、昨日よりももっと怖い目に遭って二日連続で泣く羽目になった。


 あんまりな言葉を向けられすぎたファインは今日は学校もお休みで、一人で家に閉じこもっているらしく、みんなで謝りに行きますと親らも言ったが、フェアは極めて冷たく突っぱねた。謝罪は今日じゃなくていい、今日はあの子は誰とも話したがらんと、至極当然の拒絶をしたので、親らからすれば針のむしろである。それよりお前らの良識の無い育て方を改めろという、きっついお叱りの声を受け、すごすごと我が子を連れての家路につくのであった。


 なお、流石にフェアもこの日は感情で突っ走った部分もあって、下校時間になると学校を訪れ、ご迷惑をおかけしましたと平謝りするなど、ちょっと大人気ない自分を恥じなくてはならない部分もあったり。ファインを傷つけた子供達の親にも、翌日もう一度顔を合わせ、大人同士らしい話し合いをした後、互いに頭を下げ合って、この話はけりがついた次第である。






「混血児、かぁ……」


 騒ぎが大きくなった部分もあり、サニーも部外者の立場ながら、ファインの周りで何が起こったのかを知ることが出来た。学校内というそう大きくないコミュニティ、人づてに聞けばだいたいのことは知れてしまうのである。


 サニーは自分の母が混血種であることも知っていたし、それがどんな目に遭ってきたのかも知っている。学校での社会科目寄りの授業でも、大人達が子供に強調して教えることは、天人こそ上、地人は下、混血種なんてもっての他だというものなんだから尚更だ。0歳から7歳までのカラザによる教育で、それがいかに歪んでいるかをあらかじめ教えられているサニーだから、その思想に侵されることはなかったが、サニーだって真っ白の0歳から、クライメントシティで育つ天人少女だったら、洗脳されていてもおかしくなかっただろう。


 けっこう真面目に授業も聞く優等生のサニーも、ファインのことを知ってからは教室でも、ペンをくるくる回して物思いに耽ったりと、いまいち上の空な時間が多かったものである。気になるのだ。母と同じ、混血種の子。恐らくその子に近付くと、周りは自分に、混血児なんかと関わるなって言ってくるんだろうなと予想もつくが、一度抱いた興味っていうのは、子供の心からはなかなか消えない。この好奇心は、簡単には捨て去れない。


「……うん」


 だから、本来やらなくてもいいようなこと、あるいはやらない方がいいことも、少しやりたくなってしまった。これがきっと、革命軍の隠し玉であったはずの彼女にとって、最初のイレギュラーだったのだろう。






「ねえ、あなたがファイン?」


「…………!?」


 思い立ったら行動が早いサニーである。例の一件以降、実は怒らせたらやばい奴だと認識されてしまったのか、ファインの周りには誰一人近付く子供がいなくなっていた。あいつ混血児だからいじめても怒られないよ、と、嬉々としてファインに意地悪していた子供まで、あの日以来ファインにちょっかいをかけないようになったのだから、あの日の出来事は少なくない影響を残したと言える。


 そんなせいもあって、あの日以来一週間、学校では誰とも口を利いていないファインに、自分から話しかける赤毛の女の子がいたことは、相当にファインをびっくりさせた。無視されまくりですさみきった少女の心は、当時のファインの目つきをだいぶ悪くしていたのだが、そんなファインも後ろから声をかけてきたサニーに振り向いた時は、目を見開いてぱちくりさせていたものである。


「へぇ、遠くから見るよりもずっと可愛い顔してるじゃん」


「えっ、あっ……ぅぇ……?」


 少し背の高いサニーが体を前に傾けて、等しい目線の高さでファインを真正面からまじまじ見るので、ファインも何なのこの子と腰が引けてしまう。なにせ初対面。名前も知らない相手に、こうしてじろじろ舐めるような目で見つめられ、普通にしてろという方が無理な話である。


「ねえ、あなた……」


「…………!」


 髪も綺麗だね、とファインのツインテールに手を伸ばそうとしたサニーだが、その瞬間にファインの態度が一変した。いきなり手を伸ばしてきたサニーの胸元を、どんと突き放したのだ。細身の腕だが、ファインにとっては全力の突きであり、サニーもきつい胸の痛みとともに、尻餅をついて地面に押し倒される形になる。


「いっ、たあっ……!」


「な、何する気なの……!? 私に触らないでよっ……!」


「やったわね、こいつ……!」


 話しかけた後の展開を色々想定していたサニーも、それら全てを頭から吹っ飛ばし、かっとした想いまっしぐらに立ち上がってファインに飛びかかる。けっこう本気で痛かったのだ。ファインも応戦し、取っ組み合いの喧嘩になってしまい、近くにいた子供が先生を呼んできて、大人が二人を力ずくで引き離すまで、ファインとサニーの男の子も顔負けの激しい喧嘩は続いたのであった。


 話しかけただけなのに、いきなり突き飛ばされて怒ったサニー。いじめられる経験が多すぎて、自分から近付いてくる奴なんかすっかり信用できなくなってしまっていたファイン。天人と混血児の喧嘩、周りはファインを槍玉に上げたがるし、実際問題ファインの手が早すぎたのはあるが、まあまあ所詮は子供同士の喧嘩、どちらが悪い悪くないだのは大した問題ではあるまい。

 そんなことより、髪を引っ張り合うわ、頭と頭をぶつけ合うわ、服が破けるぐらい掴み合うわで、床に体を打ちつけながら転がるほどの激しい喧嘩であったこと。それほどの取っ組み合いであったにも関わらず、終わってなお二人が泣きもせず、鼻息互いを睨んで威嚇していた姿が、二人の名を上げまくった印象の方が周りには大きい。以降、ファインもサニーも子供達の間では、こいつとは絶対に喧嘩しちゃダメな奴だってはっきり認識されたのである。


 蛇足ではあるが、それって8歳と7歳の女の子になかなか与えられる称号ではないと思う。











 公園で大暴れした結果、あいつは怒らせちゃいけないと認識され、いじめられなくなったのはファインにとってある意味で良いことだったが、おかげで以前よりもファインには、人が寄り付かなくなってしまった。言い換えれば、誰からも徹底的に無視されてしまう学校生活が始まったわけで、校内を歩いているだけでも、ファインと年の近い子はすすっと離れたりする。攻撃されなくなったというだけで、その実ファインが実感する孤独感は、以前よりも増す結果になってしまっていたのである。


 ファインが不良化に片足突っ込み始めたのはこの頃だ。教室で、隣の子からも席を離されるような仕打ちが続くにつれ、あぁそうなんだ、みんなはそうするんだねって、徐々にファインがスれ始めていくのである。普通に学校内を歩いているだけで、すれ違う同級生が自分から離れるように斜めに歩いていくのを見てカチンときたら、なんで避けるのとばかりに振り返ってでも詰め寄っていく。迫られる側からしたら怖い、逃げる、相手が女の子だったらそれだけで怖くて泣くこともある。ファインからすれば、それすら面白くない。


 困ったことに、長いこといじめられて我慢してきた反動なのか、当時のファインは誰かを萎縮させたり、怖がらせたり、泣かせたりすると、少し胸がすいてしまうのである。もう立派に迷惑なやつ。自分から周りにアクションをはたらきかけはしないものの、ちょっと気に入らない言動を向けられたら、我慢していた過去とは一転、すぐ攻撃的な態度に出る。

 手が男の子だろうが関係なし。ファインに睨みつけられた男の子が、生意気だぞと先に手を出してファインをひっぱたいても、リミッターのはずれた今のファインは飛びかかっていく。しかも勝つのだ。相手が泣くまで頭からがんがんぶつかっていき、拳を乱暴に振り回すファインの当時の姿なんて、数年後のおっとりした彼女のことしか知らない者達には、絶対に後からなど想像できまい。


 案外それでも、過去に自分をいじめた奴らの顔だけちゃんと覚えていて、そういう相手にしか喧嘩を売らない辺りはしっかりしているのだが、それでも過去にファインをいじめようとしなかった気の弱い子からも、ファインは怖がられるような子になるだけ。友達なんか出来ないし、孤立していく一方で、そのうちファインも友達を作るのを半ば諦め、一匹狼化していくのである。授業は真面目に受ける辺り、先生からしたら変わった不良だな感満載。


 フェアも何度か学校に呼び出され、何とかなりませんかねと相談されて、謝って、家に帰ればお説教。ファインは見事に反抗期、まだ7歳でして、ちと早すぎるんじゃないですかっていうぐらいだが。お婆ちゃんにきっつい声で怒鳴られて、えぐえぐ泣くけど口答えして、あやされ、一生懸命しつけられて、自分が悪かったことをその時は認めても、学校に行ったらまた同じ事を繰り返してしまう。

 どうしても、どうしても、避けられる自分の境遇が気に入らない。今は自分の言動にも問題がある状態なのだが、そもそも混血児であることから不当な差別を受けてきた末、こんな現状に陥っている子供からすれば、負のスパイラルの入り口に対する不満が根底にあるから、納得できようはずもない。


 なお、この当時のことを、後年のファインは全くもって思い出したがらない。目つきはめちゃくちゃ悪かったし、近づいてくる奴は威嚇するように睨みつけ、それでも大人に近付いた自分から省みると、そんな年で何を突っ張ってるのよっていう話。そのくせ、たまに誰とも喧嘩せずに一日を終え、家に帰り着いたらお婆ちゃんに、今日は誰とも喧嘩しなかったよ、褒めて褒めてと甘えるようなお婆ちゃんっ子。

 学校ではとげっとげしい不良娘、家に帰ればお婆ちゃんにごろにゃんこの甘えん坊さん、後から思い返して自己評価すれば二重人格か何かかと、それも7歳で。この後にも山ほど黒歴史の出来ていくファインだが、だいたいこの頃から既に、ファインにとって自分で思い出したくない幼少期は始まっていたのである。


 話が逸れたが、そんなぎすぎすした頃のファインに声をかけたんだから、サニーも噛まれるはめになってしまったのだ。家に帰ったサニーは、あぁ腹立つ腹立つと今日喧嘩した相手のことでぷんすかしていた。お風呂に入って夕食を食べて、ファインって子がこんなんでさぁと、普段あまり会話しないブリーズに愚痴っていたぐらい。この時は、ブリーズも混血児嫌いの性分のせいもあり、サニーと自然に意気投合できてしまうから、皮肉にも愛の無い養子関係の二人をして、会話を弾ませた数少ない例が発生したりもしたものである。


 それでも、寝る前にもなれば血気盛んなサニーでも頭が冷えてきて、布団に潜って考えたりもする。あれってなんで喧嘩になったんだろう、私そんなに悪いことしたかなって。実際してない、声をかけただけ。


 普通の子供だったら、自分は何にも悪くない、だからファインが喧嘩を売ってきたのはおかしい、向こうが悪いで終わらせそうなもの。8歳のサニーが、そこで考えることをやめずに、なんで声をかけてきただけの自分にあんなに激しく突っかかってきたんだろう、というところまで考えようとするのだから、やはり幼くしてサニーって、思考能力がかなり発達している方なのである。

 人に優しく出来る人間っていうのは、正しい答えを出せるかどうかは別として、想像力が豊かなのだ。だから相手がどう思っているのかを自分で考えようとして、相手の想いを汲んで話をしようとすることが出来る。自分の理解の外にいる相手に直面した時こそ、それが試されるのだ。


「混血児だから、かなぁ……」


 結局そう、そういうこと。声をかけたられた時点で当惑し、一瞬怯えたような声と顔を見せたファインを思い出し、彼女が周りにどういう目に遭わされてきたのかを想像力で足せば、どうして自分にあんなに突っかかってきたのかも薄々感じ取れた気もした。そうして一度出た仮説を、吟味せずにそれが答えと決め付けるのは子供ゆえの短絡さも含まれているが、正解に辿り着いたところでそうなったなら結構なことである。


 考え疲れてそのうち眠りにつくサニーだが、起きて再び翌日学校に行ったサニーの周りには、彼女を勇敢だと褒めてちぎる友人が溢れていた。あんな暴れん坊のファインと喧嘩してよく泣かなかったな、凄いねって。子供心に英雄扱いされるのは悪い気のしないサニーだが、同時に、自分の周りには何もしなくても人が寄ってくる光景に対し、いつも孤独だったファインの姿を想像すると、賞賛の声の真ん中でサニーも表情が無くなっていく。


 もっと知りたい、もっと確かめたいと、好奇心が強くなる。サニーの胸中とは裏腹、誰も手出しの出来ない混血児に対する、切り札サニーを友人に持つ気でいた取り巻きの子供達は、この子と仲良くしてれば大丈夫だって思えていたものである。


 サニーとファインがいつか親友同士になるなんて、この時に誰も思ってなどいまい。実際、この後のファインとサニーの溝はしばらく埋まらないままで、二人が笑顔で向き合うのはまだしばらく先のことだ。それまでは、俺達にはサニーがいるんだという、腰巾着の子供達がファインに対し、ちょっかい出しては吠えられて逃げ惑うような日々が続いていくだけだったのだから。






 まあ実際のところ。


「あ……!」


「…………!」


 学校内の、何の変哲もない廊下。ファインとサニーがばったり出くわせば、その瞬間に周りの空気が凍りつくのがもはや定説であった。立ち止まって、道を譲り合わない風に真正面から睨み合う二人。サニーと一緒に歩いていた彼女の友人は、始まる予感にそそくさと距離を取るのだが、そんなの二人には関係ない。


 ふん、と鼻を鳴らしたファインが、そのまま真っ直ぐ歩いてくる。サニーを避けようとせずにだ。へえ何のつもり、とばかりにサニーも堂々と動かないのだが、ファインは肩を強くぶつけてサニーを横に突き飛ばし、そのまま前に進もうとするのである。こうなればサニーもスイッチオン。ひねった体でそのままファインの肩を掴んで、自分に引き寄せて掴みかかるが、振り返った瞬間に狼の面構えになったファインも飛びかかってきて、さあファイト。


 すっかり喧嘩っ早くなってしまった年下のファインにとって、ともかく退かずに真っ向からぶつかり返してくるサニーは目の敵なのか、顔を合わせるたび二人が喧嘩することに、もはや理由らしき理由はなかった。行動的にはだいたいいつも、今の例のようにファインがきっかけを作るのだが、サニーだって対面するたび、つい攻撃的な目をしてしまうのだから、どっちが悪いかって言われてもどっこいどっこい。(ガン)を飛ばすのだって立派な喧嘩売りである。


「あぁもうっ! なんなのよあんたっ、なんでそんなに私につっかかってくるのっ!」


「うるさぁいっ! うるさいうるさいうるさぁいっ!!」


 後からお婆ちゃんに怒られることになっても関係ない。ずうっと溜め込んできたものは、一回や二回暴れたところで発散しきれないのだ。年が近くて、自分の怒りをとことんまで受け止める器を持つサニーと出会うたび、理不尽にでも体当たりしてしまうのは、差別されてきた少女にとっては甘えているようなものだったのかもしれない。


 不良って迷惑な奴である。その人の過去がどうであっても、攻撃的であるその時その時に被害を受ける側には関係ない。差別されてきたんだから、その後がどうであっても大目に見てあげようなんてのは絶対に正しくないし、だからフェアだってファインの境遇を憐れみながらも、学校で人様に迷惑をかけて帰ってきたファインのことは、常に厳しく叱ってきた。だから後年、ファインは、この頃の自分を恥じることが出来る少女に育っている。


 フェアもそうだが、サニーもそう。ファインが出会えたこの二人がいなかったら、9年後の彼女は間違いなくいなかったはずだ。数年後のファインからしてみれば、思い出しただけで頭を抱えたくなる恥ずかしい過去。黒歴史だろうが何だろうが、それは後年のその人を形作る、語らずしてはずせない史実に他ならないのである。


 一生の犬猿の仲になると思われた二人が、やがては親友同士になるのだから、世の中わからないものだ。その絆が、後年の二人にとってどれほどかけがえのないものであったのか、真に二人が気付くのはもっともっと先の話である。

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