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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第2章  曇り【Confidence】
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第23話  ~タクスの都~



 点在する野良小屋を泊まり宿代わりにし、途中で地方村にも2つほど差しかかり、イクリムの町から7日かけての到着。馬車など便利な交通手段も使い、件の都から3日でイクリムの町に到着した天界司法人様のようにはいくまい。旅に向いた、やっすい保存食ばかりの毎日は、たった7日の旅路でも、そろそろお口が良いものを恋しくなるには充分な長さである。


 そうした我慢と節制の末に辿り着いた、ここ一帯では最も大きな都市のひとつに数えられるタクスの都。丘の上から高い壁に囲まれたこの都を見た瞬間から、サニーの足が速まったのも自然なことだ。やっと目的地、という達成感を胸に、ファインとクラウドもサニーの導き足に従うように足を加速させる。


 おいでませ都会。巨大闘技場が都最大の見世物として有名な、多数の上層天人も居を構えるタクスの都。それは不動の腰を据えたまま、3人の旅人を歓迎してくれた。






「相変わらず、関所くぐりは手続きがめんどくさいなぁ」


「差別してやろうって魂胆見え見えなのが、一周回って清々しいわよね」


 大きな都に限らずとも、天人が支配者である人里の関所は手続きが込んでいる。名前の確認、顔の照合、持ち込む物の精査、商人資格の有無の確認。まあこの辺りは普通のこと。名の知れた前科者などを平穏な人里に立ち寄らせないための配慮とか、関税くぐりや密輸の阻止とか、あるべき普通の懸念のためである。それはまあ当然のしきたりだろう。ただ、いよいよ入都書類に判を押す時に、大人あるいは天人様の事情が透ける。


 関所をくぐる前、自分の名前を書かされた書類に、関所の門番から印鑑を渡され、自分で判を押さねばならない。名目上は、この町で問題を起こしませんよという契約のために推す印だ。ただ、この手渡される印が墨の塊のような特別な素材で作られたものであり、濡らすと朱肉要らずで判を押せる仕組みになっている。で、水は渡されない。ということで、判を押したければ自分でその印鑑を濡らさなければいけない。


 天人なら、水の魔術が使えるはずだから、自分の魔術で濡らせばいい。出来なかったら天人じゃない、つまり地人ということ。クラウドは水の魔術が使えないから、サニーが濡らして自分で押した印鑑を、一度番人が拭き取った後に渡されるため、水の魔術で濡らして押すことが出来ない。というわけで、番人に水を下さいとお願いし、印鑑を濡らして判を押さなければならないのだ。これで番人目線、クラウドという人物が地人であるとわかる。


 最後に印鑑を押したファインは、水は結構ですからこのまま続いて押してもいいですかと、番人に印鑑を拭かせる手間を省かせていた。これは要するに、自分は水の魔術を使えない地人ですよと表明する行為だ。番人もそれでいいとしたのは、ファインを地人と認定したからだ。天人だったら、手間でも自分で濡らし、自分が天人であると証明した方が、都に入ってから色々と優位な扱いを受けられる。ファインみたいな行動は、自分が天人ではないと自己申告する行為と、暗黙のうちに了解されるのだ。


 旅人を営む天人は、必ず少量でも水を生む魔術は使えるようになっておくよう学ばされるものだ。それは、どんな関所をくぐる時でも、自分が天人であることを証明するため、水の魔術の使用が役立つからである。


「ファインは水の魔術が使えるんだし、天人扱いで入った方がよかったんじゃ?」


 関所をくぐった賑やかな門前広場で、ファインが混血児であることを知るクラウドも、ひそひそ声でサニーに確認。天人であるということにすれば、食費も宿代もかなり差額が出るし、地人には立ち寄れない区域もあるし、クラウドの私見も一理ある。天魔――天人のみが扱える、水、風、雷、光の魔術を使えるファインなんだから、混血児であることを伏せたままでも、天人のふりをして関所をくぐった方がおいしかったのでは、という話である。


「都の中で天魔を使うことがあれば、それは私がやるからね。地術が使いたい時、ファインにそれを気兼ねなく任せたいなら、天人と地人の組み合わせで都入りした方がいいわ」


 水、風、雷、光の魔術、天魔を使うのはサニー。地術――地人にしか使えない火、土、木、闇の魔術が要り用になった際、ファインがそれを扱えた方がいいとサニーは説明する。確かに天人認定されたファインが、地人にしか使えない魔術を使っているところを見られたら、色んな意味で気まずかろう。天人の下に扱われる地人だが、混血種はもっと扱いが悪い。宿代が高いとか安いとかそういう次元でなく、受け入れてくれる宿も無くなりかねないし、最悪たちの悪い天人に絡まれて、難癖つけての都の追放だってあり得る。支配者が天人様である以上、権力者が蛇蝎のように嫌っている混血種は、その辺りを個人的には気にしない寛容な地人でも、庇えば立場が悪くなってしまうから、味方もしてくれまい。


「クラウドはいい性格してるから実感ないかもしれないけど、"狭間"に対する世間の風当たりって想像以上にきっついのよ?」


「そっか。なら、何が何でも明るみにしちゃいけないな」


 天魔も地術も両方使える、非常に便利な力を一手に担えた混血種。力には恵まれた一方で、それを明るみに出せば社会的には不思議と弱者。神様というやつは、なかなか容易には二物を与えて下さらないものである。そうした事情を汲み取って、ファインを大事にする言葉を約束してくれたクラウドには、そばで彼を見上げるファインも嬉しそうな表情だ。自分を差別視しないばかりか、庇う方向に考えてくれる人なんて、今まで殆ど目にしてこられなかったんだから。


「さぁさ、そんな話は今どうでもいいとして! これからどうしよっか!」


 辛気臭い話はご勘弁とばかりに、胸の前で手を叩き、ひそひそ話し声を一転元気な声。快活な笑顔で二人に問いかけるサニーは、初めて訪ねたこの都を満喫する今後を楽しみな想いと、それを友達二人と相談して決める心の弾みに満ちている。


「まずご飯食べに行かない? お腹すいたぁ」


「ファインってば花より団子? せっかく都会に来たんだから、服とか見に行こうよ」


「えっ、最初は宿探しじゃないのか?」


 衣、食、住、ばらばら。食いしん坊の女の子、女子力気にする年頃の少女、安定思考の少年。ふとした瞬間に各々の生活観念が露呈するものである。


「じゃ、先に腹ごしらえしようか。確かに保存食ばかりで飽き飽きしてた頃だしな」


「やった! 多数決!」


「ちょっと~! クラウドってファインびいきなの~!?」


 まあこれだけ大きな都、幸い今日は安息日でもないようだし、宿探しは後回しにしても泊まる場所が無いなんてことにはならないだろう。レディファーストも鑑みてクラウドがファインの意見を推し、ひとまず夕食を取ることにして、二人ですたすた歩いていく。サニーの意見は保留、女の子は買い物になると時間をかけることぐらい、クラウドも予想がついているので。男目線で厄介な提案であるショッピングを却下される形、サニーも拗ねながら二人の後を追っていった。






 大きな都であればなおのことだが、人里というのは概ね、賑やかな繁華街と下町に分かれている。華々しい都の中心地なんていうのは天人様の遊び場であり、地人はあまり近寄らない方がいい。肩が天人とぶつかっただけでも超めんどくさいことになり得るし、そういうリスクをくぐって楽しもうにも、身分が知れたらいちいち差別される。関所をくぐる際、入都許可証明書なるものを受け取ったが、施設の一部はこれを見せないと入れず、しかもこれには天人地人が見分けできるように捺印されているから、その辺りは露呈しやすい。入都許可証明書は、旅人身分にはいちいち怪しまれたりせずに町を歩けるようになるためのアイテムだが、同時に天人か地人かの身分を明かすものでもある。


 中央繁華街などに行けば、身分証明書を見せろという施設が殆どになるから、地人には面白くない想いをさせられることが多い。天人の商売人は地人への対応がぞんざいであったりするし、最悪身分だけで買い物に差額が生じたりもすることもあり得る。千年前から徹底して行なわれてきた、格差を根付ける支配者の意向であり、今の時代では下手をすれば、それが当たり前だと思っている地人の方が多いかもしれない。まあ、そんなおかしな時代に疑問符を抱いた者の集まりが、現代では"アトモスの遺志"と呼ばれるレジスタンスであり、何年かに一度は革命家が生まれたりもするわけだ。


 そういう世界でも地人が立場なりに過ごしていけるのは、何もそんな天人びいき地区だけではなく、あまり天人が足を踏み入れない下町などもちゃんとあるからだ。開発も天人達の過ごす市街地より遅れ、治安も悪かったり、汚れが目立ったりもする下町だが、そちらはそちらで地人達の安息地。店の数々も、相手が天人様ならサービスしなきゃいけなかったりする側面はあるものの、地人の商売人は地人の客に対してふっかけたりしてこないから、身分うんぬんで泣きを見ることはなかろう。あんまり油断していると、天人とか地人とか関係なく賢しい商人にぼったくられたりもするけど、それは世界じゅうどこでも一緒。


 サニーだけは天人だが、地人の連れ二人と歩くのであれば、やはり下町方面が望ましい。タクスの都の郷土料理を扱う、香辛料のよく利いたパスタを夕食に取った3人だったが、下町の料理店は主人も地人なので、クラウドやファインが地人だと知っても意地悪してこない。普通に美味しい料理を嗜み、気分良くお腹いっぱいになって出られたものである。


 で、夕食が終わればちょっとだけショッピング。クラウドも優しいもので、宿を探すよりサニーの意向をちゃんと汲んで、服飾店に立ち寄ってくれた。ファインとサニーが下町の小さな服飾店、しかし母体の大きな都だけにしっかりした店で、綺麗な服を眺めてきゃぴきゃぴ言う時間は退屈だったが、それでも二人が楽しめてるならいいかと思えるのがクラウド。理解ある旅の連れというのはいいものであろう。


「あんだけ長く眺めてたのに、何も買わないんだもんなぁ」


「旅人に贅沢な服を買う余裕なんてないのよね~」


「でも、眺めてるだけで楽しいんですよ」


 あの服いいな、これもいいなと1時間ぐらいクラウドほったらかしで楽しんだ挙句、結局何も買わない女の子達には、クラウドも苦笑いである。カタログより現物、眺めるだけで楽しめる感性、わからなくはないけど。クラウドも、武具屋に行くと同じような気分になる自分は自覚しているから。


 衣と食を楽しんだ後は、もう日もすっかり沈み、今夜の住を探さねばならない時間帯。幸いにも、最初に目をつけた宿の1室が空いていて、3人はそこに泊まることにした。男一人と女二人、部屋は別々の方がいいんじゃないかと、クラウドの方が提案したものだが、ファインもサニーも別にいいよとすっぱり。初めて会ったあの日にひとつ屋根の下で眠った間柄、今さらそんなことも気にならないらしい。二部屋借りると宿代も倍額かかる、という事情もあるし、気にならないなら節制推奨ということで。


「女の子二人と同じ部屋で泊まれるからって、ヘンなことしちゃダメよ?」


「するわけないだろ」


「えっ、私達そういう気分にならないぐらい魅力ない? 女の子二人前にしてひどいわぁ」


「ああもう、めんどくさいな」


 サニーさんどうしろと。宿の一室、冗談に夜話を咲かせ、やがて各々時間差でひとっ風呂浴びてから床へつく。夕暮れ前にタクスの都に到着した3人は、都の楽しい1日目の思い出を胸に、旅の疲れを癒すベッドに身を沈めていった。

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