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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第15章  雪【Farewell】
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第226話  ~カラザVSスノウ~



「かぁ~、速い速い……! 流石レインちゃんだ……っ!」


 ミスティは殆ど動かず、足を開いて構えた姿勢のまま、勘と視力を頼りにレインを追っている。首と目の動きだけで、レインの速度を認識するのは不可能だからだ。放たれた矢のような速度を失わず、ミスティのそばを駆け回るレインが、ふとした瞬間に地面のひと蹴りから、ミスティに直進してくる。


 後方斜めの方向から足を突き出して迫るレインと自分の間に、ひゅっと振った手の動きとともに岩石の壁を生じさせ、盾代わりにしてミスティが防御する。鋼のブーツ越しにそれを蹴り砕くレインが、ミスティの位置まで貫通してくることは無いが、壁を蹴って後退したレインが素早く移動する。


獅獣恐るる躾鞭ベットフレーユ・ルフラムフェ……!」


 まずはひと凌ぎすることが必須。その一心で両手を広げたミスティは、それと同時に片足を軸に体を半回転させる。共に振るった両手はその掌から、まるで燃え盛る鞭のような炎を蛇のように放ち、二本の火炎の鞭がミスティの周囲を薙ぎ払う。


 ミスティに飛びかかろうとしていたレインも、広範囲を一気に攻撃する運びを為したミスティから、離れる方向に跳んで逃れるしかない。充分に距離を取ったかと思った中、それでもまだ炎の鞭を振り回すミスティの攻撃が、レインに届きかけてまた退がらされる。曲がってうねって広範囲を薙ぎ払う鞭は、伸びて暴れれば一瞬前の見た目以上の、攻撃範囲を叶えられるということだ。


「あ゛~、失敗した……ホントっ、私としたことがっ……!」


 へらへら笑いの表情も、脂汗で顔をいっぱいにして片目を細くする様は、もはや苦笑いで以って苦痛を隠すそれと言えるだろう。あばら骨がひどい状態にされているのだ。息をするのもつらい、普通は立っていられない、痛みをやわらげる魔術で以って、誤魔化し誤魔化し継戦しているだけ。

 不意打ちされたことにむかつくあまり、癒えきらぬ傷のまま立ち上がって、レインとの交戦を始めてしまったのは、ミスティの中でははっきりと失策だ。じっとしていても敵が来ない保証はないから、戦える自分を見せ付けたのは牽制の意味では間違っていなかったが、やはり苦しいことに代わりはない。


「でもねぇ、レインちゃん……!」


 だからって、勝てない勝負だとは思っていないミスティだから、苦痛を超えて浮かべる笑顔に表した余裕に嘘はない。炎の鞭をふっと消し、離れた位置のレインへと、突き出した左手から牽制の火の玉を無数発射した直後、ミスティは右手で地面に触れている。多数の火の玉を容易にかわしたレインの姿も、ミスティにとっては想定範囲内。


銀盤世界の小舞姫アルジェスオーロ・バラガツァレ!!」


「あ……っ!!」


「ぅ……!?」


 ミスティの術が発動したのとほぼ同時、何が起こるのかを視認するより先に、ファインが声を上げていた。レインの窮地を招く術の発動だと、魔力のうねりから察知できたからだ。そんな彼女の直感が訴えたとおり、ミスティの触れた足元から全方位へと魔力が走り、絨毯を敷き詰めるように足元すべてが、きらめく氷に覆われた銀世界へと書き換えられてしまう。


 浜辺に這う波のように地表を走ってきた氷に、足を取られると思ったレインは跳躍してかわしたが、着地の瞬間によく滑る足元で上手くバランスを取れず、鋼のブーツの裏を滑らせて両手をついてしまう。硬い氷に強く掌を打って、手首が軋む。それでもつま先を氷に突き刺し、滑り続けて体勢も整えられない時間を封じたレインは、流石の対応力を見せている方。


 顔を上げたレインの遠方では、自分も氷の上に立ちながら、おっと滑ると体をわたわたさせるミスティの姿がある。遊んでいるだけに決まっている。だってレインと目が合った瞬間、ふらふらした姿勢を一瞬で正し、靴の裏に細い刃のような氷を生やしたことで、きゅるりとその場でバランスを取る姿を見せてくるのだから。私はこの氷上でも、このとおり平気だよと主張して揺さぶりをかけている。


「うっ……ああっ……!」


「!? お姉ちゃ……」


 さらに気付いたレインの表情を一変させたのが、凍った氷に捕えられたファインだ。地面に接したままだった手足や腰、それをあの一瞬で氷に捕まえられ、しかも彼女の体を這い上がるようにして全身を凍らせにかかるミスティの魔力から、ファインは逃れるすべもない。レインを案じて彼女を目で追うばかりだったファインが、どんどん氷漬けにされる自分に目線を落とし、顔面蒼白になった姿はそれだけでレインの背筋も凍らせる。


「悪いけどファインちゃんは窒息コースかなっ! ほらほらレインちゃん、あなたは私の相手っ!」


 そんなレインの心境などお構いなしで、氷上を滑れる靴の裏の刃を蹴りだしたミスティが、走力を不要にして移動する。ゆるい弧を描きながらレインへと氷結弾丸を発射して、慌てて氷の足元を蹴ったレインがあわやのところでそれを回避する。


 次が続かない、蹴りやすい地面が無い。慣性に身を委ねるまま氷上を滑るばかりのレインは、壁に到達してようやく次の動きを為せる状況に至ったところで、またもミスティの氷結弾丸を差し向けられる。壁を蹴飛ばし跳躍するも、またしても着地の瞬間に自由が利かず、なんとか氷を蹴って単調な直線氷上滑走にならぬように努めるので精一杯。


「お姉ちゃんっ……お姉ちゃあんっ……!」


 それだけの短時間の間にもう、目を閉じたファインの全身が、厚い氷の中に閉じ込められてしまった姿は完成させられてしまっているのだ。ファインを救う手立てが無く、なおも氷結弾丸の数々から、かろうじて逃げ回ることしか出来ないレインは既に泣き顔に近く、集中力すら奪われている。


「はいっ、とどめっ!」


「ぅあ……!?」


 氷上を中腰で滑って体をひねっていたレインの足元から、突如がこんと氷の塊が突き出し、足を下から掬いあげられたレインがひっくり返される。後頭部を打ち付ける寸前、それでも体をひねって右半身を下にして致命傷は避けたが、それでも痛烈だ。体は氷上でまだ滑る、そんな姿勢のまま近い壁にぶつかっていくレインは、背中を打ちつけ渇いた息を吐く。


 動きの止まったレインに掌を向け、火炎の砲撃を放つミスティの容赦なさが、すぐに動けぬレインの目の前を光でいっぱいにする。あぁもう駄目、そう思って目をぎゅっとつぶるレインの中で、死の刹那に時間が止まる錯覚現象も起こっている。


「……うそっ!? 早……」


 そんなレインの目の前に、氷を突き破って地面から立ち上がった厚い岩石の壁が、炎の砲撃からレインを守った。何が起こったのかはすぐにミスティにもわかった、こんなことが出来る奴なんか一人しかいないから。

 思わずミスティが首を回して見据える先には、まだ腰砕けに倒れたままの姿で、氷の中に閉じ込められたままのファインがいる。闇の魔力で魔術を使えぬ状態にしてやっていたはずなのに、想定以上の立ち直りの早さを見せたファインには、ミスティも作り笑顔が剥がれて驚愕の表情があらわになる。


「…………っ!!」


 顔まで氷の中に閉じ込められ、口も動かせないから詠唱も不可能。発する魔力のほとばしりだけで、自分を固く捕えた氷の塊を、爆散するように自分から引き剥がしたファインの姿を、ちょうどミスティは目にすることが出来た。

 ファインの体内に仕込んでいた、魔術の行使を妨げる闇の魔力は、まだまだ長持ちする見立てだったのに。ここにきて、一気に魔力を練り上げたファインが、ミスティの想定以上の早さで枷を超える魔力を生み出した様は、今までミスティが見てきたはずのファインから読み取る限界値を遥かに超過している。


「れ……レインちゃんっ……!」


「もうっ……! 一人だと、弱いくせに……!」


 本当、仲間と一緒だと何倍も強くなる相手だと思う。案じてやまない妹のようなレインの参戦で、それを守りたい想いから、ここまでの魔力を生み出せる人物なのだから。魔力が術者の精神力の生み出すものなら、一人でない時のファインの精神力は、自分を助けてくれる誰かに尽くすべく孤独な彼女よりも数倍強くなる。そんな性格の持ち主がファインなのだ。思い知らされる。


 立ち上がれぬまま全身から魔力を発したファインが、地を、氷上を駆けさせた魔力によって、氷の上を砂だらけにしてしまう。消耗した彼女の魔力では、この氷を一気に溶かすことは不可能だ。それでも氷上全体を砂まみれにすることに始まり、レインの周囲の足元をほぼ平地と変わらぬ土の敷き詰められように変えたファインにより、よろりとだがレインは両足で立ち上がれる環境を得る。滑らない足元だ。


 自分の足元も土で覆い、ようやく魔力を行使できる体になってすぐ、脚に治癒の魔力を流し込んだファインが立ち上がる。左右に裂かれたスカートも、へその下で強引に結び目を作って、見られたくない場所を隠す腰布の形にする。上半身は下着姿に近いままだが、それでも腰一周をまだ厚みのある布地で隠せる状態になり、ファインがなんとか戦える見た目と、精神状態を取り戻す。

 

「あははは……やっぱり、どうしたって諦めないんだねぇ……!」


「んっ、く……ふうっ……!」


 スカートがたくし上げられたような形になり、両膝から下にかけての細い足が隠れない今のファインが、内股の膝に両手をついてようやく立っている。その膝だってがくがく震えているし、立っているだけでもきついコンディションなのは、口を絞って息を荒げていることからも明らかだ。それでも立つから、ミスティからすれば脅威以外の何物でもない。


 潔く氷上戦術を諦めたミスティは、銀盤仕様の刃を生やした足を改め、平たくなった靴の裏に風を纏う。どこでも走れる、空中をも蹴れる足だ。あばらの痛みが、走ることに著しい苦痛をもたらすが、それでもこうして戦うやり方でなくてはなるまい。

 ファインのやりよう次第では、足を取られてばかりの数秒前だったレインも、元の動きを取り戻してくる見込みがある。実力者である術士を前にした時は、想定以上に戦況を書き換えられる可能性を常に考えねばならず、自己の戦術を過信するのは極めて危険なことである。


「面白く、なってきた……! いいよぉ、遊んであげる……!」


「レインちゃんっ……! 絶対、勝つんです……!」


「っ、うんっ……!」


 虐げられた人々の世界を一新させる革命を。

 悲劇を連ねる革命思想の阻止を。

 地獄のような日々から自分を救い出してくれた人への恩返しを。


 少女達が強く望む、なんとしても叶えたい夢は矛盾し合い、一つが叶えば必ず一つが叶わない。見開いた目の笑顔を(つら)に貼り付けたミスティも、死にかけたような目に光を取り戻しきれないファインでも、敵の怖さに唇を噛むレインも、胸の奥に刻んだ文字列は寸分違い無く同じである。


 絶対に負けたくない。


「行くよ……っ! ファインちゃん、レインちゃん……!」


 胴の内側が砕けたミスティ、全身を殴打されてどこを動かすのも苦しいファイン、ザームとの戦いで体力の殆どを消費し、気力を頼りにここまでやってきたレイン。長続きしない体を引きずって戦う三人の戦いは、もはや決着を目前に控えている。死力を振り絞るべき瞬間があるとすれば、きっと今まで以上にここからだ。











 地上には足の踏み場も無い。大河は岸の岩を削って絶え間無く流れるが、崩れた建物や瓦礫を粉砕しながら這い回る、巨木のような太さの大蛇の肉体は、それに例えても遜色ない。豪快な破壊音と共に、地表を荒らし回るカラザの長すぎる胴体の先端では、大きな頭が閉じた口の上で、常に鼻の下を震わせている。


「雨が邪魔だ……!」


 ぐいっと頭を持ち上げて首を回した拍子に、しっかりカラザは低空を飛翔するスノウを真正面に捉えている。蛇の鼻の下には、獲物の熱を感知して探す器官があるのだが、大蛇と化したカラザも例外ではない。素早く飛翔するスノウは、巨体すぎるカラザには見逃しやすいものであるはずなのに、決してカラザがスノウを完全に見失わないのはそのためだ。


「はっ……!」


「逃がさぬ……!」


 見据えられた瞬間の眼に、的確な風の刃を放つスノウの一撃も、突撃しながら鼻先を振り上げたカラザの、鼻を覆う鱗にはじかれて金属音を鳴らすのみ。頑丈な鱗を盾代わりにして、眼や腹を守りながら戦うカラザは攻防一体の突撃性を実現し、空高くへと身を逃すスノウへと一直線だ。スノウの上昇速度が速かったから接触は適わなかったが、カラザの頭突きがあわやスノウの足先を捉えていた一幕である。


「天魔、潟を駆ける稲妻ブルーラグーン・クリエクレール……!」


栄華の秋落(ダウンフォール)……!」


 空から大きな稲妻が落ちてくる、地表からカラザの巨大な胴にも匹敵する岩石の角柱が生えてくる、ほぼ同時。雨水の溜まった地表に落ちた稲妻は、地上広範囲に高圧の電流を拡散させ、カラザの全身をめりめりと軋ませる。帯電しながらも動きを留まらせず、一気にスノウを追い越すほどの高さにまで突き上がった岩石柱に、カラザが朝顔の(つる)のように巻き、凄まじい速度で這い上がっていく。


「しぶといな……!」


 遮るもののない高所での戦いは、カラザもスノウをより見失わずに済む。スノウに迫る高さまで至って、頭の周囲にぼつぼつと無数の火球を生み出したカラザは、すぐさまそれをスノウへと乱射してくる。直線軌道の最短着弾にこだわらず、弧を描いて迫るものはスノウの前方に回り込む火の玉の包囲網を、風の翼を駆使して落書きのような軌道で飛ぶスノウが切り抜けていく。


「――カアッ!」


「しつこいのは、あんたの方こそでしょ……!」


 しかし、いつの間にかカラザがスノウの飛翔する先に回り込んでいる。這い上がっていた角柱から、枝のように横向きに突起させた長い角柱を這い進み、スノウの前方で敵に首を向けて大口を開くのだ。

 みすみす突っ込んでくる獲物ではあるまい、口を開いたのは魔術の行使のため。泥団子のような土の塊、しかし大人が抱きかかえるほどの大きさのそれを、散弾状にスノウへと放ったカラザが、彼女の周囲を一瞬それらが取り巻く形を作る。発動はこのタイミング、泥団子から一瞬にして伸びる、先の尖った太い植物の茎が、対象を串刺しにする茨の怪物のように、四方八方からスノウに、その周囲に迫った。


「くっ、ぐ……あ……!」


「逃が……っ、ムグ!?」


 空の広範囲を三次元的に敷き詰める、尖った植物の数々に肌を傷つけられたスノウがよろめくが、そんな中でもスノウの放っていた雷撃球体が、カラザの鼻先へと直撃する。逃がさぬの一言を発するより早く着弾したそれは、カラザの鼻にて爆発を起こし、大蛇が首を引いてのけ反ることを耐える動きを誘発する。地上へと落ちていくような飛翔軌道のスノウを、カラザが追うのが遅れてしまう。


花盛りの春(スプリングフェスタ)……!」


「天、魔……! 竜骨破りの大刃キールセイバー・エアスラスト……っ!?」


「カグッ……! ム゛、ゥ……!」


 巨岩をも断つ切れ味とスケールを誇る、風の大刃を放ったスノウの反撃が、カラザの腹をばすりと切り裂いた。長い胴の腹部が、あわや開きにされるかという縦一直線の長い傷に裂かれたカラザもうめき声を上げるが、対するスノウも下方から飛んできた実弾に今気付いたところである。


 荒地と化した地表を破り、(つぼみ)頭を出した植物のいくつもが、スノウに拳大の弾丸を無数発射してきていたのだ。降り注ぐ雨の逆、下方から乱射される種子弾丸の数々の六弾目がスノウの膝に激突し、骨が砕けた実感を得る暇も無く、九弾目が体を回されたスノウの背中に激突する。声なんか出るわけがない、けはっと吐いた息しか溢れないというものだ。


「はっ……かっ……!」


 体勢を正す、息を整える、そのどちらもを叶えねばならない空中にて、どちらも果たせぬうちに迫るのが、うねるカラザの太い胴体だ。巨人の鞭、それだけで人よりも太いそれ、そんなふうにも例えられよう巨体カラザの蛇腹は、容赦なく傷ついた聖女を横殴りにした。もう間に合わないと見て、自分の体と蛇腹の間に杖を、さらには緩衝の水の魔力を挟んだスノウだが、それでも廃屋を薙ぎ倒すほどの大蛇のボディは、スノウの全身の骨に衝撃を貫かせて吹き飛ばした。


 がすりと地面に叩きつけられたスノウが、2,3度地上で跳ねて倒れた。立てない、血を吐く、翼も萎れる。遠く高い位置から見下ろしてくるカラザを見上げることも出来ない。


空に這う炎(フライングサラマンダ)!」


 そんなスノウを中心とし、地表にて大きな円が一瞬で赤く染まったかと思えば、スノウをど真ん中に捕えた火柱が一気に立ち昇った。それは遠方から見ても、天まで届ききるのではと思えるほどの高さを持ち、そうだと視認できるほどの太さ。それが渦巻き広がって径を大きくする光景は、もはやスノウが逃げようとしていたとしても、凌げず炎に呑まれたことを示唆するに充分なほどである。


 火柱の根元、スノウの焼け焦げた死体があるはずの場所を、見据えたまま動かないカラザの目は鋭い。普通の相手ならこれで完全に勝負あっただろう。相手は普通じゃない。熱を感知する器官でも、炎の中に呑まれたはずのスノウの動向は感知できないカラザは、火柱が晴れた末にスノウの死体を目にするまで勝利を確信できない。


「何が聖女か、化け物め……!」


「っ……はああああっ!!」


 火柱が消える、黒い煙が立つ、豪雨が黒煙を洗い流す。地上で片膝を着いて立ち上がろうとしているスノウの姿が見えた。がくがくと膝を笑わせながらも、見上げてこちらを睨み付けるスノウに、カラザも勢いよく頭から突撃だ。岩石のような大きな石頭、流星のような高所からの斜方突撃、気合を吐いて翼を広げたスノウが飛び、カラザの頭が地表にクレーターを作るほどの激突を為す。

 かわすだろうとも、それが出来る相手だ。突撃より先に火柱の魔術で、最速の遠距離攻撃を行使した、カラザの少し前の判断は正しかった。地面に顎をこすりつけながら、ぐいっと頭を上げたカラザが見上げた先には、空に体を逃がしたものの、ふらふらと虻のように舞うスノウの姿がある。


「天魔……対抗(シュー)雷撃(ブランデー)……!」


 それでも自分の周囲に雷撃球体をいくつも生み出し、振り返った目線の先にいるカラザへとそれを次々に放つスノウは諦めていない。焦げた服、だらりと下がった片足、杖を持つ手もいつしか両手、人としての体が限界寸前なのは目に見えて明らかなのに。大き過ぎる体のカラザにそれを回避するすべは無く、眼球に直撃されることだけを避けるため、頭を振るってそれらを振り払うような動きだけを見せる。鱗に当たる雷撃球体の爆発が、痛みに耐えるカラザの歯を食いしばらせる。


「ガグゥ……! 諦め、知らずが……!」


 そんな中でも、上天から地上に突き刺さる稲妻が二筋。地表に張った雨水を介し、カラザの全身に電流を流す稲妻は、大きな傷を腹に負ったカラザにはより効いた。見開いた目にスノウへの脅威を隠さず、吐いた言葉と同時に発した魔力で、再びカラザは地表から岩石柱を召喚する。立ち昇る石柱に、飛びつくように素早く巻きつき、昇って昇ってスノウへ追い迫る。


螺旋風刃(スクリュードライバー)ぁっ……!」


 ここで逃げないスノウだから怖いのだ。迫る巨大な化け物から離れるどころか、急に方向転換してカラザとの距離を詰め、自身の周囲を渦巻くよう命じた風の刃で、カラザの胴体に傷をつけていく。無数の風刃がカラザの鱗にがきがきとはじかれるも、柔らかい蛇腹に触れた切断力がばすばすと傷をつけ、残酷なほど刻まれた傷口が噴く返り血をスノウが浴びつつ飛翔する。


 ムゥ、グゥとうなりながら胴を振り回す、カラザの暴れぶりをぎりぎりのところで回避しつつ、再び距離を取るスノウ。逃がしてなるかと、角柱の至るところから蕾頭の植物を生まれさせたカラザが、スノウへと拳大の種子弾丸を発射する。二十発を超える弾丸の数々のうち一つが、またもスノウの右肩を捉え、利き腕から力を奪われたスノウが、左手の握力だけで杖を離さず握り締めて飛ぶ。


天駆ける(シューティング)……っ、光刺(ピカドール)!!」


「ヌギ……ッ、グガアアアアアアアアアアッ!?」


 手放さなかった杖の先をカラザに向け、そこから大きな熱線を放つスノウ、狙うはずたずたに切り裂いたカラザの腹だ。人に当たれば炭にも変えるような熱で、傷口を焼かれるカラザを襲う痛みは想像を絶するもの。不滅をも思わせる巨大な怪物が、小さな人間の一手によって絶叫をあげる戦場は、演劇の描く世界よりも奇なる壮絶な現実と言って過言ではない。


 天を仰いで叫びたいほどの苦痛に苛まれながらも、首を曲げてスノウを見据えたカラザは、絶叫する口の奥から泥の塊をいくつも放った。スノウの周囲にそれが達した瞬間、そこから尖った植物を急成長させる魔術である。熱線の放射を打ち切り、一気に急上昇するスノウの焦げた服をそれらがかすめ、あるいは一本の植物がスノウの脇腹をわずかに貫き、柔らかい肌から血が噴き出して落ちるのを、豪雨がすぐに洗い流していく。


血塗られた(ウインドミール)っ、風車(サングリア)ぁっ!」


「アトモスの、親友め……!」


 本当によく似ている、諦めぬ意志力も信念の結晶のような瞳も。死に損ないと言えるほどのずたずたの体で、カラザの頭に直進してくるスノウの眼差しと、真正面から向き合ったカラザもアトモスと再会した幻覚を抱きそうになる。現代におけるファインやミスティ、それらを超える混血種の天才術士、アトモスを討ち果たした聖女の恐るべきは、この不屈の闘志にこそあると確信することが出来た。


 彼女が両手に携えた、巨大な三日月形の風刃が、頭突きで迎え撃つカラザの頭と交錯する一瞬に振り抜かれる。一刃は、カラザの閉じた片目、右目のまぶたの上をがきんと鳴らし、直後に時間差で振り下ろしたもう一刃は、大きな弧を描いた末にカラザの顎の下をばすりと傷つけた。

 傷は深い、口の中まで切断された傷が届くかと思うほどに。それでも頭をひねってそれを免れたカラザの跳ね上げた首の下が、下方からスノウを殴り上げる結果を導く。殆ど防御も為せなかったスノウの全身をばきばきに砕いて、彼女の体を上天へと押し上げる。


「ふぁ……ファイ、ンっ……!」


 殆ど脱力したような体勢で高所に打ち上げられたスノウは、最高点に達する寸前、うわごとのように最愛の人の名を口にしていた。目の前の敵に集中しなくてはいけない時にでも、ふと想い馳せてしまう大切な人が誰にでもいる。それが多いほど、人は自分に戦う理由をたくさん作ることが出来る。


 勝つんだって、また会うんだって。大事な人の顔を思い返すたび、精神力が生み出す魔力は極限にまで輝き、限界を超えんばかりの力が溢れてくる。アトモスとの戦いの時でもそうだ。当時はまだ生きていた夫と、口も利けない幼子であった時のファインの顔を思い出し、死力を尽くして戦った時と同じように、愛する人の記憶にすがってでも力を絞り出す。


「お母さんは……っ、負けないからね……!」


 苦痛に皺を寄せたままの眉間でありながら、限界まで両目を開いたスノウは、雨粒が瞳を打ち据えても目を閉じない。放物線を描いた体が落ち始めようという時に、ばさりと翼を開いて空に留まるのだ。同時に空へ向けて放った魔力は、カラザが見上げてスノウを視界の中心に捉えたのとほぼ同時、上天に渦巻くスノウの雨雲に突き刺さって輝きを発している。


「天魔――!」


「来、い……!」


奮い騒ぐ雷精ライトニング・ラムバリオン!!」


 かわせない。そう悟ったカラザは死をも覚悟し、意地を表す声を小さく漏らした。次の瞬間、上天の雲を貫いて地上へと差し迫る巨大な稲妻は、まるで石柱そのものを避雷針に見立てたかのようにそこへ突き刺さる。すなわち、それに巻き付いたカラザをもその雷柱で以って呑み込むような形でだ。


 太い石柱、それに巻きつく大蛇、合わせた太さは言わずもがな。それすら径の中に取り込んでしまうような、あまりにも大きな稲妻は壮絶なほどの光を放ち、クライメントシティ全土からそれを視認できようほどの光柱を顕した。神の降臨を、あるいは世界の終わりを示すかのような一筋の光は、地に届いた瞬間の爆音を、二人の戦いが決着を迎えた鐘の音のように見立てていた。


 聖女スノウと古代人カラザの死闘。幕切れはいずれかの、あるいはいずれもの最期を以ってしか訪れない運命だった。ついにその時が、クライメントシティにはっきりと刻まれたのは、この僅か数秒後のことである。

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