表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第15章  雪【Farewell】
238/300

第223話  ~ザームVSレイン~



「むぅ~、ファインちゃんしつこいねぇ」


「はぁ……はぁ……!」


 空中に浮かぶ雲に座りながらの身で、苦しそうに息を切らすファインを、地に足着けたミスティが見上げてぷくーっと頬を膨らませている。地上で立ち位置を転々としながら、いくつもの術を放ってきたミスティの猛攻は軌道も様々で、ファインも対処と反撃で気が休まる暇も無かった。消費する魔力に比例して体力もそう、こんな状況じゃなかったら、どこでもいいから今すぐに寝転がって休みたいほどファインは消耗している。


「よしよし、それじゃあちょっとだけ本気出そうかな」


「うぅ……!」


 息一つ乱す気配のないミスティが、二又分かれの帽子の端をくいっと上げ、にへらと笑った表情は、それだけでファインのトラウマを刺激する。嗜虐的な笑みを浮かべたミスティに、今まで散々いたぶられてきたのだ。あの表情のミスティがファインにとっては一番怖く、宣言どおり、先ほどまでよりいっそう濃い魔力を練り上げたミスティが、胸の前で手を鳴らした光景がファインに覚悟を決めさせる。


風神様の石遊びノトスペトラー・ジャグリング


 鳴らした手を両サイドに広げたミスティが、自分の周囲をぐるぐると回る、大小の岩石を生じさせた。ミスティが自分を中心に、環状に吹かせる風に乗るように、岩石の数々は高速回転し始める。衛星の数々ように。

 そしてミスティが、自分の足元にふうっと息を吹きかける。それによってミスティが足元に送り込んだ魔力は、水の粒を生じさせて黒い雲でミスティの足元を覆う。その後、ふわりとミスティの足が、もとい雲が浮かんだことからも、風の魔力で生じさせた浮力が、ミスティに飛翔能力を与えたことがわかる。


「あなたに出来ることは、私にも全部できるよ。しかも、あなたよりも高次にね」


「はっ……はあっ……!」


「さあ、いっくよー! ファインちゃん、ゲームオーバーまで秒読み開始っ!」


 胸の前にもう一度手を合わせ、その両手を漕ぎ出すように腰の両サイドを振り抜くミスティの動きが、まるで急激な推進力を得た船のように、彼女が乗った雲と彼女自身を前に加速させた。高い天井と床の間ぐらいの位置、それでも高所にあたるファインと同じ高度まで素早く上昇したミスティは、直接ファインに向かわずに相手から離れた空中を滑空する。


「あはははは~、まだまだ加速するよ~♪ 私の動き、ついてこれるかな~?」


 雲のスピードをぐんぐん上げて、ミスティがファインの周囲をぐるぐると回り始める。敵を中心に、自分自身を衛星に見立てたかのようにだ。一方で、その公転軌道と呼べそうなものは一定ではなく、地上に平行に、または縦に、あるいは斜めにぐるぐると、ファインから離れた周囲空中をミスティが高速飛行する。

 ファインもその目で追いきれない。目の前を通過したミスティを、首を回して追いかけようとも、首が回らない角度の方向までミスティが消え、またあらぬ方向からファインの見える角度に姿を現すのだ。ミスティが視界外に去るたび、確実に生じているはずの隙が、ファイン自身の危機感を煽って精神を追い詰める。


「っ……はあっ!」


「うんうん、そうだよねっ! そう来るよねっ!」


 やられっぱなしでたまるものかと、弱気を目から打ち消して両掌を振るうファインが、自分の周囲に大きく乱気流を生み出した。たとえば根を張った草をも、地上から引き離して吹き飛ばすほどの強風が吹き荒れる空域、台風の目に位置するファインのみが無風空間にあり、ファインから離れた空中を滑空するミスティは全身を強風に煽られる。


「はいっ、どうぞっ……!」


 刺さるような強風から目を左腕で庇い、つぶった左目とは逆の右手をひゅっと振るったミスティが、自分周囲を旋回していた岩石の数々を解放する。ミスティの支配の手から離れた岩石の数々は、不規則な乱気流に乗り、めちゃくちゃな軌道で暴風域を舞い始めた。ミスティ以上に目で追いきれぬ速さで荒れる岩石乱舞は、誰もいない空中座標を轢き殺すような勢いで駆け、やがては意志を持たぬ自然軌道でファインに向かい始めるまで時間もかからない。


「うっ、ああ……!」


 ぶつけられては一巻の終わり、ファインが頭を両手で抱え、全身から発した魔力は彼女を中心に全方位に突風を発射する。彼女に向かっていたはずの岩石の数々も狙いを逸らされ、一部はファインのすぐそばをかすめて通過、やがては壁や地面にぶつかって砕けていく。ひとまずの対処は今の突風で叶えられたはず。


「つっかま~え……」


「いや……っ!」


「っ、たあっ!?」


 防御に専念したファインの一瞬の隙を突き、側面方向から両手を広げて飛びついていた笑顔のミスティが、ひゅっと斜方上空に素早く逃げたファインに表情を変える。誰もいなくなった空中を抱きしめるような仕草とともに、少し間抜けな姿勢のままミスティがファインの下方離れへと滑空していく。


「……なんつって♪」


「あ……!?」


 すぐさま振り返ってミスティの方を見たファインだが、自分の雲に埋もれて見えない足首に、何かがぐるっと巻きついてきた実感が、さあっとファインの顔色を蒼白に変える。ファインの死角、下方から振るった掌より、長い(つた)のような植物を発していたミスティは、自分の手とファインの足をその一本の綱で繋ぎ、さらに空を滑った彼女の末、びんとその綱が張ってファインを勢いよく引っ張る。


「そーぉれえ、っと!」


「あっ、うあ……あああああっ!?」


 蔦を発した右手の手首を左手で握り、さらにぐいっと引っ張ったミスティが、ファインの体を勢いよく地面へと放り投げた。為すすべなく、投げ縄で首を掴まれて地上に投げ落とされる鳥のように、地面へと真っ逆さまに落ちていくファインは、着地寸前になんとか体を回し、背中を下にすることが精一杯の抵抗だった。


 落差は乏しい方だが勢いがある。全力で緩衝の魔力を注いだって、首から腰までの骨が全部砕けたかと思うほどの痛みが、地面との激突の瞬間にファインを貫いた。お腹の中身が破裂しなかっただけ、上手に受身も緩衝も成功している方。

 かといって、それだけの勢いで地面に叩きつけられた直後のファインが、転がったり動いたり、ましてや体を起こすことなんか出来るわけがない。地面に激突する瞬間、苦悶の声すら出なかったのだ。痛みのあまり、地面に着けたままのはずの背を反って浮かせ、肩甲骨と後頭部、脚で地面に触れるような姿勢で、体がひくひく震えている。


「今度こそ、つっかま~えたっ」


「あぅ……!?」


 浮いていたはずの背中が、急にべたんと地面にひっつけられた。前後不覚で敵の位置も認識できなかったファインに、悠々と歩いてきたミスティ。そのお尻で、馬乗りにファインのお腹の上に座ったミスティが、ファインの胴体を両の太ももでがっちりと挟み、転がる動きも許さない形をすぐ作る。


「はっ……うぁっ……」


「はーい、あなたの負け♪ もうどんなことしたって、戦局ひっくり返らないよ~ん」


 呼吸すらままならず、馬乗りで体を押さえつけられ、先の戦いで痛めつけられた脚にもまだ力が入らない。動かせるのは上半身だけ、それすら地面に叩きつけられたばかりのダメージで、まるで言うことを聞いてくれない。ふるふると顎を引き、自分に乗っかったミスティを見上げるファインの目の前には、陰りある顔で二つの邪悪な目を光らせた死神が、ぺろりと舌なめずりをする恐ろしい表情がある。


「そうだなぁ……まずはやっぱ、コレかな」


「ゃ……!? だ、め……!」


 ミスティが胸の前で、両の掌を上向きにして、その上に黒い魔力の塊を作り始めた。これは、一度ファインも叩き込まれたことがある。ファインの体にそれを沈み込ませれば、ファインが体内から発する魔力を吸収するはたらきを為し、ファインに魔術を使わせなくする効果をもたらすもの。ファインを魔術すら使えないただの女の子にして、それからゆっくり料理してやろうっていう魂胆のミスティの笑みが、ファインにもたらす悪寒は言葉では言い表せない。


「はい、どうぞ……」


「っ、やだあっ!!」


 生じさせた闇の魔力を、ファインの胸元に押し込めようとしたミスティだが、泣き叫ぶような声を発したファインが、両手でその黒球に触れてきた。大慌て、咄嗟。どちらとも言えそうな速度で黒球に触れたファインだが、同時に彼女が性急に練り上げた光の魔力が、ミスティの闇の魔力に衝突して混ざり合う。


 闇の魔力に対抗するには、逆の属性の光の魔力だ。ファインの中に侵食するより早く、補色の魔力で力を失ったミスティの黒球が消え、ファインの両手がミスティの両手を前から握り、抵抗するような姿勢になる。


「そんなことしたってムダなんだけど、なっ」


「はぐあ゛……!?」


 ファインにしてみれば決死の反撃、今の危機を切り抜けられたのも九死に一生を得た心地。そんなファインに容赦なく、軽くお尻を浮かせたミスティが、それでファインのお腹にのしかかってきた。体重の軽いミスティとはいえ、そのお尻から全体重をかけるように腹を押されては、ファインが目を見開いて息を吐くのも当然だ。


 痛烈な一撃に、完全にファインの全身から一瞬力が抜け、その隙にミスティが、ファインの両手を彼女の頭の両横に持っていく。自分の両手で押さえつける。これでもう、体を使った一切の抵抗はできまい。


「もう~、いっ、ぱつっ」


「え゛ぁ……!」


 お尻を浮かせたミスティが、またもそれでファインのお腹をずしんと押し潰す。柔らかい女の子のお腹に防御力なんかあるわけがない。無抵抗で肺を潰される感覚は、ファインに呼吸不全の現実だけをもたらず。


「まだまだっ」


「ぁっ……か……」


「それっ♪ それっ、それっ、それっ♪」


 何度も、何度も、ミスティは自分のお尻でファインの腹をプッシュする。一度一度に、ずっしりと体重をかけてだ。最初の一発や、その後の二発目三発目では溢れていたファインの鋭い悲鳴も、数を重ねるごとに音を失っていく。お腹にのしかかられるたび、消え入るような息を吐くようなかすれ声だけ漏らし、首を逸らして口を閉じられないファインは、もはや目の前が真っ白だ。与えられる壮絶な連続苦痛だけが、彼女を現世に意識を捕える鎖である。


 ミスティに押さえつけられていたファインの手にも、指にも、もはや力は僅かも残っていない。腰を上下させる運動を止め、ふぅと息をついてファインを見下すミスティの目の前には、もはや一時的に死体同然となった女の子の姿がある。首の据わりも失って、がくんと横を向いて頭部の力を失ったファインは、口元から流れる透明なものの自覚すらなく、びくんびくんと全身を痙攣させていた。目の黒い部分にはすっかり光を失い、目の前にあるものを映しつつも、彼女の頭は光景や音を認識できていない。


大食いピエロ(フィーダークラウン)


 ファインの目が向いていないすぐそば、残忍なほど嗜虐的な笑みを浮かべたミスティが、再び真っ黒な球体を、闇の魔力を顕現する。ほんの少し前に、それだけは駄目だって、ファインに決死の抵抗をさせた恐ろしき魔力だ。それが自分のすぐそばに再び生み出されたというのに、もはや飛びかけたファインの意識は、抵抗どころか致命的なものに気付くことすら出来ていない。


「はい、仕上げ。これでファインちゃん、ただの女の子だねっ」


 ミスティが真っ黒な魔力を、がくがくと跳ね気味なファインの胸に押し込める。魔力はずぷりとファインの体内へと沈み込み、彼女の体の真ん中で、ファインが生み出す魔力を吸収する装置のように居座ってしまう。

 これでもう、ファインはしばらく魔術を使うことすら不可能になった。体も、何度も痛めつけられたせいで、まともに動く場所の方が少ないぐらいである。


「……さぁて、お楽しみの時間だよ。覚悟はしてきてるんだよね?」


 無邪気を演じていた、あっけらかんとした笑顔すら、この瞬間には冷ややかな無表情に変えて。低い声で重々しく言い放ち、ファインを見下すミスティのその言葉すら、意識朦朧のファインには届いているのか怪しいものだった。











「お前、本当に抜け目ねえなぁ……!」


「くぅ……!」


 突撃し、蹴りを突き出してザームの構えたシャベルの柄に脚の裏を激突させたレインが、敵の手を痺れさせて蹴り離れる動き。ザームから距離を作る中、敵とは違う方向に目を向けているレインの態度を、ザームはしっかり見逃していない。

 茨を編みこんだ要塞への入り口、トンネルのようにぽっかりと開いた、神殿への一本道の開始点前の地面へ、ザームが火の魔力を発して投げつけた。上がる火の手はレインの位置から、神殿への道を覆い隠すほど大きく、あわよくばザームを出し抜いて、ファインの向かった神殿への道を進もうとしていたレインの意志を阻んでいる。


 進もうとした先に障害物を作られ、動きの止まったレインに迫るのは、あっという間に距離を詰めるザームだ。シャベルを振り抜き、レインの上半身を粉砕するための一撃を放つが、鋼のブーツを纏った脚を振り上げたレインが、横殴りに迫っていたシャベルを上方に跳ね上げる。体勢が上ずるザーム、隙が生じる、その瞬間に、レインの顔面に向かって、ぷっと(つば)を吐く。


 たったこれだけの行為でも、一瞬たりとも気が抜けない状況のレインには効果が高いのだ。至近距離のザームが、自分に向けて吐き出したそれを、単なる唾か火球かなんて一瞬で判断できるわけがない。何か来た、思わず横っ飛びで回避する。当たっても汚いだけで、怪我するはずもなかったものを回避するよう誘われたレインが、せっかく隙の生じたザームに追撃する時間を奪われる。


「おらっ……!」


「くぁ……っ!」


 シャベルの柄の端を、槍の石突き部分を突き出すようにレインに差し向け、腹部狙いの一撃をザームが放ってくる。慌てて右(すね)を引き上げて防御するレインだが、ザームの腕力が生み出すパワーは、シャベルのそんな部分を使っても充分な威力を生み出している。ブーツ越しにもレインの脛に、みしつく痛みを与えたザームの一撃に、レインも後方に大きく跳んで衝撃を逃がしている。それでも相当に痛い。


「ん、んんんっ……!」


 苦痛に片目開きの顔、その開いた右目も細く、眉間に皺寄せ僅かに涙を溜めるレインだが、ザームから大きく離れて最初に触れた地面を、左足で勢いよく蹴って跳ぶ。高さはいらない、殆ど地表に水平な軌道、ザームから離れる方向に進んでいた体の進行方向を、135度近く折ってザームの左側面方向へと素早く移る。


 素早くその方向へとザームが体を向け直すが、さらに地を蹴ったレインはもう一歩のひとっ跳びで、またもザームの左側面方向へと飛んでいく。要するに、たった二回の足元蹴りで、最初の位置からザームを挟んだ反対位置まで移れる、それほど一度一度の脚力が強い。ザームも向き直って追う動きが追いつかず、廃屋の壁を蹴ってさらに跳ぶレインを目で追いきれない。


「ここだろが……!」


 目視できない範疇に関しては読みで応じる。素早くザームの背後にまで移った瞬間、地を蹴り光のような速度でザームに向かって飛びかかったレインと、シャベルを自分の踵の後ろの地面に突き刺したザームがほぼ同時だ。

 そこから地面を掘るような動きをシャベルで叶え、その一点から土の津波を背後方向に発生させたザームが、背後からザームに迫ろうとしたレインの真正面に、大量の土が襲い掛かってくる光景を作りだす。既に地を蹴り、地面から足を離してザームに一直線しているレインにしては、今さら曲がれそうになく絶望すら思う光景だ。


「っ、き……!」


 それでも曲がる、でなきゃ生き埋め。浮いた体は幸いにも、足を伸ばせばまだ地面に届く。()りそうな勢いで伸ばした足で地面を蹴りだしたレインが、ザームへ向けて真っ直ぐだった体を、前方左斜め上空へと跳ぶ自分へ書き換えた。強引な方向転換は、地面を蹴った足が捻挫するかというほどの衝撃を足首に残し、しかも跳んでなおザームの土津波は大きすぎて、波の上部でどざりとレインの丸めた背中を殴りつけてくる。


 レインの体で強いのは脚だけだ。女の子相応に華奢な背中に、少なくない土をぶつけられただけでも、レインはけはっと息を吐く。土を浴びた重みで空中姿勢も乱れる、本来の落下予測地点にも向かえない、そもそも痛みで体勢を整えるのも遅れる。回避されるなら上だろうと、すぐさま振り返って上方を見上げていたザームが、きゅるきゅる回って落ちていくレインを見つけるのは早い。


「失せろ!」


 ザームがレインに放つ、彼女の体を超える大きさの火球の一撃には、情念らしきものが一切無い。避けられない、丸焼きにされる、そんな中でレインは恐怖を顔一杯に表しつつも、足を振るって火球を蹴飛ばすような動きを叶える。それしか出来ない、死にたくない少女の精一杯の抵抗だ。


「あ゛、っ……やあああっ!?」


 鋭い蹴りの生み出した風圧が、レインに向かって飛んでくる火球を僅かに乱すが、魔力に固められた炎がそれで割れるわけではない。頭を抱えて背中を丸めたレインに火球が激突し、爆発し、彼女の体を炎が包み込む。

 服に炎が燃え移った瞬間から悲鳴を上げるレインは、両足で着地しておきながら、たまらず雨の溜まった地面に自ら倒れて転がる。振り注ぐ雨も、浅い小川のように溜まった雨水も、レインの髪や肌を侵略しながらすぐには消えない。

 それが、魔力によって生み出された炎であるからだ。雨水もスノウの魔力を擁しているから、ザームの炎を消火する力を得ているが、それでもすぐには消せないのだ。


「あばよ、レイン……!」


 全身焼かれる苦しみに、自分で自分を抱くような姿勢で悶え、立ち上がることすら出来ないレインの離れた位置で、ザームが地面にシャベルを突き刺した。土を掘り上げるような所作とともに発生させる、多量の土砂を津波のように迫らせる魔術を行使し、地に屈したレインを襲撃する。はっとして体を転がしたレインが、左膝と右足で地面を踏みしめる姿勢を作った頃には、もう目の前が土でいっぱいだ。生き埋めにされる一瞬前。


 潰されるのだって嫌だ、だからレインは後ろに跳んだ。迫る土の波から離れる方向へだ。超常現象的な速度で迫る、土の波を超える初速度を得られた脚力は流石だった。

 それでも、炎に苦しむ全身が生み出す力は至りきらず、上から降りかかってくる土の層は、既にレインの少し後方まで届いている。そのまま、死の土が覆いかぶさってくる。


 青ざめたレインの表情が、土へと消えていく。見上げた前方から覆いかぶさってくる土は、層の厚い波の下部ほどの土量ではないが、小さなレインの体を押し潰すには充分だ。浮いたレインの体を容赦なく上方から抱き、地面に叩きつけてくる土の塊が、幼い体のレインを生き埋めにしてしまった。


「っ、ぜえっ……! 仕留めた、かねぇ……!?」


 ザームも正直、苦しいところだ。開いた脇の傷は容赦なく血を流し、歯を食いしばるザームの意識を白ませるところまで至っている。シャベルを杖代わりにし、土の山にレインを生き埋めにした手応えを得ながら、ザームはレインが埋もれたであろう場所を睨みつけている。


 浅いはずだと思ったのだ。そして、やはりそうだ。土の山の一角で、下から掘り返されるように散る土の動きが、その下に埋められた少女の生存を示唆している。自分に向かって押し潰しにかかってくる津波、それから離れれば離れるほど、波の上部、層の薄い場所が乗ってくるのは当然だ。生き埋めにされながら、自分を潰す土の量は最小限に留められたレインが、ばたつく脚力で自分の上に浅く乗った土を蹴り上げている。


「あ゛~、ちくしょうが……! こっちぁもう、限界近いんだぞ……!」


 杖代わりにしていたシャベルを改めて構えるザームの前方、土の山から出てきたレインがその上の一角、自分の出てきた墓穴のようなくぼみから、四つん這いで這い上がってくる。泥だらけ、土まみれ、顔は雨だけじゃなく涙でもぐしゃぐしゃ。

 雨と土により、火が消えているのが唯一の救いと言えるだろうか。白い肌が、日焼けし過ぎたように真っ赤っ赤になりつつも、火傷にまで至りきっていないのは、きっとスノウの降らせる雨が、彼女の全身を濡らしていたことによる奇跡である。


「うぅ~っ……! ううぅ゛~、っ……!」


「……そんなになっても、まだやるってのか」


 炎にやられた全身の痛みは、ひりひりするなんて言葉で言い表せる程度の苦痛ではないだろう。ファイン達に買って貰った服も焦げと穴だらけ、綺麗だって褒めて貰えた髪もぼろぼろだ。ブーツに包まれていたおかげで、熱を直接受けなかった脚も、全身へのダメージから来る震えが止まらず、力が入りきらない。


 それでも、鼻水をすすってザームを正面睨みつけながら、うめくような泣き声を漏らしつつも、レインにはその場から逃げようとする動きが無い。戦うことを選んでいる。ザームの強さも、いよいよとなった時の容赦なさも、彼女が一番知っているはずなのに。適わねば自分の死だとわかっているのに。判断力にも幼い彼女の頭は、ザームが手負いというアドバンテージも計算に入れられていないのに、負けない、勝つんだと決意を固めている。


「殺すぞ、マジで……! それでもいいんだな!?」


「っ……いいっ! 私、戦いたいっ!」


 最後の恫喝を試みたザームの行為は、ともすれば彼に残された、最後の良心が為したものだったのかもしれない。レインが逃げてくれるなら、彼女を殺さずに済むんだから。今さら、そんな偽善が自分に唱えられるものではないとわかっていても、ザームはレインの返答に表情を歪ませる。失血が苦しいからではない。


「何がてめえを、そこまでさせるんだよ……!」


「お姉ちゃんを助けるんだあっ! 私だけ逃げるなんて、そんなこと出来ないよぉっ!」


 ヒステリックな程に叫び、死の恐怖を打ち消すレインの姿が、ずきりとザームの胸を痛めさせる。こんな年端のいかない少女が、革命を渇望して命を懸ける自分達にも負けないほど、死への恐怖さえ退けて立ち向かおうとしているのだ。それを、今から自分が殺さねばならないって、やっていいことだと思えるわけがない。

 そしてレインが口にした、ファインへの恩を返したいという感情の主張が、ザームに自分達がしてきたことを想起させるのだ。革命軍に人質を取られ、戦闘要因としての毎日を強いられていたレインにとって、その世界から救い出してくれたファインへの恩はそれほど大きいのだ。それほどまでに、嫌だったのだ。今のレインを突き動かす、恩人に報いたいという感情の源泉は、不幸な過去と幸せな最近にすべて由来している。


 悪に徹しろ、非道を貫け。ザームが心を切り替えるのも慣れたものだ。ぎゅっ、ぎゅっとシャベルの柄を握り、一度の力につれて眼差しを鋭くするザームは、甘さの無い殺戮者であるべき自らを取り戻していく。

 目的達成のためならば、道徳心など捨ててしまえ。誰だってやっていることだ、狂気を纏って幾人もの罪無き天人をも葬ってきたミスティが、特に顕著にだ。


 つくづく、自分より年下の奴らが、自分なんかよりずっと強い決意で死地に望んでいるものだ。大人はつらい。人生経験が豊富になればなるほど、若者が大切にしようとする気高さと潔癖さは、馬鹿に出来ないほど尊いものだとわかってしまえるのだから。それを踏みにじろうとしているのが自分なのだから。


「後悔するなよ……!」


「しないっ……! これが、私の生き方……!」


 奇しくもそれは、お姉ちゃんがセシュレスに言った言葉の受け売りだ。駆け出したレインに構えるザームの瞳には、二度敗れたファインの姿がレインに重なって見えたようにも思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ