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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第15章  雪【Farewell】
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第221話  ~聖女親子を阻む試練~



「んふふふふ……! なるほど、確かにちょっと手強くなった……!」


「っ、く……」


 ふわつく雲に座り込み、下半身をそれにうずめた姿勢のファインの周囲に、いくつも浮かんだ光の玉。光属性の魔力の凝縮体であるそれが、ミスティ目がけて高速の熱線を多数放ち続ける。動かず狙撃するファインとは対照的に、ミスティは素早い駆け足とステップで回避を繰り返す。進んだ先に、先読みした熱線の狙撃も突き刺さるファインの射撃能力は、ミスティも少し危機感を持っている。


「さあさ、あなただけの時間じゃないよ! 凌げるかな!?」


 絶え間なく発射されるファインのレーザー乱射をかわし続けながら、両手から生み出した蒼い火の玉の数々を、ファインへと差し向けるミスティは、攻防を両立している。速度は控えめながら、あらゆる角度から弧を描き、身を浮かせたファインを押し潰すように迫る火の玉軍勢は、狙われる側の視界を嫌なものにする。


「――はっ!」


 ファインは回避行動に移らない。額の上で交差させた手首、開いた両掌、それを振り開く仕草とともに風の魔力を展開し、自分の周囲に乱気流を生み出す。ファインに迫る火の玉の数々が軌道を乱され、同志たる火の玉同士がぶつかり合い、爆裂した結果ファインまで届かない。生じる熱風と爆煙も、ファインを取り巻く乱気流であっという間に吹き飛ばされ、彼女の髪や肌を焦がさず視界も曇らせない。


「真下がガラ空きなんじゃないの~?」


 この間にもミスティを狙い撃つ光線は休まず放たれている。軽口を叩きながら、自分の顔面へと真っ直ぐに飛んできた光線を、しゃがんでかわすと同時、ミスティは指を鳴らすと同時にその手をファインの方へと伸ばした。

 魔力を差し向けている。発動地点は、雲に座って人の頭ぶんぐらいの高さに身を浮かせたファインの、垂直真下の一点だ。


「あぶな、いっ……!」


 察知したファインが雲の下すぐ、自分の膝に触れ合うほどの位置に魔力を集め、平たい岩盤を生み出したのとミスティの魔術発動が全くの同時だ。下方から噴き出す強烈な火柱を、ファインの生じさせた岩盤が防ぎおおし、しかし押し上げる火柱の勢いが、岩盤を上昇させてファインを上方へと突き上げる。


 すぐさま前方に進行する動きを雲に命じ、押し上げてくる力から逃げたファインは、身を前に傾けて空中でふらつくような姿勢に。傍から見れば、今にも落ちそう。さらに、地を蹴り神殿の壁面へと飛びついたミスティが、壁から跳んでファインに側面から風のように迫っている危機的状況の上塗りだ。


「く……!」


「んむぐ……!」


 見えている、見逃せない。迫るミスティの方を振り向いた瞬間に、眼力から魔力を発したかと思えるような速さで、ファインが自分とミスティの間に氷の大結晶を作り上げる方が先。六角形の氷の各頂点から、尖った氷の枝を生やしたような美しい対照的氷晶の巨大版が目の前に現れたことに、止まれぬミスティはその一角を蹴り砕く。欠けた氷の面に足の裏をつけ、蹴って離れる。この過程を踏まなければ、氷のトゲトゲに串刺しになっていた。


「よい、しょおっと!」


「うぅ、っ……!」


 ファインから離れる方向に跳びながら、突き出した掌から業火の砲撃を発射するミスティの攻撃が、浮かぶ氷の巨大結晶を丸呑みにする。ファインも素早く前進したところで、氷を溶かして貫通した炎の塊が、彼女の後ろ髪をじりりと焦がした。

 僅差の回避を為した直後のファインだが、気の休まる暇などない。壁に着地し、床へと我が身を蹴りだして素早く着地したミスティは、すでにファインへもう一度跳ぶ姿勢に入りかけている。


「わっ、とととっ……! さすが、そう簡単にはいかせてくれないねぇ!」


 そうされる前にファインの周囲の光球が、ミスティを狙い撃つ熱線をいくつも発射しているのだ。ファインがしっかりそう命じている、視野が広く、隙が少ない。かわすステップを強いられるミスティが攻勢に移るまで数瞬の時を強いられる中、ファインはぐるりと体全体を雲ごと回し、真正面から敵を見据えられる姿勢に移っている。


「地術っ、災波の侵略(コンフラッグウェーブ)!!」


 いつの間にか振り上げていた両手に集めた魔力を、ファインが地上に向けて勢い良く投げ落とした矢先、地表に触れた魔力が勢いよく着弾点から左右一線に広がる。直後に生じるのは炎の壁、地表から噴出した炎が一枚の壁のようになり、しかもそれがミスティへ向かって前進してくるのだ。逃げ場の無い炎の壁が、前から襲いかかってくる光景は、普通はどうすればいいのかわからなくなって混乱するほど恐ろしい光景だろう。


「非効率で合理的、ホントあなた面白い術の使い方するね……!」


 後方に跳び続け、後退しながらミスティが数度手を振り抜き、その都度水の大きな塊を炎の壁の根元にぶつけていく。大きな威力はない、小出しに連射し、炎の壁の魔力の源をゆっくりと衰えさせていく行為だ。一見、厚みを失わないように見える炎の壁には無駄な数手に見え、退いていくミスティの中では数秒後に向けての青写真が出来上がっている。ファインもそう、ミスティの真意を、炎の壁の向こうから自分の魔力に魔術を発射する行為から読み取りつつも、壁が前に進むに伴い自分も前進している。


「さあって! ここからが本番だよっ!」


 高らかに唱えたミスティが足を止め、それ以上は下がらない。頭の上に掲げた掌の上に、大きな水の塊を生成し、それを思いっきり炎の壁の根元にぶん投げる。着弾の瞬間、ミスティの水の魔力がファインの火の魔力を制圧し、飛び散る水と蒸気で両者の視界がいっぱいになる中、炎の壁が完全に死に絶えた。


 彼女の言うとおりだ。ファインが辿り着いたのは、クライメント神殿の大広間であり、人が何十人も余裕を持って入れる空間である。天井も高く、バトルフィールドとしては充分に広大。先ほどまでの、大神殿の通路ゆえ広々としていたとはいえ、縦横に限りのあった状況下と比べれば、両者ともに自由度も高く動ける空間だ。


「あなた、私との相性を省みてそういう戦術を取ってるんだよね。それとも、そもそもあなたはそういう戦い方が一番合ってるのかな?」


「…………」


 ファインは沈黙を返すが、どちらも正解。ミスティとファインでは、風を纏っての速度上昇などに秀でるミスティの方が、接近戦に持ち込んだ時に圧倒的に有利なのだ。だからファインは遠距離攻撃を主軸に戦っている。身を浮かせたままなのも、地に足を着けたまま同士の戦いでは、自在に駆けられる相手の動きに対応しきれないと認めてのことだ。


 そしてファインは、そもそも始めから接近戦が得意なタイプじゃない。むしろ中距離から遠距離、相手との間合いがあってこそ一番戦いやすい狙撃手(シューター)だ。加えて、攻撃力には乏しいぶん、魔術による守備力にはかなり秀でている方。ミスティはファインのことを、誰かと一緒に戦ってこそ真価を発揮するタイプと評したが、それは中距離・遠距離からの支援狙撃手段に秀でる一方、自分のみならず味方も守れる防御魔術の使い手としても優秀であることの、両方の観点からそう言っている。


「臆病な戦い方だとは思わないよ。自分に合った型を貫くのが一番賢いと思うからね。現にさっきのあなたは、そういう型を選ぶ暇もなかったから、私にあれだけボコボコにされたんだもんね? んふふふ」


 ずきずきと痛む脚が、まともに使えない状況にまで追い込まれたことで、ファインは今、こうした戦術しか選べなくなっている。雲に座り、下半身を動かさず、機微に富む動きが出来ない中、守備力と反撃力、狙撃能力の三要素のみでミスティと戦うしかない。皮肉にもそれが、ファインにとって一番勝ち目のあり得る戦い方なのだ。


 怪我の功名と言えば、ミスティにとってはマイナスとでも言えるだろうか。それでもミスティが、ファインを見上げて首を傾け、にへらと笑う表情には、面倒な風向きを感じる気配が無い。むしろ、一度こてんぱんにやられた直後のファインこそ、これで駄目ならもう本当にどうしようもないと、相手の余裕めいた表情と併せて息を呑まざるを得ない状況である。


「ただ、あなたもわかってるよね? そういう戦術取ってる時点で、私があなたに触れられる位置まで迫ったら、それってゲームオーバーと同義だよ」


「…………」


 強烈なプレッシャーだ。接近戦に持ち込まれたら、勝ち目がないことは証明されている。ファインはミスティを寄せ付けない戦いを徹底しなければ、勝ち目は無いということ。触れられれば死ぬ、というミスティの形容は、大袈裟に脅しているような口ぶりであって、何ら的はずれではない。


「つまりこれは、鬼ごっこ。私が鬼、あなたが追われる側」


 小気味よくその場でステップを踏むミスティは、さあ捕まえてやるぞという無邪気な子供のような仕草であり、同時にそれは死神の足音を刻む不協和音。ゲームのルールが提示されている。変えようのない不文律は、唇を絞るファインに、覚悟と戦慄の両方を強いてくる。


「全力最高のあなたを、完膚なきまでに打ちのめすのが楽しみだよ。あなたを捕まえ、地面に這いつくばらせて、意地もプライドもずたずたにしてあげるから、今から覚悟しといてね♪」


「そうはならない……! 絶対、そうはさせない!」


「さあ、遊ぼうよ! 楽しい楽しい鬼ごっこだよ!」


 二人の混血児が、完全なる優劣を定める一戦の幕開けだ。天敵超えか、再びの蹂躙か。未来は一つしかない。











 うるさいほど雨が降る中で、それ以上の轟音。空を飛翔するスノウへと、彼女の体よりもずっと大きな石頭が、猪のような速度で突撃してくるのだ。風を裂くその音も大きいが、身をよじって無理くり飛翔軌道を曲げたスノウがその頭突きをかわした末、怪物の頭が岩石にぶつかり、ぶち砕く爆音が何よりも大きい。


「っふふ、マジあり得ない……! あんた、こんな化け物だったんだ……!」


 ここは空である。建物の高さで例えれば、十階相当ほどの高所にまで、翼も持たぬ怪物が頭を持ってきているのだ。スノウだって乾いた笑いが漏れる。ぐるりと首を回し、こちらを睨みつけてくる怪物の顔と、その恐るべき体の全容を目にすれば。


 遥か離れた地上から、林のように乱立する四角柱のような岩石。頂上が平たく、詰めれば人が十人は立てそうな太い柱だ。それに、もっと太い体を朝顔の(つる)のように巻き付けて、ここまで上り詰めてきた大蛇がいるのだ。深緑の鱗に身を包んだその怪物は、スノウへの石頭の頭突きを回避された末、空中へと投げ出される自らの体を、地上から高速で突き上げさせた高い角柱に激突させ、長い体を高所に留めている。


 これが、数十秒前まで人の姿であったカラザだなんて、変容した瞬間を目にした身ながら信じがたい。ふしゅうと息を吐き、閉じた口からちりりと伸ばした長い舌は、巨大な頭と比べるから細く見えるだけで、人の胴体に絡み付けば太く締め付けることも可能なアナコンダ相当の太さである。


「――カアッ!」


「空中戦は、天人の得意分野なのにねえ、っ……!」


 自分の魔力で生じさせた岩石の角柱を、森の木々のように足がかりにした大蛇カラザが飛びかかってきた。その瞬発力とスピードは、愚直な突撃でありながらも急襲的とさえ言える。素早く飛翔軌道を曲げて回避したスノウだが、はずして空へと身投げする大蛇の腹の下へ、角柱から枝のように伸びた太い岩石の塊が伸び、カラザはその上を這う形で空の上に留まっている。


 栄華の秋落(ダウンフォール)と名付けられた秘術で以って、カラザが地上からいくつもの角柱を、こんな高さにまで届かせて、蛇腹が足場に触れたまま戦える環境を作っている。地上はめちゃくちゃだ。民家などの建造物を突き破り、岩石の柱が乱立する地表付近は壊滅の一途を辿り、その礎の遥か上空にて、地に身を着けたまま空中戦を仕掛けるカラザがいる。


「逃がさぬ……!」


 生じさせた岩石柱は、枝を生やす木々のように自らよりまた岩石の塊を伸ばし、カラザはそれに巻きつき進む形でスノウを追っていく。スノウが豆粒のように小さく見え、大蛇カラザが普通の蛇に見えるほどの遠距離から見たとして、カラザの速さは普通の蛇相当に見える。

 つまり現地でのカラザの速度は、高速滑空するスノウが逃げ切れぬほど素早い。


「しつこいわ、まさに蛇……!」


 上方へと滑空軌道を折ったスノウがカラザから逃れようとしても、近場の角柱から枝角柱を伸ばしたカラザがそれに巻きつき移って、スノウを追う方向へと真っ直ぐ進んでいく。象も飲み込むような大口を開けて迫ってくるカラザの姿に、ぞっとしながらも急右折するスノウにより、あわやカラザが人を丸呑みにする結果は免れる。

 しかし長い体だ。長蛇の肉体をのたうたせ、胴体で殴りつけにかかる一撃を放ってくるカラザからスノウは逃れきれない。側面から迫る巨木のような蛇腹の前、大きな氷の壁を生じさせて盾を作るスノウだが、カラザの肉体は氷の壁を、いとも容易く粉砕する。


「くぁ゛、っ……!」


 直接殴られる最悪こそ回避したものの、水の魔力で緩衝してなお重いカラザの大打撃に、苦しい呻き声を吐いてスノウが叩き飛ばされる。手応えのあったカラザも、すぐさまスノウの方へと顔を向け、ぐぱぁと開いた大口から泥団子のようなものを吐き出した。いくつもだ。


 スノウの周囲に散乱するような形にまで追いついた泥団子の数々から、急成長するかのように太い茨が飛び出した。四方八方からスノウに高速で迫る、無数のトゲを携えた植物の先端。無策でいれば、がんじがらめに捕えられて血まみれにされる追撃に、スノウも片目を閉じたまま魔力を展開する。

 素早く体を回転させ、足が上天に向いた瞬間、蹴ることの出来る大気の塊を精製してそれを蹴ったスノウが、真下に向けて身を逃がす技術を見せるのだ。重力を味方につけ、下方へ最速で逃げるスノウを、茨の数々は捕まえられない。


「天魔、竜骨破りの大刃キールセイバー・エアスラスト!」


「ヌグ……!」


 一気に地表近くまで降下したスノウが、特大の風の刃を放った反動でその身を側面方向へ押し、地面に激突する落下軌道を曲げることを兼ねる。放った風の刃は、カラザが巻きつく石柱の根元に勢いよく食らいつき、なんと太い石柱をがすりと切り抜いたのだ。斜めに根元を斬られた角柱は、上方に絡んだカラザの重みも背負って一気に傾き、倒れ行く柱に伴いカラザの体勢も危うくなる。


 支柱ごと体勢を崩されかけたカラザだが、地上に蔓延する自らの魔力に呼びかけ、地表を突き破って

高速で生えてくる新しい角柱を突き上げさせる。頭をそちらへと伸ばしていく。柱の上部に巻きついて、尾に近い方の体を引き寄せ、枝から枝に移る蛇のような動きを行使する。


「ぐうあ、っ……!」


 しかも、召喚した角柱は一本ではない。地上に近い場所まで移ったスノウの下方から、彼女を殴り上げる角柱まで作り上げているのだ。飛翔のぶれを的確に突いてくるこの攻撃は、薄々予想はしていたスノウもかわすことが出来ず、岩石柱に突き上げられたスノウが上空へと吹き飛ばされる。緩衝の水の魔力を纏って防御はした、それでも痛烈に肉体を痛めるその威力にはスノウも、これ以上まだ覚ますのかというほど目が覚める。


「死ね……!」


「っ、ぐ……! 天魔っ、難破船の死出航空スカイヴォヤージュ・カルヴァドス……!」


 体勢を整えきれないスノウへと迫るカラザの頭突きは速く、もはや今から回避することは不可能。ならばとスノウが引っ張り出した最終手段は、自分のすぐそば、カラザとの間に一瞬で凝縮させた風の魔力による大爆発。豪雨の中でも一際目立つほどの爆音を伴い、カラザの頭を押し返す爆風は、同時に術者のスノウをも吹き飛ばす。


「ヌグッ、ガ……!」


「かっ、ぐ……!」


 大蛇と化したカラザの突進が、首ごと持っていかれて跳ね返されるほどの爆風なのだ。これほどの風によって押し出されるスノウも、急激過ぎる加速を得て体にかかる負荷は大きく、一瞬体が前後からぺしゃんこにされて血を吐きそうな感覚に見舞われる。窮地が迫れば、自爆覚悟でも最悪の即死を免れる一手をあらかじめ用意する辺り、彼女もファインの母親だけあってよく似ている。


 かなり遠くまで吹き飛ばされるはずであったスノウも、空中姿勢を整えて急ブレーキをかけ、カラザから離れつつも離れすぎない程度の空に留まる。今のカラザから離れすぎてはいけないのだ。カラザは必ず追ってくる。空の自分を追うために、地上から角柱を何本も召喚してでも、それを飛び移る形で追いかけてくるはず。

 角柱を召喚されるたび、クライメントシティの地上は壊滅に導かれるのだ。スノウがなんとか留まった空の一点、その真下にはまだ壊されていない民家の数々がある。カラザに自分を追わせれば、それらも粉々に粉砕されるだろう。空は広い、バトルフィールドは無限。されど気ままに飛び回れば、スノウが飛翔した下方の地上はめちゃくちゃにされるという、暗黙のルールが完成されている。


「貴様が来い、聖女スノウ……! 無為な破壊をさせたくなければな……!」


「上等……!」


 舌をじゃららと口の間から覗かせ、呼びかけるカラザは街そのものを人質に取っている。スノウの飛翔可能な空を制限している。スノウには関係ない、始めから逃げるつもりはないから。痛む全身に表情を歪めながらも、降りしきる雨の音にも霞まない声を発し、カラザの挑発に真っ向から啖呵を切り返す。


「天魔、対抗雷撃(シューブランデー)……!」


飛びかかる土壌(ファンギング・ランド)!」


 背負う翼は戦うためのものだ、逃げるためのものじゃない。巨大な怪物に真っ向から向かっていくスノウが、攻め続けられていた状況を一新し、攻勢へと移ろうとする。自身の周囲に無数発生させる、雷撃球体の数々は、きっとカラザにぶつけても大きな威力を為さない。ぐばっと開いた口からカラザが、危険な植物を発生させる泥団子がいくつも吐き出し、迎撃体勢を取ることを先読みしての行動だ。


「天魔! 血塗られた風車ウインドミール・サングリア!」


 正面から接近してくるスノウを泥団子の数々が包囲するのは早いが、それらをスノウの操った雷撃球体がことごとく撃ち落とし、邪魔者なくスノウはカラザに接近する。両手に端を発して長く伸びる、巨大な三日月型の風の刃を携えてだ。頭だけでも自分より大きな化け物に、スノウが接近戦を仕掛けようとしている。


 狙いが自分の眼であることはカラザも読めているのだ。ぐいっと首を引くように、頭頂部を通り越して後頭部をスノウに向けるように顔を伏せたカラザは、瞳をスノウから見えない角度に持っていく。さらにはその後頭部とその周囲を、まるで兜か装甲のように岩石で纏い、その一面を突き出してくる。頭突きと同じようなものだ。


 くっ、と危なげな声を溢れさせて滑空軌道を僅かに曲げ、真正面から突っ込んでくる蛇体の激突を回避したスノウは、カラザの肉体とすれ違うその一瞬で風の刃を振るった。カラザの頭部からやや離れた、長い体の頭寄りの位置に風の刃が触れる。

 がきん、という音が鳴る。鱗を刃が切り裂けない。腹部でない方を包むカラザの鱗の頑強さを、確かめさせられるスノウにしてみれば、嫌になる防御力を示された心地だろう。


「ムグ、ゥ……!」


「効かないわけじゃないのね……!」


 前向きに考えるべき、その素地もある。カラザの鱗は頑丈だが、雷撃球体を操って、それをカラザの柔らかい腹部に一つぶつけておいたのだ。やはり恐らく大きなダメージは無い、カラザの体全体はびくともしていない。それでもカラザの腹の皮膚、雷撃球体をぶつけられた箇所への手応えは確かで、思わずカラザが小さく呻いたことからも、通ったダメージがゼロではないことがわかる。


 鱗を狙うな、腹部側を狙え。すべきことを絞れるだけでも、迷う余地なく突き進める。どうすれば最善なのか、不正解を多く含む選択肢が多すぎる状況よりも、仮にも正しいと思える選択肢が1つ2つである時の方が、人はよほど前向きに動けるというものだ。


 がずん、がずんと地上から次々と伸びてくる角柱に飛び移り、巻きついて、スノウよりも高い位置まで伸びる角柱にしがみついたままのカラザが高度を確保する。スノウは離れず、角柱に巻き付いたカラザの周囲を、螺旋を描くように上昇して追いすがる。腹部を角柱に接させるカラザの攻め所を視野に入れることは出来ないが、逃げる意志無きその動きは、果敢な聖女として怪物に僅かなプレッシャーをもたらすことに繋がっている。


「やはり、貴様を一対一の相手に選んだことは正解だったな……!」


 上昇しながらそう言ってのけるカラザの意図は明白だ。クライメント神殿を守る3人の中で、最も強いのは自分だと客観的に知っている。そんな自分が相手取るべきなのは、やはりファインら4人の中で、最も厄介で強い相手に他ならないのだ。他者にそれを任せてはならなかった。


 ある程度の高さにまで到達した途端、ぐいっと頭を下げたカラザの目が、見上げるスノウの眼差しとばちりと合う。雨に打たれて細い目ながら、瞳を介して伝わる聖女の意志は、必勝の決意に満ち溢れているとすぐわかる。


「ここで貴様を葬れてよかったよ……!」


「ムカつくわ、結果まで決め付けたその態度……!」


 真上から頭突きしてくるカラザの一撃をかわし、スノウが地上に平行な軌道で飛翔する。はずしたカラザもすぐさま石柱に巻きつき、最速でその顔を、空中で身を翻したスノウに向けている。


「死ぬのはあんたよ! もう勝った気になってるその低い鼻っ柱、真っ二つにしてやるわ!」


赤呑(レッドオース)!!」


「天魔、天駆ける光刺シューティングピカドール!!」


 大口を開いたカラザが吐き出す巨大な炎の砲撃と、突き出した掌からスノウが発射する極太の熱線が、雨の降る高き空にてぶつかり合う。拮抗する熟練術士の魔力同士は、両者の中点でばちばちと押し合い、どちらの方にも攻めきらない。単純な魔力の力比べ、その互角さを象徴する光景が、まるでこの戦いを決して譲らぬという両者の意志力を、わかりやすい形で表しているかのよう。


 遠からずそうなのだ。カラザからすればかわされるのも容易であろうはずの、大味すぎる短絡な一撃。それを避けずに真っ向から術を撃ち返すスノウ。来るなら来いと宣戦布告したカラザに対し、受けて立つと応えたスノウというこの図式は、対立する身でありながら真逆の同じ決意を擁する、一対一を体現している。


 絶対に負けない。そうした二人の魔力が激突点で限界を迎え、大爆発を起こしたのが仕切り直しの鐘の音。爆煙が風雨に流され、晴れた視界の真正面同士、翼を擁した聖女と怪物化した古代人が睨み合っている。


「未来は変わらぬ……! 革命の成就は我らが目の前にある!」


「定められてなんかないっ! 未来を築くのは今を生きる私達よ!」


 未来とは創っていくものか、それとも定められた運命を曲げられぬものか。座して眺めていれば実現するであろう革命成就の運命に、スノウが立ち向かおうとしている。いかなる障害が目の前に立ち塞がろうと、それを乗り越えていく不撓なくして、悪しき未来は避けられないのだ。この世は大人も子供もみな、時と労力、あるいは人生を懸け、望ましい未来を勝ち取ろうとする。成功とは、その先にしか無い。


 命を賭けて、立ち向かう。それで得られるものが、最悪の未来を避けた最善の未来なら釣り合うのだ。それがスノウの人生観である。


「あんたなんかに、私達の時代を渡してなるものですか……!」


「奪うさ、無慈悲に……! 千年の時を超えた決意を舐めるなよ……!」


 スノウが翼をはためかせると同時、カラザがかあっと大口を開いた。空を舞い始めたスノウの動きを、カラザの鋭い瞳は一瞬たりとも見逃さない。異常気象のように降り注ぐ無数の雨粒も、今の二人の意識には割り込むことすら出来なかった。

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