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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第14章  霞【Dissension】
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第216話  ~カラザの挑戦状~



 気付けばスノウらの周囲から、人が随分離れていたものだ。カラザの登場に伴って、周囲の人々が蜘蛛の子を散らしたように逃げて離れ、少し離れて対面するスノウ達とカラザを遠巻きに眺めるギャラリーに変わっている。侵略の過程でカラザがどれほど猛威を振るい、その恐るべきさを知らしめたかかが、これだけでわかろうというものだ。


「……ここでやるつもりなの?」


「お前達が望むならば受けて立つが、私は御免こうむりたい」


 開戦を覚悟していたスノウにしてみれば予想外、あるいはそれこそこちらのセリフだと言えそうな返答だ。名優や旅人の着こなしではなく、樫の杖を携え、深緑色のローブという勝負服を身に纏うカラザは、いつでも戦える風体でいる。ホウライで見た時の彼と同じ姿。

 それをカラザは、あくまでスノウらに交戦の意志ありと示された場合に対しての"備え"と示唆している。ここでやり合おうというつもりがないのは、言葉通りの返答に加え、態度からしてもそのようだ。


「じゃあ、何しに来たの?」


「お前達がこの街に帰ってきたと報告を受けてな。忠告と、ゲームのルールを提示することを兼ねて参じた」


 ゲーム、という単語でクラウドの青筋が少し震えた。比喩ではあろうが遊びを連想する言葉、クライメントシティを手酷く傷つけておきながら、こんな言葉遣いをされると、無条件にいらつきを覚えてしまう。


「遅かれ早かれお前達は、クライメント神殿の奪還に現れるだろう?」


「……あんた達の狙いはやっぱり、神殿の地下深くに封印されているオゾンの魂なのね」


「そうだ」


 質問に質問を返す形になったスノウだが、カラザはそれに会話の噛み合わなさを感じない。どうせスノウなら、革命軍がクライメント神殿を占拠していることを知った時点で、こちらの真の狙いに気付き、阻みに来ると、カラザはわかりきっていたからだ。問うたは問うたが、そうよと返されるのはわかっていたし、今のスノウの返答の行間にもそれは含まれている。


「さっき空から見たけれど、今のクライメント神殿ったらすごい様相じゃない。あれはあなた達なりの、即席要塞といったところかしら?」


「そんなところかな。拙いが」


「お母さん、今のクライメント神殿って……?」


「まー凄いことになってんのよ。遠くから見てもわかるぐらい」


 数分前、ファインらに、早まったことはしないでねと釘を刺して、スノウは空高くに一人で飛翔した。高所に達し、遠方の地上にあるクライメント神殿を視界内に入れたスノウだったが、離れて見てもその状態は異様なものだった。


 遠方から俯瞰的に神殿を見下ろした時、そこにあったのはドーム状の真緑の何か。目を凝らして見てみれば、それは青々とした茨が絡みついて、神殿をドーム状に覆い隠す体を為しているものだともわかった。目をごしごしこすって見直しても、それはやはり現実であり、変わらない。クライメント神殿とその周囲が、膨大な量と長さの茨に覆われて、いかにも近寄り難い様相に変わり果てていたのである。

 さらに神殿の真上上空には、渦巻く黒い雲が居座っており、しばしば雷雲のようにぴかぴかと光っている。それは、今ここから遠方の空を、神殿上空に位置する場所を見上げても確認できることだ。動く気配の無いその雲が、何者かの魔力で作られたものであるのは明らかである。


 クライメント神殿は、地上から近付く者は茨で道を塞ぎ、恐らく空から近付こうとしても、あの黒い雲が睨みを利かせる、そんな要塞に囲まれていると形容できるだろう。スノウがそう言い表したのを、カラザが概ね肯定したことからも、革命軍が、制圧したクライメント神殿を奪還させぬよう作った環境なのは明らかだ。


「もう少し、質問してもいいかしら」


「答えられる範囲内でなら、お応えしよう」


 スノウには、まだまだわからないことが多すぎる。恐らくすべてを知っているであろう、カラザに問いたいことが山ほどある。果たしてどこまで本当のことを教えてくれるかはわからぬが、それでも聞いてみたいほどにはスノウも今は暗中模索、情報が少しでも欲しい。


「ブリーズの爺さんがあなた達に寝返ったっていうのは、本当なの?」


 え、とファインがスノウの後ろで短い声を溢れさせた。ブリーズというのは、クライメント神殿の大司教であり、いわば神殿の一番偉い人。そして同時に、サニーを養子として引き取り、育ててきた人物だ。

 加えて言うなら、彼はステレオタイプの天人であり、地人や混血種は天人以下の人種だと強く信じ、ファインと仲良くしているサニーとも折り合いの悪かった人物。ニンバスやネブラなど、地人陣営に寝返った天人の例も少数ながらあるとはいえ、地人側に寝返るとは、最も考えづらい人物の名に、クライメント神殿のブリーズ大司教は真っ先に挙げられるタイプである。


「事実だよ」


「……いつから?」


「そこまでは答えられんな」


 スノウの中でも、それが事実と聞かされれば、いくらか合点の合う部分が出てきて推測も立つ。クライメント神殿の地下に、オゾンの魂が未だに眠っているという極秘事項が、いかにして革命軍まで漏れたのか。これは、天人側についていたニンバスやネブラも知らないことのはず。数年前の革命軍の長であったアトモスもそのはずだ。


 もしもずっと前からブリーズが、裏では革命軍に繋がりのあった人物であったのなら、そこからオゾンの魂の現存だって、革命軍に情報として溢れ得る。これで、一つの仮説が成立するのだ。

 しかしその一方で、スノウにはもう一つ、気になることがある。


「あの人が地人達に寝返るなんて、正直今でも信じられないわ。あの人はどういう思想を以って、あんた達に味方するようになったの?」


「さあな。案外、たいした考えは無いのかもしれぬし」


「答えられない質問と解釈していいのかしら?」


「そうではないよ。ただ、私もあいつがどうして寝返ったのかは知らん。その過程に関わっていないからな」


「…………」


「私は表舞台に上がっていない時間の方が長い。詳しい話は、セシュレス辺りにでも聞いてみればわかるかもな」


「あいつはどこにいる?」


「会っていないからわからんね」


 どこまでカラザの言っていることは真実なのだろう。しかしながら、それでも問答をしたいぐらいには、スノウにはブリーズが地人側に寝返るタイプの人物だとは思えないのだ。何年も、ブリーズの天人寄りの思想は目にしてきた。あれは、自分の本性を偽るための演技だとは思えない。口ぶりだけは天人思想、されど裏では地人を手引きしていたなんて、スノウには絶対に信じられない。


 だいたい、何年も前から、たとえば天地大戦の前からだとか、その頃からブリーズが革命軍と繋がりがあって味方をしていたというのなら、オゾンの魂の現存も、その頃から革命軍には漏れていたはず。具体的には、アトモスや当時のセシュレスにもだ。なのに当時は、連中がクライメントシティを狙った実例が無い。当時から、ブリーズが地人側の味方であったとは考えにくいとするだけの要素も、こうした部分にある。


「…………」


「他に何か、尋ねたいことはあるか?」


「なに、喋りたがりなの?」


「こちらも話をしたいのでね。聞きたいことがあるなら全て応じるから、その後はこちらに時間を頂きたい」


「……じゃあ、どうぞ。まずはあんたの話から聞きましょう」


 番を相手に回すスノウだが、疑問はまだある。ただし、カラザの話を聞いてからでもいい。それを聞いてから、聞きたいことが増えることだってあろう。


「お前達は、クライメント神殿を取り返したいのだろう? 厳密には、私達がオゾンの魂を獲得することを妨げたいと」


「ええ、そのとおり」


「クライメントシティにいる、あるいは駆けつける、我々の目的を妨げる者の脅威はすべて排除した。残った者達は、もはや我々の相手にはならん。お前達、4人を除けばな」


「……まさか、あんた達がホウライの都を滅ぼしたのは」


「そうだとも。先に掃除しておかねば、昨日にはホウライの連中までここに駆けつけていただろう?」


 話の途中だが、スノウにもふと理解できた。元々革命軍は、指導者であるセシュレスの思想に従い、必要最低限の殺戮しか行なわない組織である。革命が成っても、社会を回していく人材に不足しては、さらなる荒廃を招くだけだというのは、昔からセシュレスも論じていることだからだ。そんなセシュレスも認める中、革命軍の使徒の犠牲者も数多く生む、ホウライの都の侵攻は、彼らしい行動ではないとスノウは感じていた。


 それは、この日のためのものだったのだろう。クライメント神殿を占拠したはいいが、天界都市の連中は、それがいかに天人陣営にとってまずいことかを知っているから、占拠すれば必ず膨大な兵力での奪還作戦が組まれるのだ。その兵力を生み出せる最大組織の一つ、ホウライの都を先に滅ぼしておいたのは、クライメント神殿を奪ったその時、天界都市の天界兵とホウライの軍勢、その連合軍による膨大な兵力で以って攻め返される、そんなリスクの半分を消すためのものだったと見える。


「事実、苦労したよ。流石に王おわす天界に住まう天界兵どもだ。最初の神殿の奪取はそう難しいものではなかったが、血眼になって神殿を奪い返そうとする連中によって、こちらの兵力も随分削がれてな」


「へぇ……」


「残った少数の兵には、到底お前達に対抗できる奴らが残っておらん。そうだな……1,2……3で限界か。これが、お前達を迎え撃つに値する兵力の総数だ」


 カラザも当然ながら、ファインとクラウド、スノウとレインを買っている。アストラを討ち果たしたほどの面々だ。生半可な兵では到底太刀打ちできぬ相手だと認識しており、それに値する実力者で、今も戦える者はそれだけだと言っている。


「随分と少ないのね。セシュレスやドラウト、ネブラはどうしたの?」


「ドラウトやネブラは、天界都市から派兵されてきた連中との戦いで手傷を負ってな。命があるだけでもありがたいが、あの体でお前達と戦うのは無謀だろう」


「セシュレスは」


「そもそもあの老体で、以前お前達に敗れた時の傷が完治していると思うか? 今回の戦役に参加しているのかも私は確認しておらぬし、ホウライ戦役の前から一度も顔を合わせておらん。兵力には数えていない」


 重ね重ね、どこまで真実を言っているのか不明だが、本当ならばセシュレスは、今もクライメントシティにはいないと推察していい情報。楽観的に、その強敵不在だと受け取っていいものだろうか。セシュレスがいるなら、カラザが言う3人の強兵の中に、間違いなく彼も入るはずなのだが。


「その3人って、一人があんたなのはわかるわ。あとの二人は誰」


「それは言えんな」


「片方はブリーズ?」


「……まあ、譲歩してそれは正解だと言ってやってもいい」


 向こうも、知らせたくない情報がまだあるとは、はっきり答えてくれている。嘘をついて適当にごまかされるより、この方が真実に手を届かせにくい。それを知っているから、カラザも問答に半端に答えてくれているのだろう。木を隠すなら森の中、知られても困らない真実をいくつもノイズに撒き、肝心な秘匿すべき情報を、より手の届かない場所に埋めている。実に厄介だ。


「わかったわ、続きをどうぞ」


「私達は、たった3人でお前達を迎え撃たねばならぬ。はっきり言って、厳しい状況だ。だからさっきは、お前達があと一日遅れてきて欲しかったと言った」


「一日遅れて私達が来ていたら、既にオゾンの魂は獲得していたはずだから?」


「そういうことだ」


 間に合ったような、間に合っていないような。要するに、スノウ達はカラザ達が、オゾンの魂を掘り当てるより早く、クライメント神殿を奪還しなくてはならない。決して悠長さが許される状況ではない。

 スノウも問いかけをしつつ、今の直前にはカラザに話す番を速やかに渡したりするのは、時間稼ぎをさせたくない想いもあるからだ。わざわざ、まだ聞きたいことはあるかと聞いてきたカラザの態度からも、彼とて時間を稼ごうとしている意図が推測できてしまう。


「そこで、提案がある。お前達は、2人と、1人と1人に分かれ、それぞれが私達の1人と戦う形を取らないか」


「数で劣る3対4を、2対1と1対1、1対1に分けたいわけ?」


「お前達4人を、同時に相手取るのは避けたい。やってもいいが、それに勝とうと思えば、私は無用な破壊を為さねばならなくなる」


「……あの太陽を?」


「私はあの術を使うことには前向きではない。巻き込む命が多すぎるからだ」


 ホウライの都でカラザが見せた炎天夏(サマーフレア)は、カラザにとっては焦土作戦以外で使いたい術ではない。民間人も巻き込む、味方も巻き込む、革命を為した後に世界に現存する人材を著しく減らすからだ。

 その言葉に嘘がないことは、クライメントシティを制圧しておきながら、あの術の痕跡が無いことからも信用していい。カラザの立場から言えば、単に戦に勝ちたいだけなら、炎天夏(サマーフレア)を使えばいいのだから。その方が多数の敵を一気に葬って、勝算を高めることには繋がるはずである。


「お前達にとっても悪い提案ではないはずだがね。4人同時にかかってくるなら、私は勝利のために迷わずあの術を使うぞ? 天界兵どもはあれを使わずとも撃退できることに賭ける価値もあったが、お前達はそうはいかん」


「…………」


「1対1なら、目の前の敵を葬るのにあの術は大味かつ、そこまで有益でもないからな。使わぬと約束できるし、それ以外にも戦いようはいくらでもある」


 捉えようによっては、クライメントシティを人質に取られた形にも近い。単にそれを押し出して、お前達が攻めてくるならクライメントシティを焦土にすると非人道的な交渉をしてこないのは、せめてもの救い。それをカラザがやらない時点で、彼も必要以上の殺生を望んでいないことに、より信憑性を得ることも出来る。


 スノウ達が、使いたいなら使いなさい、私達は私達にとっての有利な頭数で戦う、と言うような集団ならば、カラザにとっても良くはなかったのだ。もっとも、クライメントシティを故郷とするスノウとファインがいる4人が、これだけ言ってもそんな判断をするとはあまり想定していなかったようだが。


「……いいでしょう。もしかしたら、こっちの頭数は減るかもしれないけどね」


「賢明だ。私にとっても、ほっとする判断だよ」


 ほっとするというのは、無用な破壊を為さねばならなくなる3対4を回避してくれたことに対する副詞形。何人もの命を奪う侵攻作戦を既に実行しておきながら、こう言い放つカラザの態度にいらつきを覚えもするが、その感情を抑えて向こうの提案を呑まねばならないのも疲れる。相手の言っていることが嘘ではなく、本音だから余計に腹が立つという一例に数えられよう。


「それだけ言わせて貰えれば、私から伝えたいことは以上だ」


「そう。それじゃあ、あと2つだけ聞かせて貰ってもいい?」


「答えられる範囲でなら応えよう」


「あんたがあの巨竜の化け物、アストラって奴の魂を奪ったように見えたそうだけど、それは本当?」


「そうだな、それは真実だ」


 嫌な答えだったが、仕方ない。やはりカラザはアストラの魂を得て、あの日以上の魔力を生み出せる術士になってしまっている。事前にそれを確かめることは風向きの極悪さを教えられる形になるが、それでも知らずに立ち向かうよりは情報を得ての形になる。


「ただし、お前達との戦いではアストラの力を借りるつもりはない。これは約束しよう」


「……なぜ?」


 こればかりは、スノウも信じることが難しい。せっかくアストラの魂という、より自分の実力を高めるための武器を得たにも関わらず、わざわざ自分からそれを使わないとカラザは言っている。勝たねばならない戦いでそれを捨てることは、カラザにとってはマイナスでしかないはずだ。他者の魂を使うことに、何らかのデメリットがあるなら話は別だが、少なくともスノウはそんな話を聞いたことがない。


「……別に、お前達を甘く見ているわけではないよ。アストラの力を借りた方が、勝てる見込みが高いことだってわかっているさ」


「じゃあ、なぜ」


「私なりの矜持だ。現時点でも、私は忌むべきことを数多く為している。アストラの魂に力を借りることは、それより先にある、最後の一線を超えることだからだ」


「忌むべきこと? 何人もの人を殺しての革命活動をしておいて、それ以上に忌むべきことがあるっていうの?」


「ある。まあ、個人的なこだわりだと解釈されても構わんがね」


「矜持の詳細を語るつもりは無いの?」


「……私と1対1で戦う者がいるなら、そいつにだけは語ってやってもいいな」


 しまった、とスノウは思った。知りたければ、私と1対1で戦う者はお前にしろ、と、言外に含んで挑戦状を叩きつける好機を与えた気がしたからだ。決して好奇心を刺激する意味でスノウを誘っているわけではあるまいが、今ここでそれを語りたくないと主張する姿勢と、話す相手を選ぶと言っている態度からも、かかってくるならばお前だという主張に、カラザの言は一致してしまう。


「……2つ目の質問よ。オゾンの魂を獲得するのは誰?」


「答えられんな」


「あんただと思ってたけど、違うの?」


「それは違う。私には、アストラがいれば充分だ。オゾンの魂は必要ない」


 スノウが最も恐れていたこと、同時に、考えようによってはそれも悪くない道筋を作れる、そんな可能性をカラザは一蹴した。オゾンの魂を獲得した者は、絶大なる力を持つ過去の王の力を得て、さらなる強さを得ることになる。

 カラザがオゾンの魂を獲得すれば、それこそ手のつけられない最強の一兵の完成だと思っていた。一方で、力の一極集中は、そこさえ崩せばそれを軸にした組織の一発崩壊にも繋がる。カラザはその良い部分も悪い部分も含めて考えているのか、オゾンの魂を得る立場に自分を選んでいないらしい。


 ある意味ではいい話でもあるが、逆に言えばカラザ以外の誰かがオゾンの魂を獲得すれば、カラザとその人物の二人という、桁外れの実力者が2柱となって革命軍を支えることになる。それはそれで危険なことだ。結局の所、オゾンの魂の獲得に向かう連中を阻まねばならぬという、使命の重さに変わりは無い。


「……ちなみに誰が、オゾンの魂を得る予定なの?」


「それを私は答えられんのだよ」


「……そう」


「まあ、アトモスの子だとは答えてやってもいいが」


「は?」


 その名を使っての冗談話は、スノウにとっては一番して欲しくないことだ。しかし、カラザの眼差しは冷静なそれそのもので、からかう意図でそう言っているのではないことが逆によくわかる。


「お前も当然知らんだろうが、アトモスの夫が天人どもに殺された時、既にあいつは身篭っていたんだよ。それを私が育て、今はあいつが革命を志す最たる一人だ。オゾンの魂を狙っているのもそいつだ」


「……何よ、それ」


「だから私とアストラは、十年前の近代天地大戦には滅多に姿を現さなかったんだよ。子育てで忙しかったのでな」


 子育てだなんて俗な言葉を敢えて使うカラザだが、アトモスの唯一の血縁者を育てるという大役を預かったカラザ達なら、近代天地大戦において参戦が少なかった理由は、これでいくらか理解することが出来る。革命軍の指導者、アトモスの子供となれば、間違いなくその命も狙われるからだ。アトモスがカラザ達に頼んだのか、あるいはカラザ達が自分からそれを望んだのかはわからないが、ともかくその言葉が真実なら、歴史に対していくつかの答え合わせが出来てしまう。


「あいつはお前との決戦に敗れた時に、まだ諦めないとでも言ったのではないか? あいつの性格なら、それぐらいのことは言い残しそうだからな」


「…………」


「それだけあいつは、お前のことを大切にしていたということだ。きっと、お前に討たれたことも恨んではいまい。第三者の口から軽々しく言えることではないが、誤解を恐れず言うならば、親友同士であったお前達の関係は、今なお色褪せぬほどの繋がりであったと敢えて言わせて貰おう」


 言葉も無い。これは呪詛だろうか。いや、カラザの言葉が自分を惑わすためのものでないことは、あの眼を見ればわかることだ。革命軍を立ち上げた後のアトモスと、より触れてきたのはスノウよりもカラザの方。そいつが、今のような懐かしさを想う目で、同時にスノウを慰めるような言葉と声色を発していることに、偽の感情が混ざっていないことは信頼できてしまうのだ。


 今わの際にアトモスが発した言葉に、自分にはまだ子供がいて、遺志を継いだその子が革命を再び目指してくれるという意図が含まれていたのだとしたら。黙って逝けば、そんな可能性を匂わせることすらゼロに出来、終戦後の世界に再び革命の渦が生じることへの心構えも、スノウに今より残さなかったかもしれない。それでも死の間際、今から死ぬという自分を悟りつつ、まだ諦めないとスノウに言い残したアトモスの行為は、もはや敵陣営の未来に対して塩を送っていると言ってもいい。


 得るものの無き行為、あるいは将来的な自陣営に対しての裏切り。何がアトモスにそれをさせたのかと問われれば、きっとそれがアトモスとスノウの友情なのだろう。流す涙はもう過去に殆ど枯らしたスノウは、胸にぽっかりと空いたままの傷が、再びじくじくと疼きだす痛みを、泣くことで逃がすことも出来ない心境だ。


「さて」


 かつん、と杖で地面を鳴らしたカラザの行動が、ファインの頭をはっと覚めさせた。スノウが主導し行なわれるカラザとの対話を耳にしつつも、かつての親友を思い返す母の背中から漂う、濃過ぎる哀しみに意識を完全に奪われていたのだ。アトモスのことを想い馳せつつも、カラザを見る目の焦点をずらしもしていなかったスノウ当人と比べれば、やはりファインはまだ若過ぎる。


「私はクライメント神殿に戻ることにしよう。その後、神殿の東と西、南に通り道を設けておこう。お前達は好きなように人材を割り振り、そこで待つ我々の尖兵と戦って貰おうか」


 クライメント神殿を覆う茨や、その上空に構える黒い雲は、恐らく容易に神殿に立ち寄らせてくれる作りではないのだろう。カラザの提示してくれたルートを頼らずして、あの不気味な要塞の奥まで進むことは、どんな他の条件下で作戦を立てるよりも厳しいことだと断言できる。先に敵陣を作られてしまった以上、後手を踏んで不利を被るのは避けられない。


「お前達は、立ちはだかる敵を打ち倒し、一人でもクライメント神殿に辿り着くことが出来れば、オゾンの魂を獲得している誰かを止める権利を得ることが出来る。わかりやすいタワーディフェンスゲームだろう? お前たちが、攻める側のな」


「そうね、確かにわかりやすいわ」


 ゲームと称するその言い草に対する皮肉を込めて。クラウドが面白く感じていないことを、振り返らなくても感じ取れるスノウが、せめてもの抗議を形にしてくれている。


「もっとも、私達とてそう簡単に敗れてやるつもりは無い。お前達4人を3人で退け、オゾンの魂を獲得しようとするあいつの手を煩わせはせんよ。お前達も同じ心境、何が何でも打ち破ってみせるという心構えで来るだろうが、それに打ち勝つ私達であるとはここに宣言させて貰おうか」


「いつだって、誰だってそうよ。負けるつもりで戦いに挑む奴がどこにいるっていうの?」


「だから、勝者は常に誇るべきなんだよ。自分達の目的を成就させるべく望んだ志が、相手を上回ったということなんだからな」


 負けたくないのは誰だってそう。しかし歴史は、必ず勝者と敗者を生む。それに差をつけた要素は、時によって確かに様々。実力差もあれば兵力差、時勢の流れや運勢もそう。そこに気持ちの強さ、志の気高さという要素が入ることは、客観視を追究した意見に言わせれば極めて稀、あるいはゼロだと言ってもいい。


 それでも結果は、望みを叶えんとした志と、敗れて夢潰えた志に二分化するのだ。敗者は黙って、勝者の叶えた未来と現実を眺めるしかなくなる。戦いが、意志力のぶつかり合いだと例えられるのは、精神論でも空想論でもなく、人々が成功を渇望すればするほどに生じる衝突熱を、無視できぬほど重きものとして比喩に具現化したものだ。


「私は、西よりの道を守る。アトモスの友よ、この意味がわかるな?」


「汲みましょう」


 スノウの後ろで話を聞くクラウド達にも、これではっきり伝わっただろう。カラザはスノウとの一戦を所望しているのだ。概ね、先のやりとりでそれを示唆済みであったにも関わらず、敢えて念を押すほどには、カラザはそれを強く望んでいる。

 そしてこの挑戦状は、スノウにとっても望むところ。ファインやクラウド、レインに、カラザと戦う役目を任せるわと、自分発信で提案できるわけがない。相手の強さを知っているのだから。


「"アトモスの遺志"は敗れぬ。かかって来い」


「受けるわ、その挑戦状。私達こそ、挑戦者として」


 二人の言葉を最後に、カラザは神殿へと帰る道を歩いていった。周囲を哨戒するかのように、うろつく者達に目配せしながらだ。クライメントシティは制圧され、今やこの街は、脅威を見張る革命軍の兵でいっぱいだ。スノウらが作戦会議をしていたオープンテラスにカラザが辿り着いたのも、そうした目を頼りにしてのことに違いあるまい。

 そしてそれらの兵は、出し抜けをスノウらが計るつもりなら、そうはさせまいとするために見張りとしての仕事を全うする。遠方からスノウらを見守るような民間人の中にも、間違いなくカラザの手先が混ざっているはずだ。


「……さて」


 カラザの姿が見えなくなったスノウが、再びオープンテラスの椅子に腰掛ける。それを見て座らない、ファインとクラウドとレインだが、心の中では複雑だ。急ぎたい心境と、何も話し合わずに動き出すことの危うさを知る理性が、三人の姿勢を中途半端なものにさせている。


 それがわかるから、スノウも一度息をつく。万全の状態で、カラザ達へと挑むために。


「三人とも、よく聞いて。今から、大切な話をするからね」


 歴史を左右する分岐点は、その時にはそうだとわからないことが多い。これほどまでに、今がそうだとはっきりわかる時の方が珍しいぐらいだ。そんな節目に自分達が立ち合っていること、それを自覚させられるほどの現状こそが、ファインやクラウド、レインを戸惑わせる最大の要因である。


 革命は成されるか、否か。すべては今よりの短時間に、最も懸かっている。

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