第208話 ~クラウドVSファイン vs レイン~
「よし、行くか」
「ええ。……クラウドさんにも、そう簡単に出し抜かせはしませんからね」
作戦会議を終えた二人が、少し離れて別方向へと走っていき、距離を取る。別角度から二人の視線を向けられるレインも、いつでも動けるようにステップを踏みながら、クラウドとファインを交互に見る。
「ファイン~、魔術を使うみたいだけど、レインちゃんをケガさせないように気をつけなさいよ~」
大丈夫だとは思うけれど、念のためにスノウも忠告しておくことに。実際ファインも、作戦会議をする中で、レインの動きを制限する方法論には事欠いていなかった。炎や岩石で壁を作るとか、地面をぬかるませてレインの足を滑らせるとか、蔦を操る木属性の術を行使してレインを縛るとか。簡単に思いつく範囲内でも、素早いレインの足を止める手段ならいくらでもある。
「ええ、大丈夫ですよ。……それじゃあクラウドさん、行きますよ」
「おう。勝負だ、ファイン!」
それらはことごとく、レインを怪我させてしまう可能性を孕んでいるので、発案する前からファインの中では没にされた。砂煙などで視界を塞ぎ、レインを逃げづらくする方法もなし。ジャッジのスノウから見て、判定が難しい状況にしてしまうと、勝負がクリーンにつきづらくなる。
レインを危ない目に遭わせず、かつその動きを制限するための魔術行使のために、ファインが魔力を練り上げ始める。遠方からファインを見つめるレインも、いつどこから魔術を発してくるかわからないお姉ちゃんと知っているぶん、腰を落として警戒心を高めていた。
ファインがレインの動きを抑制する。あとは、クラウドとファイン、どちらが先にレインにタッチするか。勝負は三つ巴、クラウドとファインが一度対決心いっぱいの目をぶつけ合わせ、レインを見据えて構えた。
「――はっ!」
両掌を勢いよく地面に叩きつけたファインの魔力が地を走り、レインの周囲を大きく囲う、土の盛り上がりを発生させる。高さはレインの首ほどまでのもの、こちらからも向こうからもお互いの姿は見える。
既に走り始めたクラウドと、高さのある壁に動きを制限される危機感に、土の壁のてっぺんに飛び乗るレインの姿がある。クラウドとレインの距離が縮まり始めたところで、ファインも風の翼を纏って地を蹴った。やっぱり彼女はこの手段の方が速く動ける。
「んむ……!」
「逃がすか……!」
レインの位置までまっすぐ跳んだクラウドに対し、レインも地表へ自ら跳んで回避。クラウドも素早く、レインが立っていた場所をすぐさま蹴って、一気にレインの方向へと飛びかかる。着地から発射までのタイムラグの無さが、クラウドの素早さを物語っている。
「んしょ、っと……!」
そんなレインへと滑空して接近するのがファインだが、レインも着地の瞬間に地を蹴って、ファインから離れる方向へと跳ぶのが速い。一方ファインもそれぐらい折り込み済み。レインへとタッチしにかかるように伸ばしていた手で、滑空軌道を下げざまに地面を撫で、地を這う魔力を投じていく。
「うゎ……!?」
レインが逃げた先の地面から、がすがすと何本もの石の槍が突き出して、レインの足を止めさせる。レインから見て充分かわせる、そんな距離感に乱立する石の槍は、レインの動きを抑制するためのものだ。狙い撃つか、彼女を激突させて止める乱暴策にしては、距離感が甘い。
一瞬の静止は急接近してくるクラウドにとっては、距離を詰めるための充分な隙。これであっさり崩れないのがレインの流石なところであり、一度止まったくせに自ら石の槍へと我が身を発射させ、クラウドの伸ばしてくる手から離れると、石の槍を蹴って方向転換、クラウドの後方へと跳んでいく。クラウドも急ブレーキ、追うように迫るものの、レインは既にやや離れた場所まで到達しかけている。
「捕まえ……」
「んむ、っ……!」
クラウドが捕まえ損ねたレインへと、隙を突いて先回りしていたファインが、勝利を目指してレインへ急接近。概ね勝負あったと思えるようなアクセスだっただろう、相手がレインじゃなかったら。しかしファインに触れられる間際、ばしんと地を蹴るレインが進行方向を90度折り、斜め前方から迫っていたファインの視界から消えかけそうなほどの勢いで離れた。
「……い゛っ!?」
「はわ……!?」
ほぼ唐突に消えたと思えるほどのレインの動きに、彼女を追っていた二人のハンターが、レインの消失点にてぶつかり合う。あららら、とスノウが口を押さえる中、もつれ合った二人がごろんごろんと地面を転がり、今のは危なかったと冷や汗をかくレインが、離れた場所で二人を見返してほっとしている。
「いたたた……」
「っ、つ……だ、大丈夫か、ファイ……」
「!?!?!?」
転がる中でもファインをしっかり抱き止めて、怪我をしないように庇っていたクラウドもたいしたものだが、痛む体に意識を奪われていたファインは、はっとして目を白黒させたものだ。クラウドが体を下にしてファインを守ってくれたのはいいのだが、真正面からクラウドに抱きしめられて、肌を寄せ合って倒れているこの状況に、気付いた瞬間ファインは頭から煙を噴き出した。掌をクラウドの胸板に添える形で止まった感触も、両足の間にクラウドの下半身を挟んでいるような形も、ゆえに下腹部を密着させ合う体勢も、最近のファインにとってはちょっと刺激が強過ぎる。
「だだだっ、大丈夫ですっ……! だからそのっ、は、離し……」
「!? わ、ご、ごめんっ、ファインっ……!」
いくら彼女を庇うための不可抗力とはいえ、正面からぎゅうっとファインを抱きしめて寝そべる体勢であるとようやく自覚したクラウドも、慌ててその手の力を緩める。地面を押して上体を持ち上げ、急いでクラウドから逃げるかのように後ずさる。上半身だけ起こしてファインを見上げるクラウドも、両手で胸元を握り締めて顔を真っ赤にするファインも、体の前半分で触れ合ったお互いの体の感触が、肌に忘れず刻み付けられている。
「二人とも、な~にイチャつき合ってんの。言っておくけど、そろそろ時間切れよ? 人も増えてきたし」
「っく……!」
心臓どきどきで気が気でないファインにしてみれば、スノウが茶々を入れて状況を整理してくれるのも、ある意味助け舟になったかもしれない。そうだレインだ、とすぐさま気持ちを切り替えるクラウドだが、ファインは両手で自分の顔をぱちんと叩いて、かろうじて意識をレインに戻すのがようやくだった。忘れろ忘れろ、あれはちょっとした良すぎる夢みたいなもんだ。目先の目標を見失って負けたら、猫コスプレ&語尾ににゃん、という壮絶な現実が待っている。
「……レインちゃんっ! 今度こそ、勝負を決めますからねっ!」
「うん! 負けないよ~!」
勝負に集中してますよと大声に誤魔化すファインと、無垢にイクゾーと元気な声のレインが対極的で、傍観するスノウにしてみれば楽しくて仕方ないのだが、別の意味で勝負に集中力全開のファインは、それはそれで強い。先ほどと同じように地面に手を当て、レインの周囲に低い土の壁を作りだすファインだが、それが先ほどよりも僅かに高いことに、ちゃんと意図された狙いがある。
展開は同じ、レインが土壁の上に飛び乗って、クラウドがそれに跳びかかかる。さっきよりも僅かながら確かに速くだ。意識的に70%のスピードで追い続けた先ほどとの違いが、レインを僅かに焦らせる。それでも足元を蹴ってクラウドから離れるレインのスピードは、まだ逃げきれる速度を保っている。
「ここだっ……!」
「んぁ!?」
一度クラウドからこうして逃げるレインの動きを見たファインが、レインの行動パターンから跳ぶ先を予測し、レインが着地した瞬間の地面を大きくせり上げた。地面を叩き上げるこの手法により、レインの体がそこそこに浮かされる。土壁の上ですぐには動かなかったクラウドが、浮かされたレインの体が描く放物線を見据え、その着地地点へと素早く駆け寄っていく。間に合うほど彼も速い。
「ダメですよ、クラウドさんっ……!」
「あっ、こら、ファインっ!?」
空中ではどうしたって落下軌道を変えられないレインが着地した瞬間、そこを捕まえにかかっていたクラウドの前方に、唐突に岩石の壁が作られて足止めだ。ぶつかる寸前で足を止めるクラウドだが、その隙にレインの着地点へと、足に風を纏って急発進したファインが駆け寄っていく。ファインはクラウドにレインを先取されても負けだから、ここ一番ではクラウドのことも足止めしなくてはならない。
「んっ、く……!」
「捕まえ……っ、たあっ!?」
着地寸前のレインをキャッチするかのように、滑り込んでいたファインが勝利を確信しかけた瞬間からが、レインの身体能力の真骨頂。あわやファインの手に触れられるという寸前に、足を横に大振りして体を回し、背中に触れそうだったファインの手をかわすと同時、その両脚でほぼ側面か背後の角度から、ファインの体を挟み込んでしまうのだ。
回転する勢いを止めずにそのまま回り、さらには挟み込んだファインの体を脚から解放した瞬間、レインの足がファインを横へと放り出す投げ技の形を呈する。タッチされて負けそうだったこの一瞬に、これだけの動きが叶えられるレインってやっぱり尋常じゃない。
「いた、っ……!」
ピンチを免れたレインだが、流石に無茶な投げ技でファインを退けた一方、地面にずしゃりと上半身を下にして落ちる結果になってしまう。庇い手も含めての受身をしっかり取っている辺り、足技に頼って戦う割には身のこなしが完璧なレインだが、即座には立ち上がれない。それでもすぐに体を回して、胸を下にして地面を押し、間もなく動ける体勢まで移っている辺りは、流石に戦い慣れた彼女である。
放り投げられて地面に転がり、目を回し気味ながら起き上がるファインが、この後レインに迫っても充分に逃げられたではあろう。でも、敵は一人じゃない。
「貰った……!」
「っ、く……!」
真っ直ぐレインに直進していたクラウドから逃れようと、地に這うような姿勢からでもレインは地を蹴って跳び、しっかり逃れきろうとしていたのだ。それでも、逃げる直前のレインにクラウドの伸ばした手はしっかり触れており、二人が交錯したその瞬間に、レインの足首をぺしっと撫で叩いた感触は、あっ、とレインの表情を変えさせるには充分だった。
「オッケー、勝負あり! 三人とも、そこまでっ!」
ジャッジであるスノウの声が響き、着地したレインが、起き上がった直後のファインが、立ち止まったクラウドが静止する。ああ負けちゃった、と息をつくのはレインだが、ふよふよと雲を動かしてクラウドに近付いていくスノウに、ファインも慌てて駆け寄っていく。
「お、お母さん!? 今のは私の勝ちですよね!? 私の方が先にレインちゃんに触りましたよね!?」
「いやいや、今のは俺の勝ちでしょ!? ファインは投げられてたし、捕まえに行って撃退された形でしょ!」
「う~ん、難しいところねぇ。触れれば勝ちっていうルールに則ればファインの勝ちっぽいけど、あれじゃあ捕まえれば勝ちっていう、鬼ごっこのコンセプトでは退けられてるし……」
「意義あり、意義あり! 確か"手で"タッチしたら勝ちっていうルールでしたよね!? ファインって、ちゃんと手で触れてました!? まずそこから確認……」
「そ、そんなの関係ないですものっ! わ、私が先にレインちゃんに触れましたっ! クラウドさんは勝負が決まった後に、しぶとく食い下がっただけですっ!」
二人とも、往生際がよろしくない。よっぽど、負けて罰ゲームを受けるのが嫌なようだ。ルールの細かいところをつつくクラウドだが、それを遮るファインの方も、手で触れる間もなく逃げられた自覚はあるのだろう。
"手でレインにタッチすれば勝ち"というルールを徹底的に遵守するなら、先にその勝利条件を果たしたのはクラウドである。ただし、鬼に触れればそれだけで勝ちと、ルールに柔軟性を設けるならファインの勝ちでいい。スノウも正直、ファインとレインが触れ合ったあの瞬間に、ちゃんとファインが手でレインにタッチしていたかをはっきり見極められたかは確信が無い。恐らく十中八九、触れてなかっただろうとは思っているけど。
「自己申告的にはどう? ファイン、ちゃんとレインちゃんに、手でタッチし……」
「待ってー! わ、私の方が先にレインちゃんに触れ……私の勝ちですっ! 絶対にそうですっ!」
「こらっ、ファインっ! ちゃんとスノウ様の質問に……」
「意味のない質問ですっ! 先に触れたのは私なんですから、私の勝ちなんですっ!」
ああ、ホントこの子は嘘がつけないんだなってスノウも改めてわかった。やっぱりタッチしてないんだなと。その自覚がある上で、ルールの柔軟性に救いを求め、勝ちをごり押ししてこようとする往生際の悪さは、もはやレインよりも子供じみて大人げない。必死すぎるファインの顔を見ていると、流石にスノウも、触れてないならあんたの負けよと、冷徹なジャッジも下しにくい心地になる。
「わーった、わーったわよ。それじゃあ勝敗は、レインちゃんにジャッジして貰うわ。二人とも、それなら異論は無いかしら?」
「れ、レインにですか……?」
「そ、それなら、まあ……えぇ、納得しなくもないですけど……」
二人とも、スノウ相手ならこう詰め寄ることも出来るのだが、レインには同じことが出来ない。幼いあの子に、俺が勝ったよな、いいや私が勝ちましたよねと、ずいずい迫ることが出来ない性格をしているのだ。優しい二人と知っているスノウが綺麗に落とし所を設け、二人を黙らせた後、雲から降りてレインに近付いていく。
「クラウドさんっ、今のは私の勝ちのはずですっ……!」
「いーや、今のは俺の勝ちだ。レインならわかってくれるはずだよっ」
「レインちゃーん、今の勝負だけどねー」
スノウがレインにジャッジを求める中、背の低いファインが見上げる形で、背の高いクラウドが見下ろす形で、お互いを睨み合って己が白星を主張し合う。一方で二人とも、両膝に手を置いてスノウが語りかける相手、レインの表情が気になって仕方ない。状況を説明するスノウが、レインから勝敗判定を聞き出そうとする光景は、決定が下るまで二人にとっては本来よりも長く続いたように感じられた。それだけ緊張感があった。
「――ってなわけなんだけど、レインちゃんはどっちの勝ちだと思う?」
「ん~……」
ある意味レインの感情論でも決まりかねない、要するに彼女がクラウドとファインのどっちの方が好きかとか、どっちの猫コスプレを見たいかで勝敗が決まりかねない状況なのだが、さて。
クラウドはこう考えている。まさか俺の猫耳姿なんて、わざわざレインも見たがらないだろって。どっちのそういう姿を見たいかって言われれば、レイン目線じゃ俺よりも、同じ女の子であるファインのはずだろって。だから、感情論で決められても、自分の勝ちだとジャッジされるはずだって信じている。信じたいだけとも言う。
ファインはこう考えている。クラウドさんの猫耳姿、きっとすごく可愛いはずだって、レインちゃんだってわかってるはずですよねって。なかなか見れないクラウドさんのコスプレ姿、この機会を逃せば今後絶対にないことぐらい、レインちゃんだって打算できますよねって。だから自分の勝ちだとジャッジされるはずだって信じている。信じたいだけとも言う。
どっちかが勝って、どっちかが負けるのだ。どう転んでも、どちらかの手前勝手な願望が、この後負けて表情を固まらせる未来に向かっての、盛大な前振りになっているのが哀しい話である。
さて、宿に帰りて敗者に素敵なプレゼントの時間である。なんだか言葉の使い方を間違っている気がしなくもないが、負けた彼女にレインから、無垢な笑顔と一緒に授けられる、猫耳ヘアバンドと黒猫しっぽ。引きつった笑顔でそれを受け取る負け犬――あるいは今から負け猫になる彼女を、スノウがにまにまして見守っている。
結局レインの判定は、ルールに則って厳正なものであった。私情を抜きにしての判定であったせいもあって、ぐうの音も出ずに敗者認定されたファインが、それはそれはもう恐るべき辱めを受ける時間帯である。
「はいっ、ファイン。鏡」
「んふ、っ……!」
表情をひくつかせながら猫耳を装備する時点で頬を赤らめていたファインだったが、スノウに手鏡を向けられた瞬間に、一気にその顔色が火だるま色に昇り上がる。これは恥ずかしい、想像以上に恥ずかしすぎる。露骨にあざといアクセサリであるというのも勿論の要因だが、非積極的なコスプレっていうのがここまでこっ恥ずかしいものだとは、覚悟していたファインも想定以上であった。
「お姉ちゃん、しっぽつけてあげる」
「あっ、あ……れ、レインちゃ……」
猫耳つけた自分の顔を見ただけでも、穴があったら入りたい想いのファインだっていうのに、お節介にもファインの後ろに回り、お尻に猫しっぽを装備させてくれるレインの追撃が強烈だ。はい、できたよと無邪気な声と笑顔で言ってくるレインの言葉を皮切りに、手鏡を前に硬直していたファインの両肩をスノウが握り、彼女をぐいっと体ごとクラウドに向けさせてくる。
「お姉ちゃんかわいいー! とっても似合ってる!」
「ぷくくく……クラウド君、どう? 可愛い我が子の晴れ姿」
「へー、可愛いじゃん。似合ってるぞ、ファイン」
「は、くっ……ふぐぅ……」
ぷるぷる震えて顔を右下に向け、クラウドを真正面から見据えることの出来ないファインは、もうそれだけで勝者のクラウドには充分な見世物である。あわや負ければクラウドこそ、こんな格好にさせられていたのだ。だいたいこれだって、ファインがクラウドにやらせてやろうと発案したものであって、それを勝負に勝った上で切り返してやったクラウドからすれば、憎しみの無い意味で、いい気味だってなもんである。
お世辞の意味合いも少々あるが、実際そこそこ似合っているから、尚更クラウドにしてみれば面白いもので。細い針金入りで形が崩れないしっぽを腰の横から曲げて見せ、猫耳を身につけるっていう、残念なぐらいあざとい風体ながら、案外ファインの地にハマるのだ。元々小柄かつ小顔である上、引っ込み思案気味な性分のせいか体を縮めがちのファインだから、普段から彼女は、見た目以上にちまっこい女の子に見られがちのタイプである。だからか妙に、こういう小動物系のコスプレは似合っているというのも本当の話。
「クラウド君、お世辞とか抜きにして、どうかしら? 案外、ホントに似合ってるでしょ」
「いや正味な話、似合ってると思いますよ。むくくく……」
「く、クラウドさんっ、何がおかしいんですかっ……!」
「いや、だって……ごめん、笑っちゃダメなのはわかってんだけど……ふくくっ……」
クラウドをじとりと睨みつけるファインだが、ただでさえ人を威嚇するのに向いていない童顔と眼の上に、そんな格好で凄んでもなぁってなもんで。手首の辺りで口元を押さえ、目線を落として頭を震わせるクラウドには、ファインも悔しゅうて悔しゅうて仕方が無い。
「ファイン、ファイン。語尾に"にゃん"をつける約束じゃなかったっけ?」
「あっ……うっ……」
「ほらほら、もう一度。クラウドさん何がおかしいんですかって、どうぞ?」
しかしながらこの罰ゲーム、コスプレしただけではまだ半分なのである。現時点でも限界いっぱいいっぱいのファインに追い討ちをかけてくるスノウは、後ろからファインの両肩に手をかけたままで、もしもファインが逃げようとしたって離さない構えを完成させている。
「な……何がおかしいんですか……………………にゃん……」
語尾を口にした瞬間、ぼしゅっと頭から煙を噴き出したファインが、もう我慢できませんと言わんばかりに体をひねった。勿論、スノウががっちりと握力を込めて捕まえる。逃がしません。
「はなしてー! もうだめー!」
「あはははは、逃がさない~。罰ゲーム、罰ゲーム♪」
「クラウドさん見ないでー! 私もう耐えられないですよー!」
肘の内側で口を塞ぐようにして顔を隠すファインが逃げ出そうとするが、スノウも腕相撲大会で男に勝っちゃうぐらいなので、いくら頑張ってもその握力からは逃げられないのだ。両目を大きな渦巻き模様に変え、視点の定まらない目でばたばた暴れるファインを、ぐいぐい引っ張って背中から床へと引き倒す。これでもう、走って逃げることも出来なくなった。
「思い知ったかっ」
「うぐぐぅ~! くやしい~! 絶対いつか、仕返ししてやるぅ~!」
寝転がされたファインの顔を、四つん這いになって近くしてまで覗き込む、クラウドの勝ち誇った顔が、ファインにとってはとにかくド畜生。自分の提示した罰ゲームを後出しで切り返され、しかも負けて、こんな恥ずかしい格好と語尾まで強いられる展開、屈辱以外の何者でもない。
「ファイン、語尾忘れてるわよ? にゃん、は?」
「にゃんっ! これでいいですかっ! にゃんっ!」
「ほらほら、もっともっと! いっそさらに堂々と!」
「にゃ~ん! にゃ~ん!」
もうやけくそである。赤くなったきり戻らない顔色のまま、負け猫の遠吠えを繰り返すファインを、スノウ主導で三人がいじり倒すばかりの展開がひたすら続いた。もうなんでもいい、煮るなり焼くなり好きにしてと開き直ったファインが、ノーガードで痴態を晒してくれるおかげで、三人も悪乗りしやすくて楽しめる。
結局この日は寝るまでずっと、ファインは語尾にあれをつけたまま過ごすのを強いられることになった。この日のことは、良い意味でも悪い意味でも一生忘れられまい。良い意味ではクラウドが、悪い意味ではファインがである。




