第207話 ~クラウドVSファイン by 神経衰弱~
「クラウド君、まだ怒ってる?」
「怒ってないけど痛かったですよ~、マジで。俺、ファインにぶちっときたのは流石にあの瞬間が初めてかな」
4人は一度、宿に帰ってきた。触手に絡みつかれた粘液まみれのファインだったので、一度お風呂に入って体を洗い流したいと彼女が訴えたからだ。傍から見ても全身ぬらぬら、光沢まみれのファインであったし、そのまま二回戦に参りましょうっていうのはあまりにも気の毒だったので。
「二回戦は頑張ってね。クラウド君、後がない状況だから」
「そうですね。まあ、絶対に譲るつもりはないんで」
ファインに痛烈な急所攻撃を受けたクラウドではあったが、後でファインも平謝りだったし、彼女も大変だった中での事故だったのはクラウドにも理解できたので、もう怒っておらず表情も柔らかい。やがて、お風呂を上がったファインが帰ってきたところで、二人がご対面だ。
「ふぅ……さっぱりしました♪」
「ファイン、次は負けないぞ」
「あはは……クラウドさん、ほんとごめんなさいね……」
いくらかアクシデントを経た後ではあるものの、両者とも後腐れのない表情でご挨拶。やはり元が仲良しの二人なだけあって、ちょっと時間が過ぎれば元通りの仲に戻るのである。お兄ちゃんとお姉ちゃん、なんか少し気まずそうだったなと心配していたレインも、これを見て安心するのだった。
「さて、二回戦は神経衰弱なんだけど……」
浜から宿に帰ってきたついでにプログラムを変更し、三回戦目に用意していた種目をスノウがここに持ってくる。元は二回戦に予定していた方の種目は外でやるものだったが、どうせ一度宿に帰ってきたならと、ここで先に神経衰弱をやってしまおうという段取りに変えたようだ。
「先にファイン、罰ゲームは何にするか言っておきなさいよ」
「え?」
「クラウド君も、負けたら何をさせられるかを先に聞いておけば、勝負により熱が入るでしょ?」
三本勝負でファインが一本先取したので、ファインはこの勝負に勝ってしまえば、その時点で決着がつく。後が無いクラウドを焚きつけるため、スノウが宿の一室にて、ファインに罰ゲームの発表を前倒しで要求する。
「もしも勝ったらあなた、クラウド君に何を頼むつもりでいたの? 何でも言うこと聞いて貰えるのよ?」
「先に聞くのも怖いな~。ファイン、俺に何をさせるつもりだったんだ?」
「え~、今言わなきゃダメですか?」
「うん、そういうルールなの。今そう決めたの。さあ、決まってるなら発表して?」
しゃなりと座ったファインがもじもじして、回答を少し渋る。その表情はいたずらっ子の笑顔であって、別にどうしても言いたくないという顔ではなく、発表を焦らすような顔色だ。どうやら彼女の中ではもう、勝てたら何をクラウドに頼むのかは決まっているようだ。
「えーっとですね……これなんですけど」
よちよち歩きで部屋の隅にある、何らかに近付いて拾い上げるファイン。彼女が拾って見せてくるそれを見た瞬間、さっきまで表情に余裕のあったクラウドが、びきりと硬直する。
「おい待て。お前まさか」
「これを、クラウドさんに着けて欲しいなあって」
猫耳ヘアバンドがどうしたんですか。それを俺に着けて欲しいんですか。はあ、そうですか。クラウドの目の色が、みるみるうちに変わっていく。
「クラウドさんって、猫のエンシェントさんですよね?」
「そうらしいな。んで、何」
「だから、きっと似合うと思うんです」
何がだからなのかさっぱりわからんが、悪意のない笑顔でそう言ってくるファインだから、天然でそう言っているのがわかって余計にタチ悪い。ファインだって女の子、可愛いものは好き。
そしてファイン目線、クラウドって男らしくて凛々しいとは普段から思っているけど、寝顔も見ている彼女からすれば、クラウドのお顔を可愛いなって思うこともある。稀にだが、ある。
似合うと本気で思っているのだ。可愛いクラウドさんを一度見てみたい、と、普段ならば頼んでも絶対にやってくれないであろうことを、これ幸いにとファインは突きつけてきた。恐ろしい天然凶器である。
「わかった? クラウド君」
「ま、マジで言ってるんですか!? 俺、負けたらあれ着けんの!?」
「レインちゃんも、それでいいですよね?」
「うん! お姉ちゃん頑張って!」
この女子ども、自重する気配が無い。元よりファインやクラウドに、猫耳つけてみてとお願いしていた立場のレインまで、ファインを応援し始める始末だ。お姉ちゃんが勝てばクラウドの猫耳姿を見られるのだ。レインの価値観に照らし合わせて自然な行動である。
「あ、ちなみにレインちゃん。しっぽもあるんだっけ?」
「うん!」
「あ、じゃあ私が勝てば、それもお願いしようかな」
「おい待てぇ! お前っ……!」
やばい方向に話が纏まりつつある。どうやらクラウド、もしも負けたら、猫耳としっぽを着けさせられるハメになるらしい。最初は負けても、まあまあ優しいファインだからそんなに無茶なお願いはしてこないだろうなとタカを括っていたクラウドだが、こうなってくると余裕が無くなり冷や汗さえ出てくる。
「大丈夫よクラウド君。勝てばなぁ~んにも問題ないんだから」
「うぐ……」
勝負事の常套句、あるいは詭弁を用いてクラウドをなだめすかすスノウに制され、反論も防がれたクラウドが押し黙る。さあ始めましょう、なんて言いながら、52枚で1セットの札をシャッフルし始めるスノウの前、止まらない流れの中でクラウドは、敗北した場合の恐ろしい結末に鳥肌を立てるばかりであった。
猫耳としっぽをつけた自分の姿を想像する。やばい、超絶恥ずかしい。これは絶対に負けられない。
神経衰弱っていうのは非常に簡単なゲームであり、目の前にばらばらに置かれたカードを交互に2枚めくり、同じ数字の2枚をめくった場合はその二枚を獲得、というシンプルなもの。特にローカルルールなどもなく、52枚のカードを使ってクラウドとファインが、普通に一対一の神経衰弱を行なうのが第二回戦だ。
クラウドは自慢の体力の使い所がないし、条件は二人の頭の作りのみに勝負を懸けられる、公平な勝負になるはず。一本先取されているクラウドが先攻で、ちょっと有利な立場にいるが、先に札をめくったらめくったで、めくった二枚を相手に覚えられるから、必ずしも有利とは限らない。運も絡めた頭脳戦、それを後が無い状況での種目にされたクラウドの背負う、プレッシャーはそれなりに重い。ここで負けても大丈夫なファインは、まだ気が楽な方だけど。
「それじゃあ、始めるわよ。クラウド君、第一手をどうぞ」
「…………」
でも、案外運と記憶力以外でも勝負の出来る種目であったりもするのだ。クラウドは、てきぱきと二枚のカードを表向きにし、2と8のカードであってハズレなのを確認すると、自分でさっさと裏向きに戻してしまう。なかなか手早い。ファインにその二枚を、じっくり見せて覚えさせはしないつもりだ。
「あの、クラウドさん……?」
「ほら、ファインの番だぞ」
ファインもちょっと、これはやばそうだって予感がした。どうぞ、とばかりに笑顔で番を差し出してくるクラウドだが、絶対に負けないよっていうオーラ全開の眼差しに、ファインも一度気を引き締める。
「……あっ」
ファインも自分の番になって、二枚のカードをめくった。一枚目が12、二枚目が2のカード。ハズレなのは間違いないが、これでクラウドに番を譲ってしまうと、一組取られてしまう。自分の番が回ってきて、迷わず2のカードの二枚組をめくったクラウドが、先取する形になる。
「はい、今度はクラウド君の番ね」
一組引いたらもう一回めくれる。クラウドが二枚のカードをめくると、一枚目が3、二枚目が12。今度はファインにとって嬉しい流れだ。自分で引いたさっきの12、その位置は覚えているし、ファインが二枚の12のカードをめくって、12のカードの一組を回収する。
「一対一ですね。負けませんよ、クラウドさん」
「おう、来い来い」
勝てるぞこれ、とテンションが上がり気味のファインと、一見普段と変わらぬ笑顔で、かかって来いと挨拶みたいな言葉を返すクラウド。和気藹々としておられる。レインも見ていて、二人とも楽しそうだな、私も後で混ぜてもらってやりたいな、なんて思っているから無邪気なもんである。
スノウの視点からは、別のものが見えていたけど。クラウド君も、本気になったら結構やるもんだなって。過去にいくつもの修羅場をくぐってきた聖女様には、クラウドの背中から溢れる覇気が見え見えなのである。
「これで最後の一組だな。終わりっ」
「はーい、試合終了。勝敗は……っと、別に数えるまでもないかしら?」
「むぐぐ……」
終わってみれば、クラウドの圧勝であった。カードは26組あるわけだが、最終的にはファインとクラウドで、7対19ぐらいの差があり、手元に回収されたカードの厚みを見比べるだけで、数えるまでもなく勝敗が明らかである。
「く、クラウドさん、強すぎませんか……? あと、ちょっとずるい……」
「悪いな、俺も流石に負けられなかったんで」
勝敗を決したのは、クラウド自身の的確な記憶力もそうだが、一番響いたのはクラウドがカードをめくる番、さっと開いてさっと閉じてしまう手の速さだろう。おかげで中盤、ファインはなかなか記憶が定まりきらず、一度クラウドが開いて見せてくれたカードの位置を、微妙に覚えきれずにはずすことが多かった。
ちょっとクラウドも大人げないことをした自覚はあるが、それでも、パッと開いてパッと閉じる、なんてほどの意地悪な速さをしたわけではないので、ずるいかどうかと言われればそこまででもなし。手の速い神経衰弱の手練と、あまりこのゲームに手を馴染ませていない初心者の対決であった程度のものであり、運任せの勝負にせず、クラウドが正攻法で競り勝ったと言える程度の範疇である。
「クラウド君も見た目に似合わず、手加減なしの性格なのねぇ」
「勝負事ですからねぇ。懸かってるものもあるとなれば、そりゃあ本気だって出しますよ」
「うぐぅ……」
インチキだって唱えるつもりもないけれど、ぐぅの音も出ない完敗にファインも悔しそうだ。案外ファインもこんな顔が出来るのである。負けず嫌いは親友サニーの代名詞みたいなものではあるが、ファインだって大概、熱くなったら負けたくないって強く思える性格はしているらしい。今回の場合は、勝てればクラウドさんに猫耳しっぽ、というご褒美もあっただけに、普段以上に勝ちたい気持ちが強かったというのもある。
「さて、二人とも最終戦に移るわよ。次の種目はけっこう体を動かすから、二人とも着替えていらっしゃい」
「あ、その前にスノウ様。俺も多分、ファインに何をさせるのかは発表するんですよね?」
「そうね、後でもいいんだけど。決勝戦の前には言ってもらうつもり」
「じゃあ今のうちに言っておきますよ。もう決めてるんで」
いじけたようにカードをもぞもぞしていたファインが、はっとなって顔を上げる。そうだ、勝った時のことばかり考えていたけど、ここで負けて次も負けたら、罰ゲームを受けるのは自分じゃないかと。
「俺が勝ったらあの猫耳としっぽ、ファインがつけてくれよ」
「はえっ!?」
逆襲。クラウドから溢れる、俺が背負うリスクをそっくりそのまま返してやるオーラ。これでファインもやばくなってきた。
「あと、着けたら今日が終わるまで、語尾に"にゃん"をつけること。それでいいな」
追い討ちにファインが石のように固まる。どうやら負けたら、猫耳としっぽを身につけた上、そんな寒い寒い語尾をつけて今日一日を過ごさねばならないらしい。罰ゲームの破壊力が、当初の想定よりもかなり高くなってきた。
「オッケー、そういう取り決めで。それじゃあ二人とも、着替えておいでなさいな」
「えっ、ちょっ……あのっ……」
スノウに促されてクラウドが部屋を退出する。着替えてくるらしい。マジですかお母さん、と、硬直した表情で振り向いてくる愛娘に、スノウは先ほどクラウドに向けた言葉と同じものを差し向ける。
大丈夫よ、勝てば何の問題もないんだから、って。クラウドがそう言われている時は味方だったお母さんが、今は無慈悲な裁判官に見えたものである。しかも、自分を裁きたがっている検事側に。
「二人とも準備はいいかな~? 最終種目、鬼ごっこを始めるわよー!」
舞台を移し、浜辺そばの公園へ。海の近隣、潮風が吹く広場という程度の場所であり、植物が育たない代わりに平坦な砂地を広げただけの地表が、まっさら平べったい公園として汎用性をかえって広げる広場である。たとえば家族連れが来て、バーベキューしたりするのにはうってつけの環境だ。幸いこの時間帯には人が少なく、既に普段着に着替えたファインとクラウドにとっては、ほぼ貸切状態で最終種目に取り組めそうな環境である。
まずは、とスノウが指先をちょいちょいと回し、風の魔術を発現させる。彼女の指先から発生した真空の刃は、術者から大きく離れた場所まで飛んでいき、地面をがりがりと引っかき始める。程なくして、ファインらを含むスノウ達を中心とした大きな円が、公園のど真ん中に刻まれる形となった。大きな円というのは本当に大きくて、直径が恐らく百歩弱はありそう。そんな広さでまだ公園全体の面積を独占していないのだから、この公園自体もそれなりに広いということだ。
「ルールは単純っ! レインちゃんがこの円の範囲内で逃げるから、先にレインちゃんを捕まえた方が勝ちっ!」
「鬼ごっこって、つまり俺達二人が鬼をやるって認識でいいんですか?」
「そうね。まあ捕まえると言っても、手で触れればオッケーっていうルールにしておくけど」
要するに平坦な公園の真ん中で、範囲円内を舞台に、クラウドとファインから逃げ回るレインに、どちらかが手でタッチすれば勝負ありということ。元より話は聞いてあったのか、レインは既に足首をくりくり回し、準備運動を始めている。
「レインちゃんも頑張ってね。もしも制限時間内に捕まらなかったら、ご褒美もあるんだからさ」
「うん、頑張る!」
「制限時間もあるんですか?」
「私有地ってわけじゃないから、いつまでも場所を独占できないしねぇ。明確には決めてないけど、公園に人が増えてきてやりづらくなるか、これじゃラチがあかないなーって感じになってきたら、そこで打ち切るノリ」
「ふーん……まあ、いっか」
ファインもクラウドも、そこで聞きたいことは無くなった。普通この流れだと、一つ確認しておかなくてはならないことがあるはずなのだが。制限時間内にレインを捕まえられなかったどうなるんですか、とか。
二人ともそれをスノウに聞かなかったのは、無意識下で、二人がかりで時間内にレインを捕まえられない、なんて結末は無いと思っているからである。何せ身体能力抜群のクラウドに、飛翔も可能で小回りの利くファインだ。自分はともかく、対戦相手の能力高さは知っている二人だけに、この勝負はどちらかが時間内にレインを捕まえて、決着がつくと決め付けてかかっているに近い。別にレインを舐めてるわけじゃないが、クラウドはファインを、ファインはクラウドを、レイン以上に買っている。
移動範囲内が無限ならともかく、確かに広いが有限空間内での鬼ごっこじゃないかって。端まで追い詰めれば逃げ場を奪って、どちらかがレインを捕まえられるはず。そう決め打っている二人なのだが、果たしてそう簡単に話が上手くいくだろうか。
「それじゃあ二人とも、準備はいいわね? タッチしたかのジャッジは、私がするから」
「いいですよ」
「問題ありません」
「それじゃあレインちゃん、位置について。どこでもいいけど」
「はーい」
とてとてと、ファインやクラウド達から離れていく後ろ姿の可愛らしいこと。二人から距離をとり、ここでいいよーと振り返って応じるレインを見て、スノウは雲を作り出してそこに座りこむ。そうして身を浮かせる彼女は、少し高い位置から鬼ごっこの邪魔にならないよう、ジャッジを務めるようだ。
「悪いけどレインには、ご褒美は諦めて貰わなきゃな」
「ちょっと気の毒ですけど、私達も負けられませんので……!」
並び立つファインとクラウドが互いを見合わせ、ここが決戦の舞台だと火花を散らす。二人ともいつになく、互いに大してライバル心むき出しであり、こんな目で対立する自分達になることなんて、過去には想像すらしていなかったことだろう。
「それじゃあ始めるわよー……! 最終種目、鬼ごっこっ……スタートっ!」
さほど勢いよくではなく、彼の中ではゆったりとしたスピードで、クラウドがレインへと駆け寄り始める。ファインも脚に風を纏い、身体能力以上の速さで走れる健脚で走り始めた。サニーが得意としていた天の魔術の使い方だが、これを機会にファインも活用ついでに練習しようと思っているようだ。サニーのように体全体に行使し、戦闘全般に実用するのは少し難しいが、脚だけこうするなら可能である。
レインもクラウドに背を向けて走り出す。まっすぐ離れるが、やがては円の端まで追い詰められたところで振り返る。クラウドが迫ってくる中で、レインはどうするか。クラウドの中ではもう詰んでる気分だ。左右に逃げるならそのまま追っていくだけだし、自分を跳び越えようとするんだったら、自分も跳んで捕まえに行くだけである。正直、勝ったと思った。
「……いっ!?」
クラウドから見て右側にレインが逃げたのはいいのだが、走行軌道を曲げて追いかけようにも、レインの初速が速すぎて。本当、静止状態のゼロ速度からあのスピードまで急加速できる脚力は、彼女が怪脚の持ち主であるとわかっていたつもりでも、想定以上すぎて度肝を抜かれてしまうほど。それぐらい、一歩目を蹴りだした瞬間から、ピュンっと速く動いてしまうのがレインである。
「は、速っ……!?」
「んしょ、っと」
クラウドが捕まえ損ねたレインを狙うはずだったファインも、レインに迫るのはいいのだが、目の前でかくっと走る軌道を折り曲げたレインにあっさりとかわされる。伸ばした手を空振らせ、目でレインを追うファインだが、振り向く頃にはとっくにレインも随分離れた場所にいるのである。
「二人とも~、レインちゃんのこと甘く見すぎなんじゃない? 度の過ぎた脚力っていう偏りはある蛙種だけど、そこに限って言えば全エンシェントの中でも最上級なのよ?」
少し高い場所から声を張り、忠告してくるスノウの言葉には、ファインもクラウドも流石に反省である。確かに舐めてたとしか言いようがない。ふふん、と余裕の顔でとんとんステップを踏んでいるレインが、お兄ちゃんとお姉ちゃんに張り合えている今を喜んでいるが、本当に地の脚力だけで言えば、レインは二人の走力などを遥かに上回っている。
「わかった、もう手加減しないぞ……! レイン、全力でいくからな!」
「かかってきなさーい! お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
「んむむむ……! ま、負けませんよー!」
ちんたらやっても打開策が見つからないであろうとし、クラウドは気合を入れて走り出す。ともかくひとまずは真っ向勝負で様子を見ようというところ。ファインも同様、クラウドと別の角度からレインを追うように走り始め、はしゃぐように逃げ回るレインを追う鬼ごっこが加速する。レインも、ずっと上に見ていた二人にここでは対等に渡り合えているのが嬉しいのか、ハイテンションの声と笑顔で駆け回る。
それにしたってレイン、言動に余裕がありすぎではないだろうか。しかしながらこの余裕が、幼いゆえの見極めの甘さによるものではなく、彼女のポテンシャルの高さからそのまま表した正当な反応であると、スノウを含めた三人が認めさせられるまで、そうはかからなかったのである。
「あ゛~、ダメだこれ。普通にやっても無理だわ」
「はぁ、はぁ……れ、レインちゃんすご過ぎ……!」
「どうだお兄ちゃーん! お姉ちゃーん! 負けないよ~!」
5分ほどレインを追い回してみたクラウドだったが、あんまりにも埒があかなすぎて、もっと言えば近付くのも難しい現状に、一度足を止めて腕を組む。そのそばに立ち止まり、両膝を押さえて汗だくで息を切らすファインも、クラウドと同じことを考えていた。無策で追い回しても永遠に捕まえられない、そう思わせるには充分なほどレインは速く、しかも二人から離れてぴょんこぴょんこ跳ねて楽しんでおり、スタミナ面でも全く衰えを見せていない。
「二人とも舐めきってたでしょ。確かに私もここまでとは思わなかったけど、レインちゃんって脚を使った勝負ならご覧のとおりなのよ」
雲をふよふよと寄せてきて、クラウド達のすぐそばに浮いた立場のスノウが、軽く二人を戒めてくる。クラウドも、そうですね甘く見てましたよと苦笑いで見上げるばかりで、ファインなんか顔も上げられていない。慣れない走力上昇の魔術を行使しつつ体を動かしていたのだが、こんなに疲れるとは。当たり前のようにこれを行使していたサニーって、やっぱり凄かったんだなってファインも改めて思う。
「このぶんだと、時間切れの両者敗北も視野に入ってくるわねぇ。そろそろ人も集まってくる時間よ?」
「両者敗北って、ああ、レインにですか?」
「そうよ? 言っておくけどこのまま時間制限までにレインちゃんを捕まえられなかったら、二人とも罰ゲームだから」
「はいっ?」
これでやっとファインが顔を上げた。見上げる先には、猫耳ヘアバンドを持ったスノウがいる。それを見て、まさかと思うファインが凍りつくそば、クラウドもちょっと頬がひくつきかけている。
「実はレインちゃんとの話も纏まっててね。もしも時間切れまで逃げ切ることが出来たら、あんた達二人ともにゃんこアクセサリーの刑だから」
「……それ、マジで言ってるんですか?」
「マジよ。あんた達がお互いに課そうとしてる罰ゲームじゃない。レインちゃんにそれを引き合いにして提案してみたら、あの子えらく張り切っちゃってさ。負けてあげればあの子喜ぶと思うわよ?」
あぁ、どおりであの子、えらく張り切ってるわけだ。クラウドやファインに猫耳をつけたがっていたレイン、もしも自分が勝ったなら、二人ともの猫耳姿を見られるんだから、そりゃあ全力で頑張るでしょう。
仮にどちらかに捕まっても、クラウドとファインの片方の猫耳姿は見られるんだから、レインの立場からすればこの勝負、どっちに転んでも彼女得。負けたら罰ゲームをくらわされるだけの、誰得な勝利条件だった二人とは真逆で、極めておいしい立ち位置だ。恐らく開始前にスノウが言っていた、ご褒美っていうのもこれのことだったんだろう。
「そんなわけだから、罰ゲームが嫌なら死に物狂いで頑張ってね。正味この調子だと、本当に時間切れまであの子を捕まえられないオチもあり得るわよ?」
「……ファイン、ちょっと来い。作戦会議」
「そ、そうですね……考えましょう……」
対立陣営のクラウドとファインだが、共倒れを回避すべく近付き合い、ひそひそと話し始める。一人じゃ無理、そう判断した矢先に、両者敗北では結局負けるのと一緒と言われれば、勝負相手と手を結ぶことだって考えよう。敵の敵は味方、今の二人にとって誰よりも勝つべき相手はレインなのである。
「レインちゃーん、ここからが本番よー。クラウド君とファインが、二人がかりで来るからねー」
「わかったー! ぜったい負けないよー!」
離れた位置で手を振ってくるレインの意気込む声は、クラウド達にとっては悩みの種。速くて小回りが利いて、かつ疲れ知らずのあの脚を、今から何としても制限時間内に捕まえなければいけないのだ。試練である。
此れ叶わずんば猫耳コスプレまっしぐら。尊厳を懸けての戦いと言っても、過言じゃなかったりするかもしれない。




