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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第13章  霙【Repose】
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第204話  ~聖女様は新しい称号を獲得した~



「おぉ? これはこれは、スノウ様ではないですか」


「ほえ?」


 海でひととおり遊んだ4人が、今度は土産物屋にでも行ってみようかと歩いていた時、体つきのよい壮年の男が声をかけてきた。流石ご有名な聖女様、ふとした時に声をかけられることもあるようで。


「そちらの可愛らしいお連れ様は、ご家族ですかな?」


「ええ、この子が私の娘。こっちの二人は、私の娘のお友達よ」


「なるほどなるほど、その子がスノウ様のね」


「ファイン、心配しなくても大丈夫よ。ここら近辺の人達は、"狭間"に対しても差別する人達ではないわ」


 スノウの娘と紹介され、男の目が向けられた瞬間に、ファインはひくりと肩を狭めたが、特に懸念するほどのことではないらしい。ファインは昔から、自分が狭間、要するに混血児であると知られた途端、人が自分を見る目を変えてきたことが多かったので、そうだと知られた途端にびくびくしてしまうのだ。


「こんなに可愛らしい女の子2人に、スノウ様もいらっしゃるようでしたら、今晩のイベントにも是非参加して頂きたいのですがね」


「ん、何? 何かあるの?」


「ええ、夕飯前に野外ステージでファッションショーなどを催す予定でしてね」


 その話詳しく、とスノウが食いついたところで、男がイベントの詳細を説明してくれる。どうやら素人を主体に参加者を募り、ステージの上に立ってその着こなしを披露し、誰が一番綺麗だったのかを審査員が決めるという、よくある地方のイベントのようだ。この夏場なので、参加者は女性を主体にし、水着姿を披露して貰うのが最も華々しくて良い、とも。


「面白そうねぇ。ちなみに優勝すると賞品は?」


「お小遣い程度にですが賞金と、あとは粗品ぐらいのものですが。近隣の商業組合も協力してくれますし、参加賞もありますので、粗品の方もお好みのものがあれば、その中から選んで貰う形になるかと」


「面白そうじゃないの。参加受付、どこでやってるの?」


「え、お母さんもしかして参加するつもりですか?」


「あったりまえじゃないの。賞品あるのよ?」


 もしかして、面白そうだと言ったのも、イベントの概要を聞いてでなく賞品の実在を聞いたからか。わかりやすく現金な聖女様である。


「ファインやレインちゃんも出るのよ? せっかくだし」


「わ、私も……?」


「わ、私もですか!?」


「ははは、こんな綺麗どころが三名も参加してくれるなら、実にいい華を添えられましょう。参加受付はあちらになっておりますので、気が向きましたらご参加下さいませ」


 戸惑うレインと仰天するファインの意見など聞かず、ぐいぐい話を進めてしまうスノウには、クラウドも少し苦笑い。あわあわするファインがスノウを引き止めようとしているが、なんとなくスノウもサニー辺りによく似て、思い立ったら止まらない風の人であるからなぁなんて感じる次第だし。このまま誰が何と言っても、なし崩しにこの後三人でイベントに参加することになるのは、避けられない展開だろうとして何も言わなかった。











 結局三人、揃ってやる方向で話は纏まった模様。クラウドは観客席に座り、スノウとファインとレインの登場を待つ身分である。最前列に腰掛けたクラウドは、出店で買ってきた揚げ餅をかじりながら、のんびりとしていた。


「けっこう客入ってるなー」


「ちょっと前から告知してたイベントだし、遠くから参加しに来てくれた人も多いみたいだしなー」


 大きくて丸いステージから、前に伸びる一本筋の歩き道を設けた野外ステージの最前列は、参加者の身内ということでクラウドも優先的に座らせて貰えた形である。ちなみに彼の隣に座ってクラウドとお話しているのは、たまたま席が隣同士になった、年の近そうな少年だ。


「スノウ様が参加するって聞いて、けっこう客の入りも増えたような気がするな。あの人、なんだかんだで人気者だからなぁ」


「へー、そうなんだ。スノウ様はアボハワ地方に対して、裏切っちゃった気がして負い目あるって仰ってたけど」


「みんなあんまり気にしてないよ。天人側の勢力にあの人が力を貸す立場に行っちゃったのは残念だけど、なんでそうしたのかも大人達は知ってるし、スノウ様も元がいい人だからさ」


 この少年、ここの生まれかつ地元のようで、スノウが今でもこの地で愛されていることをよく知っている立場のようだ。クラウドとお互い、自己紹介もし合っておらず、双方名前も知らない間柄ながら、仲良くお喋りする辺りは、一期一会で人と話せるタイプ二人ということだろう。旅をしていると、こんなこともある。


「で、あの審査員さん達は何者?」


「ああ、町内会の人達だよ。あれはユニフォーム」


「はぁ、ユニフォームね。そうですか」


 ステージ上の端、机と椅子を並べて座る男達が約9名。みんな赤のフンドシ姿でどっしりと構え、腕組みして無駄に真剣な表情だ。今から水着姿の女性たちを見比べ、審査員という役目を果たしてくれるその立場らしいが、だったらむしろもっと柔和な顔を、極論ちょっと鼻の下が伸びてるぐらいの方が、見ていて親しみも持てそうなのだが。


「あ、開会式のご挨拶始まるぞ」


 審査員ども、どいつもこいつもなーんかえらく体つきがよいのだが、その中でも真ん中に座る、白髭をたくわえた爺さんが立ち上がった。この人も赤フンドシ姿、ご老体なぶん細いお体をしていらっしゃるし、一人だけ浮いているのだが、どうやら審査員長らしい。よぼよぼのその体で、女の子いっぱいの水着公開ファッションショーの審査員にご出席とは、たいそうお盛んなことである。


「え~……皆様、お集まり頂きありがとうございます……」


 会場全体、審査員長の爺さんの話をご清聴モードに入ってお静かになるが、初めてあの審査員長を見るクラウドから見て、おい大丈夫なのかあの爺さんっていう印象。ぷるっぷる震えていらっしゃるし、腰も曲がってるし、この日差しの下で熱射病になって倒れないかって心配になる。


「水着は……男の、夢……それが包む肢体のチラリズムは、我ら男の本能を刺激し、活力を与えて下さる神のお召し物と言っても過言ではない……」


 あっ、大丈夫だこの爺さん、めちゃくちゃ元気だってクラウドも思った。同時に、審査員長の言葉にうんうんと深々うなずく8人の審査員を見て、多分こいつら何かがダメな奴らだとも思った。いや、町内会の人達らしいし、大人としてはよく仕事の出来る人ではあるはず。だけど、何か、こう。


「皆様……! 今日はこの、楽園にて、心行くまで桃源郷をご照覧くださいませ……!」


「いいぞー! スケベジジイー!」


「ヒュゥー! 今日も元気ですなー!」


 あぁ、やっぱりダメだここ。会場いっぱい、野太い男どもの歓声と、女性陣の溜め息でいっぱいだ。クラウドの隣の少年も、会長今日もお元気ですねー、と野次を飛ばす始末。現地のおかしなノリに囲まれながら、空気を壊さない程度にクラウドも頬杖つき、苦い笑いを保っていた。











「ファイン~、緊張し過ぎでしょ~」


「だだだって……私こんなの初めてですよ、人前でこんな……」


 控え室で、既にお披露目用の水着を着てはいるものの、体をタオルに包んで椅子に座るファインはがっちがちである。以前はカラザが脚本を書いてくれた、野外演劇にて舞台デビューみたいなことをやったことのあるファインだが、その経験が今と同じかと言われれば、全く。一人で大勢の前に出て、私の格好どうですかなんて披露するのを、みんなで何かを演じる舞台上のことと同列に考えるのは、少々難しい。


「レインちゃんを見習いなさいな。落ち着いてるでしょ」


「私も緊張してるよぉ……お姉ちゃんほどではないけど」


「うぅ……最近かっこ悪いところばっかり、レインちゃんに見せてる気がする……」


 レインも少々そわそわしているが、裸足の指で足元をくりくりしてしまう程度のもので、体を震えさせて立てもしないファインほどではない。ファインとて年上のプライドらしきものがあるのか、あまり格好の悪い姿をレインに見せたくない気持ちはあるようだが、廃墟でオバケが怖くてレインにしがみついていた時点で、威厳もへったくれもないと思われる。


「まあまあ、ファイン。これは考えようによっちゃ、チャンスかもしれないわよ?」


「え……」


「ここで優勝するだとか、見せ場作れればクラウド君も、ファインを見る目が変わるかもしれないじゃない?」


「!!」


 レインに聞こえないよう、ぼそぼそとはっぱをかけてくるスノウだが、もしかしたら今のファインに対してはいい材料になったかもしれない。うつむいていたファインはふっと顔を上げ、確かにお母さんのいうとおり、頑張ればもしかしたら――っていうモチベーションは、少なからずファインにも沸いたようだ。元々ファインは、頑張ればいい結果に繋がるかも、と目標を設けて貰えると、けっこう前向きになれる子である。


「う、うむむむむ……頑張れば、もしかしたら……?」


「そうそう、やれるだけやってみ……」


「それでは始まりまーす! 参加者の方、ご準備下さい!」


 話が終わらないうちに、外からかけられる開始の声。この控え室は広く、何人もの女性がいるが、いずれも様々、緊張しているような顔だったり、人前に自信を持って出られる顔であったり。ファインもびくっと開始の声に応じ、席を立って前の方へと歩きだす。唐突にでも、腹を括れるのは彼女の根性の賜物であろう。


「あんたはまだよ。8人目だって言われてるでしょ」


「あぅ……」


 思わず、先走るほどに。周囲の人にくすくすと微笑ましく笑われ、控え室全体の空気が和む中、ファインは顔を赤くして席に座るのだった。











「みんな綺麗な人ばっかりだな。やっぱ参加者に手を挙げるだけあって、みんな自信あるんだな」


「俺の彼女も綺麗だったろ? いやー、ごめんな惚気ちゃって」


「可愛らしい彼女さんだったよ。お前、幸せ者だなぁ」


「うはは、よせやーい」


 なんじゃかんじゃでファッションショーは進行していくが、ちょうど6人目の見せ場が終わった時点で、クラウドも隣の少年と随分仲良く話せるようになっている模様。今しがた水着を披露した、ファインや自分と同い年ぐらいの女の子が、どうやら隣に座る彼の彼女らしい。

 確かに綺麗だったと思う。ファインとは違って気の強そうな金髪ロングヘアーの子だったが、振りまく笑顔は確かに魅力的で、彼にとっては自慢かつ親しくできて嬉しい彼女さんなんだろうな、とクラウドにも思えた。


「次はお連れさんの?」


「そうだな、妹の方。姉ちゃんの方はその次だってさ」


「姉妹丼かぁ。そそるね」


「なんだそのクソ下種な単語」


 冗談も含めた掛け合いを笑いながら交わし合い、クラウドは次に控える身内の出番を心待ちにする。こういう舞台に立つあの子のことは、あまり想像できないが、だからこそどんな風に振る舞ってくれるのか楽しみだ。


「それでは、7人目の妖精の登場だ! 見た目は幼く、しかしその魅力的な脚を皆様、決して見逃すなかれ! 登場するのはこの日突然、ケロスのリゾートに降臨した幼き女神、レインちゃんだー!」


 司会者も饒舌な口ぶりで紹介してくれるもので、体の小さなレインには、妖精という可愛らしいキャッチコピーのおまけつき。他の出場者には、お姫様とか見返り美人とか、それぞれの個性に合わせた呼称が添えられていたが、レインに妖精というのはぴったりかもしれない。クラウドの隣に座る少年の彼女には、気の強そうな見た目からか未来の女王様なんてキャッチコピーだったし、この司会なかなかいいセンスをしたものである。


「ふわぁ……」


 さて、司会者のコールに促され、カーテンをくぐって姿を現したレイン。初めての舞台、大観衆が目の前。思わずその光景に圧倒されそうになり、舞台の真ん中に向けて歩く中、中心点寸前で気負けして足が止まってしまう。


「うわぁ、何あの子! すっごい可愛い!」


「こっち向いてー! 他の人みたいに、笑って手を振ってー!」


 ちびっこくて可愛らしい顔立ちのレインは、男連中よりも女性観客に対しての方が受けがよかったらしい。男どもも、びくついているレインに、頑張れーとか、可愛いぞーとか応援する声を送ってはいるが、声の高い女性陣の歓声の方が勝っている。黄色い声に左右から攻め立てられ、えっ、えっ、ときょどつくレインの姿も、女性観衆からすれば愛くるしいらしい。


「レインー、頑張れよ! 見てるぞー!」


「あ……」


 ちょっと頭が真っ白になりかけたレインだが、大好きなクラウドの声が聞こえた拍子にそちらを向けば、優しい笑顔で手を振ってくれるお兄ちゃんがいる。緊張のあまり脚が震えていたレインだったが、クラウドの姿を見た途端、体をかちこちにしていた空気の層も溶け、ふうっと小さく息をつく。


「お兄ちゃん、見ててね……!」


 ふっと顔を上げ、改めての決意を眼差しに上げつつ小さく笑ったレインの横顔は、大観衆の男達含め、おっ? と思わせるに足りるもの。そしてレインが5歩ゆっくりと前に進んだ瞬間から、彼女が自分に出来ることを一生懸命に考えてきた末、選び出したパフォーマンスが始まった。


「おおっとぉ!? こ、これは凄いぞぉ!? 小さな体で、ここまでのことが出来ようとは誰が予想できましたでしょうかあっ!?」


 まず小さなジャンプ、それで自分の小さな身長の胸元ほどの高さまで跳んだ時点で、体をくるくるっと回して二回転半、後ろ向きの着地。二度目のジャンプはさらに高くし、膝を抱えて小さくなったレインの後方回転が4回ののち、仕舞いは足を下にして着地だ。さらにそこから一瞬の間も挟まずに跳んだレインが、再びステージの中央に向けて跳び、頭を下にして脚を伸ばし、まるで竹とんぼのようにぐるぐると回転したのちステージに足を着けにいく。


 あとは動かず、自慢の足の魅せ所。ひゅん、ひゅんと、短くも綺麗な足を振りしきり、戦闘時にもよく見せる、鋭く速い脚の振りようを演じてみせるのだ。ハイキック、そのまま体を回して脚払い、地面に両手を着いて脚を伸ばして回転する、回転蹴りも軽くお披露目する。最後は片膝立ちになり、そこから軽く飛んで脚を振り上げて、後方回転しながら敵の顎を蹴り上げる、月面回転蹴りの一蹴を演じて立姿勢に着地である。


「お見事ぉっ! これには審査員からも高得点が期待出来るでしょうっ! 会場全体の拍手と歓声が、その結末を物語っています!」


 それはもう、賛辞を惜しまぬ拍手喝采だ。単純にレインの身のこなしは、戦闘要因として大人にも負けぬ格闘術の賜物として上等だが、戦場以外で見れば、果てしなくレベルの高い体操技とも見られよう。ましてやこんな小さな子が、あれほどのものを魅せるとは誰にも予想できなかったようで、水着審査とかそういうのを抜きにして、すげーなあの子っていう歓声がレインに浴びせられている。


「やるじゃん、あなた。可愛かったし、かっこよかったわよ」


「えへへ……」


 ひとしお観衆に照れながら手を振って、審査員席の反対側、お披露目を終えた参加者達が座る席に座るレインだが、彼女の一つ前にお披露目を終えた少女が、頭を撫でて賞賛してくれた。控え室では釣り目でちょっと怖かった彼女だが、魅力的な女の子を見て、流石と言ってくれるその器は、未来の女王様とキャッチコピーを与えられた風体によく似合うものである。


「さぁー、急にレベルが上がったが大丈夫か? いいや、ご安心あれ! 次にお出ます彼女もまた、我々も初めて見た時に一目惚れしかけた逸材だっ! さあ、お出迎え下さい! はるばるクライメントシティからご参加してくれた晴れ模様の女の子、ファインちゃんだあっ!」


 おーわかってるなそのキャッチコピー、あの司会者さん凄いなぁ、なんて思いながらのクラウドだが、いよいよ彼にとっても最も楽しみだった彼女の登場だ。司会者にコールされ、カーテンの向こうから現れたファインが、ステージの中央へと、落ち着いた足取りで歩いてくる。


 会場はざわつく。ファインが、体にタオルを巻いたまま現れたからだ。それでは水着が見えないじゃないか。それ取ってくれよーと観客席から嘆願の声が舞い上がる中、無数の観衆を前にして顔を上げたファインが、ふぅと小さく息をつく。

 わかる、クラウドには。あれは、さあやるぞと決意を込めて踏み出す直前の顔だって。


 ステージに上がってすぐ、クラウドを見つけていたファインは、この大舞台で改めてクラウドの方を見た。あぁ、クラウドさんが見てる。絶対にいい所を見せるんだ。そうした彼女の言葉無き決意までは伝わらなかったが、頑張れってうなずいてくれるクラウドの首の動きが、ファインに今日一番の勇気を与えてくれた。


「さあっ! 水着の公開だ! これはなかなか、やはり他の参加者にも劣らず可愛らしいぞおっ!」


 タオルを投げ捨て水着姿を公開したファインには、司会者が、誰にでも言うような褒め言葉をくれる。少々の時間焦らされた観客も、タオルが彼女の体を離れた瞬間には大きめの歓声だ。このタイミングで会場の空気が熱を最も帯びたはず。パフォーマンスはここから一気にいくんだと、きっちり構成していたファインの実技が始まる。


「……えぇ」


 クラウドもちょっとびっくりした。水の魔力を練り上げて、自分の周りに水しぶきを飛ばし、太陽に映える水の粒を纏いきらめくのは、確かに魔力を活かしての演出だ。それよりも、その場でくるりと身を回し、拙いながらも小気味良く躍って見せるファインの姿が、あまりにも意外だった。元々戦い慣れている彼女だし、その気になれば動ける体をしているのはわかるけど、ステージ中央で両手両足を伸ばし、縮ませ、弾み舞うファインのきらめく肢体は、観衆からさらなる感嘆の声を引き出すほど美しい。


 躍る中で顔が上を向けば、時々お日様に目が向くたび、まぶしさによってファインの目が細くなる。それが、ステージ上の彼女を見上げる者達にとっては、なんと艶っぽく映ることか。何よりも顔を下げ、観客席の人々に目線が向くたび、自分の姿を楽しそうに見てくれる人達へ、ファインが返す感謝の微笑みが眩しい。その輝かしさは、太陽とも決して悪い勝負はしていない。その笑顔は今ここだけに限り、クラウドだけでなく全ての人に向けられている。


 西の空、ステージ正面、舞を収めて脚を広げて立つファインは最後、開いた掌を向けるお日様を見上げた。光溢れる太陽は、今日もすべての人を、そして今ここで見せ場を演じたファインのことをも、さんさんと照らしている。指の間から溢れて目を刺す光に目を細めながら、そんなお日様に感謝の微笑みを改めて向けたのち、ファインは手を握ることで舞いの終幕を演じた。あとはステージ正面に向いたままの体に従い、両手を股の前で握り締めての一礼だ。


「お見事っ! 一つ前の卓越したパフォーマンスの直後ながら、これほど見劣りしない演出を見られようとは、私も脱帽の一言でございます! 拍手と歓声、どうやらこちらから求める必要もありませんね!?」


 もしかしたら、驚愕の想いから発されたレインへの歓声や拍手と比べれば、それはいくらか劣るものだったかもしれない。それでも惜しみなく贈られる、ファインのパフォーマンスへの報酬は、会場いっぱいを満たす大きなものだった。はあ、と脱力して天を見上げて息をつくファインが、想い人の彼をちらりと見るが、彼とて目を丸くして拍手するばかり。


「あなた、こういう所に来るの、本当に初めてなの? 凄かったじゃん」


「や、その……あ、ありがとうございます……」


 手応えはあった。クラウドさんにも、いい所を見せられたかなって思いつつ、演出を終えたファインが席についたところで、レインを挟んで二つ隣の女の子がファインを褒めてくれた。

 この子けっこう、いいものはいいと本人に面と向かって言ってくれるタイプの子のようだ。照れながら礼を言うファインも、初めて会う人にここまで言って貰えることが、嬉しくて嬉しくてはにかむばかりだった。


「さあ、まだまだ行くぞ! 続きましては――」


 そんなこんなで、ファッションショーは進行していく。スノウの出番はもう少し後。身内の出番のみならず、次々に現れる女性陣の、自信に満ちた姿を眺めていくだけでも、クラウドにとっては楽しい時間だった。そんな中でも、想像以上にきらめいていたファインの姿がなかなか頭から離れなかったのは、彼自身もあまり自覚していない、小さな小さな秘密である。











「――さあ、優勝者の発表に移ります! その前に、審査員長から参加者の皆様へ、ご寸評の時間です!」


 全員の出番が終わった頃、へぇそんなのあるんだ、ってクラウドも思うような展開へ。その声を受け、席を立った審査員長の爺さんは、まずは一人目の女の子の方を向く。


「えー……まずは一人目の貴女……一番手という難しい立ち位置ながら、登場した瞬間にその刺激的な姿で会場を温めてくれたその魅力は、我々からしても賞賛に値します。慣れない上下水着で少々恥ずかしかったと見受けられる顔でしたが、よくお似合いでありました。自信を持って下さいませ」


 ああ、確かに一番手で出てきたあの子、ちょっとこういう場所には慣れてないのか、少し恥ずかしげな顔で出てきたなあってクラウドも思い出す。そういう所までちゃんと見て、コメントつけてくれる辺り、この審査員長さんもいい寸評者なんだなぁとも。言われた側も、出てみてよかったっていう顔だ。


「続いて、貴女は――」


 そうして2人目、3人目と、一人一人に向けて寸評を向けていく審査員長。それぞれに向ける賛辞の言葉は、いずれも的外れでなく、かつ短く、最後に辿り着くまで焦れそうな空気も無い。審査員長の隣では赤フンドシのおっさんどもがぼそぼそ話し合っているし、この間に優勝者を決める段取りなのだろう。レインやファインにも、途中でご老公の優しい笑顔と言葉が向けられ、二人とも嬉しそうだった。


「最後に、貴方は――」


「……えっ、アレ?」


 ところが最後に、思わぬハプニング発生。参加者は全部で15名、スノウは14人目の登場だったのだが、13人目への寸評が終わったところで、次の寸評相手が15人目に移ったのだ。要するにスノウが飛ばされたのである。15人目の女性も、寸評を受けながら、あれ? あれ? と、隣のスノウをちらちら見ている始末。


「それでは、優勝者の発表に……」


「ちょ、ちょっと待ったー! 私への寸評は!?」


 どうも意図的に寸評を飛ばされている感満載の疎外感。学校で手を上げて先生に意見する子供のように、水着姿のスノウが抗議する。


「あ、あのー、審査員長? スノウ様への寸評は……」


「喝!!」


 司会者が問いかけたところ、よぼよぼの審査員長が目を見開き、お黙りなされとばかりに一喝だ。急にどうしたんだこの爺さん、とばかりに会場がどよめく中、スノウも目が点である。


「……いいでしょう、スノウ様。そんなに寸評が欲しければ、僭越ながらはっきりと申し上げましょう」


 審査員長が、スノウの方を向く。なお、スノウは上下面積の小さめのビキニで現れ、風を纏って舞いを披露するパフォーマンスを見せた。けっこうお年はいってるはずながら、太陽の下に映える若々しい笑顔は美しかったし、プロポーションの整った肢体も同様だ。終わった時には観衆も大歓声だったし、優勝候補の一人には数えられると誰もが思っただろう。

 だから尚更、なんかスノウに対してえらく厳しい目つきの審査員長と、8人の赤フンドシのおっさんどもの態度には、何事かとも思ってしまう。


「スノウ様。確かに貴女のパフォーマンスは素晴らしかった。あまりにも完成された、その芸術品のような肢体には、我々も心揺さぶられたのも事実。それこそわしも年甲斐なく、逸物が騒ぎ出すほどにです」


「何言ってんだあの爺さん……」


 参加者一人一人に優しいコメントを向ける、優しいお爺さんっていう印象が、クラウドの中でも覆りそうになる。公衆の面前で、もっと他に言いようないのかと。


「だ、だったら……」


「しかぁしスノウ様っ! あなたのパフォーマンスには、"あんた達こういうのが好きなんでしょ"と言わんばかりのドヤ顔オーラが満ち溢れており、それでは私達は貴女に満足な採点を与えることはできませぬっ!」


 そうなのだろうか。まあ、審査員長がそう言うんなら、この場ではそういうことになるんだろうけど。


「人生経験豊富なのも結構……!」


「人前に立つ余裕を見せるのも結構……!」


「年の功ゆえのその武器を活かすも結構……!」


「老いを知らぬようなそのお体をお披露目されるのも結構……!」


「だが! それではまるで、"これで大丈夫なんだろうか"と! あるいは"年上の人達にも負けないぞ"と! あるいは"年下の子にも負けたくない"と! そうした初々しい女心を胸に戦おうとした彼女らと見比べた時、貴女が放つ魅力はドブのように見劣り、むしろあざとく濁ってしまうのです!」


「ど、ドブ……」


 赤フンドシの審査員どもまで便乗し始め、さらには審査員長からとんでもなく辛辣な一撃。ぽかーんと口を開け、唖然とするスノウである一方、観客席の空気も変わってきた。あー、とか、わかるわー、とか、確かにー、とか、主に男どもが共感する声が上がり始める。実は観客も変な奴ばっかりなのか。


「いや、そもそも!」


「御年40を超える"お(つぼね)様"が!」


「うら若き女たちに"年甲斐も無く"混じり!」


「あわよくば優勝を勝ち取ってやろうというその"意地汚さ"が!」


「わしらの"ピュアなハート"にどれほど"浅ましく"映ったのか、あなたはもっと自覚されるべきなのです!」


「あっ、これはだめだ」


 いくつかの侮蔑的なキーワードの数々が、びきり、びきりとスノウの青筋を刺激していることを察したファインが、席を立って周りの女性を避難させ始めた。それでちょうどきっかけを貰えた参加者の女性達は、そそくさとスノウから離れていく。これはキレる、絶対にキレる、そして血の気の多いスノウのことだから、ほぼ間違いなく暴れる。クラウドも後ろを向き、逃げた方がいいですよ的なジェスチャーを、横や後ろに投げかける。


「へ、へぇ~……そ、それは私も未熟だったかもしれないわねぇ~……」


「今の貴女はもはや、そうっ! アバズレと言っても過言ではありませぬっ!」


 別にいいでしょうよ、何歳になっても人前に出て、綺麗だねって言われたい気持ちがあったって。しかしこの審査員長含む審査員らは、その辺に関して妥協できないらしく、それはもうスノウぶち切れ間違いなしの単語を投げつけて、寸評は幕を閉じられた。さあ色んな意味でお開きモード。


「ほっ、ほぉ~……! そこまで言われるとは、ねえっ!」


「ふんぬっ!」


 我慢できるかアバズレとまで言われて。完全に頭に来たスノウが、審査員長の隣の筋肉赤フンドシ男に向け、頭にがっつん当たるサイズの氷塊を生成してぶん投げる。ご老体の審査員長を狙わなかった辺りは、ぎりぎり理性が残っているとも言えなくもないが、その審査員長が詠唱を一つ挟み、岩石の小さな壁を生成して同士を守る。爺さん、どうやら術士のようです。


「貴女様が何と主張されようが、我らはこの信念を曲げませんぞ! 今の貴女はアバズレです!」


「アーバズレっ! アーバズレっ!」


「アーバズレっ! アーバズレっ!」


「よぉーしっ! その信念とやらがどこまでもつのか試してやるわああああああああああっ!」


 席を立って飛びかかるスノウと、赤フン審査員どもの激闘が始まってしまった。嗚呼、飛び交う氷塊、スノウの怒号、渦巻く風。なんとかスノウに体ひとつで立ち向かう男達が、がっすんがっすんスノウにどつかれまくる。

 男達も決して負けてはおらず、スノウに組み付き、動きを封じようとするが、ぶんぶん両手両足を振り回して暴れるスノウはそれを引き剥がし、拳で、キックで、はたまた頭突きまで駆使して男達を殴打する。なお、観客も参加者の女性らも、とっくに舞台から離れて遠巻きにそれを観戦モード。


「あー、お母さん……」


「元気だなぁ、スノウ様……」


 とりあえず、優勝者の発表は先送り。やがてスノウが年老いた審査員長を除く8人をぶちのめし、最後に爺さんにごっすんと頭突きを終えたところで、渇いた笑顔の司会者が、倒れた審査員から結果を受け取った。その後、声高々に優勝者が発表され、ファッションショーは終了である。


 台無しの空気も覚悟したクラウド達だが、どうも観衆や参加者の女性、楽しい思い出を胸にお帰りの模様。スノウってアボハワ地方でも、ああいうキャラで通っていたので、あれぐらいこの辺の人達からすれば、久々に元気なスノウ様を見れたねっていう印象でしかないらしい。

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