第203話 ~はしゃぐ余裕なんてありません~
「レインちゃ~ん……もう機嫌直してくれませんか……?」
「ねむい……」
昨日と同じく、巨獣の姿に変わったクラウドが、ファインとレインを乗せて野を駆ける。けっこう揺れるクラウドの背上だが、ファインに抱かれる胸の中で、レインはうとうとしている。
昨夜はファインにべったりされっきりだったせいもあり、レインはなかなか眠れなかったのだ。ファインはファインで、泣き疲れたというか怯え疲れたというか、いつの間にか、くすんくすん言いながら寝てしまえたらしく、睡眠は取れた立場である。まったくはた迷惑なお姉ちゃんであった。
「向こうに着いたらお詫びはしますから……」
「やくそくだよぉ……」
元はファインのことが大好きなレインなので、ちょっとぷんぷんしつつも、ファインが思う程には怒っているわけでもない。声にいまいち高さと張りが無いのは、怒っているせいではなく眠気の問題。ここまで眠いと、よく揺れるクラウドの背中の上も、ゆりかご気分でうつらうつらするので、ちょっとずつの寝て起きてを繰り返す形である。
不甲斐なさと申し訳なさでファインもしょんぼりだが、遊び場に着いてから機嫌を取ってやれば、レインも昨夜のことは忘れてくれるだろう。クラウドもスノウも容易にそう読めているし、軽快な足と翼で快速前進する旅は小気味良い。しばらく経つとファインとレインの会話が無くなってしまったが、恐らくレインがすやすやモードになってしまったのだろう。落としたりしないように、強くだが優しくファインが抱き寄せ、クラウドもやや速度を調整して走っていく。
「――あ、そろそろよ。この辺りで、元の姿に戻りましょうか」
「了解です」
人里が遠方に見える頃合い、減速しながら立ち止まったクラウドが、ファインにレインを抱えたまま降りるよう言う。軽いレインを抱っこしながら地上に降りたファインが、クラウドから背を向けると、足を鳴らして砂を舞い上げたクラウドが、砂が落ちると共に人の姿に戻る。ファインがクラウドに背を向けたのは、抱いた胸元で眠るレインが、顔に砂をかぶることを防ぐため。
「レインのこと、預かるよ。抱いたまま歩くのは疲れるだろ」
「あ……よ、よろしくお願いします」
人の姿に戻ったクラウドを目の前にすると、やっぱりファインはちょっと緊張してしまう。昨日の昼の出来事を経たせいか、かつてほど顔が紅潮したり、胸が壊れそうなほどばくばく言ったりはしないが、やっぱり鼓動が速くなる自覚はある。ただ、人見知りするかのような程度に、クラウドの顔をはにかむようにながら見ることは出来たし、当たり前の返事も出来たので、まあまあ今までよりはましだろう。良くも悪くもだが、クラウドも最近のファインに起こった大異変には、この態度からは気付ききれない。
「さあさあ、行きましょう! 海だぞー! 遊ぶわよー!」
一番年上のスノウが声を張り上げ、これからのお楽しみに胸を躍らせる態度。これは、あんまりはしゃいだらちょっと恥ずかしいかな、という難しい年頃のファインとクラウドが、気兼ねなくはしゃげるようにするための、意図的なアシストである。大の大人がこんなに無邪気でいてくれるなら、年下としては変に気を遣ったりせず、自分達もと思いやすくなったりもするものだから。
なにぶん、ファインとクラウドも、勿論今はクラウドに抱っこされて寝ているレインも楽しみなのだ。年の近い友達と、海に遊びに行くなんてのは三人とも初めてのことである。楽しみにならないわけがない。
アボハワ地方は、北西はマナフ山岳に面し、南はホウライ地方に接する位置取りにある。そして東方は海に面しており、こちらの地方は漁業などにも栄え、比較的発展を遂げている。
元よりアボハワ地方全体は裕福な土地柄ではなかったが、近代天地大戦の影響で、西部や中央部が荒れ果て、人が住まなくなってしまった今、人口は東に一極集中する形になっている。あれから十年余り、人が多く住まうようになったアボハワ地方の東部は、人々の知恵を寄せ集めてちょっと加速度的な発達を遂げ、結果的に戦前よりも住み心地の良い人里が増えたり、村や街が大きくなったりした。
アボハワ地方全体で言えば、廃墟まみれの西部や中央部は見捨てられたような形になってしまったが、そのうち東部が発展し続ければ、土地も足りなくなって余った中央部や西部にも、誰かが手を出してくれるだろう。心配しなくてもあの辺りの土地は、利権を持つ天人達も欲しがらないので、数十年単位で先の話になるが、廃れた地もいつかは息を吹き返すことになると思われる。千年来の歴史の中で、戦場跡っていうものはそうして長い歳月とともに蘇ってきたものだし、人がいる限り大地はそうそう簡単には死なないのだ。
そんな過程を経て、アボハワ地方の西部の海に面した人里の数々も、今は活気に溢れる毎朝を迎えている。ファイン達が訪れたここ、"ケロスのリゾート"と呼ばれる場所も、遊べる海を拓いて客を呼び、栄えた人里の一つである。
「ファイン、これとかどう? これならクラウド君も、ファインの見る目が変わるかもよ?」
「何それ、水着なんですか……? ただの紐にしか見えないんですけど……」
「どれにしよう……動きやすいのがいいなぁ……」
近場の民宿で今晩の宿を予約して、浜のすぐそば、貸し水着屋にて海でのお召し物を選ぶ女性が三人。スノウ、ファイン、レインの風体は、傍から見れば上から順に、お姉さん、妹、幼い姪の三人と言ったところか。スノウ様はいくつになってもお若いですねぇと店員に言われていたスノウだが、ファインと並んでいても、お母さん感よりお姉さん感の方が醸し出るスノウって、一児の母たる40代とは思えないほど若作りである。
「ま、流石にこれは冗談。でも、こっちは本当にオススメ。どうかな?」
「えぇ、これは……ちょっと、私には……」
身につけたところで殆ど裸と変わらんようなヒモ水着は脇にどけたスノウだが、代わりに本気推奨でファインの前に見せてきたこれも、ファインにとっては抵抗がある。何の変哲もない普通の花柄ビキニだが、性格上、そんなに肌を見せる面積の多い水着なんていうのは、ファインは着る前からちょっと顔が赤くなる。
「いいじゃないの。あなた、そんなに恥じるほど小さな胸もしてないし、こういうの絶対似合うってば」
「ちょっとお母さん、どこ見て……」
「あんたみたいな子がこういうの着たら、男の子はちょっと、おぉっと思ったりするものよ? クラウド君をびっくりさせてみたくない?」
最近ようやく大きくなり始めた私の胸見て、お母さん何を言いだすんですかと言いかけたファインだが、クラウドの名を出してきたスノウにより、次の言葉に詰まってしまう。桃色の頬が一気に朱にまで変わった。
「前々から思ってたけど、あなたとクラウド君ってどういう関係なの? ずっと一緒に旅してるみたいだけど、ほんとに"ただの"友達?」
「えっ、や、それは……と、友達ですよ……? それ以外に何が……」
「本当に? 実はもう、付き合ってるとかじゃないの?」
「つ……っ!?」
朱から赤を通り越して紅色まで。ぼふんと頭から煙を出したファインが、慌てて周りをきょろきょろと見回す。今のがクラウドに聞かれていないか、彼がそばにいないかを思わず確認しているのだ。いるわけないだろう、ここは女性用水着の貸し場である。クラウドは男性用の水着貸し場に、自分のぶんを探しに行っている。
「つつつっ、付き合うだなんて、そそそそそそんなっ……!」
ちょっと離れた場所で自分の水着を探しているレインにすら、今の話を聞かれたくないのか、小声かつ強い声でファインがスノウに反応する。目を見開いて、顔の前で片手をばっさばさ振って、必死の否認である。
「ファインはクラウド君に、そういう気持ちはないの?」
「そそっ、そういう気持ちって……」
「友達としてじゃなく、男女としてお付き合いしたいなぁとか、そういうやつ」
どー見たって片思い状態なのは見え見えなので答えはわかりきっているのだが、スノウは確かめるように問う。どうせ好きなんでしょといきなり核心をぶっ刺したりしない辺りは良心的なのだが、これはこれでファインを相当に追い詰める。口をぱくぱくさせ、返答できずにたじたじと後ずさるファイン。スノウも逃がすつもりはない、離れられるのに合わせて接近する。
「わっ、わわっ……私、そういうのは……」
「そういうのは、何? あるの? ないの?」
後ずさった末、壁に背中を着けてしまったファインだが、その目の前に立つスノウが完全にファインを追い込んだ形を完成させる。横に逃げようとしたのか、ファインの体がスノウから見て右側に寄れかけたが、スノウも右手をファインの後ろの壁に着き、腕を壁にして逃げ道を塞いでしまう。なぜ母親が娘に壁ドンしているのだろう。
「はっきりして? 私はあなたの母親よ? あなたがどんな男の人と一緒になるのかは、他人事じゃないの」
「あっ、あ……あぅあぅぁ……」
のぼせた顔色で目をくるんくるんに回したファインが、もう駄目もう許してとばかりにずりずりと、背中を合わせた壁に沿ってへたり込む。こうやって少しでも相手から逃げようとしても、スノウもしゃがみ込んで目線を遠くせず攻め込んでくるから逃れられない。スノウの左手までもが、ファインのもう片方サイドを塞いできてしまったので、これで完全にファインは逃げ道を失った。
「あなたもしかして、クラウド君のことが好きなの?」
「へ、ゃ……ひょ、それは……しょの……」
駄目駄目、死ぬ死ぬ、当人もそばにおらぬのに、母にすら、その気持ちを認める言葉を明言することにすら、ファインの心臓はもたない。こんな調子ではクラウドへの直接の告白なんて、百年先のことではなかろうか。今さらだが、クラウド君のこと好きなのかどうか、はっきり口にさせようとまではしてこなかったラフィカって、随分とまあ優しく探ってくれたものだ。
スノウはそこまで優しくないのである。むしろ、女の子らしい赤ら顔を晒す娘を見られて嬉しいのか知らんが、テンションが上がってきて攻めが勢いを増している。まだまだいきます。
「ひゃう……!?」
「ふむ……この心臓の音……」
スノウが右手でファインの左胸に掌を添え、ファインの爆打つ鼓動を確かめる。服の上からでもよくわかるほどの心音だ。下がりようのない熱にうなされて、興奮状態と紙一重のファインはいきなり胸を触られても、びっくりして裏声を発するばかりで抵抗すらしない。ぶっちゃけ今、どれだけ破廉恥なことをされているのかにも、現実に頭がついてっていない。
「クラウド君のことを思い出して、こんなにもドキドキしてるのかしら?」
「うっ、あっ……ああぅ……」
目の前がぐんにゃりと歪んできた。もはや返事も返せないのは、はっきりした返答をするのが恥ずかしいとかじゃなく、スノウに問いかけられるその言葉も頭に入っていないから。何か尋ねられたのはわかるし、耳は言葉を聞き取れているのだが、言ってる意味までは頭が認識してくれないのだ。お母さん何言ってるんだろう、聞いたことのない単語ばっかり使うのやめてよ状態。
「ねえ、はっきりして? あなたの気持ちを教えてよ? クラウド君のこと……」
「スノウ様、何してるの?」
おっとそう言えばもう一人いるのだった。ファインいじりに没頭していたスノウは、後ろから声をかけてきた幼い声で、なんだか目が覚めた気分。振り返るとそこにいたのは、予想外でもなんでもなく、自分の水着を見つけてきたレインである。
「んー、ちょっとね。ファインの体に合う水着を探すために、この子の胸の大きさとか調べてたのよ」
「ふーん?」
「それよりレインちゃん、水着見せてよ。どんなの選んだの?」
充分楽しんだスノウは立ち上がってレインに歩み寄り、彼女が持ってきた3着の水着を見比べる。形はどれも一緒、ただ、どの柄か、どの色かで迷っているらしく、それをスノウやファインに、どれが似合うかなと聞きにきたのだろう。
「うーん、レインちゃんにはこれかなぁ……でも、こっちも捨てがたいなぁ」
「うん、私もこっちの方がいいかもとは思ってるんだけど……」
「悩むわね~。じっくり決めたいところだわ~」
さりげなくレインにファインの方向を向かせないように促して、スノウがレインの水着選びに集中する。流石に今のファインのぐでぐでの有り様を、レインに見せるのもちょっと気の毒なので。親心として娘の気持ちを聞きただしたかったのも半分、一方で途中からいじり倒すのが楽しかったのも半分だが、これ以上恥をかかせるのもあんまりだとはスノウも思うのである。
「は……はぅ……」
ずるり、べちゃっ。スノウから解放されたファインは、壁に預けていた背中を横倒しにし、溶けたように床に寝そべってしまった。母に触れられた左胸が、何よりもその中身が燃えるように熱い。息苦しいとかとっくに通り越して、自分の両手で胸に触れ、掌の温度で冷やすふりでもしないと耐えられない。
今が気付いて間もないからであり、もっと日が経てばファインも慣れてはきそうなものだが、自分の気持ちをコントロールするには、まだまだ彼女はあまりにも経験値不足である。
いったいいつまでこの病が続くんだろうと、ぎゅうっと胸を握り締めるファインはお先真っ暗の気分だが、そのうち何とかなるから気にしなくてよい。むしろ、今しか出来ないこの経験が、いつかは良い思い出になるはずである。多分。
「晴れてるなー。いい天気だ」
さて、海辺。日差しに照らされ熱くなった砂の上には、水着とシャツ一枚を纏う男女が4人。裸足で触れる砂浜の感触は、これから泳ぐぞーという気分を高揚させてくれる、海水の親戚である。
「泳ぐ前にちゃんと準備運動しなさいよ? ほらレインちゃんも、ファインを見習って」
「1,2,1,2……」
「ファインはしっかりしてるなぁ。でも、そんなに張り切らなくてもいいんじゃないか?」
レインが今や今やと海に行きたがるので、スノウも彼女の手を握って準備運動を促す。引き合いに出されたファインはというと、海の方も向かず、厳密にはクラウドに背を向けて、立ってしゃがんでの繰り返しで必死の準備運動中。なるほど、泳ぐ前にこれだけばっちり準備運動するのは模範的だ。彼女の場合は、無心に体を動かして、何らか気を紛らわそうとしているようにも見えるが。
さて、果たして普通にクラウドを見るだけでもやばい今のファインの目に、クラウドの水着姿っていうのはどう映るだろう。
「ファインはどんな水着選んできたんだ?」
「はいっ!?」
不意打ち気味に話しかけられたファインが驚いて振り向く。今は泳ぐ前だから、水着の上に白いシャツを一枚着た状態だし、確かにまだ水着は見せていない。
でもまさか、向こうから聞いてくるとは思わなかった。ただの世間話、なぜその程度の会話も想定外かって、それだけ彼女の頭が正しく動いていない証拠である。
いくらか昔のクラウドだったら、確かにこんなことは聞いてこなかっただろう。年の近い女の子の水着姿、まして他の女の子と比較してもずっと可愛い部類に入るファインのそんな姿なんて、自分から見せてくれよなんて言うクラウドではなかった。見ても赤面する自分のことをわかっているからだ。でも、今のクラウドはファインが相手の時に限り、そういう質問が出来るようになってしまっている。
ファインはとっくに忘れてるかもしれないが、ホウライ戦役でセシュレスに服をぼろぼろにされたファインは、ある意味水着よりも恥ずかしい格好でクラウドと一緒に戦っていたのである。服を破いて結んで縛って、大事な所だけ隠していたあの格好は、海で着る目的とはっきり決まっている水着姿より、ある意味よっぽどやらしかったわけで。
クラウドも無意識のうちにだが、あの一件のせいもあってか、水着という形でならファインの肌を見ることにも、過敏な反応をするような目じゃなくなってしまっているのだろう。だいたいもっと前の話も思い出せば、ファインを背負ったり抱いたりして、触れ合う経験もそう少なくないのだし。
「……ファイン?」
「や、あの、別にっ!? な、なんでもないですよっ!?」
あれ、俺今おかしなこと聞いたかな? なんて普通に考えてしまう程度には、ファインが相手なら今のクラウドにとって、これぐらいのやり取りは普通なのだ。大丈夫、全然普通。取り乱しているファインの方がいろいろ意識し過ぎ。
さすがにファインもおかしな自分には自覚があるのか、拙く取り繕う裏声を発した後、もじもじしながらではあるもののシャツを脱ぐ。その下から現れたのは、チューブトップ型で胸を覆う上部と、面積大きめに三角形に腰の周りを包み込む、桃色上下の水着だった。あの後スノウにビキニを勧められ続け、やっぱり恥ずかしいからせめてこっちで……と選んだのが、これだったご様子。
「へえ、可愛いじゃん。ファインらしくてさ」
「か、かわいい、ですか……? 本当ですか……?」
「うん、似合ってる」
なんというかクラウドの中にもファイン像というのがあり、おしとやかな彼女が、ちょっと冒険してへその見える水着を選んできたというので、おしゃれしてきたファインの頑張りを見られたような気分。これでもし、ファインがビキニを選んできていたら、ファインにしては凄いの選んだなぁって感心させられたのかもしれない。
「そ、そっか……可愛い、んだ……」
めちゃくちゃ嬉しい、顔を上げられない。目を伏せ足元の砂を見て、ツインテールの片方に指先をくるくると絡めずにはいられない。ファインのこの仕草はサニーですら数えるほどしか見たことが無いのだが、これはファインが手のやり場に困るぐらい嬉しい時の手癖である。当然、クラウドだって初めて見るファインの仕草だから、これがどういう所作なのかを、彼に気付けるわけがない。
「お兄ちゃん、もう準備運動したよ! 早く行こうよ!」
「わ、待て待て。俺まだ……」
今すぐにでも泳ぎたいといわんばかりに、シャツを脱ぎ捨てたレインがクラウドの手を引っ張る。レインも上下に別れた水着であり、萌黄色で白いフリルのついた可愛らしい水着だ。言葉は悪いが幼児体型に近い彼女、子供らしくてファインとは別の意味でとても可愛らしい。
あ、そっかお兄ちゃんまだ脱いでないね、とレインが気付いて手を離してくれたところで、クラウドも上の一枚着を脱ぐ。怪力無双の彼ではあるが、見た目はちょっと締まりがいいなという程度の、年相応の上半身が、陽の下に晒された。
「はわっ!?」
「…………? スノウ様、預かっておいてもらっていいですか?」
クラウドが上を脱いだ瞬間に仰天の声をあげ、爆煙噴かせた真っ赤な顔を、ファインがぎゅるっとクラウドから逸らしてしまう。そんなに刺激的でしたか、上半身だけでも。
しかしながら、クラウドからすれば、何だこいつ何から目を逸らしたんだって印象でしかないのである。だって別に、過去にも上半身ぐらいはファインの前に晒したことがあるし、今さらファインのこのリアクションが、自分を見てのものだとは思えやしない。大きな疑問符を頭の上に浮かべながら、スノウに脱いだシャツを預けに行くだけ。
「お兄ちゃん、まだ~!? 早く早く~!」
「おー、今行くよ。ファインも来ないか?」
「や、あ、あのっ……わ、私はもう少し、準備運動してからで……」
クラウドの方を向くことも出来なかったが、口元を押さえたままながら、ファインもなんとか返事を返した。えらく慎重だなぁ、なんて笑われながら、クラウドが浜に向かっていく後ろ姿も、ファインはろくに見送れない。ちらっとそっちを見た途端、水着一枚だけを着たクラウドの後ろ姿が目に入り、鼻息が荒くなりそうで再び顔を逸らしてしまうのだ。
「逆でしょ、色々と……」
男が女の子の水着姿を見て興奮するのならわかるけど、ファインがクラウドの水着姿を見てこんな風になってしまうのには、スノウも苦笑いと突っ込みを披露するので精一杯。呆れるようなスノウの声を真横から聞いて、ファインも自分のツインテールを一本、ぎゅーっと握って息を止める。これはこれで、しっかりしろ私と自分に訴えかける時限定の、ファインの珍しい手癖の一つ。
「惚れた方が負けとは言うけど、好きな人が出来ると大変ねぇ」
「っ……! んむっ、う……うぅ~~~~~っ!!」
あんまり人に知られると恥ずかしい想いをいきなり言い当てられて、ファインの心中は、えも言われぬ羞恥心みたいなものでいっぱいだ。両目を><にした真っ赤な顔で、ファインがスノウに前から握り拳でぽかぽかと殴りかかる。お願いそれだけは言わないでとばかりに訴える、力の弱い拳に前から両肩を叩かれるスノウは、けらけら笑いながら海で遊ぶクラウドとレインを見守っていた。




