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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第13章  霙【Repose】
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第201話  ~さあ明日からどうしましょう~



「では、明日出発ということで?」


「今はそのつもり。今日でもよかったんだけどね」


 夕暮れ時、街の片隅のオープンテラスにて、ホウライ城の兵士長であった男と、聖女スノウが語らっていた。鎧をはずし、タンクトップの上半身であるこの元兵士長、ハジャーダという名の老兵は、老けた顔立ちながらもまだまだ若い者には負けそうにない、巨体と筋肉が立派なものである。


「出来ればまだしばらく、ご滞在頂きたいというのが本音なのですがね」


「それは軍事的な意味で? それともあなた個人として?」


「立場上、両方とは申し上げますが、後者の想いの方が強いですな」


「ふふ、建前でなく本音だと信頼できるわ、貴方なら」


 ちょっと意地悪な皮肉も気心知れた仲ゆえだ。笑い合う二人の間の空気は和やかで、スノウも明日には別れる目の前の男の顔を、しっかり目に焼き付けようとするかのように、顔を見る時間が普段より多い。ハジャーダも同様だ。単に、仲はいいのである。


 やはりというか、ファインはクライメントシティにスノウと一緒に帰ることを望んだ。故郷に帰り、お母さんやお婆ちゃんと一緒に暮らす日々は、彼女の大きな夢の一つだったのだ。ここホウライに家を貰えるという話を提示されても、ファインはホウライよりもクライメントシティを選んだ。彼女の体も健全な状態に立ち返ってきたし、明日にはホウライを出発し、4人でクライメントシティに帰ろうという計画が纏まっている。


 ハジャーダ達を含む、ホウライの都の復興を目指す者達としては、正直ファイン達にはここに留まって欲しい想いもあった。大人の事情でものを言えば、もしもこの傷ついた都へ、再び革命軍が二度目の侵略に踏み込んできた場合、勝ちの目がともかく薄いからである。そりゃあ"アトモスの影"を撃退したという、ファインやクラウド、レインやスノウがいてくれれば、色々と安心というものだ。家を個々に用意してでも、4人にここへ留まりませんかと提示してきたホウライ側には、一応そういう打算もあるにはあった。


 もっとも、そうした計算を抜きにしても、やはりホウライの都を守り抜いてくれた4人を讃え、もてなす形を作ろうとした気持ちの方が強かったのも事実である。流石に地人と混血種を見下しまくる天人達とはいえ、あれだけやば過ぎる状況から救済してくれた英雄達を、でも非天人だからなぁとしつこく色眼鏡をはずさないほど阿呆でもない。人は人、どこまで行っても心を持つ部分は共通しているものだ。天人達だってそこまで見下げ果てた者達ばかりではないことぐらい、天人の面倒くさい価値観を知っているスノウとてわかっている。


「それより聞いたわよ? あんた皇太子様をぶん殴ったんだって?」


「耳が早いですな。つい昨日のことだというのに」


「そりゃーもう、兵士間はその話で持ちきりだったんですもの。朝一で聞いて爆笑したわ」


 ホウライ城が影も形も無く消し飛ばされ、王族も貴族も根こそぎ持っていかれたホウライの都だが、万が一の時に王族の血を絶やすようなことにならないよう、疎開組に皇太子様が一人混じっていた。戦場となるホウライの都から何人もの人を疎開させたことは、ただそれだけでもホウライにとっては大きく、アスファとラフィカの両親や家族も、それで死なずに済んだのだ。戦前、まくし立てるほどの勢いで疎開を訴えまくったスノウの努力は、結果として例えようもなく大きな実をホウライに結んだと言える。


 ただ、困ったことにこの皇太子様、傲慢なホウライの都の貴族や王族の例に漏れず、中々にわがままで身勝手。疎開組に混ぜられる中でも、なんで王族の俺がホウライの外、薄汚れた地に行かねばならんのだとぶつくさ言っていたものだ。もっとも、彼が疎開組に混ぜられたのは、彼に対する評価が王族の身内間でも一番低かったからなのだけど。ホウライの王族達は、不落のホウライ城を信じて疑わなかったため、よその地に疎開させられるという嫌な役回りは、ドラ息子に任せられたのである。


「帰ってくるなり、ひどい剣幕でしたからねぇ。流石に放置できませんよ」


「わかるわかる、あいつ元からクセ強かったもん。口も悪かったでしょ」


 戦が終わって一週間以上経ち、当の皇太子様が荒れ果てたホウライの都に帰ってきたのが昨日のこと。元より戦役の結果、都がどういう状態にされたかは聞いていただろうが、やはり現実を目の当たりにするとショックであっただろう。帰ってくるや否や、兵士達を呼び出して、お前達はいったい何をしていたんだと乱暴な言葉で罵り、若い者には拳も出してきた。どう足掻いても勝てないような怪物達に果敢に立ち向かい、家族や友人を失ってでも戦った戦士達に向けて、あまりにひどい仕打ちというものだ。


 一応いささかの擁護をするならば、皇太子様だって相当にショックだったというのも見過ごせはしないのだが。不滅の楽園を守りきれなかった戦士達を責めるという、歴史的な失態を批難する口ぶりは方便みたいなもので、やはり生まれ育った故郷や城、親兄弟や友人をゼロにされた都に帰ってきた立場として、行き場のない悲しみとショックが爆発したものとも言える。実際、もう二十代半ばの皇太子様が、初めて人前で泣いていたし、ひでぇこと言いやがると思いつつも責められる兵士達が言い返したりはしなかったのは、地位の差ゆえだけではない。気持ちはわからなくもなかったからだ。案外こういう最も苦しい時、人は優しくなったりもする。


「あいつを黙らせたあんたへの評判、悪くないわよ。いっそあんたが次期王様になっちゃえば?」


「ご冗談を。武人が政にまで関わるなど、手にも身にも余る限りです」


 喪った者の悲しみに共感こそ得るとは言っても、ハジャーダとしては黙認できる皇太子様の態度ではなかった。若者、老兵、いずれも死力を尽くして戦い抜き、死の淵をさまよった挙句の果てに口汚く批難されるなんて、可愛い部下をまとめて侮蔑されるハジャーダにとって、たまったものではなかったのだ。誰も皇太子様のひどい口ぶりと態度に文句を言わぬ、あるいは言えぬ中、つかつかと接近し、ぶん殴ったハジャーダの行動は、恐らく戦前にやっていれば即死刑ものの狼藉である。


 王族のドラ息子である皇太子様にもこの拳は相当に利いたらしく、男同士でさんざん口喧嘩し合ったようだが、今日はもう和解に至っているらしい。ハジャーダが皇太子を殴るに際し、その傲慢な身勝手さを怒鳴るように糾弾したことは、ちゃんと結果を結んだのだ。色んなものを失って、外出する元気すら無くして引き篭もってしまった皇太子様だが、今はまあまあそれでよい。いつかはこの街の復興を牽引する存在として立ち直って貰わねば困るのだが、何人かの若い女が世話をしているし、都が再生する形が進めば、時間はかかってもそのうち外を出歩くぐらいにはなってくれるだろう。


「でもまあ、皮肉にも政治体制を改めるきっかけにはなり得る状態にはなったんだからさ。これを機に、ホウライの在り方を考えるのもしておいた方がいいわよ」


「皮肉にも、とは仰いますが……」


「いや、そりゃドライな物言いになっちゃってるのはわかるわよ。それにしたって、以前の体系がいびつさを生んでたのは、たとえば今回の戦前辺りにだって、如実に表れたことでしょう?」


 多くのものを失った直後のホウライに、これを政治体制を考える"いい機会"にしろというスノウの提案って、なかなか酷なものであるのは否めない。それでも言うのは、今回の戦争で学んだ教訓を、スノウがホウライに、ひいては天人達に忘れて欲しくないからである。


 今回の革命戦争やら、十数年前の近代天地大戦が起こったことだって、元を正せば天人側が自分達の利潤だけ考えて、地人や混血種を虐げたことに端を発しているんだと、散々スノウは唱えてきた立場である。失ったことのない、搾取されたことのない、生まれた時から極めて恵まれた世界で生きてきた者達、特に永遠の楽園と言われたホウライに生まれ育った王族と貴族なんか、人の痛みがわからん奴らであったのも無理のない話なのだ。そういう連中が、世界や地方をまるごと操る全権を握っていて、自分達の覇権ばかり守ろうとする社会体制を徹底的に維持し続けてりゃ、革命の一つや二つ起こったって何にもおかしくないのである。これは、昔からの話。


 それとは別に最近のことに焦点を当てても、頭の固い王族達、要するに革命軍なんかに不滅のホウライが負けるわけがないと妄信していた王様に、疎開策を了承させるだけでもどれだけ苦労したことか。そりゃあ王様も、僅かでも戦争に負ける可能性を示唆する疎開策を甘受すれば、それだけで悠久の楽園という神話を疑わせることに繋がるので、ある意味では賢王であったと言えるかもしれない。こうはならなかったら場合であればだ。


 結局、恵まれ過ぎて、何かを失う過去すら持たない者は、残念なほど楽観的で、人の痛みや現実が見えないのだ。人の恨み、殊更憎悪に端を発する集団ほど恐ろしいものは無いという、庶民ならば誰でもわかるようなことにすら思い至れない、そんな王族に政治を一任するのは、適した時代に違えば本当に危険なこと。此度の戦争とその結果は、歴史的にもそれを証明してくれたのである。これを機にそれを箴言せず、ホウライの地を離れるなどスノウには出来ない。近代天地大戦だとか、ホウライ戦役だとか、革命を目指す者達との、血を血で洗うような戦争は、もう二度と繰り返したくない。


「まあ別にさ。分権制は間違いでも何でもないし、皇太子様も立ち直ったら、そこを指導者として祀り上げるのもいいとは思うわよ。だけどかつての王族のように、人の痛みもわからない指導者として無為に君臨させるなら、悪しき歴史がまた繰り返されるだけだと思うわ」


「うぅむ……」


 武人が政に関わるべからず、と口にしたハジャーダだが、別にその政治体制そのものが駄目だとはスノウも思っていないのだ。要するに、人の気持ちを理解できない、そんな奴を一国や都のトップに置くなとスノウは言いたいだけ。今となっては王政を引き継げる者が、あのドラ息子の皇太子様しかいないんだから、それをやるならしっかり教育してよねと言っているのである。


 余談ではあるが、イクリムという町がございまして、あそこはひどい町長が仕切っているがゆえ、なかなかひどい光景も、街の風景の中で日常的に見られたものである。お偉い様のおつむが残念だと、人里全体がひどく苦しむ結果に繋がるのだ。故人つまりホウライの王族を貶めるようなことは少々憚られるも、ホウライの都の壊滅は、愚政の果ての末路として歴史に刻まれたのである。その事実から目を逸らし、たとえば単に敵が強すぎた不幸だとか、そんな認識にはされては何の教訓にもならない。


「スノウ様は、いつだって辛辣ですな」


「必死ですもの。もう嫌なのよ、戦争とか革命とか殺し合いとか、もううんざり」


 先の見えない復興活動だけでも手一杯の指導者に、こんな難題をふっかけてくるスノウって、なかなか容赦のないものであろう。だけど彼女自身も言うとおり、何を糧にしてでも天人達には変わっていって欲しいのだ。スノウはかつて、親友の命を奪うことで、ひとつの大きな戦を終わらせている。うんざりどころの話じゃない。


 今回のことで、少なくともホウライの都の中だけにおいて、混血児の愛娘や地人の少年少女が、天人達に心から歓迎される存在にはなった。確かにこれだけでも、歴史的には大きな出来事だろう。過去には有り得なかったことだ。

 だけど、ただそれだけじゃ足りない。今回の、事実上の天人歴の敗北、不滅の楽園の崩壊から、学ぶべきものはまだまだ数知れない。スノウは一度、天界王に向けて怒鳴ったことがある。近代天地大戦で天界が滅ぼされる寸前までいってれば、あんた達も少しは学んだでしょう、と。

 それに等しい形にホウライの都が追い込まれ、街一つが多大な犠牲のもと、何かを学ぶ機会を得たのは悲しいことだ。だからこそ、そこから何の芽生えも無く、同じ歴史を繰り返すようじゃ、それこそ失われたものも報われない。


 いつだって、怪我をした後や失敗した後に、そこから立ち上がる過程が最も大切、かつ苦しいのだ。未来に試されるという試練を初めて背負った、長生きにして幼いホウライが、背筋を伸ばして前進してくれることを、スノウだって望んでいるのである。











「なんだかほんの少し一緒にいただけなのに、別れるとなると寂しいわよね」


「そ、そうですか? そう言って貰えるのって、嬉しいな……」


 ファインが日夜寝泊まりする医療所の一室、お見舞いに来てくれているのはラフィカである。付き合い自体は短かったものの、親しい友達として別れを惜しんでくれるラフィカには、ちょっとファインも涙腺が緩みそう。混血児である彼女は友達の数も限られており、ここまで言ってくれた人っていうのは、タクスの都でお別れしたリュビアを除いて他にはいなかったのだから。


 ラフィカも、疎開で戦争から逃れてくれた家族や、一番大好きなアスファこそ失わなかったものの、城に仕えていたころの先輩や後輩、同僚を失った立場であり、心の傷は深いはず。戦後一週間以上経つ今だからこそ、かつてと同じように振る舞えているものの、完全に立ち直るにはまだちょっと時間がかかりそうだ。容易に過去にしていくには、今回ホウライを襲った災いは大きすぎたのも事実である。


「それよりさ、ファインちゃん。あの人とはどうなってるの?」


「え?」


 それでも傷癒えぬ中、こうして今までと同じように軽やかな口を弾ませてくれるラフィカっていうのは、根本的に強い子なのだろう。椅子に座った太もも二つの間に手を置いて、身を乗り出すようにして尋ねてくるラフィカの目は、戦後間もない痛みに苦しむ少女の気配を微塵も匂わせない。


「クラウド君のことに決まってるじゃない。あの人、ファインちゃんを守る為に戦い抜いてくれたんでしょ?」


「ふぇっ!? えー、あー、うー……その……」


「クラウド君ってすごく強いし、かっこよかったんじゃないかなぁって思うわけ。今にしてその頼もしい姿を思い返してみれば、胸がときめくとかあったりしないのかな?」


 元からラフィカは、ファインがクラウドに対して好意を持っていることは知っている立場である。以前そういう話も振ってみたことはあるし、あの時は脈あるんだか無いんだかわからなかったが、きっと戦場でもさぞかし勇ましかったであろうクラウドを想像で補い、それをファインに思い返させてみようという魂胆である。ラフィカにしてみればファインもクラウドもいい友達、下世話かもしれないが、人格者と知るこの二人がくっついたらいい関係になりそうだな、と期待したくもなる。


「そ、それはですね……まあ、かっこよかったですけど……」


「あっ、顔真っ赤になってきた。これはさては」


「やっ、違……! そ、そうじゃなくってですねっ……!」


 みるみるうちに顔色を変え始めるファインに、言ってみるもんだとラフィカも面白くなってきた。もっともファインは、ラフィカに言われて今クラウドの勇姿を思い返し、恋心みたいなものを芽生えさせた、というわけではないのだけど。彼女が自分の本心に気付いたのは、自分を守るために戦ってくれたクラウドの姿に惚れて、とかそういう理由ではない。結論部分は同じだが過程は違います。


「違うって、何が? 私まだ何も言ってないよ?」


「えぁ……」


「何が違うの? ねぇねぇ」


「ぃ……あ、ぅ……」


 まあそれはさておき、ここまで挙動不審で見抜けぬ方がよっぽど鈍感であろう。それはそれはもう、ここにいないクラウドのことを突然思い出させられ、どう思ってますかとまで突きつけられたことで、頭から煙を出して顔色も茹で蛸状態のファインである。にやにやせずにいられないラフィカの目の前には、返す言葉も失ってノックダウン寸前のファインが固まっている。


「んふふ、わかったわかった、もういじめないよ。そうかぁ、ファインちゃんにとってのクラウド君は、とうとうそういう人になっちゃったんだねぇ」


 今自分がどんなに情けない顔をしているかようやく自覚したファインが、空気の抜けた風船のようにしぼんで顔を伏せる中、ラフィカも追撃をやめにした。ラフィカも都の窮地の中、ひっそりファインに秘密を明かしたが、彼女も幼馴染のアスファに恋する身。同じ世界に新しい友達が来てくれたことには、ラフィカもなんだか、よりファインに近付けた気がして嬉しくなったりもする。


「で、クラウド君のどういう所がいいと思ったのかな?」


「そ、それは……まあ、いっぱい……」


「よし、一つずつ」


「いっ、いじめないって言ったじゃないですか……そ、そんなのいちいち挙げていったら……」


 聞かれたことに触発して、過去のクラウドの姿の数々が頭に浮かび、じくじくファインの胸が痛みだすから困る。この病、本当に適わん。たとえばお母さんに再会できた後、クラウドのかっこよかった姿を語る時など、昔は普通に思い出せていたことが、今では自分の心臓を締め付ける凶悪な記憶に変わっている。理不尽だ。


「挙げていったら?」


「っ……わ、私、心臓がもちません……思い出したくない……」


 両手で胸元を抱え込むようにして、搾り出すような声を放つファインに、これはマジの重症だとラフィカにもよくわかった。確かに自分もアスファに恋する身だが、だからってここまでにはなったことがない。

 溜め込んで溜め込んで、抑え込みすらしていた好意が、つい最近蓋をこじ開けて爆発したファインの強過ぎる想いっていうのは、自分でもコントロールしきれないほど最強なのである。異性と触れ合う経験にすら乏しかったファインが、いきなり向き合わざるを得なくなれば、それはもう太刀打ちできないレベルでだ。


「……ちょっと気になるんだけど」


 ファインをいじり倒してきたラフィカだが、ちょっと声のトーンを落とす。いや、楽しいには楽しい。ファインのこういう一面を見られるのは、友達として、とっても楽しい。それはまあまあそうなのだが。


「よっぽど重症のようだけど、そんなんでクラウド君と普通に話せるの?」


「あうぅ……そうなんですよぉ……」


 やばい、涙目になり始めた。もしかしてこれは地雷だったのか。焦りかけるラフィカだが、ベッドの上で上半身だけ起こしたファインが、ラフィカの方へと体を傾け、心からの相談をする体勢になる。


「お、お見舞いに来たクラウドさんの顔もまともに見れなくて……今までは普通に話せたのに、全然やりとりもできなくて……なんだかクラウドさんも、申し訳なさそうな顔で帰っちゃうし……」


「わわわわかったわかった、全部わかった! ごめんごめん私が悪かった、あんまり思い出さなくていいよ!?」


 こじらせたせいでコミュニケーションにまで響いている現状を聞くと、流石にいたたまれなくなってくる。いやまあ、総じて言えば微笑ましい限りなんだけど、ここまで思い詰めているところに軽口を叩くのはかえって難しくなった。心配しなくても、命を懸けてでもファインを守るために戦ったらしいクラウドだし、ちょっとやそっとの意思疎通の不成立があっても、向こうがファインに邪険な想いを抱くような関係ではないだろうとはラフィカも思うのだけど。


「す、凄いねぇ……私が思っていた以上にお熱なんだ……」


「ぜったい、クラウドさんには言わないで下さい……怖いので……」


 ぐしっと目を拭うファインの切なる願いには、わかってる絶対約束すると、ラフィカもファインの両手を握って誓った。わかるわかる、これだけ想っている相手にそれを知られ、もしも自分の望みとは違う答えが返ってきたら、なんて思うと怖いもんだよね、と。

 いかんせん、自分の気持ちに気付いた直後でオーバーヒート気味のファインだが、今の彼女、好きって言われても俺はファインをそういう風に見るのは……なんてクラウドに言われようものなら、多分えらいことになる。一生立てなくなるかもない。


 ちょっとからかうだけして、ラフィカさん意地悪ですよと叱られることぐらいは想定していたラフィカだが、なんとも実に想定外の空気になってしまったものだ。もはや事故である。このまま逃げ帰るのは良心が痛むレベル。


「あ、うん、そうだそうだファインちゃん。せっかくだから、占いしてあげようか? 友達同士で昔流行ったんだけど、願いが叶うかどうか占う遊びがあるんだよ」


 ラフィカの言葉に顔は上げたものの、へぇそうですか……とばかりに興味なさげなファインの顔が珍し過ぎる。思い詰めるあまり、頭の中はあの人でいっぱいという感じで、他のことに対する興味がつくづく薄いご様子。愛想も振りまけないファインってよっぽどおかしい。


「こうやって、こうやって……はい、準備完了。まずファインちゃん、このカードをめくってみて?」


 部屋の机に入っていた、暇つぶしに便利な53枚一組のカードの束を持ってきたラフィカが、それを使って占いをしてくれるらしい。ファインのすぐ横に机を持ってきて、カードを切ってからいくつかの山に分けて置くと、その山札のうち一つの一番上を、ファインに引くよう言うのである。言われるままにカードを引くファイン、引いたカードに書いてある数字とマークを申告し、占いは次の進行へ。


「ファインちゃんの悩みはアレだから……ええと、次はこの山札。何引いた? ――うんうん、わかった、次はこの山札を引いて。その後でこれね」


 無言で言われるがままに動くファインを見ていると、まるで頭の中身を抜き取られた人形が、操り手の糸で意識なく動かされるかのよう。ファインが、抜けてるところが多いとされるのは、彼女が考え過ぎて空回りした結果、つまづくことが多いから。こんな思考能力ゼロの風体たるファインって、見たことないから見ていて怖い。今のファインに街を歩かせたら、横道から馬車が来てても気付かず轢かれそうだ。


「ファインちゃん? ファインちゃーん、聞いてる?」


「あ……はい、聞いてます……」


 上の空過ぎて、今から言うことも耳に入れてくれるかわからなかったので、ラフィカも念のために声をかけた。あ、なんて最初にぽろっと漏らすほど上の空だったので、念を入れておいて正解だったとしか思えない。


「今から、運命のカードだからね。ファインちゃんが今、一番望むことを頭に思い浮かべてみて?」


「私が、今一番……」


 ファインがラフィカに言われるまま、今の自分が一番欲しい結末を頭に思い浮かべてみる。閉じた唇をもごもごさせ、再び顔を赤くしていくファインの頭の中に、どんな願いが思い浮かべられているかは具体的には不明。容易に想像はつくが。


「思い浮かべた?」


「っ……は、はい……」


 頭がはっきりしてくると、急に緊張した面持ちになってくるのが素直だこと。いよいよ願いを頭に浮かべれば、それが成就するのか否かを占ってくれるという山札に対し、緊張感も沸いてこよう。わかりやすい子だ。


「それじゃあ運命のカード、引く山札はこれ。さあ、引いて?」


「はいっ……!」


 なるべく思い詰めさせまいと、ラフィカが屈託無い声で優しく言っても、まるで人生のターニングポイントのような声と顔で、片目をぎゅっとつぶってファインが札を引く。どうかいい結果でありますように、お願いです神様、というファインの心の声が、ラフィカもまるで聞こえてくるようである。


「引いたカードは何? ……えーっと、これは」


 ファインの引いたカードの数字とマークを確かめたのち、ラフィカは自分で別の山札を引いたりする。ふむふむ、えーっと、なんて思索を巡らせる挙動を挟み、占いを進行していくラフィカがちらりと見れば、引いたカードを顔の前に持ってきて、祈るような目線をそれに一点集中させるファインがいる。こんなもの見せられて、もしも悪い占い結果であっても、やばいよファインちゃんなんて言えるわけがない。


「……うわぁ。これは、ファインちゃんには厳しい結果になったなぁ」


「え……」


 凍りついたような顔でラフィカを見るファイン。ラフィカも神妙な面持ちだ。


「いーい、ファインちゃん? 心して私のお告げを聞きますように」


「は、はい……えっ、えっ……?」


 もしかして永遠にその想いは遂げられませんとか、ド最悪な結果だったりするのかと、ファインがだくだく汗を流し始める。心配しなくても、そんなえげつない意地悪をするラフィカじゃありません。


「これからのファインちゃんには、試練が降りかかります。今まで出来ていたことが出来なくなることもあるそうです。クラウド君とも、今までと同じように話せなくなったって言ったよね? それもきっと、試練の一部なんだよ」


「は、はぁ……」


「ファインちゃんに課せられる使命は、今までと同じように過ごすこと。急に普段は出来ていたことが出来なくなってしまっても、それを意識して今までどおりでいようとすること。それが出来るならば、いつか必ず、ファインちゃんの望む何かは叶えられる――って、占いでは出てるよ」


 さて、一目瞭然の作り話。占いという、隠れ蓑にもならない隠れ蓑を盾に、これからどうしていくべきかをラフィカが考えて喋っているだけである。ちょっと考えればわかることだが、普通にクラウドと接することが出来ないファインのままでいたら、それだけでクラウドの接点が減って、彼女にとってはマイナスではないかと。それじゃあ何も発展しないから、神様のお告げ風にして、今までどおり普通にしなさいって、ラフィカがアドバイスしているだけの話。


「今まで、どおり……」


「そう。話を聞く限りじゃ難しいかもしれないけど、それが大事なんだって。そう占いには出てるよ」


 ただ、ラフィカがお上手なのは、一度なんかやばそうな空気を醸し出しておきながら、頑張れば希望があるよと提示したこの語り口である。最悪を覚悟した矢先、自分次第でどうにかなると言って貰えると、普通よりも少し希望が大きく見えたりするのだ。ラフィカはそれを、意図して狙っている。


 それにラフィカの計算以上のことだが、ファインって根は前向きな性格をしているもので、どんな苦境に立たされても、頑張ればきっと――と、手を動かせるタイプである。それは、血筋ゆえに、普通に生活したくても叶わず、常に苦境の中に置かされ、しかし腐らず自らを変えてきた結果、友達にも恵まれるようになったファインの半生に由来するものだ。苦しい状況下にある、何をすればわからない、ならまだしも、こうすればきっと何とかなるよ、と教えて貰えれば、ファインは遮二無二頑張れる性格をしている。ラフィカのアドバイスは、試練めいたものの示唆も含め、ファインにとっては勇気を得られる語り口として適正である。


「大変かもしれないけど、頑張って。ファインちゃんが何を願ったのかは私わからないけど、応援してるよ」


 ファインの両手を握って微笑みかけてくれるラフィカが、これまたファインにとっては強い後押しだ。応援してる、なんて中々言われたことがない。嬉しい。頑張らなきゃって思えてくる。


「……はい。私、頑張ります……!」


 迫り来る侵略軍から、ホウライの都を守る決意を決めた時と同じぐらい、腹を決めた眼差しでファインがラフィカにうなずいた。クラウドとまともに言葉も交わせなかったことは、ファインにとっては今にして思っても重大な事だったのだろう。それを重く受け止めた上で、何とかしていこうと決意したファインのか弱い瞳には、ラフィカも柔らかな笑顔をより綻ばせて手を離す。


 誰かの中で狂いかけた歯車を戻せるのは、その当人に他ならない。他者がそれにはたらきかけようにも、きっかけを作ることぐらいしか出来ないのだ。

 ファインにとってのその他者はラフィカで、平穏を破壊されたホウライの人々にとってのその他者はスノウ。形は違えど、過去と違う今に追いやられ、前進していくことを求められる中、それを切に応援してくれる人がいるという意味では、ファインもホウライの都の人々も同じと言えるかもしれない。


 優しい形であったりもすれば、厳しい形であったりもし、誰かが誰かを常に支えようとしているのが、人と人との繋がりだ。気付けば気付くほど人は幸せになれるし、希望を捨てずに前へと歩いていくことが出来るようになる。

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