第198話 ~これが二度目の"そばにいて"~
「れ、レインちゃん……大丈夫……?」
「あぁ……うぅ……」
吹き荒れた炎の嵐がようやくおさまった。スノウはファインがやっていたように、風の浮力を得た水の粒の群れ、小さな雲の上に座り込んでいる。お姫様抱っこでスノウに抱えられるレインは、問いかけるスノウの声に、言葉になっていない返事を返していた。
発声できるのならば生きているということだし、それ自体にはスノウもほっとしたが、ぐったりと力尽きた体は死体のような重み。人形のように、かくんと据わりの利かない首といい、焦点の定まっていない目は意識があると判断し難く、失神しているに等しい容態だ。後頭部からたらたらと流れる血は、彼女が少し前にそこを打ち付けて割った傷によるもので、それが彼女の意識を不確かにさせている最大の一因だろう。
「大丈夫よ……あなたを、死なせたりなんかしないから……」
「あ、ぅ……ぅ……」
こんな状態でありながら、よくもまあカラザに一撃くらわせてくれたものである。咄嗟に抱えたレインごと、爆風による乱気流に吹き飛ばされたスノウだが、小さな勇者を火や熱風から守り通すことが出来たのは本当によかった。今でもレインは、放っておいたら命が保つかわからぬ身だが、彼女をぎゅっと抱くスノウが絶対にそうはさせない。長い抗戦を続けて来て、消耗してきた残り少ない魔力を絞り出し、レインの体に治癒を施し続けている。
「ファイン……クラウド君……」
とても戦える状態ではないスノウには、もうレインの命を守り通す選択肢しか無かった。こんな状態のレインを抱えたまま、あるいは燃え盛る廃墟の真ん中に彼女を置いて、カラザやアストラに立ち向かえるはずがないのだ。
二人の名を思わず口にしたスノウの手を、今の言葉に反応したのか、レインが弱々しい力で握ってきた。色違いの世界下に意識を捕われながらも、大好きな二人の名には反応するレインの手を、スノウも応じるように握り返す。愛娘と、彼女をここまで導いてくれた親友は、こんなにも可愛らしい少女に愛されている。
何が最強の聖女様だって、悔しくて悔しくて何かを蹴飛ばしたいほど、スノウは己を呪う想い。戦場から退くことを余儀なくされた彼女は、浮遊する雲の高さを地上すぐそばに降ろし、震える体を抑えらない。ファインと、クラウド。二人が生き延びてくれることを、何も出来ずに祈ることしか出来ないこの現状はつらいものだ。
「ク……がっ……」
胸を下にして地に倒れるカラザが、口の中に溜まった血の塊を吐き出す。鋼のブーツを纏ったレインの飛び蹴りは、カラザの腹部の奥にある臓物や骨を破壊し、彼を立てなくさせている。
また、自らの放った秘術の爆風に耐える力を発揮できなかった彼は、乱気流に煽られて、ここがどこやらわからぬ場所まで吹き飛ばされていた。そばには誰もおらず、燃え盛る都跡の真ん中で独りである。
炎天夏の炸裂直後、動けぬ自分への追い討ちにくる敵などいるはずもないが、カラザは地面に当てた掌から、周囲の様子を探るための魔力を這わせる。地に立つ者、あるいは倒れている者など、地表に触れる者ならば、この魔力である程度位置を特定できるのだ。万が一生きている雑兵に今、接近されることへの配慮を兼ねつつも、彼が最も探すのは、味方のアストラや討つべきファイン達である。
「ぐ、く……遠い、な……」
求める対象の位置取りはすぐ確認できたが、随分遠くに吹き飛ばされてしまったのだなとカラザも歯噛みする。一緒にいるファインとクラウドまでは相当な距離があり、そこから離れたアストラへの距離もまた遠い。スノウとレインの位置を確認することは出来なかったが、大方スノウがこの魔術を警戒し、レインを抱えて身を浮かせているのだろうとは、まあまあ予想できること。
どのみちレインを保護しているであろう今のスノウは、今のところ難敵にはなるまいと推察できる。問題は、ファインとクラウドだ。地に当てた掌に力を込め、立ち上がろうと急ぎはするが、腕に力を入れるのと無関係そうなボディが、筋肉の連動によって悲鳴を上げるのだからたまらない。人の体は、各部位が独立しているように見えたって、結局はひと繋がりなのだ。
「急……がねば……! 譲る、わけには……いかぬ……!」
地術による魔力をかき集め、自らへの治癒を施すカラザだが、健常に動く体へと持っていくには焼け石に水といったところだろう。それでも、全く動けぬ体を動かせられるようにするためには、後押しにはなるはずだ。カラザとて焦燥感を募らせている。クラウドとファイン、あの二人にアストラが迫ってくれることは信頼できるが、決して味方が必ず勝てると、妄信できるような相手ではない。
その身に流れる血を騒がせ、カラザが肉体を人ではない形へと変えようとする。人の体では立てぬ今、手段を尽くしてクラウド達を追い詰めるための肉体を作り上げているのだ。限られた時間を意識するカラザである一方、彼に追われるクラウド達の側にもまた、天敵襲来までのカウントダウンが始まっている。
「っ……つ……」
上体だけを起こし、尻餅をついたような体勢で両手を着くクラウドは、人の姿に戻っていた。いつ、どの瞬間にこう戻ったのかは、クラウドもファインも憶えていない。
立ち上がろうにも体が重い彼のそば、膝をついてクラウドの右肩に両手を添えるファインは、もう治癒の魔術を施し始めていた。傷を癒し、疲労を吹き飛ばす、実に効果の高い治癒魔術である。
「……逃げろって、言ったのに」
「へへ、私けっこう聞き分け悪いんですよ」
サニーいわく、元不良娘だそうで。悪びれもせずに笑うファインに、クラウドも息を乱しながら、がっくり首をうなだれさせた。
傷だらけで疲れきったクラウドの体は、いかにファインが治癒の魔術を全力で行使しても、元気な状態までは戻りきらないだろう。それでも、確かに少しずつ、体から疲労らしきものが抜けていく実感を得るにつれ、お前が自分に使えよってクラウドも言いたくなる。ファインだってぼろぼろの体なのに。
「クラウドさん。きっと、すぐに来ますよ」
「あぁ、わかってる」
はあっと息を吐いたクラウドは、ずきずき痛む体を上向きに引っ張り、無理をしてでも立ち上がる。ファインもクラウドから掌を離さないまま、ゆっくり立ち上がった彼に従うよう立ち上がった。こっちはクラウドよりも脚にきているのか、立ち上がった途端に支える力が足りず、よろりとクラウドに体を寄りかからせる。
「っと、と……! お前……」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
慌てて体をひねったクラウドの胸元へ、ファインが顔から突っ込むような形になってしまった。ファインも両手でクラウドの二の腕を握り、力強い彼の腕を支えにし、ちゃんと自分で立つ形を取り戻す。とはいえ、足を震えさせながら辛うじて立つ、そんなファインを目の前にしたクラウドからすれば、気が気でないというのが本音である。
「……クラウドさん。私、逃げませんよ」
「わかってるよ……お前はもう、そういう奴だってわかったから」
クラウドの二の腕を握ったまま、顔を上げないファインにそう言われ、クラウドもやりきれなさすら感じる想いだ。やがて襲いかかってくるのは、カラザか、アストラか、あるいは両方か。ファインを生き残らせるためには、自分がなんとかしなきゃいけないんだろうなと、無理くり覚悟を強いられる立場もつらい。
「……私、クラウドさんと出会えて、本当に幸せでした」
どこから敵が向かってくるか、周囲を見渡そうとしたクラウドの首の動きが、今の言葉で再びファインに向かされる。うつむいたままのファインの表情は読み取れず、二の腕を握ったままのファインの手から、震える彼女の体の動きだけがよく伝わる。
「闘技場のクラウドさんを応援したり……一緒にリュビアさんを守るために戦ったり……カラザさんの書いた脚本で、一緒に見世物を演じたり……」
クラウドも、胸がじくりと痛むような思い出が混じっている。あの時、好青年の顔で自分達を優しく導いてくれたカラザが、今や都を滅ぼす最強の敵として現れたことは、改めて想っても息が苦しくなる現実だ。
「おんぶして貰って、山やアボハワ地方を駆け抜けたり……レインちゃんに出会えたり……クラウドさんのおかげで、レインちゃんを守り通せたり……」
「……おい、ファイン」
いや、それよりも、こんな時に何の話をし始めるんだ。確かに、今にして思えば良き思い出は山積みだが、今ここでそれを回想するファインの態度にはぞっとする。その金色の思い出を手土産とし、ここで命を終えることへの惜しさに、言い訳を並べているようにしか感じられない。
「しんどいことも、いっぱいありましたよね。クラウドさんと一緒でなければ、私がここまで辿り着いて、お母さんに出会えることも無かったと思います」
「お前な……! まさか……」
諦めるんじゃないだろうな、と言いかけたクラウドを黙らせたのは、ぎゅっとその手に唐突な力を込めたファインの握力だ。元より力の強くない彼女、クラウドの二の腕を締め付けた力は強くないが、それがファインにとっての全力であることが伝わる。伝わってしまうのだ。言葉を失ったクラウド、整いきっていない息を数度吐くファイン。二人の間に沈黙が流れるのは、僅か3秒にしてクラウドにはより長く感じられた。
「……今、ここで、そばにいてくれるのがクラウドさんじゃなかったら、私は立ち上がることも出来なかったと思います。お母さんでも、レインちゃんでも……きっと、サニーであっても、無理だったと、思うんです」
血の繋がった母、共にセシュレスを撃退した小さな女傑、唯一無二の幼馴染の親友。今となっては、そのいずれよりも頼もしく、信頼できる親友となってくれたクラウドへ、ファインが選んで向ける言葉は他に無い。頼もしい人であり、大好きな親友。そんな最上級の言葉でも、自分にとってのクラウドという人物を言い表すには、ファインにとっては足りなくなっている。
ファインですら、口にする中で、初めて自覚する想いがあるほどだ。こんなにも、これほどまでに、自分の中でのクラウドっていう人の存在が、大きなものになっていたなんて。
「クラウドさんと一緒なら、きっと、どんな困難も乗り越えられる気がするんです。今までがそうだったみたいに……二人で力を合わせれば、あんな怪物が相手でも……きっと、必ず」
そうでなければ、こうは言えない。怪物化したアストラの姿が脳裏に浮かべば、きっと必ず"勝てるはず"と、最後まで言いきることすら出来なくなるのだ。またその一方、巨竜アストラの姿を回想してなお、勝利と生存を信じると口にするファインにとっては、それほどまでにクラウドと共にあることが、何にも代えがたい大きな事実なのだ。
ファインが顔を上げ、彼女の言葉に耳を奪われていたクラウドと向き合う。憔悴しきった、疲れ果てた顔色で、それでも確かに微笑んで。少し低い背丈から、クラウドの顔を見上げる彼女の表情は、燃え盛る都跡の火に照らされて輝いている。
「一緒に戦って下さい。私のそばに、いて下さい。クラウドさんじゃなきゃ、ダメなんです」
お願い逃げないで、という懇願と捉えるなら、水臭いとでも言い返せばいい。戦力として欠かせないと捉えるなら、任せろ何とかしてやると胸を張っていい。どう解釈するのかは、クラウドに委ねられている。
「……離れねーよ。今までだって、ずっと一緒にいただろ」
「クラウドさん……」
「俺達はもう、そういう関係だろ」
人として、親友として、そばにいてくれるだけで頼もしいと訴えたファインの言葉は、語弊なくクラウドに伝わってくれた。言葉尻が少し乱暴になってしまったのは照れ隠しなんだろうけど、二の腕を掴んだままのファインの手を、クラウドの手が握るようにした行動は、想いに応えてのものに相違ない。大きくて、力強い、その手に握られたファインに伝え返されるのは、お前と一緒にこの窮地に立ち向かってやるという、男の揺るがぬ頼もしき決意である。
二人とも、自分は間違っていたんだなと思った。ファインは、自分が思っていたのなんかよりも、この人はこんなにも力強くて、頼もしい人だったんだなって。
そしてクラウドは、逃げろとファインを突っぱねようとしていた自分って、正しくなかったんだなって。これほどまでに真っ直ぐに自分を頼りにしてくれるファインであり、その上で、彼女は恩を感じた相手のために、身を粉にしなきゃ気が済まない性格なのは知っていたはずじゃないか。そんなファインに、逃げてお前だけでも生き延びろって言い放っていたことは、彼女の生き方に間違った道を示すものに他ならなかったのだ。
「やるぞ、ファイン。二人でだ」
「……はいっ!」
クラウドの片手が、ファインの両手が、ぎゅうっと力を込め合ったのちに柔らかく離れる。二人の耳にはノイズが届き始めている。ずしずしと、巨大な足が地面を踏み鳴らしながら、こちらへ向かってくる怪物の気配は、魔力や勘を用いずとも感じられるものである。
聞こえ始めればそれが姿を現すのもすぐだ。地上に立ち並んでいた建造物や木、それらが熱と爆風に崩されて一掃された地表、代わりに炎が林のようにいくつも燃え上がる向こう側、炎の陰からぬうっと姿を見せた怪物がいる。地に流した魔力からクラウドとファインの位置を特定し、並び燃ゆる炎を潜り抜けてきた竜は、ぐるりと顔をこちらに向けたのち、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「生きているであろうことは予想できていた。それが、そもそも脅威なのだ」
ぶはァと蒸気のような息を吐き、離れた位置から小さな人間二人を見下ろす、四本脚で地を踏みしめる竜。人の姿の影形を捨て去ったアストラを前にしても、クラウドとファインは一歩も退がらず、それどころかクラウドは一歩前に出て、ファインとアストラの間に立つ壁となる。今の異形の自分を見て、たじろぎもせず迷わずに構える、そんな現代人だからこそ、アストラは覚悟を固めている。
ここで滅さねばならない二人だ。ホウライの都を滅ぼしたところで、革命の全てが為せるわけではない。明日からも続いていく、完全なる革命成就への旅路の中、この二人が再び立ち塞がることあらば、間違いなく計り知れぬほどの障害となる。
「貴様らを、未来へと解き放つわけにはいかぬ……!」
この二人を今ここで討てるかどうか。それは、やがて革命が成就するか否かを定める、運命の分岐点であるとアストラは確信している。ぐるるとうなり声を喉の奥から漏らしたアストラが、地上に顎をつけるほど頭を下げ、等しい目線で自分より小さな人間二人を睨みつけた。
「ファイン」
「はい」
双方短い言葉を発し、互いがそばにいることを確かめられただけで、二人にとっては充分だ。これほどまでに、本来絶望的な状況が今までにあっただろうか。都をここまで壊滅させ、火の海に変える怪物が、神話の中だけに描かれるような非現実的な姿で目の前にいる。これに、たった二人で立ち向かって勝たねば、明日の朝日も拝めないのだ。
死の予感しかしない。あの鋭い爪で八つ裂きにされるか、あの大口と牙で噛み潰されるか、あるいは吐き出す炎で焼き殺されるのか。自分達が死体に変えられた後のイメージは無限に沸いてくる。
唯一の救いがあるとすれば、今、何をすべきかがはっきりしていること。クラウドはファインと共に、ファインはクラウドと共に、アストラに戦いを挑み、勝利する。それしか無いのだ。たった一つの選択肢。
そして二人にとって最大の救いとは、今、誰よりも信頼できる人がそばにいて、その人と手を結んで前へと突き進むならば、どんな苦難も乗り越えられると信じられること。薄い綱、か細い希望、それでもゼロじゃないと心から信じることが出来る。寄り道の出来ない、目の前にある一本道は、大きな壁に阻まれつつも、それを乗り越えた末には、確かな光ある未来が待っている。
人は、それを希望と呼ぶのだ。二人には、それがある。どうすればいいのかわからず、苦境の中に孤立していた少し前とは違う。誰よりも信頼する人とともに、前進していくのに迷い無きことは、ただそれだけで人を儚き前向きさをもたらしてくれる。
「行くぞ!」
「はいっ……!」
己に流るる血が何を為せるか、今やそれを知るクラウドが、感覚に任せて体内の血潮を操った。全身が熱くなり、筋肉や血管、心臓までもがずきずきと跳ね躍る。めきめきと体が変異していく実感を得るに連れ、次第にクラウドが背を丸め、両手を地面に着けた時、いよいよ怪物が現実世界に顕現し始める。ぜはぁと息を吐いたクラウドの呼吸が、まさに突然変異のきっかけであったかのように、彼の体から三毛猫模様の体毛が伸び始める。
「んんっ、ぐ……! がああああああああああっ!」
手足で地面に接していたクラウドが、少し膨らんで大きくなった腕を振り上げ、その両手で地面を叩いた。その瞬間、土煙が跳ね上がって彼の全身を包み込み、ファインも思わず腕で顔を覆って目を守る。片目を閉じた彼女のすぐ前、土煙の向こうで一瞬にして完全に姿を変えた彼は、ファインから見下ろせる位置に後ろ足の片方を伸ばしていた。
「ひゃ……!?」
突然、きゅるっと何かがファインのお腹に巻きついた。びっくりしつつも土煙の中、目を開けられないファインを、巻きついた何かがひょいっと持ち上げ、そのまま軽々と放り投げる。晒した肌まで土まみれになったファインが、とすんと毛並みの柔らかな何かにお尻から落ちるが、腕をどけて目を開けた彼女の前方には、こちらを睨み付けるアストラの姿がある。
「全部、ファインに任せるからな……!」
アストラが普通に声を発しているので、自分も出来るかなと思ってみれば案外簡単。がらがら声ではあるものの、ファインに向けて発した言葉が形になったことで、クラウドも目線を正面のアストラに集中する。
そして、ファインもその声でわかった。長い尻尾で自分を捕まえ、頭の上に乗せてくれたクラウドの行動の真意が。二人で同時に真正面に、見据える形となったアストラという敵。共通の目標を掲げたクラウドの志に、ファインもクラウドの頭上で片膝立ちになる。
サニーと二人で空のニンバスや、ザームと戦ったことはあった。スノウと共にニンバスと戦ったことはあった。レインと一緒にセシュレスと戦ったこともあった。
自分一人じゃどうにも出来ない一体の敵に対し、クラウドと手を結んで立ち向かうのは初めてだ。息を合わせられるだろうか、そんな迷いも不思議と無い。出会ってから半年も経っていない二人は、まるで生涯を連れ添ってきた恋女房かのように、互いの力の和が2以上になるものと不思議な確信を持っている。
「羅刹族の末裔、聖女の血を引く少女……! 貴様らに、アトモスの遺志の望んだ未来は奪わせぬ!」
「参りましょう! クラウドさん!」
「ああ!」
決戦への咆哮を喉奥から放ち、大気を揺るがす波動を放つアストラに、巨獣と化したクラウドは恐れ無く駆け出した。彼の一歩目と共に風の翼を背負ったファインは、前方への慣性を得て飛び立ち、アストラに向けて滑空する形になる。戦慄すべき竜の咆哮を前にして、怯む間もなく彼女が前進することが出来たのも、クラウドが彼女の身を戦場へと真っ先に導いてくれたからだ。
前足二つをぶつけ合う、巨大な竜と化け猫の激突は、そのインパクトだけで周囲の炎を騒がせた。アストラの背後に回り込んだファインが魔力を練り上げる中、降り止まぬ熱を帯びた雨の音が、長き戦争の終楽章の如く響き渡る。
未来を勝ち取るのは天か地か。雨と炎が戦う全景が見守る中、生き死にを賭けた三人の死闘が始まった。




