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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第1章  晴れ【Friends】
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第20話  ~門出~



「……なぜ、私を助けるようなことをした」


「お礼ならこの子に言ってよ。私が考え付いたことじゃないんだから」


 町を追放され、今後二度とこのイクリムの町に立ち寄ることが許されなくなったファイン、サニー、そしてクラウド。示談交渉を終えるや否や、3人を速やかに町の北に導いたマラキアが、別れの際に問いかける。サニーに敗北したことを隠してくれたのは、マラキアにとってすれば立場を悪くしないで済んだこと。しかし、交渉材料にするにしたって、それに思い至った二人の思考回路は意外でならなかった。


 マラキアは、ファインの腹を魔術で撃ち抜き気絶させ、地下牢に幽閉されるきっかけを作っている。サニーに対しては、頭は蹴飛ばすわ窓から突き落とすわで、一般人なら殺せているほどのことをしてきたのだ。恨まれて当然であり、サニーに敗れたことを公表すればマラキアの名が落ちたことを、二人が理解出来るなら尚更、仕返しにそうしてくるという発想の方が自然である。サニーに指差されたファインに目線を向けるマラキアは、生来鋭い目つきのせいで、ファインの肩をすくめさせてしまう。


「答えろ。なぜ、私を助けた」


 交渉を纏めたのはサニー、しかしマラキアの立場を気遣う発想はファイン発信。睨むようなマラキアの眼差しは、混血種ふぜいが私を庇ったつもりか、と、僅かな憤慨を纏っているようにも見える。やはり天人、天人でない者に対する偏った見方は、一日や二日で治るようなものではない。


「……立場を悪くされるのは、誰しも嫌なことだと思います」


 そんなマラキアにとって、ファインのこの返答は実に癪に障った。どうせなら、交渉材料にして自分が助かる道を作るために論じた、と、打算的な回答が返ってきた方がましだ。ひく、と眉を動かすマラキアのプライドが打ち震えていることは目に見えるが、びくつきながらもファインは、マラキアに返す目線を落とさない。


「では、貴様は打算なく、私を案じる想いから私の敗北を秘匿したということだな?」


「…………」


「貴様は私のことが憎くないのか。なぜ、貴様を虐げた私を、そこまで慮れたのだ」


 天人は、地人を見下し利権を貪る。社会弱者の地人は、そうした天人に大なり小なりの不満を常に抱えている。まして混血種たるファインは、その両方から白い目で見られる立場だ。地人なんかと身を結ぶ天人は、同胞たる天人には忌むべき罪を犯した存在として見放され、その罪の象徴たる混血児もまた、天人からすれば忌むべき対象だ。地人は地人で、天人なんかの血を引く混血種のことを、同胞として認めず関わり合いになろうとしてくれない。社会的優位に立つ天人が、混血種と関わる者などそれと同じ穴の狢だと粗末に扱うのだから、混血種と関わり合いになりたい者なんか尚のこといない。


 そんな立場のファインが、社会強者のマラキアに、媚びる意味でなく気を回したという行動理念が、マラキアには心底理解できない。中途半端な回答は許さぬとばかりに、詰問する眼差しを揺らがさないマラキアの目の前、小さく鼻で深呼吸したファインが口を開く。


「……私にとっては、こうした生き方が夢なんです」


 混血種として生きてきた、16年間の半生。その末に辿り着いたファインの生き方と、その真のすべてを短い言葉で語るのは不可能だ。退かないマラキアを前に見上げるファインは、最も選んだ言葉で手短に、マラキアの問いに答えた。


「混血種の私にだって、形にしたい自分があるんです。否定されても構いません。胸を張って、この生き方を貫いていける私を目指していきたいんです」


 胸に手を当て、鋭く自らを睨みつけるマラキアに対し、身を前に傾けてでもはっきりと言い放つファイン。その目が物語るダイヤモンドのような堅い決意は、向き合った者なら誰しもが、嘘が無いことを確信できるほど強い。偽善者か、あるいは天人に媚びた社会弱者の混血種を見るようなマラキアの意識が、その返答を以ってして塗り変わるほどにだ。


「……貴様は、ファインという名だったな」


「はい」


「……覚えておこう」


 関所から出る直前のファイン達、彼女らが町の外に出る姿をしっかり確認するより前に、背を向けて去っていくマラキア。もう、自分の目的は達成したのだ。見限った町長に任せられた仕事を完遂するよりも、今後に向けての道へと、マラキアは歩き始めていた。




 町を追放されるファイン達が、ちゃんと関所の外に出たかを確認する役目を預かっていたはずのマラキア。そんな仕事、町長の側近がやるべき仕事ではない。使用人の一人にでもやらせればいいだけの話だ。まして、はるばるこんな町まで来て下さった天界司法人様を、手配してあった料亭に招き、おもてなしに没頭している町長カルムを鑑みれば尚更である。マラキアも天界人、天界司法人様との会食に、町長の側近として並ぶのが当然の流れであったはず。そんなマラキアがこんな小仕事を押し付けられた時点で、カルム視点でもサニー達に敗れたと聞いたマラキアに対し、ある程度の見限りをつけてしまったということだろう。


 マラキアからすれば、ああそうですかの一言。何年もミスなく悪行を手助けしてやり、ミスもなく、カルムを恨む連中の抑止力となって用心棒を務め上げてやっていたというのに、たった一度の失態でこの扱い。マラキアの立場も考えず、天界司法人様を呼び寄せた時点で愛想は尽きかけていたが、この扱いでもう完全に見切りがついたというものだ。マラキアも、扱いやすい権力者のそばで好き勝手できていたから、馬鹿町長にごまをすることも厭わなかったが、権力の恩恵も寄越さぬというなら、もうそばにいてやるメリットもない。利害で繋がる悪党同士なら、ごくごく当然の発想だ。


 若くして才覚に溢れていたマラキアは、天界人の上級魔術師として負け知らず、挫折知らずの半生をここまで歩んできた。彼が自信に溢れていたのは、当然のことだろう。だが、サニーという少女に、しかも片腕が使い物にならない女に負けてしまったことは、彼のプライドを著しく傷をつけた。一方で、今までの生涯で自分が見てきた世界が狭く、世の中には思わぬ挫折があると学ぶだけの頭もマラキアにはあるのだ。あんな町長の下で、今後腐っていくだけの生涯を歩んでいくぐらいなら、町を出て己を高める放浪の旅にでも出た方が有益だろうと、考え至るのもまた早い。


 これまで長らく暴君として町の頂点に位置し、恨まれ、あるいは憎まれつつも長生きしてきたカルム。しかし、やがてマラキアという、最大の盾にして参謀が彼の元を離れた後も、彼はその地位を保てるだろうか。今も料亭で、今後に向けて天界人様のご機嫌取りに一生懸命のカルムだが、この町には彼のことを隙あらば叩きのめしたいほど恨んでいる者が山ほどいる事を、ちゃんとわかっているだろうか。それらが今まで、激情に任せて暴徒と化さなかったのは、マラキアという男がそばにいてくれたからだというのに。


 万事上手くいっているような毎日を、果たして誰が支えてきてくれたのか。それを見失って軽率に手放した者に、決して過去と同じ明るい未来は訪れない。











「さーってと、これからどうしよっかなぁ」


「馬車なんか使ったら金もったいないしな。歩きでいいんじゃないか?」


「同感ね。ま、野宿と道中の村渡りを繰り返す形で、ゆるゆる北上する感じでいっか」


 町の関所を出たサニーとクラウドは、当たり前のようにこれからの事を相談している。思わぬ光景に、二人の後ろをついて歩くファインは言葉を失っているが、振り向きもせずに歩いていくサニーとクラウドは、ファインの疑問をより深める。


「それにしてもあんた、身支度はそんなのだけでよかったの?」


「荷物多くても仕方ないしな」


「傭兵稼業でもやっていくつもりなのかしら」


「昔やってたよ、行商人様を野盗から護衛するお仕事とかさ」


 クラウドの旅荷物は、金属製の手甲と、肘当てと膝当てだけだ。それを装着して歩く彼は、町の住人として暮らしていた少年の姿とは一変、戦い慣れた男の風格を匂わせる。初対面の時は運び屋なる仕事をしていた彼であったが、きっとこちらが彼本来の生き方なのだろう。人間離れした怪力と身体能力、それをどうして彼が持ち合わせているのかは不明だが、それだけの力を持っていれば、そうした仕事の幅もあるだろう。


「……あ、あの、クラウドさん?」


 とっくに友人同士のように語らい、旅の同行を匂わせるクラウドに、とうとう後ろからファインが声をかけた。何気なく振り向く彼の表情には、思い切った問いをしようとしていた彼女の覚悟に、気付いている素振りもない。


「わ、私達と……一緒に行くつもりなんですか?」


「えっ、そのつもりだったけど」


 何かまずかったか、と続けて問うクラウド。逆、ファインが気にしているのはその真逆である。


「私、混血種なんですよ……? そんな私と、一緒になんて……」


 実は、クラウドにも理解できなくはない話なのだ。異端種である、天人と地人の混血児は、それと付き合う者への風当たりもきつくさせ得る存在。そんな自分と一緒にいたら、クラウドさんにも迷惑がかかるのに、と言い放つファインの態度は、卑屈しているのではなく社会情勢を冷静に見た上での分析だ。


 そんなこと、クラウドもわかっていて彼女らの旅に同行することを決めている。せっかく巡り会い、何度か言葉も交わして親しくなりかけたクラウドに、自分から離れていくことを勧めるファインだが、本心でそれを望んでいないのは、おずおずと問う姿勢からも明らかだ。それを目にしてなおクラウドも、彼女のそばを逃げるように離れてなどいけるものか。


「一人で旅するより、3人で一緒に行った方が寂しくないだろ」


 理由付けなんか適当でいい。ちょっとした縁で巡り会い、人として嫌いでない、年の近い友人になれそうな人物と共に、奇しくも同じ日に同じ町から旅立つ。これだけ揃っていて、ファインの生まれを気にして打算的な別れを選ぶような生き方を、クラウドは望まない人間だということだ。


 目を丸くするファインの手を握り、歩き出そうと前に引っ張ってくれるクラウド。誰かに手を引かれ、こうしてもらえることなんて、サニー以外で何年ぶりだろう。自分が混血児だと知れば、離れていく人間としか出会えなかったファインの胸に、新しい出会いが訪れたこの日まで、本当に長かったものである。


「ふふ、クラウド。あんた、この子の友達になってくれるんだ?」


「二人して俺の家に泊まった仲で、今さらそんなこと言うか?」


「あはっ、嬉しい! 私もそうなのね!」


 イクリムの町から北に伸びる、獣道めいた街道。先の見えない旅路に向け、3人の少年少女が歩いていく。地人に友人と称されて喜ぶ、変わり種の天人サニー。機嫌よく足取りを軽くするサニーに、歩くのが速いぞと笑いながら語りかける地人クラウド。そして、クラウドに友達だと称されたことに、驚きと戸惑いを感じながらも、ほのかに沸き上がる笑顔を抑えられなくなる混血児ファイン。彼女をそうした顔にさせたのは、クラウドの言葉によるものである一方、わざわざ口にしなかった言葉をクラウドから引き出した、サニーのアシストの賜物でもあろう。


 この日、3人の旅が始まった。この旅立ちが、やがて広く世界に響き渡る変革の鐘の音に繋がる始まりであったとは、今は誰も知る由もない。

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