第194話 ~沸騰する雨の中で~
「天地魔術、渦巻く熱泉……!」
地表から噴出した水が螺旋の流れに渦巻いて、径を広げて逆三角錐の湯渦と化す。アストラがクラウドに向けて駆け迫る直線軌道上に、ファインが召喚したそれを、アストラは機敏な足取りで走行軌道を折ってかわす。鉄仮面の奥、アストラの表情は、苦もなくかわしたことを表すように無表情だ。
しかし目前の水渦――いや、火の魔力を擁したゆえに高熱を抱く、湯渦を回避した直後のアストラに、自ら接近したクラウドが脚を振り上げている。側面から放たれる蹴りに対し、アストラが剣を持つ腕を盾のように構えて防御、クラウドの膝がアストラの腕に激突。屈強なアストラの腕もびりりと痺れるほどの重み、さらにクラウドは蹴った反動で体を逃がし、逆の手でクラウドの頭を掴みに来る、アストラの掌から離れている。
「ぅ……!」
クラウドを逃したアストラの隙を突こうと、側面方向からアストラへ向けて地を蹴ろうとしていたレインが、本能的にためらった。クラウドを目で追うアストラの首の動きだが、別方向のレインからの意識を切っていない気配を感じたからだ。もっと言えば、返り討ちにしようという殺気すら。結果として全く動かなかったレインの目の前で、アストラがクラウドへと一歩で迫るが、その直感は正解だったのだろうか。
「いずれも侮れぬ子供達だな……!」
レインを含めた三人への想いを僅かに漏らし、接近したクラウド目がけて大剣を振り下ろすアストラ。横っ跳びにかわしたクラウド、大剣が地を砕く、地面を砕いた直後の大剣が弾むかのような勢いで、速攻でクラウドを側面から切り落とそうと斜めに上昇する。迂闊に前に踏み出していたら、体を真っ二つにされていたクラウドが、後ろに跳んで回避した動きは正しかった。
さらに、後退した足が地に着いた瞬間、一気に前へと飛び出したクラウド。突き出す拳とアストラの構えた左腕が激突し、最強の矛と盾が激突した衝撃が波紋となる。金属音が雨の中で耳が痛くなるほど響き渡り、大気を震わせ雨粒をぶるつかせる。
「天魔……」
「炎牙」
地を発ちクラウドとアストラの交戦区画から離れた低空を舞うファインの周囲に、いくつもの火の玉が発生する。アストラ目がけて援護射撃の魔術を放とうとしていたファインは、発生してすぐ急接近してくる火の玉の数々から、必死で回避することに意識を傾けるしかない。殆ど隙間なきはずの火の玉の軍勢の間隙を抜け、後方に火の玉同士がぶつかり合って連続爆発する光景を置き去りにする彼女は、以前この手で全身を焼かれた時から学んでいる。
「男の戦いに水を差すのは感心せんなぁ」
背後から矢のように飛んできたレインを、背中に目がついているかのような絶妙な跳躍でかわし、くるりと身を回す中で目を光らせるカラザ。体を回しながら一振りした杖から放たれるのは無数の火球。それらはファインへ、レインへ、さらにはクラウドと交戦するアストラへと魔術を放とうとしていた、天人の術士にまで広角に飛び迫る。
急上昇してかわしたファインも、着地の瞬間のサイドステップで回避したレインも、咄嗟に水の壁を目の前に生じさせて防いだ術士の一部も死は免れている。一部の術士は顔面に火球をぶつけられ、吹っ飛ばされたのち悶えてやがて動かなくなる。
「まあ、この場合は水と言うより熱湯だが」
降り注ぐ雨が勢いを増していく中、着地した瞬間のカラザが地面に手を当てる。地を駆けたカラザの魔力は、レインや、水の壁で火球を防いだ直後で前が見えない術士数名、その足元へ。唐突に地表から突き出す、ナイフのように先端の尖った石槍が、火球を凌いだばかりの術士達を纏めて串刺しにした。この攻撃から免れたのは、嫌な予感に思わず跳んでいたレインだけである。
「暑かろうなぁ、アストラよ」
「今は話しかけるな……!」
杖を掲げたカラザの周囲に生じた火球は、すぐさま術者の意のままに周囲へと拡散し、ファインやレインに飛びかかる。蜂の群れのように追いかけてくる火球幾数個から、苦しい顔で旋回して逃れるファインも、駆けて逃げるレインも攻勢には移れない。無駄口叩かず連続攻撃をクラウドに仕掛け、この一対一に集中したいアストラの攻撃は、あまりに速くてクラウドも反撃の糸口を見つけられていない。
「邪魔だ……!」
両手で大剣の柄を握ったアストラの、両腕ぶんの力で振り下ろされるその武器は速過ぎて、クラウドも後方に思いっきり跳んで逃れなければならなかった。残った足先、つま先すれすれを通過した長い大剣が直後に石畳を爆裂させ、いくつもの岩石片を舞い上げる。全身鎧に身を包むアストラは、飛び散る岩石片が自らに当たろうとも意に介さず、それどころかそれの一つを、大剣を手放した右手で掴んだ。
握った時間は一瞬にも満たず、クラウドと戦うアストラに一矢報いようと接近していた天人兵へと、アストラの手が岩石片を投げつけている。超速度の岩石片は、人の頭に激突した瞬間に貫くでも砕くでもなく、破裂させてしまうほどの威力。一瞬で命を終えてしまった天人兵を目の前にした、後続の天人達が駆け足を止めようとした直後には、一気に急接近したアストラがもう目の前にいる。
離れたクラウドを一度見過ごし、敵三人を大剣の一振りで一気に薙ぎ払うアストラは、潰すのと斬るのを同時に行なうような一撃で敵を皆殺しに。背後からクラウドが追い迫ろうとした瞬間には、足を振り上げたアストラが、地面をそれで強く叩いている。彼を震源地に発生する大きな揺れは、縦揺れの地震となって周囲の者達すべての足元をおぼつかなくさせる。
「カアッ!」
アストラが首を振り上げると同時に、彼の鉄仮面の口元がカシャンと開いた。直後、その口から放たれる巨大な炎は、遠くから見ても驚くような勢いで上空に放たれ、空から接近していた天人兵を丸焼きにした。隙を突いた急接近を為していたはずの者が、あっという間に火で包まれて絶命しかける中、炎の中で軌道を乱して墜落寸前のそれに、二歩接近したアストラが手を伸ばす。
かろうじて命の残る焼死体寸前の頭をわしづかみにしたアストラが、火だるまの人間を遠方の術士達へとぶん投げるのだ。地震に足元を崩されて、転ばないようにするので精一杯だった者達が、燃え盛る人の形をしたものを激突させられ、体を砕かれ火を燃え移らされる。焼いた一人とぶつけられた一人が、これで同時に殺された。
未だ残る余震、そんな中でも軽微な揺れでは駆け足を崩されないクラウドが、アストラに迫ったのがその直後。腰を落とす両者、振り向きざまに大剣を降り抜くアストラ、かがんでかわしてもう一歩踏み込み、回転させた体に合わせて裏拳を放つクラウド。構えた肘で受け止めたアストラも、踏ん張り難い足元のせいかよろめくが、口元の開いた顔をクラウドに向けるのは早い。ぞっとしたクラウドが強く地を蹴り、アストラを跳び越える方向に大きく跳躍した直後、彼が立っていた場所を含めてアストラの前方を、口から放たれた業火が一気に燃え広がる。
雨の中、極浅に地表を水面に満たしている地表に燃え広がる炎は、火は水で消えるという常識を覆している。水が火を消すというのは、可燃物を失わせるからに過ぎず、魔力そのものを燃料とする炎は、魔力で以ってしか強制的に消すことは出来ない。その証拠に、いよいよざあぁと騒がしく降り始めた集中豪雨の中でしても、カラザが都に放った炎は消えていない。カラザが放つ火球の数々も、火の手を広げて消えようとしないのもそのせいだ。
「我慢せずにそろそろ鎧を脱いだらどうだ?」
遥か上空から降り注ぐ雨は、高空と低空に渦巻く熱気に晒されて、地上に届くころには湯のように熱くなり、地上に溜まる水はまるで風呂のような温度で波紋を打っている。この雨の熱さと熱風だけで苦しい顔のファインに対し、彼女周囲を取り囲む火球の群れを召喚するカラザは、彼女を自由にさせはしない。かわすことで精一杯のファインを尻目に、離れた場所の天人兵のそばに、怪物的な背丈の植物を地上から召喚することさえ叶えている。
「くっ、ううぅ……! 天魔っ、渦巻く熱泉……!」
火球の間隙を抜ける中、身をかすめる火球の熱を自らの水の魔力で抑制し、なんとか攻撃の魔術を発動させるファインが、カラザの足元や周囲に、熱湯の逆三角の渦を召喚する。自身単独でも生じさせられる熱湯の渦を、湯水だらけの環境を利用して、本来より容易に叶えるファインが、カラザに回避行動を強制する。
軽快なステップでそれらの間を駆け抜けるカラザには、せいぜい彼の攻撃を遮断させる効果しか生まない。しかもそんなカラザに隙を誤認して接近した天人兵が、斧を振り抜いて攻撃するものの、かがむ動きで簡単に回避したカラザが、カウンターの杖先で天人兵の顎元を殴り上げる。その瞬間に敵の顔面を火で包んだカラザは、接近戦で追い詰めることも難しい術士ということ。
「空に這う炎」
「いけない……!」
杖を掲げたカラザの周囲の地面が、彼を中心とした円形の炎を生じさせる。次の瞬間、まるでカラザを爆心地に発生したかのように、巨大な火柱が一気に噴き上がるのだ。傍目には自分自身を火柱の中に呑み込んだかのような魔術、その中心で炎熱に晒されながらも、自らだけは焼かぬ無炎の域に立つカラザが、ふっと強い息を吐く。
それを合図にしたかの如く、カラザを中心とした極太の火柱は渦を巻き、まるで竜巻のように一気に径を広げた。炎の渦、そんな言葉の似合う業火の螺旋が、術者を中心に広がる壁のように、周囲全方位に襲いかかる。この恐るべき攻撃を一瞬早く察知していたファインが、クラウドの後方、レインの側面、そしてカラザの方を向いた前方に水の壁を発生させた。位置もばらばらの三人、それらを迫る炎の波から守り抜こうとするファインの拡散魔力が、水で遮り自分と味方に炎を届かせない。
死の予感に振り向いたクラウドとレインの目の前、立ちそびえた水の壁がじゅわあと激しい音を立てたことは、壁を溢れて駆け抜けていく炎の波と合わせて、死ぬ寸前だったことを悟らせたものである。気の休まる暇が最も無いのはクラウド。接近する強烈な殺気にすぐさま振り返ったクラウドには、既にアストラの大剣が振りかぶられていたからだ。瞬時の反射神経で、片肘と片膝を身の横に構えたクラウドが、金属製の防具で覆われた二点を盾にする。
「ぐぅが……!?」
アストラによる大剣の一振りは防げたものの、壮絶なほどのパワーに押し出されたクラウドは、体ごと飛ばされて燃え盛る建物の壁面に叩き付けられる。両の二の腕で壁面を叩いての受身こそとったものの、熱を帯びた建物の壁は触れた一瞬だけでクラウドの背中を痛めつけ、何より殺しきれなかった衝撃が痛烈だ。
「はッ!」
その痛みに意識を奪われている場合じゃない、走るよりこれが最速と岩石片を投げてくるアストラがいるのだから。ちかちかする目の前ながらもクラウドは拳を振り上げ、額に迫っていたそれをはじくしかない。地に足が着く前にこれが出来るクラウドを目の当たりにし、アストラとてクラウドに驚かされている。
ちっ、と舌打ちしたアストラが、一瞬前と同じく地面に左小手の指先を突き立て、まるで石畳を砂場の砂を掴むように握り締める。そうして岩石片を掴んだアストラは、再びそれをクラウドに投げつけると同時に駆け迫るのだ。
意識が揺らぐ、それでも二発目の岩石片を横っ跳びで回避したクラウドだが、彼の逃げた先を真正面とするように、アストラは瞬時に走行軌道を折った。岩石片が建物の壁面にぶつかり砕けてはじける中、アストラの大剣によるフルスイングがクラウドへ。もう無理、駄目な動きだとわかっていても、クラウドには大きく跳躍して逃れる手段しかない。
「地術――」
「だめっ、だめえっ!」
「赤呑」
クラウドの背後にあった建物が、アストラの大剣に根元を粉砕されて崩れ行く光景なんて些細な問題。地を離れて滞空時間も長く、自由に動けぬクラウドの方向を、カラザがはっきり向いている。恐ろしい予感に、滑空速度を一気に加速させたファインと、クラウド目がけて馬車をも呑み込む火炎の砲撃を放つカラザ。逃れられない死を目の前にしたクラウドの眼前、滑り込むようにファインが横入りした瞬間には、彼女の目の前にはもう特大の炎が迫っている。
「ファイ……」
「天魔っ、水流砲撃っ!」
両手を突き出し絶叫したファインの掌から、鉄砲水のような大量の水が生じる。水量も勢いも、カラザの放った絶大な火術に匹敵するほどのものであり、二人まるごと呑み込むはずだった炎が、対抗して放たれる水に抑制される。
自らの発した魔術の反動で、勢いよく後ろにはじき出されるファインの体が、浮いたクラウドの体にぶつかって軌道をおかしくする。彼女の体を受け止めたクラウドは、それを守るように背を丸め、一方カラザの炎を僅かでも押さえつけていた水は、術者を失い発射を継続されず、炎に押し切られる形に。ファインとクラウドが離れた空域をカラザの炎が駆け抜けて、負けた水が湯飛沫になって拡散する。
地に近付いた瞬間に、頭が下に向いていた状態からぐるりと身を回したクラウドが、足が痺れるほどの勢いで地面に着地する。これが出来なければ終わっていた、地に墜落した瞬間のクラウドへ、アストラはしっかりと急接近していたのだから。痛む足に渾身の力を込め、ファインを抱えたまま跳んだクラウドは、過剰なほどの跳躍力でそばの建物の屋上まで到達。目で追うアストラも、今の瞬間を突いても仕留めきれぬかと、鉄仮面の奥で苦い表情だ。
「天魔! 潟を駆ける稲妻!」
「ちっ、間に合わなかったか……!」
上天から突然落ちてきた稲妻が、カラザとアストラの中間点に突き刺さる。天変地異のような集中豪雨により、足元が浅瀬のような水に満ちた地面へとだ。地表に張られた水面に落ちた超高圧の電流、そしてそれは気ままに水面を駆けることなく、上天の術者の操る意志に沿い、カラザとアストラの両者二方向へと駆け進む。
素早くしゃがんだカラザが地に掌を当てた瞬間、カラザの立つ地表がぐっとせり上がり、水位より高い位置に移ったカラザには電流が行き渡らない。せいぜい塗れた地表を走った電流が、カラザの靴の裏を焼いた程度だ。一方アストラはというと、がすんと地面を片足で叩き、地を走らせた土の魔力で電流を迎撃する力技。空から強力な雷撃を放った聖女の魔力に匹敵するそれは、鎧越しにアストラを焼くはずだった電撃を相殺する。
「苦しいだろうけど頑張って……! これしかないの……!」
遥か上天にまで昇り詰め、天候を左右するほどの魔力を以って大雨を降らせたスノウ。地上の激戦区へようやく駆けつけた彼女の第一声は、熱湯のような雨を身に受けるファイン達に向けられた言葉だ。この暑さ、いや、熱さは味方をも苦しめるものであり、本来スノウの望む展開ではない。しかし、スノウの魔力を帯びた水の群れである雨粒がもたらすのは、決して友軍にデメリットを課すだけではない。
「天地魔術、沸騰地……!」
「天魔! 舌爛れの水害!」
大丈夫か、と声をかけようとしたクラウドより早く、彼の腕の中からアストラ目がけて魔力をぶん投げたファイン。地に降り立った瞬間に、津波のような水の壁を発生させ、それをカラザに向けて襲い掛からせるスノウ。
自らの足元に放たれた魔力から逃れるため、アストラが地を蹴って離れた瞬間に、彼の足元は広範囲に渡って、火傷するほどの熱蒸気を噴出させる地表に変わる。迫る中で自ら湯に変わり、泡立つほどの温度に変わった壁波に対し、カラザも術の名を唱える暇なく杖を振るう。赤呑の名を唱えて発してきた炎の砲撃が、沸き立つ熱湯の津波にぶつかり、水の魔力と打ち消し合う。
「やはり、一筋縄ではいかんな……!」
空から降り注ぐ、水の魔力を帯びた雨粒は、スノウの水の魔力を増長させ、カラザの火の魔力を減退させる。プラスとマイナスが生み出すアドバンテージ差は、両者間本来の実力差を大きく書き換え、スノウの熱湯津波がカラザの火を押し切ろうとする。火の砲撃によって真正面からの波だけを塞ぎ、溢れる熱湯が自らの側面を過ぎ去っていった直後、カラザは地を蹴り身を逃がす。彼が立っていた場所を、皮膚を火傷まみれにするような鉄砲水が過ぎ去っていくのはその後だ。
「行くぞ、アストラ……!」
「ああ、一気に決めて来い!」
自らの魔力がスノウのそれに押し負けた事実にも、カラザは全く怯まない。掌のすぐそばに、小さな火球を既に生み出している。着地寸前、それを上天めがけて勢いよく放り投げる行動の速さには、攻撃直後のファインもスノウも対応が追いつかない。
「待……」
「グゥアアッ!」
顔色を変えてそれを見上げるスノウだが、離れた位置から鉄仮面の口元を開き、広範囲を焼く炎を吐き出してくるアストラもほぼ同時。防ぐしかない、水面上にすら燃え広がるアストラの炎に対し、掌を突き出して水の壁を作るスノウは、押し切らんばかりの勢いで水壁に抗う、アストラの炎に全力を注ぐしかない。その間にも空高くへと、膨らみながら上昇していく火の玉を、目で追うことも出来なくなる。
「天魔っ、重熱線!!」
「無駄だ……!」
クラウドの手を離れたファインが両足で地面を踏みしめ、建物の屋上の隅からカラザへと特大の熱光線を放つ。彼女にとって最速の攻撃手段、あれが炸裂するより先に術者を仕留める、そうした狙いで放たれた高速の熱閃だが、瞬時に真っ黒な魔力を片手に握ったカラザが、自分から何歩分も離れた横の地面にそれを投げつける。真っ直ぐカラザへと伸びるはずだった特大の光線が曲がり、敵のいない地面を、引力を司る闇の魔力の凝縮体が突き刺さった地面を焼くだけの結果になる。カラザに攻撃が届かない。
「明日のホウライの朝を照らす陽は、我らの勝利を照らすために昇る……!」
「ううあ゛、っ……!?」
空へと昇っていく火の玉、いや、既に膨れ上がって火球と言える大きさを超過し、もはや太陽の子供のようなサイズに膨張した自身の魔力を見上げるカラザ。ファインの行動から何をすべきかを読み取り、カラザへと矢のように我が身を発射させていたレインも、その行動が身を結ばない。直進するレインとカラザの間に生じた、茨を編んだような壁がレインを受け止められたからだ。足の裏で咄嗟にそれを蹴飛ばして、とんぼ返りしたレインも、茨の壁から突き出た棘の数々に腕を傷つけられている。
もう、誰も止められない。天人達の術士がカラザに放った魔術も、先述の闇の魔力に吸い寄せられて彼には到達しない。放たれた矢も、振り返らずして杖を振るい、はじき飛ばすカラザがいる。空高くに到達したカラザの魔力は、この日において三代目の人工太陽の様相にまで膨れ上がっている。
「炎天夏……!」
「レインちゃあんっ! こっちにいっ!」
ファインが叫ぶ、上天遥か彼方に炸裂した爆発音が続く、滅亡が繰り返される。拡散した大火球、炸裂するそれら、中火球として飛び散ってさらにはじける、幾千幾万もの火球が降り注ぐ。雨を突き破って、あるいはそれが地に近付くよりも早く蒸発させてだ。集中豪雨も我関せず、超広範囲へと爆散する火球は隕石のように地上へと降り注ぎ、一気に火の手を広げていく。
本当の地獄はここからだ。幾多もの爆発が生み出す爆風は、超高気圧のように地表へとぶつかって拡散する。地面に叩きつけられた水が飛び散るように、全方位にだ。それは既に地上で燃え盛っていた炎を燃え広がらせ、一度目や二度目の炎天夏によって燃え盛る街に、さらなる延焼をもたらしていく。空の爆風が生み出す乱気流もそれを後押しするように、今地上に灯した地獄の炎と、一足先に地上に生まれ落ちた炎を融合させ、それを一気に全方角へと押し出していく。雨など関係ない、縦にも横にも背丈と体格を伸ばしてはびこる炎が、一気にホウライの都をより広く包み込んでいくのだ。既に炎に包まれていた建物が、次々に爆風と熱のエネルギーに押されて、台風の渦中で吹っ飛ばされる家屋のように爆散する。
誰もの目の前が真っ赤になるような壊滅的な悲劇。光でいっぱいだった光景が、数秒ののちにまぶしさをひそめ、赤々と燃える光景を残した時、そこには何が残ったか。最も少ないのは生存者、次に少ないのは丸焦げの死体、それらより遥かに多いのが跡形も残らなかった死体の残影。そして、平穏だった頃の形状を失った建物は、多いのではなく今の爆撃の範囲内すべてである。
「探せ、アストラ。今を逃せば、もう討つ機会は訪れぬかもしれん」
「わかっている」
炎でいっぱいになった廃墟の中、二本の脚だけで立つたった二人の人物。互いを視認できぬほどの炎の壁に阻まれたカラザとアストラは、双方の位置を声で確かめ合ったのち、ともに地面に手を当てる。地を走らせた土の魔力により、地上いずこかに立つであろう4人の標的を見つけにかかっている。
カラザが西を、アストラが東を向き、まるで示し合わせたように自らの討つべき獲物を分担して見定めた。走り出したカラザの前方には、壁に背中を預けて荒い呼吸を繰り返すスノウがいる。そして、アストラが駆けるその先には、熱気流に吹き飛ばされて地面に落ちた、ファインとクラウドとレインがいる。
膝に力が入らず、燃えるように熱い廃墟の壁に苦しみながらも、それを背で頼りにしか立てないスノウ。
そして、今のカラザの爆撃を防ぐために全力を注ぎ込み、力尽きたように膝から崩れ落ちたファイン。そんな彼女を抱き寄せるようにして支えるクラウドと、がくがくと震える足でクラウドに寄りかかるレイン。
まっすぐ立つことも出来ない聖女と子供達に、無傷の怪物らが追いつくまで10秒もかからない。
 




