表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第12章  雷【Nemesis】
205/300

第193話  ~盛者必衰の理を顕す~



「きゃああああああっ!」


「ぐうっ、あっ……!」


 ホウライ城の五階層のバルコニー。何が起こったのかを見ていたはずの二人も、あまりにも想像を超えた出来事には何が起こったのか理解できず、凄まじい強風に体を吹き飛ばされる。咄嗟にラフィカを抱き寄せたアスファの行動は、少なくとも彼女の身を守るためには大きな意味を為していた。二人を城内へ押し返すような方向に吹き飛ばした爆風の力により、アスファが背中から硬い城の壁に叩きつけられる。か弱いラフィカの体が壊されずに済んだのは、アスファの体が壁との間に挟まって、緩衝の役割を果たしてくれたからだ。


「ふっ、ぐ……あ、アスファ、大丈夫……!?」


「ぐううっ……だい、じょうぶだけど……!」


 城を目前とした所まで迫っていた革命軍を迎え撃つ、ホウライ陣営最後の防衛線に加わっていたアスファだが、その戦いの中で彼は深い手傷を負っていた。脇腹をざっくりやられた彼は、それでも死ぬまで戦い抜こうとしていたが、幸いにもその直後に革命軍が撤退を始めてくれて、アスファは城まで引き退がることになったのだ。城内の衛生術士による治癒魔術を施して貰い、塞がらぬ傷を包帯でぎちぎちに止血して、なんとか命を取り留めていたアスファは今、ラフィカと二人でこの戦いの行く末を城から見届けようとしていた。革命軍は撤退した、それによって勝利の雄叫びを上げる友軍の声を、傷ついた都を見下ろす形ながらも耳にする、そのはずだったのだ。


 どうも落ち着きを取り戻さない城の北方、その方角を向いていた二人の目の前、火の玉が膨らみながら空高くへと昇っていった光景は、その時点で二人に嫌な予感をさせていただろう。上天高くにての、巨大化した特大火球の大爆発、それにより散った大火球が続けて無数炸裂、さらに拡散した中火球までもがすべて爆発するという悪夢のような光景が、二人の目にはよく見えていた。あまりにも、現実味のないような光景で。その事象が何であったのかを理解するより早く、吹っ飛ばされていたのがこの二人。


 ラフィカを守ったことにより、腹の傷が開いたアスファの包帯が、じわりと再び赤く滲み出す。ラフィカも彼のことが心配でならない想いが一番先。しかしその直後、北の光景を案じる想いが瞬時に頭に蘇り、はっとして立ち上がったラフィカが走り出す。歯を食いしばったアスファがよろよろと立ち上がって、ゆっくり急いで追いかける。


「あ……ああっ……うっ、あ……」


 バルコニーの端に立ち、北の惨状を目にしたラフィカが、言葉を失ってぐらりと後ろに体を傾ける。あと三歩でラフィカの背中に触れる位置でそれを見たアスファは、慌てて三歩を踏み出した。ショックのあまり、腰砕けに尻餅をつきそうになったラフィカの体を、力強い幼馴染の両手が支えたことで、彼女は体を痛めずに済んだ。


 だが、彼女の心に深く刻み付けられた傷は癒えない。それと同じものを、アスファも顔を上げて北を見た瞬間に刻み付けられる。夕陽に赤く照らされる顔を蒼白にし、目を見開いたまま口をぱくぱくさせるラフィカ。彼女をそうさせた都の光景は、アスファの目を介して、彼の心にも一生消えないトラウマを植えつける。


 ほんの昨日まで真っ白で、夕陽に照らされれば輝きすら放っていた美しい楽園。それが、まるで絨毯を広げたように一面の炎に包まれて、赤しかない一色に染まっている。二人が目にしていた、天高くまで昇ってはじけた破壊の炎。それがもたらした凄惨なる悲劇の正体を、やっとアスファは理解することが出来た。


 悲鳴や戦争の怒号も失われ、不気味なほど静かに燃えるホウライの都。息をすることも忘れてよろりとふらつくアスファの腕の中、ラフィカも目を開けたまま殆ど意識を失っていた。











「うーむ……」


 特大火力で自身ら周囲を、広範囲に渡って火の海に変えたカラザだが、決して放火範囲内の敵を完全に一掃できたわけではない。民間人の生存者は一人もいないだろうが、水の魔術の扱いに秀でた術士なら、自分や周囲の味方を守る魔術を行使しているだろう。カラザ達を包囲していた軍勢は半壊させられたものの、生き残った者達が決死の想いで、カラザとアストラに総突撃の動きを為してくる。


 こうなることは想定内だし、むしろ想定していたより敵の数が減ってくれているようなので、カラザが憮然顔を浮かべているのは状況の苦さにではない。切りかかってくる敵兵の剣を、ひょいっと後ろに跳び下がると同時、その剣士の足元から突き上げる岩石で、顎の骨を打ち砕いて意識を吹っ飛ばす。何も苦は無い。


 そのカラザから少し離れた場所で、火の海の真ん中にて大暴れする、褐色甲冑のアストラは鬼神の如し。巨体、長い腕、さらにはその手で操る特大の大剣。武器を振り回すだけで馬鹿げたリーチを誇るアストラだが、目にも止まらぬ速さで身をこなし、迫る敵を斬り潰すアストラには、今のところ誰も近付くことが出来ていない。武器を敵に届かせられなければ、戦士は何も為せないというのに、武器を届かせられる間合いに踏み込めた天人が、一人もいないのが実状である。


「すべったかな」


「どうしたカラザ、何か愚痴りたいなら聞いてやるぞ?」


 近場の敵をすべて叩き潰したアストラに、すぐに迫れず慄いて動きが止まる天人が殆ど。そんな敵へと一気に迫ったアストラの速度は、まるで離れた場所から空間を超えてきたのかと思えるほど急。小細工なしでその速度、防御すら出来ずに天人兵がアストラの大剣に頭を粉々にされる中、カラザに返事するアストラは、激しい運動の中で発したとは思えぬほど涼しい声だ。


「いや、そのな? これでも役者としては、名を馳せてきた方だと思っていたのだが」


 杖を一振りし、上空から何発も放たれた稲妻の数々を、地表から一気に急成長させた木の頂点に引き寄せて、自分よりも高い場所で不発にさせてしまうカラザ。斜方背後から矢を放ってきた射手にも、相手が弓の弦から手を離すより一瞬早く、顔面大の岩石を発射して応戦する。矢をはじき、射手の鼻骨をばきばきに砕いた岩石は防御と反撃を一体に為し、側面からカラザに駆け迫ろうとしていた者の眼前には、突然地表から噴き出す火柱を発生させ、急に止まれぬ敵の足を利用して業火の中に引きずり込む。視野が広すぎる。


「いまいち"あのカラザが"という反応が薄くて、知名度も今ひとつだったのかな、と」


「くふっ……!」


 あぁ残念、という声のカラザには、戦闘中にも関わらず、鉄仮面の奥でアストラも噴き出した。なるほど、こいつ役者として有名であったカラザが革命軍の切り札として現れ、それに驚愕する天人達、という青写真を描いていたんだなと。

 ところがどっこい天人達、それらしい反応は一切ないので、サプライズ成功を期待していたカラザとしては肩透かしと。


「ここは天人達の楽園だぞ? 地人の役者として名を馳せたお前のことなど、知り及ぶ地ではなかろうよ」


 すべって滑稽、だけど一応立てる形のコメントを発するアストラ、友人には甘い。伸ばした手で敵兵の頭をわしづかみにし、握力だけでぐしゃりと頭蓋骨まで粉砕したのち、その人間をおもちゃのように他の敵兵にぶん投げながらだ。彼が涼しい声で語るたび、いかに彼が余裕で無数の敵を弄んでいるか、それが際立つばかりである。


「ああ、そうか。ネタを仕込む際にはご当地の風土も加味すべきだったな」


 芸に携わってきた立場としての基礎を見落としていた自分を自嘲しながら、パチンと指を鳴らしたカラザの魔力が、熱くなった地面から巨大な植物を三本発生させる。

 それらはすべて、人をまるまる飲み込めるほどの食虫植物の頭を持っており、大蛇のように太い茎をくねらせて、近場の天人へと一気に襲いかかる。為すすべなく丸呑みにされた天人を、口に入れた瞬間に植物の頭が超圧力で締め上げて、骨まで粉々に砕いてしまうのだ。中でくぐもった絶叫をあげる天人の声も、外には殆ど溢れない孤独な死。


 骸同然となった天人の肉体を、巨大植物らはぐいっと頭を上げ、空を舞う天人へと弾丸のように発射してぶつけてしまう。予想外の弾丸3つは、二人の天人に激突して墜落させ、運良く回避できたのが一人という有り様。

 しかも人の体を弾代わりに発射する頃には、熱に晒された巨大植物は全身から発火しており、役目を終えたそれは火を纏ったまま倒壊する。燃える巨大な植物が倒れてくる動きに巻き込まれ、押し潰された上で体に火を燃え移らされた天人兵など、もう死んだようなものである。


 たかだか5分で何百人殺されただろう。炎天夏(サマーフレア)による爆撃から生き残り、恐るべき最強の二人組に必死で立ち向かった軍勢が、今となってはほぼ全滅。位置を散らした天人達は、あれだけそばにいたはずの仲間達が既に死体に変わり、一人ではどうにも出来ぬ現実の前、何も出来ずに震えるばかりの姿が散見する。


「金返せ級の見世物では名優の名が泣くぞ?」


「うむ、至極無念」


 無表情の鉄仮面の奥、しくじった友人をからかうように笑う声のアストラには、カラザも残念そうに溜め息だ。

 同時に彼が、ひょいと頭上に放り投げた火の玉は、あっという間に人体より大きな火球に膨れ上がる。小さく口の端を上げるカラザの動きに合わせるかの如く、それはさらに膨張して破裂し、うろたえるばかりだった天人達へ的確に迫る大火球を拡散させた。これらが全ての敵に直撃し、体ごと吹っ飛ばして火だるまに変えていく光景を持って、ここ戦闘区域内でカラザ達と敵対していた者達は、一人残らず死に至ったことになる。


「金は返せんが代わりにこれをくれてやる、か?」


「悪趣味な発想はよせ、ただの攻撃だろうが」


「ふふふ、悪趣味か。趣味の悪いお前がやりそうなことを言い当てたつもりだったのだが」


 悠々とした足取りで城の方へと駆け出すアストラに、追うように走るカラザが追いつくのはあっという間。無数の屍を後にして、並走する二人の会話は相変わらず世間話のようで、速い移動に息を切らす気配すら無い。


「まあ、確かに当たっていたが」


「そうだろう。それでよく俺を悪趣味呼ばわり出来たものだな」


「いや、昔のお前なんか今の私よりもだな」


「だから昔の話はやめろと」


 呆れるような声やら、意地っ張りな声色やら、うんざりするような声やら、言葉ひとつひとつに感情をあらわに活きた会話をしつつ、二人の意識は周囲の敵の動きにも敏感だ。近付いてくる敵の気配はなし、ということは、城への道の中で可能な限りの力を集中させ、総力を上げて叩き潰しにくる布陣が、もう完成している可能性が高い。


 既に二人の眼前遠方には、都の一角から頭を突き出した城の影が見えている。そこへ到達するまでの道を駆け抜ける中、次の敵との遭遇が、ホウライ城への最終関門だという認識が、カラザとアストラの間に共有されている。その見解は的を射ており、逆に言えば、次に交戦する最終防衛陣を破りさえすれば、あとは邪魔者なく城まで到達できるということである。


 別に、城まで辿り着かなくてはいけないわけでもないが。


「やるのか?」


「学ばん奴らのようだしな」


 総力を上げて二人に立ち向かうしか、撃退の道筋を持たない天人達にとって、布陣を定点に固めた今、自分達からカラザ達に仕掛けることが出来ない。迎撃する形しか取れない、どうしたって後手になる。それしか道がないのはわからんでもないが、そうやって先ほど野放しにされた自分に、都の北部いっぱいをどうされたのかもう少し考えたらどうだ。小さな火の玉を掌の上に浮かせ、カラザが言うのはそういうことである。


「さらばだ、ホウライ城」


 躊躇無くカラザはその火の玉を上空へと放り投げた。上昇するにつれて膨らむそれは、あっという間に天高くまで到達し、禍々しい太陽のような様相へと育ちきる。一度目のこれが放たれた時、過程を見ずして結果だけに慄かされた者達にとって、その秘術が火を噴くまでの過程を見せ付けられたことは、むしろより深い戦慄を心に刻まれる結果にしかならない。


 誰も手が出せない、何をすれば止められるのかもわからない。既に発動寸前であるカラザの爆撃魔術は、対処可能なタイミングを既に過ぎ去っている。


炎天夏(サマーフレア)


 無感情につぶやいた炸裂の合図が、もう止まらない壊滅への未来への扉を開いた。

 上天にて大爆発したカラザの歪んだ太陽が、巨大火球を全方位に飛び散らせ、それらも炸裂して無数の中火球に拡散、さらにそれらさえはじけて数え切れない火球となって地上に降り注ぐ。拡散火球数の三乗に一致する爆発の数々が起こす熱風が、空を地上をめちゃくちゃな大気の流れにし、地に着弾して燃え上がる炎を燃え広がらせる。人も、木々も、建物も、燃焼物でない石畳さえをも炎の波が呑み込んで、真上上空から見れば、ホウライの都の中央区の殆どが、火の赤色一色にがらりと染め上げられる。


 そして、永遠に続く不落と思われてきた、ホウライ城も。空に舞い上がった終焉の太陽、それを目にして絶望を胸に抱き、身動きすら取れなかったバルコニーの貴族は、城を一気に包み込む炎と熱風に燃やされて火だるまに。人間一人が体の全てを炎に包まれたのと同じように、巨大なるホウライの城もまた、表面すべてを余すことなく炎に包まれてしまった。


「さて、ここからだ」


「うむ」


 まるで蝋燭に火をつけるかのように、あまりにもあっけなくホウライ城を焼き上げたことさえ、二人にとっては通過点。二人の目的は城を焼くことではない。城を崩せば戦争には勝利、そんな形だけの勝つを獲得しに来たわけではない。それだけが目的ならもう撤退してもいい、そうせず尚も燃え盛る城に向けて走る二人の狙いは、権威の象徴である城そのものではないということだ。


「貴様あああああっ!」


「血気盛んでよろしい」


 守るべきものをあざ笑うかのように焼き払ってきたカラザに、大いなるものを奪われた天人兵が、半狂乱の声と目で飛びかかってきた。鬼気迫るそれは、怖いもの知らずのごろつきが相手でも、一瞬怯ませられるほどの気迫を背負っていたはず。それに対して軽く評価する声を発したカラザに動揺はなく、杖を振り上げその攻撃を叩き上げてしまう。


「ただ、ちょっと無知が過ぎるかな」


 そう言いながら、瞬時に火を纏わせた杖先で、その天人の喉元を打突するカラザ。物理的なダメージだけでも、人の意識を奪い得るその一撃が、直撃した場所から燃え上がる炎で頭まで丸焼きにするのだ。吹っ飛ばされて倒れた天人は、先程のように叫ぶことはおろか、それ以前に息を吸い吐きをすることすら二度と出来ない。


「やはりお前は舐められる傾向にあるな」


「良いことじゃないか、動きやすくて」


 アストラはカラザから少し離れた場所に駆け、迫る魔術の砲撃を回避しながら、次々に敵を叩き潰していく。アストラの強さは、大きな図体に似合わず速いというだけで、接近戦を得意としそうな外見には一致しているだろう。だから天人達の術士の狙撃は、近寄り難いアストラへの遠隔攻撃に傾倒し、代わりに接近戦を得意とする者達は、カラザへの突撃に偏る。


 術士としての手腕が超越的というだけであって、白兵戦のこなせないカラザというわけではないのに。見るからに武に秀でたアストラの存在が、天人達に甘すぎる認識を誘発させている。


「まあ、流石に最後の関門を担うだけのことはあるが」


 近付いてきた敵の攻撃をかわすと同時、踏み込んでその脇を駆け抜ける中、掌で敵の腹部をとんと押すカラザ。瞬時に発した火柱が敵を丸焼きにして、そんなカラザに側面から迫る他の敵兵には、杖を振り上げて剣をはじき返す。視野は広い、追撃多数がすぐに自分へと駆け集うことを予見したカラザは、跳躍して燃え盛る建物の壁へと跳びながら、剣をはじき飛ばした天人の足元から岩石の槍を生じさせている。それによって顎骨を砕かれた敵兵が、この後戦えるかどうかなど考える余地もない。


「たかだか一人の役者に武人数名を仕向けるなど、プライドもへったくれもないな」


 壁を蹴って離れた地面へと舞い降りるカラザだが、着地した瞬間のカラザに向けて放たれる矢の数々。息をするように生じさせた岩壁でそれをはじき飛ばし、ぐるりとカラザは体の向きを変える。彼が向いた正面方向からは、三人の天人兵が既にカラザへの距離を詰めている。


赤呑(レッドオース)


 はいお疲れ様、そんな息遣いで発せられた詠唱とともに、カラザが放った炎の砲撃はあまりにも巨大。馬車をも呑み込む巨大な径の砲撃は、かわす間も与えずに敵三人を捕えきり、その離れた後方で援護射撃しようとしていた術者も一掃だ。波状攻撃も形になる前に敵を根絶やしにしたカラザは、くいっと頭を後ろに引いて、側頭部を撃ち抜こうとしてきた敵の矢を、軽く回避する。耳の位置に目でもついているのかと思える動きだ。


「100-1=99、99-1=98、98-1=97」


 アストラの暴れぶりも目に余る。矢だとか威力の軽い魔術など、かわしもせずに鎧の硬さではじき、稲妻を迫らせてくる魔術には機敏な動きでしっかり回避。誰かに近付く、射程内に捕えた瞬間に葬る、回避行動すら許さない。

 運良く勘が良い方に働いて、アストラの大剣をかがんでかわせた天人兵も、さらに踏み込んで足を振り上げたアストラにより、軽々しく蹴飛ばされる。受けた瞬間にお腹の中身が破裂するような破壊力の蹴りでだ。蹴飛ばされた者が、味方にぶつけられての共倒れを為すコントロール力が、アストラにとっては当たり前のものである。


「1-1=0までそうはかかるまい」


 カラザのように、一度の攻撃で多数の敵を葬ることは得意でないアストラだが、ハイペースで敵の頭数を一つ一つ潰していくたび、冷たく言い放つ引き算の真実味は凄まじい。千人の敵を葬るのに1時間を要さない速度の命の摘み取りようは、急速に減っていく仲間という現実を持って、その強さ以上のプレッシャーを敵に襲い掛からせる。たった二人だ、なんとかなる"はず"、敢えて楽観的なその観測に希望を委ねていた天人達にとって、二人の強さはあまりにも残酷である。


「ふふ、アストラよ。無知な猿どもに算数は理解できまいよ」


「ひどい言い草だな。性格が悪すぎるぞ」


「いやいや、私は別に侮蔑の意味で言っているのではないぞ?」


 カラザをどう攻め落とせばいいのかわからなくなって動きが鈍る天人達だが、そうしている間にも容赦の無いカラザの攻撃は注がれる。空を見上げるカラザが杖を振ると同時、彼の杖先からいくつもの泥団子が上空へ飛んでいった。

 それは敵にぶつけるためのものか、そうではない。得体の知れないそれを回避しようと、滑空軌道を曲げる空の天人達だが、カラザにとっては何も予定に変更はない。


飛びかかる土壌(ファンギング・ランド)


 泥団子の中に埋め込まれていた木の魔力が、その泥団子を発生点にして、鋭く真っ直ぐ伸びる樹木の枝を長く伸ばすからだ。一瞬にして何尺もの長さにまで達する樹木の槍は、その鋭さを持って近空の天人の体を貫いた。ある枝は脚を、ある枝は肩口を、ある枝は喉元をだ。泥団子から発せられた枝の突き出される方向は、上向きであったり横向きであったりでばらばら、すべてカラザの意志のまま。さらに、未だ熱風吹き止まぬ紅蓮地獄の中、自発的に発火していく枝は、貫いた天人の体に炎を燃え移らせることをも誘発する。


 自らの体を串刺しにした枝に体を焼かれる者達が、長く太く重い枝に耐え切れず、地面へと引っ張られるのは当然のことだ。地面に墜落、さらには焼かれる、その地獄の中でうめき声を上げて死んでいく者達の重奏は、もはや燃え盛る都の中では日常的な風景にすらなりつつある。続けざまに起こる死が、当たり前のように繰り返されている。


「無知を嘆かわしいと言う者は多いが、私はそう悲観することではないと思う」


「っ……うおおおおっ!」


 どうすればこの無双の術士を止められるのか。答えも出ぬまま、果敢に立ち向かう一人の男の行動は、勇敢なる戦士のそれか、適わぬと悟れぬ向こう見ずか。獣のような気合を口にし、迫ってくる男の目を見て、カラザも彼が無知の側ではないことは読み取っている。


「無知は永遠ではない。知ることで、終わりを迎えられるからだ」


 振り下ろされる剣を真っ向から杖を構え、受け止めたカラザの腕力は、戦士のそれにも劣らぬということだ。それによって動きを止められた戦士の腹に、ぐるりと体を回しての蹴りを放つカラザが、靴の裏を突き刺して吹っ飛ばす。まるで、お前の得意分野である接近戦に付き合っても、私の方が上だと証明するような行為。


 さらに、その戦士が吹っ飛ばされる中、突然地面から生じた尖った木の槍が、その後方への飛びようを急停止させる。股下からその男を貫いて、首の後ろから尖った針先を突き出させる槍が、針山地獄の一本に串刺し処刑されたような形で、その戦士をたたずませたのだ。真っ直ぐ体を貫いた太い木の槍は完全に致命傷で、げはっと血を吐いて意識を薄れさせた男の横を、ゆったりとカラザが歩いて通り過ぎていく。


「さて、知ったお前は無知を卒業したわけだが、幸福かな?」


 自然発火した木の槍により、男が火炙りにされて完全なる死を迎えるまでの中、考える時間を与えた上で問いを投げかけたカラザの言葉は残酷だ。その男に対してではなく、カラザに傷一つつけられぬまま蹂躙されていく天人達に対してである。誰一人、あるいは何人で束になってかかっても、カラザとアストラを止めることは出来ない。それをはっきりと思い知らせ、無知を卒業させるカラザは、心を折ることで既に勝利を手にしている。


「あまり怖がらせてやるな。ひと思いにやってやるのも慈悲だろう」


 カラザにばかり意識を向けてしまい、背後から迫ったアストラに気付きもしなかった兵が二人いたほど、今のカラザがもたらす絶望は濃すぎるのだ。頭を掴まれて初めて危機を察した二人は、その瞬間に兜ごと頭を握り潰されて、それらをぶん投げるアストラの行為により、また二人の天人が人をぶつけられて立ち上がれなくなる。


「主賓が来る前に、騒がしい外野は鎮めておきたいではないか」


「一理ある」


 地面から突き上がる木の槍で、容赦なくその二人も殺害したカラザが、ここまでするのにも理由がある。遅かれ早かれ、やがて現れる最後の難関をカラザは意識しているのだ。強敵だとわかっている"それら"を相手取るにあたって、今は無力な雑兵どもも、その時活気付いて敵の戦力の足しになることは極力避けたいという話。


 もう、気配は感じている。カラザ達の上空、空高くへと舞い上がっていった何者かこそ、カラザ達にとって最後の難関となる四天王の一角だ。






「天魔……! 野を満たす雨(カンパーレウォッカ)!!」






 夕空の見えていた真上の空に、突如渦巻いて厚く居座る黒い雲。唐突な天候の変化は照る空の光を失わせ、陽の光を失った地上で、燃える火の明るさを際立たせる。ぽつ、ぽつ、と小粒の雨が降り始めるまで殆どかからず、空の上で気象すら操る聖女の存在を確信する二人は、とうにこの場所が決戦の地であると気を引き締めている。


「う゛……!」


 そして、彼らも遅れて参じる。カラザとアストラが、人並みはずれた速度で迫る者の気配を察し、その方角へ向き直っていた真正面から、彼は全力の足で駆けつけてきた。彼を先頭に、その後ろを跳ねるように駆けてくる少女も、風の翼を背負ってその上を滑空する少女も、前の少年と同じぐらい早い。


 恐るべき敵の姿を目の当たりにしたクラウドが、肝が凍ったような声を溢れさせて、急停止してしまうのも無理はない。彼の後ろ、レインもクラウドの動きに順じてその隣に立ち止まるが、いかにも恐ろしげな重装戦士と術士を前にして、只者じゃないと慄いたのも確か。

 しかし、クラウド達の心中は違う。マナフ山岳で突然立ちはだかられ、抗うも全く歯が立たなかった重装戦士、アストラとの再会に、クラウドもファインも心臓が止まるかと思ったぐらいだ。


 それだけでも、自分達の死を予感させられる衝撃的な光景であったのに。燃え盛る廃墟の真ん中で、アストラの隣に立ち並ぶ人物の姿こそ、さらにファイン達の心を打ちのめすショッキングな現実だ。


「か……カラザ、さん……?」


 ショックのあまり、翼で我が身を身を浮かせ続けるイメージも遮られたか、クラウドの少し前の地面に着地したファインが呆然とする。クラウドも頭が真っ白になりそうだった。だが、自分よりも前の位置、露骨に無防備なファインがいることにはっとした彼が、慌てて三歩前に出てファインの少し前に出る。片手を伸ばしてファインの前を遮り、彼女を前に行かせない壁と、守り抜こうとする意志の主張を兼ねている。


 タクスの都でも、クライメントシティでも、気さくに話しかけてくれた好青年は今、赤々と照る都の真ん中で、怪物めいた重装戦士と並び立っている。親しく、優しく、接してくれたあの時とは全く異なり、間違いなく敵として現れた人物の姿には、クラウドの瞳も揺らがずいられない。ぎり、と歯をくいしばって現実を受け入れる心模様を努めて作るが、意図してそうせねば自失に陥りそうなほど、悲しく衝撃的な現実がここにある。


「……ここに対しては絶大なサプライズになったようだが」


「知り合いなのか?」


 無表情でつぶやいたカラザの言葉に、彼とクラウド達に面識があったことを読み取ったアストラが短く問う。カラザは何も答えなかったが、少し前には知名度がどうとかの話をして、サプライズ失敗を残念がっていた彼にしては、その表情は浮かないものである。


「無垢な少年少女にこんな顔をさせるのは、少々心が痛まんでもないな」


「……そうか」


 ホウライの天人達を驚かせることには前向きであったカラザが、この二人に対しては違う。人は、嫌いでない相手に悲しまれることを、少なからず面白くなく思うもの。好きならそれが、たとえ立場を分かつ者であってもだ。カラザの言葉と物憂げな表情からアストラが読み取るのは、カラザの目線から見たファインとクラウドとは、あんな顔をさせたことを少し悔いるほど、無垢で真っ直ぐな二人だということ。


 カラザとアストラ、彼らの使命は皆殺し。例外なく、ホウライの地にある者達の命を根絶することにあり、ファインとクラウドはそれを妨げる最大の障害だ。未来ある人格者をこれから抹殺せねばならぬというのは、本来なかなかに気が重い。鉄仮面の奥で、ふうと一息を吐くアストラの行動は、為すべきことへと踏み出すため、雑念を口の奥から排出するためのものである。


「せめて、苦しむ間もなく葬ってやれればいいが」


「そう容易くはいかんだろうな。努めて、無慈悲にもてなそう」


「……ファインっ!!」


 アストラ達が足を一つ前に出す行動を前に見、ファインが固まっている姿を後ろに察するクラウドが、殆ど絶叫に近い声で親友の名を呼んだ。頭が真っ白だったファインが目を見開き、ようやく敵が動き出した現実を直視する。クラウドがいなければ、何をされても無抵抗に殺されていたかもしれない。茫然自失の世界から引き上げてくれたクラウドの後ろ姿と手に、目の焦点を一度定め、再びファインがカラザを視界の中心に捉える。


 あんまりな出来事に涙すら溢れそうになってくるが、前後左右の炎が肌を熱く照らしてくる痛みが、感情の揺らぎに身を任せてなどいられない現状を、ひしひしと伝えてくれたのが幸いか。体を前に傾けて、風の翼を広げるファインが、唇を引き締めた臨戦態勢に入ったところで、地上3対2の構図が完成する。クラウドもレインも、すでにいつでも地が蹴れる足を構えている。


「さあ、参ろうか……!」


「すべては革命を渇望した、アトモスの遺志のままに!」


 焼け落ちていくホウライ城が見下ろす、天人達の元楽園の一角。二人の魔人が決戦の火蓋を切る言葉を口にしたその瞬間、発した覇気に触発されたかのように、周囲の炎が燃え上がる。小雨から中降りになり始めた雨の中、背丈を伸ばして焼け木の歓声を上げる炎らは、まるで殺し合いの見世物を喜ぶギャラリーのように静まらない。


 滅亡は既にここにある。ファインとクラウド、レインの顔を照らす炎の光は、死相を強調するかのように強さを増していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ