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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第12章  雷【Nemesis】
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第192話  ~夏に滅す~



「見つけたっ! ファインっ!」


 あの激震から数分余り、クラウドとファインは荒廃した街の真ん中に座り込んでいた。底知れぬ敵の強大さを思い知らされた上に、周囲に敵の気配もないことから、今は休むべきとしっかり判断してのことだ。背中合わせの状態から少し体を左右にずらし、後ろ手でクラウドの背に触れるファインが、クラウドに治癒の魔力を注ぎ続け、ファインもまた自分自身に同じ魔力を巡らせて。急く気持ちを抑えて動かずを選べるこの判断力は、はっきり言って妙手である。


 そんなファインの見上げた上空に、遠方から超特急で飛翔してきた聖女様の姿が見えた。風を操る魔術によってファインを探し当てたのか、それとも発し続けられるファインの魔力の気配を察知したか、あるいはその両方か。とにかく速攻でファインの位置を見つけ、ここへ現れ舞い降りてくる母の姿には、見上げるファインもびっくりだ。周囲を見張っていたレインも、ファインとは逆方向を向いて指先でかつかつ膝当てを叩いていたクラウドも、知り及ぶ聖女様の声に思わず振り返る。


「お母さ……」


「っと……! あなた、すごい格好になっちゃってるわね」


「えっ、あっ……そ、それはもう触れないで下さいっ……!」


 ファインのすぐそばの地上に降り立ったスノウの第一声が、改めてファインの心に強烈な羞恥心を蘇らせた。同性の母相手ですら、さすがに今の格好は見せて恥ずかしい。崩した正座で石畳の上に座っていたファインだが、クラウドの背に触れていた手も離し、両手で股の間を隠して背中を丸めてしまう。姿勢がちゃんとしているのでスカートの中身が見えることはないだろうけど、今はそれが、本来彼女が絶対選んで履かないであろうぐらい短くなり過ぎているため、意識過敏になっているようだ。


 驚いて母を見上げた瞬間のファインの顔色は、疲弊しきっていて母の目線からも一瞬で心配になったものだ。それが人間的な感情を思い出し、真っ赤な顔での上目遣いで見つめ返してくる姿を見ると、厳密には正しくないが少し安心する。とりあえずまだ、そんな顔が出来るぐらいではいるんだなって。真に死にかけだったりしたら、こんな顔見せてくれる余裕もないはずだから。


「頑張ってくれたのね……本当に、ありがとう。クラウド君にもレインちゃんにも、感謝しているわ」


 レインには城の守りを任せていたはずなのに、何故ここにいるのかというのが気になるが、今の状況では些細な問題だ。粉塵や黒煙の飛び交うこの戦場で、ぱさぱさに汚れた体の三人の身なりは、それだけで一生懸命戦い抜いてくれた少し前を、容易に想像させてくれる。ファインの前に膝をつき、豊満な胸にファインの顔をうずめて抱きしめるスノウは、近い位置のクラウドとレインを交互に見て感謝の想いを告げた。おっきな胸に顔を押し込められ、息が苦しいファインがぺちぺちスノウの腕を叩いている辺り、ちょっと愛が痛いけど。


「三人とも、私の近くに来て。今すぐ、元気にしてあげるから」


 クラウドとファインは触れ合える距離で座っているから、その二人はスノウの位置からも既に近い。今の言葉はどちらかと言えば、二歩ぶんファインから離れて立っているレインに向けたものだろう。呼び寄せられたレインが近付いたところでなお、手招きするような仕草を見せるスノウが、座ってと示したことにより、レインもファインに寄り添うようにしゃなりと座り込む。


「天魔、楽園の幻(カウサ・パライソ)……!」


「ふゎ……!?」


 目を閉じて一気に治癒の魔力を注ぎ込んだスノウの行動は、思わずファインの口から変な声を溢れさせた。レインも危うく同じような声が出る寸前であって、クラウドだって別の意味で驚く声を発しそうになったぐらい。一瞬で三人を同時に包み込むスノウの魔力は、それだけ突然に三人の体を、苦痛とはかけ離れた安息の魔力で、中も外をも覆い尽くしたからだ。


 ファインの目の前、目を閉じて念じるスノウの顔がある。彼女がつうっと汗を垂らしながら、三人の体に注ぎ込む魔力は、急速すぎて異変に感じるほど、ファイン達の体の痛みを一気に吹き飛ばしていく。恥ずかしい声を発してしまったファインが両手で口を押さえる中、スノウの風の魔力が三人から苦痛を吹っ飛ばし、体に出来た大小の傷から体内に入り込んだ異物も、水の魔力で洗い流す。痛めつけられた体内も、どこかが少し離れてしまった中身を雷の魔力が繋ぎ合わせてくれて、さっきまでよりずっと動きやすい体になっていくことがよくわかる。


 天の魔術しか使えぬスノウだが、扱える属性だけでも三人の肉体をここまで一気に癒し、苦しみの世界から素早く引き上げてくれる手腕は、治癒魔術を得意とするファインのそれを上回っている。はっきりそう言いきれるほど、僅か20秒魔力を注ぎ込んだだけで、スノウは三人の体を随分よくしてくれたのだ。ふうっ、と息をついて目を開けたスノウが、魔力の注入をやめた途端、ふにゃりと体の力が抜けたファインが、隣のクラウドによろりともたれかかってしまう。


「っ、と……!? ふ、ファイン……!?」


「ら、らいじょーぶ、でふ……お母さん、すご過ぎ……」


「ふふ、気持ちよかった? 身内びいきじゃないけれど、あなたが一番怪我もひどいみたいだったし、あなたには一番力を注がせて貰ったからね」


 水着みたいな着こなしのファインに体を預けられ、戸惑い顔を赤くするクラウドだが、そんな見られ方をされていることにすら今のファインは気付けない。やはり所詮は応急処置、体の深い場所に根差した痛みや体の異常はまだ残っているが、あまりにも刺激的とさえ言える苦痛の真逆を施され、ファインは殆ど腰が抜けたような状態だったのだ。とろんと溶けきった目ではぁはぁと息を乱す姿には、どうだあなたのお母さんは凄いだろうと、スノウも自慢げな顔である。


「……きついところ申し訳ないけど、まだ立てる?」


「はっ、はい……! っ、まだやれます……!」


 ただ、全てが終わったわけではないのだ。スノウが示唆する、恐るべき脅威に共に立ち向かってくれるかという問いかけに、ふにゃふにゃの顔だったファインも目を閉じて小さく首を振り、気持ちを切り替えての強い返事。スノウの視界の中、ファインを支えるクラウドも、既に立ち上がったレインも、言葉は無くともうなずいて、同じ答えを返している。


 本当に、頼もしい子供達だと思う。きっと、ミスティを助けるために参じたあの二人は、スノウが一人で立ち向かっても勝てないだろう。だからスノウは最後の希望を懸けて、ファインとクラウド、レインを求めてここへ来た。死ぬかもしれない戦いに、こんな幼い子供達をさらに引き込んでいく罪悪感を覚えても、それしか勝利への道がないと正しく読みきっていたからだ。


「行きましょうか……! 敵は、どっちにいるんです?」


「私が来た方、つまりあっち。あいつらの進む方向がホウライ城なら、もう進んでいることを見越して城へと向かってた方が早いかもしれないけど」


「わかりました」


 立ち上がったクラウドと、向き合い答えるスノウの表情は、座ったままで見上げるファインから見て双方なんと凛々しかったことか。それはいいのだが、なぜファインはあれだけ啖呵切っておいて、未だに立っていないのか。


「あっ、あ……く、クラウドさん、その……」


「ん?」


 いきなりファインがクラウドの手を握ってきたので、臨戦の心地にまで持っていっていたクラウドも、一瞬でどぎまぎする心境に引き戻される。見下ろしたファインは、クラウドに顔を見せたくないかのように、表情を伏せて小さく震えているのだが。


「て、手を貸して、くれませんか……? こ、腰に力が入らなくって……」


 殆どじゃなくて本当に腰が抜けてしまっていたらしい。それでも立たなきゃいけないので、情けない想いで胸をいっぱいにしながらも頼み込むファインに、スノウもちょっと苦笑い。クラウドといいレインといい、ずっと年上のスノウから見てもこんなに頼もしいのに、うちの子だけが実に頼りないものである。


「だ、大丈夫なのか……? 無理はしない方が……」


「へ、平気です、平気なのですけど……お、お母さんのせいで……」


「人聞きの悪い言い方ねぇ」


 ファインの腕を掴んで引き上げてくれるクラウドのおかげで、ファインもなんとか立ち上がることが出来た。腰に力が入りきらないのは変わらないので、計らずしてクラウドに全身を預けるようにもたれてしまうのが少し問題だが。

 あられもない格好の女の子に寄りかかられるクラウドが心臓を叩かれまくる中、なんてはしたない事をしてるんだ、離れなきゃと自分に言い聞かせる側のファインも、腰から下に力が入らないからなかなか離れられない。自分の足で立てなきゃ当然離れることは出来ないので。


 急ぎたい局面ではあるものの、三人の体が疲弊を極めているであろうことを思えば、すぐに動かないのも前向きな選択。クラウドもファインも困りきっているが、くすくす笑いながら見守るふりをして、三人を治癒の魔力でまたひっそりと包み込むスノウは、したたかに時間を無駄にしていない。ファインが自分の足で立って走れるようになるまでは、少しでも長くこんな時間があった方が、後の死闘を思えばむしろ良いかもしれない。


 さすが聖女様だなぁと見上げてくるレインの眼差しに、私がいるから大丈夫よ、とばかりに笑いかけるスノウ。冷静に今の状況を前向きに活用する聖女様と、今もなおゆっくり癒されていく体にほうと息をつくレインは、普通に頭が回っている。そういうスノウの配慮にも全く気付けないほど、クラウドとファインはお互いを意識するばかりで、他の何もかもが見えていなかった。











「なあ、アストラよ。何分経った?」


「あと少しで10分だろう。辛抱しろ」


 やれやれと肩をすくめるアストラがゆっくり歩く隣を、カラザがうーむと口を絞って歩く。二人の足取りは改めてゆっくりだ。息一つ乱さず、のんびりと進んでいくその姿は、今しがた何十人もの天人兵と交戦した直後の動きだとは思えない。


「あまり前に進みすぎても北部が焼ききらんか? 何なら少し引き返しても構わんぞ」


「届くとは思うがな。ゆっくり進むぶんには、多少の予定地点のずれも気にならぬのだが」


 褐色の鎧を返り血まみれにしたアストラの風貌は、地獄の悪鬼を思わせる恐ろしいものだ。圧倒的な実力で何人もの天人兵を皆殺しにし、その鎧に敵の武器を触れさせすらしなかった戦いぶりも、本来それを目にすれば味方ですらも恐れ慄くものである。そんな彼と平然と語らうカラザがそんな態度でいられるのも、彼がアストラと同じ境地の実力者であるからだ。


「やはり、気が焦る。失敗できぬ役目を背負っているのだからな」


「ふふ、意外にも責任感は強いのだな」


「意外にとは失敬だな。これでも私は、いつだってそれが第一なのだぞ?」


「悪かった悪かった。へそを曲げた声をするな」


 カラザとアストラ、アトモスの影と呼ばれた二人が背負う使命は、極めてシンプルなもの。革命軍が総出で衰弱させたホウライの都を、この二人が壊滅へと導くという単純な戦略だ。撤退した革命軍は、この二人に総仕上げを委ねた形であり、この戦役が成功となるか失敗となるかは、この二人の活躍に全て懸けられている。


「……いずれにせよ、苦しいがミスティが都の外まで確実に逃げ切るまで待つことは出来ん。そこまで遅らせれば流石に全体の進行に響く」


「致し方ないところだ。一人を庇って全体の不利益につなげるような判断は出来ぬからな」


 だからカラザも、ミスティの安全だけは確保したい中でありつつ、私情を優先することは出来ない立場にある。アストラも重々承知の上で、彼の言葉を肯定した。10分という約束の時間まであと僅かだが、状況を思えば思うに連れて、アストラも苦い方の決断を踏むべきかと考え至りつつある。


「とはいえ、まあ」


 やっと自分のペースで歩くのをやめたカラザが、その一言を最後にしてふうと息をつく。アストラもカラザの隣に立ち止まって、鉄仮面の奥では似たような表情だ。


「向こうからこう、やって下さいと言わんばかりの状況を作ってくれている現状、やらぬのもどうかと思う」


「……ミスティには悪いが、流石にこの機を逃すというのもな」


 立ち止まった二人のセンサーは、おぼろげにではなくはっきりと感じ取っている。ここまで数度、天人達の集団を、たった二人で全滅させ続けてきたカラザとアストラの脅威性は、既に天人陣営に広く報告されている。侵略軍勢であった革命軍が撤退した報が飛び交った直後、そのような怪物が都に入玉してきた知らせを受け取った天人達が、兵力を集わせ、一気にカラザ達を袋叩きにする陣形を作っているのだ。


 カラザ達の前方遠くにはホウライ城、その道のり間にありったけの兵力を注いで壁を作り、左右広くから二人を囲う天人数百名の陣取り具合が、今の二人には察知できている。陣形はほぼ完成しているだろう。向こうから攻めてくる気配が今のところないのは、ある地点まで二人が進んで到達した瞬間に、一斉攻撃を仕掛ける心積もりなんだろうなと、カラザにも予測できている。


「やってしまえ。ミスティなら、きっと自分でなんとか凌ぐだろう」


「そうだな、そう信じよう。あの子は、信じるに値する子だ」


 正しい意味で慎重とも言えるし、アストラにしてみれば悠長とも感じる敵の布陣である。長年"アトモスの影"が姿を潜めてきたことは、ここにきて随分と大きな効果を発揮したようだ。

 圧倒的な実力を持つ術士、カラザの存在は示唆されつつあったのに、どれほどそれが脅威的であるのかを、時の流れが忘却させたのか、天人達は想像に至りきっていない。何をしでかすのかわからない最強の術士に、自分達から仕掛けるでもなく、野放しにしてくれているこの時間が、必ず天人達を後悔させることになる。


「範囲重視で行くぞ。お前にとっては容易に凌げるだろうが、つまらん火傷はせんようにな」


「心配は無用だ」


 にやりと笑ったカラザの顔に、ふんと鼻を鳴らして笑う声でアストラも応じた。掌の上に、小さな火の玉を生み出すカラザ。人の手の上に浮かぶほどの、たとえば人に当てても命を奪うことにはならないような、小さな小さな火の玉である。自分達が歩んできた後方、ミスティが去っていった先をちらりと振り返ったカラザは、生き延びてくれよと愛しい少女に無言で祈ったのち、ひゅっと振り上げた手の動きに合わせ、その火の玉を上天へと放り投げた。


 "火"は放たれた。ホウライの都が真の地獄を知る時が訪れる。






「あ゛……」


 つらい体に無理をして、必死で北へと駆けていたミスティも、魂まで凍るような悪寒を感じて立ち止まった。約束の時間が過ぎたかどうかは別にどうだっていい。自分のことなんて気にせずに、ご主人様が、やりたいようにやってくれるのが、彼女にとっては本望だからだ。


 それでも、ついにそれが放たれた魔力の気配には、ミスティも後方の空を振り返る。ああ、見えた。破滅への光が。思わず引きつった笑いが溢れた。せっかく助けて貰った命だけど、さっそく死ぬかもしれないって。


「あ、あははは……天人さん達も、気の毒だねぇ……」


 近場の建物の陰に隠れ、しゃがみこんで丸くなったミスティは、両手で頭を守るように庇う。今ある限りの魔力を練り上げまくって、生存への道を確保しようとする。及ばず死ぬならそれまでだ。そんな可能性も充分にある。

 狂気を纏ってスノウと戦い、殺せるものなら殺してみろと笑っていた少女が、正気を取り戻してがくがく震える姿は、正しい意味で死を恐れる少女のそれである。






「セシュレス様……」


「……ああ」


 都の外、平原から遠きホウライの都を見据えるドラウトのそばには、主であるセシュレスも立ち並んでいる。二人が見上げる目線の先は、ホウライの都の上空高くに向かっていく、濃厚な魔力の凝縮体だ。遠すぎて、小さくて、視認することは出来ないが、それは確かにそこにある。

 魔力の扱いに秀でたセシュレスはともかく、さほど魔術に嗜みのないドラウトでさえもが、その存在を察知してしまうほどに、カラザが放った魔力の存在感は強過ぎる。


「全軍の撤退が間に合って何よりでしたな……今になって、私もようやく真の意味で理解が出来ました」


「……ホウライの都に遺してきた、同胞の亡骸も抹消されるだろう。火による葬送とは言い難い、あまりにもお粗末な最後には悼む想いも尽きぬが……」


 撤退命令に従った革命軍の使途も、ざわめかずにはいられない。頭で考えて感じ取るそれではなく、本能が脳裏に訴えかけてくる、抽象的な破滅の予感。何が起こるのかを知らない上で、まだその事が起こりもしていないうちに、体を震わせている者は本能的な勘が鋭い者達なのかもしれない。


 ドラウトも、その一人だ。巨漢の彼が、見てわかるほどぶるりと体を震わせるこの姿、果たして前例のあったことだろうか。


「……彼らの一途な魂に、せめて死後の世界では相応の報いがあらんことを」


 シルクハットのつばをつまみ、目を伏せるセシュレスの行動には二つの意味がある。

 一つは、言葉通りの祈りを捧げるため、都に遺してきた戦死者の魂を悼むため。

 そしてもう一つは、これから起こる悲劇の光景を、その目に焼き付けることを避けたかったからだ。











 カラザが放った火の玉の様相は、極めて恐ろしい様相を呈していた。


 火の玉を上空へと放ったカラザの行動により、その火の玉は空高くへと昇っていく。見上げるカラザも、空へと上昇するそれを目で追っている。とても小さな火の玉、見上げる立場からすれば自分からどんどん離れていく火の玉は、小さくなっていくように見えるはず。離れていくものが小さくなっていくのは、光景として実に当たり前の事象である。


 だが、カラザの視界の中心で、空へと上がり続ける火の玉は全く小さくならない。上昇する中で、小さかった火の玉が、どんどん大きくなっていくからだ。鳥も好んで飛びたがらないような高空まで、一気に上り詰めていく火の玉だが、そこまでの高さに至ってなお、火の玉だったそれは、カラザの目から見える大きさである。それはもはや、火の玉だなんて言葉で形容できる大きさのそれではない。


 太陽が二つある。

 西の山に半分を沈め、赤い光を放つ真の太陽。

 そして、夕暮れの陽に晒されるホウライの都の遥か上空にて、太陽と同じ大きさで自己の存在を主張する、赤々と輝いたおぞましい太陽だ。それは果たして、空の彼方でどれほどの大きさの業火球に膨れ上がっているのだろう。


「お、お母さん……!」


「こ、これはちょっと……やばいっていうか……」


 ファイン達の場所からでさえ、自己主張の激しい上天の偽太陽は見えているのだ。そして、燃ゆる鼓動をゆらりと漂わせるそれから感じるのは、空から地上を明るく照らす、優しいお日様と同じ気配ではない。見下す地上に濃過ぎる殺意を差し向けるその気配が、手の届きようがないあの高さからも、ひしひしと伝わってくる。


「……ファイン、クラウド君、レインちゃん」


 やばい。それ以上の言葉を見つけられなかったスノウは、言葉の続きを諦めて、背中越しに三人への言葉へと繋げてきた。返事も返せない三人は、上天の歪んだ太陽に釘付けだ。

 圧倒される想いだけで尻餅をつきそうなレイン、気圧されるせいで息を乱し、まばたき一つすら出来ないファイン。そして、どんな脅威にも堂々立ち向かえる度胸を持つクラウドさえもが、厳しい眼差しを崩さぬままながら、ごくりと喉を鳴らさずにいられない。


「私達がこれから立ち向かう敵の強さ、決して忘れないように……!」






炎天夏(サマーフレア)






 歪んだ太陽がぎゅっと縮んだ。次の瞬間、一気に膨れ上がって大爆発したそれは、無数の巨大火球に分散し、一気に地上へと降り注いだ。隕石のような速度で、ホウライの都の北部一帯へと降り迫る巨大火球の数々。きっと、これらが素直に地面に激突し、火の手を広げるような形になった方が、ホウライの都に刻まれる傷跡は小さく済んでいただろう。


 歪んだ太陽が大爆発を起こしたのと同じく、個々の巨大火球もまた、地上に近付く中で一瞬縮み上がり、直後膨張して大爆発を起こす。巨大火球の一つ一つが、またも大型の火球無数に分裂し、加速する形で地上へと迫ってくる。それどころか、さらにそれらの火球もまた、いよいよ地上まであと少しという所で炸裂し、またしても無数の火球となって分散する。


 親玉火球の一爆発、拡散した巨大火球の全爆裂、さらに散らばる中火球も全てはじけて、最終的にはいくつの炎か。無数の三乗、幾万の火球、そこまで散ってなお人の体相当の大きさを保つ炎の塊。


 それらが次々に地面や建物に激突し、大爆発を起こしていく地獄絵図が、都の北部いっぱいに描かれた。惨状に遅れて耳に届く爆発音は、耳をおかしくさせてしまうほど凄まじい。最上点で大爆発を起こした原始火球の爆裂音、それによって散った大火球無数が炸裂した爆音の重奏、そして第三の、無数の二乗の火球が爆裂した音のオーケストラが、三度のリズムに分かれて地上の者の耳をつんざいた。


「さて……そろそろ走るとするか」


「急がねば、邪魔が入るであろうからな」


 一瞬で火の海と化した廃墟の中心で、冷徹な声を冷徹に交換するカラザとアストラ。火に包まれたのは彼らの周囲だけではない。広大なるホウライの都、その北部、実に都の4分の1を炎で包んでしまったのだ。幾多もの爆発が生じさせた爆風は、地上に激しい火を放った同胞火球の炎をも強く煽り、一気に燃え広がらせていくという相乗効果をもたらして。まるで、はしごで登れば手が届く高さに無数の太陽が出現し、熱に晒されてすべてが自然発火していく光景のようだ。


 範囲内で火を纏っていない木々は一本も無く、そのすべてが幹の全てを業火に焼かれて崩れ落ちかかっている。アストラの激震によって崩れかけていた建物も、凄まじい爆風の乱気流に煽られて、吹っ飛ばされるような形で崩壊する。火の海と廃墟を足した和によって導かれる解は、燃え立つ炎にすべてを侵略された、まさしく火焔の大海原。これを地獄と呼べぬなら、地獄という言葉の使い道など他にないだろう。


 圧倒的な実力を持つはずの二人が、兵を率いる将として参戦せず、最後にたった二人で戦うという非戦術的な動きを見せたのはなぜか。それは、焦土戦を仕掛けた時の二人は、味方すらも巻き込んでしまい、望まぬ死者を生み出してしまうことが避けられないから。

 そして、はじめにアストラが都全体に及ぼした激震とは、自分達が参戦したことを天変地異めいた事象で大きく主張し、すべての味方がこの都を離れることを促すためのものだったのだ。


「働かざる者、食うべからず」


「生まれた血だけで貪れる、そんな幸福が生涯続くと思ったら大きな間違いだ」


 天人として生まれたなら、優越の世界に生きられることを約束されていたこの世界。天人の楽園と呼ばれたホウライの都を、一瞬で半壊させた二人の言葉は、座りしままに安寧を嗜んできた天人達への皮肉である。

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