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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第1章  晴れ【Friends】
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第1話  ~ファイン~



 人通りの多い繁華街は歩きづらい。代わりに裏路地は邪魔者が無く、すいすいと歩くことが出来る。少々入り組んでいて道に迷いやすいが、ちゃんと土地に明るければむしろ近道になりやすい。もっとも、狭い上に掃除もされていない汚い路地裏なんて、普通の人々は通りたがるものではないが。


 この町で運び屋を営んでいる少年にとって、路地裏歩きは慣れたものだ。人混みを避け、目的地へと最短で向かえる道を選び、小荷物片手に歩いていく。体をひねり、狭い建物の間をすり抜け、時々肘が汚れた石壁に擦れて黒くなっても気にしない。ちょっと汚れたぐらいで気にするような性格で、日中から汗だくになるほど駆け回る、運び屋の仕事は務まるまい。


 人気の無い裏路地は、真昼過ぎのこの時間帯でも、日が当たらないから薄暗い。治安の良くない下町ではあるし、夜はあまり通っていけない場所とされている。悠々と歩く少年の目の前、3人の男が1人の少女を取り囲んでいる光景があったりと、昼間でもああいう輩が出没する場所なんだから。


「なあ、いいだろうが。ちょっと付き合ってくれるだけでいいっつってんだろ?」


「あの、でも……私、友達を探していまして……」


「そんなの後で、俺達も探すの手伝ってやるよ。まずは……」


 薄汚い服装、あまり性格が良さそうに見えない目つきの男が3人、壁を背にして困った顔を浮かべる華奢な女の子を、逃げ道を塞ぐようにして囲んでいる。迷惑なナンパと呼べるほど平穏な空気でもなく、しつこく少女を強引にどこかへ連れて行こうとする姿だと、前後の流れを見なくてもわかる光景だ。


「すいません、道あけて貰えます?」


 少年が近付いて声をかけると、3人の男達は一斉に振り向いた。まずい所を見られた、と顔に書いてあるとおり、やっぱり真っ当な絡み方はしていなかったのだろう。うろたえながらも、すまんなと男達が少年に道を譲った矢先、その隙間からすすっと抜け出す少女の姿からも、逃げたかっていたのがよくわかる。


「あ、あの、すいません。私、道に迷ってしまって……表通りはどちらなのか……」


「ん~? こっち来ればいつか外に出るよ」


 すたすた歩く少年の後ろを、少女はならず者めいた3人にぺこりと頭を下げた後、追いかけてくる。あまり興味は無さげな態度で歩く少年が裏路地を抜け、日当たる道に辿り着くまで、少女は迷宮から抜け出す綱を手放すまいとついて来た。











「改めて、助けて頂いてありがとうございます」


「別によかったのに。たまたま見かけただけだったんだしさ」


 少年が小荷物の届け先、民家にそれを届けるまでの道も、少女は離れようとしなかった。仕事をひとつ終え、ふうと一息ついた少年に、少女はご飯ぐらい奢らせて下さいと言ってきたのだ。少年としては本当に、道中ですれ違った不穏をすり抜けただけであったし、そんなお礼は別にいいと言ったのだけど、少女は引かなかった。それぐらい、お礼をすることに固執するぐらいには、さっきの状況に困っていたということだろう。


「私の名前は、ファインといいます。ええと、あなたは……」


「クラウド」


 小さな定食屋で並んで座る二人。名乗った少女、ファインが言うには、旅中で人通りの多い繁華街を抜けようと裏路地に入ってしまったところ、道に迷ってしまったらしい。それではぐれてしまった友人を探すどころか、まず明るい道を探さなければいけないことになり、挙句さっきみたいな連中に絡まれるという三重苦。土地に明るくない旅人が、入り組んだ裏路地を通るようなことをしてはいけないという良い例だ。


 絡まれ方も、最初こそナンパめいた声のかけ方だったものの、強引な誘い口に警戒せざるを得ないようなものだったとのこと。道に迷っているはずのファインが、裏路地から出る道をあの連中に尋ねたりしなかったのも、ああいう連中に借りを作るとまずい、と感じたからだろう。確かにあの手の輩に、外まで案内して貰ったりしようものなら、見返りにちょっと付き合えと調子付いて言い寄ってきそうだ。クラウド目線でも思う。


「本当に助かりました。ありがとうございます」


「んーまあどういたしまして。俺はなんにもしてないけど」


 事情を話して、改めて礼を述べるファインには、育ちのいい子だとクラウドも感じるばかり。身なりも綺麗なもので、裾と袖に純白のフリルがついた空色の旅着は、胸元から膝までを覆う一枚と、肩の下から肘上までをスカートのように包む一枚の二重構造。鎖骨や胸元は首から下がる白のインナーウェアで隠れているが、袖のない下着ゆえに肩は露出し、柔らかい肌が着こなしの一部として自然と馴染んでいる。安くないであろうそのお召し物と、ふんわり柔らかそうな銀の髪を丁寧なツインテールに纏めた姿を併せて見れば、穏やかな口ぶりを抜きにしたって、その育ちの良さは見て取れたものだ。


 ゆったりした濃紺のアーミーパンツ、ぼろの目立つ真紅のシャツ一枚、あとはせいぜい迷彩模様のバンダナを巻いただけのクラウド目線、ファインの着こなしは、自分と同じ地人(ちじん)のものとは思えない。加えて、周囲に愛されるであろうことが容易に想像できる、可愛い顔立ちのファインに、旅人という肩書きは似合わないとさえクラウドには思えた。話してみてなお、天人(てんにん)様の箱入り娘という生き方が似合いそうなファインを眺め、クラウドも色々詮索してみたくなる。しないけど。


「はいよ、お待ちどう。――クラウドも隅におけねえなぁ、こんな可愛い子を捕まえるたあよ」


「なんか成り行きでね。俺が一番びっくりしてます」


 料理を持ってきて、見知った顔のクラウドをからかう店主。笑いながらあしらって、いただきますの言葉もなく昼食に口をつけるクラウド。胸の前で手を合わせ、いただきますと述べてから行儀良くスプーンを手にするファイン。二人の会話自体はそう多くない昼食の場だったが、毎日変わり映えぬ日々を過ごしてきたクラウドにとっては、同じ年頃の少女と昼食を口にする今日は、新鮮な気分だった。


「あ、あんまり見ないで下さい……恥ずかしいですので……」


 隣に座る、可愛らしいファインの顔をちょくちょく見てしまうクラウドの目の前、見られるたびに口の周りを拭くファインの姿がある。口の周りに何かついてる、はしたない姿を見られたくないというファインの態度を見るたび、クラウドはつくづく疑問と興味が沸くものだ。なんでこんなにしっかりした子が、旅人なんかやってるんだろうと。











「よかったんですか?」


「恩に感じてくれてるみたいだけど、俺は何かしたわけじゃなかったしな。それで女の子に奢らせるのも、やっぱこっちとしては引っ掛かるよ」


 定食屋の会計は、結局普通に割り勘だった。助けて貰ったお礼ということで、ファインはご馳走する算段であったのだが、クラウドも先述の理由から、自分のぶんは自分で支払うことにした。見るからに人の良いファインの親切を退けるのも気にはかかったが、やっぱりあの流れで奢ってもらうのは違った気がしたので。


「あんまり裏路地には入らない方がいいぞ。特にこの辺りは"地人"も多いし、治安も良くないからな。ああいう風に人目のつかないところで迷ってると、あんな奴らに絡まれやすいからさ」


「はい、覚えておきます。ありがとうござ……」


 そう言いかけたファインの表情が、不意に突然固まった。いや、原因はクラウドにも見えている。誰かが後ろから、ファインの肩をがっしりと掴んだのだ。そしてきっと、ファイン自身も、自分にそんなことをしてくる相手を、振り返る前から半分悟っているのだろう。


「ファ~イ~ン~?」


 ファインの頭で隠れた向こう側を覗こうと、ひょいと首を横にずらしたクラウドの目線の先には、ショートカットの赤毛の少女の顔がある。彼女は固まったファインの後頭部を見据え、えらくにっこりした表情だが、眉がひくひく動いている。これは単なる、上機嫌の笑顔というわけではなさそうだ。


「さ、サニー……いや、その、これは……いだっ!?」


 ぎぎぎと震えながら振り向いたファインが、目の前で怖いぐらいの笑顔を見せる彼女の名を口にする。言い訳を紡ごうとしたその直後、サニーと呼ばれたファインよりも背が高い少女は、ぐいっとファインを引き寄せて、両の拳でファインの頭を挟む。ぐりぐりと力を込め始めたサニーのお仕置きに、血相変えたように暴れ出したファインがもがいている。


「どこ行ってたのよっ! どれだけ探したかわかってんのっ!」


「ごめんごめん痛いやめて痛い~! ごめんなさい! ごめんなさいぃ!」


 涙目でばたばたしながらも、力で劣るのか逃げられず、頭を締め付ける拳の圧裁に悲鳴をあげるファイン。怒り心頭で拳に力を込め、逃げようとするファインを胸元に引き寄せるサニー。自分そっちのけで揉め始めた二人を眺め、クラウドも、仲の良さそうな二人だなと第一印象で感じ取っていた。


 ファインとサニー、そしてクラウド。三人が初めて顔を合わせたこの日が、後の彼らにとってどれほど大きな出会いであったか、今はまだ誰も知る由もない。

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