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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第11章  干ばつ【Insanity】
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第184話  ~レインの天敵~



「なかなか骨のある奴が増えてきたな……!」


 謙虚なのは結構だが、たった一人でこの3分間で、百人近くの敵を葬ってきたその口が言うことではない。都の外で敵部隊を撃破してきた時よりも、腕に覚えのある奴が増えてきたというだけであって、今も止まらず次々に敵を皆殺しにしてきたドラウトの話である。圧勝続きのくせに油断も驕りもないから、迎え撃つ側からしたらたまらない。


「空軍! ネブラ達の部隊の動向は!」


「鈍ってますがまあまあ順調みたいっすよ……! ややこちらに寄ってきてもいますわ!」


「ご苦労……!」


 羽虫の羽をはばたかせながら空を舞う若者から情報を受け取り、順調なら何よりと再び進軍し始めるドラウト。子供には運ぶことすら出来ないほどの重々しい全身鎧、太く長い柄だけでも槍より重そうな巨大戦斧を備え、猛獣のような勢いで突撃する彼に、天人勢も飛び道具を放って応戦する。それが形無き風の刃であろうが、質量の重い氷塊弾でも矢でも関係ない。


「かあっ!」


 一喝したその声と共にドラウトの口から吐き出される火の玉は、小さいながらも質の濃い魔力の凝縮体。それが撃ち落とすのは敵が放つ風の刃のみ、氷塊や矢などの物理的な攻撃は斧の柄ではじき飛ばし、打ち払うにも値しないと見た氷塊に至っては、肩を守る鋼をかすめさせるような身のさばきでいなす。無駄が無く、時折使う魔術ですら、物理的な手段で防げぬ敵の魔術への対抗策に過ぎない。


 慌てふためく天人達の中で、ただ一人冷静に術を放った男の行動さえ、ドラウトには通用しなかった。ドラウトの僅か前方の地面から唐突に噴き出す水の柱、巨体のドラウトをも宙に浮かせるはずだったそれを、既に相当な速度で駆けていたドラウトが、さらなる加速を得てかわしてしまうのだから。間を誤った魔術は、ドラウトの後方で水柱を噴かせるだけの結果にしかならず、その炸裂音と、ドラウトの戦斧が天人兵一人の頭を粉砕する音が全く同時だった。


「容赦はせんぞ……!」


「ぎゃ……!?」


「げグ……!」


 まさしく言葉どおり、死にたくなければ離れるしかない。ドラウトが嵐のように振り回す戦斧は、射程圏内にあるものを広く薙ぎ払い、触れた瞬間にすべてを滅茶苦茶にする。敵兵の体と自分の武器の間に、何が挟まろうが無関係。剣で受けようとしても怪力で無視され、防具など緩衝材にすらならず、自分とドラウトの間に氷の壁を作って防御しようとした術士でさえ、一瞬で砕かれた壁の向こうから現れる斧に、あっさり体をぶった切られて死ぬばかりである。


「ドラウト様、あれです! ホウライの塔!」


「うむ、見えている……! 一気にカタをつける!」


 近き場所で天人達と戦っていた部下の声を聞き、毛むくじゃらの顔の奥からフンと鼻息を鳴らすドラウト。敵陣突破のために破らねばならぬ要所の一つ、ホウライの都に建てられた大きな塔は、普段は良い眺めの見られる観光地として有名な場所だ。戦時中の今、そこは天人達が高所に陣取り、指令と遠隔狙撃を両立させる拠点の一つに数えられている。此度の戦争において、あの施設がそうした使われ方をするであろうことは、"アトモスの遺志"からしてもわかっていたことだ。


「手筈どおりに頼むぞ……!」


「セシュレス様にも連絡済みっす! あとは任せました!」


 目の前の敵を薙ぎ払いながら直進するドラウトの動きも、塔から地上を見下ろす天人達には見えているだろう。その証拠に、ドラウト目がけて雨あられのように飛来する魔術の数々。無視して突き進むことなど出来ない無数の飛び道具、しかし跳躍、壁を蹴り、再び地に脚を着けた瞬間にまた跳び、飛来する敵の攻撃を機敏に回避するドラウトのフットワークには驚愕の一言だ。あの巨体でそんなことが出来ると、あらかじめ想像できる方がおかしい。


「参りますぞ、セシュレスさマ゛……!」


 小さく跳躍、着地の瞬間にかっと目を見開き、両手で地面を殴りつけたドラウトが起こしたのは、まるで自爆したのかと思えるほどの大爆発。舞う砂塵、爆心地から発せられる爆風、拡散する悪い視界。すべての者からドラウトの姿が見えなくなった僅かな時間、その直後に粉塵の中から飛び出したのは人の姿をした存在ではない。茶の毛で全身を、頭さえをも包み、太く曲がった角が大きく目立つ巨大な雄牛が、人の姿であった時よりも更なる加速を得て、粉塵の中から飛び出して塔へと一直線。


「ドラウトか……!?」


「おい、まさか……!」


 塔の根元近くで地を蹴った四本足の巨獣、雄牛の姿に変わったドラウトは、獅子のような巨体にして塔の2階相当まで届く跳躍を見せた。そのままどうするのか、入り口もない塔の壁に突っ込むのか。まさしくそのとおり、塔の石壁に突っ込んだドラウトの突き出す石頭は、彼自身の重みと突進力と、激突寸前に土の魔術で自身の重さを上乗せしたドラウトの魔力で以って、塔の壁を突き破る。


「テンにンどモ゛……! 覚悟はデきておるダロうナ……!」


 塔内、突然壁の向こうから現れた化け物に、即時対処できる者などいるわけがない。発した言葉で威嚇した直後、振り上げた両足と額を勢いよく床に振り下ろしたドラウトが、二本の前足と石頭で床を叩いた。自体重にドラウトの土の魔力が加えられたその重み、衝撃は、巨大な雄牛の激突に壁の一部を破られて、既に上まで揺らいでいた塔をさらに激しく揺らす。上層から下層まで、塔内にいた者で普通に立っていられた者は一人もいない激震。前足と自らの額で、床を踏み抜いてまでそれを為したドラウトは、塔の一階へと落ちていく中で、いつの間にか人の姿に戻っている。




「うむ、見事だ……!」




 遠目からでもわかる塔の異変を目にしていた、革命軍の総大将は、ほくそ笑むよりも側近の快進撃に感心する表情。彼の背中の八本足、その先から発せられた八本の"糸"は、建物の屋上に立つセシュレスの位置からかなり離れた塔まで一気に伸びていく。それはやがて塔の上部に巻きつくと、細くも切れない八本の糸を介し、セシュレスと塔を接続する結果にする。


「これは、なかなか見られるものではないぞ……!」


 塔の方向に向き合うセシュレスが、自身の後方に闇の魔力を放つ。それはセシュレスから十歩ぶん離れた場所に浮き、真っ黒な魔力の凝縮体として確立。そして引力を司るその魔力の塊は、周囲の大気も含めてすべてを自らに取り込もうとする、ブラックホールのような様相を為す。黒球が引き寄せようとする対象は、すぐ近くのセシュレスも当然含まれる。離れた塔と自らを糸で連結したセシュレスが、妖しい笑みで帽子を押さえながら、自らの魔力によって後方に引っ張られる。糸が塔を引く、黒球がセシュレスを引き寄せる凄まじいパワーと同じ力でだ。


 ドラウトによって重心を崩されていた塔が、ぐらりと傾く姿は確かになかなか見られるものではない。遠くから見れば不気味なほどゆっくり傾き、真下で見れば巨大建造物が倒れてくるという、絶句に値する光景。ホウライの都の長い歴史を見守ってきた塔が倒れ、近くの建物や中の人々、あるいは都を守る兵を押し潰す悪魔の拳となったことは、単純な被害以上に栄華の倒錯を思わせる。


「さて、もうひと踏ん張りだな……!」


 塔が完全に傾いた瞬間に背後の黒い魔力を打ち切り、糸を切ったセシュレスは建物の屋上から飛び降りる。崩れ落ちた塔の根元から響くのは部下達の雄叫びばかり。あらかじめこちら陣営のすべてが知っていた、塔の倒壊範囲内に友軍はおらず、巨大建造物の崩落は中にいた天人と、押し潰された天人のみ山ほど葬ってくれた。要塞ひとつの陥落という事実に加えて、それだけの損害を敵に強いたのだ。敵軍が混乱し、友軍が活気立つのは当たり前。


 老いた脚を急がせるのも、まだまだ現役を思わせる動きだ。かなりの痛手を相手に負わせた直後なのに、なぜ重鎮がここまで急ぐのか。それはホウライの城に辿り着くまでに、立ちはだかるであろう大きな障害を、部下だけに任せることが出来ないから。スノウのことではない、あれは今、ミスティを相手に手こずっているはずだから。


 いるはずなのだ、レインをアトモスの遺志から救い出した二人の子供が。この手で葬る、とセシュレスが決意しているのは、自分かドラウト以外に、あれらに太刀打ち出来る者がいないと読んでのことだ。











「退がるな、退がるなあっ! ここだけは突破させてはならぬ!」


「生きて帰ることを考えるな! ホウライの民の未来を守り抜けえっ!」


 現地、阿鼻叫喚。崩れ落ちた塔の残骸が街の一部を死滅都市に変え、革命軍の放つ火の手でいっぱい。それでも折れずに立ち向かう天人達は、もはや絶望を超えすぎて狂ってしまったとさえ言えるかもしれない。哀しくもそれが彼らにとっての正解であり、挫けた天人を貫き通そうとしていた革命軍の波は、思いのほか勢いを増すことが出来ない。突き破るのは時間の問題であったとしてもだ。


「これだから、戦争は恐ろしいな……!」


 今までと変わらず、次々に敵を葬り去っていくドラウトも、討ち死にする直前の敵兵の、血走った必死な眼を見るたびに感じ取れる。自ら志願し、故郷を守るために生涯を懸けようと誓った若者の魂は、こちらの意志の逆を行くだけであって、意志力が表す気迫そのものは何も変わらない。奪われたくない天人、覆したい地人、守るか奪うか、違いはそれだけ、誰しもが望む未来を勝ち取るために渾身の力で戦っている。名も知らぬ敵兵含めて全てがそう。


 力の差はあまりにも無情であり、大暴れするドラウトに誰一人傷もつけられない。敬意とはまた違う、しかし志を胸に戦う者達を見下さぬ眼と剛腕で、大戦斧を振り回すドラウトが、猛獣のような吠え声を発して突き進む。命を懸けてかかって来い、それを踏み超え革命を為さん、覇気の裏には数百千の敵にも劣らぬ決意を掲げ、猪突猛進するドラウトが天人達を叩き潰していく。


 いつどこで、大きな転機が訪れるのかはわからないのだ。絶対的な優勢の中にあっても、ドラウトは常に、漠然としたそれを懸念している。それは必ず起こるから。


「出ました、ドラウト様! 鬼の子です!」


「来たか……!」


 さあついに来た。かねてより必ず現れるであろうと見ていた三本の矢、その一つを意味する言葉を聞き受けたドラウトが、進行ルートを切り替える。部下に指し示された方向へ、邪魔者を排斥しながら、止まらぬ脚を最速で駆けさせる。これは、先ほどまで進軍していた時よりも早い。それだけの意味がある。


 問題児を見つけるのに時間はかからなかった。城まであと少し、そうした天人陣営の最終防衛線とぶつかり合う友軍の後ろ姿の向こう側、子供のような小さな影がひゅんと跳躍するのが見えた。それは家屋の屋根に立ち、地上の敵を狙撃していた革命軍の術士に直進し、その顎を蹴飛ばして失神させた上で屋根から叩き落としていた。


「レインっ!!」


「ぅあ……!?」


 敵を蹴飛ばした直後、まさしく戦闘中の集中力全開モードだった彼女も、恐るべきその声を耳にした瞬間には空中で体が硬直した。あわや背中を下にして、屋根の高さから地面に叩きつけられそうになった彼女だったが、ぎりぎりのところで体を回し、足で着地することが出来た。彼女の名を呼んだ革命軍の猛将は、既に凄まじい勢いで味方の間を駆け抜け、着地してバックステップしたレインを視野の中に入れている。


「随分と、始末の悪いいたずらに精が出るようだな……!」


「あっ、あっ……あゎ……」


 対峙したドラウトに構えはしたものの、一歩近付いてきたドラウトに対し、レインは思わず二歩退がっていた。強面の地人達何十人を前にしても、人間離れした格闘能力を以って参戦し、果敢に戦い続けていたレインの姿を数秒前に見た両軍からして、突然レインが見た目どおりの女の子に豹変した瞬間だ。それは、ただでさえ根は臆病なレインにとって、ドラウトという存在は特別恐ろしい男であることに由来する。


「今日はあの時のように、怪我では済ませんぞ……!」


「ぅ、く……ううぅ……!」


 アボハワ地方にて姉と二人きりで過ごしていた頃のレイン、その姉妹の家に火を放ったのはドラウトだ。古き血を流す者ブラッディ・エンシェント蛙種(ラーナ)と呼ばれる部族のレインに目をつけ、それを自軍の駒に引きこもうとしたドラウトは、姉を守るために戦おうとしたレインを完膚なきまでに叩きのめし、決して自分には適わぬと力の差を見せ付けた。仕舞いには部下にレインの姉を確保させ、それを人質に取る形で強制的に、レインも革命軍の駒として働くことに同意させたのだ。因縁深く、復讐すら果たしたい相手でありながら、ドラウトを前にして構えたレインの体が震えるのはそのせいだ。


「全軍、ぶつかれ! レインは私が引き受けた!」


 自らとレインの一騎打ちを示唆したドラウトの号令が響くと同時、駆け出すドラウトが一気にレインとの距離を詰める。全身する勢いだけで距離感を狂わせてくる迫力、思わず後方に大きく跳んで逃げたレインの眼前を、射程距離の長いドラウトの戦斧の刃がかすめていった。レイン視点では早過ぎた逃げにさえ感じられたそれで、まさしくぎりぎりだったのだ。


 着地の瞬間のレインを頭から叩き潰す斧の刃が、横っ跳びに逃れたレインの蹴った地面を粉々に粉砕する。豪脚と素早い動きなら誰にも負けないレイン、ここまでどんな敵の攻撃も速度で回避してきた彼女をして、ドラウトの攻撃は泣かされそうになるほど怖い。最速で動いて逃げようとして地に着いた足、そこにまたすぐ急接近してきたドラウトの回し蹴りが飛んできて、離れる方向に跳んで逃げることしか出来ない。


「休む暇など与えぬぞ……!」


 建物の軒先近くにいたレインの頭を横から粉砕しようとした斧は、かがんでかわした彼女の側面、石柱をぶち壊すほどの破壊力で破片をレインにかすめさせる。反撃できるか、いや出来ない、肩をいからせて突撃するドラウトの巨体による体当たりは、真っ向からぶつかればはじき飛ばされるだけだ。ドラウトを跳び越えるように大きく跳んで逃げたレインは、着地地点をドラウトの後方、三階建ての建物の壁にする。振り返りざまに唾を吐くように、口から火球を放つ魔術を行使するドラウトが、壁を蹴って地面に勢いよく落ちたレインの、今しがた蹴った場所を着弾点にした。使ってせいぜい防御用、それぐらいにしか魔術を嗜まぬドラウトだが、魔術に対する対抗策を持たないレインが相手なら、火の魔術が狙撃用の武器には使えるのだ。


 少しでも動きが止まったら、飛び道具含めたドラウトの攻撃に命を奪われる予感しかしない。その証拠に、高い場所から着地して腰を沈めたレインのそばへ、もうドラウトが迫っている。振り抜かれる戦斧、跳ぶレイン、展開に新しい流れが生じない。逃げ惑うばかりのレインを、ドラウトが追い詰めるように攻め立て、死の一歩手前を短時間で何度も経験させられるレインは、恐怖も手伝って急激に体力を奪われていく。いくら人間離れした身体能力があるといっても、幼い体、大人達と比べてスタミナも劣る身だというのに。


 敵から目を離せないまま、後ろ向きの跳びを繰り返して逃げるレインだが、いつの間にか壁際に追い詰められていた瞬間の、ぞっとする想いは計り知れない。殆ど運任せで跳んだ斜方への跳びで、ドラウトの戦斧のフルスイングをかわすことが出来たものの、相手の攻撃が斧を振り下ろすものだったら終わっていただろう。涙目で着地するレインが振り返った瞬間には、やはりドラウトが接近してきて、追撃の刃を差し向けてくる。かわしこそすれ、逃げ切れない。


「フン……!」


「っ……!」


 斧の一振りをかがんでかわしたレインが、小さくなったところを踏み砕くようなドラウトの追撃。低姿勢から回転して振り上げたレインの蹴りと、それが勢いよくぶつかった。体重も乗せたドラウトの前蹴りと、小さな体からは想像もつかないパワーで返されたレインの反撃は、双方の足を痺れさせて互いに一歩退がる結果に繋ぐ。レインの脚力で足を叩き返され、それでひっくり返されなかったというだけでも、ドラウトの体の芯は重すぎる。


「ちっ……! やはり、お前だけは一筋縄ではいかんな……!」


 半泣きで構えるレインの胸の奥は、誰かに助けて欲しい想いでいっぱいだ。そう願う一方で、一番頼りになって一番大好きなあの二人には、駆けつけて欲しいとどうしても思えない。ドラウトは強い、今までにレインが見てきた大人達の中で、揺るぎなく一番強いのだ。お兄ちゃんやお姉ちゃんでも、きっとこいつには適わないってレインには思えてしまう。最もつらかった日々から救い出してくれた、あの二人にまた助けを求める想いより、大好きな二人がこいつに殺されてしまうことの方が怖くなる。


 レインの反撃を受けてじんじんする足で、がつがつ地面を鳴らして血を通わせたドラウトが、荒い鼻息をついて体を前に傾ける。ああ、また来る。考えもまとまらないうちに。ぎり、と歯をくいしばったレインは、したくもなかったような決意を強制的に固めさせられた。ファインやクラウドを頼れない、頼りたくない、逃げることも出来ない、だったらこの窮地を切り抜けるには? ここにあるのは自分の体だけ。


「覚悟を決めようが、ならぬものはならぬ!」


 レインの目の色が変わったことをつぶさに感知したドラウトが、一気に距離を詰めてきた。手始めの戦斧、横一線のスイングを、レインは勢いよく前方に跳ぶことで跳び越えた。そのまま背高き位置からレインを見下ろすドラウトの顔面へ向け、レインの体が矢のように発射される形を伴ってだ。


 額を額にぶつけに行くような突撃、その中で体をぐるんと回したレインと、大戦斧を振るった直後の手をひとつ離し、肘を振り上げる形で顔の前で盾代わりにするドラウト。板金に包まれた肘をレインの足が鋭く蹴り、その衝撃は鎧越しにでもドラウトの腕を痺れさせる。屈強すぎる肉体を内包する金属の鎧、つまり揺るがぬ鋼の壁を蹴飛ばした形のレインも、反動で軋む足先に涙を溢れさせながら、ドラウトから離れる方向へと飛んでいく。


 肘を蹴られた方の腕を数瞬使えぬドラウトだったが、逆の手で握ったままの戦斧をそのまま操り、まだ地に足が着かないレインに刃を差し向ける。回避できない、殺される。戦人の血を流す少女が取った行動は、自らの胴体を斜めにかっさばく軌道で迫る斧の刃が、まさに肌へ食らいついてくるその寸前、ぎゅるりと急回転させた全身と振り上げた足で、斧の刃の側面を蹴り上げるというもの。回転力に加えて自ら振り上げたその脚の力は強く、ドラウトの斧が上方に叩き上げられ、逆にレインは下向きの反作用を受けて、想定より加速して着地に迫る。


 それでも着地寸前に両手足を下に向けるよう身を回し、怪我なく落ちた身のこなしは見事である。しかし、叩き上げられた戦斧を、痺れながらも逆の手で柄を握り直したドラウトが、刃を下にして振り下ろしてくるのも速い。見上げる暇もなかった、だけどそう来るであろう、そう出来るであろうドラウトだと直感的に悟っていたレインが、手足で地面を押す形で後ろに跳んでの回避だ。目と鼻の先で地面がドラウトの斧によって砕かれ、はじけた石畳の欠片の極小がレインの肌をびすびす打つ。


 咄嗟の行動で、それはドラウトから離れる動きではなかった。斧を引く、同時に駆け出す、急接近したドラウトの動きに身の浮いたレインは対応できない。石畳の欠片に阻害された意識を素早く敵に戻しても、既にドラウトはすぐそばにいる。戦斧の柄を手放した右拳を握り締めたドラウトが、それを殴り上げる形でレインに迫らせた瞬間に、レインも体を回しての蹴りで応戦するけれど。


「いっ、が……!」


「ぐむ……!」


 握り拳の親指、手甲に包まれたそれであってもレインの回転蹴りはドラウトの表情を歪めさせた。しかし筋肉で腕に直接繋がったドラウトの屈強な拳は、レインの反撃を受けても大きく逸れない。蹴りながらも胸の前に庇い手をしていたレインだが、軌道を僅かに揺らされながらも進んだドラウトの拳を激突させられる。レインの肉体で特別なのは脚だけだ。幼い少女に鉄の塊のような拳を受け止められるはずがなく、レインは両手の甲を胸にまで押し付けられたのち、剛腕無双のパワーによって大きく押し出される。


「え゛ぁ……っ……」


 その小さな体が建物の壁にまで吹っ飛ばされ、背中から叩きつけられればどうなるだろう。瞳孔の開ききった目をあらわにして、肺の中のもの全てを吐き出したレインが、壁から離れた直後に力なく崩れ落ちる。叩きつけられた壁の一点と地面には小さくない高低差があり、その高さをぼとりと落下して地面に着いたレインは、足の裏から落ちられた幸運も活用できず、膝から砕けて前のめりに崩れ落ちる。


 レインを殴りつけた手を三度振ったドラウトが、戦斧の柄を握って駆け出したのもすぐ。立ち上がれないレイン、それどころか顔を上げて敵の動きを見ることも出来ない。もう駄目だって絶望する頭もないレインを、射程圏内に捉える寸前、既にドラウトは戦斧の刃を振り抜く構えを作っていた。


「天魔! 重熱線(メガブライト)!」


「ぬぉ……!?」


 まさにレインへ、横薙ぎの斧の刃が迫ろうかという寸前、空から放たれた光が彼女を救っていた。ドラウト目がけて発射される、極太の熱光線は奇襲気味に迫り、さしものドラウトも後方に跳び退いて回避するしかない。その目の前、光柱のような眩しい熱戦が地面に突き刺さり、熱を孕んだレーザーが、着弾点にて大爆発を起こす光景が展開される。


「来てしまったか……っ!?」


 想定していた中での最悪にして、現実を正しく推察して受け入れた瞬間のドラウトへ、爆発の舞い上げた砂塵の向こうから誰かが迫る。思わず反射的に柄を構えたドラウトだったが、その判断は正解だったはずだ。ドラウトに到達する直前に拳を突き出した彼の一撃は、咄嗟の防御に対する一撃としては想定外に重く、怪力無双のドラウトさえをも数歩後ろに後ずさらせることに成功した。


 ドラウトに一撃ぶちかました彼はすぐに後方へ跳び、砂塵の向こう側へと離れていく。聞き及んでいた特徴と一致する少年だ。そして、手甲を武器としたバンダナ頭の少年の消えた方向の上方には、蒼い髪をツインテールに纏めた少女が、着陸に向けて降りていく姿も見えた。最重要警戒対象はスノウ含めて4人、そのうち3人もが砂塵の向こう側にいることには、ドラウトも思わず舌打ちせずにはいられない。


「レインちゃん……!」


「くそ……! 遅かったのか……!?」


「試練、か……! やはりそうそう、何もかもが上手くは運ばぬわな……!」


 煙が晴れる、互いの姿が鮮明に、向き合う瞳に映し合える。いっそう鋭い眼差しを尖らせたドラウトから離れた前方には、立ち上がれないレインに両手を添えるファインの姿。そしてそれを、背後に控えて構えているのが、怪物ドラウトを毅然と睨み返すクラウドだ。

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