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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第11章  干ばつ【Insanity】
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第182話  ~戦場の狂気~



「地上への支援は打ち切り! 空の敵に集中! 圧殺される!」


 さあ苦しくなってきた。そろそろ遠方に、ホウライ城の影と形がくっきり見え始めた頃、天人陣営の層の厚さが形になってきた。ここまで快進撃を続けてきたネブラ達、それでも無傷でここまで来たわけではない。消耗した兵力の総数に対し、倍以上の空を飛ぶ天人兵、しかも城を守る選りすぐりの精鋭の集まり。もうここからは、押し切れムードで攻め落とせる相手ではない。


「小賢しいわ……!」


「散れ! フラメ将軍だ!」


 ついに現れたホウライを守る切り札、天界兵にして近代天地大戦でも猛威を振るった男まで、空の戦いに乗り出してきている。ネブラから少し離れた空域、敵の密集地に飛び込んでいく灰色の翼を持った、茶髪の老兵はおそろしく長い槍がその得物。あっという間に狙った対象、ネブラの部下との距離を詰めると、一振りの刃でその首を斬り落としてしまった。


「すべて地に這え……!」


「させるか、天界王の犬が……!」


 フラメ将軍の名で知られる空の豪傑が槍を振るった瞬間、その槍先から各方向に飛散する稲妻。滑空軌道を改めたネブラが距離を縮め、かざした掌から放つ稲妻がそれらに横入りする形で衝突。雷の魔力同士が空でぶつかり合い、大爆発を起こす様相は何箇所で発生したか。十か、二十か、それ以上か。それほどまでにフラメが放った稲妻の数と、それを撃ち落としたネブラの稲妻の数が多い。


「陣を立て直し離れて再構成! 散開敵軍の撃破に移れ!」


 振るった指の間から投げた毒針で近空の敵の肩口を捉えるネブラ。さらには自陣営の群集空域に突撃してきた敵将フラメに接近し、さらに振るったグラディウスの一閃が、構えた敵将の槍に激突する。火花を散らして力がぶつかり合い、離れ合う両者が睨み合う。高低差は殆ど無い。


「裏切り者めが……!」


「心外だね、僕は僕だ……!」


 天人でありながら革命軍に属するネブラに、将軍フラメがかざした掌から氷の弾丸を無数放つ。放たれるネブラの毒針を撃ち落とす氷の弾丸、回避を強いられるネブラに旋回飛行して再接近、振り下ろされた槍の刃をグラディウスを構えたネブラが防ぐも、重い猛将の一撃にネブラが地上へと押し出される。苦しい表情のネブラが、それでも低空域で体勢を整えて地上に平行な滑空軌道を取り戻し、地上の敵兵に毒針を投げつけて支援狙撃を為すのは流石である。


 その一瞬で見た地上の様相も、決して革命軍優勢ではない。調子よく敵を打ち倒して前に進んでいるのはザームぐらいのもの、他は城を守る敵軍の切り札に押され気味だ。数で劣っている、敵は強い、極めて苦境。


「はあっ!」


 さらには上空のフラメから放たれる稲妻の数々が、ネブラに回避と苦しい飛行を強いるに伴い、地上の地人を一人撃ち抜く始末。やはりあれだけは他と比べても一枚上回っている。空の戦いを為しつつも、地上の友軍さえ助けてきたネブラと同じ事が出来る敵将なのだ。これを討てるのは自分だけだと確信するネブラは、そのために再び上空へと舞い上がる。ここが一つのターニングポイントだ。


「!? 馬鹿者、やめろ!」


「雑魚どもが……!」


 そうして高みのフラメを視野に入れた瞬間、ネブラにとってぞっとするような光景。虫の羽を背負った地人三人が、それぞれ違う方向からフラメに急接近しているではないか。三人とも若い、ネブラは知っている、あれらが束になってもフラメに適うはずがないことを。それでも無謀な接近戦を仕掛けようという三人に、力の差を初対面でも確信できるフラメが、まだ距離のあるうちから槍を振るう。


 発するのは稲妻、それがフラメを各方向から迫る三人の兵に直撃し、一瞬で火傷まみれの体に変えてしまう。武器を落とした者も一人いる。


「し……死ぬ、かよ……!」


「くたばれ、ジジイが……!」


「しぶといダニどもめ!」


「やめろ! やめてくれえええええっ!」


 三人とも、誰一人減速しないのだ。慣性に任せ、滑空し、飛翔するフラメに近付いた彼らのうち一人を、フラメが一振りの槍でぶった切るのは容易なこと。うざったい敵の首を断つべく振るわれたフラメの槍は、あと一瞬でその男の命を葬る寸前だった。叫ぶネブラの大声は、部下を斬って捨てようとした敵に対する懇願ではなく、恐れていたことを実行しようとしている部下に対するそれ。


 まさに命を奪われる寸前だったその男が、大切な命を自ら捨てるなんて。フラメの槍先が我が身に食いつくその寸前、一瞬光って膨らんだように見えたその男の体が、火薬樽のように大爆発を起こしたのだ。至近距離で敵が自爆した爆風に煽られ、全身を熱く焦がされて吹っ飛ぶフラメも、一瞬は前後不覚になりかけて高空へ。しかし、それを追うように傷だらけのあと二人も高みへと舞い上がっていく。


 一人、力尽きた。もう上がれない。そんな一人は自嘲するような目で下を見下ろし、追いすがるように急上昇してくるネブラと目を合わせた。すいません、と小さくつぶやく口の動きが、どれほどネブラの胸を引き裂いたか。ふらりと傾き地上へと落ちていく彼の上空、フラメに近付ききったもう一人の男は、やはり強いフラメに槍による反撃を受けている。肩口に剛腕の槍先を食いつかされ、そのまま吹っ飛ばされるはずだった一瞬前。俺の勝ちだとにやりと笑ったその顔を最後に、フラメの槍に触れたまま我が身を爆裂させた男が、さらに炎と熱風でフラメを追い討ちし、形も無くしてこの世界から消えてしまった。


「馬鹿者どもが……っ!」


「くっ、が……ぬぐ……!」


 やりきれぬ表情で、爆風に煽られて吹っ飛ぶフラメに急接近するネブラ。焼かれつつも体勢を立て直し、近付かれた瞬間にはネブラに反撃の槍を振るっていたフラメはやはり強い。だが、その瞬間にさらなる加速を得たネブラは、苦し紛れに振り抜かれた槍を越えるように、フラメの眼前で急上昇。その時振り上げられたネブラの剣先は、ばっさりと敵将の顔面を縦裂きにしてみせた。骨まで届く深い傷を頭に受けたフラメが目に見えて傾き、それを空中でくるりと体勢を整えたネブラが、放つ稲妻で撃墜する。頭を割られた敵将に対する追い討ちとして、即死を促すほどの決定打。


 フラメが息絶えて真っ逆さまに地上に落ちていくさまを見る中、力尽きてフラメに迫れなかった部下が、地上の天人軍勢のど真ん中へ落ちていく姿が見えた。地に近付いた瞬間、彼の体が大爆発を起こし、おそらく天人陣営に穴を開ける一撃をくらわせたことも。火の魔力を体内にありったけ集め、我が身がどうなろうがお構いなしで発する、命を賭した自爆魔術の存在ぐらいはネブラだって知っている。いよいよとなれば、それをやる奴が身内にいるであろうことも。


 何のために、死ぬな死ぬなと言ってきたと思ってるのだ。革命為した後の新しい世界を、彼らも含めた皆で歩いていくことを目指していた夢を、なぜ身内が真っ先に打ち砕くのだ。


「邪魔だ……!」


 やりきれない想いも空の彼方へ捨て、将軍フラメにとどめを刺したネブラに迫る天人兵を、一太刀でネブラは喉元を切り裂いて撃墜する。接近した瞬間に見た敵の憎々しげな瞳、きっとフラメを慕っていた若者だったのだろう。憎しみが憎しみを生む戦場の空、敵対する者の哀しみすら切り捨てて、ネブラは敵将のいなくなった空を力強く舞う。


「クソったれが……どいつも、こいつもおっ!」


 味方の一人が前方の敵陣地に飛び込んで、敵軍の足並みを乱した光景を見たザームとて、今の出来事はしっかり認識していたのだ。交戦中の、最後の敵の顔面をシャベルでぶん殴り、ぶっ飛ばしたザームが激情任せにシャベルの先端を、前の地面に突き刺した。石畳に突き刺さったそれを、両腕が膨れ上がるほどの力を込めて振り上げたザームの行動が起こした現象とは何か。ほぼ球体の巨大な岩石、それも人の背丈の倍ほどは径のある巨岩が、ぼこりとその形そのまま地面から浮き上がり、大穴の残った地上の上に跳ね上がる。ザームの正面側からその光景を目にした天人達からして、目玉をひんむくほどの光景だ。


「死ね!!」


 自分の頭の上ほどまで浮き上がった巨岩が落ちてきて、真正面に来た瞬間、回し蹴りでそれを押し出すザームが巨岩を前方へと一気に転がした。街路を驀進、突然のことに対処すら出来なかった天人達を轢き殺す巨岩の後方、ザームは拾って握り締めた拳大の石畳の欠片を、低空の天人へと投げつけている。今の光景に絶句して頭が真っ白になった空の敵、その額へ突き刺さった石畳の欠片が致命弾となる中、ザームは前進する足も一度止めて大きく息を吸う。


「お前らの親分は誰だあっ! 黙っててめえら、生きたままついて来いやあっ!」


 吠えたザームがシャベルを握り締め、再び敵陣へと突き進む。後追いの兵に、空の味方の目に、勇猛果敢な姿を焼き付けるその行動には、革命軍の将を背負う男の責任感がある。見ろ俺の背中を、これが味方にいて負けるか、自らを犠牲にするような戦い方をしなくても勝利は俺たちのものだ、そう訴えんばかりのザームの突撃に、友軍も武器を握る手に力を込めて雄叫びを上げる。止まりかけていた革命軍の脚が、重かった天人達の壁を押し返し始めたのは、大将格の引き出す勇猛さの賜物だ。決して偶然の産物ではない。


「あぁ……! やはり僕は、間違っていなかったんだな……!」


 若者にもたらされる勇気を胸に、空で加速し敵兵を切り裂くネブラ。革命軍に組した天人たる自分の行動を、疑問視されることも、これでよかったのだろうかと迷うことも多かった。何も気にすることなどなかったのだ。君達と同じ道を歩んで来てよかったと、心の底から今一度感じるネブラの翼は、かつての中で最も迷い無くはばたいている。生きている。


「行こう、ザーム君! 希望をこの手に!」


「おぉ、いい声だ!」


 苦境に変わりはない。そんなもの、ぶち抜いて打ち砕け。天人達の支配を終わらせるための最前線を駆ける二人、それを追う"アトモスの遺志"は止まらない。城は、陥落させるべき天人の権威の象徴は、やがて目の前にある。










「セシュレスだ、セシュレスを仕留めろ……! 全てに優先してだ!」


「わかっています、しかし……!」


 それが出来れば苦労はしないことを、指示する側もわかっている。それに手を割けば、がんがん攻めてくる他の敵勢への対処が手薄になることだって。それでも数で、圧倒的に勝るはずの天人陣営、それをめちゃくちゃに攻め崩すあの敵将を仕留めないと、この悪しき流れを断ち切れないのだ。


「天魔、拡散雷撃(サンダースプレッド)


 あの老いた小さな体のどこから、そんな機敏さが生まれるのだというほど、セシュレスの動きは素早く大きい。自らを狙撃する矢や風の刃をひらりと跳んで交わし、戦火に晒される出店の軒先の上へ。石壁を片手に握り、落ちぬように少しの高所から敵陣を見据え、逆の手を振るったセシュレスの魔力は、天人達の密集地の上空へと飛んでいく。


 低空から地上に落とされた稲妻は人には当たらない。地面を撃ち抜き、そこから放射状に周囲の地面に電撃を走らせるのだ。爆心地から蜘蛛の巣のように、地表を跳ねながら走る電撃は周囲の天人を焼き、それ単体では個々への致命傷にはならぬも、戦闘中の者達には致命的。痺れさせられて動きの鈍った天人達に、革命軍の放つ火球の数々が追撃を与え、さらには突撃する地人の波が一気に押し込んでいく。セシュレスの放ったたったの一手が、兵力で劣る革命軍が、まるで優勢であるかのような図式を作っていく。


「敵に回せば手を焼く力、この手に握れば便利なものだ」


 そんな地人達の軍勢を撃ち抜こうと降り注ぐ、天人の術士による稲妻。それらの着弾地点から離れた高さの位置に、セシュレスが雷撃球を数個投げつける。革命軍を足止めするはずだった稲妻は功を為さず、空中座標で撃墜されて煙にされていく。雷の属性を持つ魔術は、敵の雷属性の魔術の撃墜においては、弾数も速度も申し分なく使いやすい。


 セシュレスに迫る風の刃も、いち早くその場を跳んだ彼の行動によって回避される。空中のセシュレスを逃さず撃墜しようと、大型の氷塊を放つ者との連携もしっかりしたものだ。ふん、と鼻で笑ったセシュレスが、一振りの手とともに発した炎の壁が、氷塊を一瞬で溶かしてしまうほどの使い手でなかったら勝負ありなのに。


「さあ、もっと聞かせて貰おう」


 着地の瞬間に片手を地面に着けたセシュレスの行動は、彼の立つ地表一点を豪快にせり上げ、大きな石柱に術者を乗せた形でそびえ立たせる。セシュレスは見下ろさない。三階建ての建物の屋上相当の高所に身を置き、見上げる対象は空の敵。


「地術、逆さ吊り葡萄棚ハングドマンズ・トレーリス


 敵の位置を確かめたセシュレスが、かがんで背を丸めた瞬間のことだ。彼の紳士服の背中を破り、突如にして生えてきた八本の脚。怪物蜘蛛の脚を思わせる、節を持った太い八本のそれは大きく拡散し、さらにその先端から植物の(つた)を発生させる。それらは蛸の足のように素早く伸び、近空に位置する天人達の足や体に巻きついた。


「ひ……っ、ぐえあっ!?」


「うわああああっ!?」


 捕まった者達こそが、その後どうされるのかがすぐにわかっただろう。天人達を捕まえた蔦は、空の敵を振り回し、近場の建物の壁に叩きつける、それが3本。もう5本の蔦は、狙い澄ましたように捕まえた人間の頭を、建物の(かど)へとぶつけるのだ。為すすべなく振り回されて、恐ろしいほどのスピードでぶん回された人間が、血と体の中身をぶちまけて死体に変えられる直前の悲鳴を、セシュレスはしっかりと耳で聴いている。


「慣れていかねばならんのでな」


 立ち上がったセシュレスが掲げた掌を振り下ろせば、掌の上に生じた火球が地表へと突き進む。地面に激突した瞬間に火柱を起こすだけでなく、そこから前方へと火柱をいくつも上げて前を焼いていくその術は、まるで炎の柱を前方へと走らせるかのよう。真正面から巨大なそれに迫られる天人達が、恐怖の悲鳴を上げたのちに死に絶えていく断末魔を聴きながら、セシュレスは跳躍する。


「天魔、散光弾(ガンシャイン)


 跳ぶセシュレスの周囲にぽつぽつと生じた光の大球が、彼の周囲に光の弾丸をばら撒く。空の敵を、地上の敵を貫く熱の塊であるそれは、弾数任せに数々の天人を貫く。火の魔術に比べて一撃の重みでは劣るものの、速度を重視されたそれらの弾丸は、素早く滑空する者や忙しく戦場を駆ける者も、分け隔てなく捉えるのだ。


「御大将……!」


「む……?」


 地上に降り立ったセシュレスが、続けざまに周囲の敵を魔術で薙ぎ払おうとした時のこと。長い柄の巨大戦斧を持つ豪傑が横道から現れ、今しがたセシュレスに弓を構えて撃ち抜こうとした天人をぶった斬ったのだ。一手に敵陣突破を担おうとしてばかりいたセシュレスが一度息を整える時間が設けられ、セシュレス前方でまた一人の天人を兜ごと叩き割る豪傑が、振り向かずして息を吸う。


「若者達よ、御大将に頼るな! 貴殿らは雑兵ではない! 革命を信じ、この地まで来た勇敢なる精鋭だ!」


 子供なら運ぶことも出来ないような、厚手の鎧で巨体を包む老兵ドラウトの一喝は、爆音と怒号が響き合う戦場にも響き渡り、ほんの一瞬の静寂さえ訪れさせる。すぐに続いた革命軍の、決意新たな吠える声はいっそう戦場に熱く響き、その響きだけで天人陣営を怯ませそう。この現象を、誰よりも重く受け止め、すべての行動を奪われて立ちすくんだのが他ならぬセシュレスだ。


「……ふふ」


 優勢をほくそ笑むそれではなく、心の底から安堵するような笑い声も思わず溢れた。ずっと導く側だった長き日々の果て、これ以上あなたに引っ張られてなるかと意気込む若者達の後ろ姿に、これほど勇気付けられたことは無かった。時には死ねに等しい命令を下し、厳しい隠遁生活の中でホウライの兵力を削ぐ布陣を敷き、いくつもの犠牲を部下に強いてきた罪深さを、懺悔し立ち止まる暇もないというものだ。


「セシュレスさ……」


 高所からセシュレス目がけて放たれる、人をその下敷きにしてしまえるほどの巨大氷塊。斜方上空から放たれるそれに見返りもしない彼に、セシュレス後方の部下も将の名を叫ぼうとしたものだ。だが、心配になど及ばせない。目線すら、迫るそれに向けぬまま、背から生える8本の巨大な脚を操るセシュレスが、氷塊を極太の脚の鋭い先端で迎撃し、凄まじい重量を持つはずのそれを粉砕する。


「おぉ……!」


「セシュレス様……!」


「さあ、参ろうか。心強き若者達よ」


 ぎらりと目を光らせて笑うセシュレスが両手を振り上げた瞬間、今しがたセシュレスを氷塊で叩き潰そうとした術士を、空の天人を、近隣で若き地人の兵を仕留めようとしていた敵兵を、セシュレスの召喚した稲妻が撃ち抜く。狙いの的確さは視野の広さに由来する。自陣営をつまづかせようとする者をピンポイントで狙撃し、巻き返しを狙う敵陣営を挫くセシュレスの戦い方は、層が厚くなってきた天人陣営にも好機を与えない。


「どけえっ!」


 そしてセシュレスの前方を駆ける巨兵は、別地区で驀進するザームとよく似て、あるいはそれ以上に立ち止まらない。リーチの長い武器を軽々と振り回し、並居る敵を薙ぎ払い、子供扱いするように敵軍の風通しを良くしていく一方。彼が僅かに駆け足を鈍らせる時というのは、近しい仲間を術で打ち抜こうとする敵の飛び道具を、急ブレーキかけて止まって打ち払う時ぐらいのものだ。


「行くぞ、アトモスの遺志! 天人どもの汚れた城はもうすぐだ!」


 言葉のとおり。制止の利かぬ革命軍が、ホウライ城に辿り着くまでもう時間はかからない。必死で抗う天人の尽力も虚しく、死体の山を踏み荒らしながら侵略者達が突き進んでいくばかりだった。











「ファイン、こっちで合ってるんだよな!?」


「ええ、恐らくは……いえ、間違いないと思います!」


 ホウライ城の北部から地図上を斜行するような形で、クラウドがホウライの都を駆け抜けていく。そのすぐ上を滑空するファイン含めた二人の前に、邪魔者は殆どいない。北東から進軍する、ネブラ達を先頭とした軍勢は広く拡散しており、ごく稀に交戦域に差し掛かりかけることはあるものの、二人は全く顧みない。自分達が目指すべきものがある先に向け、寄り道をする暇などないとはっきり割り切っている。


 一度は戦場となったのか、華々しさに満ちていたホウライの都は傷だらけで、火の手に包まれ死体も端々に。燃え盛る家屋から耐え切れずに出てきたのか、我が子を抱いたまま焼きただれて倒れた親子の亡骸は、視界の端に映っただけで二人の心を抉るものだ。戦争の哀しさを物語るほんの一部の光景でも、16歳の少年少女の目にはきつい。顔色を悪くしながらとはいえ、前進し続けるだけでもよくやっている方だろう。


「クラウドさん! 突破できますか!?」


「ああ、何とかする!」


 角を曲がってすぐに見えたのは、何十人もの天人と地人がぶつかり合うバトルフィールドだ。避けて通れぬ最短距離を塞ぐ戦場へと、クラウド達は遅まらずに一直線。クラウドに目をつけた者の一人が武器を振るうが、手甲ではじき上げて打ち返したクラウドは回し蹴り一閃であっという間に撃退。そのまま止まらず激戦区の真ん中に飛び込んでいくが、駆け足は交戦を目指すそれではなく、戦う者達の間を抜けて風のようにすり抜けていく動き。目を引く一方、状況と比較して少々異質な行動として認識される。


「ファイン、来てるか!?」


「っ、く……問題ありませんようっ!」


 風の翼を背負って飛翔するファインの姿は、地人陣営からすれば絶対に敵だと一発でわかるもの。矢が、岩石の弾丸が、突如現れた敵と思しきファインを撃ち落とそうとしばしば放たれ、きゅるきゅる不規則にきりもみ回転しながら飛翔するファインも回避が大変。それでもいずれも紙一重でかわし、速度を落とさずクラウドの快速についてくるファインは、明らかに余裕のない声ながら確かについてきている。振り返って見上げる必要もなく、自分の前方上空まで伸びてくるファインの動きが、クラウドをほっとさせてくれる。


「もう少しです……! どんどん気配が近くなってきました……!」


「了解! 案内、頼むぞ!」


 本来特に大きな意味を持たない言葉の交換も、互いの存在を身近に感じるための大切なやりとりだ。騒がしさの極みの中にある戦場で、他の音にかき消されぬ大声を、離れた位置取りながら交換する二人が、戦場域を逸してさらに南東へ。そしてファインの言葉が真実なら、二人が戦ってきた敵の中でも過去最強級であろう、革命軍のボスはすぐそこにいる。


 遠方から戦いの奏でる轟音を耳にする中、駆け抜ける路地。いつしか二人の視界に、残酷な光景は留まらなくなってくる。割れた窓も、傾いた建物も、ひび割れた建造物が崩れ落ちた音も、二人の意識を遮らない。何度も死の間際まで追い詰められる戦いを踏んできた二人なのだ。それが、間もなくして革命軍の最高指導者、噂に名高きセシュレスとの初遭遇を意識する今、もはや他のことに気を取られている余裕もない。高鳴る心臓は疲労が促すそれではなく、生きるか死ぬかをあらかじめ意識する者の、苦しい息遣いが促すものだ。


「ファイン……!」


 拳を自分の方に突き出して呼びかけるクラウドに、ファインも不思議とその意図が理解できた。邪魔者の無き道の中、クラウドのそばまで滑空軌道を下げたファインも、小さな手を握り締めて突き出す。走るクラウド、飛翔するファイン。二人の拳がこつんとぶつかったのを最後に、離れた二人は前を向く。


「行くぞ!」


「はいっ……!」


 やるんだ、勝つんだ、守るんだ。アスファとラフィカが愛したこのホウライの都を、決して地図の上から消してはならない。二人の決意は共通の目的を掲げて通じ合っている。

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