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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第10章  嵐【Evil】
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第180話  ~二枚のエース~



「来た来た来た、これぞ戦いよ……! おぅらっ!」


「げブ……!」


 飛ぶ鳥を落とす勢いでホウライの都を突き進んでいた、ザームを先頭とする"アトモスの遺志"北東軍。人の壁にもつまづく暇なく、ノンストップの快進撃を続けてきた彼らの足にも、僅かながら立ち止まる時間が増えてきている。


 今しがた、立ち向かってきた天人の顔面にシャベル平面をフルスイング、顔面砕いてぶっ飛ばしたザームだが、すぐさま真正面から切りかかってくる戦士の剣は速く、ザームも一度バックステップを挟んで回避する。肩慣らしにもならないような、秒殺と一撃必殺を都の外で繰り返してきたザームが、そう出来なくなってきた。さすが敵地本陣内、敵が今までよりも強くなっているのだ。実にひどい偏りようである。


「空第3隊、すくい上げて支援! 地第7、9隊合流しろ! 本軍そのまま、決して曲がるな!」


 短い言葉で伝わるよう暗号化された指令を、止まらぬ口で空から命じるネブラも、空での戦いで猛威を振るっている。彼最速の速度で敵の死角から迫り、延髄を切り裂くグラディウスの一閃を振り抜くが、返す刃ではじかれて空の両者がはじき合う。ここまでに至るような道では、間違いなくそれ一発でどんな敵も仕留めてきた一撃だ。今の敵には離れた瞬間、投げた毒針を側頭部に突き刺す追撃で致命打を与え、部下に仕留めさせる流れを確定させるネブラだが、ファーストアタックでとどめを刺せない状況が続く中、余裕を感じることは出来ない。


「後衛、一斉放射! 集合地にぶち込め!」


「前が潰れる! 一気に詰めろ! 間に合わなくなるぞ!」


 勢いで勝るアトモスの遺志、この流れを断ち切れと全身全霊を尽くす天人軍。ザームの切り拓いた道を、地を這う大蛇のような勢いで突き進む地人の集合体は、空から見れば土石流のよう。迎え撃つ側も必死、人の波に人の波をぶつける形で地上を呑む。ほんの一日前は平穏な楽園であったホウライの都が、矢や魔術の流れ弾で建物の窓を割り、白い建物の壁が砂塵と地で塗りたくられる地獄絵図だ。民家の中でうずくまり、机の下や部屋の隅で震える民間人の心境は例えようもない。


千両役者の登壇ポディウムオブ・プリマドンナ


 恐怖渦巻く戦場の中、感情すら思わせぬ冷たい目をした少女が、飛翔していた自分を射抜こうとした魔術、氷の弾丸を回避し急降下。向かうは敵陣営のど真ん中、天人達の密集地。僅かに開いたスペースへと両足を下にして急降下するミスティは、既に大技発動のための魔力を集めている。彼女が地に両足を着けたまさにその瞬間、そこを爆心地とするような大爆発が発生し、周囲天人を跳ね上げるように吹っ飛ばす。それ一発で、敵陣営の陣形の一角を礫壊させるのだ。


「死にたくないっていう悲鳴がいっぱい聞こえるよ……!」


 自身周囲がぽっかり開く中、片手を掲げたミスティが上天に魔力を放つ。続いて空から降り注ぐのは無数の稲妻、それらが撃ち抜くのは空に跳ね上げられた敵兵、空中戦で苦しむ天人、さらには民家の数々まで。怒号さえかき消す多数の雷音、それに伴い大量に生み出されるのは、黒焦げに焼かれた天人達の死体と、着雷の爆発で生じる火災の数々だ。戦う力を持たない人々が生存を祈って潜む民家ですら、火事の様相に呑み込んでいくミスティの殺意には容赦がない。


「そう望み、理不尽に殺されていった人達の下へ、あなた達も行けばいい!」


 両手を広げたミスティの掌から、蒼い火の玉が無数に発生する。彼女を視認した術士の一人が氷の刃を放つが、露骨に舌打ちじみた顔をしたミスティの振り抜く回し蹴りが、氷の刃を蹴り砕く。速さを生み出す風、緩衝を促す水、両色の魔力を身に纏って格闘能力を高めるミスティの天の魔術は、サニーが得意としていたものと同じもの。


寂しがりやの悪霊グリードソウル・アブダクタ!」


 さあ殺戮劇の幕開けだ。敵の密集地で多数発生した蒼い火の玉は、術者ミスティを離れて次々と天人達に襲いかかる。火の玉は次々に再生産され、放たれ、戦場いっぱいが蒼い光に包まれ、壁や人に直撃した火の玉が爆裂する連続光景が町を火の海にする。無数の敵にも恐れず立ち向かっていた天人達も、大半が逃げ惑うように混乱した動きの中で火の玉に食われ、差別に苦しみ死んでいった地人達の復讐劇を体現するかのように、天人の死体を積み上げていく。


「消えて無くなれ……! 遺作照らせし華光スワンソング・スポットライト!」


 火の玉を操り、敵数名を近しい場所に誘導して。それらが迫り来る火の玉を、水の魔術で障壁を作って防ごうとした姿に、ミスティの両手が放つ特大の光線が襲い掛かる。振り向かせる間も与えず、極太の熱光線が数人の敵を、纏めて呑み込んで灰に変えていく矢先、遠方まで届いた熱光線は二階建ての建物に着弾。大爆発を引き起こして建物を崩壊させ、その中にいた民間人の命も奪っていく。


 後方から自分を追う形で進軍してくる者達にぽっかりと突入口を作り、再び風の翼を背負って空へ発つ

ミスティ。彼女がいた場所にちょうど到達しかけた矢先、空に行ってしまった彼女を目で追う形になってしまうザームは僅かに歯噛み。戦場をたった一人で支配して見せる彼女は頼もしいが、その上でザームには言わずにおけない言葉がある。


「お前ら、ミスティに負けんなあっ! お前らの手でガンガン攻め落とせや! ガキに人殺しを頼ってどうすんだ!」


 大音量の音が飛び交う戦場下、後続の兵にも届くような声で叫んで驀進するザーム。ホウライ城に向かう道、次々に立ちはだかる敵の攻撃を退け、シャベルの大振りで天人を殴り飛ばす。叩き潰す、打ち砕く、殺す、殺す、殺す。武器の一振りごとに気合一声、より凄まじい気迫を露に攻め込むザームの姿は、正面から迎え撃つ天人にはそれだけで怯まされそうで、後続の兵には畏怖の念を抱かせる。


「汚れた仕事は大人がやるものだ! 斯様な少女に返り血を譲るな! 立ち止まるんじゃあないっ!」


 さらなる加速を得て最前線に躍り出たネブラが毒針を撒き散らし、地上の天人を、空の敵の足並みを崩す。接近して切りかかってくる敵の一撃にも、回避と返す刃の併せ技で容易に撃墜。翼を根元から切られた天人が急落下し、地面に叩きつけられて命を失う頃には、今度は自ら別の敵に接近して切り捨てたネブラの勇ましい姿がある。


「やるぞ、ミスティ! 俺達総意の力を以って、革命の火をブチ上げる!」


「塗り替えた世界を共に歩こう! 決して死ぬなよ!」


「…………」


「行っくぜえええええっ! 無にされてきた俺達の尊厳を取り戻せえっ!」


 殺人鬼の目の色をしていたミスティの目に、一抹の人間的な光を取り戻したのは二人の声。そしてザームとネブラの声に続き、総軍の勝利への執念を形にしたような、友軍の凄まじい雄叫び。ミスティにしてみれば、えも言われない。混血児は誰にも決して好かれない。好かれなかったのだ。天の魔術、地の魔術、両方を使える混血児であるという秘密を明かした今、今まで親しんできたアトモスの遺志の人達とも、お別れだって覚悟していたのに。そんな自分を、ザームは同じ志を持つ仲間だと言ってくれている。ネブラは死ぬなと言ってくれている。二人の言葉に呼応して吠える者達の声が、ミスティが叶えたかった革命を、共に目指す者同士の絆を表している。


 孤独の霞が晴れていく。誰にも案じられぬ混血児の兵として、革命のために殉じ、天人どもを殺し、罪深き死後の地獄落ちを覚悟していた彼女の生に間に合った、初めての真の意味で独りではない瞬間。平穏とは程遠い戦場にて訪れた幸福はあまりにも皮肉で、捨て駒たれと自らに言い聞かせてあったミスティは、手の甲で片目を拭い、滲む視界を改めずにはいられなかった。


「……天魔! 招かれざる客の追放フェスティーヴーザー・エクスペル!」


 じわ、とミスティの全身から溢れた魔力は、濃密な凝縮体となって前方彼方に放たれた。それが地に触れた瞬間、その着弾点を中心に空気が渦巻き始める。異変を感じ取った人々が認識するより早く、渦巻く風はあっという間に巨大化し、町中の者達の目にはっきりと見えるほどの竜巻に育ち上がる。その巨大さたるや、おそらく径が公園ひとつぶんを取り込めるほどのものであり、それほどの巨大な風の渦が生み出す惨劇は、もはや遠目にも想像で補えるものだろう。


 飛翔しながら魔力を操るミスティが竜巻を移動させ、凄まじい風の質量とパワーを持つ竜巻は、根元地表の町を粉砕し、風域内に捕えた人間を螺旋風よって舞い上げる。天人の戦闘要員も、あるいは砕かれた建物の中にいた民間人も、仮にそこに味方がいたなら味方すら巻き込んでの風。ばきばきと街路樹がへし折られる壮絶な音もかすむ、悪魔の笑い声のような暴風音と共に都を踏み荒らす竜巻が、ザーム達が進軍する前方を先んじて粉砕していくのだ。


「ネブラさん、後はよろしくお願いするね……!」


「ミスティ君!?」


「行ってくる!」


 巨大な竜巻を野放しにして、あるいは今も魔力で操り続けて破壊活動を、ザームやネブラの道を拓くアシストを行いながら、滑空するミスティが進行方向を北へと向ける。それはネブラ達が目指すホウライ城への方角ではなく、彼女の動きはネブラ達の軍勢から離脱し、単独行動へと移ったことを表している。


 だが、その意図はすぐにネブラ達にも伝わった。ミスティが目指す空の先にあるもの、それは彼女にとって、兵としての責務を兼ねるとともに、私情に満ちた強襲劇への道なのだ。おどけて笑って身内を楽しませていた頃の彼女は、今や影も形もない。据わりきった目で北の空を見るミスティの心中は、ついにこの日が来たと静かな激情の炎で満たされていた。











万力棺桶(ベリード・アース)


 都に入って確かに敵兵の質は上がった。部下も少々手を焼いているようだ。しかし、セシュレスにとっては、蟻が幼鼠に変わった程度の変化でしかなく、寄ってくるなら踏み潰せばいい程度の雑兵に過ぎない。散歩めいた悠々とした足取りで歩くセシュレスに切りかかった二人の天人だったが、対象を目前にして足元の地表がびしりと割れ、岩盤二つで挟み込んでくる強烈な一撃で全身を砕かれる。無論、セシュレスの魔術によるものだ。


髑髏砲台(デッドトラベラー)


 これだけでは終わらない。天人を挟んで潰した岩盤は、土の集合体としての粘性を取り戻し、セシュレスの魔力に操られるまま粉砕された天人を丸めるように押し潰す。圧迫によっておかしな形に背骨を折られた天人が、直後土の塊の中から砲弾のように発射され、いびつな形に変えられた人間が敵兵に激突させられるのだ。その間も、セシュレスは何も起こっていないかのように歩き続ける。


「年寄りに道を譲ってくれる寛容さぐらいは、あってもいいのではないかね?」


「う……っ、撃てえっ! 怯むなっ、怯むなあっ!」


 計4人の味方を容易にやられて戦慄した、天人達の僅かな時間の沈黙。相手方に聞き取りやすいその間に皮肉を述べ、敵の精神をいたぶる余裕がセシュレスにはある。すでに気圧された天人達の多くが足を退けかけた中、比較的勇敢な天人の声が、味方に攻撃を促した。はっとしたように、矢や魔術をセシュレスに放つ天人達の行動には遅れもあったが、それでも十数人の放つ矢や風の刃が、一斉にセシュレスへ迫る集中砲火は、それなりの急襲と形容するには充分だろう。


 セシュレスの防御には無駄がなかった。握り締めた拳を開きながらその手を振るった瞬間、掌から放たれた13の岩石弾丸は、いずれも自らに迫る天人達の飛び道具を的確に撃ち落とした。放った岩石弾丸と、放たれた矢や魔術の数は全く同じ。確かに岩石ひとつ放てば矢は落とせるし、風の魔術に対しては土の魔術が対抗策として的確だが、一瞬にして最高効率で自身への攻撃を無にしてしまうセシュレスは、魔力の扱いにも瞬間的洞察力にも秀で過ぎている。


「老人をいたぶる若者と、若者をあざ笑う老人」


 そんなセシュレスのパフォーマンスを見せつけられては、次にどうしたらいいのかすぐには導けず、一瞬誰もが固まってしまうのも仕方ない。振るった掌を素早くしゃがむと同時に地面に着け、魔力を投じたセシュレスが放つのは、地表をめくり上げながら前方へ突き進む衝撃波。術の名の詠唱もなく、壊滅を促す破壊の波を放たれた天人達は、速い衝撃波に為すすべもなく地表ごと吹っ飛ばされ、身動き出来ぬ空中から地上に落ちていく中で、セシュレスが放ってきた火球に丸焼きにされてしまう。


「片や悪趣味、片や大人げなし、と言ったところかな」 


 たった一人でホウライ城へと真っ直ぐ向かうルートからはずれ、横道をぶらつくように歩いていたセシュレスの背後から、拡散気味に都を侵略する部下が追いついてきた。セシュレスによって崩された敵の布陣を見受け、指揮官を追い抜いて駆けていく地人達が、天人達を次々に切り捨てるのに時間はかからない。急襲する地人に左腕を落とされながらも、死なば諸共の覚悟で右手の剣を振り下ろした天人の決死の一撃も、離れた場所から岩石弾丸を放ってくるセシュレスに手を撃ち抜かれ、剣を落としたところでもう終わり。後方によろめいた拍子、左腕を切り落としてきた敵兵の鉈に、喉元を掻っ捌かれて命を奪われる。


「さて……そろそろ"ありそう"なところだが……」


 率いる兵の鬼気迫る勢いとはまるで別世界、セシュレスの歩みは、依然としてゆったりとしたものだ。それは彼自身の余裕をわかりやすく形にするものではあるし、対する天人には強いプレッシャーを与える効果もある。ただ、それはあくまで副産物。急がず、慌てず、敵陣営の動きを注意深く洞察することに意識を傾け、出来るはずの迫撃に踏み出さないのは、彼が何かを探しているからだ。


 ふとした瞬間、セシュレスの足がぴたりと止まった。それと同時に、くくっとほくそ笑んだセシュレスの表情を、この戦場で何人が目にしていただろう。激戦を呈する、前方の天人と地人の乱戦区画を前にしたセシュレスの目には、空から降り注ぐ無数の稲妻がある。それが攻め入る地人達を奇襲気味に狙撃し、革命軍の勢いをつまづかせかけている。


「少々物足りぬが、これなら糧にはなるだろうな……!」


 自身の目線を悟られぬよう顎を引き、シルクハットのつばを下げたセシュレスが走り出す。地人の群集地、味方の間をすり抜けるように素早く駆けるセシュレスが、味方よりも敵の多い合戦場に飛び込んでいく形。敵軍の隙間をすり抜けて、指揮官セシュレスが単身突撃してきた姿を見た天人達も、素早く矛先を切り替えたものだ。


 斜め前方から切りかかってくる天人の剣士、それがあと一歩で自分を射程距離内に捉えるというところで、指先からはじき撃つようにした火球を剣士の片目に直撃させるセシュレス。悶えて剣を振り抜けなくなった敵兵を無視して駆けるセシュレスへ、周囲から集まるように迫る風の刃。各々と自分の間に岩石の壁を生成し、つまり無数障害物を即時生成したセシュレスの対処が、飛び道具を彼の体まで届かせない。まだ止まらない、それどころか加速する。老体にして若年男性の速度にも迫る速さ、味方すら置き去りにして突き進むセシュレスは、遠方から着目した対象をいよいよ目の前にする。それは、天人陣営の後衛最前列に立つ、真っ白な法衣に身を包んだ天人の女性だ。


「お前がそうだな?」


「っ……天魔! 避雷人(マグネエクレール)!」


「地術、暴食王の黒球ベルゼブブ・メランストマ


 若くも天人の術士の中で頭角を表し、都の守りを担うほどに評価された女性術士。敵軍の指揮官にして最強格術士セシュレスを前にしても、怯みかけた心を瞬時に正して術を放つ姿、さすが肝も据わっている。しかし一手早かったのはセシュレスの方だ。セシュレスが掌から生み出した、得体の知れぬ黒い塊はただちに彼の頭上へ。その次の瞬間、セシュレスの周囲に拡散した女性術士の雷撃魔力が形になり、全方位の無数座標からセシュレスへ稲妻の集中砲火を放つ。一人の対象を、あらゆる方向からの雷撃で同時狙撃するその魔術は、無策ならセシュレスをいくつもの雷撃で焼いていたはずだった。


 そうならなかったのは、セシュレス目がけて放たれていたはずの稲妻いくつもが、引き寄せられるかのようにセシュレスの頭上の黒球に軌道を曲げてしまったからだ。比較的使い手の少ない、闇属性の魔術。他者の魔力に強欲な干渉すらもたらし、闇の中に取り込もうとするその魔力の色は、具体的には引力を形にする属性だ。天人陣営の術士の中でも指折りの使い手、そんな彼女の最大奥義を、黒球であっさりやり過ごしたセシュレスの涼しげな顔には、勝負を賭けた術士の側も、次なる一手を見失いかける。


 腕を一振りしたセシュレスによって放たれる火球が数発。極めて単調な火球数個を投げるだけの攻撃だが、天人達の足元に着弾したいくつもは大爆発を起こし、地上を火の海に変えてしまう。その一撃で身を焼かれた天人も数名、しかしそれは今のセシュレスにとって大きな問題ではない。彼の目は、風の翼を背負って地を蹴り、空へと発って爆炎を回避した女性術士を追っている。


「貰った……!」


 この時、成功を確信して地を蹴った瞬間のセシュレスの表情は、それと向き合う空の女性天人術士の背筋をぞくりとさせたものだ。自らに矢のように迫る跳躍を見せたセシュレス、撃墜のための魔力を練り上げる女性、しかし既に決定打の魔力を練り上げたセシュレスの秘術は、ほぼ形になっている。


「天魔……」


「地術、闇の吸滅(ダークスティール)!」


 天人の術士がどのような魔術で迎撃しようとしたのかは、もはや誰も知ることが出来ない。セシュレスの背後から伸びた、8本の真っ黒な闇の魔力。それは蜘蛛の足のように伸びると同時に折れ、空中の天人術士を串刺しにした。傍目には、物理的に即死級の残酷な光景。現実はもっと残酷だ。8筋の闇の魔力は対象に届いた瞬間にぎゅるぎゅると渦巻き、あっという間に貫かれた天人の全身が、明るい空の真ん中に不自然に浮く、真っ黒な闇の塊に取り込まれるような形となった。


 着地と同時にセシュレスは、足の裏に纏った魔力を発動させ、地面を大きく揺らす魔術を発動させていた。敵味方問わず動きが鈍る激震で、頭数で劣る自陣営には負の流れすらもたらし得る事象だろう。しかしセシュレスを視界内に捉える者達が足元を揺らされ、僅かな時間攻撃に移れることの出来ない状況になったことの方が大きい。見上げるセシュレス、空中に浮かぶ闇の魔力の塊に掌を向け、ぐっと握り締めた瞬間が運命の時。うごうごといびつな形でうごめいていた闇の魔力が、突然ぎゅうっと収縮し、闇の中に取り込まれていた女性術士の姿が、再び日の下に現れた。直後、ぐらりと傾いた女性術士の体が地上に落ちていき、そこから離れた闇の魔力はセシュレスの手元へと戻っていく。


「くくく、頂いたぞ……! 思いのほか、これは上質だ……!」


「っ、く……おい、どうした!? しっかりしろ! おい!」


 地上に真っ逆さまに落ちていった天人術士は、空を舞う天人に受け止められたことで、地面に叩きつけられることを免れていた。だが、救出者の腕の中でぐったりとした女性術士は、目も口も開けっ放しにしたままぴくりとも動かない。外傷はなく、しかし既に死体へと変えられたその術士に真に起こったことは何なのか、必死で声をかける男にも全くわからない。


 セシュレスが女性術士から、闇の魔力によって奪い取ったものは何か。それは彼女の命よりも大切なものであり、それを手に入れたセシュレスのぎらついた笑みは、現時点でこの日最大の収穫を得たことによるものだ。


「天魔、避雷人(マグネエクレール)


 直後起こったことは、もはやセシュレスの部下さえ我が目を疑うもの。息ひとつしない女性術士ごと、彼女を抱えた天人兵を、周囲に突然発生した稲妻の魔力が集中砲火したのだ。激しい雷撃の同時着弾により、凄まじい爆音と光を伴った末、天人二人の体が煙を発して黒焦げに。そのまま死体二つがばたりと倒れる中、うなずき笑うのはセシュレスのみ。天人にしか使えぬはずの雷属性の魔術、それを行使したセシュレスの姿に地人達が閉口し、今しがた発動させた魔術が、闇に食われた天人術士の最大奥義と同じものと知る天人達は、それ以上に絶句する。


「さあ、ショータイムだ……!」


 敵から奪取したばかりの力を試し撃ちし、満足な笑みを浮かべたセシュレスの姿は、背の低い老人の

シルエットにして、恐怖の象徴にすら見える影。直後、両手を掲げたセシュレスが、天人達の集まる場所に無数の稲妻を落とし込む。事象そのものにも、猛襲的な連続攻撃にも混乱する天人達へ、改めて恐ろしき指揮官の姿に勇気を得た配下達が、もはや恐れるものなしと突き進む。この戦場区画の大勢は既に決した、人智すら超えたようなセシュレスの存在感が、ただそれだけで天人達の腰を引けさせ、そこにただでさえ勢いのある軍勢がなだれ込めば、勝負になるものもなりはしない。


 シルクハットのつばを引き、伏せた顔の含み笑いを抑えられないセシュレス。アトモスの遺志がホウライ城まで到達し、天人達の権威の象徴を火に包むビジョンが、既に彼の慧眼には映っていた。











「アスファさん、大丈夫でしょうか……」


「少なくとも連れて行くよりはましよ。それほど、私達が目指す敵は強大なの」


 空を舞うファインの不安そうな声に、前向きではない肯定を放つスノウ。既にホウライの都の領空に入った二人の下では、空を駆ける二人を見失わないよう走るクラウドの姿もある。ホウライの都、北の関所をくぐって南東への進路を保つ三人の目指す先には、過去最大の強敵となるであろう敵将が見据えられている。


 北の関所を守っていた天人達も、都全体に攻め込んだ敵の動向は情報として獲得している。スノウ達が彼らから得た情報で最も大きなものは、セシュレスを含む軍勢が、既に都の東から城へ進軍しているという現実。スノウが目指す先はそこである。ニンバスに並び、あるいはそれ以上の敵軍最強格、セシュレスを討つことが、スノウの取るべき最善手。恐らくあれを討ち取るのは、何人の雑兵が束になっても不可能だろう。自惚れではなく、天人陣営において最強の駒である自覚を持つスノウが、ファインやクラウドという最も頼もしい友軍を支えに、セシュレスを討つべきなのだ。それが為せねば、この戦に勝利は無い。


 城の守りをお願い、とアスファにささやいたスノウの言葉は、セシュレスに向かう道からアスファを締め出すためのものだ。スノウに並んで最後まで戦い抜きたかったアスファも、城兵としての立場上、やはりそれを優先すべき身分である。少し苦い表情をしつつも、使命を背負った表情でスノウ達と別れたアスファは、ホウライ城へと向かっていった。城にもやがては敵軍の猛者が到達するだろうし、間違いなく安全圏内ではない。だが、セシュレスとの戦いに彼を連れて行くよりは、まだアスファの命が奪われる可能性は低いとスノウは見る。先の言葉の真意とはそういうことだ。


「私達に……」


「絶対に何とかする。しなきゃホウライの都は滅びるのよ」


 セシュレスの討伐。私達に出来るでしょうかと問いそうになったファインに、スノウは先んじた答えを発した。きっと、ニンバスとの戦いよりも熾烈なものになる。この革命戦争の明暗を分ける決戦の地に向けて、空を滑るスノウの目は真っ直ぐ。そして母の、決意に満ちた横顔を見るファインもまた、胸の奥の恐怖心を握り潰して前を向いていた。




招かれざる客の追放フェスティーヴーザー・エクスペル……!」




 都入りしたスノウ達の目には、遠方で暴れる巨大な竜巻も視界に入っていた。まさかそれと同じものが、自分達のすぐそばで発生するとは思うまい。ぎょっとする二人の前方、突然現れた竜巻は地上をばきばきと粉砕しながら、その巨大な径で体当たりするようにスノウ達に迫ってきた。


「うっ……ああっ……!」


「く……! ファイン、しっかり! 絶対に墜ちないように!」


 空域はあまりにも広く大きく、滑空軌道を逸らしてなお、ファインとスノウは強風に煽られ飛空姿勢を

乱される。大暴れする竜巻の根元、地上では、目に見える大災害の進軍をつぶさに感じ取ったクラウドが、風域の外に既に身を逃している。見上げた彼の振り返る後方、竜巻の風域端でがたがたと揺らされる二人の姿は、クラウドにとっても気が気でない。


遺作照らせし華光スワンソング・スポットライト


「や……っ……!」


「くぁ……! 風に、光に……!?」


 さらに竜巻そばの低空から飛び出した小さな影が放つ、象も飲み込む太さの怪光線。動きを乱すスノウとファインを、纏めて呑み込まんとするその砲撃に、二人がなんとか必死で滑空軌道を曲げての回避。しかし、光線の空中発射点座標の少女が操る両手は、放射方向を掌の向きに移ろわせ、空に描かれた巨大な光線は、逃げたスノウを殴る光柱のように迫る。


「お母さぁんっ!」


「ぐぅあ……! っ、く……!」


 光線がスノウを呑み込んだ瞬間、彼女の全身を焼く熱は凄まじかった。スノウだから絶大な光の魔力で、光線の熱に包まれる全身を守り通したが、彼女でなければ瞬時に真っ黒焦げにされている熱と威力だ。光線領域内で3秒苦しめられつつも、滑空軌道を一気に上空へ振り上げたスノウは、光線の照射範囲から逃れて術者の方へと体を向ける。


「あははは……! さすがは聖女様だねぇ!」


 大概の敵を一撃で炭に変える、自らの怪光線魔術を耐え切って、さらには風の刃を投げつけてくるスノウには、笑う彼女も感心模様。スノウの飛ばした大型の風の刃を回避し、風の翼によって一気に高度を上げた彼女のシルエットを見て、この場で誰よりぞっとしたのがファインである。


「あの人は……!」


「あっ、混血児さんだ! ホント、歴史の節目ってやつはオールスターだよねぇ!」


 赤白青の勝負服に身を包み、二股分かれの帽子をかぶった少女は、スノウと同じ高さまで到達したところで静止する。一度動きを止めて敵を見据えたスノウ、クライメントシティで彼女にいたぶられる恐怖を味わったファイン、両者の表情は色こそ違えど戦慄模様に染まり、逆に二人を交互に見る少女は、えらく上機嫌な笑顔である。


「はろー、聖女さま♪ 私、ミスティ。よろしくね?」


 左手に火の玉、右手に水の塊を生み出し、地術と天魔の両方を行使できる姿を見せつけるミスティの行動は、名乗った自己紹介に加えて自らの血を物語っている。スノウとファインの後方で、地上をぶち壊しながら暴れ狂う竜巻、そして先程スノウの身を焼こうとした巨大な怪光線。その使い手たるミスティの血筋を見たスノウが、敵の恐ろしさを悟ったのは言うまでもない。


「ずうっと私、あなたに会いたかったんだ。ニンバスさんには悪いけど、あの人があなたを殺すのに失敗してよかったって、私は思ってる」


 ミスティの両手のそばに舞っていた火の玉と水の塊が消え、ただちに生み出されるのは無数の蒼い火の玉。それらはミスティの手元を離れると、空の彼女の周囲を取り巻くように回り始める。まるで、蒼い人魂の飼い主のような様相で、笑顔の色を塗り替えたミスティの姿には、向き合うスノウもファインも背筋が凍ったものである。


 その笑顔が、あまりにも正気のそれとは程遠くて。大きく見開いた両目は瞳孔まで開き、裂けたかと思えるほど口の端を引っ張り上げたミスティの顔が、蒼い火の玉の光に照らされる表情は、それだけで対面する相手の心をわし掴みにする。


「殺してあげるよ……! 私が、この手で!」


 ミスティのそばを離れて二人へと迫る火の玉。ニンバスの放った無数の黒雲と同様、彼女らを包囲するように迫る無数の火の玉は、術者の強烈な殺意を離れた位置から肌にまで伝える。革命軍の隠し玉、"アトモスの影の卵"の名を冠するミスティの急襲に、ファインとスノウはセシュレスに辿り着くより前、あまりに予想外の死闘を強いられる形となった。

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