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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第10章  嵐【Evil】
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第173話  ~第二次近代天地大戦~



「はいよー、炊き出し上がったぞ。腹減った奴からついばんでいけよ」


「なんか早ぇな。ちゃんと火、通してるか?」


 ホウライ城から離れて北、小さな森の中に陣取った、多数の武装した地人達。間もなく訪れる、ホウライ地方の総本山への突撃の時を前にして、最後の晩餐の鍋へと集まってくる人影の動きが著しい。


「おいコラがっつくな、俺らのぶんが減るだろが」


「何よ、レディファーストでしょうが。ニンバス様の優しさを見習いなさい」


「レディーっつーのは淑女のことを言うんだよ、お前はぜってー違ぇ」


「おーいフルトゥナ、早く来い来い。お前のぶん、先によそってやるからよ」


「ちょっと! 何よその扱いの違いっぷりは!」


 しかし、数時間後には合戦場に身を置く者達でありながら、その空気のゆるいことゆるいこと。鍋の前に集まった男達に、紅一点と呼ぶにはちょっと厳しい小太りのおばさんが混じり、同じ女でありながら少女フルトゥナと自分の扱われようの違いにぷんすこしている。男先輩に呼ばれておずおずと寄ってきたフルトゥナは、おばさんのちぇーっという目つきに恐縮しながら、先輩に炊き出しのご飯をよそってもらう。


「フルトゥナは可愛いなぁ。もう今から帰って幸せに生きろよ、代わりに俺らが勝ってきてやるからよ」


「こーんな可愛い子を戦場に送り出すなんて世知辛い話だよなぁ。あー世の中間違ってる間違ってる」


「はんっ、ロリコンどもめ」


 戦場に立てば鋭い眼差しで得物を振るうフルトゥナとて、普段平静にしている限りは可憐な女の子。忍装束に近い風体でもそれは変わらず、身内の間では人気があり可愛がられている。15歳のフルトゥナに甘い態度の男連中には、おばさんも発情狼を見るような目で舌打ちである。


「はいフルトゥナ、肉あげるわ。あんたも太ってこの男ども幻滅させてやればいいのよ」


「えぅ、あ……す、すみません、ありがとうございます」


「お前が男に優しくして貰えないのは腹肉のせいじゃないけどな」


「年のせいだけどな」


「あん? おうコラもういっぺん言ってみなさいよ」


 流石このおばさんも戦闘員の一人、容赦なくからかってくる年の近い男達にずいずい迫り、寄るな触るなといじり返されながらも強気の姿勢である。フルトゥナはこのおばさんや、その周囲の男達とは初対面。自分の属する傭兵集団、"鳶の翼の傭兵団"の同士であることしか知らないが、この柔らかな空気の中に混じるのは悪い気分ではない。


 拗ね気味の態度でも、貴重な肉を分けてくれるおばさんの態度が、若い自分にもっと食べなさいと優しくしてくれての本質だともわかるのだ。おじさんおばさんが飯を食いながら、行儀悪く口論する空気からすすっと引き下がり、気心知れた大人達だけの空気を譲って一人で食事に手をつける。


「よー、フルトゥナ。ちゃんと食ってるか?」


「あ、オラージュさん……き、緊張しちゃって、いっぱい食べられそうにはないですけど……」


「駄目だぜ~? めちゃくちゃ運動する前なんだから、空腹出陣なんて不備はだらしねぇぞ」


 そんなフルトゥナのそばに現れたのは、よく馴れ親しんだ青年だ。赤毛のオラージュはいつもどおり、どんな集団の中にあっても、一度は必ずフルトゥナに声をかけてくれる。この傭兵集団に戦闘員として属してから日の浅いフルトゥナだが、それからの毎日をほぼずっと一緒に過ごしてきたのがこの青年だ。


「機嫌がええのう、オラージュ。花札、勝ったか?」


「ええ、ボロ儲けっすわ。一週間遊べそうなぐらいの大勝ちっすよ」


「そんな所で運使い果たしとったら、戦場で不運に見舞われるんでないかのう?」


「怖いこと言わんで下せぇよ、せっかく勝って気持ちいいとこなんすから」


 オラージュに歩み寄って軽口を利いてくる、着物姿の隻腕剣客ケイモンも、フルトゥナにとっては敬愛する近しき人。戦闘員としては未熟なフルトゥナを、しっかり者のケイモンと気さくなオラージュがいつも優しく、時に厳しく育ててくれた毎日は、彼女にとっては忘れ得ぬ日々である。二人があぐらをかいて座るそばに、自分もしゃなりと座るこの時間が、無条件に落ち着く安らぎタイムである。


「おんし、今日は煙草を吸わんのじゃな」


「あそこに身篭ってるカカアがいますからね。みんな控えてますよ」


「みごも……えっ、あの人?」


 オラージュが親指でくいっと指し示す方には、さっきまでぷんすか態度だったおばさんが、いつの間にか談笑ムードで仲間達と語らう姿がある。あの人が戦闘員の一人であることは知っていたが、まさか戦を目の前にしたこの陣営に、妊婦がいたなどフルトゥナの想像力の外であろう。


「しばらく禁じてたみたいっすけど、先日とうとう我慢できずに旦那とパツイチ決めちまったらしくてね~。アホですわあいつ」


「ふふふ、若いっちゅうのはええのう。ま、自業自得じゃて」


「ねー。我が子と旦那のためにも、あいつ何が何でも死ねないシチュになりましたよ。大変っすねぇ」


 死なずの勝利、それが戦場において最も難しいことだっていうのに。おめでたすらも、戦前の今となっては使命をより重くするものとなるであり、今頃あのおばさんも頭が痛くなっているかもしれない。けらけらと笑いものにするオラージュ、優しく見守るケイモンとは異なり、今日初めて会ったばかりの半生に触れたフルトゥナは、兵とて人間という当然を再認識して心がちくちくする。


「……きっと、勝てますよね?」


「さあなぁ。兵力では圧倒的不利だし、みーんな死んじまっても何らおかしくねぇ」


「みんな納得の上で戦場に並んどるんじゃ。これが、いっつまいらいふ、というやつじゃのう」


「おっさん死ぬほど横文字が似合わねーっす」


 フルトゥナが今さらなことを訊いてしまうのは、死を免れて欲しい大人達の存在を強く意識してしまったからだろう。死に至って欲しくないのは自分だけではない。死線に触れる直前になって、自分のことより他人のことを大事にしてしまう奴ってのは案外珍しくない。不安げなフルトゥナに対し、ネガティブな答えを返しつつも、まるで日頃の冗談で笑い合うような雰囲気を崩さない二人は、とうに戦場と親しみ合い慣れた武人の態度を体現している。


「やっぱり、兵力では向こうが……? あんなに前哨戦を繰り返してきたのに……」


「歴史を遡ればホウライ王国と呼ばれた頃もあるホウライ地方じゃ。今でもそう呼び続ける名残はあるじゃろ。天人社会の中では、今でも天界都市にも勝って人口密度の多い都じゃからなぁ」


「ケイモンのおっさんは歴史を語ると饒舌になりますねぇ」


「はっはっは、年くった証拠かもしれんなぁ。若者に古い話するのが以前より楽しくなっとるわ」


 天人社会が確立されたのが、地人達の王オゾンが今のクライメントシティの地底に封印された千年前。当時は別の場所に天人達の王都があり、やがて数年経ってからクライメントシティに遷都、後の数百年の中でも何度か遷都を繰り返した天人達だが、ホウライ地方が王都であった時代もある。付け加えるならケイモンいわく、ホウライ地方に天人達の王が代々住まっていた期間は、四百年近く続いた時代もあったそうで。それだけ社会の中心にあれば、その期間内で他に勝って最も栄えもするだろう。


 今でこそ北のカエリス地方に天界と王都があるものの、当時の繁栄を引き継ぐ形でホウライは廃れず、今でも天人社会の第二の都として君臨するのがホウライだ。次点に続くのがクライメントシティだが、三番手にも大きな差を開けて大きなホウライは、今でも天界都市に引けを取らない大きさを持つ。人口も多い、だから兵力も充実している。フルトゥナが言うように、何度も小競り合いを繰り返して天人勢の兵力を削ってきた先日があるにせよ、それで全戦況に影響を及ぼすほどのものではないと、オラージュ達は正しく知っている。


「何日か前の小競り合いは、あくまでホウライ地方入りをより容易にするための下準備でしかないからのう。ホウライは基本的に、都に戦力を集中させる傾向があるそうじゃしな」


「大変なのはこっからなんだわな。ま、なるよーにしかならねーって感じかね」


「…………」


 わかっていたけど、苦しい戦い。少数勢力で革命を起こすことの難しさ、具体的に想像できなくてもうっすらわかっていたこと。フルトゥナの不安は小さくない。誰も死なずに革命成功なんて最初から捨てていた理想、だけどこの世界には、死地に飛び込む上で死んで欲しくない人が多すぎる。


 殺める刃を手にするフルトゥナ、自分達だけが命を欲する筋合いがあると考えるほど子供じゃない。僅か15歳でそんな覚悟をしなければならない世界に、彼女が混ざることは世知辛さの為せる業だろうか。その道を自らの意思で選んだ者が、使命や痛みを担う義務を背負うのは当然のこと。誰かがそうしなければ、虐げられる側が永遠にそうだというのも、この時代の様相である。











「お母さん、足りないって言うけど……」


「足りない足りない、全然足りない。これでも最大限に交渉した方なんだけどね」


 一方、ホウライの城下街から離れた北東、兵の集う小さな駐屯地の中において、スノウは不満げに溜め息を溢れさせていた。この溜め息に、誰かを責める意図はさほど重く含まれていない。兵力不足の現状は現実として仕方ないという諦観が九割で、こうならないためもっと事前に策を打てただろうという残念が一割。自分の思う策が万全だったとも思わないから、一割の不満もそう強いものではないが。


 ホウライ地方の兵力は間違いなく潤沢で、アトモスの遺志陣営と比べて数倍であるのは確かだろう。敵兵力の総数は未知数だが、それでもこれは確信していい事実。ファインやクラウドもそう聞いているから、戦争の頭数においての不安だけは排除していたのだが、スノウに言わせればそうでもないらしい。


「セシュレスやニンバス、ドラウトやネブラをはじめ、向こうには一騎当千の大駒がちょっと多いからね。こっちにはそんな爆弾が多くないから、数にもの言わせて勝ちに行くしかないわけよ。そういう図式が確定である以上、もっともっと兵力が無いと磐石とは言えないわ」


「なんかこの駐屯地だけでも、かなりの兵士がいるけどなぁ」


「多く見えるでしょ。これでも不足なのよ?」


 スノウとファイン、クラウドがいるこの場所は、比較的ホウライの都に近い場所。ここから更に北東には、既に大量の兵を構えて都への道を塞ぐ軍勢が構えている。都の北方や東方も同様だ。全体図で言えば、ホウライ城の北と北東と東、三方から敵軍の侵攻を防ぐ布陣であり、都の本陣が最も手厚く守られているという構図である。スノウ達の属する遊撃手の立ち位置は、前線の状況を聞き受け、加勢すべき所に兵力を投じるための、柔軟性重視の一団というわけだ。敵がどのように攻め込んでくるのかが不明であるため、スノウという大きな影響力を持つ駒が、状況に合わせて動ける陣形は確かに良い。


「そもそも兵力の逐次投入スタイルもどうかと……いやまあ、今のこれは仕方ないかもしれないけどさ」


「お母さん、前もそんなこと言ってましたね。それって、ダメなんですか?」


「戦場においての兵力逐次投入って最低最悪の策よ? 無自覚にそれを指示するホウライ王だったから、今このきっつい状況があるわけで」


 前提として、兵力の逐次投入策っていうのはダメなのである。たとえばこちらの兵力が300として、100の兵が侵攻してくるケースで、無駄を省くために100を控え、200を出兵したとしよう。出陣した200がやばくなったら、後続の100を突っ込ませる保険をかける、という戦い方って、合理的に見えるかもしれない。それが大きな間違い。


 だって最初から300の兵を突っ込ませた方が、こちらの犠牲を最小限に100の敵を壊滅させられるはず。その方が敵の三倍の兵力なんだから、二倍の兵を差し向けるよりよっぽど楽に勝てるだろう。敵の壊滅が早まるだけ、こちらの兵力が削がれる総数も絶対に少なくなるはずだ。兵っていうのは戦場において駒であるが、その犠牲を減らすという発想は軍事的にも正しい。死んだ駒は次の戦にも参加できないのだから。人間的な感情論を抜きにしても、兵の犠牲を無為に増やすような策は、軍事的にも愚策とされるのだ。兵力の逐次投入策っていうのは、まさしくそれに該当する好例である。


「自分で言うのも何だけど、私は天人勢の中でも爆弾駒だから、私が状況に合わせて動く作戦っていうのは否定してないわよ。私はそうあるべきでしょうからね」


「だったら別に……」


「私が批判したいのは先日までよ。北の地方境の防衛線を、兵力逐次投入の形で補強し続けた期間の話」


 今になっても先日前のことを突くぐらいには、よほどスノウはそれが気に食わないらしい。それが今の厳しい現状を招いた一因だと思えるだけに、これを見過ごすことは出来ないのだろう。


「ホウライ地方って言うのはねぇ、都を第一に考える姿勢が如実すぎるのよ。いや、普通の発想ではあるけどさ。だからって、アボハワ地方にアトモスの遺志が潜伏してるっていう事実が判明してるのに、その防衛線の兵力手薄ってのは流石に舐め過ぎ」


「ああ、なんかそれは昨日か一昨日にも言ってましたね」


「都にばかり強力な兵を集めて、防衛最前線には一枚も二枚も劣る兵力だけ投げ捨ててたら、そりゃセシュレスやらニンバスやらいる陣営をどうにか出来るもんですか。事実、ここまでの前哨戦で、こっちの兵力ばっかりガンガン削られて、向こうの兵力殆ど減らせてない。もっと手厚く守ってれば結果も変わったかもしれないのにさ」


 アボハワ地方とホウライ地方の境界線、地人禁制の地の玄関口を守っていた部隊が相対的に手薄で、都の守りが常にがっちがち、そんな数日前をスノウは憂いていた。天人達は強い兵に地方を守らせていたという認識だっただろうが、セシュレス達からすれば格好のカモで、策謀巡らせて小刻みにつつき、天人側の総兵力を削り落とすことが容易だったのだ。で、兵が削られたらまた兵を補強するホウライ国王、でも防衛線の防御力は元より少し増した程度。またアトモスの遺志がうまうまとその兵力をカットしに来る。その繰り返し。あの連日で、どれだけ無為に兵が削られたかわかりゃしない。


 スノウが兵力の投入をやめろ、あるいはもう防衛線の兵をまとめて下げてもいいから、戦力を都に集中させて戦に備えろと提唱して、初めて状況が動いたのだ。ホウライの王が認可したのは前者だったが、結果として手薄のまま放置された防衛線を、アトモスの遺志に蹂躙される形になった。これに対しては賛否あったものの、今までと同じ采配を繰り返していたら、長い目で見て同じ事の繰り返しで、永遠に削がれ続ける形だったと確信しているスノウからすれば別に。ホウライ地方北の防衛線を張っていた兵には可哀想なことをしたとは思うが、それでもセシュレスならびにアトモスの遺志を仕留めねば戦は終わらないのだ。勝負を賭けなくてはならなかった。


 とにかくこれで、セシュレスの側も最終決戦の形に持ち込んでくれたのだ。あとはある限りの双方の総力を投じての最終決戦。わかりやすくなったのは図式だけの話ではなく、戦争を終わらせる道筋がようやく形になったと言える状況だ。後は勝つだけ。何度かの愚策で、この日を迎えるにあたって有るはずだった兵力の一部が消えていることに煮え切らなさはあるが、やるしかないのである。


「……まあ、気持ちを切り替えてやるしかないんだけどさ。レインちゃんは、言ったとおりにしてそう?」


「はい、ラフィカさんならびに、ホウライ城の守りに回って貰ってます」


「本当は、疎開に混じって戦場を離れて欲しかったんですけど……」


「あの子には気の毒な立ち位置を強いてると思うわ。頼りない私達で申し訳ないと切に感じるわよ」


 とにかくこの状況、一人でも有力な兵が欲しい現状において、レインの参戦はスノウ目線からも助かる話。エンシェントとはいえ、あんな年端のいかぬ少女を、ゆかり無き地を守らせるために戦わせるなんて、どれだけ残酷な話かと言う話だが、それでもスノウやホウライ王国は頼るしかない。正直スノウは、ファインやクラウドにも同じことを感じている。戦うことを快諾してくれた三人には、今もスノウは頭が上がらない。


 ファイン達と違ってレインは、体が出来上がっている年ではないのだ。合戦は長期戦、いかに有力とて最初から戦い続けていたら疲労も溜まるし、レインは最初からの出ずっぱりには向いていない。だから兵力としてカウントしつつも、最初から戦線に混ぜる形にはしていない。ホウライの都を守る防衛軍に混ざらせる形にして、まだ頼れる男達と共に戦って貰う計算である。


「じきに敵が動き出せば、その動きに合わせて私達も動くわ。体、あっためておきなさいね」


「……はいっ」


「わかりました」


 さあ、何人死ぬ戦いになるだろう。胸の前で、両手を握って開いてするファインの掌は、既に緊張感が流す汗でじっとりしている。軽くストレッチする仕草を形だけでも見せるクラウドも、緊張する想いは強いのだろう。何せ二人は、ニンバスともネブラともザームとも、さらにはミスティとも戦っている。そんな連中が総出で迫る軍勢を相手に、今から戦場に乗り込むのだ。多数の兵力を従えた、彼ら彼女らを前にして、自分が生きて帰れる保証が無いのは、他の天人以上に強く実感している立場である。


 日はまだ高い、その陽が西の山に沈む頃まで続くであろう長期戦の始まり。国家に属して生きてくるような半生を送って来なかった二人にとって、そんな戦争に兵として混ざることなんて、かつては想像もしてこなかったことである。











「さぁて、いよいよ出陣っすかね」


「うむ、ニンバス君達も出陣した頃合いだ。僕達も、出撃の時間だよ」


 武装完了したアトモスの遺志の将格二人、ネブラとザームが少し重い声で語らう。歩く二人に従って、平原を進む無数の兵は、二人以上に鋭い眼。いよいよ突撃開始、革命のために培ってきた力を発揮する檜舞台へ向け、誰もが意気込んでいる。それは、指揮官として冷静な表を保つ二人より、率いられる側の方が表に出やすい気質であろう。


「みんな表情が硬いよー! もっと安心して行こうよ! 私達がいる限り、負けることなんか無いんだからさ!」


 そんな輪の中にあって一際浮いた少女の声は、言葉の少ない陣営下においてよく響く。ネブラとザームから少し離れた場所、後ろ歩きで後続の兵を見ながら前進する少女は、アトモスの遺志において知れた方の顔。ただし、彼女が長らく認識されていたのは、革命集団に属する非戦闘員としてであって、彼女が自陣営においての最強格の一人であったと周知されたのは、つい最近のことである。


「それがお前さんの勝負服か?」


「えへへ、そうだよ。ご主人様にあつらえてもらった、私の宝物♪」


「ご主人様っつーのはアレだよな……」


「うん、"影"サマ」


 ミスティに話しかける兵の一人も、昨日までほど声が軽く出来ない。"アトモスの影"という二つ名だけが知られ、その正体は未だに謎に包まれたままの二人。その"影"が従える、世界にたった一人の従者、"アトモスの影の卵"の正体もまた、長らく一部を除いて知られていなかったものだ。それがアトモスの遺志において、陽気に一発芸を見せていた少女、ミスティそのものであったことが知られたのは、先日の防衛線突破の日が初めてのこと。


 赤白青のの斜め縞模様の服を纏い、同色のハイソックスと靴を履いた彼女は、その場でくるりと回って同色のスカートをふわつかせる。勝負服と称されたそれだが、彼女にとってはご主人様に頂いた、自慢したい一張羅なのだ。二又分かれの道化帽子も同じ色合いで、顔と袖から伸びる腕、短いスカートがふわつくたびに見える太ももの肌色以外は、見事に斜め縞模様のトリコロールカラーで統一されている。混戦模様の戦場でも目立ちそうな風体だ。


「勝ったらみんなで、変革された世界でまた生きていくんだよ? 未来は明るい! そんな先のこと想像して、うきうき臨むぐらいが丁度いいんじゃないかな」


「肝据わってるなぁ、お前。俺らの半分も生きてないガキとは思えねえや」


「なーんかみんな、死んでも勝つっていう気迫に満ちてて面白くないからさ。生きて勝つんだ、っていう気概が欲しいなぁって私は思う次第なわけでござんすよ」


 おどけた口調でにっこり笑い、首を傾けそう言うミスティ、それが心からの真意であるにせよ、大人達には甘く聞こえるだろう。誰もが厳しい現状下で、命を懸けて臨むべき戦場だと強く認識している此度の合戦だ。生きて帰ることなど二の次、あるいは、自分が死ぬことになろうとも、故郷に残してきた友人や家族、隣に立つ戦友が変革後の世界で幸せに生きていく未来のために殉じることを望む者ばかり。殺生を手段として革命を為さんとする者達の思想を美化するのは徳に複雑だが、アトモスの遺志が純然と願うのは、己ら地人が不条理に差別される世界を変えること、ただそれに尽きている。身内を重んじるその姿勢とは矛盾していない。


「はっはっは、ミスティもいいことを言うじゃないか! 君達! 今の言葉を改めて胸に刻み付けたまえ!」


 進軍の先頭を歩いていたネブラが羽を背負って飛び立ち、後方の部下を振り向いて低空に滞在する。指揮官の彼を、足を止めて見上げるザームと部下総勢。自らの言葉を強調しようとする前触れを発したネブラには、ミスティも敬う人を見上げる眼差しで微笑んでいる。


「セシュレス様の教えを覚えているか? 社会とは、人が為すものだ。確かに此度の戦役は、犠牲なくして勝利を掴めるものではないだろう。誰かが死に、誰かが生き延び、命を落とした者の戦い抜いた実績が、未来を生きる者達の礎として尊く語り継がれていく。それは美しいものと見紛われがちだが、セシュレス様や僕にしてみれば、そんな思想は逃げでしかない」


 高らかにして重い言葉、しかし陽気な普段とさほど変わらぬ声を発し、注目の真ん中で部下を見下ろすネブラ。彼の視界に収まる者達は、一人一人が彼にとって、自分についてきてくれた愛しき部下。天人でありながら、地人が支配される世界を変えようという組織に属した、いわば天人の裏切り者たるネブラ。信用されなくとも当然であった自分に、今も命運を預けて従ってくれる者達がここにいる。


「死ぬまで戦い抜く覚悟はそこにあるか。だが、努めて死に臨むことは同じではなく、美徳でもない。君達には僕が、ザームが、ミスティが、そしてニンバス君やドラウト卿、セシュレス様がついている。進んで命を捨てるようなことをせずとも、勝利を掴む者達は必ずいる。捨てた命で為せる功などたかが知れているんだ。人の命は単に重くとも、捨てられた命が同じくして重き価値を等価に発揮するものではない」


 自己犠牲は美しいことだろうか。刺し違えてでも獲った敵の首は、何万分の一の敵の犠牲と共に、何百人もの身内を悲しませることでしかないことを、戦場の狂気はすぐに忘れさせる。戦前の今でさえこの当たり前を、ネブラの言葉でようやく思い出した者も多いだろう。理想論だろうか、いいや、現実。死の覚悟が必要であることと、自らの死が何かに繋がると妄信することは、同じことでは断じてない。


「生存を掲げよ! 既に確信された勝利以上にだ! 僕達が欲するのは死にたがりよりも勝ちたがり、そして勝利の先にある未来を踏みしめたい生きたがり達だ! 君達の命は君達のものだろう! だが、そんな君達が命を落とした時、それが及ぼす痛みは己だけのものでないと心に刻み付けろ!」


 何年も付き合ってきた部下達だからわかるのだ。大半が死にたがりで、自分がどうなろうとっていう覚悟の連中が集まっていることぐらい。だから最後に、声を大にして訴えたい。命を捨ててでも未来に繋げたい身内が君達にもいるように、僕達にとってのあなたはそうなんだと。ミスティの想いを代弁した将の言葉は、決して軽くなく彼を信じてきた者達に通じている。


「時は来た! 出陣の時だ! 全軍これより、ホウライの都を攻め落とす!」


 平原に轟く無数兵の雄たけびは、まだ遠きホウライ本陣に届かんかというばかりに地を揺らす。実際、届いている。地平線の上に僅かに見える、何者かの集団は、ネブラ達から見て最初に遭遇する敵陣営の最前線。部下に背を向け空を滑り始めたネブラの動きが、今の言葉を忘れぬうちの友軍を導き、やがて突撃する軍勢へと変え加速させていく。


「こんな天人様もいるんだから、世の中っていうのはわからないね……!」


「ああ、同感……! 好きになれる天人に出会えたのは数奇だよ……!」


 騎馬に勝る加速度で前進するザームとミスティが、ネブラの僅か前を進む形で一番槍。ぐんぐん近付く敵の陣、敗北を知らぬ想いで駆ける二人は微笑みと言葉を交換し、実体の見えてきた敵のシルエットを前に、武器を魔力を臨戦態勢へと持ち込んでいく。


「来たぞ! アトモスの遺志だ! 全軍、迎撃するぞ!」


「行くぜ、革命の時だ! 淀んで白過ぎたこの世界を俺達が塗り替える!」


「あははははは! 天人サマの落日ショー、とくとお楽しみあれ!」


 天人と地人が吠え合う平原の真昼間。アトモスを地人達の指導者として幕を開けた、十数年前の近代天地大戦からは時を隔て、再び始まる天人と地人の大合戦の幕開けだ。セシュレスを最高指導者として掲げられた、第二次近代天地大戦の行く末を定める一戦、歴史の節目が今ここにある。

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