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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第9章  突風【Saint】
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第167話  ~影の卵の日常~



「本当に、あの村で間違いないんだな?」


「ええ、間違いありません」


 アボハワ地方を北上していく、三百にも届こうかという頭数の天人達の一団。いずれも武装し、馬に乗る者も多く、まるで合戦場に赴くかのような出で立ちだ。各々の表情も、憎き怨敵をこれより討たんという目の色ばかりで、実に殺伐とした空気である。


「当の村に到着次第、有無を言わさず焼き討ちをかける。一般人を巻き込むことになろうと、やむを得ずとの上層部からの指令だ。躊躇いは無用、そう全隊が把握しているな?」


「存じております」


 先日、ホウライとアボハワの地方境の一角にて、極めて小規模の戦いがあった。手薄な場所を突然に、多数の暴徒が襲い掛かり、地方境の防衛線に傷をつけてきたのだ。迅速に兵を集め、近距離の味方との連携を取った天人側の尽力もあって、被害は最小限に留められた一件だった。しかしそれでも、少数ながら何人かの天人兵が命を奪われ、まんまとホウライ地方の手駒を減らした暴徒達は撤退。同胞を奪われた天人達にとっては、極めて苦々しい出来事だった。


 逃亡した者達を空から執拗に追跡した者がおり、根気強いその追跡が実を結んだことで、暴徒達の逃亡先が判明したのだ。それがこの一団の向かっている小さな村であり、天人の住まわぬアボハワ南の農村として知られている場所。それが判明して以降も入念に監視を続け、その村から、らしき影が出て行ったという事実も特にない。ホウライ地方への侵入路を拓こうとした暴徒達は、間違いなく今もその村にいるはずだ。


 天人の楽園、喧嘩を売ってくる暴徒なんていうのは、アトモスの遺志であると見越していいところ。そして現在、アトモスの遺志の一員が撤退したとされる村には、それらの同士がどれほど潜伏しているのかわからない。焦って不備の手を出すことをせず、しっかりと頭数と兵力を揃えた天人の集団は、二方向から二つの隊を突撃させ、村ひとつを挟み撃ちにする算段だ。


「しかし、決して異を唱えるわけではありませんが、少々やり過ぎではないかとも思うのですが」


「良心に似た甘さでは、潜伏するアトモスの遺志を討つことなど叶わぬ」


「しかし、不特定数の反逆者を討つために、村に住まう無関係の人々をも皆殺しにするのでしょう?」


「天人に刃向かう大悪を我らに知らせぬ罪、あるいは無知の罪ゆえだ。皆殺しとは人聞きの悪い話だ、あくまで我らが遂行するのはすべて断罪だ」


 基本、地人を下に見る天人とて、村ひとつを焼き討ちにしての大量虐殺任務に良心の呵責が無いわけではない。若者の問いに対し、冷徹な持論を投げ返す上官も、腹の内では自分達がこれからやろうとしていることが、山賊と変わらぬ所業であるのはわかっている。それほど今は、手段を選んでいられないのだ。反乱軍の総大将にして参謀、セシュレスの率いる軍勢はその知将に導かれ、日を追うごとに天人陣営の駒を削いでいく。そして削がれる駒というのは、天人達にとっては友人であったり、家族であったり、失ったことで深い悲しみを生み出す人々であることを忘れてはならない。


 無慈悲な殺戮を正当化する理屈は確かに存在しない。それでもその道に踏み込もうとする天人に、そうさせる最大の行動理念とは、これ以上同胞を奪われたくないという極めて人間的な切望によるものだ。


「間もなくして例の村に辿り着く。私情を捨てるよう努めることだ」


「……わかっています」


 鞘に収められた剣の柄を握る若者は、この日初めて人を殺すことになる立場。そんな彼が見習いであった頃から見守ってきた上官は、厳しい目ながらその横顔を見守っている。一日も早く、若い者達がその手を血に染める必要も無い、大安の時代が訪れることは、その上官も願い続けていることだ。




『たん、たーん♪』




「ぎゃ……!?」


「ぐわあっ!?」


 それはあまりにも突然のことだった。小さな野良小屋のそばを通過した直後のこと、兵が集う集まりの真ん中で、突如凄まじい爆音とともに火柱が上がったのだ。爆風と轟音を伴う、地表から噴き出す向日葵(ひまわり)より高い火柱が二つ。その炸裂点にいた者は一瞬で灰にされ、周囲の者達も突然の爆風に吹っ飛ばされ、まばらながら集まっていた一団が混乱の渦に陥れられる。


「敵襲か……!」


「火術、地人だな……! 術者がどこにいるのかすぐに探索しろ!」




『たん、たーん♪』




「ひぎあ……!?」


「かっ、ぐ……!」


 半秒の時間差をおいてまたも炸裂する、二本の火柱。敵の存在を素早く察知した者達の反応は良く、今度は火に飲み込まれて即死する者は最小限に留まった。それでも未熟な兵が一人焼き尽くされ、何人もの兵が爆風に煽られ、倒されることになる。




『てん、たーん♪ たん、たーん♪ たんたん♪』




 飛翔能力を持つ何人かは空へと発ち、火柱の届かぬ位置から広く周囲を見渡す。火の魔術を行使する術者はどこなのか、風の魔力を拡散させるとともに、視力と合わせて探査する。その目に映る地上では、まるで術者が遊んでいるかのように、リズミカルに発生する凶悪な火柱が地上軍を苦しめている。






「てんっ、たんっ、たんった、てんっ、たんっ、たんった♪」


 術者は天人達のすぐそばにいた。小さな野良小屋の中、あぐらして座る少女の前には、お皿ほどの大きさの小太鼓が2つ並べられている。楽しそうにリズムに合わせ、それを掌と指先で叩く少女の動きに合わせ、野良小屋の外では火柱が上がる。太鼓を叩くと同時に発生するのは、太鼓の音だけではなく外から聞こえる爆音もそう。楽器遊びのように爆風を鳴らす少女が、野良小屋の中から外の天人を焼き払っている。


「てんっ、たんっ、たんった、てんてんてんてんてーん……♪」


 どこにでもいるような町娘の服を纏う少女がリズムを加速させれば、小屋の外から響いてくる爆音のリズムも早くなる。乗り乗りで太鼓を叩く手つきの速さと、天人達の悲鳴の増加は比例し、爆音に混じってくる死者の声が少女の気分を上々にさせていく。しかし、ここは天人達からすれば極めて近い場所。少女も術者である自分の位置が、間もなく割り出されることはわかっている。


「どーん!」


 広げた掌で、目の前の太鼓二つを思いっきり叩いた少女。それは野良小屋の上空に凝縮させた大気を一瞬で収縮させ、外の者達の耳をつんざくような爆音を響かせた。火を伴う爆風と飛び散る火球、恐るべき術者の居所が野良小屋の中であると、素早く見抜いた空の天人達を襲い、一部を焼死させ、その殆どを強風で煽って飛翔の様を乱させる。


「ばばばばばばばばばばばばばばばば……♪」


 手応えに機嫌をよくした少女は、手前の太鼓二つを両手で交互に連打する。太鼓を一度叩くたびに外で起こる小爆発、位置も様々、空と地上に無数発生する見えない爆弾の炸裂。野良小屋の周りにあらかじめ散開させてあった自らの魔力をはじけさせ、火を伴う小爆発の嵐を展開させるのだ。まるで何十人もの魔術師に包囲され、魔術爆撃による集中砲火を受けるような心地の天人達は、混乱の中に逃げ惑うばかりで誰も正しい行動を取ることが出来ない。


「てってっててとたてててんっ」


 少女の方も、見切りをつけるのは早い。連打連爆遊びをやめにして、再び軽くリズムを刻んで、立て直した敵勢が自分の所在を突き当てるより、先に仕上げにかかるのだ。


「どんっ♪」


 両手を振り上げた少女がそれを振り下ろし、太鼓二つを同時に叩いた瞬間、野良小屋そのものが一つの大きな火薬のように大爆発を起こした。飛び散る木片、拡散する熱風、何より炎。空に向けて立ち上る、きのこの形の凶悪な煙を残し、野良小屋のそばを通りがかっていた天人集団は、あっという間に壊滅模様。平穏な風が吹いていた、晴れた空の下の爽やかな草原が、3分前からは想像も出来ない、焼死体の散らばる焼け野原に変えられてしまった。


「――けふっ。さ、帰ろ帰ろ♪」


 僅かな生存者、それらも殆ど身動け取れない体で倒れる天人達を残し、少女は爆裂した小屋の残骸からこそこそと這い出る。あれほどの爆発の渦中にありながら無傷、煙とすすで金髪と顔を黒く汚す程度の風体で、とてとてその場から去っていく。煙の大きな柱に阻まれて、その少女の姿は天人達に視認することは叶わない。


 仕事は充分過ぎるほどに果たした。村に南から進軍する天人の軍勢に奇襲をかけ、出鼻をくじかせ近隣で待機していた仲間がそれを討ち取る、そういう手筈だったのだ。1分も経たぬうちに百人超えの集団を壊滅させ、その殆どを先頭不能に追い込んだ彼女の功績は、その程度に収まっていない。やがて地に屈するばかりの天人達の元へ攻め立てる、五十人ほどの"アトモスの遺志"が、何の苦もなく死に損なった者達を葬っていく結末に繋がっていく。


 げに恐ろしきは、死にゆく敵にさえ、味方にすら自らの姿を見せず、強大なる力を持つ地人軍勢の味方の実在だけ示唆し、正体不明のままにして去っていく迅速さ。"アトモスの影の卵"と称される彼女は、人通りの少ない田舎道さえ逸れ、誰にも目撃されないまま北上していくのだった。











「ういっす、お疲れさんっす」


「お疲れー。やっと酒が飲めるぜぃ」


 日付を変えて、その翌日の夜。天人達が攻め入ろうとしていた酒場では、二人の男を中心に宴会が開かれていた。がたいのいい男達が集う酒宴の広い場の中にあり、真っ赤な髪の若作りの青年と、蠍の尾のように後ろ髪を束ねた青年はやや浮いた方かもしれない。この二人が、屈強な男達の集うこの席においては、最も戦に手馴れた者達だとは、あまり見た目には思いづらいだろう。


「やっぱサポートしてくれる人がいると違いますね。オラージュさんがいりゃ仕事しやすいっすわ」


「なぁに、俺の力は前列突っ切ってくれる奴がいなきゃ活きねえもんだ。ケイモンの旦那に加えてお前までいてくれたおかげ、っつーのが俺の見解よ」


「フルトゥナもよく頑張ったな。前より腕を上げたんじゃねえか?」


「で、でしたらよかったですけど……恐縮です……」


 二人に挟まれた同じ席にちょこんと座って顔を赤らめるフルトゥナ、彼女の頭を撫でるザーム、照れるフルトゥナの顔を見て微笑むオラージュ。時こそ違えど、クラウドやファインと交戦したことのある三人が揃うこの席は、アトモスの遺志に属する者達が、前日の勝利を祝う宴会場である。


「つーか何よりニンバス様っすなぁ。一緒に戦ったのは初めてだったけど、あそこまで強いとは思わなんですわ。一人で何人仕留めてきたんすかね、あの人」


「一騎当千って言葉がホント似合うだろ、俺らの大将」


「わ、私もびっくりしました……あそこまで強いなんて……」


 ザーム達、この場にいる三人は昨日、西から村へと進軍してきた四百人超の天人達を迎え撃つ軍勢に混ざっていた。それも、敵軍の10パーセントにも満たない頭数、僅か四十人弱の兵力の一団にだ。武器と魔術が交錯した激戦でこそあったものの、その戦いにおいて地人陣営の死傷者はゼロ。せいぜい数人の負傷者が出た程度の話で、あっという間に敵軍の過半数を殲滅し、撤退を強要させることに成功したのである。


 その兵力差を覆したのは、ひとえに兵の質だろう。かつて鳶色翼の勇者と呼ばれ、近代天地大戦においても一等星であった英雄ニンバス、それが率いた傭兵集団も粒揃いだ。ファインやクラウド、サニーを苦しめた実力者たる、オラージュやフルトゥナ、剣客ケイモンがその一例に上がる。そこに加えて、かつてはニンバスのライバルと言われたネブラや、数日前にクラウドに受けた傷も押して参戦したザームも混ざっていたのだ。天人達とて決して見くびった人材の揃え方をしたわけではないが、ホウライ地方の本陣から離れた場所を衛する兵では、相手が悪すぎたと言わざるを得ない。村一つ焼き討ちにするだけの兵力を揃えたのだから、抜かりはないと見た算段も、本来ならば悪い見越しではなかったのだが。


「一つでっかい駒があれば、最低限の兵力で動くのもやりやすくなるんだよ。セシュレス様も、ニンバスの大将やお前の参入は大きいって、セシュレス様も思ってるんじゃねえかな」


「つーかあの人、必要最低限の兵力数を設定すんのが絶妙すぎんすよな。俺も流石に、この人数で天人どもを迎え討てるのかって少し不安っしたからね。蓋開けてみたら楽勝でびっくりっすけど」


「アトモス存命の頃から、兵力で劣る勢力をずっと率いてきた人だからな。俺らもかつては敵対した立場だが、味方に回ればこんなに頼れる参謀様だったんだなって思うわけよ」


 天人達の最大の誤算は、攻め入ろうとした村に隠遁していた最大の敵、セシュレスの存在を意識するに及ばなかったことだ。まさかこんな小さな村、それもホウライ地方からそう遠くない、地人陣営にすれば緊張感もあろう所に、アトモスの遺志を率いる総大将が大胆に居座っているとは思うまい。そもそもにしてそれを想像していなかった者達にすれば、よもや開戦前からセシュレスの術中に嵌っていたなどとは、敗北してなお気付いているか怪しいものである。


 地方境に小競り合いを仕掛け、撤退する兵を追跡させ、この村に潜伏していることを天人達にわからせる所から、既に戦いは始まっていたのだ。焦る天人達は、この機に兵を大量投入し、殲滅を狙ってくることをセシュレスは予見していた。迎え撃つのはニンバスとそれが率いる傭兵集団、ザームにネブラ、そして何よりアトモスの影の卵。精鋭を揃えたセシュレスの采配は、率いられる側の僅かな不安も覆し、自陣営の圧勝劇を叶えてみせたのだった。


「まぁ何にせよ、お前らが明るい顔してんのはよかった。前の任務がどうたらで、お前もネブラの兄さんも随分ヘコんでたからな」


「いやー、あれはヘコみますって。ネブラの兄さんなんか、今日も酒宴に不参加で瞑想中っすよ。ケイモンのおっさんじゃないんすから、つくづく柄じゃない」


 オラージュが切り出した話題は、ザームにとっては思い出すだけで苦いものだ。レインを自陣営に連れ戻すため、多数の兵を率いてまで出陣したのに、功を為せぬばかりか味方に負傷者も多数生じさせて。セシュレスはそんなことをしなくていいと命じていたのに、それに反して動いた上でこの失態、笑えるものではない。クライメントシティ侵攻作戦は、表面上は失敗に見えてあれでよかったザームだが、レイン奪還作戦に関しては明確な失敗である。あまり思い出したくない。


「言い訳するわけじゃねえっすけど、あのガキ二人がマジで強かったんすよー。あれと一戦交えた後だと、天人どもがくっそザコく見えて仕方なかったっすもん」


「混血種の小娘と鉄拳ハチマキ少年だろ? ありゃあ相手が悪かったと思うよ。お前も知ってるとは思うが、ニンバスの大将も手負いからのスタートとはいえ、あいつらに一矢報われてんだからな」


「に、ニンバス様は負けてないですよっ……!? あれは、あの場で撤退する作戦だったんであって……!」


「なんだぁ? お前ニンバスさまのこと大好きっ子か?」


「ち、違……いや、好きですけどそんなんじゃ……」


 あの日、確かにニンバスはファイン達に退けられたのだが、どうにも感情論でフルトゥナは認めたくないらしい。何らかの熱烈なファンっていうのは、愛する何かが何かに劣っているっていうのを、屁理屈こねてでも意地でも認めたがらないふしがある。フルトゥナにとってのそれはまさしくニンバスで、それをなんとか主張したがる彼女をザームがにまにまして図星突くと、惚れた好意を見透かされたフルトゥナが小さくなってしまう。耳まで顔を真っ赤にさせている辺りが、戦場の彼女とはかけ離れて乙女である。


「はーい、おかわりですよー。そろそろ無くなりますよね?」


「お、気が利くな。ありがとよ」


「フルトゥナちゃんも何か飲む?」


「あ、いえ……私はまだ残ってますので……」


 不意にその場に、酒に満たしたジョッキを二つ持つ少女が割り入ってきた。この少女も、ザームやオラージュ、フルトゥナとは顔見知りだ。ただ、彼女の名が"ミスティ"というものであることは三人とも知らない。


「あっ、なに、どうしたのフルトゥナちゃん。なんでそんなに顔赤いの? お酒飲んだ?」


「ちがっ、違いますよっ……! 私にはまだそういうの早……」


「こいつニンバス様のことでからかうとすぐこうな……」


「やっ、ちょ、オラージュさんっ!? 余計なことは……」


「えっ!? フルトゥナちゃんニンバス様のことスキなの!?」


「えぇ、あぁ……ちがちが、ええと……」


「知ってるけど!」


 だよなー、だよなー、と声を重ねてミスティに言うオラージュとニンバス。隠していたつもりの淡い恋心が、バレッバレのものであった現実を前にして、火の出そうな顔色のフルトゥナが口をぱくぱくさせている。頭からぼふぼふ煙を噴き出させ、言葉を失っているフルトゥナの姿を見て、ミスティも意地悪な顔を近付けて観察する。


「ん~ふふ~、フルトゥナちゃん今すっごく情けない顔してるよ~?」


「やっ、やっ……! み、見ないで……見ないで下さいっ……!」


「だめ~♪ 死ぬほど可愛いのでしっかり目に焼きつけます~♪」


 羞恥の想いで顔を背けるフルトゥナだが、逃がした顔の前に移って覗き込むミスティも執拗。腕で顔を覆って隠そうとしても、ぐいぐいその腕を剥がして顔を見ようとするミスティに、フルトゥナも恥ずかしい顔を見続けられて涙目になってくる。任務となれば、公然の場でクラウドの命を奪おうとしたフルトゥナ、肝もそれなりに据わった強き少女である。それでもミスティには勝てない。フルトゥナにはミスティが、アトモスの影の卵と呼ばれる最強の一兵であることは知られていないが、単に女の子同士の攻め合いでミスティの方が上手である。


「あんまりうちの子いじめんでくれや。そろそろ本職の方に戻れよ」


「いたっ……! もぉ~、オラージュさん乱暴ですよぉ!」


「オラージュの兄さんも大概シスコンみたいなもんっすからねぇ」


「確かに妹みたいなもんだけど、シスコンとまで言われるほどアレか?」


「アレっすよ」


「アレですよっ! フルトゥナちゃんを守るためなら、こんな可愛い女の子も殴るんですからっ!」


「わかったわかった、認める悪かったすまんすまんっした」


 フルトゥナに絡みすぎて、軽く頭の横をオラージュに小突かれたミスティがぷりぷり怒るが、代わりにフルトゥナは解放されることになった。赤くしたままの顔を伏せ、上目遣いでじろりと睨んでくるフルトゥナだが、ミスティは悪びれもせずに微笑み返すだけ。再会頻度の高くないミスティとフルトゥナだが、その笑顔を見せられたフルトゥナが、しょうがない人だなぁと小さく笑って許す程度には、二人の関係は悪くない。


「ほら、行ってこいよ。酔っ払いどもが待ち焦がれてるぞ」


「はいはーい、そんじゃ行ってきまーす」


 ひとまずこの場でのお遊びを切り上げ、酒場の中央の高台にミスティがよじ登る。戦闘要員の筆頭として見せる、ひとっ跳びで高台に飛び移る身体能力は披露しない。彼女はあくまで"アトモスの遺志"において、ちょっと所々のお手伝いをしてくれる女の子ぐらいにしか周知されていないのだ。


「おっ、来たか!」


「待ってたぜお嬢! 今日はどんな芸を披露してくれるんだ!?」


「はいはーい、注目! 可愛い可憐な美少女旅芸人、今日のステージをご覧になれるお客様はたいへん幸福です! 一時たりとも目を離せない、きらめく私の一芸を、今日も心行くまでご堪能下さいませ!」


 ミスティは、セシュレスの片腕とされる"ドラウト"という男に拾われた、戦災孤児の一人であると周囲には認知されている。戦う力のない、アトモスの遺志と行動を共にする、いくつもの芸を身につけたみんなのアイドル、そういう設定で革命集団と付き合っているのだ。


 名前すら覚えていないと自己申告する彼女の名を知らずとも、ミスティを知る者達はお嬢と呼び囃し、今日も彼女を歓迎する。出自や名前すら知らないまま、こうして自分を受け入れてくれる大人達の前で、ミスティが浮かべる笑顔は営業スマイルなどではない。


「さあて、まずは手品から参りましょうか! ここに4枚のカード、星、月、太陽、雲のカードがあります! そこのおじさん、まずこちらを受け取って下さいまし!」


「おうおう、それでどうするんだ?」


「それを適当に切って、好きな人に配って下さいな。太陽のカードが誰に渡されたのか、私が当ててみせますので!」


 言われたとおりに札を切った男が、敢えて表を見ずに仲間うちに配っていく。裏面からでは見分けのつかない四枚のカードが、枚数と同じだけの者達に配られる。ミスティにも、カードを渡されてから配った男にも、誰が何のカードを持っているのか絶対にわからないはずだ。


「それでは正解発表の時間です! カードを受け取った皆さん、表が私に見えないようにして、そのカードを前に出して下さい! ――もっと前、もっと前! 腕を伸ばして!」


「なんだぁ? 近づけたら透視できるとでも言うつもりか?」


「もう答えはわかってますよ~。そうですねぇ、太陽のカードをお持ちの方は……」


 余裕の表情で首をふりふり、胸を張って細身の男を見下ろすミスティ。その男が持っているのは月のカード。このままそこを指差すならハズレ、まさか俺を指差すハズレのオチか、と男が思った矢先、そのフェイントを経てミスティは二つ隣の男をくるっと向く。


「あなたですねっ!」


 振り上げた指先をミスティが、太陽のカードを持った男に向けて振り下ろした瞬間、男の手に握られていたカードからぱぱんと極小の花火が散った。いきなり手元で火花が炸裂したので、男もびっくりしてカードを落としてしまう。床に落ちたカードは表面を上にし、そこには太陽が描かれていた。


「あはははは、びっくりした? でも熱くはなかったでしょ?」


「びっくりするわっ! 熱くはなかったけどよっ!」


「ぎゃははは、お前だっせぇなぁ! 見たかお前ら、あいつの顔!」


「お嬢のびっくりサプライズはいつものことじゃねえか! オメー油断してたろ!」


 どんなトリックだかミスティが太陽のカードを当てたことより、大の大人がびっくりさせられた瞬間の間抜け顔が、周囲の笑いを引き起こす。その空気の方がミスティの狙った本質であり、カード当てもきっかけに過ぎない。盛り上がる酒宴の場の温かさには、げらげら笑う男達以上に、体を曲げるほど大笑いするミスティの方が幸せそうだ。


「さあさあ、次いきますよー! ここに取り出しますは三本の棒、そして皿回しは一発芸の基本技!」


「三本って、二本は両手でもう一本はどうすんだよ」


「そりゃー、こうふるに決まっへるじゃないれふか。見へへ下はいよ~……」


 棒のうち一本を口にくわえ、持ち込んできたお皿の二つをひょいっと投げ、両手の棒の上で皿回し。さて、両手が塞がっているこの状況で、どうやってもう一枚のお皿を口にくわえた棒に乗せるのやら。


「……あいつが"アレ"だっつーのは、こうして見てるとわからんもんだなぁ」


「俺は未だにちょっと信じきれてねーっすけどね」


 ぼそぼそ声で、この場で自分達だけが知るミスティの素性を再認識し合うザームとオラージュ。確かにオラージュの言うとおり、芸に生きる明るい女の子としての側面しか見せないミスティの姿からは、まさかあれがこちら陣営の切り札の一人には見えないだろう。彼女の芸に目が釘付けになっているフルトゥナ含め、誰もミスティが"アトモスの影の卵"であるだなんて想像もしていない。


 自分を拾ってくれた本当の恩人、役者としての仮初めの顔を持つカラザに倣うかのように、旅芸人としての一面を身につけた彼女のルーツなど、それはザーム達さえ知らないことだ。一発芸など何も戦いの役には立たない。それを彼女が身につけたのは、憧れの人の真似をしたいと思った、子供のような無垢さによるものだ。彼女がカラザを慕い、愛する想いは、誰も想像に及ばない目の前でも密かに披露されている。


「んむっ、く……! どっ、どうれふふぁ~!?」


 右手の棒の先で回していたお皿をひょいっと上に突き出して投げ、上を向いた口から天井に伸びる棒に乗せた後、足元に置いてあったお皿を蹴り上げて右手の棒に乗せるミスティ。まさしく見事の一言だ。拍手喝采のど真ん中、三枚の皿を回して上を向くミスティの姿は、女の子の可愛い顔が見えない勿体なさ。天井だけが、満ち足りた今の幸せでいっぱいに満たされた、彼女の笑顔を見下ろせている。


 仮初めの居場所はここにある。みんなが自分を受け入れてくれている。この人達のためなら何だってやると、ミスティはいつも思っている。

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