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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第9章  突風【Saint】
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第163話  ~ホウライ城にて~



 お茶して、歩いて、城に向かう。オープンカフェでのティータイムが予想外に長くなってしまったため、陽は既に傾いて西日が赤くなっている。やがてホウライ城の門前に辿り着く頃には、ちょうど市街地の窓から夕食を作る香りが漂い始める時間帯になっていた。


「お疲れ様です、スノウ様。その子供達は?」


「私の子供と、その友達よ」


「……何ですと?」


「何か文句ある?」


 城門を守る屈強な男の問いに、しれっと答えるスノウは全く動じていない。厳かな顔つき、大きな体で、武装した巨漢の目線は鋭いもので、レインはびくつきファインも少し肩を狭めているぐらい。そんな大男に物怖じ一つせず、混血種の我が子に城門をくぐらせろと言外に含むスノウには、男も眉間にしわを寄せる。


「……単刀直入に申し上げますが、お引取り頂きたく存じますね。天人にあらざる者を城へと通したとなれば、私の立つ瀬がありません」


「私が通せと言っているのよ? わがままな聖女もどきに押し切られた、そう説明すれば充分に上は納得してくれるじゃない。あなたの立場を危うくすることはないわ」


「だとしても、私にも責務というものがあります。」


「私情の間違いではなくって?」


「いいえ、これは公の事情です」


 スノウが指摘するとおり、天人であるこの門番も、天人でないファイン達に道を譲ることを、私情から歓迎していない。しかし、それは城の中の王族すべてが共感する想いだろう。だから門番の言う、認められぬ存在に門を通しては責務を果たせぬという弁は、決して個人的感情"のみ"で通さぬわけではない、と通る。


「ふぅん。じゃあ私、そろそろ"遊びに"行ってもいいかしら?」


「……汚い駆け引きを用いてきますね」


「はぁ? たかだか女一人を軸にして国防を担うような情けない国家のくせに、人のことは卑怯者呼ばわり? 今その言葉撤回するならここだけの話にしてあげるけど、あなたどうしたい?」


「…………」


 遊びに、という一言が意味するのは、スノウが用いる天人への脅し文句の中で最も強力なものだ。屈強な門番の歯ぎしりする表情は険しく、傍から見ているファインもレインも震えそう。しかしそれ以上に、静かながらびきびきに尖った怒気を放つスノウも、二人にしてみれば門番より怖い。無言でスノウを睨みつける門番に対し、スノウが小さく舌打ちした瞬間には、レインが鳥肌を立ててファインに身を寄せている。


「どうしたい、って聞いてるんだけど」


「……前言は撤回しますが」


「私達を通してくれるのかどうか聞いてんのよ」


「それは別問題……」


「じゃ、さよなら」


「その三人を泊めたいのなら、宿を手配するぐらいはしますよ。後生ですから、あまり無闇に我々を困らせるようなことをしないで下さいますかね」


「あなた、子供いたわよね」


「……それが何か?」


「我が子と、我が子を遠い地から守り抜いてエスコートしてくれた恩人を、一番いい環境で休ませてあげたい母親の気持ちって、理解できる?」


 せめて宿ぐらいは用意する、という妥協案にも一切折れず、掟を破って城に混血児を通せと訴えるスノウ。こうなると、心苦しいのはファインだ。あ、あの……と、スノウに近付いて服の肘元をくいくい引くファインの行動は、私達なら城じゃなくても宿でいいから、と言う寸前の動作だ。


「ファイン、今は何も言わないで。これは大事なことなのよ」


「で、でも……」


「さあ、どうするの? 通すの? 通さないの? 次の返事で答え出してね」


 しぼむファインから目を切って、自分より背の高い門番を見上げて視線を突き刺すスノウ。門番も、ノーと断りたくて仕方のない局面だが、断ればスノウが"遊びに行く"と言っている以上、逆らえない。スノウも滅多にこの脅し文句は使わないのだが、それを引っ張り出してきた時点で彼女も絶対に引かないという表れでもある。


「……わかりました。認めましょう」


「話のわかる人で安心したわ。心配しなくても、上の人達には私の方から説明しておいてあげるから、格落ちの心配はないと安心なさい」


 苦虫を噛み潰したような門番の横を、スノウが素通りして歩いていく。行きましょ、と導かれるファインも、門番の横を通る際にはちらりと見上げずにいられなかった。まるで、汚い犬が聖地に踏み入ることを嫌うような目で見下ろされることに、ファインの胸がちくりと痛んだが、ぽんと背中に手を添えて前へと進めてくれるクラウドのおかげで、足は止まらない。見上げるだけで荘厳で、難攻不落を思わせるような大きな城へと、4人がゆっくり歩いていく。


 いくら綺麗なお城に泊まらせて貰えると言っても、これでは肩身が狭いのは目に見えている。スノウに並んで歩く中、彼女らを視界に入れた瞬間に目の色を変える、天人の使用人の視線に晒され、ファインの胸はずきずき痛むばかりだった。


 ああ、やっぱり私は混血児なんだって。クラウドやレイン、サニーのような人達がそばにいてくれるから忘れかけていたけど、私のことを心から受け入れてくれる人は本当に一握りなんだなって。











「みんな、長旅お疲れ様。どこでも座って休んでね」


「すっげぇ部屋……」


 門番相手に覇気を放っていた数分前はどこへやら、女神のような微笑みで、自室に招いたクラウド達に語りかけてくるスノウ。笑っていれば宝石のようにまぶしく、美しい人だ。しかしそれをより際立たせるのは、赤く柔らかい絨毯に敷き詰められた床や、天井にぶら下がる大きなシャンデリア。見ただけでふかふかとわかる豪勢で大きなベッドもそうだし、窓からの光に艶めく大理石の柱もそう、何もかもがクラウドやファインにとっては初めて見るような、豪華絢爛を絵に描いたような一室である。究極的に華々しい背景を背負った聖女様の一枚絵とは、かくも絵画のように人の目を魅了する美しさを持つものだろうか。


「お母さん、私は無理にこんな場所に泊まらなくても……」


「ふふ、慣れないかしら? まあ、急にこんな所に来たら落ち着かないのはわかるわ。私もそうだったもの」


 どこに座っても、柔らかめの土に座るより、ずっとお尻が落ち着く優しい絨毯だ。ベッドに座ったスノウの前、しゃなりと床に座るファイン達だが、ファインの言うとおり落ち着かない。門番にあんな顔をさせてまで、無理くりここまで来ただけに尚更だろう。


「どうしてここまでするのか、気になるって顔ね。それは説明してあげられるけど、その前に、今のホウライ王国の現状っていうのがどんなものなのか、まずは聞いて頂戴ね」


 大事なことだから、と無理押ししたスノウの真意も、程なくして語ってくれるとまず言質。それを説明する前に、基礎知識としての現状把握を促すスノウに、クラウド達はひとまず静かに耳を傾けることにした。


「ホウライ地方が、アボハワ地方に潜伏する"アトモスの遺志"の侵略に対し、抗戦模様であることは知ってる?」


「なんとなく……最近の新聞、必ずそのことが載ってたから」


「あら、新聞とかちゃんと読む子になったんだ。偉い偉い」


 急に手を伸ばして頭を撫でてくるスノウに、片目つぶって驚きつつも、母に褒められる嬉しさでもじもじするファイン。横でその様を見るクラウドには、ファインに頭を撫でられる時のレインと、今のファインが似過ぎてて微笑ましい。レインに対しては頼もしいお姉ちゃんオーラ全開のファインだが、サニーと並べば妹のようだったファインでもあり、誰かの下で甘える立場になると一気に子供っぽくなる。元が童顔なだけ尚更に。


「アボハワ地方に潜伏するアトモスの遺志っていうのは、他の地に潜伏するそれとは大きく異なる。はいクラウド君、なぜだかわかるかな?」


「アトモスの遺志の指導者、"セシュレス"が率いているから?」


「うん、模範解答。あなたもきっちり新聞読むタイプの子ね」


 クラウドにも話を振って、会話の輪を広めに取るあたりがスノウも器用なもの。クラウドもファインも、アボハワ地方で宿を借りた際は、暇な時間に宿に置かれた新聞に目を通すことが多かったので、旅人ながらに案外近い世間のことには耳が利いている。


「セシュレスっていうのは、かつてアトモスの側近であり、参謀格であった人物よ。その実力も勿論ながら、兵を率いる能力に秀でる手腕は、アトモスと共に近代天地大戦で多いに天人達を苦しめたわ。それが率いるアボハワ地方の革命集団は、まさしく総帥が直々に指揮する、アトモスの遺志の本隊と呼べるでしょうね」


 十数年前、魔女アトモスが天人支配を終わらせるために仕掛けた革命戦争、近代天地大戦。指導者でありながら、混血種として天と地の魔術を駆使して戦い抜いた彼女は誰よりも強く、どんな戦場でも戦線の最前列に並び、最強の兵として力強く使徒を導いていた。その女傑ぶりは革命軍にとっては英雄とさえ言える姿であり、逆に天人陣営にとっては頭が痛くなるほど厄介な敵だっただろう。だからこそ、アトモスの討伐が革命軍への致命打となり、アトモスを討ち果たしたスノウが、近代天地大戦を勝利に導いた英雄として今崇め奉られているのだ。


 将でありながら駒でもあり続けたアトモスは指揮官も兼ねて動いたが、その右腕として参謀を務めていた男がセシュレスだ。彼が敷いた戦場の青写真に従い、アトモスが戦いに集中する役割の分担が、実に噛み合い革命軍の力を常の何倍にも高めていた。スノウの言うとおり、セシュレスという人物の戦闘能力も恐るべきものではあるが、やはり何より彼の恐るべきは、大願を叶えるために駒を最も有益に動かす指揮力だろう。そんな男が現在は、ホウライ地方を侵略する軍勢を直接指導している。


「南のホウライ地方と北のアボハワ地方、境界線上は常に小競り合いの繰り返しが行なわれているわ。地方境の駐在哨戒兵に、暗躍するアトモスの遺志が奇襲をかけることなんか日常茶飯事。大胆にも関所を構える町に、火を放っての強襲例もあった。そして戦況は、天人陣営にとって非常に芳しくない」


「そうなんですか?」


「ええ。上手に兵を仕向けるセシュレスのせいで、じわじわと天人陣営の駒が削がれ続けている。ホウライ地方もなんとか兵力をやりくりして、防衛陣を保ち続けているけど、いつ本腰を入れたセシュレスの軍勢に地方境を突破され、ここホウライ地方へと攻め入られるかわからない毎日が続いている」


 セシュレスの指揮の何が厄介かって、攻めかけ、適度に天人陣営の何兵かを撃破して、さっさと引き上げてしまうこと。言うは易しのヒットアンドアウェイを、上手く天人達の隙を突いて、何度も実現させてくるのだ。勿論、応戦する天人の兵の力により、敵を討つことが出来たケースも多い。だが、どんな戦場でも必ず、アトモスの遺志陣営の被害の方が天人陣営より圧倒的に少ない。セシュレスの兵が1人討ち取られる戦で、天人の兵が5人亡き者にされるような戦いが繰り返されていると言えば、そんなことが何度も続いた時、先行きは天人達にとって曇るばかり。しかも、それは比喩にしても現実に極めて近い例なのだ。


 元々残党の集まりであるアトモスの遺志ゆえ、兵力そのものは天人陣営より圧倒的に少ない。それが今や、限られた兵力でじわじわとホウライ地方の天人を削り取り、兵力の差をどんどんゼロに近づけている。幾度もの小競り合いで、煮え湯を飲まされ続ける中、大きかった兵力の差が縮まっていく現状というのは、天人達にとって、ビハインドから追われてやがて追いつかれつつあるという、優位であるはずの立場が最も苦しいシチュエーションだろう。強き天界兵であるテフォナスやハルサが、ホウライ地方に遣わされる予定だったという話も、納得できるというものだ。


「そんなわけで、今は私がホウライ城の最後の要として祀り上げられてるってわけ。おかげで私は、ここホウライ地方に半軟禁状態で、ファインに会いに行くことすら出来なかった現状なのでした」


「あ……もしかして門前で言ってた"遊びに行く"っていうのは……」


「そそ、私どっか行っちゃうわよ、って意味。自分で言っててバカバカしい脅し文句だけどね」


 最強の混血種の大魔術師、アトモスを一対一で破ったスノウだから、その実力は天人陣営において右に並ぶ者がいない。仮に彼女と本気で戦って、ためを張れるのは天界王フロンぐらいのものだろう。つまり王にも比肩する実力者、現代に生きる天人最強のスノウは、現在ホウライ地方を守る切り札として君臨しているのだ。


 ただでさえ苦しい戦況続きの毎日、ホウライ城はスノウにいなくなられると困るのだ。だからスノウが、私の言うことが聞けないならホウライ地方から出て行く、と言えば、ホウライ王国は逆らうことが出来ない。地方全体の存亡に関わるほどの損失になってしまうから。もっともスノウからしてみれば、相当数の兵力を揃えておきながら、自分のようなやんちゃ聖女に媚び、頼る天人達の不甲斐なさには、例の脅し文句を使いながらも半分は呆れている。バカバカしいと厳しく形容するのはそれゆえだ。


「元より差別的な思想に基づいて、天人のみの楽園とされてきたホウライ地方だけど、まあまあそれは歴史が積み重ねてきた風土として良しとしましょうか。だけど今は事情が違う。ホウライ地方の天人は、かつてなく天人にあらざる者が、ホウライ地方に踏み入ることを恐れている。地方境の厳しい警備を通過して、自分達の楽園に踏み入ってくる非天人の者達を、侵略者であると疑わずにいられない、そんな状況なのよ」


「……戦える人ばかりじゃないもんね」


「そうよ。だから、ビビっちゃう気持ちは私も否定してないわ」


 ホウライ地方に住まうのは、王族やそれに仕える兵のみではない。この地に生まれ、楽園の中で極めて平穏な生活を送ってきた文民が大多数。血や争いを知らぬ者達にとって、現在の世相は恐ろしいだろう。ファイン達も城下街を歩く中、天人ではない自分達を見る衆目が冷たかったのを思い出すが、あれは仕方のない反応であると想像で補えば納得できる。差別的な思考が根底にあるのはともかく、真っ白な楽園に踏み込んできた異の存在が気になってならない、そう意識する程度には今のホウライ地方は厳しいのだ。


「で、無理にでもあなた達を城に招いた理由だけどね。早い話が暗殺防止っつーか、なんつーか」


「えっ」


「えっ」


「えっ」


「マジマジ、天人どもってやりかねないから」


 ファインもクラウドもレインも間の抜けた声を発したが、スノウの目は苦笑いしつつも真に迫る色。要するに、ホウライ城は天人ではないファイン達のことを、不安を一蹴するために亡き者にしようとすることも考えられるとスノウは言っている。


「……そんなに俺ら、天人様にとって邪魔?」


「支配者ってのは臆病なのよ。一度上がった生活水準を下げられないのと同じで、一度確立した優越を手放すことは怖いものなの。そういう意味では奴隷は皇帝より強い、主に心が」


「その例えはよくわかんないですけど」


「ともかくねぇ、ホウライ地方の王族様ならびに貴族様は、自分達の天人優越の世界を脅かし"かねない"あなた達のことが、疎むを通り越して怖くてたまらないのよ。出来ることなら秘密裏に、葬ってしまいたいっていうのが本音だろうなって私わかってるの」


 何も知らずに安寧の中にいる一般人はともかくとして、天人優勢の世界で地人がどれだけ虐げられているかを知っている王族や貴族は特にだろう。もしも現在の優越を覆され、地人側が優勢の世界にでもなったら、これまで鬱積した地人どもにどういう扱いを受けるか、知識があればあるほど想像に難くない。天人のお偉い様が権威を維持しようとするのは、単に偉ぶりたいだけではなく、そうでなくなった時に生じる報復や復讐を恐れてという理念も大きいのだ。


「だから私は、無理を押し通してでもあなた達に、城で寝泊まりして貰える形を取ったの。街なんて危険よ? 誰が差し向けたのか足のつかない刺客を差し向けられ、いきなり背後からブスリ、なんてことも全然あり得るんだから」


「あーなるほど。ここならそういう事件が起こった時、犯人が限られるんですね」


「そういうこと。ホウライ城は貴族と王族だけが立ち入れる場所。ここであなた達を襲うような奴が現れたら、それって絶対ホウライ城の政に携わる者の行動だって確定するもの。今のあいつらにそんなアクション起こす勇気は無いわ」


「スノウさんが出ていっちゃうから」


「あはははは、当たり前じゃない。あなた達が王族の歯牙にかけられたなんて知ったら、私もうホウライ地方を守るのなんか放棄して、むしろアトモスの遺志陣営に寝返るかもね」


 スノウがそういう性格をしているのは周知の事実だから、ホウライ城内に抹殺したい対象がいる限り、誰も刺客をファイン達に仕向けることは出来ない。それが出来るのは王族だけ、仕向けて上手くいこうが失敗しようが、それはスノウを天人陣営から手放すことに繋がる。今の厳しいホウライ地方の現状で、そんなことをするのは王族達にとって最大の愚策である。


「そんなわけだから、あまり城の外をうろうろするのは控えて頂戴ね。ご飯も決して悪いものは出てこないし、暮らしの上では不自由することはないから」


「いちいち物騒だなぁ」


「楽園って言っても、それはあくまで天人にとっての楽園だから。それを除けば広い城下、悪事を働く詐欺師や盗人もいる普通の町。他の人里に比べて、天人じゃない者への排他的思想がすごく強い一面が大きいぐらいなんだから、下手をすれば他の町より危険よ? あまり軽率に動くことはお勧めできないわ」


 豪華な城の中に身を置ける以上、暮らしに不自由どころか普段より優雅に過ごせそうだが、逆に城から出るのは危ないと。見方を変えればこの城は鳥籠のようなものとも。過剰に裕福な環境には、往々にして制約もかかりやすいものなので、下町上がりのクラウドやファインにとっては、受け入れやすい話でもあるが。


「ともかく、城の中にいるうちは安全だから。今日は長旅やら強制連行やらで疲れたでしょう。夕食食べたらお風呂に入って、みんなでゆっくり寝ましょうね」


 伝えるべきことを伝え終えたとしたスノウは、にっこり微笑んで三人を、改めてこの暮らしに迎え入れてくれた。少々の肩身の狭さは意識しなければならないが、ファインにとってはやっと母と暮らせる毎日の始まりだ。もう一度スノウに頭を撫でられ、会いに来てくれてありがとうと言われるファインが、てろんてろんに蕩けきった笑顔ではにかむ表情からも、決して悪い暮らしの始まりではないとクラウドには思える。苦難多き旅ではあったが、レインという妹のように可愛い子とも出会えた末、ここまで来られてよかったというのが、クラウドの抱いた本音である。


 ここにサニーがいてくれればな、というのが一番の心残りだ。あいつ、ファインの言うとおりどこかで元気にいてくれるのかな、と想い馳せるクラウドの表情は、触れ合う親子やその輪に近付くレインも見逃していた。











「お寝覚め、どう?」


「すっきり!」


「おはよーございます!」


「快適でした」


 昨夜は眠りにつくのが早かった三人、長旅の疲れもあって当然の流れだろう。そのぶん今日は、レインも含めて実に早起きで、窓から差し込む朝の光の中でみんな元気いっぱいである。美味しい夕食、びっくりするほど広い浴室での湯浴み、ふかふかのベッド。スノウを真ん中に挟んでファインとレインが、一つしかないベッドに寝る形になったので、クラウドだけはベッドの下に布団と毛布を敷いて寝たのだが、それでもよその宿と比較してもふっかふかで綺麗な枕とお布団である。寝心地は抜群によく、よく寝たクラウドの寝覚めは過去最も良い。


 食事は本来、城の食卓で取るものだが、流石にファイン達を天人達と同じ食卓に並べさせるのは良くないとして、スノウの言いつけで昨日の夕食も今日の朝食も、この部屋に運んで貰う手筈を取っている。天人でない者と会食する天人も嫌だろうし、そんな空気の中でご飯を食べるファイン達も嫌だろうから、恐らくそれがベストだろう。ひとまずスノウとファイン、レインの三人が朝風呂に向かい、帰ってきてから四人一緒に朝食を取ったが、心許せる者の輪で食する朝食は格別だ。そもそもの料理も美味しいし、似合わぬ自覚はあってもこんな暮らしも悪くない心地である。


「それじゃ、引き篭もってばかりでもなんだし、ちょっと城巡りしましょ」


「大丈夫なんですか?」


「行くべきでない場所にさえ近寄らない前提なら大丈夫よ。大きなお城だし、時間を潰せる場所はけっこうあるものよ?」


 そう言って扉を開くスノウに導かれ、部屋を出て行く三人。昨日から思っていることだが、廊下の風景ひとつ取っても、高い天井やら均整の取れた柱やら、素人目にも気高い美しさに満ちた城内だ。ファインやレインのように、場違い感にそわそわするのは露骨すぎるにせよ、その気持ちはクラウドにもわからなくはなかった。






 スノウいわく、城の高い階層に行くにつれ、お偉い様の往来する城内であるそうで。そちらに行けば、娯楽室などもあるそうで、普段のスノウはそちらに入り浸っているらしいが、このメンツでそちらに行くのは得策ではないだろう。スノウの部屋は二階、階段ひとつ降りて地上と同じ高さに至ると、そちらの方が広い平面上を、比較的自由に歩ける城内となる。


「さあ着いた。こんなとこ、どう?」


「きれい!」


「素敵!」


 広い城内をお喋りしながらしばらく歩き、辿り着いたのは庭園だ。城の裏手に広く作られた広大な庭園は、白塗りの床を通り道にして脇は緑に溢れ、所々から綺麗な花が顔を出している。青々とした美しき庭園を前に、綺麗なもの好きの女の子二人のテンションはうなぎ登り。上品な庭園に足を踏み入れても、綺麗だな程度にしか思わないクラウドだが、代わりに嬉しそうな二人の顔が何よりの目の保養になる。


「好きに見て回っていいわよ。草花に触れてもいいけど、綺麗だからって摘んだりしちゃ駄目よ?」


「わーい!」


「あぁもうレインちゃん、はしゃぎ過ぎですよ」


 危険の無い王族の庭園向け、香りと華やかさに溢れた草花が育つ庭園は、田舎育ちのレインにとっては夢のような世界だ。野山を駆ける自然と風の香りに加え、天然の美しい彩りが、庭師によって最高の均整で施されているというおまけつき。大喜びで綺麗な花に近付いて、中腰で鼻を近づけて香りを楽しむレインを、保護者のファインは急ぎ足で付き添いに行く。で、ファインがそばに行った瞬間には、もう他の花に目を奪われたレインが次へと移動して、保護者からすれば追いかけるばかりで楽しむ暇が無い。


「あっ、レインちゃん。こっちにも綺麗な花がありますよ」


「ほんと? ――わぁ、ホントだ! 可愛い~!」


 ちみっとしたつぼみの頭を出す、赤白黄色のチューリップは可愛らしく、レインも眺めるだけで目をきらきらさせている。ファインもその隣に並び、美しい花々とレインの楽しそうな顔を交互に見て、まさしく両手に花。人を見ても風景を見ても心が休まるこの心地、歩いて近付きながら遠目に見るクラウドにも、幸せですオーラが感じられてたまらない。


「おーい、あんまりはしゃがないで下さいよ。花も生き物、あまり驚かしちゃ良くないんで」


「えっ、あ……す、すみません、つい……」


 そんなファイン達に、スノウやクラウド達とは別方向から近付いてきた少年がいる。大きなエプロンで前面を覆う彼の私服は見えないが、じょうろを片手にしており、草花に水をやっていた庭師かなと思える風体。それにしては若く、ファインと同い年ぐらいに見えるから、この庭園を管理する庭師がいるならその息子かな、という見方が一般的そうだ。


 注意されたファインは、レインに劣らずはしゃいでいた数秒前に顔を赤くし、わたわたしながら頭を下げている。レインは注意も聞こえてないのか、目を輝かせたままチューリップにメロメロだが。


「…………? あんた達、誰? 城の者じゃ……」


「あら、アスファじゃないの。こんな所で何してるの?」


 しかし、ファイン達に近付いてその顔を見た少年は、明らかに城の者ではないファインとレインを見て怪訝顔。ボリュームのある黒髪が頭の上でつんつん尖っている彼、アスファだが、目つきはそれ以上に刺々しい。それが言葉を発するのとほぼ同時、ファイン達に接近して少年の顔を見たスノウが、少年の名を呼び問いかける。


「あ、スノウ様。おはようございます。珍しいですね、こんな時間に起きてるなんて」


「あんたこそ珍しいじゃない、こんな所にいるなんて」


「俺この時間は毎日水やり当番ですよ。スノウ様は普段、こんな時間に起きてないから知らないでしょうけど」


 見たところ、ファインやクラウドとも年が近そうで、ちょっと目つきのきつい少年だ。スノウに対する言葉もちょっと皮肉混じりだが、あははとスノウが笑っているように、気心知れた仲での軽口だろう。アスファと呼ばれたその少年の方も、口の端を上げてスノウとの語らいを楽しそうにしている。


「それより、そのお三方は? 城では見ない顔ですけど」


「ああ、紹介するわ。私の娘のファインと、その友達のクラウド。その小さい子も同じで、レインっていうの」


「……スノウ様の?」


 その言葉を耳にした瞬間、元々きつめだったアスファの目が、きゅっと細まり尖りを増す。スノウの娘が混血児であることは、元より周知の事実である。天人にあらざる者がこの庭園に、ひいてはホウライ城の敷地内に立ち入っていることに対し、天人アスファのこの反応は至極当然のものだ。


 まあまあ、とスノウがアスファを鎮める言葉を発したものの、アスファの鋭い眼差しは変わらない。刺さるような視線に晒され、ファインがびくつき、クラウドがちょっと嫌な気分にされつつ堂々とする中、お花に夢中のレインだけが蚊帳の外で上機嫌だった。

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