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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第8章  霧【Chaser】
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第160話  ~ホウライ城行き片道切符~



「よかったんですか? あいつらを、ホウライ城送りになんかして」


「なんだ、不安か?」


 夕暮れ過ぎの、関所前。夜警組に代わる交代の時間寸前、仕事を終える前の番人二人が言葉を交わしている。一人はファインとやりとりを交わした番人であり、もう一人はこの関所の責任者の一人、要するに番人達の上官格。ファイン達の処遇は最終的に、責任者である彼が決めたのだが、それは多くの者の想像を覆し、ファイン達を望みどおりホウライ城まで送り届けろというものだった。


「まさかとは思いますが、あんな子供の言い分を信じたわけではないでしょうね」


「冗談きついな。そんなことはどうだっていいんだよ」


 番人に問いかけられた上官は、ファインが聖女スノウの一人娘であると自称したことを、重くなど受け止めていない。彼女をホウライ城へと送り出した彼の目的は、どうやらファインの主張に真実の可能性を見出し、仏心を見せたという風ではない。


「あれは明確に国家反逆者だぞ? 天界王フロン様に毒を吐く者など、そう簡単に処分するわけにはいかんよ」


「あの場で切り捨ててもよかったと思いますが、そうではないのですか?」


「貴族様方が後からこの話を聞けば、我々で勝手に処分したとなってはお怒りになろうよ。どうしてそんな大罪人を、磔刑にかけることもせず我らの目の届かぬ所で処分するのだ、とね」


「そういうものですか?」


「お前はわかってないな。貴族様方はそういうお方だよ。特にホウライ城の方々はな」


 若い番人には想像できないことだが、地方境の関所の責任者を担うほど、ホウライ地方の玄関口を守る役目を重く預かる上官は、それなりの地位を持つ者であり、ちょっとしたお偉い様とも面識がある。そして彼は、ホウライ地方の貴族の価値観を知っている。天人に仇為す者、刃向かう者を蛇蝎の如く嫌い、そんな奴がいればそいつが死罪にかけられることを、その目で見たくなるような者達だ。そもそもにして、天人の貴族という、生まれながらに庇護される地位の人間達の中には、安全な上層世界から下々の混濁した世界を見下ろし、嗜虐的な楽しみを持つ者が多い。なぜなら彼らは、人の痛みを知らないからだ。


 そういう人達のご機嫌取りをするなら、自分達で手っ取り早く裁くよりも、そういう連中への生け贄にでもしてしまった方が良いのだ。これは、そういう意図あってホウライ城まで送りましたと貴族達に説明すれば、行動理念として納得して貰える。加えて、ファインが道中ないしホウライ城で妙な動きを見せれば、国家反逆者という彼女の立場から、最悪どうとでもしていい名分も既に立っている。そんな保険もばっちりだ。


「ただ、いいんでしょうかね。まさかあんな子供がとは私も思いますが、たとえばあれが"アトモスの遺志"の刺客だったりすれば、我々の首が飛んでしまうことも……」


「なぁに、問題ない。あんな子供三人が仮にそうだとしても、何も出来やせんよ」


 楽観的なようで、案外正しい見解である。ホウライ城とは、天人の楽園の最終城砦であり、その守りは極めて堅固である。たかだかあの三人の子供をホウライ城に通して、あれらが暴れてどうにかされると思っていては、それはむしろホウライ城の守りを舐めているとさえ言えよう。少数派かもしれないが、あれが刺客の可能性もありますので我々で処分しました、と説明した場合、前述の態度と認識されて、へそを曲げるホウライ城の者もいるかもしれないぐらいだ。


 実際のところは彼らが思う以上に三人は強く、もしもあの三人が悪人で、仮にホウライ城に到着した途端に大暴れしたら被害も相当になるだろうから、認識が甘いのは否めない。それでも、国にとって致命的な傷にはなるまいとするのが、一般的かつ普通は正しい見解である。子供三人が暴れたぐらいで脅かされる国家なんて、アトモスの遺志と抗戦するという土俵にすら立てまい。だから、番人の上官の見方は間違っていない。


「まあ、我々にとっては旨みの可能性はあれど、損はない選択肢だ。そう難しく考えすぎることはない」


「そうですか。勉強になりました」


「短慮なようでは貴族様の機嫌は取れんぞ? 覚えておくことだ」


 結果的にファイン達は、ホウライ城への片道切符を手にすることが出来た。だが、それを許した側の思惑は、決して彼女らを歓迎などしていない。むしろ、天界王フロンへの悪口を叩いた者の命を、お偉い様の嗜好を満たすための贄として差し出すだけの、人の命を命とも思わぬ理念に由来するものだ。


 ファイン一人をそう出来ただけでも美味しいと思ったところ、そんな彼女を庇うように、自分達も同じように連れて行けと言った二人のおまけつき。世間知らずは食い物にするまで、そんな大人の思惑の壷に、まな板の上の鯉三匹を嵌めたつもりの番人達は、今宵旨い酒を呑むつもりでしかいなかった。











 そろそろ月も高く昇りそう。三頭の馬が引く荷台を、屈強な天人の兵士十名が、個々馬にまたがって囲って進む厳重な連行だ。その大きな荷台には、牛一頭が入りそうな大きな箱に、鉄格子のついた窓が空気穴として設けられた鉄の塊が乗っている。その中に収容されているのが、ぶっすーとふくれっ面のクラウド、あぐら座りの彼の膝上でげんなり顔のレイン。そして、クラウドと背中合わせで三角座りで、膝におでこをひっつけて沈み込んだファインである。


「あ……あの、ぅ……クラウドさん……」


「……今はあんまり話はしたくない」


「ううぅ……ごめんなさい……」


 こうなったのはもう仕方ないから、あまり引きずるまいとしていたクラウドだが、収まりきらない怒りもちょっと残っているので突っぱねた。とにかく、母に会いたい一心とはいっても、あんな小賢しい作戦敷かれて一時別れ、知らぬ間に自殺しかけていたファインの態度が気に入らない。好きな友達だからこそ、なおさらに。ある意味では、レインも似たような感情を抱いているから、今日のところはお姉ちゃんを好意的には見れない。


 それだけだったらクラウドも、機嫌を直してファインとお喋りしようっていう気分にもなれるのだが、複雑な感情は他にもいくらかある。まず、この連行の仕方は流石にひどいと思う。確かに国家反逆者扱いのファインと、それの味方と思しき自分を連行するのだから、厳重になるのは仕方ないものだとしよう。しかし、家畜を突っ込むような箱に詰め込むこのやり方、天人様って俺達のこと本当に人間扱いしてないんだなっていう感情も沸いてくる。元よりそういう世界だとは、クラウドも過去の様々な経験上からわかっているが、いよいよこの形にされれば改めて実感して嫌になる。


 もっとも、そういう扱いをされるのは、自分がファインについて行くと主張した結果だから仕方ない。それはクラウドもわかっているから、気分を害しちゃ駄目なんだろうなと頭ではわかっている。それでも、自業自得とはいえ女の子のファインもこの扱い、百歩譲ってそれを許しても、レインまでこの扱いだ。自分がこういう状況になったのは、自分の行動のせいだからまだいい。レインまでこんな扱いをされる事実を見てると、仕方ないよねっていう気分にはなれない。


 それに、詰め所の独房のクラウド達に、お前らをホウライ地方に突き出す決定を伝えに来た番人の顔も、思い出すたび気分がよくない。表向きは、天界王様に無礼な口を利いた罪深さを知れと、いかにも厳格な法の番人めいたことを言われたものだが、その目の色の濁ったこと濁ったこと。ホウライ地方に送り届けられた後の自分達が、血の海に沈むことを想像して、それが楽しみだと言わんばかりの目に感じられたことには、クラウドも吐き気さえ覚えるかと思った。普通、人の目を見てそこまで悪辣な感情がありそうだと想像しては邪推もいいところだ。ただ、そんな目だと言葉以上に読み取れた気がしたんだから、よっぽどそういう目であったという話である。


 胸の奥に渦巻くそういう感情のせいで、がたぴし揺れる荷台上の箱の中、その振動もクラウドの苛立ちを募らせる。ファインに対してわだかまりはある一方、あまり当たるような真似をするのもどうかと思うし、その辺りはクラウドも自制心を利かせている。それが、さっきファインに話しかけられた時の突っぱねようだ。彼女に対する感情以上の言葉をぶつけ、不必要なほど傷つけるようなことをしたくないと思うなら、敢えて距離を取るのも一つの選択肢だ。クラウドのそんな想いとは裏腹、もしかしたらもうクラウドには一生許して貰えない覚悟もしなきゃいけないかも、なんて考え始めているファインにとって、この時間は地獄に近いものにもなっているが。ただまあ、いい薬にはなっているかもしれない。


「ほら、食え。それだけでも貰えることに感謝するんだな」


「あ、すいません。ありがとうございます」


 鉄格子の向こうから缶詰を放り投げられ、顔に当てるような軌道で飛んできたそれをクラウドはキャッチ。まったく、国家反逆者に飯をくれるだけでもありがたいと思うべきなのか知らないが、怪我しても構わんというこの乱暴さはやっぱり鼻につく。だいたいここに収容される前、武器など持っていないようにボディチェックまでしたくせに、缶切りも寄越さず缶詰を渡してきてどうやって食えと。


「ほら、レイン。なんにも食べなかったらお腹空くし、食べておくんだぞ」


「お兄ちゃんは?」


「俺は何日も食べなくても全然平気。じっとしてりゃ腹も空かないしな」


 でも、缶詰の上部を両掌でぐしゃりと挟み潰し、ちょっと作れた隙間に手甲の手首端を突っ込んで、てこの原理と怪力で強引にこじ開けてしまうクラウド。缶詰の中身は汁いっぱい、手甲も手元もべとべと。ああ嫌だ嫌だ。起こる不愉快な出来事の数々が、普段以上に精神を刺激してきて、不健康でいけないなと冷静さを以ってクラウドも我慢する。


「……余ったら、ちゃんとお姉ちゃんにも分けてあげろよ」


「うん」


「…………」


 ああ泣いてしまった。すんすん鼻を鳴らして嗚咽を漏らし始めるファイン。あんなバカやった自分にも優しくしてくれるクラウドと、そんな彼の提案に淀みなく答えたレイン。自己嫌悪全開で沈み込んだ時こそ、優しくされるとずっしり来る。もう駄目、無理無理、相手を怒らせている時に泣くのは涙に逃げてるものとなりかねないし、絶対に泣くことだけはNGとしていたファインだが、根が泣き虫の彼女にこの一撃は抜群に利いたらしい。


「……もうさ、反省してくれればいいからさ。今日のこと、絶対忘れないでくれよ」


「はっ、はいぃ……ごめんなさいぃ……」


 心べっきべきに折れた声で謝ってくるファインを背中越しに感じ、怒りも冷めてクラウドも大きな溜め息。過ぎてしまったことは仕方ない、こうなってから後のことは、なるようにしかならないし、内輪揉めするより気持ちを切り替えること優先。どうにも天人様方は、自分達をロクな目に遭わせる方針ではいないようだし、仮にもホウライ地方入りという自分達の目的は叶えられたものの、まだまだ波乱はあり得そう。最悪、どこかでいきなり首を落としにかかられることも想定済みなので、そういった展開に持ち込まれた際、ファインとレインの命は守れるよう、立ち回りようはいくつか脳内で構築しておきたい。


 所々で寝たふりしつつも、今日からホウライ城に辿り着くまでの時間を、一睡もせずに過ごそうとクラウドは決めていた。この天人様ども、はっきり言って山賊より信用ならないんだから。地人や混血種を合法的に裁ける時の天人様の嗜虐性、クラウドは嫌というほど知っている。そんなもの、ファインと初めて出会ったイクリムの町の町長、カルムを引き合いに出すまでもなく、クラウドの記憶の数々がいくつも例を知っていることなんだから。


「はい、お姉ちゃん。私はもういいよ」


「ぐすっ……すみまぜん……」


 鼻をすすりながら振り返りもせず、レインから受け取った缶詰の中身を口にし始めるファイン。まったく、困った親友だとつくづく思わされる。一緒に行動を共にするようになってから長く、今でも彼女という人間への信頼は残っているが、いかんせん頼りなさ過ぎるこういう側面もあることを忘れないようにしなきゃ、と、クラウドは心に固く誓っていた。


 そう思うのは、まだまだ彼女のそばにいたいと思っているからだ。別れるか、あるいは絶交する相手に対して、そんな決心は要らないんだから。それだけ、二人の距離は既に近付いて、もう容易には離れない間柄になっている。それは、国家反逆者の肩書きを背負うことになったファインに、同じ汚名を背負うことになろうとついていく道を選んだクラウドの行動からも、充分に明らかなことだ。

第8章はここまでです。

次章からは、一話あたりの文字数が増えると思います。

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