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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第8章  霧【Chaser】
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第156話  ~平常運転です~



「は~い、まだまだありますよ~」


「なんかもう、すごいなぁ」


「お姉ちゃん、作り過ぎじゃ……」


 クラウドとレインが座る宿の一室と、調理場を何往復もして、次々に料理を運んでくるファイン。最初にいい匂いのする手作りソースをかけたハンバーグを持ってこられた時は、あぁ気合入ってるなぁってクラウドも感じただけだったが、次々に目の前に並んでいく料理の数々を見て、これは想像以上だったなと。でっかい鶏の丸焼きやら、てんこ盛りのチーズサラダやら、茶碗の容積の倍ぐらい詰まってそうなご飯やら、えらく上品で澄んだ色をした手作りフルーツジュースやら、挙句にはトマトとピクルスで小ぢんまりと作り上げた前菜まで。恒例の、何からダシ取ったのかは不明だがどうせ美味しいに決まっているスープもきっちり添えてある。料理人でもない旅人が作ったとは思えないフルコースぶりだ。こんなにたくさん作ってあるってわかっていたら、クラウドだって運ぶの手伝ってたっていうのに。


「さあさ、食べましょう食べましょう! 疲れた時は、いっぱい食べて元気をつけるのが一番ですよ!」


「これ、食いきれんのかなぁ……」


「い、いただきます……」


 自分は小食のくせにクラウドとレインにたいらげろって言ってくる無茶振り。失った体力は食で取り戻せと、原始的な発想で料理張り切ってきたファインのバイタリティには、クラウドもレインも軽く絶句しながら箸とスプーンを握るのだった。





 昨夜は色んな意味で大忙しだった。真夜中の来客に、宿の主人もやや不機嫌な顔で玄関を開けたものだが、客の姿を見たら起こされた苛立ちも吹っ飛んだものである。気が気でないクラウドの腕の中には、いかにも死にかけの少女が顔色最悪で抱きかかえられており、これはただごとじゃねえなと。泊めて下さい、よりも先に、医者はどこですかと震え声で訴えたクラウドの主張を受け、宿の主人はすぐさま医療所へと案内してくれた。いい人でよかった。


 真夜中に訪問された医療所の人も、起こされて出てきた時にはやっぱり不機嫌だったが、見るからに急患丸出しのファインの姿を見て顔色が変わった。すぐにこちらへ、と、人の命を預かる者の目つきになって、医療所のベッドまで案内してくれた。いい人でよかった。


 ファインの容態をクラウドから聞いた医者は、最悪も覚悟したものである。だって彼の口から出てくる説明が、極めてネガティブなものばかりだったんだから。全身痛めつけられてることは見ただけでわかるし、意識を失っていることに関しても、頭を強く打ってるかもしれないとクラウドが証言するから、それだけでも助からない可能性は意識する。実際、打ってるのだし。爆風に巻き込まれて全身焼かれた、っていう証言を聞いた時には、いったいどんなシチュエーションくぐって来たんだと医者もびっくりしたが、実際髪の先は焦げてるし、嘘をついている顔じゃないから疑えない。極めつけは、どこからかは知らないけど強力な毒を流し込まれているというクラウドの説明を聞いて、そりゃもう駄目だろうと医者も匙を投げかけたものである。


 が、いよいよ寝かせたファインの体を診察してみると、医者のお爺さんも怪訝顔。何せ、そんなに致命的な身体へのダメージがない。全身打ちつけて(あざ)や傷があるのは痛々しいとは思うが、これで命が危ぶまれるっていうことはないだろう。両腕に、ファインが毒を抜くために自分でつけたでっかい傷はあったものの、それも血は既に止まっているし、何日か前の傷が既に治りかけているかのような様相。念のため、地人の医者が医療用の魔術を行使してファインの体内の異常も調べてみたが、それもさほど。何よりクラウドが証言した、強烈な毒が体内を回っているという事実が、今は既に無い。


 種を明かせばファイン自身が、命を最も脅かす自分自身の体内の毒を、失神寸前まで掃除しようと魔力で癒していたから。なんだかんだでファイン、あの激戦の中でも、自分の命が助かるための魔術はバッチリ行使し続けていたらしく、命に別状のない外傷以外はきっちり自己処理していたのである。少し落ち着いてきたらクラウドも気付いたが、ネブラと相討ち気味に自爆ドッカンぶちかました割には、彼女の腕や顔、つまり肌には火傷ひとつない。あの一瞬でも、ちゃんと至近距離の大爆発から己を保護する魔術を、しっかり行使していた証拠である。


 結局医者から下された最終的な診断は、"命に別状はなし"。付け加えるなら、目を覚まさないのは著しい魔力の消費による憔悴によるもので、時間はかかるがそっと休ませておけば勝手に目覚めますよと。いかんせん外傷が多いのは女の子にとって嫌だろうから、その辺りの治療は取り急ぎ行ないましょうと。ファインが女の子であることも鑑みて、服の下の傷を癒すのも女医の魔術師に一任するという約束のおまけつき。


 そんなことより君らもボロボロだなと苦笑いする医者に言われ、クラウド達もはっとしたものである。いや、クラウドはどうせ自分はどんな怪我をしても勝手に治ると過信しているから、自分のことはどうでもいいのだがレインはそう思えない。夜分遅くにホントごめんなさいですけど、よかったらこの子もと超低姿勢で頼み込んでレインを医療所に送り出そうとするクラウドに、医者も微笑ましい心地で快諾。もっとも、調べてみればレインが一番怪我が少なく、何と言うこともなかったけど。彼女を最も苦しめたのはネブラの毒であり、以降の戦いではレイン、強すぎて怪我ひとつ負っていないし、要点の毒もファインがばっちり消し飛ばしている。


 負けておいてあげるから君もこっちに寝なさいと導いてくれた医者に倣い、クラウドも医療所のベッドに寝そべり、怪我した多くの箇所を癒して貰った。傷の塞がりがやたら早く、魔術を施す医者も少し驚いていたが、ああ多分何らかのエンシェントなんだろうなで納得していた辺りがキャリアの長い医者らしい姿。結局三人とも、手厚い看護のもと、ド深夜の医療所で過ごさせて貰ったのであった。三人をこの医療所に案内した宿の主人も、何事もなくよかったと笑ってくれた。いい人達で本当によかった。





 ファインが目覚めたのは翌日の昼過ぎ。夕頃に意識を失って、担がれ野を駆け揺さぶられても起きなかった末、そんな時間に目を覚ますのだから、疲弊しきっていたのは本当に相当だったのだろう。気を失ったのは爆煙渦巻く空の上、目覚めたのはどこと知れない簡素なベッドの上。びっくりしてがばりと上半身を起こして、ずきりと頭を痛めたファインだが、ようやく目覚めてくれた彼女にレイン泣きながらしがみついてきたりで、ファインは余計に両目ぱちくり。とりあえずレインが無事っぽいので、戸惑いつつも手が勝手にレインの頭を撫でていたりする辺りがファインらしかったけど。


 クラウドから、こうこうこういう流れでここにいるんだよと説明されたファインは大慌て。しがみついてぐずるレインを、ごめんねホントごめんちょっとだけ、と引き離すと、ばたばた走って医療所の主に頭を下げに行った。知らないうちにとんでもなくお世話になったようで、夜分遅くに本当にすみません、そんな言葉を何度も何度も羅列しながら、医者の笑いを誘っていた。事情は知らぬがあんな傷だらけで頑張り抜いた子が、目覚めた途端にこの低姿勢の素、受け入れた側も和む和む。


 結局のところ、三人とも絶対安静級の重傷ではなかったわけなので、その日のうちにさっさと医療所を退出。深夜料金ということで値上げは利かされたものの、それにしては安値というサービス感の数字であって、財布もそこまで痛まなかった。夜分遅くに門を叩いておいてこれならむしろ安い方だと、クラウドやファインにはちゃんとわかるのである。重ね重ね礼を述べ、体を90度に折るファインの姿は、そろそろクラウドも見飽きそう。


 あとはファイン達を医療所に案内してくれた宿へ行き、一晩を過ごすことに。あの縁あったのだから、一日ぐらいは宿賃払ってお世話になるぐらいの義理を果たすべき。無事でよかったな、と笑いかけてくる宿の主人には、今度はクラウドの方が深々と礼を述べていた。既に一人立ちして強く生きるクラウド、誰かに恩を作ることの少ない彼ではあるものの、いざ誰かにお世話になれば礼儀正しい辺りはしっかりしたもので、腰の低いファインに隠れがちだがこちらも大人である。


 さて、この後のファインの行動力が凄かった。クラウドとレインが宿でゆっくり休む中、市場に一人で買い物に走り、まず折り菓子を購入して医療所へと持っていく。逆に医者の方が恐縮したぐらいだが、老夫婦で営む医療所の二人にとってお饅頭はいいお土産になったらしく、大当たりの捧げものであった。この辺りのチョイスが流石ファインであったりとか、クラウドにも知らないところで彼女の奔走ぶりは光っていた。


 さらに市場に立ち返ったファインは、女の子一人でそんなに持てるのかってぐらいの食材を買いあさり、袋詰めにしたそれを背中にくくりつけて宿に帰還。夕方前に宿に戻ったファインは宿の主人に、調理場を貸してもらえるよう交渉。何だその大量の食材は、という苦笑丸出しの主人の前、ファインは次々に料理を作り上げ、戦後のクラウドとレインを癒すためのご馳走をがっつり作り上げた。個々のクオリティ高し、手際も良く効率も良し、すげぇもん作る割には最短時間で鼻歌交じりであっさり作り上げるファインの姿には、宿の主人もびっくらこいた。しかも、昨夜はお世話になりましたと宿の主人や従業員に、自腹で買ってきた食材を使ってのまかない料理まで作ってくれるんだから、こんな客が今までいたかと絶句する。後で食べてみたら味もやばいし。


 そんなこんなで今に至っているわけである。元気になったファインはいつもどおりだった。頼もしい誰かに寄り添うことが大好きなファインだが、彼女もたいがい行動力はクラウドやサニーに劣らず凄いのである。






「ご馳走様」


「お粗末様でした。ね、食べきれたでしょ?」


「ごちそうさまでした~! おいしかった~!」


 当初、こんなフルコース食べきれるのかなと不安だったクラウド。残しちゃ悪いし、ちょっとぐらいお腹が痛くなっても頑張ろうかな、なんて思っていた彼だが杞憂だったようだ。何せ、レインが密かに大食いだったので。クラウドは気付ききっていなかったが、可愛い可愛いとレインを愛でていただけあって、日頃からおかわりが常であり、適量かなと思っていた量を口にしても少し物足りなげなレインをよく観察していたファインにすれば、この結果は予想どおりのものだったに過ぎない。旅人が口にするには余すほどの料理の山々は、小食のファインとその気になればいくらでも入るクラウド、大食いレインの三人にとってのちょうど適切量であった。


「さあさ、今度は手当ての時間ですよ。レインちゃんも気になりますが、まずはクラウドさんです」


「んあ、俺? 俺どこも悪くないけど」


「どの口がそんなこと言ってるんですか。はい、さっさと寝る」


 座ったクラウドの後ろに周りこんで、ぐいぐい小さなテーブルの前から引き離すと、のしかかり気味に強引にクラウドを押し倒すファイン。力比べでファインに負けるわけがないクラウドだが、なんだかファインにぐいぐいやられると逆らえずに従ってしまう。


 矢で刺された外傷もあったりするのだが、それよりも真っ先にクラウドの右足に目をつける辺りがファインの目ざといところ。見た目にはわからないが、ザームの地割れに挟まれて痛めた彼の足のことを、ちゃんとファインは忘れていない。強引にクラウドの靴下を脱がせて、足首を指先で優しく揉みながら、治癒の魔力を注いでいく。


「痛かったら言って下さいね?」


「痛くはないけど……」


 クラウドからすれば、その尽くされ方には気負いする。だって、別に自分で臭いとは思っちゃいないが、靴下を脱いだばかりの男の素足が、綺麗好きな女の子にとって気持ちよく触れるものだとは思えない。嫌な顔の一つせず、多少汗ばむ自覚のある自分の足を揉んでくれるファインには、色んな意味で頭が上がらない。人間離れした彼の肉体は、痛烈に痛めた足でも地を駆けさせ、ここまでファインと彼自身を導いてきたが、一日経った今でも流石にちょっとじんじんしていたのだ。ファインの魔力を受けて、やんわりと鈍痛が抜けていく実感を得るにつれ、クラウドも複雑な気分になる。病み上がりの友達にここまで献身的にされると、かえって俺これでいいのかって。


 他の傷にも適度に治癒を施し、次はレインの治療に移るファイン。体を起こしたクラウドの目の前には、正座したファインの膝の上に座り、後ろから抱かれる形のレインがいる。そうしてレインの全身に、治癒の魔力を注ぐファインが、レインの表情をふにゃんふにゃんにさせている理由もよくわかる。確かにアレ気持ちいいもんなと。


「ふわぁ~……お姉ちゃん、これすっごいきもちいい……」


「うふふ、そうですか? 元気になって下さいね」


 レインが喜ぶのでファインもノリノリ、けっこう長い間そうした後、足が痺れてきた頃合いでようやくファインが治癒を中断した。今日はまだお風呂に入っていないので。レインと一緒に浴衣を持ち、風呂場に向かおうとするファインを、クラウドは手を振って見送る。


 元気になってくれたファインを見ていると安心する。同時に、自分もたいがい丈夫な体をしている自覚のあるクラウドとて、あれだけネブラ達にボロカスやられた割には、一日で元気になっているファインには少し驚き。ひとえに彼女の治癒魔術のレベルの高さによるものだが、その腕前って自分の想像以上のものだったんだなって、思い知らされるばかりである。

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