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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第8章  霧【Chaser】
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第153話  ~最後の難関~



 強い焦燥感はどちらにもある。痛む足を引きずらないように、必死に駆けるクラウドも、これ以上敵に囲まれかわし続ける展開を踏みたくない。それだけ厳しい。同時に彼が認識するとおり、レインも後方から響いてくる羽音に怯えながら、追いつかれることを忌避した足を全力で駆けさせている。何も考えていないのは、もはや頭がまとまりきらず、死体のようにクラウドに抱えられるファインぐらいのもの。


「悪いが、逃がすわけにはいかないねぇ……!」


 クラウド達の真上上空まで追いついたネブラは、地上の二人と一人めがけ、針を投げる所作。上空からの狙撃に身をひりつかせながら、クラウドとレインは幅のあるステップと、僅かな加速と減速の繰り返しで、位置をずらして回避する。さほど逃亡速度が落ちないのは、走り方が上手な地力がよく表れている。


 焦れているのはネブラも同じだ。あれだけ多数の兵を率いておきながら、想像以上のクラウドとファインの暴れぶりに翻弄され、怪我人は続出して陣営全体への痛手を被った。レインを奪還できるなら、被害にあてがう払い戻しもあるというものだが、ここまで来てそれすら叶えられなかったら、この遠征は損失があまりにも大きいだけ。指揮官としての責任と言うより、体を張ってくれた部下達に、そんな無様な結果を報告する事は、ネブラの価値観において耐え難いことだ。


 焦るな、と自分自身に言い聞かせるほどには、必死な自覚がネブラにはある。だからこそ、確実に。努めて冷静さを保とうとするネブラは、遮二無二クラウド達を追い詰めるように高度を下げるように見え、数分後の展開を確たるものにしようとしている。


「っ……!」


「レイン!?」


「やはり来るか……!」


 並走していたレインが唐突に立ち止まり、進行方向の真逆へと地面を蹴り出した。向かう先は低空を滑るネブラ。そんなレインの動きも予測していたネブラは、瞬時に高度を上げてレインの跳び蹴りを回避する。自らの後方へと飛んでいったレインへ、振り返りざまに振るった手から、毒針数本を放つ動きも素早い。


 だが、木の幹に到達したレインはそれを足裏で蹴って高所へと。針が樹にびすびすと刺さる中、高くへと跳んだレインは樹上の枝を蹴り、急降下するようにネブラへ迫ってくる。足先をこちらに突き出す、自らを槍に見立てたような蹴り突きには、地表から離れているネブラも地上兵の強襲に肝が冷える局面。大袈裟に見えるほど体をひねり、滑空軌道を乱して回避するが、それほど大きく素早く動かねば、ネブラの肩口をレインの足が捉えていただろう。


「行こう、お兄ちゃん!」


「……ああ!」


「恐ろしい子だ……!」


 ネブラの動きが僅かでも止まる。着地した瞬間に駆け出したレインは、ネブラを足止めした事実を掲げて、クラウドを導く側に回っている。自分を追い抜いて走り抜けていくレインに、今度はクラウドの方が置いていかれないよう加速する。足は痛むが、今の彼女の頑張りを見たばかりで、痛さに泣いて立ち止まれるかとクラウドも奮起できる。


 体勢を整えたネブラが再び羽を鳴らし、追跡を再開する。レインの反撃は恐れるべきだが、それでもつかず離れず追いかけるような悠長な追い方はしない。二人の位置を風の魔力ではっきり認識しつつ、適度な高さから針を投げる、そんな追撃を繰り返す。その都度、二人は回避する。直撃させられる予感はしない。それでも結構だ。


 真っ直ぐ走るよりも余程疲労が溜まる動きを強いる。今はまだそれでいい。毒針を食らわせられれば最も理想的だが、それが出来なくても少しでも体力を削げればいい。今、出来ることはそれがせいぜいだ。リスクを背負って攻め急ぐのは、この後の展開を思えば全くもって得策ではない。


 このまま逃せばクラウド達に、森の外まで逃げおおされてしまう、そう焦るべき局面だろうか。それは逆。真の戦いはそれからだ。


「お兄ちゃん! そろそろだよ!」


「みたいだな……!」


 周囲の木々が少なくなってきた。さんざん無数の敵に追い回された長時間の末、やっとこの闇が終わるという安堵感が、厚くなってきた木漏れ日と共に二人の胸中に差し込む。赤みがかった陽の光が、今の二人にとってどれほど希望に見えただろう。


 森を抜けられる。それは果たして、希望への一途な道筋だろうか。






 周囲に障害物なし、目の前には平原と西日、山に沈む太陽へと駆けていくだけの進行。向かう先からの日光で目が痛いのはさておき、ひたすらに走り続けるクラウドとレインは、あと少しで逃げ切れると信じて突き進む。信じたいだけだが。


 幼いレインはそれに殉じ、ただ必死に走り続けている。だが、クラウドの冷静な頭はどうか。このまま真っ直ぐ逃げ続け、やがて人里まで辿り着ければ逃亡成功だ。どうせそれ以外に目指せるものは無いのだし、思考停止して突っ走るしかないのはわかっている。だけど心の隅に、何か肝心なことを見落としているような気がしてならない。ちょっと考えればわかるはずのことだが、ファインとレインを助けたい想いが先んじて、今のクラウドは解答に手が届かない。


「さあ! 追い詰めたよ!」


「っ……!」


 後方上空から針を飛ばしてくるネブラ、それを回避したクラウド。今までと同じ動きを強いられただけだ。しかし、前方上空にネブラが躍り出て、ずっと前の低空を滑空する姿を見た瞬間、クラウドの脳裏に危機感の正体がはっきりと現れた。


「天魔、雷陣走破(ブリッツラッシャー)!」


 掌に魔力を集めたネブラが、後方地上のクラウド達の前方地表にそれを投げつける。その着弾点とネブラを繋ぐ、稲妻の一閃はジグザグに空を駆け、二人の走行ルートを爆音で抉り取る。回避しようと直線軌道を曲げようとしたクラウドだが、腕を振るって手からの稲妻を操るネブラは、クラウド達の周囲地面を稲妻が走り抉る絵図を描き、クラウド達を足止めしてしまう。前方広範囲を稲妻で粉砕されたクラウドもレインも、安直には動けず後方へと退がり、とうとう逃げ足を一度止められてしまう。


「悪いが君達を逃がすわけにはいかないんだよ! 逃げ道はない! おとなしくレインを渡して貰おうか!」


「く……!」


 やっとわかった、森の中の方がよほどましだったことが。空からクラウド達を見下ろすネブラに対し、クラウドもレインも攻撃手段を持っていないのだ。森の中なら、足がかりとなるオブジェクト、木々がある。それが無く、だだっ広い高原で制空権を握られたら、反撃の手立てすらないのだ。森の中よりもよっぽど自由に飛び回れて、飛び道具にも事欠かないネブラを、どのように振り切って人里まで逃げ延びればいいのだろう。


 羽音を鳴らしながら、驕りなく自信に満ちた声を放つネブラの真意を知るクラウドは、手出しすら出来ない現状に歯ぎしりすることしか出来ない。ファインを抱く手にも無性に力が入る。


「お、お兄ちゃぁん……」


 レインも認めたくない一方、心のどこかでこの状況が、抗うすべなき苦境だと理解できているのかもしれない。潤み始めた瞳でクラウドに近付いて、何とかしてよと訴えかけようとする姿があまりに痛ましい。もう、ネブラ達の所には帰りたくないという想いが嫌というほど溢れているのだ。ここまで戦ってきて、逃げられるかもと希望を持て始めた今だからこそ、諦めたくない想いは余計だろう。


「…………」


 クラウドは、背の低いレインを見下ろしたその一瞬、ふっと小さく笑った。優しく、恭しく。迷いなんか初めからなかったはずだ。ファインを抱く手が塞がっていなかったら、レインの頭を撫でていただろう。


「君がレインを渡さないと言うなら、君もその子も命を奪わねばならない! 賢明な判断を望むよ! まさかこの期に及んで首を振り、その子の命まで脅かそうというつもりではないね!?」


 クラウドを揺さぶる言葉の選び方に長けたネブラである。決断力に秀でたクラウドとて、一度あったはずの答えが、吐こうとした直後に一度引っ込んだものだ。自分の決断でネブラとの戦いを選び、口を利けないファインの命まで張っていいものだろうか。


「――嫌だね! 最初っから覚悟して戦ってんだよ!」


「その結果、君の友人まで命を落としてもいいと言うのか!」


「間違ってるのは俺やファインじゃない、お前だろ! 何が賢明だ、ふざけんなあっ!」


 そう、絶対にそうだとクラウドは信じて疑わない。クラウドやファインを殺めてでも、泣いて拒否する女の子を攫い果たそうとするネブラに、道理を説かれてたまるものか。賢しくそれに屈服し、ファインの命を助けられたとしても、目覚めたファインはほっとするどころか悲しむだけだろう。ずっと彼女のすぐそばで、何日も過ごしてきた間柄だというのに、そういうファインの性格が未だにわかっていないんだったら、クラウドって人を見る目が無さ過ぎる。


 クラウドに抱きかかえられたままのファインは、お腹の上に置いていた片手をぎゅうっと握り締め、小さくか弱く二度うなずいて見せた。そういうファインだと信じて、戦うことを選んだクラウドを、力尽きかけた体で全力で肯定する動き。一瞬そんなファインに目線を落とし、死をも厭わぬ覚悟を唇を噛む仕草に表した彼女の顔を見たクラウドは、ぎらりと改めて上空のネブラを睨み返す。


 その一途さに、ここまでネブラ達は苦しめられてきたのだ。今なおここに来ても、それはネブラを苦しめる。クラウドとファインを殺す以外の選択肢を取れなくなった現実は、つくづくこの二人とはもっと違う形で巡り会いたかったと、ネブラに思わせるんだから。


「言いたいことは、それだけだな……!」


 ネブラも自分が、三人からすれば忌むほどの極悪人であることはわかっている。良く言えば信念に基づき、悪く言えば開き直るかのように、腕を振るったネブラから風の刃が放たれる。高速でクラウドに迫るそれは、あわやの所でクラウドも回避し、地面を抉る爪跡を残した。交渉はここまで、命のやり取りの幕開けだという宣戦布告に、クラウドとレインの肌がひりつく。


「いいだろう! どのみち君達を生かして返すわけにはいかないからな!」


 高度を僅かに下げ、掌の上に作りだした光球を投げつけるネブラ。クラウドの後方地面に着弾したそれが、四方八方に稲妻を放ち、二人の行動範囲を地上において狭める。広がる高原、逃げ場には事欠かないものの、動いた二人の行く先にも同じものを投げつけ、網を敷くネブラの戦い方に抜かりはない。


 生存への道、最後の難関だ。空のネブラをなんとか退け、逃げ延びることを課題とした決戦。反撃手段さえ試みられぬ、クラウドとレインにとっての最大の苦境である。

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