第143話 ~空と地上の一対多~
確かにサニーが苦戦したという話もわかる。距離を詰めて一気に攻め込み、短期決戦を狙うクラウドだが、ザームはすべてのクラウドの攻撃を、長尺の棒を使って受け止める。向こうも眉間に皺寄せて、一撃一撃受けるたびに腕が軋んでいるのだろうが、そもそもにしてクラウドのパワーと腕力で渡り合っている時点で、ザームの腕力も人並みはずれ過ぎている。
「っ、づ……!?」
「火術は使いたくねえんだがな……!」
しかも、前に鉄の棒を構えてクラウドの拳を受けきったザームが一歩退がる中、クラウドも思わず手を引っ込めて一歩退がる不可思議。怯んだクラウドの側頭部に、棒を振るったザームの武器先端が襲い掛かる縮図を、クラウドも危うくかがんで回避する。普段の彼ならそのまますぐに、敵への距離を詰めて襲い掛かるはずの局面、前に出られなかったクラウドの側面から射手の援護狙撃が飛んできて、さらにクラウドが後方に跳んでかわす動きに移る。
見るからに消極性が現れたクラウドに、すぐさま猛襲するのはザームの方。クラウドからは手が届かない距離から、棒での連続突きを放ってくる。身をひねることと退がることの繰り返し、時に体を沈めて回避して、攻めきれないクラウドの苦しい状況が続く。だが、半身ひねってかわした棒の一突きを、すかさず膝で叩き上げて、ザームの手元を狂わせようとする攻め気は残っている。棒の先がはじき上げられ、危うく体が上ずりそうになったザームだが、振り上げられた棒を手なりで操り、接近してくるクラウドの正拳突きを棒の手元部分を構える形で受け止める。隙がない。
手甲越し、膝当て越しでもザームの鋼の棒と触れ合うたび、敵の武器が持つ超高熱にクラウドが神経を炙られる。得物全体に、赤く変色するほどの高熱を抱かせたザームは、まるで敵を焼き切るかのような長尺の焼きごてに、鋼の棒を生まれ変わらせている。草木に触れ合うたび、じゅうとそれらを焦がして赤い残影を描くザームの棒には、クラウドも迂闊に手を出せない。ああでなければ、どこかで機を見て武器を握り返して、力任せにザームの手からひったくってやるというのに。
「火事になったらご愛嬌だ、嫌ならさっさとくたばりやがれ……!」
「くそ……っ、この……!」
燃え滾る赤々しい棒を振り回し、クラウドへの全力攻撃を繰り返すザーム。射程距離の長い武器はクラウドに反撃を許さず、その長尺が持つはずのデメリットもザームは打ち消している。長い武器にはありがちな懐の弱さも、手元を操る器用さでカバーしているし、この狭い木々の間での長い武器は障害物も多いはずなのに、隙間を縫うように上手く操っている。これぞ武器も喜ぶ使い手と言うべき棒さばきのザームだが、対立するクラウドからすればたまったものじゃない。
足元を払う棒先を振るったザームの攻撃を、バックステップで回避したクラウドの額を、素早く回した棒の尻を突き出す形でザームが追撃。かがんでかわすクラウドだが、斜めに突き上げるその攻撃はクラウドの額があった場所をかすめて上ずる。直後、手元を掌でぐいっと下方に押したザームの動きが、棒先でクラウドの頭を殴りつける形に切り替える。生き物のように自在に動く熱棒を、あわやでクラウドが横に逃れたところ、地面をぶん殴った棒先が冷たい地面に反応し、じゅうという音を立てさせる。
即座に前に踏み出すクラウドは、長く突き出された棒の横を走る形。すぐに浮かせた熱棒でクラウドを横殴りにしようとするザームも速い。しかしザームを狙いとしないクラウドは、そのまま前方に勢いよく跳躍し、攻撃を回避するに伴ってザームをも跳び越える。
「逃がすかよ……!」
ファインといつでも連携を取れる形でいたいクラウドの意図を、ザームだって見過ごさない。レインを抱えて満足に戦えないファインを、今はネブラを中心とした空中部隊が囲っているはず。クラウドの動きを拘束し、二人を個々孤立状態にさせることが最大目的のザームは、自ら後方へと跳んだクラウドに、振るった掌から岩石弾丸を投げつける。矢にも勝る速度で迫る、土属性の魔術による攻撃だ。
地に足が着く寸前に身をひねり、裏拳で殴る形に弾丸をはじくクラウドだが、飛んでくるのはそれだけではない。他方あらゆる方向から、クラウドを狙い撃ちにする同様の岩石弾丸や矢は、クラウドを自由に動くことを許してくれない。それらも打ち払って対処するクラウドの機敏さは出来たものだが、そんな暇にザームが駆け寄り、またもクラウドを棒先で攻め立ててくる。
他の一般兵と比べても、明らかにザームの武器さばきは別格だ。長い武器をああまで自在に操り、離れた距離から連続攻撃を放ち、いざ近付いて反撃しようとしても、手元を操り受けきって倒れない。その真髄は、押し切る攻撃力よりも守備力だ。クラウドを制するはたらきを実践しつつ、彼を逃がさずこの場に縛り付ける役目を果たすザームには、こいつさえいなければとクラウドも歯ぎしりする。
「じっとしてることだな……! レインは俺達が回収させて貰うぜ……!」
無数の敵に囲まれて、ザームにまで迫られた上で渡り合っているだけでもクラウドはよくやっている。しかし守るべきものは今、自分の命だけではない。空で苦しむファインを思えば気が気でなく、クラウドの心には焦燥感が募る一方だ。
「はっはっは、随分追いかけやすくなったね! さぁさぁみんな、もっと強気でいこう!」
高所を飛ぶファインの環境はもっと険しい。何せレインを腕の中に抱き、塞がった両手では魔術の発動も思うようにいかないのだ。反撃すら出来ない上で、無数の敵に追い回されるというのはどれほど恐ろしいシチュエーションだろう。
「レインちゃん、っ……もう少しの、辛抱ですから……!」
「ふぅ……ふぅ……」
飛びながらもレインの体内に流れる毒を排出すべく、治癒魔力を流し続けるファインの甲斐あり、レインも随分息が整ってきた。どこかで一眠りして目覚めれば、元気になれるぐらいの体調になっているだろう。だが、毒に奪われた体力は未だレインを目覚めさせず、彼女の体はファインの腕に重くのしかかる。ファインは非力、そろそろ腕もつりそうだ。
「はっはっは、無駄だよー! そちらは行き止まりだ!」
苦しいファインが高度を上げて、地上の敵が手の届かない場所へ行こうとする。そうすれば、飛べる敵だけを意識する形に持っていけるかもしれないから。ネブラ率いる高所の部隊は、そんなファインのムーブにも対応できるよう、陣を敷いているのだ。その証拠に、急上昇したはずのファインと同じ高さ、木陰から矢の切っ先をのぞかせた何者かが、それをファインに鋭く放ってくる。
「くっ、あ……!?」
息をひそめて待ち構えていた樹上の射手には、気付くのが遅れてファインも危うかった局面。それでもあわやでローリング、矢が肌をかすめかけるぎりぎりで回避したファインは軌道を乱してしまう。乱暴に舵を切るかのように、がくがく揺らめいて飛ぶファインは、実際の速い滑空に反して敵から離れる動きが流暢でない。
ぶぶぶぶと羽音が急接近する音は、ファインにとって心臓をわしづかみにされるほど恐ろしい。誰よりも速く自分との距離を詰め、グラディウスを降り抜くネブラの攻撃は、たなびくファインのツインテールの先をかすめる。急下降してネブラから逃れようとするファインに、後ろから無数の針を投げつけてくるネブラの追撃が襲いかかり、気配を察したファインも滑空軌道を曲げる。
「いたっ……!」
「おっ、これはラッキー! 一発刺さったね!」
機敏なファインに牽制の針を放ったところ、その一本がファインの二の腕に刺さったらしく、ネブラは一気に上機嫌。その痛みにひるんだファインは、当初のネブラの狙い以上に飛翔軌道を狂わせて、低き場所からファインを狙っていた射手に絶好のチャンスをもたらした。
「っ、ぷ……かはあっ!」
「ぬお……!?」
あまりやりたくないことだったが手段を選んでいる場合ではない。口の中に魔力を集めたファインは、ぷくっと頬を膨らまして、そこに溜めた空気と一緒に魔力を発射した。前方の射手に一手早く迫った魔力は、敵前方で炸裂し、水蒸気と砂塵に満ち溢れた煙幕を作り上げる。前方視界を塞がれ、ファインへの狙いを阻まれた射手だが、怯むのも一瞬でともかく矢を放つ。記憶の限りにあるファインの位置めがけてだ。
「おおっと……! 随分とはしたない魔術の使い方だねぇ……!」
既に身をずらしていたファインの側面を、煙幕をくぐってきた矢がかすめ、ファインを後方から追っていたネブラの方向へと飛んでいく。余裕の太刀筋で矢を打ち払うザネブラ、そのまま低空飛行に移行するファイン。はしたないと言われたことに軽く乙女心が痛んだが、今はそれどころじゃない。
「いいよいいよー、女の子なのになりふり構わず、大事な誰かを守ろうとする姿、なんと美しい! 君が僕達の敵でなければ、真っ先にスカウトしている芯の強さだ! 加えてその強さ、つくづく敵対者であるのが惜しい!」
にしてもよく喋る。しかも声がでかい。それはもう、自分とレインのことで頭がいっぱいのファインの意識に、無理矢理割り込んでノイズになってくるぐらい騒がしい。
「戦う者こそ美しい! 君はその可憐さに加え、そうした原始的な強さをその胸と腕に持つ人物だ! 僕は君のような人物にこそ、惜しみない敬意を払いたいと思うよー! ねえ聞いてるかーい!?」
聞こえてますが聞いてません。流石に耳に障ったのか、さらに加速したファインが追い迫るネブラを引き離そうとする。
「つれないなぁ! 少しは話を聞いてくれてもいいんじゃないかなー!? 決して君にとって悪いようにする話を持ち掛けているわけじゃないんだよー! レインは譲れないが、降伏してくれるなら上に掛け合い、君の厚遇だって約束してあげようじゃないかー! ひとまず止まって話を聞いてくれないかなー!?」
だからレインが一番の問題なんだと。こんな幼い子供を、腕が立つからと言って戦場に借り出し、嫌々の戦いを強いる連中など信用できるものか。意地でも捕まってたまるかと翼を広げるファインの動きは、徹底的にネブラを拒絶している。
「うーむ、仕方ない! ならば少々の強行手段も受け入れて貰おうか!」
今さらなことを言って、こちらも加速したネブラがファインに追い迫る。それが自分に近付いてくる気配は、それだけでファインの肌をひりつかせるものだが、ここで感じた戦慄はさらに毛色が違う。魔力の気配が僅かに上乗せされている。
「天魔、鳥墜しの翼! だったかな!?」
「はが……っ!?」
直後、ファインに襲い掛かった強き圧。上方から振り下ろされる、形なき神の掌の如き風が、ぐいっとファインを地上に向けて押しつけようとする。ファインの墜落を促すその下向き強風は、まるで先ほどファインが追っ手に向けて放った、撃墜の風属性魔術と全く同じではないか。
同じで当然、ネブラがそれを模倣して見せただけなのだから。そしてファインにとって最も愕然としたのは、地人の集まりであると思っていた敵陣営に、風の魔術、つまり天魔を扱える者、天人が混ざっていたことだ。
「ふむ、ぐ……! くっ、ああっ……!」
「落ちないか……! なかなかしぶとい子だねぇ!」
風に乗る、風の翼を背負うファインは、上から押し潰してくる風からレインを守るかのように、背中を丸めて抱きしめる。勢いよく地面に引き寄せられる力に僅か抗いながら、落下しつつも飛行軌道を自分の力で保とうとする姿勢が、地上へ真っ逆さまのファインという形にしない。乱れた軌道で、乱立する樹に何度もぶつかりかけながらも、位置を下げただけに留まって滑空するファインには、ネブラも目を輝かせて感嘆する。
「さぁみんな! 気を引き締めていこう! 君達が見て学んだであろう以上に、あの子の底力は計り知れないよ!」
ただの女の子から、侮れない術士だとファインを見改めていたアトモスの遺志。その程度の認識じゃ駄目、あれは一騎当千の特級術士だと念押しするネブラの号令が、率いる部下の目を鋭くさせる。事実として大半が地人で構成される"アトモスの遺志"、それらを率いるネブラの声は、強く呼びかければ部下が重く受け止めるほどの影響力を持っている。
アトモスの遺志とは、天人支配を終わらせるための組織ではなかったのか。その中に、天人の指揮官が混ざっていることに困惑を感じつつ、危機迫る空をファインが駆け抜ける。




