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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第140話  ~目指せハッピーエンド~



「……どうなってんだ」


「毒、だと……そうじゃないと、こんな……」


 森の中に逃げ込んだクラウドとファインは動けずにいた。はっきり言って、何も状況が良くなったわけではない。追っ手を馬から降ろす形に成功し、木の密集地に隠れ、敵の視界外に逃れることが出来た、だけの話。本当にそれだけ。耳をすませば、自分達を探す敵の足音や声が響き渡り、やがては人手任せに自分達が発見されるのも時間の問題だろう。じっとしていていい状況のわけがない。


 草むらにレインを寝かせ、そのそばに膝をついて彼女の胸に掌を当て、魔力を注ぎ込むファイン。クラウドの問いかけに答えた言葉は、あくまで推察上のものだ。だが、薄暗い森の中でもわかるほど、顔色を悪くして口を開き、はぁはぁと荒い息を繰り返すレインの様相は普通じゃない。ほんの少し前までは、怖がって縮こまっていたけれど、体は元気でファインにしがみついていたはずなのだ。


 接近してきたネブラが自分達に向け、何かを放ってきたのは視認できた。極小無数のそれらは、針のようなものの散弾だったように思えた。一度目、初見のそれを回避できた時はほっとしたものだ。しかし二度目の空での交錯の際、ネブラを撃退するために魔術を発したファインだったが、あの時もネブラがその極小の針を、こちらに放っていたのだとしたら。


「レインはどうなんだ……?」


「今、治癒の魔術を施しています……多分、命に別状はないと思うんですけど……」


 魔力を介してレインの体の中に流れる、彼女本来の体の中にあるはずでない異物を、うっすらファインは感じ取っている。あくまでイメージだが、赤いレインの血の中に、どす黒い何かが希釈されて混在し、体の中を巡っているような連想が出来てしまう。空でネブラに反撃を試みた時、レインが痛いと短い悲鳴をあげていたことが、今になって強く脳裏にも蘇る。


 ネブラが放った、毒を持つ何かがレインに的中し、彼女の体を蝕んでいるとしか思えない。半分開いた目でまばたきすらせず、熱病にうなされるかのように息を乱し、脂汗まみれのレインの顔色は青白くすら見える。口の端からつうっと垂れる、レインの唾液は彼女が口元をコントロール出来ていない証拠であり、目の焦点の定まっていない目が、いかに彼女の容態が悪いかを物語っている。


「どう見ても動ける状態じゃないよな……」


「ええ……どうするべきか、今考えています……」


 右手でレインの体に魔力を流すファインは、水の治癒魔力でレインの体内の異物を、汗に紛れて大概に流れ出させることを促している。毒や病に対処する治癒魔力の色は水。僅かに混ぜた、木の治癒魔力でレインの生命力を維持させつつ、正体のはっきりしない毒を少しずつ、体外に追い出そうとしているのだ。あくまで応急処置のようなものであって、これでレインの容態を完全回復させるのは短時間では不可能だろう。


 一方で、左手を地面に押し付け、ある魔力を地面に流しているファイン。これもあくまで一事凌ぎを促すものでしかないが、少しでも早く現状を打破する策を練る時間を増やすための行動だ。追い詰められた中でありながらも、リスクコントロールに徹するファインの姿勢が、束の間の思考時間を勝ち得ている。











「ザーム様、ガキどもはどこに?」


「黙ってろ、今探してんだ……かぁ~っ、やっぱしっかりしてるわアイツ」


 部下が声をかけ合って連携を取りつつ、森の中を散策する中、ザームは地面に手を当てて舌打ち顔。走ってファイン達を探すでもなく、しゃがみこんで何をしているのかと言えば、地面に魔力を走らせて敵の位置を探っているのだ。地面とは、あらゆる場所と場所を繋ぐ広大な一繋がりの一面。土属性の魔力の扱いに秀でるザームは、地面を介して離れた位置でも、そこに何があるのかを探り当てることが出来る。ファイン達がどこにいても、遠くない場所で地に足を着けている限りならば、どこにいるのかも特定できるのだ。


 そんなザームが、最も得意とする地を介しての索敵魔術で、上手く結果を出せずにいる。ここら一帯の地面全体を、ファインの発する妨害魔力が駆け巡っているからだ。ザームの魔力に対する強烈なノイズとなるそれは、地面からファイン達の位置を特定しようとするザームにとっては、一週回って感心するほど。確かに一度、クライメントシティの地下での戦いで、地を介して敵の位置を把握する自分の力は示唆したが、それを教訓にしてのこれかと。つくづく敵に回したくなかった難敵だと思わずにいられない。


「……ともかく方角はあっちだ。細かい場所はわからん。仲間と連絡取り合って、しらみ潰しに探して見つけろ」


「了解……!」


「急げよ! 鼻のいい連中だ、モタモタしてるとすぐに逃げやがるからな!」


 それでも妨害魔力の発生地点、つまりファインが地面に触れているであろう場所を、敵の魔力からある程度絞り込み、ザームが部下をそちらに差し向ける。敢えて急げと部下に念押しする姿勢は、こうして機知に富んだファインを正しく警戒しているがゆえ。少しでもファイン達に何かさせる、何か考えさせる時間を与えては良くないと、ザームも徹底的に二人を追い詰める心積もりである。


「やあやあザーム君、首尾はどうかな?」


「っ、と……あんたか。空中部隊はどうしてる?」


 部下に前を走らせる形で自らも駆けるザームのそばへ、低く滑空する形で並びかける男が一人。レイン捕獲軍の総指揮官、ネブラだ。なるべく急いで奴らを見つけたい状況で、一番頼りになるあんたが何をチンタラしてだと、ザームは喉まで出そうになる。


「みんな張り切ってあの子達を探してるよ~。地上部隊はどうかな?」


「俺の索敵魔力もアテに出来ねえ状況、手こずってるみてえっすよ」


「まあ仕方ないねぇ。隠れる所も多そうな森の中、細かい探索と並立すれば、進行も迅速には難しい」


「だからあんたの力がすっげー頼りになる状況だっつーのに、こんなところでヘラヘラとフラつくのはやめて欲しいんすけどねー!」


「はっはっは、焦りは禁物だよ。世間ではお茶の時間だ、もっと優雅にあれ」


「仕事しろ仕事ー!」


 時間に追われる仕事中というのはカリカリするもので、ザームの沸点も普段より低い。仮にも過去には、鳶色の勇者ニンバスの好敵手と言われたネブラだというのに、このマイペースっぷりは一緒に働いていて本当に頭が痛くなる。


「ひとまずレインには神経毒を打ち込んでおいたよ。濃度はだいぶ加減しておいたけどね。自分で走ることはおろか、立つこともままならないはずだよ」


「へー加減できるんすねアレ」


「はずみで死なれでもしたら本末転倒だろう? 毒の扱いというのは繊細なのさ。そもそもあれはアレルギー誘発性の毒と神経性の毒を7:11で配合した緻密な……」


「今いらねーっす! ドヤ顔の毒講座は今度でいいっす!」


「はっはっは、君は真面目だなぁ。僕達はいい味方に恵まれたものだ」


 走りながら半ギレで怒鳴り返すザーム、笑いながらすいすい木々の間をすり抜け、ザームの走りにぴったりついていくネブラ。障害物だらけの森の中を、こうもへらへら笑いながら悠々と潜り抜ける飛翔能力は流石だが、一緒に任をこなす者として、もっと緊張感を持って欲しいとザームは切に思う。


「ひとまずレインは絶対に生け捕りだよ。せっかく戦闘不能にしてあげたんだから」


「えぇそれはマジ助かってます。流石だと思いますわ」


「はっはっは、そうだろう? もっと讃えてくれてもいいんだよ?」


 レインを動けない状況に追い込んだネブラだが、それは彼女を守ろうとするファイン達の動きを制限することだけが目的ではなく、レイン自体を戦えない状況にすることもそうだ。ネブラもザームも、もしもレインがその気になって、自分達と戦うことを選んだら、脅威的な存在になり得ることを知っている。部下達も全員だ。そんなレインを確保するにあたって、彼女を戦えない状況に追い込んだことは、たとえようもなく大きなことである。


 あとは置物同然になったレインを守る、二人の子供が最後の障害。位置を突き止め、二人を叩きのめし、レインを奪い去るだけの奪還戦だ。その課題が、いかに大きな難関であるかはザームが一番わかっているし、ネブラとて軽視しているわけではない。態度からは、とても緊張感は感じられないが。


「それじゃあ僕は空中部隊の指揮に戻るよ。地上はよろしくね」


「あいよ!」


 ザームから離れ、樹上に向かって高度を上げていくネブラ。ファイン達を追い詰める軍勢は、手探りながら着実にファイン達の逃げ場を失わせていくべく、二人の優秀な指揮官を中心に森を蠢いている。











「マジで言ってんのか、それ」


「だ、だって……それしかもう……」


 ひそひそ声の短い作戦会議の中、ファインが提案した作戦というのを聞いて、クラウドも苦笑いを浮かべずにはいられなかった。理屈はわかるし、それしかないというのはわかるが、まさか本気でそんな作戦で動こうっていうファインの発想力には、夢追いすぎなんだか度胸が壊れすぎてるのか、どっちかだと思う。


 今一度、状況を整理してみる。森の中、敵はファイン達を捕えるべく四方八方に拡散しており、恐らく今やどの方向に逃げても敵の視界に入り得る。安全な方角などどこにも無い。毒にやられたレインへの応急処置に要した時間で、敵の追跡陣形が既に出来上がっていることは、容易に想像がつく。


 そして、レインは動けない。走るのはせめて彼女の足に任せ、二人でレインを守りながら動くということも出来ない。動こうと思えばファインかクラウドが、レインを運ぶしかなく、フットワークも制限されたこの状況。急いで逃げたい、だけど迅速な行動も不可能、自分達を包囲する敵の数は未知数かつ多数。さらに言うならザームのような敵がいる以上、レインをどこかに隠して手の空いた二人で、敵に応戦するという選択肢もない。はっきり言って図面だけ見れば、詰まされているに等しい。


 だから、ファインの言う作戦――作戦と呼ぶのも馬鹿馬鹿しいぐらいの戦い方、それしかないのはわかる。理屈はわかるのだ。だからって、本気でそれをやろうっていうのが正直信じられない。そこまで、絵に描いた餅めいた戦略にすがってでも、レインを助けたいというファインの姿には、クラウドも苦笑いを諦観めいた笑顔に書き換える。


 クラウドだって、泣いて嫌がるレインをあんな奴らに渡したくなんかない。それが唯一の道だと言うなら、たとえ殺されるリスクを背負ってでも、クラウドの価値観ではやってやろうって思えてしまう。レインがまたあいつらの手に落ち、望まぬことを強いられて毎日泣く姿を想像したら、戦わずにはいられない。


「わかった、やろうぜ。ここまで来たら、全力であいつらのこと荒らしまわってやろう」


「クラウドさん……」


 不安げな自分を見上げるファインのそば、クラウドも腰を降ろしてレインを担ぎ上げる。ぐったりと力なく腕をぶら下げるレインを、お姫様だっこの形で抱えると、絶対に落とさないぞと抱える形を安定させる。そうして立ち上がったクラウドに、並んで立ち上がったファインが向き合い、やるぞと微笑むクラウドの目にかすかに勇気付けられて。頼もしい友達の力強い眼差しに、心底嬉しそうにようやく少しだけ笑ってくれたファインの表情には、クラウドもモチベーションが湧き上がってくる。やっぱりファインは、そうして意志力を目に宿した顔をしている時が、クラウドから見ても頼もしい。


「自信はあるか?」


「……友達はいます」


 人生を幸せに生きるために最も必要なものは何か。クラウドにとってのそれも、ファインにとってのそれも、今は確かにここにある。あらゆる窮地を乗り切ってきた体と実績、それに伴う自信を持つクラウド。誰よりも頼もしい友達を、すぐそばに持つファイン。レインを救ってこの危機を乗り越えるという幸せを、はっきり見据えた二人が眼差しを交換する。


「行くぞ、ハッピーエンドだ……!」


「はいっ……!」


 意を決したように走り出す二人。そして風の翼を開いて地を蹴ったファインが、クラウドの僅か上を滑空する形で、森の中を抜けていく。ファインの位置を決して見失わぬよう、森の中を走るクラウドは、とくとくと弱く脈打つレインを腕の中に抱きながら、絶対に手放すまいと決意を固めている。そんなクラウドを見下ろすファインも、ベストパートナーと守るべき少女を視界に入れ、この窮地を逸する覚悟をさらに強固にする。


 2対過多。絶対的不利を戦況が物語る中、動き出したファインとクラウドを、アトモスの遺志が気配を察して近付いてくる。森を舞台にした戦いの始まりは、二人にとって過去最大の試練の幕開けと言っても過言ではない。

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