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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第139話  ~唯一の活路へ~



 今の状況の悪さを物語る要素は、挙げ連ねればきりがないぐらいだ。地上のクラウドの近しい距離には強敵ザーム、ザームの後方には馬に跨る射手や魔術師、クラウドの後方からは弓を持つ騎兵の集団が追い迫る。今でこそザームとその後衛だけが警戒対象のクラウドだが、20秒後には後方からの加勢によって、さらに状況が悪くなるのが透けている。


 空のファインが抱く危機感はもっと凄い。高い位置からはクラウド以上に広範囲が見渡せるが、遥か遠方からこちらに向かって来る速い軍勢が、各方向に見える。それも、馬を駆る軍勢あれば、空を飛んで迫り来る軍勢もあり。まさに包囲網、あらゆる角度から敵軍が、たった3人を圧殺するために群がってきている。


 時間との勝負だ。迷わずザームに駆け迫ったクラウドが、先手必勝一撃必殺の想いで攻撃を差し向ける。手甲を纏う拳と鋭い蹴りを、距離が詰まった瞬間に連続して放つクラウドだが、鋼の棒のような武器でザームも応戦だ。折りたたみ式の携帯武器にして、いざ組み立てれば長尺、そんな武器で懐の敵の攻撃を捌くザームの腕には、クラウドも焦りが募る一方だ。


「重て、っ……! ゴリラかてめぇは……!」


 密かに怪力自慢のザームにとってでさえ、クラウドの剛腕剛脚による攻撃は強烈。しかし顔を歪めつつも、棒の尻でクラウドの側頭部を殴り飛ばしにくる反撃の速さは、クラウドもぎりぎり回避の危険なカウンター。かがみながら片足軸で周り、回し蹴りをザームの顎元に差し向けるが、それをバックステップで距離を稼ぎながら、引き上げた棒で受けきるザームが致命打を避ける。


 後退しながら頬を膨らませたザームが、唾を吐くように口から小火球を放つ。その狙いも、動くクラウドの顔面に差し向けた的確なもの。眉間めがけて飛んでくる火球が一気に迫る姿は、近付くにつれて火の玉が大きく見える恐怖の光景だ。やむなくその場で足を抜き、背中から勢いよく背中から倒れ込むクラウドの鼻先を火球が通過していき、二の腕で受け身を取ってすぐ、頭上で地面を掌で押すクラウドが跳ね起きる。こちらも立て直しが早い。


「地術、地霊群の逆侵クラッグルーツ・コンバース……!」


 一刻も早くクラウドを、この切迫した状況から脱却させるべく。お姫様抱っこの形でレインを抱え、クラウドの上空を旋回飛行するファインが、地表ある一点へ矢のように魔力の塊を発射。自分の首元にぎゅうっとしがみつくレインを、右手だけでなんとか支え、地上に向けた掌から魔力を放つ強攻策だ。クラウドを最警戒対象に見据えつつもファインから目を切っていなかったザームだが、あの体勢でよくやるものだと嫌になる。


 魔力の着弾点から、網の目のように地表を走った魔力の一筋は、ザームの足元に達した瞬間に攻撃的な意志力を露にする。自らの足元から地表を破って突き出す岩石の槍一閃を、ザームは後方に大きく跳び逃れて回避。しかし、ザームの逃れた先の着地点からも次々と岩石の槍は突き出す。それの回避に努めざるを得ないザームは、横っ跳びなどのステップを数度繰り返し、位置を転々とさせられる。


「っ……クラウドさん、使えますか!?」


「助かる……!」


「あんのガキ……!」


 ザームの率いる騎兵達が、空中のファインに矢や魔術を迫らせる中、旋回飛行しそれらを回避するファインは、ザームにとってどれほど鬱陶しいか。自分が逃れる中で乱立した岩石の槍は、過剰なほどの高さを次々に実現し、まるで岩石槍の小さな林のようにたたずまう。ただ真っ直ぐな柱のように立つ岩石ならまだいい、いずれも途中で折れるか曲がるかして、いびつな形で立っているのだ。


 そしてファインの叫んだ意図を正しく読み取ったクラウドが、屈折した岩石槍の小ジャングルに向けて跳躍。折れた末に地表に平行になった岩石の柱、言い換えれば石の棒に足をかけ、さらに跳んで、ザームから離れる方向へとさらに跳ぶ。ザームへの牽制を兼ね、クラウドが走る以外にも逃亡手段を得られるよう、岩石オブジェクトを撒き散らしたファインの判断力が、少しでも早くクラウドをこの危険地帯の外へと導こうとしている。


 くそったれが、と短く発するのとほぼ同時、空中高くを跳ぶクラウドの方向へ駆け、振るった左手から無数の火球をザームがばらまく。地に足着けられず、自由に動けないクラウドに、的確に迫る火球もあった。それを、クラウドの上天位置を保って滑空するファインが、水の塊を投げつけて撃ち落とす。無傷のまま着地したクラウドはすぐに駆ける足を取り戻し、近くなったザームの後衛騎兵に向けて接近する。恐れていない目。


 戦闘訓練を積んだ射手の集団が、馬の位置を散らしながらクラウドに矢の集中砲火をするのもまた早い。ほんの少し前にファインに向けて矢を放っていた奴らとは思えないぐらいに、第二の矢を構えたのが早いのだ。しかし前方から無数に迫る矢の数々を、ほとんど減速せずに身を傾け、ずらし、手甲で打ちはじいて切り抜けるクラウドの手腕が勝っている。馬群の隙間、散った馬の間隙を縫うように駆けるクラウドが敵陣をくぐり抜け、さらには後方から追撃される矢さえも跳躍して回避、地面に刺さらせるはずれ弾にしてしまう。


「クラウドさん、次々来ますよ……! 止まらないで下さい!」


「くぁ……了解!」


 上空のファインの目線では、次々に敵が迫る光景が見えているのだろう。かけられた声からうんざりしたくなる状況を推察したクラウドが、短く嘆いてしまうのも無理はない。それでも力強い返事で滅入る想いを打ち消し、さらに加速するその足は流石だ。後方からクラウド達を追う馬の数々、それに劣らぬスピードで走り迫ってくるザームに加え、遠方からクラウドの進行方向に向けて斜行する敵軍の群れが、クラウド達を危機感の渦中から逃がさない。


「レインちゃん、絶対放さないで……! きっと、何とかするから……」


「んっ、う……ううぅ……」


 飛翔するファインの腕の中、振り落とされまいと必死でしがみつくレインも、怖くて怖くてたまらないはずだ。強く首周りを締め付けられて、少し苦しいぐらいのファインだが、自分の体に鼻を押し付け、こくこくこくと何度もうなずくレインは、もっとつらいだろうと想像がついてしまう。ここが正念場だと思えば思うほど、ファインの背負う風の翼は大きくなる。


 ファイン達に近付いて、矢を放つ騎兵達の連続攻撃が、次々に二人の動きを乱してくる。自在な滑空軌道を操るファインも、矢をかわすたびレインを抱える腕に荷重が加わって苦しい。軌道を乱すたびに前進においての遅れも生じる。地上のクラウドも同様で、あらゆる方向から飛んでくる矢をかわすかはじくかは出来るものの、どうしたってその動作ひとつ挟むたび、全力の走りよりは前進が遅くなる。後方から真っ直ぐ追い迫る敵との距離は、どんどん縮めさせられる。


 特に苦しいのはクラウドの方。足並みを乱されて総合速度が落ちたクラウドに距離を詰め、長槍を振るう近接攻撃を放つ騎兵もいるからだ。首を刃で薙ぐその一撃を、駆けながら身を沈めて回避するクラウドだが、その挙動もまた速度を落とすことに繋がる。自分のすぐ横を並走し続け、連続攻撃を放ってくるそいつに飛びかかってやりたくなる。それこそ一気に逃げ足を失い、後ろからの敵に追いつかれる愚策とわかるから、ろくに反撃することも出来ない。敵の攻め方がクラウドの弱味をしっかり突いている。


「クラウドさんっ……!」


「ぬう……っ!?」


「ごめんファイン、ホント助かる……!」


 クラウドにぴったりついてくる槍持ちの騎兵の前方に、地面から火柱を吹き出させて馬を混乱させるファインのサポートが、なんとかクラウドに迫る敵を追い返す。ならびにファインを厄介視した騎兵達の、矢や魔術による砲撃がファインへ次々と差し向けられる。あちらを立てればこちらが立たず、一時凌ぎとまた一難を繰り返す逃亡劇に終わりはあるのか、必死で敵の砲撃を凌ぐファインも焦りが募ってくる。魔術による力か"エンシェント"の特異能力なのか知らないが、空を飛んで自分達に接近してくる敵も見えているのだ。あれに追いつかれて絡みつくような接近戦を仕掛けられたら、レインを抱えたままでファインもどう対処すればいいかわからない。


「クラウドさん、見えてきましたか!? そのまま真っ直ぐです!」


「ああ、見える……! その策乗った!」


「アイツら……っ! やっぱり偶然じゃなかったってのかよ……!」


 そんなファインにも、すがる唯一の策がある。空から見据えていたある方向、小規模な森が確かにあったから。だだっ広い平原で、無数の敵に包囲されるこの状況、いくら粘っても活路は見えてこないだろう。だが、敵全員から自分達を視認される状況を逸し、隠れる場所を作れる状況を作れるなら、まだいくらかの希望は芽生えるかもしれない。ファインはそもそも、そういう方向に向かうことが出来るよう、クラウドの走行ルートを切り拓くサポートを継続してきた。


 森の中に逃げ込んで、自分達を切り抜ける作戦を選んだファインの狙いは、二人の逃亡が進む道のりの先を知るザームにとって、薄々感じてもいたことだ。偶然ではなく、意図的にその道筋を選択していたファインの抜け目なさには、駆けるザームが苦い声を発するのも自然なことだろう。


「頼むぜネブラの兄さんよ! 捕まえてくれ!」


 ザーム側陣営にとっての最後の切り札は、既に馬やザームを追い越して、彼らの上空を滑空している。空へ叫んだザームの必死な声に返事もよこさず、一気にファイン達へと追い迫るのは誰か。ザームの声を聞かずとも、あるいは振り返りもしないまま、ファインは肌がひりつく強者の気質から、最大の脅威が迫る現実を感じ取っている。


「ふふ」


「くっ、う……!」


 小さく笑ったネブラが掌を振るった瞬間、空のファイン目がけて無数の何かが放たれる。高度を自分と同じく保って迫る、敵の散弾攻撃をファインは急上昇して回避。上空のファインが気がかりでならないクラウドも、視界前方にファインが収まっている以上、減速できずにそのまま走ることしか出来ない。


「逃がさないよ?」


 ファインよりも早い滑空を可とするネブラが、最速を失った直後のファインへ一気に距離を詰めてきた。振り向きざまにネブラを視界内に捉えたファインの目には、彼が背中に背負う四枚の羽が映った。敵は"エンシェント"だ。そしてレインを抱えたままで手を出せないファインへと、まるで体当たりするかの如く迫ったネブラを、ファインはぎりぎりのところで滑空軌道を曲げて回避するに至った。


「いた、っ!?」


「天魔……っ、逃れ無き天網(スカイシールドレイズ)!」


 その瞬間、レインが放った短い悲鳴の意味するところを、ファインには理解できなかっただろう。彼女だってこの刹那、それを意識する暇などなかったのだから。レインを抱えたままの手から魔力を発し、それはファインの頭上で光球を作る。さらにはそこから四方八方に放たれる光線は、発射点の流動に伴って光の筋を他方になびかせるかのように、空いっぱいを敵を焼き切る光線で埋め尽くす。兎にも角にも、近距離のネブラを追い返すためだけの大魔術だ。


「おおっと、これは危ない。想像以上の使い手だ」


 流石にこれをされては接近できず、ネブラも困った顔で空を舞い、光線の数々の間隙をくぐり抜ける。回避に徹したネブラを置き去りに、一気に加速するファイン。危機を逃れて自分の前位置上空を保つファインに、ひとまずクラウドもほっとして駆けていく。一方、二人を見0送りながら高度を下げたネブラは、やがてクラウド達を追うザームに位置を近づけ、彼にぴったりつく形で滑空する。


「上手くいったんすかね?」


「はっはっは、僕が今までしくじったことがあったかい?」


「やーもう山ほどあったっしょ! 自信満々の時のあんたが一番不安っす!」


「今日こそは完璧だよ、はっはっは。そのうち効いてくる」


「とりあえず信じますけどねー!」


 あっけらかんとした指揮官の笑い声には、相変わらずだとザームもため息が出そう。だが、その言葉を信じるなら、きっとファイン達はすぐ後に泣きを見る。森に逃げ込まれる逆境は受け入れざるを得なさそうだが、それでも大きなアドバンテージはあるはずだとザームは追い風を感ずる。


「行くぞお前ら、ゲリラ戦だ! ガキの生兵法に出し抜かれるお前らじゃねえな!?」


「承知! 一気に追い詰める!」


「はっはっは、何も恐れることはない。僕がついてるよ」


 兵力多数、まして森の中のゲリラ戦など、野良戦に手馴れた"アトモスの遺志"にとってはむしろ得意分野。逃げたつもりが俺達のテリトリーに入っただけだと、ザームも騎兵達も闘志を滾らせる一方だ。荒っぽい戦いを十八番とする男達の雄叫びに混じり、涼しい顔で笑っている指揮官が、むしろ少し浮いている。


 やがて木々の群れに突入するファイン達を見送り、森の前で馬を下りる"アトモスの遺志"の精鋭達。先頭を駆けるザームを筆頭に、彼らが森に乗り込むのもすぐのこと。日中ながら木漏れ日だけが中を照らす小さな森の中、ひしめく無数の影がファイン達を追い詰める。

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