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晴れのちFine!  作者: はれのむらくも
第7章  雨【Sister】
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第137話  ~遭遇~



「……あら? レインちゃん、おはよう」


「んみゅ……お兄ちゃん、お姉ちゃん、おはよ……」


 とある小さな村での宿の朝、今日はレインが早起きだ。昨日は馬に乗った快速の旅がよほど楽しかったらしく、そのぶん疲れが出たのか寝つきも早かったせいだろう。元から早起きで、普段はレインが起きるまでの時間に、その日の動きや方針を軽く打ち合わせるファインとクラウドだったのだが、今日は思ったよりレインが早く起きてしまったので、その会議も短めに終わってしまった。


「すぐにご飯作ってきますから、待ってて下さいね」


「おなかすいた……」


「待ってろって。お姉ちゃんがすぐに美味しい朝メシ持ってきてくれるから」


 子供は自分の都合でものを言うから、時々話が噛み合わなくて可笑しい。素直なのはいい事でもあるけど。レインとの付き合いが浅いファイン達にとって、彼女が何を欲しているか素直に口にして貰えるのは、レインに優しくしたい二人にすれば、話がわかりやすくて良い。


 やがて、目玉焼きに茹でたブロッコリーを添えて、かぼちゃのスープを共にした朝食をファインが持ってくる。典型的なわかりやすい朝食の献立だが、そんな中でもスープは日替わりなんだから流石である。前々からクラウドはしみじみ思っていることだが、ファインのスープレパートリーは本当に多い。サニーあたりはファインのことを、料理人向きだと評していたが、本気でそういう道を目指してもいいんじゃないかってクラウドも思う。


「レインちゃん、どうですか?」


「……おいしい」


「ふふふ、よかった」


「ファイン、なんか今日すげぇ機嫌いいなぁ。なんで?」


「え、そーですか? 別にそんな自覚はないですけど……うふふふ……♪」


 見るも明らか、めっちゃくちゃ機嫌がいい。レインに、お姉ちゃんと呼んで貰えたのが相当に嬉しかったらしい。今までそういう呼び方をされる時なんて、せいぜい"お姉ちゃん怖い"とか言われる時で、自然に"お姉ちゃんおはよう"なんて言って貰えることは無かったのだ。距離を取られていた数日間と比べて、随分レインとの関係も良くなってきた実感があり、それはもうファインのテンションたるやうなぎ登りである。単なる目玉焼きのはずなのに、隠し味にごく微量の香料を混ぜてあったりと、機嫌よさに影響された気配が料理からも漂ってくるぐらいだ。


「ああもうレインちゃん、前にも言ったでしょ? そんなお口の周りを汚くしちゃ、はしたないって」


「だ、だって……お姉ちゃんのご飯、おいしいし……」


「ダメですよ、お行儀悪いのは。せっかく可愛いんだから、もっと綺麗にしておかなきゃ」


 美味しい料理にがっついたレインの口周りを、世話焼きなファインが紙ナプキンで拭きに行く。自然と距離を縮めても、叱られているから緊張気味なだけで、当初のような警戒心から固まるレインではなくなってきている。はい、綺麗になりましたよ、と口周りを拭いてくれて微笑むファインには、レインも少し恥ずかしがるように目を伏せ、少し前より淑やかに料理を口に運んでいく。上機嫌すぎるファインの笑顔は、勝手知ったるクラウド目線では気味が悪いぐらいだが、そもそもにしてやはり笑顔とは、親しき仲を自ずと育む、相手方を安心させる表情の一つには違いない。


 空気は良かった、本当に。最悪同士だった第一印象を、今や一新して近付き合う二人の姿は、クラウドも黙って眺めているだけで心が和んだものだ。こういう日々が毎日続いていけばいいんだけど、というのが、この時のクラウドにとっての一念であった。











「お兄ちゃん、もっと速く行けないの?」


「なんだー、レインはもっと加速してみたいのかー?」


「…………(こくこく)」


 昼前に一夜過ごした宿と村を出発し、馬に乗って平原を駆けるクラウド、その後ろに座るレイン。そのまた少し後ろを滑空し、ぴったり馬のスピードについてくるファイン。昨日と同じ進行模様だが、昨日と少し違うのは、速い馬の背でびくびくするばかりだったレインが、むしろスピード上げてとおねだりしてきたこと。彼女も快速の旅に慣れ、楽しんでくれている証拠である。クラウドにも共感できることだが、座ったままですいすい前に進めて、風を真正面から受けるこの心地は確かにいい。手綱を引かずにスピード感だけ味わえるレインにとっては特に、アトラクション的な楽しみに近いものがある。


「あんまり飛ばすとお馬さんも疲れますからねー。これ以上は飛ばせないんですよー」


「明日は短い旅になりそうだからなー。その時は、もう少しスピードアップしようかー?」


「…………(こくこく)」


 額をクラウドの背中につけて、うなずく所作を体で伝えてくれるレイン。クラウドの中では、もうホウライ地方到着への段取りは決まっている。今夜、アボハワ地方最南部の村で一夜休み、明日の朝にそこを出発して、近しいホウライ地方最北の町に到着。ずっと目指してきたホウライ地方は目の前、明日の昼過ぎには着く予定。明日は馬に乗る時間も短いし、馬のスタミナを今日ほど考慮しなくていいから、その時はレインのお望みどおり、速い乗り物にしてあげてもいいだろう。


 むしろ、地人禁制の厳しいホウライ地方への立ち入りの際、あれこれ言われた場合にどうしようかというケース案を、今から考え始めているぐらいである。まあ、これはなるようにしかならないので、あまり深々と悩み倒してもいないが。ひとまずは、当面の馬の操作をミスなくこなし、予定通りに旅を進めることに集中していればいいはず。


 油断していると、ふっと不測の事態が訪れたりもするのだから。道中で最も大切なことは、いつか目的地に辿り着いた時のことを夢想することではない。それは旅のモチベーションを保つためには良いことだが、危機管理能力の面では特に必要のない発想だ。


「――あの、クラウドさん」


「あーうん、わかってる……レインー、やっぱ少しスピード上げるよ」


「え……ふゃっ!?」


 手綱を緩め、片方の手で馬の首をぐいっと押すクラウドの指示を受け、よく調教された馬が加速する。さっきゆっくり行こうと言っていたのに、急に馬のスピードを上げたクラウドには、レインも驚いて体ごとクラウドにしがみつく。発達していないレインの胸がクラウドの背中に押し付けられるが、今のクラウドにとっては、そんなの意識していられることではない。


 何が起こっても正しく対応するための第一歩とは、起こり得る事象の多くをあらかじめ想定し、それが発した時に何をすべきか決めておくことだ。マナフ山岳で山賊に囲まれた時も、山越えの際には山賊に襲われることもあると想定していたから、傭兵団に扮した山賊の正体にすぐ気付くことが出来た。現在の自分達の状況を鑑みる目線を持っていれば、そんな自分達にどんな災いが訪れ得るかは、ある程度の範疇内で想定できるものだ。


 悪しき集団から逃げてきたレインと行動を共にするクラウド達、加えてクラウド達だって、マナフ山岳で未知の強敵に襲われたばかりの立場。いずれ何らかの追っ手が、自分達ないしレインを追い、襲撃をかけてくることぐらい想定の範囲内だ。想定していない方が楽観的思考が過ぎるというものだろう。


「来てるな、めちゃくちゃ来てる……!」


「恐らくもう、陣形も出来上がってるんじゃないでしょうかね……動きに統制感があり過ぎます……!」


 自らの位置を前方に移行させ、クラウドのすぐ横をぴったり滑空するファイン。二人が小声で交わす声は、風切り音にかすれてレインには聞こえていない。急な加速に少しびくついて、ぎゅうっとクラウドにしがみついているレインに、二人の会話を聞く余裕はなさそうだ。


 クラウド達の両サイドの遠方、多数の馬がクラウドの馬を挟んで平行移動するように、ぴったり同じ速度で並走している。明らかに自分達をマークした馬が、姿を隠す気もなく追尾してくる遠方風景には、とうとう足がついたかとクラウド達も意識せざるを得ない。ファインが言うとおり、見るからに統制感のある多数馬は、じりじりと並走幅を狭めるように、クラウド達に近付いてくる。


「お、お兄ちゃん……!? あれ……あれ、もしかして……!?」


「ファイン……!」


「ええ、わかっています……!」


 レインが気付いた。数々の追っ手が、自分達を包囲する動きを取っていることに。それが自分を捕まえに来た無法者達だと連想してしまったレインは、引きつった声でクラウドにしがみつく腕を震えさせている。平行飛翔する形でクラウドと言葉を交わしていたファインが、位置を少し後方に退がり、パニックを起こしたレインが馬から落ちたりしないよう、そっと後ろからレインの背中に手を添える。


「大丈夫ですよ、レインちゃん。怖い人達が来ても、あなたを渡したりなんかしませんから」


「ううぅ……」


 馬の背中に揺らされて、上下している彼女の体からでさえ伝わる、言葉にできないほどの恐怖と慄き。体を再び思いっきりクラウドに預け、震える体を柱に縛り付けて止めようとするほどの態度には、ファインも両手をレインの両肩に置き換え、肌を合わせる点を多くする。怖がらせたくない、安心させてあげたい。自分の手では無力かもしれなくても、独りじゃないことを少しでも多く伝えたい。ファインの目は既に、避けられないであろう戦いに向けて、レインに見えない位置で鋭さを研ぎ澄ませている。自分を怖いと言ってきたレインには、きっと見せちゃいけないような眼差しだ。


 馬を加速させて逃げようとしたクラウドだが、やはり限界がある。向こうも鍛えられた馬を使って追跡してきているのだ。近付いてきた連中が、弓を手にしたらしき所作を見て、クラウドの行動にも大きな制限がかかる。


「ファインごめん、止まる……! ぶつかるなよ……!」


「大丈夫です、対応します!」


 ぐいっと手綱を引っ張ったクラウドにより、走っていた馬が徐々にスピードを落とし、やがては歩く速度に変わる。クラウド達をマークする多数の馬も、減速してクラウド達を取り囲む。弓を引いていた馬上の連中も、放とうとしていた矢を中止してくれた。馬を止めたからだ。連中が矢を放とうとしたのは、何もクラウド達をいきなり射抜こうとした目的ではなく、クラウドの馬を足止めすることに過ぎなかったのだから。


 馬にぴったり合わせて減速したファインが、レインを抱きかかえて持ち上げて、馬から飛び降りたクラウドと一緒に地面に降り立つ。やがては止まったクラウドの馬の周囲を、やや遠巻きに騎兵達が取り囲む光景がある。


「……ファイン、レインを貸してくれ」


「わかりました。――レインちゃん、クラウドさんから絶対に離れちゃダメですよ」


 両腕でレインを抱きしめるように守っていたファインにクラウドが近付き、ファインよりもずっと軽々しくレインを抱きかかえる。我が子を抱くようにレインを持ち上げたクラウドに、彼女もぎゅうっと抱きしめ返してしがみつく。クラウド達をやや離れて取り囲む敵は、ざっと30人以上。弓を引いて構えたままの者も多く、四方八方からいつでも矢が飛んで来得るこの状況、露骨に剣呑な雰囲気だ。かなりまずそう。


 それでも、馬を止めたのは正解だったのだけど。走ったままの馬の背上は、射手の前ではかえって危険だ。レインを確保しに来た連中は、レインへの誤射をしたくないから馬上のクラウドは狙えなかったが、クラウドの馬やその走る前方地面はいくらでも安全に射抜ける。傷ついた馬、あるいは行く先に矢を刺された馬が暴れたら、クラウドはともかくレインは耐えられただろうか。振り落とされることさえあり得た話だ。多数の敵に包囲されたこの状況は歓迎できるものではないが、最悪よりはまだましだ。


 危機的な空気を本能で感じ取った馬が、ぶるると小さく鼻息を鳴らす横、レインを抱きかかえたクラウドと、彼に背中合わせでファインが立つ。自分の肩に顔を押し付け、かたかたと震えるレインを、クラウドは大切に抱きしめる。無言で自分達を睨み付けてくる騎兵達を、クラウドもまた鋭く睨み返していた。

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